説明

液体噴射ヘッド及びそれを用いた液体噴射装置

【課題】環境に優しく且つ安定して良好な噴射特性が得られる液体噴射ヘッド及びそれを用いた液体噴射装置を提供する。
【解決手段】液滴を噴射するノズル21に連通する圧力発生室12を備えた流路形成基板10と、流路形成基板10上に設けられる圧電素子300と、を具備し、圧電素子300が、圧電体層70とこの圧電体層70の両面に設けられる一対の電極60,80とで構成されていると共に、圧電体層70がBaTiOと、CaTiOと、(Bi1/2Na1/2)TiOとを含有する構成とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電素子の変位により圧力発生室内に圧力変動を生じさせてノズルから液滴を噴射する液体噴射ヘッド及びそれを用いた液体噴射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液体噴射ヘッドの代表例としては、例えば、インク滴を吐出するノズルと連通する圧力発生室の一部を振動板で構成し、この振動板を圧電素子により変形させて圧力発生室のインクを加圧してノズルからインク滴として吐出させるインクジェット式記録ヘッドがある。インクジェット式記録ヘッドに用いられる圧電素子としては、電気的機械変換機能を呈する圧電材料、例えば、結晶化した誘電材料からなる圧電体層を、2つの電極で挟んで構成されたものがある。そして、このような圧電素子に用いられる圧電材料としては、一般的に、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)に代表される鉛系の圧電セラミックスが使用されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
ただし、鉛系廃棄物は酸性雨などに曝されると鉛が溶出して環境に悪影響を与えることから、圧電素子としてPZTに代わる鉛を含まない圧電材料の使用が望まれている。例えば、鉛を含まない圧電材料としてチタン酸バリウム(BaTiO)を使用した圧電素子が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0004】
また液体噴射ヘッドの圧電素子として用いるには、圧電体層の特性は十分とは言えず、さらなる向上が望まれている。このため、例えば、チタン酸バリウム(BaTiO)にチタン酸カルシウム(CaTiO)を添加することで、耐電圧性を向上させたものが提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−223404号公報
【特許文献2】特開2000−72539号公報
【特許文献3】特開平6−279110号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、チタン酸バリウム系の圧電材料はキュリー点が低く、BaTiOにCaTiOを添加したとしても、圧電素子として使用すると十分な圧電特性が得られない虞がある。具体的には、チタン酸バリウム系の圧電材料は、キュリー点が130℃程度と低く室温付近に結晶構造相転移に伴う変態点が存在する。このため、チタン酸バリウム系の圧電材料を用いた圧電素子は温度特性が十分ではなく、圧電素子の温度変化に伴って、例えば、圧電特性が変化して安定した変位量が得られなくなる虞がある。その結果、インク滴の噴射特性が変化して印刷品質が低下したり、印刷品質にバラツキが生じてしまったりする虞がある。
【0007】
なお、このような問題はインクジェット式記録ヘッドに代表される液体噴射ヘッドに限定されず、他の装置に搭載される液体噴射ヘッドにおいても同様に存在する。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、環境に優しく且つ安定して良好な噴射特性が得られる液体噴射ヘッド及びそれを用いた液体噴射装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決する本発明は、液滴を噴射するノズルに連通する圧力発生室を備えた流路形成基板と、該流路形成基板上に設けられる圧電素子と、を具備し、前記圧電素子が、圧電体層とこの圧電体層の両面に設けられる一対の電極とで構成されていると共に、前記圧電体層がBaTiOと、CaTiOと、(Bi1/2Na1/2)TiOと、を含有していることを特徴とする液体噴射ヘッドにある。特に、前記圧電体層が、Euをさらに含有していることが好ましい。
【0010】
また本発明は、このような液体噴射ヘッドを備えたことを特徴とする液体噴射装置にある。
【0011】
かかる本発明では、圧電素子を構成する圧電体層に鉛が含まれておらず環境に優しく、且つ圧電素子の耐電圧特性が向上すると共に変位特性を良好に維持することができるため液滴を良好に噴射させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】一実施形態に係る記録ヘッドの分解斜視図である。
【図2】一実施形態に係る記録ヘッドの平面図及び断面図である。
【図3】一実施形態に係る圧電素子の製造方法を示すフローチャートである。
【図4】一実施形態に係る液体噴射装置の概略斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1は、本発明の一実施形態に係るインクジェット式記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図であり、図2は、図1の平面図及びそのA−A′断面図である。
【0014】
液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッドは、図1及び図2に示すように、流路形成基板10を含む複数基板によってインク流路が形成されている。流路形成基板10には、隔壁11によって区画された複数の圧力発生室12がその幅方向に並設されている。また流路形成基板10には、圧力発生室12の長手方向外側の領域に連通部13が形成され、連通部13と各圧力発生室12とが、各圧力発生室12毎に設けられたインク供給路14及び連通路15を介して連通されている。連通部13は、後述するリザーバー形成基板のリザーバー部と連通して各圧力発生室12の共通のインク室となるリザーバー100の一部を構成する。なお、この流路形成基板10は、例えば、結晶面方位が(110)のシリコン単結晶基板からなる。
