説明

液晶ポリエステルフィルムおよび磁気テープ

【課題】磁気テープの基材に用いられる液晶ポリエステルフィルムにおいて、線膨張に対する異方性を抑制する。
【解決手段】液晶ポリエステルフィルムは、溶媒とこの溶媒に溶解した液晶ポリエステルとが含まれる液状組成物を基板に流延塗布し、この液状組成物中の溶媒を除去して得られたものである。このように、液晶ポリエステルフィルムは、溶媒可溶性の液晶ポリエステルを用いて溶媒キャスト法でフィルム化されているため、線膨張に対する異方性が抑制される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気テープの基材に用いられる液晶ポリエステルフィルム(液晶ポリエステル製のフィルム)と、この液晶ポリエステルフィルムを用いた磁気テープとに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、ミニコンピュータ、オフィスコンピュータ、パーソナルコンピュータなどのコンピュータの普及に伴い、外部記録媒体としてコンピュータデータを記録するための磁気テープ(所謂、バックアップテープ)の研究が鋭意行われている。こうした磁気テープは、シート状の基材の片面または両面に磁性層が形成された構造を有しており、この基材の原料としては、ポリエステルが広く用いられていた。
【0003】
ところが、ポリエステルでは、磁気テープの基材に要求される各種の物性(寸法安定性、耐熱性、低吸水性、強度、耐薬品性など)が必ずしも十分でないという問題点があった。
【0004】
そこで、このような問題点を解消すべく、寸法安定性、耐熱性、低吸水性、強度および耐薬品性に優れた液晶ポリエステルを磁気テープの基材の原料として用いることが提案されている(例えば、特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平2−50320号公報
【特許文献2】特開2000−6351号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1、2で提案された技術では、いずれも押出法によって液晶ポリエステルフィルムを作製しているため、必然的に液晶ポリエステル分子がMD方向(流れ方向)に配向する。その結果、MD方向とTD方向(流れ方向と直角な方向)とで線膨張率(線膨張係数)が異なり、線膨張に対する異方性が生じてしまう。
【0007】
そこで、本発明は、このような事情に鑑み、磁気テープの基材に用いられる液晶ポリエステルフィルムであって、線膨張に対する異方性を抑制することが可能な液晶ポリエステルフィルムを提供することを第1の目的とし、この液晶ポリエステルフィルムを用いた磁気テープを提供することを第2の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる目的を達成するため、本発明者は、液晶ポリエステルフィルムの線膨張に対する異方性を抑制すべく、溶媒可溶性の液晶ポリエステルを用いて溶媒キャスト法でフィルム化することに着目し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、請求項1に記載の発明は、磁気テープの基材に用いられる液晶ポリエステルフィルムであって、溶媒とこの溶媒に溶解した液晶ポリエステルとが含まれる液状組成物を基板に流延塗布し、前記液状組成物中の溶媒を除去して得られた液晶ポリエステルフィルムとしたことを特徴とする。
【0010】
また、請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の構成に加え、前記液晶ポリエステルは、以下の式(1)、(2)および(3)で示される構造単位を有し、全構造単位の合計に対して、式(1)で示される構造単位の含有量が30〜80モル%、式(2)で示される構造単位の含有量が35〜10モル%、式(3)で示される構造単位の含有量が35〜10モル%の液晶ポリエステルであることを特徴とする。
(1)−O−Ar1 −CO−
(2)−CO−Ar2 −CO−
(3)−X−Ar3 −Y−
(式中、Ar1 は、フェニレン基またはナフチレン基を表し、Ar2 は、フェニレン基、ナフチレン基または下記式(4)で表される基を表し、Ar3 はフェニレン基または下記式(4)で表される基を表し、XおよびYは、それぞれ独立に、OまたはNHを表す。なお、Ar1 、Ar2 およびAr3 の芳香環に結合している水素原子は、ハロゲン原子、アルキル基またはアリール基で置換されていてもよい。)
(4)−Ar11−Z−Ar12
(式中、Ar11、Ar12は、それぞれ独立に、フェニレン基またはナフチレン基を表し、Zは、O、COまたはSO2 を表す。)
【0011】
