説明

混紡糸及びそれを用いてなる抗菌性織編物

【課題】 衣料用の織編物としての実用性能を有しつつ、抗菌性と人体への優しさを両立させた抗菌性繊維製品を提供する。
【解決手段】 キチン繊維及び/又はキトサン繊維を1.0〜20.0質量%含んでなることを特徴とする混紡糸、並びに、その混紡糸が用いられてなり、JISL1092に規定する抗菌性試験方法による静菌活性値が2.2以上であることを特徴とする抗菌性織編物。本発明の抗菌性織編物は、抗菌性及び人体に対する安全性に優れるとともに、風合い、品位にも優れ、衣料用途に好適な抗菌性織編物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、混紡糸及び抗菌性織編物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
靴下、肌着、布団地などの人体に直接接触する衣料は、汗が付着し、適度な温度、湿度が与えられると、細菌などの微生物が繁殖して、悪臭を放ったり、生地を変色、脆化させたりするような問題がしばしば起こっている。
【0003】
このような現状に対して、従来より抗菌性を有する織編物として、抗菌剤が練り込まれた繊維を使用した織編物、抗菌剤がコーティングされた織編物などが提案されている。
【0004】
これらに用いられる抗菌剤には、有機シリコン第4級アンモニウム塩、芳香族ハロゲン化合物などがある。しかしながら、それらの合成抗菌剤については、個人の体質によっては発疹などの過敏症の原因となることがあるという問題が懸念されている。
【0005】
一方、人体に対する安全性の高い抗菌性繊維製品として、キチンやキトサンの類を使用したものが知られている。具体的には、外傷、火傷などの創傷治癒保護に用いられる医療用不織布が提案されている(例えば、特許文献1参照)。また、キトサンを繊維基材に添加した繊維あるいは接着材に練り込んでコーティングした繊維の不織布で作った寝具用シーツなどが提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【特許文献1】特開平2−307915号公報
【特許文献2】特開2004−195000号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、キチン、キトサンの抗菌作用を利用した、衣料用途に適した抗菌性繊維製品を開発するにあたり、種々検討を行なってきた。しかし、上記したような従来のキチン、キトサンを用いた抗菌性繊維製品は、衣料用に適用するには問題がある。医療用の不織布として知られているものでは、使用分野が全く異なっており、衣料用として求められる強度、風合い、品位などの実用的性能は当然ながら考慮されていない。また、キトサンを繊維基材に添加した繊維あるいは接着材に練り込んでコーティングした繊維もまた、風合い、品位、さらには耐久性などの点で、衣料用の織編物に使用するには問題点が多い。
【0007】
したがって、本発明の課題は、衣料用の織編物としての実用性能を有しつつ、抗菌性と人体への優しさを両立させた抗菌性繊維製品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究の結果、本発明に到達した。すなわち、本発明は、第一に、キチン繊維及び/又はキトサン繊維を1.0〜20.0質量%含んでなることを特徴とする混紡糸を要旨とするものである。第二に、その混紡糸が用いられてなり、JISL1092に規定する抗菌性試験方法による静菌活性値が2.2以上であることを特徴とする抗菌性織編物を要旨とするものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の混紡糸は、織編物に用いて、抗菌性及び人体への安全性に優れた実用的な織編物を作製しうるものである。また、本発明の抗菌性織編物は、抗菌性及び人体に対する安全性に優れるとともに、風合い、品位にも優れ、衣料用途に好適な抗菌性織編物である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の混紡糸は、構成繊維の一部にキチン繊維及び/又はキトサン繊維を含むものである。本発明に用いられるキチン繊維、キトサン繊維について説明するが、その前に、キチン繊維、キトサン繊維を形成するキチン、キトサンについて説明する。
【0011】
本発明において、キチン、キトサンとしては、甲殻類、昆虫類などの外骨格を塩酸処理並びに苛性ソーダ処理して灰分及び蛋白質を除去して得られるもの及びその誘導体を用いることができる。
