説明

温熱治療装置、マイクロカプセル及び注射剤

【課題】 生体侵襲性の低い温熱治療を有効に実施することが可能な温熱治療装置、マイクロカプセル及び注射剤を提供する。
【解決手段】 温熱治療装置10は、高周波加熱可能な磁性粒子が封入されてなるマイクロカプセルを用いて温熱治療を行うものであり、磁性粒子に静磁場を印加してマイクロカプセルを生体内の所定位置に集積させるとともにその位置での滞留時間を増加させる静磁場印加部12と、磁性粒子に電磁波を照射して高周波加熱する電磁波照射部13とを備える。さらに、温熱治療装置10は、磁気共鳴イメージングにて磁性粒子の温度を測定する温度測定部及び静磁場印加部12から印加される静磁場の磁束を収束させる磁束収束部24を備えるのが好ましい。マイクロカプセルは、カプセル本体と、カプセル本体内に封入された磁性粒子とを備える。カプセル本体の平均粒径は10μm未満であり、磁性粒子の平均粒径は50nm以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌治療等の温熱治療に利用される温熱治療装置、並びにその温熱治療装置に用いられるマイクロカプセル及び注射剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、この種の温熱治療には、例えば特許文献1に開示されている生体組織の治療方法が利用されている。この治療方法は、組織治療法としての標的を定めたヒステリシス温熱療法を改善したものであって、以下に記載するステップ(i)からステップ(iii)を含んでいる。ステップ(i)は、回転磁場条件が約5×108A/s以下である場合に、磁気発熱効率が少なくとも約4.5×10-8J.m./A.g.の磁性体を選択するステップである。ステップ(ii)は病変組織の中に前記磁性体を送達するステップである。ステップ(iii)は、前記磁性体を、周波数約10kHz以上で、磁場強度、周波数及び曝露された領域の半径の積が約7.5×107A/s未満となるように選択された磁場強度の回転磁場に曝露し、病変組織内でヒステリシス熱を産生するステップである。
【0003】
さらに、この治療方法では、前記磁性体が基質内で結合してマイクロカプセルを形成するように構成されている。そのマイクロカプセルは、患者の脈管構造網を通過し、病変組織内に分散及び栓塞するのに適切な大きさ、例えば直径約10〜500μmに形成されている。なお、前記磁性体としては、鉄、ニッケル、コバルト、マンガン、砒素、アンチモン、ビスマスからなるグループから選択される元素を含む強磁性体又はフェリ磁性体が用いられる。
【0004】
そして、この治療方法を腫瘍又は癌組織の治療に使用する場合には、まず、前記マイクロカプセルを懸濁させたマイクロカプセル懸濁液を病変組織の動脈血供給血管内に注入する。その結果、前記マイクロカプセルは、周辺正常実質組織には集中することなく、腫瘍区画内に集中し、腫瘍を含む組織の血管網を栓塞する。正常組織と腫瘍との間の境界領域の脈管構造は、主にアドレナリン性受容体を含む細動脈からなり、腫瘍内部の血管はこれらの特徴を失っているため、腫瘍の血管床には血流調節機能がほとんどなく、マイクロカプセルによって栓塞されやすくなっている。さらに、このマイクロカプセルによる腫瘍組織血管床への栓塞は、血管作用薬にて容易に強化され得る。
【特許文献1】特開平11−197257号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、前記特許文献1の治療方法では、マイクロカプセルが血流調節機能に乏しい腫瘍の血管床に捕捉されることによって腫瘍区画内に集中されるという受動的な分布の制御が行われていた。即ち、この治療方法では、腫瘍を含む組織の血管網の様態に依存してマイクロカプセルの分布制御が行われているため、血管網の様態が変化すれば有効な分布制御が達成され得ず、治療効果が十分に上げられないおそれがあった。また、この治療方法では、マイクロカプセル懸濁液を病変組織の動脈血供給血管内にカテーテル等にて注入する際に、極めて侵襲的な医療行為が実施されるため、甚大なる苦痛を伴う治療方法でもあった。
【0006】
本発明は、このような従来技術に存在する問題点に着目してなされたものである。その目的とするところは、生体に対する侵襲性の低い温熱治療を極めて有効に実施することが可能な温熱治療装置、マイクロカプセル及び注射剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、請求項1に記載の温熱治療装置の発明は、高周波加熱可能な磁性粒子が封入されてなるマイクロカプセルを用いて温熱治療を行う温熱治療装置であって、前記磁性粒子に静磁場を印加して前記マイクロカプセルを生体内の所定位置に集積させるとともにその位置での滞留時間を増加させる静磁場印加部と、同磁性粒子に電磁波を照射して高周波加熱する電磁波照射部とを備えてなることを要旨とする。
