説明

液状醗酵種、冷凍醗酵種生地及びこれらを使用するパンの製造方法

【課題】乳酸発酵種を用いてパンを製造するに当たり、刺激的な強い酸味・酸臭のない、マイルドなサワー風味や香ばしい焙焼香と、味覚的にも旨味・甘味・コク味を有するパンを製造する方法、及びそのための乳酸発酵種の製造方法を提供する。
【解決手段】少なくとも小麦粉、水、並びに乳酸菌及び/又は乳酸菌を含有する液状醗酵種を混合して醗酵させることにより、液状醗酵種の調製を行うにあたり、該液状醗酵種の調製における少なくとも最後の調製において、該小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用する。該液状醗酵種の調製にあたっては、さらに、蜂蜜を添加することが可能である。また、該液状醗酵種を冷凍して使用することも可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液状醗酵種、該液状醗酵種を使用する冷凍醗酵種生地、及びこれらを使用するパンの製造方法に関する。より詳しくは、本発明は、小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用し、さらに必要に応じて蜂蜜を添加した液状醗酵種、該液状醗酵種と小麦粉を混合する醗酵種生地、及びこれらを使用するパンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、製菓・製パン用乳酸菌醗酵種を調製する場合、穀粉、水等の原料に乳酸菌を添加・混合して長時間醗酵させて種起こしを行い、このように種起こしした乳酸菌含有醗酵種の全部又は一部に穀粉、水等の原料を添加・混合して長時間醗酵させて種継ぎを行っている。この場合に使用する穀粉としては、一般に、通常の製パン用小麦粉(強力粉)、ライ麦粉等が使用されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、このような従来の乳酸菌醗酵種を用いて作成したパンは、刺激的な酸臭・酸味が強く、マイルドなサワー風味や香ばしさに欠けていた。また、味覚的にも、旨味・甘味(あまみ)・コク(味わい)を有するものではなかった。
【0004】
そこで、本発明の課題は、乳酸菌発酵種を用いてパンを製造するにあたり、刺激的な強い酸味・酸臭のない、マイルドなサワー風味や香ばしい焙焼香と、味覚的にも旨味・甘味・コク味を有するパンを製造すること、及びこのようなパンを製造するための乳酸菌醗酵種を製造することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、従来の技術に関する上記課題を解決すべく、鋭意研究を行った結果、本発明を完成した。すなわち、本発明は以下の事項に関する。
(1) 少なくとも小麦粉、水、並びに乳酸菌及び/又は乳酸菌を含有する液状醗酵種を混合して醗酵させることにより、液状醗酵種の調製を行うにあたり、該液状醗酵種の調製における少なくとも最後の調製において、該小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用することを特徴とする液状醗酵種の製造方法。
(2) 少なくとも小麦粉、水、及び乳酸菌を混合して醗酵させることにより、液状醗酵種の種起こしを行うにあたり、該小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用することを特徴とする液状醗酵種の製造方法。
(3) 少なくとも小麦粉、水、及び、種起こし若しくは種継ぎにより調製した乳酸菌を含有する液状醗酵種を使用して該乳酸菌含有液状醗酵種の種継ぎを行うにあたり、該液状醗酵種の種継ぎにおける少なくとも最後の種継ぎにおいて、該小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用することを特徴とする液状醗酵種の製造方法。
(4) 少なくとも小麦粉、水、及び乳酸菌を混合して醗酵させることにより液状醗酵種の種起こしを行い;次いで、少なくとも小麦粉、水、及び該種起こし後の液状醗酵種の全部若しくは一部を使用して種継ぎを行い;さらに必要に応じて、少なくとも小麦粉、水、及び該種継ぎ後の液状醗酵種の全部若しくは一部を使用して種継ぎを1回又は複数回行うこと;を含む、液状醗酵種の製造方法であって、少なくとも最後の種継ぎにおいて、該小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用する、液状醗酵種の製造方法。
(5) 少なくとも小麦粉、水、及び乳酸菌を混合して醗酵させることにより液状醗酵種の種起こしを行い;次いで、少なくとも小麦粉、水、及び該種起こし後の液状醗酵種の全部若しくは一部を使用して種継ぎを行い;さらに必要に応じて、少なくとも小麦粉、水、及び該種継ぎ後の液状醗酵種の全部若しくは一部を使用して種継ぎを1回又は複数回行うこと;を含む、液状醗酵種の製造方法であって、該液状醗酵種の種起こし及び各種継ぎにおいて、該小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用する、液状醗酵種の製造方法。
(6) 前記液状醗酵種の調製において、蜂蜜を添加することを特徴とする(1)〜(5)のいずれか1項に記載の液状醗酵種の製造方法。
(7) 前記液状醗酵種の調製において、製パン用イーストを添加しないことを特徴とする(1)〜(6)のいずれか1項に記載の液状醗酵種の製造方法。
(8) 前記デュラム粉の添加量が、前記小麦粉の全量に対し少なくとも10質量%以上である、(1)〜(7)のいずれか1項に記載の液状醗酵種の製造方法。
(9) 前記蜂蜜の添加量が、前記液状醗酵種の調製に使用する小麦粉に対して0.5〜20質量%である、(6)〜(8)のいずれか1項に記載の液状醗酵種の製造方法。
(10) 前記液状醗酵種の種起こし時の醗酵時間が、18時間以上である、(2)及び(4)〜(9)のいずれか1項に記載の液状醗酵種の製造方法。
(11) 前記液状醗酵種を、該液状醗酵種のpHが4.0以下となるまで醗酵させる、(1)〜(10)のいずれか1項に記載の液状醗酵種の製造方法。
(12) (1)〜(11)に記載の方法により製造した液状醗酵種に少なくとも小麦粉を混合して非流動状の醗酵種生地を作成し、該醗酵種生地を冷凍することを特徴とする冷凍醗酵種生地の製造方法。
(13) (1)〜(11)のいずれか1項に記載の方法により製造した液状醗酵種を、パン生地の混捏工程で添加することを含む、パンの製造方法。
(14) (12)に記載の方法により製造した冷凍醗酵種生地を解凍してからパン生地の混捏工程で添加することを含む、パンの製造方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明において、液状醗酵種を調製する際に、小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用することによって、該液状醗酵種の醗酵が短時間でも、これを使用して製造するパンに良好な味、風味及び香りを付与することができる。より具体的には、このように小麦粉としてデュラム粉を使用する乳酸菌醗酵種は、それ自体は刺激的な酸味を感じるが、これを使用して製造するパンには、醗酵生成物に由来する旨味、甘味及びコクのある味、刺激的でないマイルドなサワー風味、並びに醗酵生成物の存在下における焼成に由来する刺激臭のない香ばしい焙焼香が付与される。また、このパンはサクい(軽い)食感を有するものである。さらに、該醗酵種を使用して製造するパン生地は、製パン性(伸展性等)が良好である。
【0007】
また、本発明において、液状醗酵種を調製する際に、小麦粉としてデュラム粉を使用するとともに蜂蜜を添加した液状醗酵種を使用して製造するパンは、小麦粉としてデュラム粉を使用するだけで蜂蜜を添加しない液状醗酵種を使用して製造するパンよりも一層、旨味、甘味及びコクのある味、刺激的でないマイルドなサワー風味、並びに醗酵生成物の存在下における焼成に由来する刺激臭のない香ばしい焙焼香が増大する。また、このパンはサクい食感だけでなく、柔らかくソフトな食感をも有するようになる。
【0008】
また、本発明において、液状醗酵種を調製する際に、製パン用イーストを添加しないことにより、液状醗酵種の乳酸菌による乳酸醗酵を確保することができ、それによって焼成後のパンに旨味、甘味及びコクのある味、マイルドなサワー風味、並びに香ばしい焙焼香を付与する良好な液状醗酵種を製造することができるようになる。
【0009】
また、本発明の冷凍醗酵種生地は、前記液状醗酵種に比べて配送、保管等の流通時における管理と取り扱いや、製造ラインにおけるミキサー担当者の作業性を容易にする。また、この冷凍醗酵種生地を使用して焼成したパンは、より一層良好な味・風味・香りを有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、少なくとも小麦粉、水、並びに乳酸菌及び/又は乳酸菌を含有する液状醗酵種を混合して醗酵させることにより、液状醗酵種の調製を行うにあたり、該液状醗酵種の調製における少なくとも最後の調製において、該小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用することを特徴とする液状醗酵種の製造方法である。ここで、本発明において、「液状」醗酵種とは、流動性があり、かつ保形性および可塑性に欠ける性状の醗酵種を意味する。また、本発明において、「デュラム粉」とは、デュラム小麦から得られた小麦粉を意味する。
【0011】
また、本明細書において「液状醗酵種の調製」とは、最初の液状醗酵種(当業界において、初種、親種、一番種などと呼ばれることがあり、本明細書においては初種ともいう)の調製(種起こしという)、種起こしした初種を用いた液状醗酵種の調製(種継ぎという)、及び種継ぎした液状醗酵種を用いた1回又は複数回の液状醗酵種の調製(種継ぎという)のそれぞれを含む意味である。本発明の液状醗酵種の調製においては、種継ぎを行っても行わなくてもよく、また、種継ぎを行う場合、何回行ってもよい。具体的には、例えば、種継ぎを行わないで、液状醗酵種を調製する場合、初めの種起こしのみを行って液状醗酵種を調製することになる。また、種起こし及び種継ぎを合計5回行って、液状醗酵種を調製する場合、初めの種起こしを行った後に、種継ぎを4回行うことになる。さらに、種起こし及び種継ぎを合計10回行って、液状醗酵種を調製する場合、初めの種起こしを行った後に、種継ぎを9回行うことになる。
【0012】