【0015】
流路形成基板10のインク流路が開口する面には、ノズルプレート20が接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。ノズルプレート20には、複数のノズル21が穿設されており、各ノズル21は各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通している。なおノズルプレート20は、例えば、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼等からなる。
【0016】
一方、流路形成基板10のノズルプレート20とは反対側の面には、酸化膜からなる弾性膜50が形成されている。この弾性膜50上には、下電極膜60と、圧電体層70と、上電極膜80とで構成される圧電素子300が形成されている。一般的には、圧電素子の一方の電極は複数の圧電素子に共通する共通電極となり、他方の電極が圧電素子毎に独立する個別電極となっている。本実施形態では、下電極膜60が圧電素子300の共通電極に相当し、上電極膜80が個別電極に相当するが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。
【0017】
そして、本発明では、この圧電素子300を構成する圧電体層70が、BaTiOと、CaTiOと、(Bi1/2Na1/2)TiOと、を少なくとも含有する、いわゆるバルクの圧電材料で形成されている。
【0018】
これにより、圧電体層70は、耐電圧特性が向上する。またキュリー点が200℃以上と比較的高くなる。したがって、圧電素子300の温度変化が生じた場合でも圧電体層70の温度特性は安定し、圧電素子300の変位特性は、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等の鉛系の圧電材料を用いた場合と同等またはそれ以上に良好に維持される。つまり、圧電素子300の温度変化に拘わらず、インク滴を良好に噴射させることができ、また噴射特性も均一化される。
【0019】
具体的には、圧電体層70が、BaTiOとCaTiOとを含有していることで、圧電体層70の耐電圧特性が向上するという効果が得られる。さらに、圧電体層70が(Bi1/2Na1/2)TiOを含有していることで、圧電体層70のキュリー点が上昇して温度特性が向上するという効果が得られる。具体的には、圧電体層70のキュリー点は200℃以上となり、結晶構造相転移に伴う変態点は−50℃付近に存在する。ちなみに、BaTiO系の圧電材料は、一般的にキュリー点は130℃前後であり、結晶構造相転移に伴う変態点が19℃付近に存在する。
【0020】
このようにキュリー点が上昇することは、実験結果からも明らかになっている。例えば、BaTiOのみからなる圧電体層の場合、キュリー点が129℃であったのに対し、BaTiOに(Bi1/2Na1/2)TiOを添加し、その比率を7:3とするとキュリー点は210℃まで上昇した。さらに比率を6:4とするとキュリー点は221℃まで上昇した。
【0021】
また本実施形態では、圧電体層70がEuをさらに含有するようにしている。つまり、本実施形態に係る圧電体層70は、BaTiOと、CaTiOと、(Bi1/2Na1/2)TiOと、Euとを含有している。
【0022】
これにより、圧電体層70は、耐電圧特性が向上すると共に温度特性が向上し、且つ圧電特性もより良好に維持される。したがって、圧電素子300の温度変化に拘わらず、インク滴を良好に噴射させることができ、噴射特性も均一化される。
【0023】
さらに圧電体層70が、上記のような非鉛系の圧電材料で形成されることで、環境への悪影響も防止することができる。
【0024】
なお、本実施形態では、圧電体層70がEuを含有するようにしたが、Euは必ずしも含まれていなくてもよく、圧電体層70は、BaTiOと、(Bi1/2Na1/2)TiOと、CaTiOと、を少なくとも含有していればよい。
【0025】
ここで、このような圧電素子300の製造方法の一例について、図3を参照して説明する。図3は、圧電素子の製造方法を示すフローチャートである。
【0026】
図3に示すように、まずは圧電体層70を得るための主成分の出発原料として、例えば、BaCO、Bi、NaCO、TiO、Euの粉末を用意し、これらの粉末を乾燥させた状態で所定比率となるように秤量した後、例えば、純水、エタノール等を添加してボールミルで混合・粉砕して原料混合物とする。さらに、この原料混合物を乾燥させた後、例えば、900〜1100℃で合成(仮焼成)することで、BaTiOと、(Bi1/2Na1/2)TiOと、Euとを含有する粉末が形成される。
【0027】
次に、この粉末にCaTiO液(ゾルゲル液)を添加してボールミルなどで混合し、混合物を乾燥させた後、400〜600℃程度の温度で脱脂する。次いで、脱脂したものを粉砕した粉末に所定量のバインダを添加して造粒し、金型プレス等によって所定圧力で成形する。そして成形したものを1000〜1400℃程度の温度で焼結することで、BaTiO−CaTiO−(Bi1/2Na1/2)TiO−Euからなる、いわゆるバルクの圧電材料が形成される。
【0028】
その後、この圧電材料を研磨し、その表面に電極を形成し、さらにポーリングや各種測定を行うことで、上述の圧電素子300が形成される。つまり、このような方法で圧電素子300を形成することで、上述したように環境に優しく且つ温度変化に拘わらずインク滴を良好に噴射させることができるインクジェット式記録ヘッドを実現することができる。
【0029】
特に、本実施形態では、BaTiOと、(Bi1/2Na1/2)TiOと、Euとを含有する粉末に、CaTiO液を添加している。すなわち、固相法と液相法とを併用して、圧電材料の製造途中にCaTiO液を添加している。これにより、圧電体層70の耐電圧特性や圧電特性をより確実に改善することができる。勿論、CaTiOは粉末の状態で添加するようにし、出発原料として添加するようにしてもよい。