また、請求項3に記載の発明は、請求項2に記載の構成に加え、前記式(3)で示される構造単位のXおよびYの少なくとも一方がNHであることを特徴とする。
【0012】
また、請求項4に記載の発明は、請求項1乃至3のいずれかに記載の構成に加え、前記溶媒が非プロトン性有機溶媒であることを特徴とする。
【0013】
さらに、請求項5に記載の発明は、請求項1乃至4のいずれかに記載の液晶ポリエステルフィルムからなる基材上に磁性層が形成されている磁気テープとしたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、磁気テープの基材に用いられる液晶ポリエステルフィルムにおいて、その液晶ポリエステルフィルムが溶媒可溶性の液晶ポリエステルを用いて溶媒キャスト法でフィルム化されているため、線膨張に対する異方性を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施の形態1に係る磁気テープの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
[発明の実施の形態1]
【0017】
図1には、本発明の実施の形態1を示す。この実施の形態1では、磁気テープの構成、液晶ポリエステルの構造、液晶ポリエステルの製造方法、液晶ポリエステルフィルムの作製方法および磁気テープの製造方法を順に説明する。
<磁気テープの構成>
【0018】
この実施の形態1に係る磁気テープ1は、図1に示すように、所定の厚さT1(例えば、T1=5〜20μm)のシート状の基材(ベースフィルム層)2を有している。この基材2は、後述する溶媒キャスト法によって製造された液晶ポリエステルフィルムから構成されている。また、基材2の表面(図1上面)には、所定の厚さT2(例えば、T2=0.5〜2μm)の磁性材料からなるシート状の磁性層3が形成されている。
<液晶ポリエステルの構造>
【0019】
この基材2を構成する液晶ポリエステルフィルムの材料である液晶ポリエステルとは、溶融時に光学異方性を示し、450℃以下の温度で異方性溶融体を形成するという特性を有するポリエステルである。この液晶ポリエステルとしては、以下の式(1)で示される構造単位(以下、「式(1)構造単位」という。)と、下記の式(2)で示される構造単位(以下、「式(2)構造単位」という。)と、下記の式(3)で示される構造単位(以下、「式(3)構造単位」という。)とを有し、全構造単位の合計に対して、式(1)構造単位の含有量が30〜80モル%、式(2)構造単位の含有量が35〜10モル%、式(3)構造単位の含有量が35〜10モル%のものが好ましい。
(1)−O−Ar1 −CO−
(2)−CO−Ar2 −CO−
(3)−X−Ar3 −Y−
(式中、Ar1 は、フェニレン基またはナフチレン基を表し、Ar2 は、フェニレン基、ナフチレン基または下記式(4)で表される基を表し、Ar3 はフェニレン基または下記式(4)で表される基を表し、XおよびYは、それぞれ独立に、OまたはNHを表す。なお、Ar1 、Ar2 およびAr3 の芳香環に結合している水素原子は、ハロゲン原子、アルキル基またはアリール基で置換されていてもよい。)
(4)−Ar11−Z−Ar12
(式中、Ar11、Ar12は、それぞれ独立に、フェニレン基またはナフチレン基を表し、Zは、O、COまたはSO2 を表す。)
【0020】
ここで、式(1)構造単位は、芳香族ヒドロキシカルボン酸由来の構造単位であり、この芳香族ヒドロキシカルボン酸としては、例えば、p−ヒドロキシ安息香酸、m−ヒドロキシ安息香酸、2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸、2−ヒドロキシ−3−ナフトエ酸、1−ヒドロキシ−4−ナフトエ酸などが挙げられる。
【0021】
また、式(2)構造単位は、芳香族ジカルボン酸由来の構造単位であり、この芳香族ジカルボン酸としては、例えば、テレフタル酸、イソフタル酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸、1,5−ナフタレンジカルボン酸、ジフェニルエーテル−4,4’−ジカルボン酸、ジフェニルスルホン−4,4’−ジカルボン酸、ジフェニルケトン−4,4’−ジカルボン酸などが挙げられる。
【0022】