本発明の「該液状醗酵種の調製における少なくとも最後の調製において」とは、本発明の液状醗酵種の調製では、種起こし及び種継ぎを合計1回以上行うが、その種起こし(種継ぎをしない場合)又は最後の種継ぎ(種継ぎをする場合)において、という意味である。したがって、例えば、種継ぎを行わないで、液状醗酵種を調製する場合、種起こしが、「最後の調製」に該当する。また、例えば、種起こし及び種継ぎを合計2回行って液状醗酵種を調製する場合(種起こしが1回、種継ぎが1回)、種継ぎ(初種を元種とする種継ぎ)が、「最後の調製」に該当する。また、例えば、種起こし及び種継ぎを合計5回行って液状醗酵種を調製する場合(種起こしが1回、種継ぎが4回)、4回目の種継ぎ(3回の種継ぎを行った後の液状醗酵種を元種とする種継ぎ)が、「最後の調製」に該当する。
【0013】
本発明においては、「該液状醗酵種の調製における少なくとも最後の調製において、小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用する」。すなわち、本発明においては、「上述した種起こし(種継ぎをしない場合)又は最後の種継ぎ(種継ぎをする場合)において」、小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉が使用される。しかし、最後の種継ぎを行う際に元種として用いる乳酸菌含有液状醗酵種は、初種の液状醗酵種であろうが、種継ぎされた液状醗酵種であろうが、小麦粉として必ずしもデュラム粉を使用していなくてもよい。ただし、最後の種継ぎの前段階である、種起こし又は種継ぎにおいても、小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用することが望ましい。また、当該前段階の種起こし又は種継ぎの前段階のそれ、さらに前々段階のそれ、さらには前々々段階のそれ・・・というように、より順次遡った段階の種起こし又は種継ぎにおいても、小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用することがより一層望ましい。
【0014】
また、ある態様において、本発明は、少なくとも小麦粉、水、及び乳酸菌を混合して醗酵させることにより、液状醗酵種の種起こしを行うにあたり、該小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用することを特徴とする液状醗酵種の製造方法である。
【0015】
また、ある態様において、本発明は、少なくとも小麦粉、水、及び、種起こし若しくは種継ぎにより調製した乳酸菌を含有する液状醗酵種を使用して該乳酸菌含有液状醗酵種の種継ぎを行うにあたり、該液状醗酵種の種継ぎにおける少なくとも最後の種継ぎにおいて、該小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用することを特徴とする液状醗酵種の製造方法である。この場合、該最後の種継ぎを行う際に元種として用いる乳酸菌含有液状醗酵種は、初種の液状醗酵種であろうが、種継ぎされた液状醗酵種であろうが、その小麦粉としてデュラム粉を使用することを必ずしも必須とするわけではない。しかし、この種継ぎの場合にも、「該最後の種継ぎ」の前段階における種起こし又は種継ぎにおいても、その小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用することが望ましく、さらにその前々段階のそれ、さらにはその前々々段階のそれ・・・というように、順次より遡った段階における種起こし又は種継ぎにおいても、その小麦粉の全部または一部としてデュラム粉を使用することがより一層望ましい。
【0016】
また、ある態様において、本発明は、少なくとも小麦粉、水、及び乳酸菌を混合して醗酵させることにより液状醗酵種の種起こしを行い;次いで、少なくとも小麦粉、水、及び該種起こし後の液状醗酵種の全部若しくは一部を使用して種継ぎを行い;さらに必要に応じて、少なくとも小麦粉、水、及び該種継ぎ後の液状醗酵種の全部若しくは一部を使用して種継ぎを1回又は複数回行うこと;を含む、液状醗酵種の製造方法であって、少なくとも最後の種継ぎにおいて、該小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用する、液状醗酵種の製造方法である。
【0017】
すなわち、本発明の液状醗酵種の製造方法は、液状醗酵種の調製における少なくとも最後の調製において、小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用する。
液状醗酵種の調製で小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用することによって、該液状醗酵種の醗酵が短時間でも、これを使用して製造するパンに良好な味、風味及び香りを付与することができるようになる。より具体的には、このように小麦粉としてデュラム粉を使用する乳酸菌醗酵種は、それ自体は刺激的な酸味を感じるが、これを使用して製造するパンに旨味、甘味とコクのある味、刺激的でないマイルドなサワー風味並びに醗酵生成物の存在下における焼成に由来する刺激臭のない香ばしい焙焼香を付与することができるようになる。また、このパンはサクい食感を有するものである。さらに、該醗酵種を使用して製造するパン生地は、製パン性が良好である。
【0018】
この理由としては、デュラム粉は、その他の小麦粉と比べて灰分の含有率が高く、乳酸菌の栄養源を多く含有することが考えられる。すなわち、一般に、通常の製パン用強力粉は灰分が約0.5%以下であるのに対し、デュラム粉は約0.7%以上の灰分を有している。そのため、乳酸菌の醗酵が促進され、乳酸等の醗酵生成物がより多く生成されるためであると推測される。
【0019】
そして、本発明のより好ましい態様においては、前記「最後の調製」の前段階の種起こし又は種継ぎにおいて、その小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用し、さらにその前々段階のそれ、さらにはその前々々段階のそれ・・・というように、順次より遡った段階における種起こし又は種継ぎにおいても、その小麦粉の全部または一部としてデュラム粉を使用する。
【0020】
また、最も好ましい態様において、本発明は、少なくとも小麦粉、水、及び乳酸菌を混合して醗酵させることにより液状醗酵種の種起こしを行い;次いで、少なくとも小麦粉、水、及び該種起こし後の液状醗酵種の全部若しくは一部を使用して種継ぎを行い;さらに必要に応じて、少なくとも小麦粉、水、及び該種継ぎ後の液状醗酵種の全部若しくは一部を使用して種継ぎを1回又は複数回行うこと;を含む、液状醗酵種の製造方法であって、該液状醗酵種の種起こし及び各種継ぎにおいて、該小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用する、液状醗酵種の製造方法である。
【0021】
ここで、本発明において、デュラム粉は、添加ごとに、前記小麦粉の全量に対して少なくとも10質量%以上の量を添加することが望ましい。これによりある程度安定して上述した本発明のパンの味、風味及び香りを実現することが可能になる。該デュラム粉は、同じく20質量%以上添加することがより望ましく、30質量%以上添加することがより一層望ましい。さらに、本発明では、前記小麦粉の全量をデュラム粉とすることも可能であり、これにより最も確実に、最も好ましい上述した本発明のパンの味、風味及び香りを実現することが可能になる。しかし、小麦粉の全量をデュラム粉としなくても、小麦粉の全量に対して30〜70質量%、40〜60質量%のデュラム粉を配合することにより、上述した本発明の好ましいパンの味、風味及び香りを確実に実現することができる。
【0022】
また、本発明の液状醗酵種は少なくとも小麦粉、水、並びに乳酸菌または乳酸菌を含有する液状醗酵種から構成されるものであり、本発明の液状醗酵種の製造方法においては、乳酸菌を使用する。使用する乳酸菌の菌種としては、本発明の目的・効果を妨げるものでなければ、特に制限はなく、いずれの菌種をも使用できる。好適には、グルコース等の糖類から多量の乳酸を生成する菌で、ラクトバチルス属、ロイコノストック属、ストレプトコッカス属、ペディオコッカス属等に属する菌を挙げることができる。具体的には、例えば、ラクトバチルス・プランタラム、ラクトバチルス・アシドフィラス、ラクトバチルス・ヘルベティカス、ラクトバチルス・ブレビス、ラクトバチルス・ブルガリカス、ラクトバチルス・サンフランシセンシス、ラクトバチルス・イタリカス、ラクトバチルス・ヒルガルディ、ラクトバチルス・カゼイ、ラクトバチルス・ファーメンタム、ラクトバチルス・デルブルッキー、ラクトバチルス・ライヒマニ、ラクトバチルス・パストリアヌス、ラクトバチルス・ブヒネリ、ラクトバチルス・フルクティボランス、ラクトバチルス・ルテリ、ラクトバチルス・パラアリメンタリウス、ロイコノストック・オイアノス、ロイコノストック・デキストラニクム、ロイコノストック・クレモリス、ストレプトコッカス・サーモフィラス、ストレプトコッカス・クレモリス、ストレプトコッカス・ラクティス、ストレプトコッカス・ジアセチラクチス、ストレプトコッカス・サリバリウス、ストレプトコッカス・フェカリス、ペディオコッカス・ペントサシウス、ペディオコッカス・ハロフイラス、ペディオコッカス・アシディラクティシ、エンテロコッカス・フェカリス、テトラゲノコッカス・ハロフィラス、ラクトコッカス・ラクティス等が挙げられる。これらの乳酸菌を単独で、又は複数種を組み合わせて使用することもできる。
【0023】
前記液状醗酵種の種起こしにおいては、乳酸菌を添加する必要があるが、添加する乳酸菌の形態としては、乳酸菌からなる単離培養菌体、乳酸菌を含む単離培養菌体、醗酵液、醗酵物、これらの乾燥粉末など、及びこれらの2種以上の混合物、並びに穀粉等に付着している自然菌などを挙げることができる。したがって、本発明において、乳酸菌を添加する場合、人為的に単離、培養された乳酸菌、醗酵液、醗酵物、これらの乾燥粉末等を添加するのではなく、その代わりに、乳酸菌を含む自然菌が付着した穀粉を添加することによって、液状醗酵種中に乳酸菌を取り込ませてもよい。このように、ここで「乳酸菌を添加する」とは、後者の自然菌だけの使用をも含む意味である。なお、該醗酵液、醗酵物、及びこれらの乾燥粉末などの乳酸菌を調製するために小麦粉を使用する場合、該小麦粉としてデュラム粉を使用してもよい。
【0024】
これに対して、該液状醗酵種の種継ぎにおいては、元種としての乳酸菌含有液状醗酵種に加えて、乳酸菌を含む単離培養菌体、醗酵液、醗酵物、これらの乾燥粉末、その他のうち1種又は2種以上のような形態を有する乳酸菌そのものを人為的に添加することは通常必ずしも必要でないが、添加してもよい。特に、必要時間醗酵させたとしても、必要又は十分な乳酸菌の増殖を図ることができないような場合、このように乳酸菌自体を添加することにより、増殖菌数の不足分を捕足することができる。
【0025】