【0030】
ヘッドの構造の説明に戻り、圧電素子300が形成された流路形成基板10上には、連通部13に連通するリザーバー部31が設けられたリザーバー形成基板30が接合されている。リザーバー部31は、本実施形態では、リザーバー形成基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の幅方向に亘って形成されており、上述のように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるリザーバー100を構成している。
【0031】
このようなリザーバー形成基板30としては、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料、例えば、ガラス、セラミック材料等を用いることが好ましく、本実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
【0032】
リザーバー形成基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料からなり、この封止膜41によってリザーバー部31の一方面が封止されている。固定板42は、比較的硬質の材料で形成されている。この固定板42のリザーバー100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、リザーバー100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0033】
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドでは、図示しない外部のインク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、リザーバー100からノズル21に至るまで内部をインクで満たした後、図示しない駆動回路からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの圧電素子300に電圧を印加してたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル21からインク滴が噴射される。
【0034】
そして、このようなインクジェット式記録ヘッドは、インクカートリッジ等と連通するインク流路を具備する記録ヘッドユニットの一部を構成して、インクジェット式記録装置に搭載される。図4は、そのインクジェット式記録装置の一例を示す概略図である。
【0035】
図4に示すように、インクジェット式記録ヘッドを有する記録ヘッドユニット1A及び1Bは、インク供給手段を構成するカートリッジ2A及び2Bが着脱可能に設けられ、この記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に軸方向移動自在に設けられている。この記録ヘッドユニット1A及び1Bは、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出するものとしている。
【0036】
そして、駆動モーター6の駆動力が図示しない複数の歯車およびタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達されることで、記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3はキャリッジ軸5に沿って移動される。一方、装置本体4にはキャリッジ軸5に沿ってプラテン8が設けられており、図示しない給紙ローラーなどにより給紙された紙等の記録媒体である記録シートSがプラテン8に巻き掛けられて搬送されるようになっている。
【0037】
なお、上述した実施形態では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものであり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも勿論適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレー等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレー、FED(電界放出ディスプレー)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
【符号の説明】
【0038】
10 流路形成基板、 12 圧力発生室、 20 ノズルプレート、 30 リザーバー形成基板、 40 コンプライアンス基板、 50 弾性膜、 60 下電極膜、 70 圧電体層、 80 上電極膜、 300 圧電素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液滴を噴射するノズルに連通する圧力発生室を備えた流路形成基板と、該流路形成基板上に設けられる圧電素子と、を具備し、
前記圧電素子が、圧電体層とこの圧電体層の両面に設けられる一対の電極とで構成されていると共に、前記圧電体層がBaTiOと、CaTiOと、(Bi1/2Na1/2)TiOと、を含有していることを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項2】
前記圧電体層が、Euをさらに含有していることを特徴とする請求項1に記載の液体噴射ヘッド。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の液体噴射ヘッドを備えたことを特徴とする液体噴射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−37149(P2011−37149A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−187081(P2009−187081)
【出願日】平成21年8月12日(2009.8.12)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】