説明

温度応答性細胞培養用ビーズ及びその製造方法

【課題】細胞培養時に培養用ビーズの凝集がなく、細胞を効率良く大量に培養させられ、しかも基材面の温度を変えるだけで効率良く剥離させられる温度応答性細胞培養用ビーズを簡便に作製すること。
【解決手段】比重が1以下の材質からなる粒体表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーを固定化し、培養細胞が複数の培養用ビーズにまたがって付着させないようにした温度応答性細胞培養用ビーズを得ること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学、医学等の分野において有用な細胞培養基材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
今日、動物細胞培養技術が著しく進歩し、動物細胞を対象とした研究開発もさまざまな分野に広がって実施されるようになってきた。対象となる動物細胞の使われ方も、開発当初の細胞そのものを製品化したり、その産生物を製品化するだけでなく、今や細胞やその表層蛋白質を分析することで有用な医薬品を設計したり、患者本人の細胞を生体外で増殖させたり、或いはその細胞の機能を高めて生体内へ戻し治療することも実施されつつある。現在、動物細胞を培養する技術は、多くの研究者が注目している一分野である。
【0003】
ところで、ヒト細胞を含め動物細胞の多くは付着依存性のものである。すなわち、動物細胞を生体外で培養しようとするときは、それらを一度、どこかに付着させる必要性がある。そのような背景のもと、以前より多くの研究者らによって細胞にとってより好ましい器材表面の設計、考案がなされてきたが、これらの技術は何れも細胞培養時に関係するものばかりであった。付着依存性の培養細胞は何かに付着する際、自ら接着性蛋白質を産生する。従ってその細胞を剥離させるときには、従来技術ではその接着性蛋白質を破壊しなければならず、通常酵素処理が行われる。その際、細胞が培養中に産生した各種細胞固有の細胞表層蛋白も同時に破壊されてしまうという重大な課題であったにもかかわらず、現実には解決する手段が全くなく、特に検討されていなかった。この細胞回収時の課題の解決こそが、今後動物細胞を対象とした研究開発を飛躍的に発展させる上で強く求められるものと考えられる。
【0004】
このような背景のもと、特許文献1には、水に対する上限若しくは下限臨界溶解温度が0〜80℃であるポリマーで器材表面を被覆した細胞培養支持体上にて、細胞を上限臨界溶解温度以下または下限臨界溶解温度以上で培養し、その後上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下にすることにより酵素処理なくして培養細胞を剥離させる新規な細胞培養法が記載されている。また、特許文献2には、この温度応答性細胞培養器材を利用して皮膚細胞を上限臨界溶解温度以下或いは下限臨界溶解温度以上で培養し、その後上限臨界溶解温度以上或いは下限臨界溶解温度以下にすることにより培養皮膚細胞を低損傷で剥離させることが記載されている。さらに、特許文献3には、この温度応答性細胞培養器材を用いて培養細胞の表層蛋白質の修復方法が記載されている。温度応答性細胞培養器材を利用することにより、従来の培養技術に対しさまざまな新規な展開をはかれるようになってきた。
【0005】
温度応答性細胞培養器材を利用することにより、従来の培養技術に対しさまざまな新規な展開をはかれるようになった。しかしながら、ここでの技術は、主にシャーレ状の基材を対象にした技術であり、細胞を大量に培養できるビーズ状の基材表面を設計する上ではさらなる改良が求められていた。
【0006】
そのような中、特許文献4では、原子移動ラジカル重合法を用いることでシリカゲル表面に温度応答性ポリマーを高密度に固定化し、そして、実際にそのビーズを用いたときの分離例も例示されている。しかしながら、何れの実施例においても、生理活性物質の分離方法として利用するにとどまっており、細胞培養技術に関する知見は示されていなかった。
【0007】
非特許文献1には、N−イソプロピルアクリルアミドの原子移動ラジカル重合をイソプロピルアルコール(IPA)等の様々な溶媒下で行う技術が記載されており、反応溶媒の違いによる反応速度の比較も記載されている。しかしながら、ここでの技術は溶液中での重合反応に関するものであり、固体の細胞培養用ビーズに温度応答性ポリマーを固定化する記載はなく、また、そのことを示唆するような記載もなかった。また、温度応答性ポリマーの原料となるモノマーと電荷を呈する官能基を持つモノマーとの共重合における原子移動ラジカル重合反応に用いた記載もなく、また、そのことを示唆するような記載もなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平2−211865号公報
【特許文献2】特開平05−192138号公報
【特許文献3】特開2008−220354号公報