【0008】
この構成によれば、温熱治療装置の静磁場印加部は、磁性粒子に対し適正な静磁場を印加し、その静磁場によってマイクロカプセルを生体内の所定位置に集積させるとともにその位置での滞留時間を増加させるため、前記所定位置以外での温熱治療が抑えられつつ、前記所定位置での温熱治療効果が局所的に高められる。さらに、この温熱治療装置では、電磁波照射部によってマイクロカプセル内の磁性粒子を高周波加熱するため、前記所定位置において局所的に高い温熱治療効果が発揮される。また、前記マイクロカプセルの集積及び滞留は、マイクロカプセルを生体の血管内に注入した後、静磁場にて所定位置に引き寄せることにより行われるため、生体に対する侵襲性は極めて低い。
【0009】
請求項2に記載の温熱治療装置の発明は、請求項1に記載の発明において、磁気共鳴イメージングにて前記磁性粒子の温度を測定する温度測定部を備えることを要旨とする。
この構成によれば、温熱治療装置は、高周波加熱されているときの磁性粒子の温度を磁気共鳴イメージングにて測定することができるため、生体内における磁性粒子の分散状態と、同磁性粒子に対する高周波加熱の状態とが容易にモニターされる。また、この磁気共鳴イメージングによる温度の測定は非侵襲的に実施される。
【0010】
請求項3に記載の温熱治療装置の発明は、請求項1又は請求項2に記載の発明において、前記電磁波照射部は100MHz以下の電磁波を照射することを要旨とする。
この構成によれば、温熱治療装置は、100MHz以下の電磁波が水に吸収されにくい性質を利用することにより、生体の深部における温熱治療効果を高めることが可能である。即ち、電磁波照射部から照射される電磁波は、生体の表面付近に存在する水分にほとんど吸収されることなく、同生体の深部にまで容易に到達する。このため、前記磁性粒子が生体内のいずれの場所に集積及び滞留されている場合でも、当該磁性粒子が電磁波を効果的に吸収して高周波加熱される。
【0011】
請求項4に記載の温熱治療装置の発明は、請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の発明において、前記静磁場印加部から印加される静磁場の磁束を収束させるための磁束収束部を備えることを要旨とする。
【0012】
この構成によれば、温熱治療装置は、磁束収束部によって静磁場の磁束を所定位置に収束させることができるため、マイクロカプセルが前記所定位置により一層集積及び滞留されやすくなる。このため、前記所定位置での温熱治療効果がより一層局所的に高められる。
【0013】
請求項5に記載の温熱治療装置の発明は、請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の発明において、前記電磁波照射部は前記静磁場印加部による静磁場の印加状態で電磁波を照射することを要旨とする。
【0014】
この構成によれば、温熱治療装置は、マイクロカプセルが所定位置に集積及び滞留された状態で、当該マイクロカプセル内の磁性粒子が高周波加熱されるため、前記所定位置における温熱治療効果が局所的に高められる。
【0015】
請求項6に記載のマイクロカプセルの発明は、請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の温熱治療装置による温熱治療に用いられるマイクロカプセルであって、カプセル本体と、そのカプセル本体内に封入された磁性粒子とを備え、前記カプセル本体は10μm未満の平均粒径を有し、前記磁性粒子は高周波加熱可能であるとともに50nm以上の平均粒径を有することを要旨とする。
【0016】
この構成によれば、マイクロカプセルは、磁性粒子が生体内で分散されるのを防止して効果的な高周波加熱が可能な量の磁性粒子を常にまとめて集合させておく役割を果たしている。さらに、このマイクロカプセルは、カプセル本体の平均粒径が10μm未満であるため、赤血球と同様に毛細血管中でも容易に移動可能である。従って、マイクロカプセルは、静磁場により生体内の任意の位置に容易に集積され、その位置での滞留時間を長くすることができる。また、このマイクロカプセルでは、磁性粒子の平均粒径が50nm以上に形成されているため磁性を発揮しやすく、静磁場印加部にて印加される静磁場によって良好な集積及び滞留が引き起こされる。なお、前記磁性粒子は、カプセル本体内に封入されているため、平均粒径がカプセル本体の粒径未満であることが必要である。また、このマイクロカプセルは、注射にて生体の血管内に注入されればよいため、生体に対する侵襲性を著しく低減させることが可能である。よって、このマイクロカプセルは、生体に対する侵襲性の低い温熱治療を極めて有効に実施することが可能な温熱治療装置による温熱治療に好適に用いられる。
