説明

温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプおよび液流生成方法

【課題】温度差マランゴニ効果を利用し、流れに対する抵抗が少なく、可動部を必要とせず、構造が簡素なマイクロポンプを実現する。
【解決手段】温度差マランゴニ効果を利用して液流を生成するマイクロポンプであって、液40を供給される液入口11と液40を送出する液出口12とを有し、液入口から供給される液が液出口に向かって流れる1以上の流路を有する流路部材10と、この流路部材10に、流路に沿って、液入口側から液出口側へ向かって単調に減少する温度勾配を形成する温度勾配形成手段20、30とを有し、流路部材10は、この流路部材に流通される液40に対して、液入口から液出口に至る流路に沿って連続した、流路方向に単一の自由表面40Aが形成されるように構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプおよび液流生成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マイクロポンプは、微量の流体を一方向に向けて駆動して液流を生成するポンプとして知られ、医療や化学分析等の分野での使用が意図され、液流生成のために液を駆動する方式にも、超音波型、回転型、磁性流体型等種々の方式が知られているが、中でも実用に適したものとしてダイヤフラム型のマイクロポンプが知られている。
【0003】
ダイヤフラム型マイクロポンプを初めとする従来知られたマイクロポンプは、液を駆動するのに「体積力」を用いている。体積力は「駆動部における被駆動流体の体積に比例」するので、駆動部の寸法:Lの3乗に比例する。このため、駆動部の寸法がある程度大きい場合には液を有効に駆動することができるが、駆動部の寸法:Lが小さくなると、駆動力としての体積力は急速に減少してしまう。また、ダイヤフラムを変形させる必要があるが、駆動部のサイズが非常に小さくなると変形駆動可能なダイヤフラムを実現することも難しくなる。
【0004】
このような事情に鑑み、駆動部の寸法が小さくなったときに支配的となる「面積力」を駆動力として利用することが考えられ、表面力として温度差マランゴニ効果を利用するマイクロポンプが提案されている(非特許文献1、2)。
発明者らは、先に、温度差マランゴニ効果を利用する新規なマイクロポンプの研究を、学術団体「社団法人日本機械学会」が開催する研究集会「熱工学コンファレンス」において「文書(非特許文献3)」をもって発表した。
【0005】
非特許文献1記載のものは、液の流路の上方から「熱電素子によるリブ」を複数個、流路に直交するようにして液中に浸漬し、リブ間に液の自由表面を露呈させ、リブ間において液表面に温度勾配を形成し、温度差マランゴニ効果により流路内に液流を生成するものであるが、リブが液流に直交するように配置されて液中に浸漬されているので、生成される液流に対してリブの部分で粘性摩擦抵抗を生じ、液流が抑制されるという問題を有すると考えられる。
【0006】
非特許文献2に記載のものは、流路内一杯に液を通じるとともに、流路に沿って2つの熱源を設け、一方の熱源による流路内に加熱による沸騰で液の自由表面(気液境界面)を形成するとともに、他方の熱源により流路に沿う温度勾配を制御し、上記自由表面に生じる温度差マランゴニ効果を利用して液流を生成するものであり、2つの独立した熱源を必要とする。
【0007】
【非特許文献1】日本機械学会熱工学コンファレンス論文集(2003 439〜440頁)熱電素子によるマランゴニ効果を用いたマイクロアクチュエータ
【非特許文献2】Tech Dig IEEE Micro Electro Mech Syst Vol.15 PP109〜112 2002(FABRICATION AND PERFORMANCE TESTINNG OF A STEADY THERMOCAPILLARY PUMP WITH NO MOVING PARTS)
【非特許文献3】熱工学コンファレンス講演論文集(No.06−2 2006 PP167〜168)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