【特許文献4】特開2007−69183号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Macromolecules,38,5937−5943(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記のような細胞培養用ビーズに関する従来技術の問題点を解決することを意図してなされたものである。また、その過程で判明した細胞培養中に発生する細胞培養用ビーズ同士の凝集を解決することを意図してなされたものである。すなわち、本発明は、従来技術と全く異なった発想からの新規な温度応答性細胞培養用ビーズを提供することを目的とする。また、本発明は、その温度応答性細胞培養用ビーズの製造方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行った。その結果、驚くべくことに、比重が1.2以下の材質からなる粒体表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーが固定化されている温度応答性細胞培養用ビーズを利用すると効率良く細胞を培養させられ、しかも基材面の温度を変えるだけで効率良く剥離させられることを見出した。またその培養期間中、温度応答性細胞培養用ビーズ同士の凝集を抑えることができた。このものを細胞培養用基材とすれば、従来技術の細胞とは異なる低損傷な細胞を効率良く大量に培養できるものと大いに期待される。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
【0012】
すなわち、本発明は、比重が1.2以下の材質からなる粒体表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーが固定化され、当該粒体表面に付着した細胞が同時に他の粒体へ付着することを抑制することで、培養中に凝集しない温度応答性細胞培養用ビーズを提供するものである。
また、本発明はその温度応答性細胞培養用ビーズの製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明に記載される細胞培養用ビーズであれば、培養基材である培養用ビーズの凝集がなく、効率良く細胞を大量に培養させることができ、しかも基材面の温度を変えるだけで効率良く剥離させることができる。また、このような機能性表面を有した基材が本発明の製造方法によれば、簡便に作製できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】 実施例1で使用したクロロメチル化ポリスチレンビーズの物性値を示す図である。
【図2】 実施例1で得られた温度応答性細胞培養用ビーズの物性値を示す図である。
【図3】 実施例2で得られたカチオン性官能基を有する温度応答性細胞培養用ビーズの物性値を示す図である。
【図4】 実施例1、2で用いた未修飾ビーズ、実施例1で得られた温度応答性細胞培養用ビーズ、実施例2で得られたカチオン性官能基を有する温度応答性細胞培養用ビーズのX線光電子分光測定結果をまとめた図である。
【図5】 実施例1、2の未修飾ビーズ、温度応答性細胞培養用ビーズ、カチオン性官能基を有する温度応答性細胞培養用ビーズそれぞれの25℃と37℃における接触角結果をまとめた図である。
【図6】 実施例3において、CHO−K1細胞と24時間接触させた後の温度応答性細胞培養用ビーズへの細胞接着数(左図)と撹拌培養下での細胞増殖数(右図)を示す図である。
【図7】 実施例4において、未修飾ビーズ、温度応答性細胞培養用ビーズ、カチオン性官能基を有する温度応答性細胞培養用ビーズそれぞれのビーズへCHO−K1細胞を接触させたときのようすを位相差顕微鏡で観察した結果を示す図である(スケールバー 200μm)。
【図8】 実施例4において、カチオン性官能基を有する温度応答性細胞培養用ビーズへ24時間CHO−K1細胞と接触させた後の細胞接着数(左図)と細胞増殖数(右図)をまとめた図である。
【図9】 実施例4において、CHO−K1が接着した各ビーズを20℃で静置させたときの位相差顕微鏡による観察した結果を示す図である(スケールバー 100μm)。
【図10】 実施例4において、CHO−K1が接着した各ビーズを20℃で静置したときの細胞剥離効率の時間変化をまとめた図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく種々検討した結果、比重が1.2以下の材質からなるビーズ表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーが固定化された温度応答性細胞培養用ビーズにおいても、当該ビーズ表面に付着した細胞を同時に他のビーズへ付着させないようにすることでビーズ同士の凝集を避けられ、細胞を効率良く培養させられることを見出し本発明に至った。本発明は、培養基材である培養用ビーズを凝集させることなく、細胞を効率良く大量に培養でき、しかもその細胞を損傷なく剥がせる細胞培養用ビーズを提供するものであり、このような細胞培養用ビーズを特定の条件下でリビングラジカル重合により、0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーを成長反応させることで得る製造方法を提供するものである。
【0016】