従って、上述したような乳酸菌の添加は、初種の種起こしの際には必要であるが、種継ぎの際にも行ってもよい。さらには、種継ぎの際に添加する場合でも、各種継ぎごとに毎回添加するようにしてもよいし、種継ぎにおいて1回おき、2回おき、3回おきというように間隔をあけて定期的に添加してもよく、また、任意に不規則的に添加してもよい。
【0026】
液状醗酵種の調製において乳酸菌を人為的に添加する場合、添加する乳酸菌数は、液状醗酵種中の菌数、菌種、醗酵条件、菌数増殖の早さ、求める最終醗酵状態等の条件に応じて、適宜調整することができる。具体的には、これに限定されないが、例えば、醗酵前の液状醗酵種中に1×10〜1×10CFU/gの乳酸菌が存在するように添加するのが好適である。すなわち、種起こしの際に乳酸菌を人為的に添加する場合は、穀粉に付着した乳酸菌を含めて、また、種継ぎの際に乳酸菌を人為的に添加する場合は、穀粉に付着した乳酸菌と元種中の乳酸菌を含めて、前記菌数の乳酸菌が醗酵前の液状醗酵種中に存在するように添加するのが好適である。また、これには限定されないが、例えば、醗酵後の液状醗酵種中には、乳酸菌が1×10〜1×1010CFU/g存在していることが好適である。
【0027】
本発明の液状醗酵種を構成する小麦粉としては、前記デュラム粉以外には強力粉が使用されることが一般的だが、中力粉、薄力粉等も使用することができ、これらの複数種類を併用することもできる。
【0028】
該液状醗酵種は、少なくとも小麦粉、水、並びに乳酸菌又は乳酸菌を含有する液状醗酵種から構成されるものであるが、必要に応じて、これらの原料以外にも、従来の液状醗酵種に用いられてきたあらゆる原料(具体的には、例えば、ライ麦粉等の小麦粉以外の穀粉、乳製品、油脂、塩、モルト、増粘剤等)を、本発明の目的・効果を妨げない限りにおいて使用することができる。
【0029】
該小麦粉と水との構成割合も特に制限されず、従来液状醗酵種に使用されてきた割合を用いることができる。具体的には、例えば、小麦粉に対して50〜150質量%の水を使用することができる。
【0030】
該液状醗酵種の調製、すなわち種起こし及び種継ぎも、従来の方法を用いることができる。種起こしの方法としては、具体的には、例えば、ある態様においては、初種の種起こしとして、前記原料を10〜30分間攪拌した後、27〜33℃で6時間以上培養することができる。そして、該培養中には、定期的に間欠攪拌を行うことができる。以下に記載するような種継ぎをしないときには、攪拌後の元種を長時間、好ましくは40〜48時間培養したものを使用することが望ましい。種継ぎの方法としては、具体的には、例えば、ある態様においては、前記液状醗酵種と同様の原料及び使用割合、即ち、小麦粉100質量%、水50〜150質量%、前記元種10〜50質量%、必要に応じて乳酸菌を混合・攪拌し、27〜33℃で6時間以上培養することができる。
【0031】
また、本発明のある態様においては、前記液状醗酵種の調製を行うにあたり、蜂蜜を添加することが望ましい。ここで、本明細書において、「蜂蜜」とはミツバチが花などから集めた蜜をいい、本発明においては、いかなる種類の蜂蜜をも使用することができる。
【0032】
液状醗酵種の調製において、小麦粉としてデュラム粉を使用するとともに、蜂蜜を添加すると、液状醗酵種の乳酸菌による乳酸醗酵を著しく促進し、液状醗酵種中の有機酸、特に乳酸の生成量を著しく増大させ、これにより、該液状醗酵種はアルコール臭がなく、やや酸味が感じられ、乳酸風味が強く感じられ、そして独特の濃厚な甘酸っぱい香りがするようになる。本発明においては、デュラム粉と蜂蜜をそれぞれ別の種起こし又は種継ぎで使用することもできるが、デュラム粉と蜂蜜を同じ種起こし及び種継ぎで使用すること、すなわち、前記小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用する種起こし及び/又は種継ぎにおいて蜂蜜をも添加することが好ましい。
【0033】
デュラム粉と蜂蜜の両方を添加して調製した液状醗酵種を使用して製造するパンは、デュラム粉のみを添加し、蜂蜜を添加せずに調製した液状醗酵種を使用して製造するパンと比較して、醗酵生成物に由来する旨味、甘味及びコクのある味、刺激的でないマイルドなサワー風味、並びに醗酵生成物の存在下における焼成に由来する刺激臭のない香ばしい焙焼香が増大する。また、このパンはサクい食感だけでなく、柔らかくソフトな食感をも有するようになる。さらに、該液状醗酵種を使用して製造するパン生地は、製パン性が良好である。
【0034】
本態様においても、「液状醗酵種の調製」とは、初種の種起こし、種起こしした液状醗酵種(初種)の種継ぎ、及び種継ぎした液状醗酵種(継ぎ種)の1回又は複数回の種継ぎのそれぞれを含む意味である。
【0035】
したがって、本発明において蜂蜜を添加する場合、少なくとも小麦粉、水、及び乳酸菌を混合して醗酵させることにより初種の種起こしを行う際に、蜂蜜を添加することができる。この場合、種起こしにおいて、小麦粉の全部または一部としてデュラム粉を使用するとともに、蜂蜜を添加することが好ましい。
【0036】
また、少なくとも小麦粉、水、及び種起こし若しくは種継ぎにより調製した乳酸菌を含有する液状醗酵種を混合して醗酵させることにより、該乳酸菌含有液状醗酵種の種継ぎを行う際に、蜂蜜を添加することができる。この場合、蜂蜜を添加する種継ぎにおいては、小麦粉の全部または一部としてデュラム粉を使用するとともに、蜂蜜をも添加することが好ましい。
【0037】
ここで前記乳酸菌含有液状醗酵種の種継ぎを行うにあたり、元種として種起こしした初種の種継ぎを行うものであるときには、該初種の種起こしにおいても蜂蜜を添加することを必須とするわけではないが、蜂蜜を添加することが望ましく、さらには小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用するとともに、蜂蜜を添加することがより望ましい。同様に、元種として種継ぎした液状醗酵種の種継ぎを行うものであるときには、先になされた種継ぎにおいても蜂蜜を添加することを必須とする訳ではないが、蜂蜜を添加することが望ましく、さらには小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用するとともに、蜂蜜を添加することがより望ましい。
【0038】
そして、このように液状醗酵種の種継ぎを行うにあたり蜂蜜を添加する場合にも、少なくとも上述した意味における「最後の種継ぎ」において、その小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用した上で、蜂蜜を添加することが望ましい。また、該最後の種継ぎの前段階における種起こし又は種継ぎにおいてもまた蜂蜜を使用することが望ましく、より好ましくはその小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用することともに、蜂蜜を添加することが望ましい。さらに、該最後の種継ぎの前々段階における種起こし又は種継ぎにおいてもまた蜂蜜を添加することが望ましく、より好ましくはその小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用するとともに蜂蜜を添加することが望ましく、さらには、その前々々段階のそれにおいても・・・というように、順次より前に遡った段階における種起こし又は種継ぎにおいても、蜂蜜を添加することが望ましく、好ましくはその小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用するとともに蜂蜜を添加するようにすることがより一層望ましい。
【0039】
さらに、少なくとも小麦粉、水及び乳酸菌を混合して醗酵させることにより最初の液状醗酵種(初種)の種起こしを行い、次に少なくとも小麦粉、水及び該種起こし後の液状醗酵種の全部若しくは一部を使用して、これらを混合して醗酵させることにより種継ぎを行い、必要に応じて、さらに少なくとも小麦粉、水、及び該種継ぎ後の液状醗酵種の全部若しくは一部を使用して、これらを混合して醗酵させることにより種継ぎを1回又は複数回行うにあたり、該液状醗酵種の種起こし及び各種継ぎにおいて、蜂蜜を添加することもできる。この場合、蜂蜜を添加する種起こし及び各種継ぎにおいては、小麦粉の全部または一部としてデュラム粉を使用するとともに、蜂蜜を添加することが好ましい。
【0040】
また、前記蜂蜜の添加量は、添加ごとに、前記液状醗酵種の調製に使用する小麦粉に対して0.5〜20質量%だけ使用することが望ましい。これにより、ある程度安定して、上述した本発明のパンの食感、味、風味及び香りを実現することができるようになる。蜂蜜の添加量がこれよりも少ない場合、本発明の蜂蜜の添加によるパンの食感、味、風味及び香りが少なくなる。一方、蜂蜜の添加量がこれよりも多い場合、液状醗酵種に酸味と苦みが強く現れるようになり、焼成後のパンの味、風味及び香りに影響してくる。さらに、本発明においては、蜂蜜は、同じく1〜10質量%だけ添加することがより望ましく、3〜7質量%だけ添加することがより一層望ましい。これにより、確実に、上述した本発明の好ましいパンの食感、味、風味、及び香りを実現することができる。
【0041】
さらに、本発明においては、前記液状醗酵種の調製にあたり、製パン用イーストを添加しないことが望ましく、さらには、蜂蜜を添加する該液状醗酵種の調製において、製パン用イーストを添加しないことが特に望ましい。ここで、本発明において、「製パン用イースト」とは、パン生地の醗酵に適するようにその醗酵力を強化したイーストを意味する。したがって、液状醗酵種を調製するための小麦粉等の穀粉に付着している酵母は、本発明の「製パン用イースト」に該当せず、乳酸菌による乳酸醗酵に影響がないため、該液状醗酵種中に混入してもよい。
【0042】
このように、液状醗酵種の調製で該イーストを添加しないことにより、液状醗酵種において乳酸菌による乳酸醗酵を確保することができるようになり、焼成後のパンに旨味、甘味及びコクのある味、刺激的でないマイルドなサワー風味、並びに刺激臭のない香ばしい焙焼香を付与する良好な液状醗酵種を製造することができる。というのは、該イーストを添加すると、強いイーストの醗酵能により乳酸菌による乳酸醗酵が抑制される(液状醗酵種中のイーストの強い醗酵力により資化性糖類が奪われてしまい、乳酸菌の栄養源が不足するため、乳酸醗酵が抑制される)だけでなく、強いイースト醗酵により生成されたアルコール成分がアルコール臭を放ち、乳酸風味を打ち消してしまうからである。
【0043】
また、本発明では、前記液状醗酵種の調製を行うにあたり、該液状醗酵種のpHが4.0以下となるまで醗酵させることが望ましい。これにより、ある程度安定して上述した本発明のパンの味、風味及び香りを実現することができるためである。液状醗酵種の醗酵終了後のpHがこれよりも高い場合、該液状醗酵種は醗酵不足となるおそれがあり、この醗酵不足は、焼成後のパンの味、風味及び香りに影響するおそれがある。さらに、該液状醗酵種の醗酵終了後のpHは、3.8以下となるようにすることがより望ましく、さらには3.5〜3.7となるようにすることがより一層望ましい。