この発明は上述した事情に鑑みてなされたものであって、温度差マランゴニ効果を利用し、流れに対する抵抗が少なく、可動部を必要とせず、構造が簡素なマイクロポンプの実現、かかるマイクロポンプを用いて液流を生成する方法の実現を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明のマイクロポンプは以下の如きものである。
1−1.「温度差マランゴニ効果を利用して液流を生成するマイクロポンプ」であって、流路部材と、温度勾配形成手段とを有する。
「流路部材」は、液を供給される液入口と供給された液を送出する液出口とを有し、液入口から供給される液が液出口に向かって流れる流路を有する。付言すると、流路部材は、液の流れる液流路中に「液流路の一部」として配置される。液は液流路全体を満たしており、流路部材の部分での「温度差マランゴニ効果」により駆動されて、液流路全体に液流が生じる。
【0010】
「温度勾配形成手段」は、流路部材に、流路に沿って「液入口側から液出口側へ向かって、温度が単調に減少する温度勾配」を形成する手段である。
流路部材は、この流路部材に流通される液に対して「液入口から液出口に至る流路に沿って連続した、流路方向に単一の自由表面が形成される」ように構成されている。
即ち、自由表面は流路に沿って連続しており断続していない。また、流路方向に単一である。「自由表面が流路方向に単一である」とは、流路部材における流路が1つである場合には、この流路に沿って単一の自由表面が連続して形成されるが、流路部材に2以上の流路がある場合には、各流路に「単一で連続した自由表面」が流路に沿って形成される。
【0011】
「流路に沿って形成され、流路に沿って連続し、流路方向に単一の自由表面」は、液入口から液出口に至る流路全長に亘ることが好ましいが、現実には、液入口から液出口に至る流路の大部分(例えば、流路長の80%以上の領域)において形成されればよい。
【0012】
このように、この発明のマイクロポンプは、温度勾配形成手段により「液入口側から液出口側へ向かって、温度が単調に減少する温度勾配」が形成され、流路部材の内部において液の単一の自由表面が流路に沿って連続して形成されるので、この自由表面に連続した温度勾配を形成でき、従って、温度差マランゴニ効果を上記自由表面に有効に発生させることにより、良好な液流を生成できる。また「温度差マランゴニ効果による液流を妨げる構造」が流路部材内に無いので、液流抑制の問題が無い。さらに、液の駆動が温度差マランゴニ効果によって行われるため、液の駆動に可動部を必要としない。
【0013】
温度勾配形成手段は、流路に沿って「液入口側から液出口側へ向かって、温度が単調に減少する温度勾配」を流路手段に形成すればよく、加熱のための熱源は1つでもよい。また、非特許文献2の場合のように、加熱により自由表面(気液境界面)を強制的に形成する必要がないから大きな加熱エネルギを必要としない。
【0014】
上記1−1のマイクロポンプにおける流路部材は「液入口側から液出口側へ1以上の流路を貫通された構造のもの」であることができる(1−2)。
1−2のマイクロポンプにおいて、流路部材は「液入口側から液出口側へ向かって2以上の流路が隔設されているものである」こともできる(1−3)。
【0015】
1−2のマイクロポンプにおける流路部材はまた「流路上方側から流路底部に向かって突出する1以上のリブが、流路方向と並行に形成されているものである」ことができ(1−4)、この場合「流路部材の流路上方側から流路底部に向かって突出する1以上のリブが、流路底部に当接する」こともできるし(1−5)、「流路部材の流路上方側から流路底部に向かって突出する1以上のリブの先端部が、流路内を流れる液中に浸漬される」こともでき(1−6)、さらには「流路部材の流路上方側から流路底部に向かって突出する1以上のリブの先端部が、流路内を流れる液の液面に当接する」構成とすることもできる(1−7)。
【0016】
上記1−6、1−7の場合、流路部材に形成される流路の底部は通底しているので、流路としては単一であるが、1以上のリブが自由表面に当接もしくは液中に浸漬されることにより、自由表面はリブにより分離されて2以上の自由表面となるが、この場合においても、分離された各自由表面は「流路に沿って連続し、流路方向に単一」である。
【0017】
上記1−2〜1−7のマイクロポンプは何れも「流路部材が単一材料による一体構造」であることができる(1−8)。
【0018】
