説明

混合組成物及びそれを用いた重金属処理方法

【課題】
従来の重金属処理剤では、カチオン系とアニオン系の重金属を一剤で同時に処理することは困難であった。
【解決の手段】
硫化鉄濃度が1wt%以上50wt%以下であり、かつジチオカルバミン酸塩が1wt%以上50wt%以下である混合組成物では、カチオン種、アニオン種双方の重金属処理に対して一剤で処理でき、なおかつ重金属処理能に優れ、なおかつ有害ガスの発生がない。ジチオカルバミン酸塩としては、ピペラジン―N,N‘―ビスカルボジチオ酸カリウムが、硫化鉄としては結晶構造がマキナワイト構造であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、灰や土壌、或いは排水中に含まれる重金属を用いて無害化処理に用いるのに適した組成物、及びそれを用いた重金属処理剤、並びに当該重金属処理剤を用いた各種重金属類を含む廃棄物の無害化処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アニオン系の重金属を処理する薬剤として、硫化鉄が知られている。(例えば特許文献1)硫化鉄は、As、Seや6価Crに関して特に有効であるが、Pb、CdやHgのようなカチオン種の金属に関しては効果が弱いという問題があった。また、汚染物に対して有効に用いるためには、液状(スラリー)として用いることが必要であるが、高濃度で安定なものを得ることが難しかった。
【0003】
一方、Pb、Cd、やHgのようなカチオン種の処理に関しては各種のアミン塩、例えばジチオカルバミン酸系の重金属処理剤が知られている。(例えば特許文献2参照)しかし従来のアミン塩による重金属処理剤はAs、Seや6価Cr等のアニオン種の重金属イオンに対する処理効果は低いものであった。
【0004】
そこで、カチオン種とアニオン種の重金属の双方で汚染を処理するためには、硫化鉄とアミン塩の両方を用いることが必要であった。しかし夫々を別々に用いる場合、夫々の薬剤に対する容器が必要となり、またそれぞれの薬剤の化学特性が異なり、混合時に反応して、重金属処理剤として十分な特性が得られないという問題があった。さらに条件によっては重金属処理剤の官能基の分解に起因する有毒ガスが発生することがあった。
【0005】
また、硫化鉄は鉄を含むため、硫化鉄とアミン塩を別々に用いた場合、重金属処理の条件によってはアミン塩が鉄との反応により、添加すべきアミンの使用量が多くなる場合があった。特にこれらの薬剤は夫々に水分を含むものであったため、用いる対象によっては薬剤に随伴する水分が多くなるという問題もあった。
【0006】
【特許文献1】特開2002−326819号
【特許文献2】特許第3391173号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、カチオン種、アニオン種双方の重金属処理に対して、一の薬液で処理でき、なおかつ重金属処理において有毒ガスの発生しない重金属処理剤及びそれを用いた重金属処理方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、カチオン種とアニオン種双方の重金属に有効な処理剤について鋭意検討を重ねた結果、アニオン種に対しては硫化鉄、特にマキナワイト構造の硫化鉄、カチオン種に対してジチオカルバミン酸塩、特にピペラジン―N,N‘―ビスカルボジチオ酸塩の混合組成物では、カチオン種とアニオン種双方の重金属の処理能に優れ、硫化鉄とジチオカルバミン酸塩の高濃度化が可能な上、固形分の硫化鉄の沈殿固化が抑制され、重金属処理時の有毒ガスの発生がないことを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0009】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0010】
本発明の混合組成物は、硫化鉄の濃度が1wt%以上、50wt%以下である。硫化鉄濃度が1wt%未満では重金属処理剤として用いる際に大量に使用する必要があり、また輸送や貯蔵のコストが多大なものとなる。硫化鉄濃度は高いほど好ましく、5wt%以上、更に10wt%以上であることが好ましい。一方、硫化鉄濃度が高すぎた場合は、硫化鉄粒子含有溶液の粘度が上がりすぎてハンドリングが困難となるため、硫化鉄濃度の上限としては50wt%以下、より好ましくは40wt%以下、更には30wt%以下の濃度が好ましい。