【0017】
請求項7に記載のマイクロカプセルの発明は、請求項6に記載の発明において、前記磁性粒子は磁性酸化鉄又は磁性フェライトからなることを要旨とする。
請求項8に記載のマイクロカプセルの発明は、請求項6に記載の発明において、前記磁性粒子はマグネタイトからなることを要旨とする。
【0018】
請求項7の構成によれば、磁性酸化鉄及び磁性フェライトは、高い磁性を有するとともに電磁波吸収性が高いため、静磁場によって集積及び滞留されやすく、良好な温熱治療効果が発揮される。請求項8の構成によれば、マグネタイトは、強磁性体であるとともに電磁波吸収性が顕著に高いため、極めて良好な温熱治療効果が発揮される。さらに、このマグネタイトは、鉄及び酸素原子から構成されており、生体内で徐々にイオン化されて吸収されるため、生体に優しいうえ温熱治療後の回収を行う必要がないという利点がある。
【0019】
請求項9に記載のマイクロカプセルの発明は、請求項6から請求項8のいずれか一項に記載の発明において、前記磁性粒子は43〜50℃のキュリー温度を有することを要旨とする。
【0020】
この構成によれば、磁性粒子を高周波加熱する際に、磁性粒子がキュリー温度を超えて加熱されることがないため、生体に対して優しい温熱治療が施される。
請求項10に記載のマイクロカプセルの発明は、請求項6から請求項9のいずれか一項に記載の発明において、前記カプセル本体は生分解性又は熱分解性を有し、前記磁性粒子は生分解性を有していることを要旨とする。
【0021】
この構成によれば、温熱治療後にマイクロカプセルを回収する必要がないという利点を有している。
請求項11に記載の注射剤の発明は、請求項6から請求項10のいずれか一項に記載のマイクロカプセルを含有することを要旨とする。
【0022】
この構成によれば、生体に対する侵襲性の低い温熱治療を極めて有効に実施することが可能な温熱治療装置による温熱治療に好適に用いられる注射剤が提供される。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、生体に対する侵襲性の低い温熱治療を極めて有効に実施することが可能な温熱治療装置、マイクロカプセル及び注射剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の温熱治療装置を具体化した一実施形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本実施形態の温熱治療装置10を用いて、生体としての癌患者11に対し固形癌の温熱治療(ハイパーサーミア)を行っているときの様子を模式的に示している。この温熱治療装置10は、癌患者11の身体に静磁場を印加するための静磁場印加部12と、癌患者11の身体に電磁波を照射するための電磁波照射部13と、癌患者11の身体内部の温度を磁気共鳴イメージング(MRI)にてモニタリングするための温度測定部(図示略)とを備えている。この温熱治療装置10は、前記静磁場印加部12にて静磁場を印加している状態で、前記電磁波照射部13から電磁波を照射する。また、前記温度測定部は、前記電磁波照射部13から電磁波を照射している状態における癌患者11の身体内部の温度分布を、前記静磁場印加部12から印加されている静磁場を利用しつつMRIにて測定する。
【0025】
より具体的には、この温熱治療装置10は、高周波加熱可能な磁性粒子が封入されてなるマイクロカプセルを癌患者11の生体内に注入した後、当該癌患者11を治療用ベッド20に横臥させた状態で、その癌患者11に静磁場印加部12から静磁場を印加するとともに電磁波照射部13から電磁波を照射することにより温熱治療を行う。このとき、前記静磁場印加部12は前記マイクロカプセルを癌患者11の身体内部の所定位置(固形癌及びその近辺、いわゆる患部)に集積及び滞留させ、集積及び滞留された状態のマイクロカプセルに対し前記電磁波照射部13は電磁波を照射して当該マイクロカプセル内の磁性粒子を高周波加熱する。なお、前記マイクロカプセルが所定位置に集積及び滞留されるとは、癌患者11の身体内部でマイクロカプセルの分散状態に密度差が生じていることを意味し、例えばマイクロカプセルが同癌患者11の生体内における複数の器官にまたがって分散されていても構わない。
【0026】