さらに、式(3)構造単位は、芳香族ジオール、フェノール性ヒドロキシル基(フェノール性水酸基)を有する芳香族アミンまたは芳香族ジアミンに由来する構造単位である。この芳香族ジオールとしては、例えば、ハイドロキノン、レゾルシン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジメチルフェニル)プロパン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)エーテル、ビス−(4−ヒドロキシフェニル)ケトン、ビス−(4−ヒドロキシフェニル)スルホン等が挙げられる。また、このフェノール性ヒドロキシル基を有する芳香族アミンとしては、p−アミノフェノール、m−アミノフェノール等が挙げられ、この芳香族ジアミンとしては、1,4−フェニレンジアミン、1,3−フェニレンジアミン等が挙げられる。
【0023】
式(1)構造単位は、全構造単位の合計に対して、30〜80モル%の範囲で含むと好ましく、30〜60モル%の範囲で含むとより好ましい。このようなモル分率で式(1)構造単位を含む液晶ポリエステルは、液晶性を十分に維持しながらも、溶媒に対する溶解性がより優れる傾向にある。さらに、式(1)構造単位を誘導する芳香族ヒドロキシカルボン酸の入手性も併せて考慮すると、この芳香族ヒドロキシカルボン酸としては、p−ヒドロキシ安息香酸および/または2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸が好適である。
【0024】
式(2)構造単位は、全構造単位の合計に対して、35〜10モル%の範囲で含むと好ましく、35〜20モル%の範囲で含むとより好ましい。このようなモル分率で式(2)構造単位を含む液晶ポリエステルは、液晶性を十分に維持しながらも、溶媒に対する溶解性がより優れる傾向にある。さらに、式(2)構造単位を誘導する芳香族ジカルボン酸の入手性も併せて考慮すると、この芳香族ジカルボン酸としては、テレフタル酸、イソフタル酸および2,6−ナフタレンジカルボン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種であると好ましい。
【0025】
また、得られる液晶エステルがより高度の液晶性を発現する点では、式(2)構造単位と式(3)構造単位とのモル分率は、[式(2)構造単位]/[式(3)構造単位]で表して、0.9/1〜1/0.9の範囲が好適である。
【0026】
この液晶ポリエステルは溶媒可溶性であり、かかる溶媒可溶性とは、温度50℃において、1質量%以上の濃度で溶媒に溶解することを意味する。この場合の溶媒とは、後述する液状組成物の調製に用いるに好適な溶媒のいずれか1種であり、詳細は後述する。
【0027】
このような溶媒可溶性を有する液晶ポリエステルとしては、前記式(3)構造単位として、フェノール性ヒドロキシル基を有する芳香族アミンに由来する構造単位および/または芳香族ジアミンに由来する構造単位を含むものが好ましい。すなわち、式(3)構造単位として、XおよびYの少なくとも一方がNHである構造単位(式(3’)で表される構造単位、以下、「式(3’)構造単位」という。)を含むと、後述する好適な溶媒(非プロトン性有機溶媒)に対する溶媒可溶性が優れる傾向がある点で好ましい。特に、実質的に全ての式(3)構造単位が式(3’)構造単位であることが好ましい。
(3’)−X−Ar3 −NH−
(式中、Ar3 およびXは前記と同義である。)
【0028】
この式(3’)構造単位は、全構造単位の合計に対して、35〜10モル%の範囲で含むと好ましく、35〜20モル%の範囲で含むとより好ましい。こうすることにより、式(3’)構造単位は、液晶ポリエステルの溶媒に対する溶解性が十分に高まり、後述する溶媒キャスト法による液晶ポリエステルの製造が一層容易になる点で有利である。
<液晶ポリエステルの製造方法>
【0029】
このような液晶ポリエステルは、種々公知の方法により製造可能である。例えば、好適な液晶ポリエステル、すなわち、式(1)構造単位、式(2)構造単位および式(3)構造単位からなる液晶ポリエステルを製造する場合は、これら構造単位を誘導するモノマーをエステル形成性・アミド形成性誘導体に転換した後、重合させて液晶ポリエステルを製造する方法が、操作が簡便である点で好ましい。
【0030】
このエステル形成性・アミド形成性誘導体について、例を挙げて説明する。
【0031】
芳香族ヒドロキシカルボン酸や芳香族ジカルボン酸のように、カルボキシル基を有するモノマーのエステル形成性・アミド形成性誘導体としては、当該カルボキシル基が、ポリエステルやポリアミドを生成する反応を促進するように、ハロホルミル基、アシルオキシカルボニル基などの反応活性の高い基になって、酸ハロゲン化物、酸無水物などを形成しているものや、当該カルボキシル基が、エステル交換・アミド交換反応によってポリエステルやポリアミドを生成するようにアルコール類やエチレングリコール等とエステルを形成しているものなどが挙げられる。
【0032】