【0012】
そもそもキチンとは、典型的にはN−アセチル−D−グルコサミン残基が多数β−(1,4)−結合した多糖であり、その脱アセチル化物をキトサンというが、キチンは部分的にアセチル基を失っているのが普通である。一方、キトサンは、典型的にはD−グルコサミン残基のβ−(1,4)−重合体であるが、キチンと同様、普通多少のアセチル基を含んでいるものをキトサンと称しているのが技術常識である(例えば、「最後のバイオマス キチン,キトサン」1988年、技報堂出版)。
【0013】
このように、キチンとキトサンの区別は必ずしも厳密なものではなく、本発明においても、それらを厳密に区別する必要はない。例えばひとつの目安として、脱アセチル化度が高いために酸に溶解するものをキトサンと称することが考えられるが、必ずしもそれに限定されるものではない。したがって、本発明に用いられるキチン及びキトサンには、部分的にアセチル基を失っていてもよいキチン、多少のアセチル基を含んでいてもよいキトサン、さらには、それらのグルコサミン残基の−OH基や−CH2OH基がエステル化、エーテル化、カルボキシメチル化、O−エチル化などに修飾された誘導体が包含されるものであり、以下の説明においては、これらを総称して「キチン類」と称することがある。
【0014】
また、本発明に用いるキチン繊維、キトサン繊維としては、上記したキチン類のいずれかにより形成されているものであればキチン繊維、キトサン繊維のいずれかに該当する。したがって、キチン繊維、キトサン繊維についても、以下の説明においてはこれらを総称して「キチン系繊維」ということがある。
【0015】
本発明に用いるキチン系繊維において、キチン類の脱アセチル化度としては、30〜100%であることが好ましい。キチンの脱アセチル化はキチンをアルカリ処理するという周知の方法により行うことができ、使用するアルカリ濃度、処理温度、処理時間などを適宜変えることにより、脱アセチル化度を容易に調整することができる。
【0016】
ここで、脱アセチル化度は、以下に示す方法で測定することができる。すなわち、試料約2gを2N−塩酸水溶液200ml中に投入し、室温で30分間攪拌する。次に、ガラスフィルターで濾過して塩酸水溶液を除去した後、200mlのメタノール中に投入して30分間攪拌する。このものを、さらにガラスフィルターで濾過し、フレッシュなメタノール 200ml中に投入し30分間攪拌する。このメタノールによる洗浄操作を4回繰り返したのち、風乾及び真空乾燥したもの約 0.2gを精秤し、100ml容の三角フラスコに取り、イオン交換水40mlを加えて30分間攪拌する。そして、この溶液を0.1N−苛性ソーダ水溶液で中和滴定する。このとき、フェノールフタレインを指示薬として用いる。脱アセチル化度(A)は次式によって求められる。
【0017】
【数1】

【0018】
ただし、aは試料の質量(g)、fは 0.1N−苛性ソーダ水溶液の力価、bは0.1N−苛性ソーダ水溶液の滴定量(ml)である。
【0019】
本発明に用いられるキチン系繊維としては、キチン類で形成された繊維状のものであればよく、特に限定されるものではない。例えば、天然から得られたキチン又はキトサンが繊維状のものであればそのまま使用することもできる。工業的に安定した性能のものが入手できる点では、キチン又はキトサンを溶剤に溶かした後、凝固液にて凝固して繊維状にしたもの、すなわち湿式紡糸法により製造されたものが好ましい。
【0020】
この湿式紡糸法における溶剤としては、キチン類の種類によって適宜選択すればよい。例えば、天然物を精製したままのキチン及び脱アセチル化度の比較的低いキチンについては、ハロゲン化炭化水素とトリクロル酢酸の混合物、N−メチルピロリドン又はN,N−ジメチルアセトアミドと塩化リチウムとの混合物が好ましく使用され、脱アセチル化のすすんだキトサンに対しては、酢酸などの酸溶液が好ましく用いられる。
【0021】
キチン類を溶剤に溶かしてから繊維にする方法としては、通常の湿式紡糸法で用いられる方法を採用することができる。例えば、キチン類を上記溶剤に溶かしドープを作製し、ステンレスネットなどのフィルターで濾過して不溶解部分や異物を除去した後、ギヤポンプなどで計量輸送しつつ、多数の細孔を有するノズルから水、アルコール類、ケトン類又はアルカリ液などの凝固液中に押し出して凝固させる。この凝固物を回転ローラーなどにて一定速度で引き取ることにより、キチン系繊維を得ることができる。
