説明

清酒の老香発生の程度を予測する方法

【課題】清酒中のDMTS前駆体化合物を同定し、清酒貯蔵後に生じる老香を予測するために有用な指標を提供すること。
【解決手段】各種クロマトグラフィーを用い、加温貯蔵後に生成するDMTS量(DMTS生成ポテンシャル)を指標として、市販清酒よりDMTS前駆体化合物を精製した。精製標品を用いて該化合物の絶対構造を決定し、該化合物が新規化合物1,2-ジヒドロキシ-5-メチルスルフィニルペンタン-3-オンであることを明らかにした。該化合物の清酒中含量を指標とすれば清酒の老香発生の程度を予測することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、清酒の老香発生の程度を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジメチルトリスルフィド(DMTS)は清酒の貯蔵により生成する物質で、硫黄様、タマネギ様のにおいを呈する。清酒の劣化臭である老香の主要構成成分であるが(非特許文献1)、清酒中における生成機構は明らかとなっていない。
【0003】
DMTSは様々な食品、飲料に含まれており、生成機構が解明されているものもある。アブラナ科植物においては、S-メチルシステインスルフォキシドから酵素反応または加熱処理により生成することが報告されている(非特許文献2〜4)。ビールやウイスキーにおいては、メチオニンのストレッカー分解産物である3-メチルチオプロピオンアルデヒドから、貯蔵もしくは蒸留中にDMTSが生成することが報告されている(非特許文献5〜6)。しかし、これらの化合物は、製成直後の清酒には検出されないか、検出されても微量である。
【0004】
清酒においては、DMTSと類似した構造を有するジメチルジスルフィド(DMDS)の生成機構に関して、清酒の酸性、塩基性、中性画分に前駆物質が存在することが報告されている。しかし、これらのうち、メチオニンおよびシステイン以外の前駆物質は同定されていない(非特許文献7)。
【0005】
老香の制御方法としては、低温貯蔵、溶存酸素濃度の制御(非特許文献8)等が知られている。しかし、これらの手法は冷房設備や窒素置換装置といった設備が必要であり、製造した全ての清酒についてこうした老香制御を均一に行なうこととするとコストがかかる。事前に老香発生の程度を予測することができれば、老香が多く生じると予測される清酒を選別して老香制御を行なうことが可能になるが、上記の通り清酒における老香成分の生成機構は不明であり、老香発生を予測する有効な手段も存在しない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】日本醸造協会誌, 101, 125-131, 2006
【非特許文献2】J. Agric. Food Chem. 40, 2098-2101, 1992
【非特許文献3】J. Agric. Food Chem.46, 4334-4340, 1998
【非特許文献4】J. Agric. Food Chem. 42, 1529-1536, 1994
【非特許文献5】J. Agric. Food Chem. 48, 6196-6199, 2000
【非特許文献6】J. Am. Soc. Brew. Chem. 56, 99-103, 1998
【非特許文献7】日本醸造協会誌, 70, 588-591, 1975
【非特許文献8】日本醸造協会誌, 94, 827-832, 1999
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明は、清酒中のDMTS前駆体化合物を同定し、清酒貯蔵後に生じる老香を予測するために有用な指標を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
最近、本発明者らは、[methyl-d3]-メチオニンを清酒に添加して貯蔵を行い、同位体標識されたDMTSと天然のDMTSの生成量の比から、DMTS生成に対するメチオニンの寄与が10%程度であることを見出した。このことは、メチオニン以外の未知のDMTS前駆物質が清酒中に存在することを示している。この知見をもとに、各種クロマトグラフィーを用い、加温貯蔵後に生成するDMTS量(DMTS生成ポテンシャル)を指標として、市販清酒よりDMTS前駆体化合物を精製した。精製標品を用いて、該化合物の絶対構造を、高分解能エレクトロスプレーイオン化質量分析装置、核磁気共鳴装置により決定することにより、該化合物が新規化合物1,2-ジヒドロキシ-5-メチルスルフィニルペンタン-3-オンであることを明らかにした。明らかとなった絶対構造にもとづいて、該化合物の化学合成経路を確立し、合成した化合物と清酒中より精製した化合物とを各種分析手法により比較することによって、該合成物と天然物とが完全に一致することを確認した。更に、清酒中の該化合物含有量の測定および該化合物の清酒への添加試験を行い、該化合物がDMTS生成に大きく関与していることを見出した。以上により、清酒中の該化合物を定量することで老香の発生程度の予測が可能であることを見出し、本願発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、清酒中の下記化合物[1]の含量を指標とする、清酒の老香発生の程度を予測する方法を提供する。
【0010】
【化1】