【0044】
このように該液状醗酵種の醗酵終了後のpHを調整するためには、前記液状醗酵種の調製を行うにあたり、液状醗酵種の種起こしにおいては、18時間以上醗酵させることが望ましく、20時間以上醗酵させることがより望ましく、22時間以上醗酵させることがより一層望ましい。さらには、初種を、その後の種継ぎをすることなく、パン生地の混捏工程で添加するときには、該撹拌後の初種を40〜48時間、さらには44〜48時間醗酵させることが望ましい。これに対し、液状醗酵種の種継ぎにおいては、6時間以上醗酵させることが望ましく、8時間以上醗酵させることがより望ましく、10時間以上醗酵させることがより一層望ましい。
【0045】
また、ある態様において、本発明は、上記の方法により製造した液状醗酵種に少なくとも小麦粉を混合して非流動状の醗酵種生地を作成し、好ましくは分割及び丸めを行い、必要に応じて整形してから、該醗酵種生地を冷凍することを特徴とする冷凍醗酵種生地の製造方法である。
【0046】
このように液状醗酵種を冷凍醗酵種生地とすることにより、液状醗酵種に比べて配送、保管等の流通時における管理と取り扱いや、製造ラインにおけるミキサー担当者の作業性が容易になる。また、この冷凍醗酵種生地を使用して焼成することにより、より一層良好な味、風味及び香りを有するパンを製造することができる。
【0047】
なぜなら、該冷凍醗酵種生地が含有する乳酸菌は、液状醗酵種の醗酵中に多量の水分を吸収して大きく膨潤していることから、これを冷凍することにより、該菌体の容積が拡大して破裂し、崩壊した状態で冷凍される。これにより、該乳酸菌は殆ど死滅してしまい活性を示さないようになる。そして、該冷凍醗酵種生地を解凍したときに、崩壊した菌体からアミノ酸等の風味成分が解凍後の醗酵種生地中に放出される。このため、該醗酵種生地を使用して焼成したパンは、より一層良好な味、風味及び香りが増大することになる。すなわち、十分に醗酵して熟成した液状醗酵種を使用することに由来する上述した旨味、甘味及びコクのある味、並びにマイルドなサワー風味に、死滅した菌体から放出される追加のアミノ酸等の風味成分を含有する前記醗酵種生地を使用することに由来するこれらが加わることにより、前記味及び風味が増大する。また、この追加のアミノ酸等の風味成分が加わることによって、パン生地の焼成時のメイラード反応による化合物の生成が促進され、この結果香ばしい焙焼香が増大する。
【0048】
液状醗酵種を冷凍醗酵種生地とする場合、まず、調製した液状醗酵種に、少なくとも小麦粉を混合して、非流動状の醗酵種生地を作成する。液状醗酵種と小麦粉との割合は、非流動状の醗酵種生地を形成できる割合であれば特に限定されない。具体的には、例えば、液状醗酵種に対し30〜150質量%の小麦粉、好ましくは35〜60質量%の小麦粉、より一層好ましくは40〜50質量%の小麦粉を用いることができる。
【0049】
該醗酵種生地を作成するにあたり、通常小麦粉以外の原料は必要ではないが、小麦粉以外にも通常の製パン用原料、例えば、塩、糖類、油脂、脱脂粉乳等の乳由来原料、水などをそれぞれ適宜量だけ添加することができる。特に、水は、調製する醗酵種生地の硬さを調整するために、液状醗酵種に対して0〜5質量%添加してもよい。
【0050】
ここで、「非流動状」とは、例えば、パン生地のように、醗酵作用を加えない状態では、ある程度の保形性と可塑性を有する粘弾性のある状態をいう。より具体的には、少なくとも通常のパン生地の製造に用いる分割機や丸目機で分割や丸目ができる程度の状態を意味する。
【0051】
該醗酵種生地と小麦粉との混合は、小麦粉と液状醗酵種とが均一に練り込まれて、醗酵種生地が非流動状になるまで攪拌することが好ましい。
さらに、このようにして作成した醗酵種生地を冷凍するときには、本発明においては、冷凍前に醗酵種生地を極力醗酵させず、混合して調製した醗酵種生地を速やかに冷凍することが可能であり、望ましい。なぜなら、本実施態様においては、特に醗酵させなくても、主に醗酵種生地中で醗酵した乳酸菌の死滅した菌体から放出される風味成分によってパンに風味を付与することが可能だからである。また、醗酵種生地の長時間醗酵は、液状醗酵種の醗酵と同様、不安定なものであるため、醗酵条件の厳格な管理が必要で、このための設備も必要となる。この醗酵工程の管理が不十分であると、醗酵が醗酵種生地の分割工程の前でも後でも、該醗酵種生地の醗酵が不安定になり、焼成したパンの品質が不安定になるおそれがある。また、醗酵種生地の分割前に醗酵種生地を醗酵させ過ぎてしまうと、該醗酵種生地は半流動状となってしまい、機械的な分割・丸目がしにくくなる。更に、醗酵種生地の分割後に醗酵種生地を醗酵させ過ぎてしまうと、該醗酵種生地が製パン用イーストを含有している場合、該醗酵種生地が膨張して、流通や保管の際にスペースのロスになったり、また、膨張により該醗酵種生地の表皮が弱くなり、冷凍保管や配送中に表皮が破れたり、崩れたりして、旨味成分を逃がしてしまうなどの弊害が生じる。すなわち、調製した醗酵種生地を速やかに冷凍することにより、醗酵種生地の醗酵に伴う上記の課題を解決することができる。
【0052】
ここで、「速やかに」冷凍する場合とは、該混合後の醗酵種生地を、例えば、温湿度が管理された醗酵室を用いたりして、意図して醗酵させたり、熟成させたりしないで冷凍するという意味である。これに対し、混合後に醗酵種生地の捏上温度を測定したり、重量を測定したり、分割機に投入するために待機し、分割機がホッパー付きディバイダーである場合においてホッパーに投入してから実際に分割されるまでに待機し、及び/又は分割若しくは分割・丸め整形後ベルトコンベアー等の搬送装置で冷凍機まで搬送され、その他の該醗酵種生地の実際の工業的製造現場における製造工程上及び管理上不可避な時間の経過まで排除するという意味まではなく、このような時間の経過は許容される。具体的には、例えば、液状醗酵種と小麦粉との混合後、好ましくは50分以内、より好ましくは40分以内、さらに好ましくは30分以内、よりさらに好ましくは20分以内、最も好ましくは10分以内に冷凍を開始することができる。
【0053】
また、該醗酵種生地を冷凍する前に、混合後の該醗酵種生地を小さく(例えば、具体的には50〜500g)分割し、丸め、必要に応じて整形をすることが望ましい。こうすることにより、冷凍効率、取り扱いや保管の容易性、更には、製パン時の作業性が向上する。なお、ここで「整形」とは、丸めて球状に整形することだけでなく、なまこ状、板状、棒状、その他の形状に整形することが含まれ、本発明の目的・効果を妨げるものでなければ、いずれの形状に整形することをも含む意味である。
【0054】
そして、該混合後の醗酵種生地を分割するにあたり、該醗酵種生地を混合後直ちに分割するようにする。ここでも「直ちに」分割するとは、該混合後の醗酵種生地を、例えば、温湿度が管理された醗酵室を用いたりして、意図して醗酵させたり、熟成させたりしないで、可及的速やかに分割するという意味である。これに対し、上述した通り、捏上温度、重量の測定、分割の待機、その他の次工程までの不可避的な時間の経過まで排除するという意味まではない。該経過時間は、好ましくは30分程度以内であり、より好ましくは20分以下であり、さらに好ましくは10分以下である。
【0055】
なお、該混合後の醗酵種生地を直ちに分割する理由は、上述した通りである。また、さらには、該醗酵種生地を分割前に醗酵させると、該醗酵時間が長ければ長いほど、該醗酵種生地中に当初から含有されている乳酸菌以外の菌種の乳酸菌や酵母が増殖し、この結果、該醗酵種生地が当初の目的としているパンの風味や製パン性を得ることが妨げられるおそれがある。
【0056】
冷凍した醗酵種生地は、使用時まで、その製造場所で冷凍保管されたり、使用場所まで冷凍配送されたり、または第三者の冷凍倉庫や物流施設に冷凍保管することができる。
このようにして製造した冷凍醗酵種生地は、解凍することにより直ちにパン生地の混捏工程で添加することができる。
【0057】
さらに、ある態様において、本発明は、上記の方法により製造した液状醗酵種を、パン生地の混捏工程で添加することを含む、パンの製造方法である。
また、ある態様において本発明は、上記の方法により製造した冷凍醗酵種生地を解凍してからパン生地の混捏工程で添加することを含む、パンの製造方法である。
【0058】
該冷凍醗酵種生地の解凍方法は、常温解凍、高温短時間解凍、低温長時間解凍、その他いずれの方法も採用可能である。解凍の程度は、パン生地の混捏工程でその他のパン生地原料と均一に混合できる程度であれば良いが、該冷凍醗酵種生地全体が完全に解凍されるまで解凍するのが望ましい。
【0059】
そして、前記冷凍醗酵種生地を解凍してパン生地に添加する場合、上述したその作用・効果をより確実に実現するためには、前記解凍後の醗酵種生地中におけるアミノ酸の含有量が500ppm以上であることが望ましく、600ppm以上であることがより望ましく、700ppm以上であることがより一層望ましい。
【0060】
該液状醗酵種及び該醗酵種生地をパン生地に添加するときには、どちらか一方を又は両方を合計して、パン生地を構成する小麦粉に対し1〜40質量%添加することが望ましく、3〜30質量%添加することがより望ましく、5〜20質量%添加することがより一層望ましい。両者を添加する場合、両者の割合は任意であってよい。
【0061】
本発明の液状醗酵種又は冷凍醗酵種生地を使用するパン生地の製法としては、中種法、ストレート法、ノータイム法、短時間製法等、特に制限なく各種製法を採用することができる。
【0062】
また、本発明の液状醗酵種及び冷凍醗酵種生地を解凍した醗酵種生地は、パン生地の混捏工程のどの段階で添加してもよい。例えば、中種法によりパン生地を作成する場合、該醗酵種生地を、中種の混捏工程と本捏工程のどちらか一方又は両方で添加することができる。
【0063】
本発明は、あらゆるパンの製造に用いることができ、例えば、食パン、フランスパン、菓子パン、バンズ、コーヒーケーキ、蒸しパン、ピザ、ドーナツ、スイートロール、ロール、ペストリー、デニッシュペストリー等の各種パンの製造に用いることができる。好適には、食パンやフランスパン等のリーンな配合のパンの製造に用いることができる。
[実施例]
【0064】
【実施例1】
【0065】
液状醗酵種(初種及び継ぎ種)の調製
[実施例1−1]
【0066】
(1)液状醗酵種(初種)の調製
以下の配合からなる原料を混合し、該混合物を27℃で45時間醗酵させて液状醗酵種(初種)の種起こしを行った。種起こし後の液状醗酵種のpHは4.0だった。該液状醗酵種は10℃で保管した。なお、使用したデュラム粉の灰分は約0.75%だった(以下の実施例においても同様のデュラム粉を使用した)。
【0067】
【表1】