静磁場印加部12は、治療用ベッド20上に横臥している癌患者11の上方及び下方に配設される上下一対の磁石21a,21bからなる第1印加部21と、癌患者11の左右両側方に配設される左右一対の磁石22a,22bからなる第2印加部22とを備えている。第1印加部21では、互いに逆向きの極(N極及びS極)が対向するように配置された上下一対の磁石21a,21b間に静磁場(線形磁場)が印加される。各磁石21a,21bは、治療用ベッド20の上方又は下方において治療用ベッド20と平行な水平面内を前後左右に移動可能に配置されている。同様に、第2印加部22では、互いに逆向きの極(N極及びS極)が対向するように配置された左右一対の磁石22a,22b間に静磁場(線形磁場)が印加される。各磁石22a,22bは、治療用ベッド20の側方において同ベッド20に垂直な鉛直平面内を前後又は上下に移動可能に配置されている。
【0027】
各磁石21a,21b,22a,22bは、永久磁石、又は超伝導磁石若しくは常伝導磁石からなる電磁石によって構成されるとともに、それぞれ治療用ベッド20に対して対向するように配置された円形状をなす静磁場印加面23を備えている。第1印加部21を構成する磁石21a,21b間、及び第2印加部22を構成する磁石22a,22b間には、それぞれ磁束密度が0.01〜10T(テスラ)の静磁場が印加される。MRIによる癌患者11の身体内部の温度分布を同時に測定しやすいことから、好ましくは1〜2Tの静磁場が印加される。前記静磁場の磁束密度が0.01T未満の場合には静磁場による磁性粒子の集積及び滞留が起こりにくく、逆に10Tを超える場合には不経済である。
【0028】
さらに、この静磁場印加部12には、第1印加部21によって印加される静磁場の磁束(磁力線)を収束させるための磁束収束部24が設けられている。この磁束収束部24は、第1印加部21の上下一対の磁石21a,21b間に配設され、それら磁石21a,21bよりも癌患者11の身体に近接して配置される上下一対の磁束収束材24a,24bから構成されている。各磁束収束材24a,24bは、常磁性材料又は強磁性材料、好ましくはフェライト等の強磁性材料により円柱状に形成されるとともに、それぞれ治療用ベッド20に対して対向するように配置された円形状をなす磁束収束面25を備えている。各磁束収束面25は、前記静磁場印加面23よりも小径に形成されており、第1印加部21の両磁石21a,21b間に印加される静磁場の磁束を収束させる。
【0029】
電磁波照射部13は、治療用ベッド20の上方及び下方に配設される上部照射部31a及び下部照射部31bを備えており、当該治療用ベッド20全体又はその一部に所定周波数の電磁波(高周波磁界)を照射する。上部及び下部照射部31a,31bは、それぞれ円環状をなし、内部に円環状に巻回されたコイル(図示略)が収容されている。これら上部及び下部照射部31a,31bは、前記コイルに対して所定周期の交流電流を通電することにより、所定周波数の電磁波を上下方向に照射する。上部照射部31aは磁石21aと磁束収束材24aとの間に配設され、下部照射部31bは磁石21bと磁束収束材24bとの間に配設されている。
【0030】
前記電磁波としては、上記磁性粒子に対し高周波加熱可能な周波数であれば特に限定されず、ラジオ波(周波数30Hz〜300MHz、波長1m〜100km)又はマイクロ波(周波数300MHz〜300GHz、波長1mm〜1m)が使用可能である。さらに、この電磁波としては、水による吸収が少なく磁性粒子以外の物質を非特異的に高周波加熱させにくいことから100MHz以下の周波数のものが好ましく、50MHz〜100MHzの周波数のものが特に好ましい。前記電磁波の周波数が50MHz未満の場合には高周波加熱する際の磁性粒子の温度を十分に高めることができないおそれがあり、逆に100MHzを超える場合には電磁波が癌患者11の身体表面付近に存在する水分に吸収されやすくなり、当該癌患者11の身体深部にまで到達しにくくなるおそれがある。また、この電磁波照射部13は、治療用ベッド20上の生体の所定位置に電磁波を集中的に照射するのが好ましい。
【0031】
本実施形態のマイクロカプセルは、上記温熱治療装置10による温熱治療に用いられるものであり、注射剤の形態で利用される。このマイクロカプセルは、前記温熱治療に先立って癌患者11の身体内部に好ましくは静脈注射にて注入される。このマイクロカプセルは、カプセル本体と、当該カプセル本体内に封入された上記磁性粒子とを備えており、必要に応じて前記カプセル本体内に抗癌剤等の薬剤が封入され得る。前記抗癌剤としては、シスプラチン、5−フルオロウラシル、マイトマイシンC、アドリアマイシン、ブレオマイシン等が挙げられる。
【0032】
カプセル本体は、リポソーム等の袋体によって構成され、内部に磁性粒子を封入するようになっている。このカプセル本体は、磁性粒子が生体内で代謝されにくくする役割を担い得るとともに、生体内に注射するための注射剤中における磁性粒子の分散状態を良好にする役割も担い得る。このカプセル本体は、温熱治療後に癌患者11の生体内から回収する必要がないことから、生分解性又は熱分解性を有しているのが好ましい。なお、このカプセル本体は、1ヶ月程度の期間をかけて徐々に生体内に吸収される材料からなるのが特に好ましい。このようなカプセル本体としては、公知のドラッグデリバリーシステムに利用されるリポソーム又はその改変物が好適に用いられる。