本発明は、0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーを細胞培養用ビーズに固定化する方法を提供する。細胞培養用ビーズに温度応答性ポリマーを固定化する場合において、その固定化量を制御することは、そのビーズの細胞培養機能を左右することにつながるため、極めて重要な技術である。また、その固定化は、均一な分子量のポリマーが、ビーズ表面に均等に存在するように行われることが望ましい。本発明で使用するビーズの形状は特に限定されるものではなく、例えば、粒子状のもの(球状、楕円状、その他粒の形状であればどのような形状でも良い)、平板状のもの、平板状のものを細かく裁断したもの、管状のもの、管状のものを細かく裁断したもの等がある。なお、本明細書中において、粒子と粒子状のものは同じ意味を表し、平板状のものを細かく裁断したもの、管状のものを細かく裁断したもの並びにその他の形状のものを細かく裁断したものを総称して細片という。特に本発明のビーズを細胞培養用ビーズとして用いる場合、ビーズとしては比重が1.2以下の材質のものが良く、好ましくは1.05以下が良く、さらに好ましくは1.0以下が良い。比重が1,2より大きいと細胞培養中、細胞培養用ビーズが沈殿してしまい、それを培地中に分散させるには強い攪拌が必要となるので好ましくない。細胞培養用ビーズの材質としては、具体的にはプラスチックや多糖類製のものが良い。そのようなビーズとしては特に限定されるものではないが、例えば、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、セルロース、シクロデキストリン、或いはこれらの2種以上の混合物が挙げられる。その際、細胞培養用ビーズが多孔質のものであっても良く、多孔質のものでなくても良い。細胞培養用ビーズが多孔質の場合、その細孔径は特に制約されるものではない。
【0017】
本発明では、基材表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化する温度応答性ポリマーが固定化される。その固定化方法としては、基材表面に固定化された開始剤よりリビングラジカル重合法が挙げられるが、特に限定されるものでない。一例として、基材表面に重合開始剤を固定化し、その開始剤から触媒の存在下で原子移動ラジカル法(ATRP重合法)により温度応答性ポリマーを成長反応させる方法が挙げられる。その際に使用する開始剤は特に限定されるものではないが、本発明のように基材がシリカやガラスの場合、例えば、1−トリクロロシリル−2−(m,p−クロロメチルフェニル)エタン、2−(4−クロロスルホニルフェニル)エチルトリメトキシシラン、(3−(2−ブロモイソブチリル)プロピル)ジメチルエトキシシランなどがあげられる。本発明では、この開始剤よりポリマー鎖を成長させる。その際の触媒としては特に限定されるものでないが、水和力が変わるポリマーとしてN−アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体を選んだ場合、ハロゲン化銅(CuX)としてCuCl、CuBr等があげられる。また、そのハロゲン化銅に対するリガンド錯体も特に限定されるものではないが、トリス(2−(ジメチルアミノ)エチル)アミン(MeTREN)、N,N,N’’,N’’−ペンタメチルジエチレントリアミン(PMDETA)、1,1,4,7,10,10−ヘキサメチルトリエチレンテトラアミン(HMTETA)、1,4,8,11−テトラメチル 1,4,8,11−アザシクロテトラデカン(MeCyclam)、ビピリジン等があげられる。さらに、別の方法として、上述した基材表面に固定化された開始剤から、可逆的付加−開裂連鎖移動型ラジカル重合法(RAFT重合法)でRAFT剤共存下で表面開始型ラジカル重合法により温度応答性ポリマーを成長反応させる方法が挙げられる。その際に使用する開始剤は特に限定されるものではないが、本発明のように基材がシリカやガラスの場合、シランカップリング剤を介して、例えば、2,2’−アゾビス(イソブチロニトリル)、2,2’−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)(V−70)、2,2’−アゾビス[(2−カルボキシエチル)−2−(メチルプロピオンアミジン)(V−057)などがあげられる。本発明では、この開始剤よりポリマー鎖を成長させる。その際に使用されるRAFT剤としては特に限定されるものでないが、ベンジルジチオベンゾエート、ジチオ安息香酸クミル、2−シアノプロピルジチオベンゾエート、1−フェニルエチルフェニルジチオアセテート、クミルフェニルジチオアセテート、ベンジル1−ピロールカルボジチオエート、クミル1−ピロールカルボジチオエート等が挙げられる。
【0018】
本発明で重合時に使用する溶媒については特に限定されないが、ATRP重合法の場合、イソプロピルアルコール(IPA)が好適である。しかしながら、本発明のような固体の基材表面に対しN−イソプロピルアクリルアミドを固定化重合しようとする固相反応の場合では、反応溶媒をIPAとすると、他の2者を選んだときに比べ顕著に反応速度が遅くなることを見出した。また、上述のMacromolecules 38,5937−5943(2005)に示されるt−ブチルアルコールでは、室温で固化する場合があり、従って反応温度を室温以上にしなければならず、その結果、反応速度が上昇してしまうことが分かり、本発明には不適当であることが分かった。ここでの知見は、従来技術では全く知られていなかったことであり、本発明によれば、担体への固定化重合は、反応溶媒としてIPAを選択するとポリマー鎖の分子量は徐々に増加し、担体表面へのポリマー鎖の固定化量も徐々に増加することとなる。従って、本発明の方法に従えば、担体表面へのポリマー鎖を均一に固定化させることができるようになる。さらに、所定の時間で反応を中止することで、反応を中止した時点の固定化状態を有する担体を再現性良く製造できるようになる。また、RAFT重合時に使用する溶媒としては、1,4−ジオキサン、ジメチルホルムアルデヒド(DMF)等が好適である。この溶媒についても何ら限定されるものではないが、重合反応に使用するモノマー、RAFT剤および重合開始剤の種類によって、適宜、選択できる。