また、上記1−2〜1−7のマイクロポンプは何れも「流路部材が、上流路部材と下流路部材とを上下に組合せて構成されている」ことができ(1−9)、この場合「上流路部材が、流路上方側から流路底部に向かって突出する1以上のリブを有する構成とすることができる(1−10)。
【0019】
上記1−9または1−10のマイクロポンプは「温度勾配形成手段が、上流路部材に対して加熱・冷却を行い、上流路部材が、流通すべき液よりも熱伝導性の高い材料で構成されている構成」とすることができる(1−11)。なお、下流路部材は、流通すべき液よりも熱伝導性の低い材料で構成されることが好ましい。
【0020】
上記1−1〜1−11のマイクロポンプは何れも「温度勾配形成手段が、液入口側を過熱するヒータ」を少なくとも有することができる(1−12)。
上記1−1〜1−12のマイクロポンプは何れも「温度勾配形成手段が、流出口側を冷却する冷却手段を有する」ことができる(1−13)。この場合において、冷却手段として「ペルチエ素子」を好適に用いることができる(1−14)。このようにペルチエ素子を冷却手段として用いる場合、ペルチエ素子の放熱側に発生する熱を液入口側に導熱する導熱部材を有し、ペルチエ素子と導熱部材を「ヒータの少なくとも一部」として用いることができる(1−15)。
【0021】
温度勾配形成手段は「流路部材の流路に沿って液入口側から液出口側へ向かって、温度が単調に低下する温度勾配を形成できるもの」であれば、特に制限無く用いることができる。上記1−12のように、液入口側を過熱するヒータが用いられる場合、液出口側では「液入口側で加熱されて流れる液流が輸送する熱」を効率的に液から取り去る必要がある。「どの程度の熱を取り去るべきか」は、マイクロポンプの大きさや流通する液量にも依存する。
【0022】
流通する液量が少ない場合であれば、流路の液出口側は「自然放熱や放熱フィンによる放熱」で十分である場合もある。しかし一般には、液入口側を加熱するとともに、液出口側をペルチエ素子のような冷却手段で積極的に冷却するのがよい。
【0023】
冷却手段としてはペルチエ素子のほかに「冷却液や冷却風による冷却を行うもの」でもよい。ペルチエ素子は一方の側が冷却部、他方の側が放熱部となり、1つの素子に冷・熱2部分が生じるので、ペルチエ素子を用いる場合には、上記1−15のように、ペルチエ素子の放熱する側に発生する熱を導熱部材により液入口側へ導熱し、この導熱部材とペルチエ素子とでヒータを構成するか、あるいは他のヒータと組合せて液入口側の加熱に供することができる。
【0024】
また、流路部材における流路の断面形状は、矩形形状を初めとして種々の形状が可能である。流通される液も「駆動に必要な温度差マランゴニ効果」を発生できるものであれば特に制限はなく、シリコーンオイルや清浄水、アルコール系液体、油、薬液等、広範な種類の液を流通させることができる。
【0025】
流路部材に形成される温度勾配を制御することにより、流量を制御できるので、この発明のマイクロポンプを「化学反応液やDNA鑑定液、薬液等の分流や合流」に好適に使用することができる。また、上記1−1〜1−15のマイクロポンプは、これを並列的に用いて、流量が同一あるいは異なる複数の液流を生成することもできるし、複数のマイクロポンプを流れの方向に直列に配列して駆動力を増大させることもできる。
1−16の液流生成方法は、1−1〜1−15の何れかのマイクロポンプを用いて液流を生成する方法である。
【発明の効果】
【0026】
以上に説明したように、この発明によれば、温度差マランゴニ効果を有効に利用して、流れに対する抵抗が少なく、機械的な駆動力を作用させる可動部を必要とせず、構造が簡素なマイクロポンプを実現でき、かかるマイクロポンプを用いて液流を生成する方法を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、実施の形態を説明する。
図1は、マイクロポンプの実施の形態を説明するための図である。
図1(a)において、符号10は流路部材、符号20はヒータ、符号30は冷却手段、符号40は「流通させるべき液」を示している。流路部材10は液40を供給される液入口11と液40を送出する液出口12とを有し、これら液入口11、液出口12は液流通路50に連結されている。
【0028】