【発明の効果】
【0011】
本発明により、清酒の老香成分DMTSの前駆物質となる新規化合物(化合物[1])が同定された。該化合物の清酒中含量を指標とすれば、老香発生の程度を事前に予測することができる。従って、本発明は、清酒の製造工程管理及び品質管理に有用である。例えば、製造した清酒について本発明を実施し、老香発生が多いと予測されるものを選別して特に低温で貯蔵したり溶存酸素濃度を制御することとすれば、貯蔵管理のコストを削減することができる。また、化合物[1]を指標として清酒製造条件を検討することにより、老香の発生を抑えた清酒の製造も可能になる。また、さらなる詳細な解析により、清酒におけるDMTS前駆物質を介した老香成分の発生機序を解明すれば、清酒製造工程で該前駆物質自体ないしはその前後の物質の生成量を制御することが可能になり、特別な貯蔵法に依存しない新たな老香制御方法を提供することも可能になる。このように、本発明は、清酒の老香制御に大いに貢献するものである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】1,2-ジヒドロキシ-5-メチルスルフィニルペンタン-3-オン(化合物1)の質量分析(ESI-MS)によるマススペクトルである。
【図2】化合物1を市販清酒Bに添加して貯蔵し、DMTS生成に対する影響を調べた結果である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の方法で指標とする化合物は、下記構造を有する1,2-ジヒドロキシ-5-メチルスルフィニルペンタン-3-オン(化合物[1])である。
【0014】
【化2】

【0015】
該化合物は、本願発明者らによって、貯蔵試験によりDMTS生成画分からほぼ単一のDMTS前駆物質として同定されたものであり、清酒におけるDMTSの主要な前駆化合物であると考えられる。実際に、化合物[1]の量が多い清酒ほど貯蔵により生じるDMTS量も多いこと、人為的に化合物[1]を添加して化合物[1]含量を2倍にした清酒では貯蔵後に生じるDMTS量もほぼ2倍になることが確認されている。従って、化合物[1]は清酒における老香の生じやすさの指標として有用であり、化合物[1]の含量が多い清酒は、貯蔵後に生じるDMTS量が多く、ひいては老香(劣化臭)を生じやすいと予測することができる。
【0016】
清酒試料中の化合物[1]の定量は、質量分析方法等の公知の各種分析手法により行なうことができる。例えば、質量分析によるマススペクトルでは化合物[1]はm/z 181程度(より具体的にはm/z 181.0±0.1)のピークを与えるため、逆相カラムを用いたLCで試料を分離後、溶出液をMS分析に付してこのピークを定量することで化合物[1]の清酒試料中含量を測定できる。また、LC/MS/MS分析により、m/z 181±1.5程度のプリカーサーイオンの分解によって生じるm/z 117±0.5程度のプロダクトイオンをモニターすることによって化合物[1]を測定することもできる。
【0017】
LC/MS/MS分析を用いた本発明の具体的態様を以下に例示する。もっとも、各条件は適宜最適化可能であり、本発明の範囲は下記例示に限定されるものではない。
【0018】
清酒試料は、LC/MS/MS分析に先立ち、陽イオン交換樹脂と接触させる前処理を行ない、陽イオン交換樹脂に吸着する成分を除去することが好ましい。陽イオン交換樹脂は特に限定されず、市販の強酸性陽イオン交換樹脂等を好ましく用いることができる。例えば、清酒を超純水で2倍程度に希釈し、これに質量分析の内部標準(1,5-ペンタンジオール等)を添加して、陽イオン交換樹脂を充填したカラムを通過させ、適宜超純水で樹脂を洗浄する。全ての通過画分を回収して凍結乾燥し、これを超純水に溶解して試料溶液とする。
【0019】
上記の通りに調整した試料溶液を用いてLC/MS/MS分析を好ましく行なうことができる。LCは逆相クロマトグラフィーにより行なう。C18基で修飾したシリカゲル等の逆相カラムを好ましく用いることができる。溶媒は超純水でよく、適宜メタノールやアセトニトリルを混合してもよい。試料のイオン化方法としては、特に限定されないが、エレクトロスプレーイオン化方法が好ましい。化合物[1]については、m/z 181±1.5程度のプリカーサーイオンの分解によって生じるm/z 117±0.5程度のプロダクトイオンをモニターすればよい。内部標準についても適宜プロダクトイオンをモニターする。例えば、1,5-ペンタンジオールを内部標準として用いる場合、m/z 115±1.5程度のプリカーサーイオンの分解によって生じるm/z 87±0.5のプロダクトイオンをモニターすればよい。両者のプロダクトイオンの強度比を算出することで、清酒試料の化合物[1]含量データを得ることができる。
【0020】
既知濃度の化合物[1]を含む試料を用いて標準曲線を作成すれば、上記で得られた化合物[1]含量データから清酒試料の濃度を算出することができる。標準曲線の作成に用いる化合物[1]としては、清酒から分離精製した化合物[1]でもよいし、化学合成した化合物[1]を用いてもよい。清酒からの分離精製方法としては、例えば、逆相LCで清酒を分離後、質量分析でモニターしながらm/z 181.0±0.1程度のピークを与える画分を回収し、常法により濃縮して化合物[1]を得ることができる。また、化合物[1]の化学合成方法としては、例えば、下記反応式によって市販の3-メチルチオプロピオンアルデヒド(化合物[2])から化学合成することができる(下記実施例参照)。
【0021】
【化3】