【0019】
本発明は、担体表面に固定化した開始剤より温度応答性ポリマーをリビングラジカル重合法で被覆固定化するものである。原子移動ラジカル重合法(ATRP法)の場合、ATRP重合開始剤を固定化し、上述の通り、例えばイソプロピルアルコールを溶媒として、その開始剤から重合触媒下で原子移動ラジカル法により、荷電を有し、0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーを成長反応させる方法であるが、その他の重合時の開始剤濃度、ハロゲン化銅濃度、リガンド錯体濃度、反応温度、反応時間等は特に限定されるものではなく、目的に応じて変更して良い。さらに反応液の状態は静置させても攪拌しても良いが、担体表面に均一に固定化することを考えると後者の方が好ましい。また、可逆的付加−開裂連鎖移動型ラジカル重合法の場合は、RAFT重合開始剤を固定化し、1,4−ジオキサンなどの溶媒を使用して、その開始剤からRAFT剤共存下で表面開始型ラジカル重合法により、0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーを成長反応させる方法であるが、その他の重合時の開始剤濃度、RAFT剤濃度、反応温度、反応時間等は特に限定されるものではなく、目的に応じて変更して良い。さらに反応液の状態は静置させても攪拌しても良いが、担体表面に均一に固定化することを考えると後者の方が好ましい。
【0020】
本発明に用いる温度応答性ポリマーとは、下限臨界溶解温度(LCST)を有するポリマー、上限臨界溶解温度(UCST)を有するポリマーが挙げられるが、それらのホモポリマー、コポリマー、或いは混合物のいずれであってもよい。このようなポリマーとしては、例えば、特公平06−104061号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体、ポリビニルアルコール部分酢化物が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。その際、分離される物質が生体物質であることから、分離が5℃〜50℃の範囲で行われるため、温度応答性ポリマーとしては、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(単独重合体の下限臨界溶解温度21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(同27℃)、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(同32℃)、ポリ−N−イソプロピルメタクリルアミド(同43℃)、ポリ−N−シクロプロピルアクリルアミド(同45℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N−エトキシエチルメタクリルアミド(同約45℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(同約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N,N−エチルメチルアクリルアミド(同56℃)、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(同32℃)などが挙げられる。
【0021】
この中で、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)は32℃に下限臨界温度を有するので、このポリマーで化学修飾したビーズ表面はこの臨界温度で親水性/疎水性の表面物性を大きく変化させるため、これを細胞培養用ビーズの表面に固定化して使用した場合、試料に対する保持力が温度によって変えられるようになる。その結果、培養した細胞を加水分解酵素等を使わずに培養温度にだけで剥離させることができるようになる。下限臨界温度を32℃以上にするためには、イソプロピルアクリルアミドよりも親水性のモノマーであるアクリルアミド、メタクリル酸、アクリル酸、ジメチルアクリルアミド、ビニルピロリドンなどの親水性のモノマーをN−イソプロピルアクリルアミドと共重合させることによって調整することが可能である。また、下限臨界温度を32℃以下にしたいときは、疎水性モノマーであるスチレン、アルキルメタクリレート、アルキルアクリレートなどの疎水性のモノマーとの共重合によって調整することができる。
【0022】
また、ポリジエチルアクリルアミドの下限臨界温度は、約30℃〜32℃であり、この温度を境として親水性/疎水性に表面物性が変化し、前述のポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)の場合と同様に、細胞の付着、剥離を温度によって調整することができる。本発明で利用される新規な細胞培養用ビーズは、化学修飾或いはポリマーの被覆によって作製される。
【0023】
本発明において、細胞培養用ビーズ表面に被覆されているポリマーは温度を変えることで水和、脱水和を起こすものであり、その温度域は0℃〜80℃、好ましくは10℃〜50℃、さらに好ましくは20℃〜45℃である。80℃を越えると細胞にとって好ましくない。また、0℃より低いと細胞が過度に冷却される虞れがあり好ましくない。