【0068】
(2)継ぎ種の調製
該初種の一部を元種として、以下の配合からなる原料を混合し、該混合物を27℃で8時間醗酵させて液状醗酵種(継ぎ種)を調製した。このような種継ぎを2回繰り返した。この液状醗酵種のpHは4.0だった。該液状醗酵種は10℃で保管した。
【0069】
【表2】

[実施例1−2]
【0070】
イーストを添加しないこと以外は前記実施例1−1と同様の条件で、種起こし及び種継ぎを行って、液状醗酵種を調製した。
[実施例1−3]
【0071】
前記液状醗酵種中の小麦粉に対し5質量%の蜂蜜を添加したこと以外は前記実施例1−1と同様の条件で、種起こし及び種継ぎを行った。なお、蜂蜜として、ショ糖約0.5%、ブドウ糖約40%、果糖約44%、オリゴ糖約1%、その他を含む、甘味度が約106のレンゲハチミツを使用した(以下の実施例においても同様の蜂蜜を使用した)。
[実施例1−4]
【0072】
イーストを添加せず、前記液状醗酵種中の小麦粉に対し5質量%の蜂蜜を添加したこと以外は前記実施例1と同様の条件で種起こし及び種継ぎを行った。
[実施例1−5]
【0073】
(1)液状醗酵種(初種)の調製
以下の配合からなる原料を混合し、該混合物を27℃で27時間醗酵させて液状醗酵種(初種)の種起こしを行った。
【0074】
【表3】