【0011】
本発明の混合組成物は、ジチオカルバミン酸塩を1wt%以上50wt%以下含有するものである。ジチオカルバミン酸塩の濃度が1%未満の場合、各種の重金属に対して高性能な処理剤となりにくく、高過ぎる場合は粘度が上がりやすくなり、取り扱いが困難となるだけでなく、低温時にジチオカルバミン酸が析出しやすくなる。
【0012】
ジチオカルバミン酸塩としては、具体的にはピペラジン―N,N‘―ビスカルボジチオ酸塩、エチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン等のチオカルバミン酸塩などが例示でき、特にピペラジン―N,N‘―ビスカルボジチオ酸塩が好ましい。塩のカチオン種は特に限定されるものではないが、ナトリウム塩、カリウム塩が好ましい。
【0013】
本発明の混合組成物中の硫化鉄粒は、粗大な粒子の少ないものであり、100μm以上の粗大粒子の割合が全粒子に対して5%未満のものが好ましい。溶液中での粒子の沈降速度を求めたストークスの式によると、粒子の沈降速度は粒子径の2乗に比例する。従って、粗大な粒子が硫化鉄粒子含有溶液中に含まれていると、溶液を攪拌していても、液の上昇速度が不足した部分に粗大粒子が沈降し濃度のむらが生じる。粒子径が100μm以上の硫化鉄は沈降速度が約1cm/s以上になり、攪拌によって均一なスラリーとして保持しておくために多大な動力と攪拌設備を必要となるだけでなく、送液中の配管等で目詰まりが生じやすくなる。本発明では100μm以上の粗大粒子の割合が全粒子に対して5%未満、より好ましくは3%未満、さらに好ましくは1%未満が好ましい。
【0014】
次に、本発明の混合組成物中の硫化鉄の結晶構造はマキナワイト構造であることが特に好ましい。硫化鉄の結晶構造においてピロータイト構造ではマキナワイト構造の硫化鉄に比べ重金属処理能力が低い。
【0015】
本発明の混合組成物は、硫化鉄、ジチオカルバミン酸塩を構成成分として含むものであれば良いが、残りの主な成分は液体、特に水であればよい。アルコール等の有機溶媒を用いる、或いは含んでもよく、本発明の目的の効果を損なわない範囲で、界面活性剤等の添加物を含んでもよい。
【0016】
本発明の混合組成物において、ジチオカルバミン酸塩の存在状態は定かでないが、本発明の混合組成物が安定分散状態であることから硫化鉄粒子の表面に一部は吸着して存在しているものと推定される。それによってスラリー中の硫化鉄の分散安定化が図られているものと考えられる。
【0017】
またジチオカルバミン酸塩が硫化鉄の表面に存在するため、ジチオカルバミン酸塩がまずカチオン系重金属と反応し、次に硫化鉄がアニオン系重金属と反応することとなり、別々に混合使用する場合に比べて効率的な処理が可能となる。
【0018】
この様に混合組成物でありながら処理系内に存在する金属に対する選択的な競争反応が制御できる原因としては、ピペラジン―N,N‘―ビスカルボジチオ酸塩が環状でありアミン種の中でも低分子であることが影響していると考えられる。
【0019】
またジチオカルバミン酸、特にピペラジン―N,N‘―ビスカルボジチオ酸塩と混合状態で用いることにより、相乗効果として、重金属処理時の有毒ガス発生の問題がない。
【0020】
本発明の混合組成物の製法は特に限定するものではないが、例えば2価の鉄塩の水溶液と硫黄イオンを含む水溶液とを一定のpH範囲を保つように混合して硫化鉄を含むスラリーとし、当該スラリーから副生塩の除去を行った後にジチオカルバミン酸塩と混合することにより製造することができる。
【0021】
硫化鉄を含むスラリーはたとえば塩化鉄等の鉄塩と水硫化ナトリウムを反応させて合成することができ、ピペラジン―N,N‘―ビスカルボジチオ酸塩はピペラジンとアルカリ水酸化物と二硫化炭素を反応させて得ることができる。
【0022】
本発明の混合組成物は、これらの反応物を混合して製造するが、最初から混合してもよいし、使用直前に混合しても良い。本発明の混合組成物は、混合状態で極めて安定なため、混合後長期に保存しても問題がないため、最初から一剤として取り扱うことが好ましい。
【0023】
次に本発明の混合組成物を用いた重金属処理について説明する。
【0024】
本発明の混合組成物を含んでなる重金属処理剤は、アニオン種カチオン種類いずれの有害な重金属にも処理効果があり、特Pb、Cd、Hg、As、Se、6価Crの処理に対して有効である。重金属をそれぞれ単独に処理するだけでなく、これらが複数含まれたものを処理することが可能である。