【0022】
すなわち、アルゴン雰囲気下、3-メチルチオプロピオンアルデヒド(化合物[2])をテトラヒドロフラン溶媒中で冷却下(0〜−5℃程度)ビニルマグネシウムブロミドと反応させる。室温に戻して2時間程度撹拌後、飽和塩化アンモニウムを添加し、塩酸にてpHを3程度に調整、次いで酢酸エチルを添加して分液する。有機層を洗浄後、硫酸ナトリウムを添加して濾過、濃縮、蒸留して5-メチルチオ-1-ペンテン-3-オール(化合物[3])を得る。得られた化合物[3]をアルゴン雰囲気下、ジクロロメタン溶媒中で二酸化マンガンを用いて酸化させ、反応液を濾過、濃縮して5-メチルチオ-1-ペンテン-3-オン(化合物[4])を得る。得られた化合物[4]を、アセトン/水/アセトニトリル(1/1/1程度)溶媒中、固定化オスミウム触媒とN−メチルモルホリンを添加して、室温で24時間程度反応させる。反応液を濾過後、陽イオン交換樹脂に通して有機溶媒を除き、減圧濃縮する。残渣を逆相カラム、イオン排除カラム等を用いたHPLCにより精製することで、化合物[1]を得ることができる。
【0023】
本発明の方法によれば、上記化合物[1]の清酒中含量を指標として、清酒の老香発生の程度を事前に予測することができる。製造した清酒について本発明の方法を実施すれば、貯蔵後に老香を多く生じうる清酒を予め選別できるので、そのような清酒は特に低温で貯蔵したり、出荷時期を早める等、老香制御のための貯蔵管理に活用することができる。また、本発明は、詳細な生成機構が不明であった清酒の老香成分DMTSについて、その生成機構解明の糸口を初めて提供するものである。清酒における化合物[1]を介した老香成分の発生機序を解明すれば、清酒製造工程で該前駆物質自体ないしはその前後の物質の生成量を制御することが可能になり、特別な貯蔵法に依存しない新たな老香制御方法を提供することも可能になる。
【実施例】
【0024】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0025】
実施例1 [清酒からのDMTS前駆物質の探索・精製]
市販清酒(純米吟醸)1 Lを超純水で2倍に希釈し、500 mLの陽イオン交換樹脂(ムロマチテクノス社製、Dowex 50WX4, 200〜400メッシュ)を充填したカラムに流した。1.5 Lの超純水で樹脂を洗浄した後、通過画分を減圧濃縮し、凍結乾燥した。これを超純水に溶解し、逆相カラム(東ソー社製、TSKgel ODS-80Ts)に注入し、メタノール濃度0%〜50%でグラジエント溶出した。溶出液を42の画分に分け、各画分を18%エタノールを含む10 mMコハク酸緩衝液(pH 4.0)に添加し、70℃で1週間貯蔵後、生成したDMTS量を測定した。DMTS量の測定は、文献J. Agric. Food Chem. 53, 4118-4123, 2005記載の方法に従い、スターバー抽出法を用いた定量分析により行なった。DMTSを生成したフラクションを合わせて濃縮し、イオン排除カラム(Waters社製、IC-Pak Ion-Exclusion)に注入した。20 mMギ酸を用いて溶出し、溶出液を60個の画分に分けた。上記と同様に70℃で1週間の貯蔵試験を行い、DMTSを生成したフラクションを合わせて濃縮し、Amide-80カラム(東ソー社製)に注入した。アセトニトリル−水(80/20)溶液で溶出し、溶出液を9個の画分に分け、上記と同様に70℃で1週間の貯蔵試験を行い、DMTSを生成したフラクションを濃縮した。その結果、DMTS前駆物質が、ほぼ単一な成分として得られた。
【0026】
実施例2 [DMTS前駆物質の構造解析]
上記方法により得られたDMTS前駆物質の構造を決定するため、高分解能エレクトロスプレーイオン化質量分析(ThermoFisher Scientific社製LCQ Advantage)に供した。マススペクトルを図1に示す。親イオンのピークm/z 181.0534 [M+H]+(理論値181.0535)から、本化合物は分子式C6H12O4Sであることが示された。また、分解物と予想されるm/z 117.0566のピークが検出された。推定される分子式C5H9O3(理論値117.0552)から、メチルスルフォキシドが脱離した構造と推定された。
【0027】
上記DMTS前駆物質をアセトニトリル-d3−重水(80/20)溶液に溶解し、1H-NMRおよび13C-NMRを測定し、以下の表1に示す結果を得た。
【0028】
【表1】