芳香族ヒドロキシカルボン酸や芳香族ジオール等のように、フェノール性ヒドロキシル基を有するモノマーのエステル形成性・アミド形成性誘導体としては、エステル交換反応によってポリエステルやポリアミドを生成するように、フェノール性ヒドロキシル基がカルボン酸類とエステルを形成しているもの等が挙げられる。
【0033】
また、芳香族ジアミンのように、アミノ基を有するモノマーのアミド形成性誘導体としては、例えば、アミド交換反応によってポリアミドを生成するように、アミノ基がカルボン酸類とアミドを形成しているもの等が挙げられる。
【0034】
これらの中でも液晶ポリエステルをより簡便に製造する上では、芳香族ヒドロキシカルボン酸と、芳香族ジオール、フェノール性ヒドロキシル基を有する芳香族アミン、芳香族ジアミンといったフェノール性ヒドロキシル基および/またはアミノ基を有するモノマーとを脂肪酸無水物でアシル化してエステル形成性・アミド形成性誘導体(アシル化物)とした後、このアシル化物のアシル基と、カルボキシル基を有するモノマーのカルボキシル基とがエステル交換・アミド交換を生じるようにして重合させることにより、液晶ポリエステルを製造する方法が特に好ましい。
【0035】
このような液晶ポリエステルの製造方法は、例えば、特開2002−220444号公報または特開2002−146003号公報に記載されている。
【0036】
アシル化においては、フェノール性ヒドロキシル基とアミノ基との合計に対して、脂肪酸無水物の添加量が1〜1.2倍当量であることが好ましく、1.05〜1.1倍当量であるとより好ましい。脂肪酸無水物の添加量が1倍当量未満では、重合時にアシル化物や原料モノマーが昇華して反応系が閉塞しやすい傾向があり、また、1.2倍当量を超える場合には、得られる液晶ポリエステルの着色が著しくなる傾向がある。
【0037】
アシル化は、130〜180℃で5分間〜10時間反応させることが好ましく、140〜160℃で10分間〜3時間反応させることがより好ましい。
【0038】
アシル化に使用される脂肪酸無水物は、価格および取扱性の観点から、無水酢酸、無水プロピオン酸、無水酪酸、無水イソ酪酸またはこれらから選ばれる2種以上の混合物が好ましく、特に好ましくは、無水酢酸である。
【0039】
アシル化に続く重合は、130〜400℃で0.1〜50℃/分の割合で昇温しながら行うことが好ましく、150〜350℃で0.3〜5℃/分の割合で昇温しながら行うことがより好ましい。
【0040】
また、この重合においては、アシル化物のアシル基がカルボキシル基の0.8〜1.2倍当量であることが好ましい。
【0041】
アシル化および/または重合の際には、ル・シャトリエ‐ブラウンの法則(平衡移動の原理)により、平衡を移動させるため、副生する脂肪酸や未反応の脂肪酸無水物は蒸発させる等して系外へ留去することが好ましい。
【0042】
なお、アシル化や重合においては触媒の存在下に行ってもよい。この触媒としては、従来からポリエステルの重合用触媒として公知のものを使用することができ、例えば、酢酸マグネシウム、酢酸第一錫、テトラブチルチタネート、酢酸鉛、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、三酸化アンチモン等の金属塩触媒、N,N−ジメチルアミノピリジン、N−メチルイミダゾール等の有機化合物触媒を挙げることができる。
【0043】
これらの触媒の中でも、N,N−ジメチルアミノピリジン、N−メチルイミダゾール等の窒素原子を2個以上含む複素環状化合物が好ましく使用される(特開2002−146003号公報参照)。
【0044】
この触媒は、通常モノマーの投入時に一緒に投入され、アシル化後も除去することは必ずしも必要ではなく、この触媒を除去しない場合には、アシル化からそのまま重合に移行することができる。
【0045】
このような重合で得られた液晶ポリエステルは、そのまま本発明に用いることができるが、耐熱性や液晶性という特性の更なる向上のためには、より高分子量化させることが好ましく、かかる高分子量化には固相重合を行うことが好ましい。この固相重合に係る一連の操作を説明する。前記の重合で得られた比較的低分子量の液晶ポリエステルを取り出し、粉砕してパウダー状またはフレーク状にする。続いて、粉砕後の液晶ポリエステルを、例えば、窒素などの不活性ガスの雰囲気下、20〜350℃で、1〜30時間固相状態で加熱処理するという操作により、固相重合を実施することができる。この固相重合は、攪拌しながら行ってもよく、攪拌することなく静置した状態で行ってもよい。なお、後述する好適な流動開始温度の液晶ポリエステルを得るといった観点から、この固相重合の好適条件を詳述すると、反応温度として210℃を越えることが好ましく、より一層好ましくは220℃〜350℃の範囲である。また、反応時間は、1〜10時間から選択されることが好ましい。