【0022】
本発明に用いられるキチン系繊維の単糸繊度としては、紡績できる範囲であれば特に限定されるものではないが、0.27〜9.0dtexが好ましく、0.45〜4.5dtexがより好ましく、0.6〜2.7dtexが特に好ましい。また、キチン系繊維の繊維長としては、紡績できる範囲であれば特に限定されるものではないが、10.0〜80.0mmが好ましく、15.0〜70.0mmがより好ましく、20.0〜60.0mmが特に好ましい。
【0023】
一方、キチン系繊維と混紡される繊維としては、特に限定されるものではなく、例えば木綿、絹、羊毛その他の獣毛などの天然繊維、レーヨン、リヨセルなどの再生繊維、アセテートなどの半合成繊維、ナイロン、ポリエステルなどの合成繊維の何れであってもよい。石油資源の枯渇や地球環境の問題から近年注目されているポリ乳酸などの生分解性合成繊維を使用してもよい。それらの繊維素材から、紡績可能な範囲の繊度及び繊維長のものを適宜選択して、キチン系繊維と混紡することができる。
【0024】
本発明の混紡糸は、上記したようなキチン系繊維と、キチン系繊維以外との繊維とが混紡されてなるものであるが、本発明の混紡糸におけるキチン系繊維の含有量としては、1.0〜20.0質量%の範囲とする。キチン系繊維の含有量が1.0質量%未満であると、抗菌性が十分でなくなる。一方、20.0質量%を超えると、斑の大きな糸となり、織編物としたときの品位が損なわれる。
【0025】
このように、本発明の混紡糸には、キチン系繊維が含有されているが、その含有量は、混紡されている他の繊維の含有量と比べて少ないものである。このため、本発明の混紡糸は、染色性、風合いその他の特性において、他の繊維の特性を反映させることができる。このため、キチン系繊維と混紡する他の繊維としては、本発明の混紡糸の使用目的、要求性能に応じて選択することができる。例えば、木綿繊維を選択して使用することにより、木綿特有のソフトな風合い、吸湿性を備えた混紡糸とすることができる。
【0026】
本発明の混紡糸を製造するにあたり、キチン系繊維と他の繊維とを混紡するための紡績方法としては、一般に行われている方法を採用することができる。その際には、混打綿工程で繊維を混合してもよく、あるいは、繊維をそれぞれ単独でカード工程まで紡績した後、練条工程で混合してもよい。
【0027】
以上説明したように、本発明の混紡糸は、キチン類の粒子を繊維に練り込みもしくは繊維表面に付着させたりしたものとは異なり、抗菌性のあるキチン類自体で構成されたキチン系繊維と、混紡糸の質量の8割以上を占める他の繊維とが混紡されたものであるので、紡績糸としての風合いを保つことができると共に、キチン類が脱落し難いものとなっているので、抗菌性が持続する。
【0028】
次に、本発明の抗菌性織編物について説明する。
【0029】
本発明の抗菌性織編物は、上記した本発明の混紡糸を用いてなるものであり、混紡糸の特性により、衣料用として実用可能な、風合い、品位に優れた織編物とすることができる。その組織、糸密度などはいかようにも設計可能であり、衣料用に用い得る範囲で所望の組織、形態の織編物とすることができる。染色や後加工も、本発明の目的を損なわない限りにおいて、必要に応じ適宜行なえばよい。勿論、必要に応じて他の糸条を併用しても構わない。
【0030】
本発明の抗菌性織編物は、上記したようにキチン系繊維が脱落してしまわない限り抗菌性を持続することができる。したがって、洗濯耐久性に優れた抗菌性を発現することができる。
【0031】
本発明の抗菌性織編物の抗菌性としては、JIS L1092に規定する抗菌性試験方法による静菌活性値が2.2以上であることが必要であり、3.0以上が好ましい。ここにいう静菌活性値としては、一定の菌数の検定菌を標準試料及び試験試料に植菌し、一定時間培養後の標準試料の生菌数をB(cells/ml)、一定時間培養後の試験試料の生菌数をC(cells/ml)とした場合のlogB−logCで表される。使用菌株として、Staphylococcus aureus ATCC 6538P(黄色ブドウ状球菌)が用いられる。試験方法としては、バイアル瓶に入れた滅菌済試料0.4gに生菌数を(1±0.3)×10個/mlに調整した菌液0.2mlをできるだけ均一に接種し、37℃で18時間培養する。次に、非イオン界面活性剤(ツイン80)を0.2%添加した生理食塩水20mlを加え攪拌し菌を洗い出す。そして、洗い出し液1mlをピペットで採取し、10倍希釈法による希釈系列を作製し、ニュートリエント寒天培地と混釈した後、37℃で24時間以上培養する。30〜300個のコロニーが現れた希釈系列のコロニー数を数え、生菌数を算出する。