【0029】
さらに、HMQC,HMBC, COSYスペクトル解析を行った結果、本化合物は下記の構造を有する1,2-ジヒドロキシ-5-メチルスルフィニルペンタン-3-オンであると判断された。(なお、式中の各数値は表1の炭素原子の番号に対応する。太線はCOSYの相関、矢印はHMBCの相関を示す。)
【0030】
【化4】

【0031】
実施例3 [1,2-ジヒドロキシ-5-メチルスルフィニルペンタン-3-オンの合成]
下記反応スキームに従い、1,2-ジヒドロキシ-5-メチルスルフィニルペンタン-3-オン(化合物[1])を合成した。
【0032】
【化5】

【0033】
市販の3-メチルチオプロピオンアルデヒド[2]6.0gをアルゴン雰囲気下でテトラヒドロフラン80 mLに添加し、0〜-5℃に冷却した後、1Nビニルマグネシウムブロミド69.58 mLを冷却下において滴下した。室温に戻し、2時間撹拌を行った後、飽和塩化アンモニウム水溶液500 mLを添加した。0.1N塩酸を用いてpHを約3に調整し、酢酸エチル3 Lを添加し、分液した。有機層に飽和塩化ナトリウム水溶液1.5 Lを添加して分液し、有機層に硫酸ナトリウムを添加し、ろ過、濃縮後、橙色液体を得た。これを蒸留し、5-メチルチオ-1-ペンテン-3-オール[3](収率50%)を得た。
【0034】
上記により得られた5-メチルチオ-1-ペンテン-3-オール7.23 gをアルゴン雰囲気下でジクロロメタン100 mLに添加した。ガスクロマトグラフで5-メチルチオ-1-ペンテン-3-オンの生成を確認しながら、二酸化マンガンを随時添加し、24時間かけて合計102 gを添加した。反応液をろ過、濃縮し、赤色液体の5-メチルチオ-1-ペンテン-3-オン[4](収率75%)を得た。
【0035】
上記により得られた5-メチルチオ-1-ペンテン-3-オン429 mg、N-メチルモルフォリン672 mg、固定化オスミウム触媒444 mgをアセトン−水−アセトニトリル(1/1/1)溶液40 mLに添加し、室温で24時間攪拌した。反応液をろ過し、陽イオン交換樹脂に通し、通過画分中の有機溶媒を除き、減圧濃縮した。濃縮液を、HPLCを用いて逆相カラム、イオン排除カラムにより精製し、無色固体の1,2-ジヒドロキシ-5-メチルスルフィニルペンタン-3-オン[1](収率1%)を得た。
【0036】
実施例4 [天然物と合成物との比較]
上記合成した1,2-ジヒドロキシ-5-メチルスルフィニルペンタン-3-オン(合成物)と、実施例1で清酒より精製したDMTS前駆物質(天然物)とを以下の各種分析手法により比較した。その結果、以下に示される如く、両者は完全に一致した。
【0037】
(核磁気共鳴装置による比較)
合成物を核磁気共鳴装置を用いて測定した結果を表2に示す。得られたスペクトルは天然物(上記表1)とほぼ一致した。
【0038】
【表2】