【0024】
本発明では、上記温度応答性ポリマーが高密度かつ均一に固定化されている。その固定化程度は、単位面積あたりの分子鎖数にして、0.08分子鎖/nm以上が良く、好ましくは0.10分子鎖/nm以上が良く、さらに好ましくは0.12分子鎖/nm以上が良く、最も好ましくは0.15分子鎖/nm以上が良い。基材表面へのポリマーの固定化程度が0.08分子鎖/nmより少ないと、従来法による基材表面へのポリマー固定化と同様に個々のポリマー鎖の特性が発現するだけで本発明のビーズとして好ましくない。固定化程度を示す数値の算出方法は特に限定されるものではないが、例えば同様な反応条件で基材表面に固定化されていないポリマーを作製し、そのポリマー鎖を分析することで求めた分子量とポリマーが固定化されたビーズの元素分析などから求めたポリマー固定化量から算出できる。
【0025】
被覆されるポリマーの分子量は0〜80℃の温度範囲内で水和力の変化が発現するに十分に大きな分子量であれば特に制約されるものではないが、ポリマー分子量は1000以上が良く、好ましくは2000以上、さらに好ましくは5000以上のものが良い。分子量が1000未満であると、分子量が低すぎるため、水和力の変化を発現できず好ましくない。但し、分子量が50000を超えると、今度はポリマーの分子量が高すぎるため、分子そのものが嵩高くなり温度応答性が減少してしまうこととなり好ましくない。
【0026】
また、本発明で示すところの基材上へのポリマーの固定化暈は0.5〜20.0mg/mの範囲が良く、好ましくは0.9〜10.0mg/mの範囲、さらに好ましくは1.0〜6.0mg/mの範囲が良い。0.5mg/m未満であると温度応答性が認められなくなり、また20.0mg/mより高い値であってもポリマーの嵩高さのため温度応答性が減少してしまうこととなり好ましくない。固定化量の測定は常法に従えば良く、例えばFT−IR−ATR法、元素分析、ESCAを量などが挙げられるがいずれの方法を用いても良い。本発明で固定化されるポリマーの状態は特に限定されるものではなく、直鎖状のものでも良く、架橋状態のものでも良いが、温度に対する応答性を高めること、基材表面に高密度に固定化することを達成するには前者の直鎖状のものが好ましい。
【0027】
上述したように、こうして得られたビーズを細胞培養に用いると培地中に分散すべき温度応答性細胞培養用ビーズが複数のビーズ間で凝集してしまう問題があった。発明者らは、この原因を詳細に解析したところ、培養している1個の細胞、若しくは2個以上の細胞塊が培養ビーズ間のバインダー的な役割となり、細胞培養用ビーズ間をまたがって付着していることを見出した。すなわち、温度応答性細胞培養ビーズの凝集の原因の一つとして培養している細胞が挙げられ、本発明では培養細胞がビーズ間をまたがって付着させないようにすることが必須となる。本発明では、培養細胞がビーズ間をまたがって付着させないようにすればその技術は特に限定されるものではないが、例えば細胞培養用ビーズの表面の親疎水性、電荷、形状等を制御して培養細胞が他のビーズに付着しないようにする方法、培養用ビーズが分散した培地の適度な撹拌、培地の粘性等が挙げられる。その中で特に、細胞培養用ビーズ表面の電荷を制御することで、付着した細胞の形状、扁平率を変えられ、周囲にある別の細胞培養用ビーズと接触する頻度を抑えられ好都合である。本発明においては、その電荷を与える方法は特に限定されないが、通常、ビーズ表面に被覆される温度応答性ポリマー鎖を合成する際、電荷を生じる官能基を持ったイオン性モノマーも含めて共重合する方法があげられる。そのイオン性モノマーとして、例えばアミノ基を有するポリマーの構成単位としてジアルキルアミノアルキル(メタ)アクリルアミド、ジアルキルアミノアルキル(メタ)アクリレート、アミノアルキル(メタ)アクリレート、アミノスチレン、アミノアルキルスチレン、アミノアルキル(メタ)アクリルアミド、アルキルオキシアルキルトリメチルアンモニウム塩、(メタ)アクリルアミドアルキルトリメチルアンモニウム塩である3−アクリルアミドプロピルトリメチルアンモニウムクロライド、4級アミノ基を有するジメチルアミノプロピルアクリルアミド等が挙げられ、また、カルボキシル基を有するポリマーの構成単位としてアクリル酸、メタクリル酸、スルホン酸を有するポリマーの構成単位として(メタ)アクリルアミドアルキルスルホン酸等が挙げられるが、本発明ではこれらに限定されるものではない。一般に細胞がマイナスに荷電していることを考慮すると、ビーズ表面側はカチオンの方が好ましい。
【0028】
本発明では、細胞培養用ビーズの凝集を抑えることを目的にビーズ径を特定の範囲とすることでも良い。その際、ビーズの寸法だけで培養用ビーズの凝集を抑制するには、ビーズの最も長い寸法が、好ましくは80〜300μmが良く、好ましくは100〜200μmが良く、さらに好ましくは120〜120μmが良い。80μmより短いと細胞培養時に培養用ビーズとして培地中に分散させることができず好ましくなく、逆に300μmより大きいと細胞培養用ビーズによる本来の大量培養が実現できず好ましくない。ここでのビーズの寸法は上述したビーズ表面に電荷が与えられれば変動することとなる。その際のビーズの粒子径は作業操作性という点で、ビーズの最も長い寸法が、好ましくは20〜300μmが良く、好ましくは50〜200μmが良く、さらに好ましくは80〜120μmが良い。20μmより小さいと細胞培養用ビーズとして培地中に分散させるビーズとして小さすぎて操作性が悪くなり好ましくなく、逆に300μmより大きいと操作性が悪くなり好ましくない。
