説明

温熱療法に関する方法及び装置

本発明は対象の一モデルに基づいて該対象を選択的に加熱する方法及び装置に関し,この方法は,加熱が求められる特定領域のモデル内に配置された仮想アンテナからモデル対象を通って伝搬する発生源の波面をモデル化する工程と,周囲アンテナ装置のコンピュータモデルを使用して放射場をシミュレーションし,測定する工程と,実際の装置において信号を時間反転,転送,合成する工程と,実際のアンテナ装置によって場を時間反転順に送信する工程と,時間反転下の波動方程式の不変性により,もとの発生源に時間反転信号を再集中させる工程とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は対象の一モデルに基づいて該対象を選択的に加熱する方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
温熱療法(又はマイクロ波温熱療法)は現在,ある種の癌の治療における放射線療法の補助療法として使用されている[1]−[6]。温熱療法の目的は,周囲の正常組織を過加熱することなく局部の癌性腫瘍の温度を治療レベルまで上げることである。温熱療法の効果的な温度域は,通常は39℃から44℃である。患者の体内における電力集中(power deposition)は照射電場と患者の組織との相互作用によって支配される。この相互作用は組織の不均質な誘電特性のために,かなり複雑である。それは加熱体積内で血液灌流が顕著に変動することによって生じる冷却によって,更に複雑となる。深部温熱療法を提供するための一つの方法は,腫瘍を選択的に加熱するために,構造上の波の干渉に依存して,患者の体周りに円周状に配列した一連の放射体を使用することである[4]−[6]。しかしながら,現在までのところ,深部腫瘍を選択的に加熱する効果的な方法はなく,周囲の組織に望ましくない限界加熱(limiting heating)とホットスポットとをもたらす結果となっている。ホットスポットの発生防止の重要性は,局所温熱療法患者全体の80%以上で治療を制限する(treatment-limiting)ホットスポットが発生するという観察から明らかである[7]。時間反転近接場ビーム形成(time reversal near field beam forming)に基づく本願の新規な概念によって,この問題を解決する。
【0003】
発明の簡単な説明
本発明の目的は,対象の周囲部分の望ましくない加熱を防止して,その対象の特定部分を選択的に加熱するための方法及び装置を提供することである。
【0004】
この目的は,加熱対象を含む装置の数学モデルと,実際の加熱対象を含む実際のアンテナ装置との結合により達成された。この結合により,モデル装置で得られる,対象が波に与える影響についての情報を,波動場の堆積エネルギーを所定の領域へ集中させるための前記場の時間反転特性によって,実際の装置で使用することができる。
【0005】
本発明の第一の態様によれば,対象の一モデルに基づいて該対象を選択的に加熱する方法が提供される。この方法は,
加熱が求められる特定領域のモデル内に配置された仮想アンテナから,この対象のモデルを通って伝搬する発生源の波面をモデル化する工程と,
周囲アンテナ装置のコンピュータモデルを使用して放射場をシミュレーションし,測定する工程と,
実際の装置で信号を時間反転し,転送し,合成する工程と,
実際のアンテナ装置によって,この場を時間反転順に送信する工程と,及び
時間反転下の波動方程式の不変性により,もとの発生源で時間反転信号を再集中させる工程と
を含む。
【0006】
本方法は更に,これに限定される訳ではないが,特に接近が制限される場合の用途において,二重又は多重の時間反転を使用することを特徴とする。
【0007】
本発明の第二の態様によれば,対象の特定の誘電性モデルの一部に配置された仮想アンテナから対象を通って伝搬する発生源の波面を用いた,対象の一モデルに基づいて該対象を選択的に加熱するための装置が提供される。装置はモデル化部分と実際部分とを含み,モデル化部分は,放射場をシミュレーションするためのコンピュータユニットを含み,周囲アンテナ装置のコンピュータモデルを使用して場の仮想的測定を行い,実際部分は,時間反転順に場を送信するための実際のアンテナ装置と,特定領域に強度を集中させるための波の時間反転特性を利用する手段と,集中領域を包囲するモデルによるモデル装置の放射を検出するためのモデル検出装置と,所望の領域内で場の強度を集中させる時間反転特性を使用する装置を実際に稼働することにより理論上検出される場を再放射するための手段とを含む。最も好ましくは,波は電磁波又は音波である。本発明は癌治療又はその他の治療のための医学的な温熱療法に使用できる。これに限定される訳ではないが,特に接近が制限される場合の用途において,二重又は多重の時間反転を使用することが可能である。本装置は同一の装置,又はその他のマイクロ波,超音波,他の装置又は他の画像生成装置から得られる腫瘍の位置情報を使用する手段を有することができ,この場合,画像生成装置はCT又はMRIでもよいが,これらに限定される訳ではない。本装置は乳癌及び他の種類の癌の治療に使用することができる。本装置は更に,信号を発生するための信号発生器と,該信号発生器からの信号を増幅し,装置の雑音指数を最小化し,良好な線形性を有する十分なゲインを提供する増幅器と,信号をN本の経路に分割する電力分割器のネットワークと,分割された信号における反射を減少させる減衰器と,位相シフトのための位相器と,各経路をシミュレーション部分で得られる値に従って増幅し,実際のアンテナ装置にその信号を送信するための増幅器とを含む。この装置において,増幅器とアンテナ装置とは,反射波から装置を保護し,特性インピーダンスを整合させるために,整合ネットワークとサーキュレータとにより接続されている。
【0008】
以下,添付図面に示す実施形態を参照して本発明を説明する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】異なる大きさの腫瘍を含む頸部の薄片において算出された,シミュレーションされ,正規化された電力分布を示す。
【図2】図1と同じ頸部の症例について異なる体積に対するアンテナの数の関数としてのシミュレーションされた平均吸収比を示す。
【図3】図4に示す胸部モデルの薄片について異なる体積に対する周波数の関数としての平均吸収比を示す。
【図4】胸部モデルの薄片及び半径5mmの一つの腫瘍を含むこのモデルにおいて算出された,シミュレーションされ,正規化された電力分布を示す。
【図5】時間反転ビーム形成器温熱療法装置の概略図を示す。
【0010】
実施形態の詳細な説明
新規な方法及び装置の基本原理は,装置の電磁気的モデルと実際のアンテナ装置との結合にある。完成した装置において,モデル化した発生源の波面は,加熱を必要とする特定領域のモデル中に配置された仮想アンテナからモデル対象を通って伝搬する。次に,シミュレーションされた放射場を,周囲アンテナ装置のコンピュータモデルを使用して仮想的に測定する。信号を実際の装置において時間反転し,転送し,合成する。次に,実際のアンテナ装置によって,この場を時間反転順に送信する。もとの発生源での時間反転信号の最適な再集中を可能にするのは,時間反転下の波動方程式の不変性である。損失性の媒体中では完全ではないが,図に示すように,本方法は損失性の症例にも効果的であることを証明している。
【0011】
図1は,頸部の薄片と,例えば半径が5.5及び23mmである腫瘍を含む頸部モデルにおいて算出された,正規化された吸収電力分布とを示す。周波数は500Mhzである。
【0012】
図1では,実施形態の装置のシミュレーションは,周囲領域を顕著に加熱しない所定の領域における,特定の吸収電力による顕著な加熱を示す。腫瘍状の対象は,頸部の中央の脊髄の近傍に位置している。得られた吸収電力分布は非常に好ましいが,高いレベルのエネルギーが体の表面で吸収される。皮膚上の電力の増大は局部的であり,血液灌流及び水ボーラス(water bolus)によって冷却されるため,問題を生じることはないと予期される。
【0013】
装置の性能はaPA比によって表わすことができる。