【0039】
(高速液体クロマトグラフィーエレクトロスプレーイオン化質量分析装置による比較)
天然物と合成物を、それぞれ高速液体クロマトグラフィーカラムBDS Hypersil C18に注入し、超純水を溶出バッファーとして用いて流速0.3 mL/分の条件で溶出した。溶出液をエレクトロスプレーイオン化質量分析装置に導入し、m/z 50から500のイオンをモニターした。その結果、両者の保持時間およびマススペクトルは一致した(表3)。
【0040】
【表3】

【0041】
実施例5 [清酒中の1,2-ジヒドロキシ-5-メチルスルフィニルペンタン-3-オン含有量と貯蔵により生じるDMTSの関係]
超純水で2倍希釈した市販清酒1mLに、内部標準として1,5-ペンタンジオール50 mg/Lを添加し、陽イオン交換樹脂(ムロマチテクノス社製、Dowex 50WX4, 200〜400メッシュ)1 mLを充填したカラムに流した。6 mLの超純水で洗浄した後、通過画分を凍結乾燥した。超純水1 mLに溶解し、試料溶液とした。
【0042】
上記試料溶液10μlを逆相カラム(ThemoFisher Scientific社製、BDS Hypersil C18)に注入し、超純水を溶媒として流速0.3 mL/分で溶出した。溶出液をエレクトロスプレーイオン化質量分析装置に導入した。1,2-ジヒドロキシ-5-メチルスルフィニルペンタン-3-オン(化合物[1])については、m/z 181±1.5のプレカーサーイオンの分解によって生じるm/z 117±0.5のプロダクトイオンをモニターし、1,5-ペンタンジオールについては、m/z 115±1.5のプレカーサーイオンの分解によって生じるm/z 87±0.5のプロダクトイオンをモニターし、両者の強度比を計算した。実施例1により清酒から精製した化合物[1]を用いて標準曲線を作成し、市販清酒A〜Cの濃度を測定したところ、0.2〜1.0 mg/Lであった。
【0043】
また、市販清酒A〜Cを70℃で1週間貯蔵し、DMTS生成量を測定したところ、化合物[1]の量が多い清酒は貯蔵により生じるDMTS量も多く、化合物[1]が老香の生じやすさの指標となることが示された(表4)。
【0044】
【表4】

【0045】
実施例6 [1,2-ジヒドロキシ-5-メチルスルフィニルペンタン-3-オンのDMTS生成への寄与]
市販清酒Bの含有量と同量(0.7 mg/L)の化合物[1]を市販清酒Bに添加し、70℃で1週間貯蔵を行った。その結果、図2に示すとおり、DMTS生成量は無添加の場合の約2倍となった。
【0046】
以上の結果から1,2-ジヒドロキシ-5-メチルスルフィニルペンタン-3-オンは清酒の老香成分であるDMTSの生成に大きく関与することが明らかとなった。本化合物を指標として製造工程管理や貯蔵管理を行うことで、清酒の品質保持に役立てることが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
清酒中の下記化合物[1]の含量を指標とする、清酒の老香発生の程度を予測する方法。
【化1】

【請求項2】
清酒試料のLC/MS/MS分析により前記化合物[1]の含量を測定する請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記LC分析は逆相クロマトグラフィーにより行なう請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記MS/MS分析は、m/z 181±1.5のプリカーサーイオンの分解によって生じるm/z 117±0.5のプロダクトイオンをモニターする請求項2又は3記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−203780(P2010−203780A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−46412(P2009−46412)
【出願日】平成21年2月27日(2009.2.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年度日本醸造学会大会講演要旨集、第11頁、平成20年9月1日発行 J.Agric.Food Chem.,2009,57(1),189−195(http://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/jf802582p、掲載日2008年12月17日)
【出願人】(301025634)独立行政法人酒類総合研究所 (55)
【Fターム(参考)】