【0029】
本発明で得られる温度応答性細胞培養用ビーズに対して、使用される細胞、その入手先、作製方法は特に限定されるものではない。本発明の温度応答性細胞培養用ビーズを用いて培養することができる細胞は、例えば、動物、昆虫、植物等の細胞、細菌類が挙げられる。特に、動物細胞の由来として、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ヤギ、ラット、ヌードマウス、マウス、モルモット、ブタ、ヒツジ、チャイニーズハムスター、ウシ、マーモセット、アフリカミドリザル等が挙げられるが特に限定されるものではない。また、本発明で用いる培地は、特に限定されないが、例えば、動物細胞を培養する培地であれば、無血清培地、血清含有培地等が挙げられる。そのような培地は、さらにレチノイン酸、アスコルビン酸等の分化誘導物質を添加しても良い。基材表面への播種密度は当該技術分野における常法に従えば良く特に限定されるものではない。
【0030】
また、本発明の温度応答性細胞培養用ビーズであれば、培養基材の温度を培養基材上の被覆ポリマーの上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にすることによって培養細胞を酵素処理なく剥離させることができる。その際、培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。細胞をより早く、より高効率に剥離、回収する目的で、基材を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等を単独で、あるいは併用して用いても良い。
【0031】
本発明に記載される温度応答性細胞培養用ビーズを利用することで、各組織から得られた細胞を効率良く培養できるようになる。この培養方法を利用すれば、温度を変えるだけで損傷なく、効率良く剥離することができるようになる。従来、こうした作業には手間と作業者の技術を必要としていたが、本発明であればその必要がなくなり、細胞の大量処理ができるようになる。本発明では、このような培養基材表面をリビングラジカル重合法を利用することによって作製されることを明らかにしている。また、本発明であれば、培養基材表面を簡便に精密に設計でき、上述したように、続けて分子鎖末端に対して反応を続ければ簡便に官能基を入れられ、細胞培養に極めて有利である。
【実施例】
【0032】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0033】
(表層に温度応答性ポリマー鎖を有するマイクロキャリアの製造)
ナス型フラスコにN−イソプロピルアクリルアミド4.87g(IPAAm、興人社製)、溶媒として2−プロパノール86mL(和光純薬社製)を加え、30分間、室温で窒素バブリングにより脱酸素を行った。塩化銅(I)158mg(Aldrich社製)、塩化銅(II)22mg(Aldrich社製)、トリス(2−ジメチルアミノエチル)アミン405mgを反応容器に加え15分間、室温、窒素雰囲気下で撹拌した。窒素を充填したグローブバッグ内で当該反応溶液と2gのクロロメチル化ポリスチレンビーズと混合し、18時間撹拌した。反応終了後、ビーズをメタノール、50mMエチレンジアミン四酢酸水溶液、ミリQ水の順で洗浄し、未反応物の除去を行った。減圧下で乾燥後、目的とする温度応答性ポリマーを表面修飾したビーズを得た(温度応答性ポリマーを表面修飾したビーズをPIPAAmビーズ、PIPAAm固定ビーズと言うときがある。)。クロロメチル化ポリスチレンビーズとしては200−400mesh(東京化成社製)、100−200mesh(東京化成社製)、50−100mesh(Aldrich社製)の三種類を使用した。当該ビーズの物性値を図1に示す。また当該ビーズへの温度応答性ポリマー固定量は反応時のモノマー濃度を変化させることにより調製した。調製した温度応答性ポリマー固定ビーズの表面解析として、X線光電子分光装置(K−alpha,ThermoFisher Scientific社製)による化学組成の分析、微量窒素分析(TN−110,Mitsubishi Chemical Analytech社製)による温度応答性ポリマー固定量の算出を行った。調製した温度応答性ポリマー固定ビーズへのポリマー固定量を図2に示す。また、

ビーズ表面の水に対する接触角を25℃と37℃で測定し、濡れ性を評価した。
【実施例2】
【0034】
(カチオン性官能基を有する温度応答性マイクロキャリアの製造)
実施例1と同様に、N−イソプロピルアクリルアミド3.16g、3−アクリルアミドプロピルチリメチルアンモニウムクロリド889mg(APTAC、興人社製)、N−tert−ブチルアクリルアミド1.37g(tBAAm、和光純薬社製)、溶媒として2−プロパノール43mL(和光純薬社製)を加え、30分間、室温で窒素バブリングにより脱酸素を行った。塩化銅(I)84.9mg(Aldrich社製)、塩化銅(II)11.5mg(Aldrich社製)、トリス(2−ジメチルアミノエチル)アミン217mgを反応容器に加え15分間、室温、窒素雰囲気下で撹拌した。窒素を充填したグローブバッグ内で当該反応溶液と1gのクロロメチル化ポリスチレンビーズと混合し、16時間反応させることで、カチオン性官能基を有する温度応答性マイクロキャリアを得た(カチオン性官能基を有する温度応答性マイクロキャリアをPIATビーズ、PIAT固定ビーズと言うときがある。)。精製、表面解析は実施例1と同様に行った。仕込みモノマー濃度を変化させることで、コポリマー固定化量の調節を行ったが、いずれの反応においても各モノマーのモル比がIPAAm:APTAC:tBAAm=65:10:25となるよう調節した。調製した温度応答性ポリマー固定ビーズへのポリマー固定量を図3に示す。