【0046】
本発明に用いる液晶ポリエステルとしては、流動開始温度が250℃以上であると、基材2と磁性層3との間の密着性が向上する点で好ましい。ここでいう流動開始温度とは、フローテスターによる溶融粘度の評価において、9.8MPaの圧力下で液晶ポリエステルの溶融粘度が4800Pa・s以下になる温度をいう。なお、この流動開始温度とは、液晶ポリエステルの分子量の目安として当業者には周知のものである(例えば、小出直之編「液晶ポリマー−合成・成形・応用−」第95〜105頁、シーエムシー、1987年6月5日発行を参照)。
【0047】
液晶ポリエステルの流動開始温度は、250℃以上300℃以下であることが更に好ましい。流動開始温度が300℃以下であれば、液晶ポリエステルの溶媒に対する溶解性がより良好になることに加え、後述する液状組成物を得たとき、その粘度が著増しないので、この液状組成物の取扱性が良好となる傾向がある。かかる観点から、流動開始温度が260℃以上290℃以下の液晶ポリエステルがさらに好ましい。なお、液晶ポリエステルの流動開始温度をこのような好適な範囲に制御するには、前記固相重合の重合条件を適宜最適化すればよい。
<液晶ポリエステルフィルムの作製方法>
【0048】
以下、溶媒キャスト法による液晶ポリエステルフィルムの作製方法について説明する。
【0049】
まず、上述した液晶ポリエステルを特定の溶媒に溶解することにより、溶媒とこの溶媒に溶解した液晶ポリエステルとが含まれる所定の粘度の液状組成物を調製する。
【0050】
この溶媒としては、液晶ポリエステルを溶解するものであれば特に限定されないが、例えば、N,N’−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、N−メチルカプロラクタム、N,N’−ジメチルホルムアミド、N,N’−ジエチルホルムアミド、N,N’−ジエチルアセトアミド、N−メチルプロピオンアミド、ジメチルスルホキシド、γ−ブチロラクトン、ジメチルイミダゾリジノン、テトラメチルホスホリックアミドおよびエチルセロソルブアセテート、並びにパラフルオロフェノール、パラクロロフェノール、ペルフルオロフェノール等のハロゲン化フェノール類などが挙げられる。これらの溶媒は、1種類を単独で使用してもよく、2種類以上を混合して使用しても構わない。
【0051】
こうした溶媒の中でも、取扱性の観点から、N,N’−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、N−メチルカプロラクタム、N,N’−ジメチルホルムアミド、N,N’−ジエチルホルムアミド、N,N’−ジエチルアセトアミド、N−メチルプロピオンアミド、ジメチルスルホキシド、γ−ブチロラクトン、ジメチルイミダゾリジノン、テトラメチルホスホリックアミドおよびエチルセロソルブアセテートからなる群から選択される非プロトン性有機溶媒が好適である。
【0052】
この溶媒の使用量は、液晶ポリエステルを0.1質量%以上含有する液状組成物を調製するような量であれば、適用する溶媒の種類に応じて適宜選択することができるが、溶媒100質量部に対して、液晶ポリマー0.5〜50質量部であることが好ましく、10〜20質量部であることがより好ましい。液晶ポリエステルが0.5質量部未満であると、液状組成物の粘度が低すぎて均一に塗工できない傾向があり、液晶ポリエステルが50質量部を超えると、高粘度化する傾向がある。このようにして得られた液状組成物を溶媒で希釈して液晶ポリエステルの0.5g/dl溶液としたときの25℃における固有粘度は、0.2〜1.0である。
【0053】
なお、この液状組成物は、従来から広範に使用されている無機フィラー等のフィラーを添加しなくとも、高度の寸法安定性を有する液晶ポリエステルフィルムが得られるものであるが、機械的強度向上を目的として少量の無機フィラーを配合してもよい。フィラーを配合する際の配合量は、この液晶ポリエステルフィルムの屈曲性を損なわない範囲で選ばれ、通常、液状組成物中に5質量%以下であると好ましい。なお、好適なフィラーとしては、ホウ酸アルミニウム、チタン酸カリウム、硫酸マグネシウム、酸化亜鉛、炭化ケイ素、窒化ケイ素、ガラスまたはアルミナなどの無機物質からなるフィラーであり、これらのフィラーの形状は繊維状、板状、粒子状のいずれであってもよい。
【0054】
また、この液状組成物には、例えば、シランカップリング剤、酸化防止剤に代表される添加剤が含まれていてもよい。この添加剤は、液状組成物に使用した溶媒に可溶であると好ましい。
【0055】
次いで、こうして調製された液状組成物を金属箔などの基板に所定の回数だけ流延塗布する。この流延塗布方法としては、例えば、ローラーコート法、ディップコーター法、スプレイコーター法、スピンコート法、カーテンコート法、スロットコート法、スクリーン印刷法など各種の方法が挙げられる。