液40は、液流通路50から液入口11に供給されて流路部材10の流路10Aを介して液出口12へ通じ、さらに液流通路50に通じる。流路10A内においては、液40に自由表面40Aが形成される。形成される自由表面40Aは図示の如く「液入口11から液出口12に至る流路10Aに沿って連続し、流路方向に単一」である。
【0029】
図1(a)の状態で、ヒータ20を発熱させて流路部材20の液入口11側を過熱し、冷却手段30(この実施の形態では「ペルチエ素子」が用いられている。)により液出口側の冷却を行うと「液入口側から液出口側へ向かって単調に温度が減少する温度勾配」が強制的に形成される。即ち、図1(a)の実施の形態において、ヒータ20と冷却手段30とは「温度勾配形成手段」を構成する。
【0030】
説明を先に進める前に、流路部材10における流路の状態を説明する。
前述の如く、流路は、液入口側から液出口側へ「1以上の流路が貫通する」ように形成されることができる。そして、これら1以上の各流路の断面形状は、矩形形状や円形状、楕円形状、多角形形状等の種々の形状が許容される。
【0031】
これらのもののうち代表的な2例を図1(b)と(c)に示す。
図1(b)に示す流路部材100は、下流路部材として「ガラスや樹脂等の熱伝導性の低い材料」による平板状の底板101が用いられ、底板101の上方から上流路部材102が被せられている。上流路部材102は金属や合金等の熱伝導性の高い材料により形成され、図1(b)で下方の面には、複数のリブLb1、LB2・・が図面に直交する方向に一様の断面形状で凸設され、隣接するリブ間は「断面矩形状の溝」となっている。
【0032】
リブLB1等の自由端部は底板101の表面に当接し、この状態で底板(下流路部材)101と上流路部材102とは接着等の手段により互いに一体化され、図の如く、断面矩形形状の複数流路(図の例では4個)が図面に直交する方向へ貫通している。各流路は互いに隔設され、液40は、各流路内で流路に沿って連続して単一な自由表面40Aを形成する。
【0033】
図1(c)に示す流路部材110は、下流路部材として、ガラスや樹脂等の熱伝導性の低い材料による平板状の底板111が用いられ、底板111の上方から上流路部材112が被せられている。上流路部材112は金属や合金等の熱伝導性の高い材料により形成され、図1(c)で下方の面には、複数のリブLb11、LB12・・が図面に直交する方向に一様に凸設され、隣接するリブ間は「断面矩形状の溝」となっている。
【0034】
これら複数のリブのうちで、図1(c)の左右両端のリブLb10、Lb20は他のリブよりも高さが高く。従って、被せられた上流路部材112は、リブLb10、Lb20の先端部が底板111に当接し、この当接部において、接着等の手段により互いに一体化されている。従って、流路部材110内部には「下面(底板111の上面)が共通して通底し、上部がリブLb11、Lb12・・により分離された単一の流路」が、図面に直交する方向へ一様な断面形状で貫通している。
【0035】
この流路内において、液40の上面は、リブLb11、Lb12・・の先端部に接している。このため、液40には、リブLb11、Lb12・・で分離された自由表面40Aが形成されている。
【0036】
図1(c)の流路部材の変形例として、リブLb11、lb12・・の高さを若干高くして、これらのリブLb11、Lb12・・の先端部が、液40の中へ若干浸漬するようにしてもよい。あるいは、これとは反対に、リブLB11、Lb12・・の高さを小さくして、リブLb11等の先端が液40の自由表面に近接して臨むようにしてもよい。この場合の極限として、リブLb11等の高さを0とすれば、流路の断面形状は単一の横長長方形形状になる。
【0037】
また、図1(b)、(c)には、下流路部材と上流路部材とを別材料として、これらを組合せ一体として流路部材としたが、図1(b)、(c)や上に説明した各種の断面形状の流路を、単一材料に穿設した構成とすることもできる。
【0038】
図1(a)における流路部材10として、同図(b)の流路部材100や同図(c)の流路部材110を用いることができることは言うまでも無い。
流路部材における流路断面の大きさや、流路数について付言すると、図1(b)(c)に示された例では流路数を4として描いてあるが、これは説明上の例であり、流路数には特に制限は無く、具体的なマイクロポンプの仕様に従って、流路数は1から数百、あるいは数千あるいはそれ以上に設定できる。流路断面の大きさも「形成される液自由表面に有効に液を駆動できる温度差マランゴニ効果を発生できる」という条件を満足する限りにおいて任意である。前述の非特許文献2は「幅:100μmの流路」を開示している。