【0075】
(2)液状醗酵種(継ぎ種)の調製
該液状醗酵種(初種)の一部を元種として、以下の配合からなる原料を混合し、該混合物を27℃で24時間醗酵させて液状醗酵種(継ぎ種)を調製した。
【0076】
【表4】

【0077】
次いで、該継ぎ種の一部を元種として、同一の配合からなる原料を混合し、該混合物を27℃で24時間、定期的に攪拌しながら、醗酵させて液状醗酵種(継ぎ種)を調製した。
【0078】
さらに、該継ぎ種の一部を元種として、同一の配合からなる原料を混合し、該混合物を27℃で12時間、定期的に攪拌しながら、醗酵させて液状醗酵種(継ぎ種)を調製し、10℃で12時間保存した。
【0079】
該保存後の継ぎ種の一部を元種として、以下の配合からなる原料を混合し、該混合物を27℃で8時間醗酵させて液状醗酵種(継ぎ種)を調製し、10℃で保存した。その後、同様に、以下の配合原料の混合、醗酵、及び保存を何回も繰り返した。この液状醗酵種中には、乳酸菌としてラクトバチルス・サンフランシセンシスが約7×10CFU/g存在していた。
【0080】
【表5】

【0081】
上記のように繰り返し種継ぎをした継ぎ種の一部を元種として、以下の配合からなる原料を混合し、該混合物を27℃で8時間醗酵させて液状醗酵種(継ぎ種)を調製した。このような種継ぎ(以下の配合原料の混合及び醗酵)をもう1回繰り返した。該調製後の液状醗酵種のpHは3.8だった。この液状醗酵種は10℃で保管した。
【0082】
【表6】

【0083】
(3)醗酵種生地の作成
該液状醗酵種として初種と継ぎ種のそれぞれを使用し、該液状醗酵種100質量%に対して45質量%の強力粉を添加して混合(80rpmで4分間)した。この混合物を、直ちに100gに分割して丸めた後、速やかに−40℃で25分間急速冷凍し、該冷凍醗酵種生地を個々に包装して−20℃で1週間冷凍保管した。
[実施例1−6]
【0084】
(1)継ぎ種の調製
上記実施例1−5においてデュラム粉、蜂蜜及び乳酸菌を添加して種継ぎをするときに使用した元種と同様の元種を使用して、以下の配合からなる原料を混合し、該混合物を27℃で8時間醗酵させて、液状醗酵種(継ぎ種)を調製した。該調製後の液状醗酵種のpHは3.8だった。該液状醗酵種は10℃で保存した。この種継ぎをもう1回繰り返した。
【0085】
【表7】

【0086】
(2)醗酵種生地の作成
(1)で調製した液状醗酵種を使用して、該液状醗酵種100質量%に対して45質量%の小麦粉(強力粉)を混合(80rpmで4分間)した。この混合物を、直ちに100gに分割して丸めた後、速やかに−40℃で25分間急速冷凍し、該冷凍醗酵種生地を包装して−20℃で1週間冷凍保存した。
[実施例1−7]
【0087】
(1)継ぎ種の調製
前記実施例1−5においてデュラム粉、蜂蜜及び乳酸菌を添加して種継ぎをするときに使用した元種と同様の元種を使用して、以下の配合からなる原料を混合し、該混合物を27℃で10時間醗酵させて液状醗酵種(継ぎ種)を調製した。この液状醗酵種中には、乳酸菌としてラクトバチルス・サンフランシセンシスが約8×10CFU/g存在していた。該調製後の液状醗酵種のpHは3.7だった。該液状醗酵種は10℃で保存した。
【0088】
【表8】

【0089】
(2)醗酵種生地の作成
(1)で調製した液状醗酵種を使用して、該液状醗酵種100質量%に対して40質量%の小麦粉(強力粉)と3質量%の水とを混合した。この際、予め液状醗酵種に水を添加して混合(80rpmで2分間)した後、これに小麦粉を添加して混合(80rpmで2分間、160rpmで10秒間)した。この混合物を、直ちに100gに分割して丸めた後、速やかに−40℃で25分間急速冷凍し、該冷凍醗酵種生地を包装して−20℃で1週間冷凍保存した。
[実施例1−8〜1−12]
【0090】
(1)液状醗酵種(初種)の調製
以下の配合からなる原料を混合し、該混合物を27℃で45時間醗酵させて液状醗酵種(初種)の種起こしを行った。該種起こし後の液状醗酵種のpHは3.6〜3.7だった。該液状醗酵種は10℃で保管した。
【0091】
【表9】

【0092】
(2)醗酵種生地の作成
該種起こし後の液状醗酵種(初種)100質量%に対して45質量%の強力粉を添加して混合(80rpmで2分間)した。この混合物を、直ちに100gに分割した後、速やかに−40℃で25分間急速冷凍し、該冷凍醗酵種生地を個々に包装して−20℃で1週間冷凍保管した。
[実施例1−13]
【0093】
該醗酵種生地を構成する小麦粉を液状醗酵種に対して40質量%と変更した以外は実施例1−10と同様にして、醗酵種生地を調製した。
【実施例2】
【0094】
(1)パンの製造
液状醗酵種として、前記実施例1−1で調製した初種及び継ぎ種をそれぞれ使用して、以下の配合及び工程によりフランスパンを製造した。
【0095】
【表10】

【0096】
【表11】

【0097】
(2)結果
このようにして製造したフランスパンは、初種及び継ぎ種のいずれを使用した場合も、控えめながら、旨味、甘味及びコクのある味、マイルドなサワー風味、並びに香ばしい焙焼香を有していた。また、液状醗酵種へ製パン用イーストを添加したため、イースト醗酵に由来するアルコールと有機酸の強い風味と香りが加味されていた。食感は、サクイ食感だった。また、このパン生地は、伸展性等の製パン性が良好だった。
【実施例3】
【0098】
(1)パンの製造
液状醗酵種として、前記実施例1−2で調製した初種及び継ぎ種をそれぞれ使用して、上記実施例2と同一の配合及び工程によりフランスパンを製造した。
(2)結果
このようにして得られたフランスパンは、初種及び継ぎ種のいずれを使用した場合も、控えめながら、旨味、甘味及びコクのある味、マイルドなサワー風味、並びに刺激臭のない香ばしい焙焼香を有していた。特に、実施例3のフランスパンは、種起こし及び種継ぎにおいて製パン用イーストを添加していない液状醗酵種を使用したため、イースト醗酵に由来するアルコールと有機酸の風味と香りが加味されておらず、前記実施例2のフランスパンよりも強く旨味、甘味及びコクのある味、サワー風味、並びに香ばしい焙焼香を有していた。また、食感は、サクイ食感だった。さらに、このパン生地は、伸展性等の製パン性が良好だった。
【実施例4】
【0099】
(1)パンの製造
液状醗酵種として、前記実施例1−3で調製した初種及び継ぎ種をそれぞれ使用して、前記実施例2と同一の配合及び工程によりフランスパンを製造した。
(2)結果
このようにして得られたフランスパンは、初種及び継ぎ種のいずれを使用した場合も、控えめながら、旨味、甘味及びコクのある味、マイルドなサワー風味、並びに香ばしい焙焼香を有していた。但し、液状醗酵種へ製パン用イーストを添加したため、イースト醗酵に由来するアルコール及び有機酸の比較的強い風味が加味されていた。
【0100】
特に、実施例4で得られたフランスパンは、製パン用イーストの添加によるアルコール及び有機酸の風味・香りの影響のため前記実施例3ほどではないが、蜂蜜を添加したことによって、前記実施例2で得られたフランスパンよりも強い旨味、甘味及びコクのある味、サワー風味、並びに香ばしい焙焼香がするものだった。
【0101】
また、食感は、サクく(軽く)、柔らかい食感だった。さらに、そのパン生地は、伸展性等の製パン性が良好だった。
【実施例5】
【0102】
(1)パンの製造
液状醗酵種として、前記実施例1−4で調製した初種及び継ぎ種をそれぞれ使用して、前記実施例2と同一の配合及び工程によりフランスパンを製造した。
(2)結果
初種及び継ぎ種のいずれを使用した場合でも、焼成したフランスパンは、実施例2及び実施例3のフランスパンよりも一層、濃い旨味、強い甘味及びコクのある味、マイルドなサワー風味、並びに香ばしい焙焼香がするものだった。また、アルコール及び有機酸の風味・香りによる影響もなかった。また、食感は、サクく(軽く)、柔らかい、良好な食感だった。
【実施例6】
【0103】
(1)パンの製造
前記実施例1−5において作成した冷凍醗酵種生地を常温で約2時間置き、内部まで完全に解凍させた醗酵種生地を使用して、以下の配合及び工程によりフランスパンを製造した。
【0104】
【表12】