【0032】
静菌活性値の計算としては、標準試料(JIS L0803に規定する染色堅牢度試験用添付布帛)及び試験試料について、上記試験をそれぞれ行い、下式から静菌活性値を求める。
【0033】
【数2】

【0034】
ただし、Bは標準試料の18時間培養後、回収した生菌数、Cは試験試料の18時間培養後、回収した生菌数である。
【0035】
静菌活性値が2.2未満であると、菌の繁殖を抑えることができず、抗菌性織編物としての抗菌性が十分でない。
【実施例】
【0036】
次に、本発明を実施例によって具体的に説明する。実施例及び比較例における混紡糸及び織編物の評価は、下記の方法に準じて行った。なお、抗菌性の評価、すなわち静菌活性値については前述した方法に準じて求めた。
(1)糸斑
糸斑試験機(計測器工業(株)製、「KET80B」)を用いて、JISL1095 9.20.1A法に準じて平均斑偏差の変動率(CV%)を測定した。
(2)洗濯耐久性
JIS L0217 103法に規定する洗濯50洗後の試料について、前述の抗菌性試験方法に準じて静菌活性値を測定した。
(3)織編物の風合い、品位
10人のパネラ−が、○:優れている、△:普通である、×:悪い、の3段階で官能評価し、評価者の一番多いものを結果として採用した。
【0037】
(実施例1)
実施例に用いるキトサン繊維としては、カニ殻を原料として得られたキトサンを湿式紡糸することにより製造された、単糸繊度2.2dtex、繊維長38mmの短繊維からなるキトサン繊維塊を用意した。このもののキトサンの脱アセチル化度は78%であった。また、キトサン繊維と混紡する他の繊維としては、単糸繊度1.42dtex、繊維長32mmの木綿繊維を用いて通常の紡績方法により得られた太さ3.57g/mのコーマスライバー(以下、「木綿コーマスライバー」という)を用意した。
【0038】
混打綿工程において、上記のキトサン繊維塊と、木綿コーマスライバーとを、50/50の質量比で混合し、カード工程を経て、太さ3.29g/mの混紡カードスライバーを得た。次に、練条工程において、上記で得られた混紡カードスライバーと、上記の木綿コーマスライバーとを用いて、キトサン繊維の含有量が3.0質量%となるように所定の割合で混合し、キトサン繊維を3.0質量%含む太さ3.57g/mの混紡練条スライバーを得た。次いで、粗紡工程において、得られた混紡練条スライバーに撚係数0.95の加撚を施し、太さ0.595g/mの粗糸を得た。そして、精紡工程において、上記で得られた粗糸に42.4倍のドラフトを与え、撚係数3.5の加撚を施し、40番手(英式綿番手)の本発明の混紡糸を得た。この混紡糸中には、混紡糸全質量に対して3.0質量%のキトサン繊維が含まれていた。
【0039】
さらに、この混紡糸を用いて28ゲージ、釜径76cmの丸編機により天竺編地の生機を製編して、過酸化水素による精練、漂白を施し、本発明の抗菌性織編物を得た。
【0040】
上記実施例1で得られた混紡糸の平均斑偏差の変動率(CV%)、並びに抗菌性織編物の品位及び洗濯前後における静菌活性値を下記表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
表1の結果から分るように、本発明の混紡糸は、糸斑の少ないものであった。また、この混紡糸を用いた本発明の抗菌性織編物は、洗濯耐久性に優れた抗菌性を有し、かつ品位、風合いに優れるものであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キチン繊維及び/又はキトサン繊維を1.0〜20.0質量%含んでなることを特徴とする混紡糸。
【請求項2】
請求項1に記載の混紡糸が用いられてなり、JIS L1092に規定する抗菌性試験方法による静菌活性値が2.2以上であることを特徴とする抗菌性織編物。

【公開番号】特開2006−225785(P2006−225785A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−39160(P2005−39160)
【出願日】平成17年2月16日(2005.2.16)
【出願人】(599089332)ユニチカテキスタイル株式会社 (53)
【Fターム(参考)】