【0039】
先にのべたように、面積力としての「温度差マランゴニ効果」は、作用領域が小さくなるほど支配的となり有効に作用するので、この点を考えると、流路幅としては数μm〜数mm程度の広い領域で適宜に設定可能である。
【0040】
図1(a)に戻って、流路部材10に対してヒータ20による加熱と冷却手段30による冷却とを行って、流路部材10に液入口側から液出口側ヘ向かって温度が単調に減少する温度勾配を形成すると、加熱により高温となった部分からは熱がリブや流路側壁を介して液40に伝達され、液40にも流路の液入口11側から液出口12側へ向かって減少する温度勾配が生じ、自由表面40Aにも「流路に沿った表面温度の勾配」が生じる。
良く知られたように、液体表面の表面張力は液表面温度により変化し、表面温度が高いほど表面張力は小さくなる。
流路部材10の流路10A内において、液40の自由表面40Aの温度が上記の如く液入口側から液出口側へ向かって低くなると、自由表面40Aにおける表面張力は、液出口側において大きく、液入口側において小さくなる。このため、自由表面40Aは「より表面張力の大きい液出口側」に向かって引っ張られ、この引張り力により表面流れが発生する。このように発生した表面流れは、液40の粘性により表面下側の液部分を引っ張り、やがて「液40の深さ方向に速度勾配を持つ定常な流れ」が発生する。
【0041】
以上が「温度差マランゴニ効果による液流」の定性的な説明である。なお、図1(a)において、流路10A内に流入する液40は、流通通路50内でヒータ20により予熱されているので、入口部での局所的な逆流が防止される。
【0042】
発明者らは、図1(a)に示す如きマイクロポンプの流路部材10として、図1(b)に示す流路部材100と、同図(c)に示す流路部材110とを用いる場合とをモデル化し、シミュレーションにより液流の性質を調べた。以下、これを説明する。なお、以下において、流路部材として図1(b)の流路部材100を用いる場合を「システム1」、図1(c)の流路部材110を用いる場合を「システム2」と言う。
【0043】
図2(a)は、上記システム1における流路部材100のシミュレーションモデルであり、符号LBは、図1(b)における隣接する2つのリブLb1、Lb2等をモデル化したものであり、間隔:1mmで配置され、図に示す下端部は底板の表面に当接している。底板表面は断熱面とした。また、流路内における底板表面と液40の自由表面との間隔:hを1mmとした。
【0044】
図2(b)は、上記システム2における流路部材110のシミュレーションモデルであり、符号LB1は、図1(c)における隣接する2つのリブLb1、Lb2等をモデル化したものであり、間隔:1mmで配置され、下端部は液表面に当接している。底板表面は断熱面とした。また、流路内における底板表面と液40の自由表面との間隔:hを1mmとした。
シミュレーションに当たって「液はリブ表面・流路底面に対しては滑らない」ものとした。
【0045】
液に対する「支配方程式」としては「連続の式、ナビエ・ストークスの方程式、エネルギ方程式」を用いた。「液」としては「2cStシリコーンオイル」を想定し、リブLB、LB1としては「黄銅」を想定し、これらの物性値を用いた。また、流路内の液の自由表面は空気に接しているものとした。
【0046】
温度差マランゴニ効果を特徴づける「マランゴニ数:Ma」は、液(説明中の例で2cStシリコーンオイルである。)の表面張力温度係数:γ、温度伝導率:k、粘性係数:μ、温度勾配:dT/dx(xは流路に沿う方向で流れの向きを正とする。)、駆動される液の代表長さ:h(流路の底面と自由表面との距離とした。)により、
Ma={γ/(μk)}|dT/dx|h
で定義される。
【0047】
即ち、マランゴニ数:Maは、温度勾配、表面張力温度係数が大きいほど大きく、粘性係数、温度伝導率が大きいほど小さくなる。
シミュレーションモデルの流路を流れる液流の代表流量:Qを、
={γ/μ}|dT/dx|h
で定義する。即ち、代表流量は、マランゴニ数:Maと
=Ma・kh
の関係にある。
【0048】
また、実際の流量をQとし、この流量:Qと代表流量:Qとの比を比流量:Q’(=Q/Q)と呼ぶ。
図2(c)に、比流量(縦軸)とマランゴニ数(横軸)の関係を示す。