【0056】
最後に、こうして基板に流延塗布された液状組成物中の溶媒を除去する。この溶媒除去は、溶媒の蒸発により行うことが好ましい。溶媒を蒸発する方法としては、加熱、減圧、通風などの方法が挙げられるが、これらの中でも生産効率、取扱性の点から加熱による蒸発が好ましく、通風しつつ加熱して蒸発させることがより好ましい。加熱により溶媒を除去する場合、例えば、温度80〜200℃において10〜120分間保持すればよい。
【0057】
ここで、溶媒キャスト法による液晶ポリエステルフィルムの作製作業が終了し、液晶ポリエステルフィルムが得られる。
【0058】
なお、この液晶ポリエステルフィルムの厚さは、製膜性や機械特性の観点から、0.5〜500μmであることが好ましく、取扱性の観点から1〜100μmであることがより好ましい。なお、液晶ポリエステルフィルムの厚さは、液状組成物の塗布回数または粘度によって調整することができる。また、この液晶ポリエステルフィルムの250℃から50℃への冷却時の収縮率は、好ましくは0.2〜0.8%、より好ましくは0.25〜0.7%である。
<磁気テープの製造方法>
【0059】
以下、磁気テープ1の製造方法について説明する。
【0060】
まず、上述した液晶ポリエステルフィルムを基材2として準備し、この基材2上に磁性層3を形成する。磁性層3の形成方法としては、磁性粉を用いる方法や、金属めっきによる方法を採用することができる。
【0061】
磁性粉を用いる方法においては、磁性粉をバインダー、接着剤、各種安定剤、分散剤、帯電防止剤、潤滑剤、研磨剤などとともに有機溶媒中に分散・混合し、これを基材2上に塗布した後、有機溶媒を乾燥させる。すると、基材2上に磁性層3が形成される。ここで、磁性粉としては、具体的には、マグネタイト、ガンマ酸化鉄、二酸化クロム、コバルト被着型酸化鉄、メタル粉などが挙げられる。また、バインダーとしては、ポリウレタン、塩化ビニル−酢酸ビニル共重合体、ニトロセルロースなどが挙げられる。
【0062】
また、金属めっきによる方法においては、基材2上に金属めっきを施して磁性層3を形成する。このとき、化学メッキ法、電気メッキ法などが適用され、具体的にはCo−Ni−P、Co−Ni、Co−P、Co−Pt、Co−Re、Co−Pt−M(但し、MはNi、Ge、V、Mo、CrまたはWを表す。)、Co−Ni−N、Co−Ni−Crなどが挙げられる。
【0063】
なお、基材2の表面には、必要に応じて表面処理を施すことができる。このような表面処理法としては、例えばコロナ放電処理、プラズマ処理、火炎処理、紫外線処理、赤外線処理、溶剤処理、研磨処理などが挙げられる。
【0064】
また、基材2の表面には、その接着性を向上させるため、アンカーコート剤を用いてアンカーコート処理を施すことができる。アンカーコート剤は特に限定するものではなく、例えば、アルキルチタネート化合物、イソシアネート系アンカーコート剤、ポリエチレンイミン系アンカーコート剤、ウレタン系アンカーコート剤などが挙げられる。
【0065】
このようにして製造された磁気テープ1においては、基材2が液晶ポリエステルフィルムから構成されているため、寸法安定性、耐熱性、低吸水性、強度および耐薬品性に優れ、磁気テープ1の基材2として好適である。しかも、この液晶ポリエステルフィルムは、上述したとおり、溶媒可溶性の液晶ポリエステルを用いて溶媒キャスト法でフィルム化されたものであるため、押出法によってフィルム化された従来の液晶ポリエステルフィルムと異なり、液晶ポリエステル分子のMD方向への配向が生じないことから、線膨張に対する異方性を抑制することが可能となる。
[発明のその他の実施の形態]
【0066】
なお、上述した実施の形態1では、基材2の表面に磁性層3が形成された磁気テープ1について説明したが、基材2の表裏両面にそれぞれ磁性層3が形成された磁気テープ1に本発明を同様に適用することも可能である。
【0067】
また、上述した実施の形態1では、基材2および磁性層3の二層の積層構造を有する磁気テープ1について説明したが、必要に応じて、基材2の裏面または磁性層3の表面に熱可塑性樹脂層(熱可塑性樹脂からなる層)を追加して三層以上の積層構造とすることもできる。この熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−α−オレフィン共重合体のごときポリオレフィン、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレートやポリブチレンテレフタレートのごときポリエステル、ポリアセタール、ポリアミド、ポリフェニレンエーテル、ポリエーテルサルホン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリフェニレンサルファイド、フッ素樹脂などが挙げられる。これらの中でも、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−α−オレフィン共重合体、ポリエチレンテレフタレートが好ましい。熱可塑性樹脂としては1種または2種以上のものを混合して用いることができる。また、熱可塑性樹脂としては、分子鎖に官能基が導入されて変性した熱可塑性樹脂を用いることもできる。