【0105】
【表13】

【0106】
(2)結果
このようにして製造したフランスパンは、実施例6−1及び実施例6−2ともに、初種及び継ぎ種のいずれを使用した場合も、形状にケービングがなく良好で、また焼色が明るく良好だった。また、濃い旨味、強い甘味とコクのある味、マイルドなサワー風味、並びに香ばしい焙焼香を有していた。内相も、きめが伸びやかで、薄く均一だった。また、このパン生地は、伸展性等の製パン性が良好だった。
【実施例7】
【0107】
(1)パンの製造
前記実施例1−7で作成した冷凍醗酵種生地を常温で約2時間置き、内部まで完全に解凍させた醗酵種生地を使用して、上記実施例6と同様の配合及び工程によりフランスパンを製造した。
(2)結果
このようにして製造したフランスパンは、形状にケービングがなく良好で、また焼色が明るく良好だった。また、濃い旨味、強い甘味及びコクのある味、マイルドなサワー風味、並びに香ばしい焙焼香がするものだった。内相も、きめが伸びやかで、薄く均一だった。また、このパン生地は、伸展性等の製パン性が良好だった。
【実施例8】
【0108】
(1)パンの製造
前記実施例1−6で作成した冷凍醗酵種生地を5℃で約22時間置き、内部まで完全に解凍させた醗酵種生地を使用して、以下の配合及び工程によりフランスパンを製造した。
【0109】
【表14】

【0110】
【表15】

【0111】
(2)結果
このようにして製造したフランスパンは、焼色が明るく良好だった。また、濃い旨味、強い甘味及びコクのある味、マイルドなサワー風味、並びに香ばしい焙焼香がするものだった。食感も柔らかくソフトだった。また、このパン生地は、伸展性等の製パン性が良好だった。
【実験例】
【0112】
【実験例1】
【0113】
実施例1−1、実施例1−3、及び実施例1−4で調製した液状醗酵種(初種)について、有機酸の含有量を分析した。結果を以下に示す。
【0114】
【表16】

【0115】
この結果によれば、実施例1−4(製パン用イーストを添加せず、蜂蜜を添加した液状醗酵種)において、乳酸の生成量が著しく多く、液状醗酵種の乳酸醗酵が活発に行われたことが示唆された。この結果からも、実施例1−4の液状醗酵種を使用して焼成したパンがマイルドなサワー風味を有することが示唆された。
【実験例2】
【0116】
実施例1−1〜1−4で調製した液状醗酵種(初種)の各々について、経時的にpHを測定した。結果を図1に示す。
図1によれば、イーストを添加した実施例1−1及び実施例1−3の醗酵種は、醗酵開始直後からほぼ時間に比例して少しずつpHが下降したが、下降速度は遅く、pHが4.0以下となるのは40時間が経過した頃であり、また、これ以上pHは下がり難かった。これに対し、イーストを添加しない実施例1−2及び実施例1−4の醗酵種は、醗酵開始後10時間位まではpHが変化しなかったが、10時間が経過する頃から急激にpHが下降し、18時間から20時間が経過した頃にはpHが4.0以下、22時間から24時間が経過する頃にはpHが3.8以下となった。これは、醗酵開始後乳酸菌が活性化するのに一定の時間(本発明では約10時間)が必要であるが、一旦活性化すると急激に活発になることを示している。
【0117】
従って、本実験例2によれば、液状醗酵種の種起こしにおいて醗酵種を醗酵させる場合、実施例1−2及び実施例1−4などのイーストを添加しない醗酵種では、醗酵種のpHを4.0以下とするために18時間以上醗酵させる必要があると考えられる。一方、実施例1−1及び実施例1−3などのイーストを添加する醗酵種では、40時間以上醗酵させる必要があると考えられる。
【実験例3】
【0118】
実施例2(但し、液状醗酵種として実施例1−1における初種を使用した)によりフランスパンを製造し、焼成後のパンの味、風味、香り及び食感等、並びに製パン性について比較検討した。対照としては、該実施例2において、前記実施例1−1で調製した初種の小麦粉として、デュラム粉の代わりに中力粉(灰分0.3%)または強力2等粉(灰分0.6%)を使用し、その他は実施例2と同様の配合及び工程により製造したフランスパンを使用した(それぞれ比較例2−1、比較例2−2とする)。
【0119】
結果は以下の通りだった。表中の各記号の意味は以下の通りであり、以下の実施例においても同様である。×:劣る、△:やや劣る、○:良好、◎:極めて良好。
【0120】
【表17】

【実験例4】
【0121】
実施例2、実施例4、及び実施例5(それぞれ、液状醗酵種として、実施例1−1、実施例1−3、実施例1−4の初種を使用した)に従ってフランスパンを製造し、焼成後のパンの味、風味、香り及び食感等、並びに製パン性について比較検討した。結果は以下の通りだった。
【0122】
【表18】

【0123】
液状醗酵種にイーストを添加する(蜂蜜は添加しない)実施例2は、イースト醗酵により生成されたアルコールの風味と香りが強かった。また、液状醗酵種にイーストと蜂蜜を添加する実施例4も、イースト発酵によるアルコールの風味と香りのため、本発明独特の味、サワー風味及び香ばしさが弱くしか感じられなかった。
【0124】
一方、液状醗酵種に蜂蜜だけを添加する(イーストを添加しない)実施例5は、本発明独特の甘味、旨味及びコクのある味、マイルドなサワー風味、並びに香ばしい焙焼香が著しく強く感じられた。
【実験例5】
【0125】
本発明として実施例6−1及び6−2によりフランスパンを製造し、比較例として、実施例6において醗酵種生地を添加しないこと以外は実施例6と同じ配合及び工程によりフランスパンを製造(比較例6)し、焼成後のパンの味、風味、香り及び食感等、並びに製パン性について比較検討した。結果は以下の通りだった。
【0126】
【表19】

【0127】
本発明の実施例6−1と実施例6−2とでは、醗酵種生地の添加量が多い実施例6−2の方が、本発明の醗酵種生地に特徴的な味、風味及び香りがより顕著に現れていた。
【実験例6】
【0128】
本発明として実施例6−2、比較例として上記の比較例6に従ってフランスパンを製造し、焼成後のパンの味、香り及び食感等について比較検討した。結果は以下の通りであった。
【0129】
【表20】

【0130】
実施例6−2は、醗酵種生地を添加しない比較例6よりも、味識別及び香り識別において有意に強く、また総合嗜好において有意に好まれるものだった。さらに、実施例6−2によるフランスパンは、味嗜好においてもより好ましいものだった。
【実験例7】
【0131】
本発明として実施例8−1及び8−2によってフランスパンを製造した。一方、比較例として、実施例8において、実施例1−6で作成した醗酵種生地に代えて、実施例1−5においてデュラム粉、蜂蜜及び乳酸菌を添加して種継ぎをするときに使用した元種と同様の元種から、該実施例1−6と同様の条件で冷凍醗酵種生地とした後、解凍したものを、パン生地の小麦粉(小麦全粒粉を含む)に対して30質量%使用し、その他は実施例8と同等の配合及び工程によって、フランスパンを製造した(比較例8)。焼成後のパンの味、風味、香り及び食感等、並びに製パン性を比較検討した結果を、以下に示す。
【0132】
【表21】

【0133】
本発明の実施例8−1及び実施例8−2は、実施例1−6で作成した醗酵種生地をそのパン生地の小麦粉(小麦全粒粉を含む)に対して、それぞれ10質量%、20質量%添加しているものである。それにもかかわらず、実施例1−5におけるデュラム粉、蜂蜜及び乳酸菌を添加して種継ぎをするときに使用した元種と同様の元種を同じく30質量%添加する比較例8よりも、実施例8−1及び実施例8−2により製造したフランスパンの方が、本発明に特徴的な味、風味及び香りが顕著であると認められた。従って、本発明は、醗酵種生地なり、液状醗酵種なり、そのパン生地への添加量の著しい低減効果があることが示された。
【0134】
本発明の実施例6−1と実施例6−2との間では、醗酵種生地の添加量が多い実施例6−2のほうが、本発明の味、風味及び香りの特徴がより顕著に現れていた。
【実験例8】
【0135】
実施例1−8〜1−12で作成した冷凍生地玉を常温で約2時間置いて解凍した醗酵種生地を使用し、以下の配合及び工程によりフランスパンを製造した(それぞれ実施例9、実施例10、実施例11、実施例12、そして実施例13とする)。
【0136】
【表22】