符号S1で示すのがシステム1に関するものであり、符号S2で示すのがシステム2に関するものである。
【0049】
システム1では比流量は、マランゴニ数の広い変化領域において安定しているが、実際の流量は代表流量の40%弱である。これに対し、システム2では実際の流量は、代表流量の80%以上である。
【0050】
図2(c)において、同じマランゴニ数に対する非流量を対比すると、システム2は、システム1に対して略2倍近い大きさを有している。代表流量:Qは、上記の如く、マランゴニ数:Maと代表長さ:hと温度伝導率:kの積であり、システム1とシステム2においてkとhとは互いに等しい。従って、システム1、2においてマランゴニ数を同一とした場合には、代表流量はシステム1とシステム2とで同一である。
【0051】
このことから、図2(c)では、同じマランゴニ数に対しての実際の流量が、システム2においてシステム1の2倍程度大きいことを意味している。
システム1とシステム2とを比較すると、システム1ではシステム2に比して、液40とリブとの接触面積が大きい、このため、リブと液40との接触面における粘性抵抗がシステム2ではシステム1に比して小さいと考えられ、これが一因となって、システム1とシステム2とに、実際の流量:Qの大小が生じるものと発明者らは考えている。
【0052】
図2(d)は、実際の流量(縦軸)と温度勾配(K/m)の関係を示す。
符号S1で示すのがシステム1に関するものであり、符号S2で示すのがシステム2に関するものである。
【0053】
この図から、システム1、2とも、温度勾配の増加とともに、実際の流量:Qが殆ど直線的に増加することが分る。
即ち、流路部材に形成する温度勾配を制御することにより、流路を流れる流量を制御できる。これは主として、マランゴニ数が温度勾配に比例して大きくなることによる。図2(d)において、システム1の関係の傾きに対してシステム2における傾きが大きいのは、システム2のほうがシステム1よりも比流量が大きいことに対応している。
【0054】
また、システム1において、定常状態における液表面温度分布と、自由表面における流線の様子を調べた。図3(a)に、3個の等温線と8個の流線を示す。図3(a)において、x方向は流路方向、Z方向は自由表面に平行でx方向に直交する方向である。
【0055】
符号T1、T2、T3で示す曲線は等温線であり、T1、T2、T3の順に温度が低くなっている。図に示されているのは流路の略中央部の領域であり、図の如く、Z方向の中央部で温度が高く、Z方向の両端部で温度が低下している。液は流路の液入口側で流路部材(リブ)により加熱されるので、液入口側ではリブの部分(Z方向の両端部)で高温になるが、液流が生じて流路方向に流れるに従い、次第にリブの「温度の低い部分」に接触して温度が下がるので、流路中央領域では図3(a)のような、Z方向の中央部の温度がZ方向の両端部に比して高温となる「表面温度分布」を生成するのである。
図3(a)において、符号SL11〜SL14、SL21〜SL24で示す曲線は、流線であり、これら流線は等温線に対して直交する。
図3(a)の等温線の様子からも分るように、温度勾配はx方向とともにz方向にも生じているため、流線SL11、SL12、SL13、SL21、SL22、SL23のように、Z方向の両端部(リブの位置)へ向かう表面流れが生じるが、同時に、流線SL14、SL24のようにx方向(流路方向)に向かう表面流れも生じる。また、各流線ともx方向の成分があり、従って、液自由表面では「全体としてx方向への表面流れ」が生じることになる。
【0056】
また、流れが安定している状態において「流路方向に直交する断面内における流線の状態」を調べたところ図3(b)の如くになった。即ち、液は、Z方向における中央部(Z=0.5)の位置を対称面として、回転するように流れている。これは、図3(a)における流線SL11、SL12やSL21、SL22のような、Z方向の中央部からZ方向の両端部へ向かう表面流れに起因する対流である。
【0057】
従って、流路内における液の全体としての流れは、図3(c)に示すように「互いに鏡面対称な螺旋状の流れを生じ、全体として流路方向へ流れている」ことがわかる。
【0058】