【0068】
さらに、上述した実施の形態1では、液晶ポリエステルフィルム、つまり液晶ポリエステル製のフィルムを基材2に用いる場合について説明したが、寸法安定性、熱電導性、電気特性などを一層改善することを目的として、この液晶ポリエステルに各種の充填剤を配合することもできる。この充填剤の具体例としては、シリカ、アルミナ、酸化チタン、チタン酸バリウム、チタン酸ストロンチウム、水酸化アルミニウム、炭酸カルシウム等の無機フィラー;硬化エポキシ樹脂、架橋ベンゾグアナミン樹脂、架橋アクリルポリマー等の有機フィラー;酸化防止剤、紫外線吸収剤などを挙げることができる。
【実施例】
【0069】
以下、本発明の実施例について説明する。なお、本発明は実施例に限定されるものではない。
<実施例1>
【0070】
攪拌装置、トルクメータ、窒素ガス導入管、温度計および還流冷却器を備えた反応器に、2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸1976g(10.5モル)、4−ヒドロキシアセトアニリド1474g(9.75モル)、イソフタル酸1620g(9.75モル)および無水酢酸2374g(23.25モル)を仕込んだ。反応器内を十分に窒素ガスで置換した後、窒素ガス気流下で15分かけて150℃まで昇温し、温度を保持して3時間還流させた。
【0071】
その後、留出する副生酢酸および未反応の無水酢酸を留去しながら170分かけて300℃まで昇温し、トルクの上昇が認められる時点を反応終了とみなし、内容物を取り出した。取り出した内容物を室温まで冷却し、粗粉砕機で粉砕した後、液晶ポリエステル粉末を得た。この液晶ポリエステル粉末について、(株)島津製作所製のフローテスター「CFT−500」によって流動開始温度を測定したところ、この流動開始温度は235℃であった。
【0072】
こうして得られた液晶ポリエステル粉末を用いて、窒素雰囲気において223℃で3時間かけて固相重合反応を進め、液晶ポリエステル粉末を得た。固相重合後の液晶ポリエステル粉末について、(株)島津製作所製のフローテスター「CFT−500」によって流動開始温度を測定したところ、この流動開始温度は270℃であった。
【0073】
このようにして得られた液晶ポリエステル粉末2200gをN,N’−ジメチルアセトアミド(DMAc)7800gに加え、100℃で2時間加熱して液状組成物を得た。この液状組成物について、東機産業(株)製のB型粘度計「TVL−20型」(ローターNo.21(回転速度:20rpm))を用いて、測定温度23℃で溶融粘度を測定したところ、この液状組成物の溶融粘度は200cPであった。
【0074】
次に、この液状組成物を三井金属鉱業(株)製の電解銅箔「3EC−VLP」(厚さ18μm)の上にフィルムアプリケーターを用いてキャストし、高温熱風乾燥機を用いて80℃で1時間乾燥した。窒素雰囲気下、熱風オーブン中において昇温速度5℃/分で30℃から300℃まで昇温させ、その温度(300℃)で1時間保持する熱処理を行った。次いで、木田株式会社製の塩化第二鉄水溶液(ボーメ度40°)に浸漬することにより、銅箔をエッチングで除去し、液晶ポリエステルフィルムを得た。
<実施例2>
【0075】
攪拌装置、トルクメータ、窒素ガス導入管、温度計および還流冷却器を備えた反応器に、2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸941g(5.0モル)、p−アミノフェノール273g(2.5モル)、イソフタル酸415.3g(2.5モル)および無水酢酸1123g(11モル)を仕込んだ。反応器内を十分に窒素ガスで置換した後、窒素ガス気流下で15分かけて150℃まで昇温し、温度を保持して3時間還流させた。
【0076】
その後、留出する副生酢酸および未反応の無水酢酸を留去しながら170分かけて320℃まで昇温し、トルクの上昇が認められる時点を反応終了とみなし、内容物を取り出した。得られた固形分を室温まで冷却し、粗粉砕機で粉砕した後、窒素雰囲気下、250℃で10時間保持し、固相で重合反応を進めた。こうして得られた粉末36gをN−メチル−2−ピロリドン364gに加え、140℃に加熱すると、完全に溶解した褐色透明な液状組成物が得られた。