【0033】
さらに、このカプセル本体は、癌患者11の身体内部における任意の位置に移動及び集積させることが容易であることから、平均粒径が10μm未満に形成されており、好ましくは毛細血管内を円滑に流通する赤血球と同等以下のサイズである9μm以下、より好ましくは赤血球よりも小さいサイズである6μm以下に形成されている。また、このカプセル本体の平均粒径の下限値は、上記磁性粒子を封入するために50nm以上に形成されているのが好ましい。即ち、カプセル本体の平均粒径が10μm以上の場合にはマイクロカプセルを癌患者11の毛細血管内で円滑に移動及び集積させにくくなるおそれがあり、逆に50nm未満の場合には封入される磁性粒子の粒径が小さくなるために当該磁性粒子の磁性(常磁性、強磁性、反磁性又は反強磁性)を良好に発揮させるのが困難になる。なお、このカプセル本体は、最大粒径が10μm未満、好ましくは9μm以下、より好ましくは6μm以下であると、マイクロカプセルを癌患者11の毛細血管内で円滑に移動及び集積させることがより一層容易となる。また、このカプセル本体の最小粒径は50nm以上に形成されているのが好ましい。
【0034】
磁性粒子は、鉄、ニッケル、コバルト、マンガン、砒素、アンチモン、ビスマスから選ばれる少なくとも1種の元素を含む磁性体の粒子から構成され、好ましくは磁性酸化鉄又は磁性フェライトの粒子から構成され、特に好ましくは磁性酸化鉄の粒子から構成される。これらの磁性粒子は、電磁波の照射により高周波加熱可能であるうえ、磁性を有しているため、静磁場が印加された環境下において当該静磁場の磁束密度に基づいて移動及び集積する性質を有している。
【0035】
磁性酸化鉄としては、マグネタイト(Fe34)又はγ−酸化第二鉄(γ−Fe23)が好適に用いられ、最も好ましくは電磁波吸収性が高いうえ高周波加熱されやすいことからマグネタイトが用いられる。これらの磁性酸化鉄は、いずれも生体吸収性を有しており、癌患者11の生体内でイオン化されながら吸収され、生体構成分子や生体調節分子の材料として利用される。一方、磁性フェライトとしては、スピネル型フェライト、ペロブスカイト型フェライト、ガーネット型フェライト又はマグネトプランバイト型フェライトが使用可能であるが、磁性が強いことからバリウムフェライト(BaFe619)、ストロンチウムフェライト(SrFe619)等のマグネトプランバイト型フェライトが好適に用いられる。
【0036】
この磁性粒子の平均粒径は、磁性を良好に発揮させるために50nm以上に形成されている必要がある。また、この磁性粒子の平均粒径の上限値は、前記カプセル本体内に封入される必要性から、好ましくは9μm以下、より好ましくは3μm以下に形成されている。即ち、磁性粒子の平均粒径が50nm未満の場合には粒子が小さすぎて磁性が十分に発揮されず、逆に9μmを超える場合にはカプセル本体内に封入されにくくなるか、或いはカプセル本体の平均粒径が10μm以上に形成されてしまうおそれがある。なお、この磁性粒子は、最大粒径が9μm以下、好ましくは3μm以下であると、カプセル本体内により一層封入されやすくなる。また、この磁性粒子の最小粒径は50nm以上に形成されているのが好ましい。
【0037】
さらに、この磁性粒子は、キュリー温度が好ましくは50℃以下、より好ましくは43〜50℃、さらに好ましくは43〜45℃に設定されている。キュリー温度は、キュリー−ワイスの法則に基づいて求められる転移温度であって、その転移温度以上になると磁性変態を引き起こし、強磁性体や反強磁性体等の交換相互作用に基づく規則的なスピン配列が熱運動の攪乱を受けて不規則なスピン配列に変わる温度である。即ち、この磁性粒子は、キュリー温度以上に高周波加熱されると、静磁場の影響下から開放されて癌患者11の生体内の所定位置に集積及び滞留されている状態ではなくなって癌患者11の身体内部に分散された状態となり、前記所定位置における温熱治療が抑えられる。さらにこのとき、この磁性粒子は、癌患者11の身体内部に低密度で分散されることから、前記所定位置以外での温熱治療効果もほとんど発揮されることはない。この磁性粒子において、前記キュリー温度が43℃未満の場合には固形癌に対する温熱治療効果がほとんど発揮されず、逆に50℃を超える場合には磁性粒子の温度が高すぎるため固形癌にのみ特異的に発揮される温熱治療効果を得ることが困難になる。
【0038】