【0137】
【表23】

【0138】
焼成後のパンの味、風味、香り及び食感等、並びに製パン性について比較検討した結果は、以下の通りである。
【0139】
【表24】

【0140】
液状醗酵種の調製において蜂蜜を添加すると、3質量%以上添加した場合から、上記の味、風味、及び香りが顕著に感じられるようになり、7質量%の添加まで同様であった。10質量%添加した場合も、基本的には上記と同様の特徴を有したが、上記の特徴が強くなり、また、若干のえぐ味が感じられた。また、蜂蜜を添加することにより、食感が柔らかくなることが確認された。
【実験例9】
【0141】
前記実施例1−8〜1−12で作成した冷凍生地玉を常温で約2時間置いて解凍した醗酵種生地を使用して、以下の配合と工程により今度は食パンを製造した(それぞれ実施例14、実施例15、実施例16、実施例17、そして実施例18とする)。
【0142】
【表25】

【0143】
【表26】

【0144】
焼成後のパンの味、風味、香り及び食感等の味、風味、香り及び食感等、並びに製パン性について比較検討結果を、以下に示す。
【0145】
【表27】

【0146】
液状醗酵種の調製で蜂蜜を添加すると、3質量%以上の添加から上記の味、風味及び香りを顕著に感じるようになり、7質量%の添加まで同様であり、10質量%の添加となると、上記特徴が強くなり、また食感が若干重くなった。また、蜂蜜を添加することにより、その添加量を問わないで、中種法に特徴的なツンと鼻のつくアルコール風味・臭がマスキングされることが確認された。
【実験例10】
【0147】
醗酵種生地を構成する小麦粉を液状醗酵種に対して40質量%と変更した他は、実施例1−10と同様にして調製した冷凍醗酵種生地(実施例1−13とする)を27℃で約2時間解凍した醗酵種生地と、実施例1−10で得た液状醗酵種で冷凍前の醗酵種とについて、アミノ酸分析を行った。分析は、日本電子株式会社製アミノ酸自動分析機JLC−500/Vを用いて行った。結果を図2に示す(なお、醗酵種生地は、液状醗酵種に小麦粉を添加したものであるため、分析項目の成分値は実際の分析値から該小麦粉に起因する成分量を差し引いた値とした)。
【0148】
該実施例1−13で得た冷凍醗酵種生地を解凍して得た醗酵種生地は、同じく実施例1−10で得た冷凍前の液状醗酵種と比較すると、分析した全アミノ酸項目で値が増加していた。特に、酸味及び旨味の呈味を有するアスパルギン酸(Asp)及びグルタミン酸(Glu)、甘味及び旨味の呈味を有するセリン(Ser)及びリジン(Lys)、並びに甘味の呈味を有するスレオニン(Thr)の増加率が大きかった。各項目の分析値の合計は、液状醗酵種が461ppmであったのに対し、冷凍醗酵種生地を解凍して得た醗酵種生地は714ppmと、253ppm増加していた。これは、液状醗酵種中の乳酸菌体が培養中に水分を吸収して大きく膨潤しているところ、これを冷凍することにより菌体の容積が拡大して破裂し崩壊した状態となって冷凍され、次いで解凍すると、崩壊した菌体からアミノ酸が醗酵種生地中に放出されたためであると推測された。アミノ酸は、食品の呈味成分として知られており、従って、アミノ酸、特に、旨味及び甘味を有するアミノ酸量が増加した本発明の醗酵種生地は、パンの旨味・甘味・コク及びマイルドなサワー風味の向上・増強効果を有すると考えられた。
【実験例11】
【0149】
本発明として、前記実施例1−7で得られた液状醗酵種、比較例9として、前記実施例1−5におけるデュラム粉、蜂蜜及び乳酸菌を添加して種継ぎをするときに使用した元種と同様の元種(液状醗酵種)について、ヘッドスペースガスをGC−FID検出器(ヒューレット・パッカード社)で分析し、揮発性香気成分のピークエリアを測定した。結果を以下に示す。
【0150】
【表28】

【0151】
実施例1−7の液状醗酵種(尚、実施例1−7の液状醗酵種は、比較例9の液状醗酵種を元種として、該元種に、デュラム粉、蜂蜜、強力粉、水を混合し、醗酵させて種継ぎした液状醗酵種である。)は、比較例9の液状醗酵種よりも揮発性香気成分が増加していた。この結果から、実施例1−7の液状醗酵種を使用して作成したパンは、比較例9を使用して作成したパンよりも、パンの香が強くなることが示唆され、従って、実施例1−7の液状醗酵種を使用して作成したパンは、本発明に特徴的な香ばしい焙焼香が増大することが示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0152】
【図1】図1は、実施例1−1〜1−4で調製した液状醗酵種(初種)の各々について、経時的にpHを測定した結果である(実験例2)。
【図2】図2は、前記実施例1−13で冷凍醗酵種生地を27℃で約2時間解凍した醗酵種生地と、実施例1−10で得た液状醗酵種(冷凍前)とについて、各種アミノ酸量測定した結果である(実験例10)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも小麦粉、水、並びに乳酸菌及び/又は乳酸菌を含有する液状醗酵種を混合して醗酵させることにより、液状醗酵種の調製を行うにあたり、
該液状醗酵種の調製における少なくとも最後の調製において、該小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用することを特徴とする液状醗酵種の製造方法。
【請求項2】
少なくとも小麦粉、水、及び乳酸菌を混合して醗酵させることにより、液状醗酵種の種起こしを行うにあたり、
該小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用することを特徴とする液状醗酵種の製造方法。
【請求項3】
少なくとも小麦粉、水、及び、種起こし若しくは種継ぎにより調製した乳酸菌を含有する液状醗酵種を使用して該乳酸菌含有液状醗酵種の種継ぎを行うにあたり、
該液状醗酵種の種継ぎにおける少なくとも最後の種継ぎにおいて、該小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用することを特徴とする液状醗酵種の製造方法。
【請求項4】
少なくとも小麦粉、水、及び乳酸菌を混合して醗酵させることにより液状醗酵種の種起こしを行い;
次いで、少なくとも小麦粉、水、及び該種起こし後の液状醗酵種の全部若しくは一部を使用して種継ぎを行い;
さらに必要に応じて、少なくとも小麦粉、水、及び該種継ぎ後の液状醗酵種の全部若しくは一部を使用して種継ぎを1回又は複数回行うこと;
を含む、液状醗酵種の製造方法であって、
少なくとも最後の種継ぎにおいて、該小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用する、液状醗酵種の製造方法。
【請求項5】
少なくとも小麦粉、水、及び乳酸菌を混合して醗酵させることにより液状醗酵種の種起こしを行い;
次いで、少なくとも小麦粉、水、及び該種起こし後の液状醗酵種の全部若しくは一部を使用して種継ぎを行い;
さらに必要に応じて、少なくとも小麦粉、水、及び該種継ぎ後の液状醗酵種の全部若しくは一部を使用して種継ぎを1回又は複数回行うこと;
を含む、液状醗酵種の製造方法であって、
該液状醗酵種の種起こし及び各種継ぎにおいて、該小麦粉の全部又は一部としてデュラム粉を使用する、液状醗酵種の製造方法。
【請求項6】
前記液状醗酵種の調製において、蜂蜜を添加することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の液状醗酵種の製造方法。
【請求項7】
前記液状醗酵種の調製において、製パン用イーストを添加しないことを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の液状醗酵種の製造方法。
【請求項8】
前記デュラム粉の添加量が、前記小麦粉の全量に対し少なくとも10質量%以上である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の液状醗酵種の製造方法。
【請求項9】
前記蜂蜜の添加量が、前記液状醗酵種の調製に使用する小麦粉に対して0.5〜20質量%である、請求項6〜8のいずれか1項に記載の液状醗酵種の製造方法。
【請求項10】
前記液状醗酵種の種起こし時の醗酵時間が、18時間以上である、請求項2及び4〜9のいずれか1項に記載の液状醗酵種の製造方法。
【請求項11】
前記液状醗酵種を、該液状醗酵種のpHが4.0以下となるまで醗酵させる、請求項1〜10のいずれか1項に記載の液状醗酵種の製造方法。
【請求項12】
請求項1〜11に記載の方法により製造した液状醗酵種に少なくとも小麦粉を混合して非流動状の醗酵種生地を作成し、該醗酵種生地を冷凍することを特徴とする冷凍醗酵種生地の製造方法。
【請求項13】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法により製造した液状醗酵種を、パン生地の混捏工程で添加することを含む、パンの製造方法。
【請求項14】
請求項12に記載の方法により製造した冷凍醗酵種生地を解凍してからパン生地の混捏工程で添加することを含む、パンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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