【0035】
(PIPAAm固定ビーズの製造と表面解析結果)
温度応答性ポリマーを表面に固定化したビーズのX線光電子分光測定結果を図4に示す。反応後のビーズではPIPAAmのアミド結合を由来とする288eVのC1sピークと、400eVのN1sピークが確認できたことより、ビーズ表面へのPIPAAmの固定化が確認された。さらにPIATビーズでは四級化アミノ基に由来する402.5eVのN1sピークが確認され、ポリマー鎖中に四級化アミノ基が導入されていることが確認された。次にPIPAAm固定ビーズの窒素含量測定を行い温度応答性ポリマーの表面固定量の算出を行った(図2,3)。仕込みモノマー濃度の増加に従い窒素含量が増加する傾向が認められ、温度応答性ポリマー固定量がモノマー濃度を変化させることで制御可能であることが明らかとなった。
また25℃と37℃における接触角の測定結果を図5に示す。PIPAAm固定ビーズ、PIAT固定ビーズでは各測定温度に接触角が有意に変化し、25℃では細胞培養温度である37℃のときよりもより親水的な表面となることが明らかとなった。この結果より、ビーズ表面が温度応答性を有していることが認められた。
【実施例3】
【0036】
(温度応答性ポリマー鎖を有するマイクロキャリア表面での細胞培養)
表面積が2cmとなるように各ビーズを測りとり、70%エタノール、もしくは紫外線照射により滅菌を行った。このビーズを細胞非接着性12ウェルプレート(Hydrocell,CellSeed社製)に加え、次いでHam F12培地(Aldrich社製)を加え培地中へ分散させた。その後、所定濃度に調製したチャイニーズハムスター卵巣由来CHO−K1細胞懸濁液を各ウェルに加えた。最終的な培地量は1mL/wellとなるように調整した。24時間37℃で培養後、0.9mLの上清をとり、新たに培地を0.9mL添加した。この操作を3回繰り返すことで未接着の細胞を除去した。
ビーズ表面への細胞接着数の計測のために、ビーズをリン酸緩衝溶液で3回洗浄後、トリプシン−エチレンジアミン四酢酸水溶液水溶液(Aldrich社製)を添加し37℃で10分間処理した。位相差顕微鏡観察でビーズから細胞が完全に剥離したことを確認したのちに、細胞剥離した細胞数を血球計算盤で計測することでビーズ表面への細胞接着数を算出した。
ビーズ上での細胞増殖は細胞非接着性12ウェルプレート内での静置培養、もしくはスピナーフラスコ(Corning社製)を用いた撹拌培養で行った。特に撹拌培養を行う際、ビーズへの細胞接着を促すため上述した方法にて細胞をビーズ表面に接着させたのちに、スピナーフラスコへビーズを移した。最終的な培地量を75mLに調製し、37℃のインキュベーター内で45rpmで撹拌し培養した。所定時間培養後、ビーズ懸濁液を1mLとり上述した方法で細胞接着数を計測した。
【0037】
(PIPAAm固定ビーズを用いた細胞培養結果)
CHO−K1細胞をPIPAAm固定ビーズに播種した際の細胞接着数を図6に示す(細胞播種密度1×10cells/cm)。いずれの直径のビーズに対してもPIPAAm修飾量の増加に伴い接着細胞数が減少した。また撹拌培養により細胞増殖効率を比較した結果(播種密度5×10cells/cm)、PIPAAm修飾量が少なく、またビーズの直径が小さいものほど効率的な細胞増殖を示すことが明らかとなった。このような増殖速度の違いは、初期に接着した細胞数が強く影響していると推察される。
【実施例4】
【0038】
(低温処理による培養細胞の回収)
実施例2に従いビーズ上にチャイニーズハムスター卵巣由来CHO−K1細胞を播種した。所定時間37℃で培養後、9割の上清をとり、同量の培地を新たに添加した。この操作を3回繰り返すことで未接着の細胞を除去した。温度低下による細胞剥離は、20℃のインキュベーター内で静置することで行った。所定時間低温処理を行った後に、上清中に遊離した細胞数を血球計算盤で計測した。細胞脱着効率は低温処理により脱着した細胞数と、トリプシン処理により脱着した細胞数の比率より算出した。
【0039】
(PIAT固定ビーズを用いた細胞培養の結果)
もっとも細胞増殖効率が良かった条件のビーズ(PIPAAm固定量:約0.5μg/cm、ビーズ直径:55μm)を参考に、PIATビーズを用いた細胞実験を行った。CHO−K1細胞をPIAT固定ビーズに播種した際の位相差顕微鏡写真を図7、細胞接着数を図8に示す(細胞播種密度1×10cells/cm)。図7より、未修飾ビーズ、PIPAAm固定ビーズは培養時間の経過とともにビーズ同士が細胞を介して凝集する様子が観察された。一方で、PIAT固定ビーズは細胞培養時におけるビーズの分散性がカチオン性のアミノ基を導入により顕著に向上したことがわかる。また細胞接着数を調べた結果、図6と同様にPIAT修飾量の増加に伴い、接着細胞数が減少した。また細胞増殖効率を比較した結果(播種密度2.5×10cells/cm)、PIPAAm修飾ビーズや未修飾ビーズよりも効率的な細胞増殖を示した。凝集体を形成するビーズでは足場となる表面積が減少するため、細胞増殖効率に限界があると考えられる。一方、ビーズの分散性が向上することで足場となる表面積が増加し、結果として細胞増殖効率が向上したと予想される。