なお、シミュレーションの結果、マランゴニ数が大きくなりすぎると流れの定常性が失われ、振動流が発生することが認められた。即ち、流れに直交する任意の断面において、流速が時間的に規則正しい周期・振幅で振動するのである。マイクロポンプにおける液流は定常であることが望ましく、この観点からすると、振動流はマイクロポンプの安定性を損なうものである。
【0059】
定常な流れから振動流への変化にはマランゴニ数が関係しており、この関係は「層流から乱流への変化にレイノルズ数が関係する」のに類似している。因みに、定常な流れ(前述の螺旋状の流れ)から振動流に変化するときの臨界マランゴニ数は、システム1においてMa=2000〜2500の間にあり、システム2の場合ではMa=800〜1000の間にあることが確認された。従って、このような臨界マランゴニ数は「流通させる液種により、安定に動作させ得る温度勾配の上限」を与えるものと考えられる。
【0060】
次に、システム2のモデルを「シミュレーションと同じ条件」で実際に装置として作製し、液40として2cSTシリコーンオイルを用い、以下の条件で、流路におけるy方向(液の深さ方向)における速度の変化を測定した。なお、底板の部分は断熱材であるベークライトにより構成した。
【0061】
流路部材であるリブのx方向の温度勾配:−258.7K/m、マランゴニ数:Ma=149.3であり、流速を測定するための追跡粒子としては:SBX−17を用いた。
【0062】
液流の安定している部分において、xy断面をz=0.5mm(流路の幅方向中央)に設定し、x方向の流速をyに対して求めた。
【0063】
結果を図4に示す。縦軸はy、横軸はx方向の流速である。シミュレーションと同様、y=0の底板表面では流速:0であり、yの増加とともに流速が増大して自由表面位置で0.0025m/Sec(2.5mm/Sec)となった。曲線はシミュレーションによる計算値、黒丸は測定値である。測定結果が、計算値と良く一致していることが分る。この図から、流速の変化は、yとともに略直線的に増加すると考えても大きな誤差は生じない。このような近似で計算すると、液流の断面は幅:1mm、深さ=1mmであり、流速はy方向に0から最大2.5mm/Secであるから、流路あたり毎秒略1.25mmの流量が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】マイクロポンプの実施の1形態を説明するための図である。
【図2】図1のマイクロポンプのシミュレーションモデルとシミュレーション結果を示す図である。
【図3】シミュレーションにより得られた流れを説明するための図である。
【図4】実際に計測された流路内の液流の速度分布を示す図である。
【符号の説明】
【0065】
10 流路部材
10A 流路
11 液入口
12 液出口
20 ヒータ
30 冷却手段
40 液
40A 液40の自由表面
100 流路部材
110 流路部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
温度差マランゴニ効果を利用して液流を生成するマイクロポンプであって、
液を供給される液入口と上記液を送出する液出口とを有し、上記液入口から供給される液が上記液出口に向かって流れる1以上の流路を有する流路部材と、
この流路部材に、上記流路に沿って、上記液入口側から液出口側へ向かって、温度が単調に減少する温度勾配を形成する温度勾配形成手段とを有し、
上記流路部材は、この流路部材に流通される液に対して、上記液入口から液出口に至る流路に沿って連続した、流路方向に単一の自由表面が形成されるように構成されていることを特徴とする温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプ。
【請求項2】
請求項1記載のマイクロポンプにおいて、
流路部材が、液入口側から液出口側へ1以上の流路を貫通された構造のものであることを特徴とする温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプ。
【請求項3】
請求項2記載のマイクロポンプにおいて、
流路部材は、液入口側から液出口側へ向かって2以上の流路が隔設されているものであることことを特徴とする温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプ。
【請求項4】
請求項2記載のマイクロポンプにおいて、