【0025】
本発明の重金属処理剤は、特にPb,CdやHgのようなカチオン種とAs、Seや6価Crのようなアニオン種で複合汚染されたような廃棄物に対して特に有効であり、本剤一剤のみの添加で無害化処理することが可能で効果的である。
【0026】
本発明の重金属処理剤で処理する対象物としては、重金属を含んだごみ焼却灰や飛灰が例示できる。ごみ焼却灰や飛灰中には、各種ごみに含まれていた重金属類が濃縮されており、無害化処理(重金属の不溶化処理)が必要である。飛灰や溶融飛灰は焼却炉の構造や運転方法の違いにより、アルカリ性飛灰、中性飛灰、アルカリ性溶融飛灰、中性溶融飛灰等の種類があり、また、焼却するごみの種類によって含まれる重金属類の種類と含有量は大きく異なるが、本発明の重金属処理剤はどのような灰にも用いることができる。
【0027】
本発明の重金属処理剤の添加量は、ごみ焼却灰や飛灰に含まれる重金属類の種類と総量により異なるため一概に規定できないが、通常はごみ焼却灰や飛灰の量に対して、0.1〜50wt%、好ましくは0.5〜30wt%が例示できる。さらに、予めごみ焼却灰や飛灰をサンプリングしてラボテストで添加量を求め、ごみ焼却灰や飛灰に含まれる重金属類の量の変動を考慮して最適添加量を求めておくことが好ましい。
【0028】
本発明の重金属処理剤への水の添加量はごみ焼却灰や飛灰の性質により異なるが、通常、ごみ焼却灰や飛灰の量に対して、10〜40wt%を例示することができる。混練の方法、時間は特に限定されず従来から知られている条件でよい。
【0029】
本発明の重金属処理剤は、重金属類を含んだ土壌の処理にも有効である。重金属類を含んだ土壌に対して、本発明の重金属処理剤及び、必要に応じて水を添加し、混練して用いることができる。
【0030】
土壌に対する本発明の重金属処理剤の添加量は、土壌に含まれる重金属類の総量により異なるため一概に規定できないが、例えば処理すべき土壌の量に対して0.1〜20wt%を例示することができる。さらに、予め土壌をサンプリングしてラボテストで最小添加量を求め、安全を見込んで若干過剰となる量を添加することが好ましい。土壌に含まれる水分が少ない場合は、土壌の種類によっても異なるが、必要に応じて水を添加し、土壌に含まれる水分の量が通常10〜60wt%となるようにすることが好ましい。混練の方法、時間は特に限定されず従来から知られている方法を用いることができる。
【0031】
本発明の重金属処理剤は、重金属類を含んだ排水の処理にも適用可能である。排水に対する重金属処理剤の添加量も、排水に含まれる重金属類の総量により異なるため一概に規定できないが、予め排水をサンプリングしてラボテストで最小添加量を求め、安全を見込んで若干過剰量を添加することが好ましい。
【0032】
この様な用途において、従来排水のpHが低いと硫化鉄が分解し硫化水素の生成の可能性があったが、本発明ではジチオカルバミン酸塩との混合組成物を用いることによりその様な問題がない。混合の方法、時間は特に限定されず従来から知られている方法を用いることができる。
【0033】
本発明の重金属処理剤は、本発明の混合組成物を一剤で用いるが、当該混合組成物は最初から混合してあっても、重金属処理直前に処理現地で混合処理することも可能である。また、通常、凝集沈澱処理の際に使用される無機系凝集沈澱剤、例えば塩化第2鉄、ポリ塩化アルミニウム、硫酸バンド等を併用し、あるいは凝集速度を速める高分子凝集剤等を併用して用いてもよい。
【発明の効果】
【0034】
本発明の混合組成物は、アニオン種とカチオン種いずれの重金属も同時に処理が可能であり、一剤で焼却灰、土壌、排水等の重金属処理するため処理設備の簡素化を図ることができ、操作性に優れ、また重金属の処理における有害ガスの発生がない。
【実施例】
【0035】
以下、実施例において本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0036】
実施例1
実効内容積750mLで上部に反応容器を50℃に保ち、攪拌しながら塩化鉄(II)水溶液(35.0wt%)を600g/hで、水硫化ナトリウム水溶液(10.0wt%)を880g/hで連続的に添加するとともに、反応槽のスラリーpHが9.5±0.5を保つように水酸化ナトリウム水溶液(48.0wt%)を流量制御しながら連続的に添加し、生成したマキナワイト構造の硫化鉄スラリーを回収した。