本実施形態の注射剤は、上記マイクロカプセルを含有するものであって、通常はマイクロカプセルが生理食塩水等の等張液中に均一に分散された分散液の形態で提供される。なお、前記等張液中には、抗癌剤等の薬剤が同時に含有されていてもよく、この場合には温熱治療によって癌細胞の薬剤耐性が容易に低減されることから、良好な治療効果が発揮され得る。この注射剤は、上記温熱治療装置10による温熱治療に先立って、癌患者11の生体内に注射にて注入され、好ましくは生体侵襲性が低いことから静脈注射にて注入される。この注射剤は、低濃度のマイクロカプセルが分散された分散液からなる点滴液の形態で利用され、ゆっくりと時間をかけて生体内に注入されるのが特に好ましい。
【0039】
次に、上記温熱治療装置10を用いた温熱治療について説明する。
この温熱治療装置10を用いて癌患者11の固形癌を温熱治療する際には、まず、上記マイクロカプセルが含有されてなる注射剤を癌患者11の生体内に注入する。前記固形癌としては、乳癌、メラノーマ、子宮頸癌、直腸癌、膀胱癌、頸部リンパ節転移癌、肺癌、食道癌、肝臓癌、膵臓癌等が挙げられる。
【0040】
次に、癌患者11を治療用ベッド20上に横臥させた状態で固形癌の位置を確認しながら、第1及び第2印加部21,22をそれぞれ固形癌の上下及び左右に配置し、それら第1及び第2印加部21,22の静磁場印加面23から癌患者11の身体内部に向けて静磁場を印加する。なお、前記固形癌の位置を確認する際には、必要に応じて、X線診断、超音波診断又は温度測定部を構成するMRIが利用される。前記MRIを利用する場合には、静磁場印加部12にて印加された静磁場を利用して測温される。
【0041】
このとき、前記癌患者11の生体内に注入されたマイクロカプセルは、その内部に封入されている磁性粒子が静磁場の磁束の影響を受けながら、癌患者11の生体内の所定位置に集積及び滞留する。このマイクロカプセルの集積及び滞留は、マイクロカプセルが生体内の血流に乗って移動する際に、静磁場の磁束が集中する領域である前記所定位置にマイクロカプセルが引き寄せられて捕捉されることにより行われる。さらに、本実施形態では、第1印加部21に磁束収束部24が設けられているため、当該磁束収束部24を構成する磁束収束材24a,24bをそれぞれ患部の上下に配置させることにより、前記第1印加部21の静磁場印加面23から印加される静磁場が前記所定位置に効果的に収束され、マイクロカプセルの集積及び滞留がより一層促進される。
【0042】
次に、前記静磁場印加部12による静磁場の印加状態を継続したまま、電磁波照射部13から癌患者11の身体内部に向けて所定周波数の電磁波(数ワット〜数十ワット)を照射する。なお、前記電磁波は前記患部に集中的に照射されるのが好ましい。このとき、前記電磁波は、癌患者11の生体内の所定位置で集積及び滞留されているマイクロカプセル内の磁性粒子により極めて効果的に吸収され、当該磁性粒子を高周波加熱する。その結果、前記所定位置に存在する固形癌は、42〜43℃程度の温度に数分から10分間程度晒されて癌細胞の衰弱や死滅が促進される。一方、前記所定位置以外ではマイクロカプセルがほとんど存在していないことから温熱治療が施されることはない。
【0043】
さらにこのとき、癌血管は未分化状態であり、正常血管は分化が進行した状態となっている。このため、マイクロカプセル内の磁性粒子が高周波加熱されて高温になった場合、正常血管は拡張してマイクロカプセルを分散させ、近傍組織の温度上昇を抑えて正常細胞に対するダメージが大幅に軽減される。一方、癌血管は拡張せずに高温のマイクロカプセルをその場に留め、癌細胞に対する温熱治療効果が効果的に発揮される。
【0044】
この温熱治療装置10では、温度測定部を備えているため、当該温度測定部にて継続的に癌患者11の身体内部の温度分布をモニタリングすることによって、マイクロカプセルの集積及び滞留状態、並びに高周波加熱される際の温度が正確に把握される。このとき、高周波加熱されているときの磁性粒子の温度は、前記温度測定部にてモニタリングしながら電磁波照射部13から照射される電磁波量等をコントロールすることによって、適切な温度に保持することが容易となる。また、本実施形態では、キュリー温度が43〜50℃に設定された磁性粒子が用いられているため、当該磁性粒子の温度を固形癌の温熱治療に最適な温度に保持することが極めて容易である。
【0045】
この温熱治療は、癌細胞の熱抵抗性が失われる72時間以上の間隔をあけて複数回実施されるのが好ましく、この場合には治療効果が容易に高められる。なおこのとき、マイクロカプセルを構成するカプセル本体が72時間以上癌患者11の生体内で吸収及び熱分解されずに存在している場合には、2回目以降の温熱治療において癌患者11に再びマイクロカプセルを含む注射剤を注入する必要はない。また、本実施形態のマイクロカプセルでは、カプセル本体が生分解性又は熱分解性を有するとともに、磁性粒子が生分解性を有しているため、温熱治療後に癌患者11の生体内から生体外へとマイクロカプセルを取り出して回収する必要はない。