【0040】
(低温環境下の細胞脱着挙動の結果)
CHO−K1細胞を各ビーズに播種し(細胞播種密度1×10cells/cm)、24時間培養し細胞を接着させたのちに、さらに20℃で静置することで細胞の剥離挙動を観察した。図9の結果より、PIPAAm固定ビーズ表面に接着した細胞は時間経過とともに徐々に脱着する様子が認められた。一方、未修飾ビーズでは細胞の脱着挙動は観察されなかった。細胞の脱着数を計測し、脱着効率を比較した結果を図10に示す。これらの結果より、低温における細胞の脱着効率は、PIPAAm固定化量の増加、ビーズ直径の増加、カチオン性アミノ基の導入により促進されることを見出した。特に、カチオン性アミノ基の導入は細胞の増殖も促進するため優れた手法であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明に記載される温度応答性細胞培養基材を利用することで、培養基材である培養用ビーズ同士の凝集がなく、各組織から得られた細胞を大量に効率良く培養できるようになる。この培養方法を利用すれば、温度を変えるだけで損傷なく、効率良く剥離することができるようになる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
比重が1.2以下の材質からなるビーズ表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーが固定化され、当該ビーズ表面に付着した細胞が同時に他の粒体へ付着することを抑えた、温度応答性細胞培養用ビーズ。
【請求項2】
複数のビーズに同時に付着する細胞が1個の細胞からなる、請求項1記載の温度応答性細胞培養用ビーズ。
【請求項3】
ビーズ表面に電荷を有するポリマーが固定化されている、請求項1、2のいずれか1項記載の温度応答性細胞培養用ビーズ。
【請求項4】
電荷を有するポリマーが、ポリアルキルアクリルアミドの共重合物である、請求項3記載の温度応答性細胞培養用ビーズ。
【請求項5】
ポリアルキルアクリルアミドが、ポリ−(N−イソプロピルアクリルアミド)、及び/またはポリ−(N,N−ジエチルアクリルアミド)である、請求項4記載の温度応答性細胞培養用ビーズ。
【請求項6】
電荷がカチオンである、請求項3〜5のいずれか1項記載の温度応答性細胞培養用ビーズ。
【請求項7】
ビーズがポリスチレン製粒子、ポリスチレン製細片である、請求項1〜6のいずれか1項記載の温度応答性細胞培養用ビーズ。
【請求項8】
温度応答性ポリマーのビーズ表面への固定化がリビングラジカル重合法によるものである、温度応答性細胞培養用ビーズの製造方法。
【請求項9】
イソプロピルアルコールを溶媒として、ビーズ表面の原子移動ラジカル重合開始剤から重合触媒下で原子移動ラジカル法により、電荷を有し、0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーを成長反応させることを特徴とする請求項8記載の温度応答性細胞培養用ビーズの製造方法。
【請求項10】
原子移動ラジカル重合開始剤が、ビーズ表面に存在するクロロメチル基である、請求項9記載の温度応答性細胞培養用ビーズの製造方法。
【請求項11】
重合触媒が、ハロゲン化銅として塩化銅、リガンド錯体としてトリス(2−(ジメチルアミノ)エチル)アミンである、請求項9、10のいずれか1項記載の温度応答性細胞培養用ビーズの製造方法。
【請求項12】
重合法が可逆的付加−開裂連鎖移動型ラジカル重合法である、請求項8記載の温度応答性細胞培養用ビーズの製造方法。
【請求項13】
重合がビーズ表面に固定化されたアゾ系重合開始剤を利用することを特徴とする、請求項12記載の温度応答性細胞培養用ビーズの製造方法。
【請求項14】
ビーズ表面の温度応答性ポリマー固定化量が0.5〜20.0mg/m2となる、請求項8〜13のいずれか1項記載の温度応答性細胞培養用ビーズの製造方法。
【請求項15】
請求項1〜7のいずれか1項記載の温度応答性細胞培養用ビーズを利用した、細胞培養方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−59312(P2013−59312A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−220512(P2011−220512)
【出願日】平成23年9月14日(2011.9.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2011年3月15日 ICBS2011(International Conferenceon Biomaterials Science)発行の「ICBS2011(International Conference on Biomaterials Science)In Tsukuba (In honor of 60th birthday for Prof. Kazunori Kataoka March 15−18, 2011 Epochal Tsukuba, Ibaraki Japan) Abstract」に発表
【出願人】(501345220)株式会社セルシード (39)
【出願人】(591173198)学校法人東京女子医科大学 (48)
【Fターム(参考)】