流路部材は、流路上方側から流路底部に向かって突出する1以上のリブが、流路方向と並行に形成されているものであることを特徴とする温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプ。
【請求項5】
請求項4記載のマイクロポンプにおいて、
流路部材の流路上方側から流路底部に向かって突出する1以上のリブが流路底部に当接することを特徴とする温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプ。
【請求項6】
請求項4記載のマイクロポンプにおいて、
流路部材の流路上方側から流路底部に向かって突出する1以上のリブの先端部が、流路内を流れる液中に浸漬されることを特徴とする温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプ。
【請求項7】
請求項4記載のマイクロポンプにおいて、
流路部材の流路上方側から流路底部に向かって突出する1以上のリブの先端部が、流路内を流れる液の液面に当接することを特徴とする温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプ。
【請求項8】
請求項2〜7の任意の1に記載のマイクロポンプにおいて、
流路部材が単一材料による一体構造であることを特徴とする温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプ。
【請求項9】
請求項2〜7の任意の1に記載のマイクロポンプにおいて、
流路部材が、上流路部材と下流路部材とを上下に組合せて構成されていることを特徴とする温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプ。
【請求項10】
請求項9記載のマイクロポンプにおいて、
上流路部材が、流路上方側から流路底部に向かって突出する1以上のリブを有することを特徴とする温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプ。
【請求項11】
請求項9または10記載のマイクロポンプにおいて、
温度勾配形成手段は、上流路部材に対して加熱・冷却を行い、上記上流路部材が熱伝導性の高い材料で構成されていることを特徴とする温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプ。
【請求項12】
請求項1〜11の任意の1に記載のマイクロポンプにおいて、
温度勾配形成手段が、流入口側を過熱するヒータを少なくとも有することを特徴とする温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプ。
【請求項13】
請求項1〜12の任意の1に記載のマイクロポンプにおいて、
温度勾配形成手段が、流出口側を冷却する冷却手段を有することを特徴とする温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプ。
【請求項14】
請求項13記載のマイクロポンプにおいて、
冷却手段としてペルチエ素子を用いることを特徴とする温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプ。
【請求項15】
請求項14記載のマイクロポンプにおいて、
ペルチエ素子の放熱側に発生する熱を液入口側に導熱する導熱部材を有し、上記ペルチエ素子と導熱部材をヒータの少なくとも一部として用いることを特徴とする温度差マランゴニ効果を利用したマイクロポンプ。
【請求項16】
請求項1〜15の任意の1に記載のマイクロポンプを用いて、液流を生成する液流生成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−223684(P2008−223684A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−65447(P2007−65447)
【出願日】平成19年3月14日(2007.3.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年11月23日 社団法人 日本機械学会発行の「通計番号:No.06−2 熱工学コンファレンス講演論文集」に発表
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】