【0046】
上記実施形態によって発揮される効果について、以下に記載する。
・ 本実施形態の温熱治療装置10は、高周波加熱可能な磁性粒子が封入されてなるマイクロカプセルを用いて温熱治療を行うものである。この温熱治療装置10を用いた温熱治療は、癌患者11の生体内にマイクロカプセルを含む注射剤を静脈注射等にて注入することによって実施されるという極めて軽微な生体侵襲性以外はほとんど侵襲性がないため、癌患者11に対する苦痛を緩和させることが容易であるという大きな利点を有している。特に、この温熱治療は、内臓に近い深部の動脈に直接針を刺したりカテーテルを導入したりする等の生体侵襲性の高い医療行為を行う必要がないうえ、カテーテルの導入が困難な細い癌血管を備えた固形癌の治療にも侵襲性少なく対応することができる点で優れている。また、この温熱治療装置10では、温熱治療の進行状況を把握するための温度測定部にMRIを利用している点も生体侵襲性を低減させる意味で有効である。
【0047】
さらに、この温熱治療装置10は、磁性粒子に静磁場を印加してマイクロカプセルを所定位置に集積させるとともにその位置での滞留時間を増加させる静磁場印加部12と、磁性粒子に電磁波を照射して高周波加熱させる電磁波照射部13とを備えている。そして、この温熱治療装置10は、静磁場にて患部近傍にマイクロカプセルを集積及び滞留させた状態で、当該マイクロカプセル内の磁性粒子を電磁波にて高周波加熱する。即ち、この温熱治療装置10では、患部で最大になるような静磁場を印加し、当該静磁場を印加したときだけその静磁場による引きつけ作用によってマイクロカプセル濃度が患部付近で上昇することから、患部に対し極めて集中的な温熱治療を施すことができる。従って、この温熱治療装置10によれば、生体侵襲性の低い温熱治療を極めて有効に実施することが可能である。
【0048】
・ 本実施形態のマイクロカプセルは、カプセル本体と、そのカプセル本体内に封入された磁性粒子とを備えている。このため、このマイクロカプセルは、磁性粒子が癌患者11の生体内で散り散りに分散されるのを防止し、効果的な高周波加熱が可能な量の磁性粒子を常にまとめて集合させておくことができる。さらに、このマイクロカプセルでは、カプセル本体の構成を任意に変更することによって、磁性粒子を生体内で代謝されにくくしたり、注射剤中における磁性粒子の分散状態を良好にしたり、或いはそれ自体にドラッグデリバリーの機能を付与したりすることも可能であり、用途に合った様々な利用が可能である。
【0049】
さらに、このマイクロカプセルは、カプセル本体の平均粒径が10μm未満に形成されていることから、癌患者11の生体内の毛細血管中でも円滑に流通可能であり、当該癌患者11の身体内部における任意の位置に集積及び滞留させることが極めて容易である。加えて、このマイクロカプセルでは、磁性粒子の平均粒径が50nm以上に形成されていることから、磁性が発揮されやすく、静磁場によって良好な集積及び滞留を引き起すことができる。従って、このマイクロカプセルは、温熱治療装置10による温熱治療を極めて有効に実施することができる。
【0050】
・ 本実施形態のマイクロカプセルでは、磁性粒子としてマグネタイトが用いられている。マグネタイトは、強磁性体であるうえ電磁波吸収性が顕著に高いため、本実施形態の温熱治療においては極めて良好な温熱治療効果を発揮する。さらに、マグネタイトは、鉄及び酸素原子から構成されており、生体内で徐々に吸収されるため、生体に優しいうえ温熱治療後に生体外へと回収する必要がないという大きな利点を有している。
【0051】
なお、本実施形態は、次のように変更して具体化することも可能である。
・ 第1又は第2印加部21,22から印加される静磁場の磁力線の方向は、鉛直方向又は水平方向である必要はない。また、第1及び第2印加部21,22から印加される静磁場の磁力線は、互いに直交する必要はない。
【0052】
・ 磁石21aと上部照射部31aとを一体的に構成してもよい。即ち、上部照射部31aを構成するコイルを、磁石21aの内部又は磁石21aの上下に接するように配設すること。同様に、磁石21bと下部照射部31bとを一体的に構成してもよい。
【0053】
・ 温熱治療装置10において、温度測定部及び磁束収束部24の一方又は両方を省略してもよい。また、静磁場印加部12のうち、第1及び第2印加部21,22のいずれか一方、好ましくは第2印加部22を省略してもよい。また、磁束収束部24のうち、治療用ベッド20の上方に配設される磁束収束材24a及び下方に配設される磁束収束材24bのうちいずれか一方を省略してもよい。また、電磁波照射部13のうち、上部及び下部照射部31a,31bのいずれか一方を省略しても構わない。