【0037】
得られた硫化鉄スラリーは、硫化鉄9.5wt%、塩化ナトリウム12.7wt%を含んでいた。次に、得られたスラリーを濾過し、塩化ナトリウムを含んだ余分な母液を除去した。濾過後の硫化鉄ケーキに、水とピペラジン―N,N‘―ビスカルボジチオ酸カリウムを加えて攪拌リパルプした後、さらに解砕処理を行い、混合組成物を得た。
【0038】
得られた混合組成物は、硫化鉄濃度が15wt%、ピペラジン―N,N‘―ビスカルボジチオ酸カリウム濃度が20wt%であり、B型粘度計で測定した調整直後の粘度は530mPa・Sで、流動性は良好であった。
【0039】
この硫化鉄粒子分散溶液を1週間静置した後、攪拌すると容易に均一な分散スラリーとなり、この時の粘度は550mPa・Sであり良好な流動性であった。
【0040】
実施例2(性能評価)
六価クロムと鉛を含有したアルカリ性飛灰を用い、実施例1の混合組成物を用いて重金属の処理特性の検討を行なった。アルカリ性飛灰100重量部に対し、混合組成物を加え、さらに水を水+処理剤30重量部となるように加えた後、混練し重金属処理を行なった。処理飛灰に対し、環境庁(現在環境省)告示第13号溶出試験(1973年)を行なった。溶出液中に含まれる六価Crをジフェニルカルバジド法で、鉛及びトータルCrをICP発行分析法で測定しその結果を表1に示した。
【0041】
比較として共存塩のない硫化鉄7.2wt%相当のスラリー、ピペラジン―N,N‘―ビスカルボジチオ酸カリウム20wt%単独溶液を別々に添加(比較1)、硫化鉄は実施例1相当、ピペラジン―N,N‘―ビスカルボジチオ酸カリウムを加えない(比較2)以外は、実施例1と同様の操作を行い評価した。
【0042】
【表1】

表1の結果より明らかなように、本発明の混合組成物では、少ない添加量で6価Crの処理及びPb処理が可能であった。一方、共存塩のない分散性の悪い硫化鉄スラリーとジチオカルバミン酸塩を別々に混合した場合(比較例1)には、重金属の処理能が不十分であり、硫化鉄だけ(比較例2)ではPbの処理は不十分であった。
【0043】
実施例3
水銀1ppmを含む溶液、六価のクロム10ppmを含む溶液、三価の砒素10ppmを含む溶液、四価のセレン10ppmを含む溶液の4種類のモデル排水に対し、実施例1で調製した混合組成物を0.2重量部添加し、重金属類の処理特性を行なった。モデル排水に混合組成物を加えた後、30分混合し、ガラス濾紙(アドバンテック東洋製GS−25)で濾過後、濾液中に含まれている各成分の量を測定した。その結果を表2に示した。
【0044】
【表2】

表2の結果から明らかなように、本発明における混合組成物では重金属類の含有量は大きく削減され、鉛、カドミウム、水銀、六価クロム、砒素は排水基準以下まで処理可能であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化鉄濃度が1wt%以上50wt%以下、ジチオカルバミン酸塩が1wt%以上50wt%以下を含んでなる混合組成物。
【請求項2】
硫化鉄の結晶構造がマキナワイト構造である請求項1に記載の混合組成物。
【請求項3】
ジチオカルバミン酸塩が、ピペラジン―N,N‘―ビスカルボジチオ酸塩である請求項1〜2に記載の混合組成物。
【請求項4】
ピペラジン―N,N‘―ビスカルボジチオ酸塩がナトリウム塩、又はカリウム塩である請求項1〜3の混合組成物。
【請求項5】
重金属が、Pb、Cd、Hg、As、Se、6価Crの群より選択される少なくとも1種以上である請求項1〜4に記載の混合組成物からなる重金属処理剤。
【請求項6】
請求項1〜5に記載の重金属処理剤をごみ焼却灰、飛灰、重金属含有土壌及び重金属含有排水のいずれか1種以上に添加、混練する重金属処理方法。
【請求項7】
請求項1〜6の重金属処理剤を焼却灰、飛灰、重金属含有土壌及び重金属含有排水を処理する現地において硫化鉄スラリーとジチオカルバミン酸塩溶液を混合して製造することを特徴とする重金属処理方法。

【公開番号】特開2008−184469(P2008−184469A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−117130(P2006−117130)
【出願日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】