【0077】
この液状組成物を三井金属鉱業(株)製の電解銅箔「3EC−VLP」(厚さ18μm)の上にフィルムアプリケーターを用いてキャストし、高温熱風乾燥機を用いて120℃で加熱して、樹脂層中の残存溶媒量が18質量%以下になるように溶媒を除去した後、窒素雰囲気下、320℃で熱処理した。次いで、木田株式会社製の塩化第二鉄水溶液(ボーメ度40°)に浸漬することにより、銅箔をエッチングで除去し、液晶ポリエステルフィルムを得た。
<液晶ポリエステルフィルムの線膨張率の測定>
【0078】
これらの実施例1、2の液晶ポリエステルフィルムについて、エスアイアイ・ナノテクノロジー(株)製の熱機械的分析装置「TMA120U」を用いて、荷重0.0245N、窒素気流下で、50℃から100℃まで5℃/分で昇温させ、MD方向(塗工方向)およびTD方向(塗工方向と直角な方向)の線膨張率(単位:ppm/℃)をそれぞれ測定した。その結果をまとめて表1に示す。
【表1】

【0079】
ここで、実施例1の液晶ポリエステルフィルムにおいて、MD方向の線膨張率とTD方向の線膨張率とを対比すると、両者とも38ppm/℃で一致していた。また、実施例2の液晶ポリエステルフィルムにおいて、MD方向の線膨張率とTD方向の線膨張率とを対比すると、前者が28ppm/℃であるとともに、後者が31ppm/℃であり、両者間に有意差は認められなかった。したがって、実施例1、2の液晶ポリエステルフィルムはいずれも、線膨張に対する異方性が抑制されていることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明は、コンピュータデータの記憶媒体として用いられたり、録音・録画用テープとして用いられたりする磁気テープに広く適用することができる。
【符号の説明】
【0081】
1……磁気テープ
2……基材
3……磁性層
T1……基材の厚さ
T2……磁性層の厚さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気テープの基材に用いられる液晶ポリエステルフィルムであって、
溶媒とこの溶媒に溶解した液晶ポリエステルとが含まれる液状組成物を基板に流延塗布し、前記液状組成物中の溶媒を除去して得られたことを特徴とする液晶ポリエステルフィルム。
【請求項2】
前記液晶ポリエステルは、以下の式(1)、(2)および(3)で示される構造単位を有し、全構造単位の合計に対して、式(1)で示される構造単位の含有量が30〜80モル%、式(2)で示される構造単位の含有量が35〜10モル%、式(3)で示される構造単位の含有量が35〜10モル%の液晶ポリエステルであることを特徴とする請求項1に記載の液晶ポリエステルフィルム。
(1)−O−Ar1 −CO−
(2)−CO−Ar2 −CO−
(3)−X−Ar3 −Y−
(式中、Ar1 は、フェニレン基またはナフチレン基を表し、Ar2 は、フェニレン基、ナフチレン基または下記式(4)で表される基を表し、Ar3 はフェニレン基または下記式(4)で表される基を表し、XおよびYは、それぞれ独立に、OまたはNHを表す。なお、Ar1 、Ar2 およびAr3 の芳香環に結合している水素原子は、ハロゲン原子、アルキル基またはアリール基で置換されていてもよい。)
(4)−Ar11−Z−Ar12
(式中、Ar11、Ar12は、それぞれ独立に、フェニレン基またはナフチレン基を表し、Zは、O、COまたはSO2 を表す。)
【請求項3】
前記式(3)で示される構造単位のXおよびYの少なくとも一方がNHであることを特徴とする請求項2に記載の液晶ポリエステルフィルム。
【請求項4】
前記溶媒が非プロトン性有機溶媒であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の液晶ポリエステルフィルム。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の液晶ポリエステルフィルムからなる基材上に磁性層が形成されていることを特徴とする磁気テープ。

【図1】
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【公開番号】特開2011−104836(P2011−104836A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−260986(P2009−260986)
【出願日】平成21年11月16日(2009.11.16)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】