【0054】
・ 温熱治療装置10に放射線治療を行うための放射線照射部を設けてもよい。このように構成した場合、温熱治療によって癌細胞の放射線耐性が容易に低減されることから、温熱治療と放射線治療とを組み合わせることによって極めて良好な治療効果を発揮することが可能である。
【0055】
・ 温熱治療装置10による温熱治療を、例えば、前立腺肥大症の治療又は血行促進のためのリハビリテーション治療に適用してもよい。
・ 温熱治療装置10による温熱治療を、例えば、ウマ、ブタ、ウシ、ヒツジ、サル、マウス、ラット、モルモットのような非ヒト哺乳動物に適用しても構わない。
【0056】
なお、上記実施形態は温熱治療方法についても記載されている。その温熱治療方法とは、高周波加熱可能な磁性粒子が封入されてなるマイクロカプセルを用いて温熱治療を行うものである。具体的には、マイクロカプセルを生体内に注入する工程と、その生体に対して外部から静磁場を印加して前記マイクロカプセルを生体内の所定位置に集積させるとともにその位置での滞留時間を増加させる工程と、前記静磁場の印加状態で前記生体に対して外部から電磁波を照射して前記磁性粒子を高周波加熱する工程とを実施するものである。そして、この温熱治療方法によれば、生体侵襲性の低い温熱治療を有効に実施することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】実施形態の温熱治療装置を用いて固形癌の温熱治療を行っているときの様子を模式的に示す斜視図。
【符号の説明】
【0058】
10…温熱治療装置、12…静磁場印加部、13…電磁波照射部、24…磁束収束部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高周波加熱可能な磁性粒子が封入されてなるマイクロカプセルを用いて温熱治療を行う温熱治療装置であって、
前記磁性粒子に静磁場を印加して前記マイクロカプセルを生体内の所定位置に集積させるとともにその位置での滞留時間を増加させる静磁場印加部と、同磁性粒子に電磁波を照射して高周波加熱する電磁波照射部とを備えてなることを特徴とする温熱治療装置。
【請求項2】
磁気共鳴イメージングにて前記磁性粒子の温度を測定する温度測定部を備えることを特徴とする請求項1に記載の温熱治療装置。
【請求項3】
前記電磁波照射部は100MHz以下の電磁波を照射することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の温熱治療装置。
【請求項4】
前記静磁場印加部から印加される静磁場の磁束を収束させるための磁束収束部を備えることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の温熱治療装置。
【請求項5】
前記電磁波照射部は前記静磁場印加部による静磁場の印加状態で電磁波を照射することを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の温熱治療装置。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の温熱治療装置による温熱治療に用いられるマイクロカプセルであって、
カプセル本体と、そのカプセル本体内に封入された磁性粒子とを備え、
前記カプセル本体は10μm未満の平均粒径を有し、前記磁性粒子は高周波加熱可能であるとともに50nm以上の平均粒径を有することを特徴とするマイクロカプセル。
【請求項7】
前記磁性粒子は磁性酸化鉄又は磁性フェライトからなることを特徴とする請求項6に記載のマイクロカプセル。
【請求項8】
前記磁性粒子はマグネタイトからなることを特徴とする請求項6に記載のマイクロカプセル。
【請求項9】
前記磁性粒子は43〜50℃のキュリー温度を有することを特徴とする請求項6から請求項8のいずれか一項に記載のマイクロカプセル。
【請求項10】
前記カプセル本体は生分解性又は熱分解性を有し、前記磁性粒子は生分解性を有していることを特徴とする請求項6から請求項9のいずれか一項に記載のマイクロカプセル。
【請求項11】
請求項6から請求項10のいずれか一項に記載のマイクロカプセルを含有することを特徴とする注射剤。

【図1】
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【公開番号】特開2006−116083(P2006−116083A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−307299(P2004−307299)
【出願日】平成16年10月21日(2004.10.21)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】