これは,アプリケータ性能の二つの主要な側面,すなわち所望の領域の選択的加熱と,所望でない領域のホットスポットを避けるアプリケータの能力とを示す。良好なアプリケータは高いaPAを有するであろう。方程式1の分母と分子における総和(Σ)は,腫瘍組織体積Vtumの和及び非腫瘍組織体積Vrtの対応する要素をそれぞれ表す。NVtum及びNVrtは,それぞれ腫瘍組織の体積要素の総数及び非腫瘍組織の体積の総数である。PAは特定の吸収電力である。

式中,σ[S/m]は,組織の電気伝導度であり,|E|[V/m]は電場の大きさである。
【0014】
組織中の初期温度の上昇ΔT[℃]は,冷却を考慮しない方程式3に示す吸収電力PAと関連している。

式中,Δtは秒を単位とする照射時間であり,c[J/(kg℃)]は組織の比熱容量である。
【0015】
図2はシミュレーションされた平均吸収比の値aPAを,図1と同じ頸部の症例についての異なる体積に対するアンテナの数の関数として示す。最大のaPA比は30個の放射体で得られるが,12個の放射体で横ばいになることから,その値が良好な費用対効果を与える。研究は500MHzの周波数を使用して行った。この周波数は,アルゴリズムの侵入深さと集中能力との間の良好な妥協点を示す。この結果は,実施形態の設計の実現可能性を示す。
【0016】
胸部モデルを用いた別個の一連のシミュレーションにおいて,異なる大きさの腫瘍を選択的に加熱する能力に与える周波数の影響を試験する。図3に要約した結果は,異なる大きさで異なる位置にある腫瘍についてのaPA比を,電磁場の周波数に対して示す。装置は,高い周波数においてより良好に電磁エネルギーを集中させる。異なる大きさのターゲット体積に対する周波数の関数としての平均吸収電力(aPA)比が示されている。
【0017】
このように,これらの周波数は小さな腫瘍の治療に好適であるが,腫瘍の体積全体を均一に加熱しようとするため,大きな腫瘍に対しては強い集中は利点にならない。ホットスポットの発生を防止することの重要性については,所望でない領域における高いPA極大値に関連することがここで主張されているが,低いaPAが局所温熱療法患者全体の80%以上で発生している[7]。高いaPAでの結果は実施形態の設計の実現可能性を示す。
【0018】
図4は,胸部モデルの腫瘍中にエネルギーを集中するために提案された装置の能力を明らかにする。先に示した頸部の症例よりも体積が小さいため,この領域の温熱療法による治療は比較的容易である。図4a及び図4bは,800MHzの周波数を用いて胸部の中央にある半径5mmの腫瘍を含む胸部中で測定した,正規化された吸収電力分布を示す。結果は実施形態の設計の実現可能性を示す。
【0019】
図5は実施形態の装置のブロック図を示す。図5に示すブロック図の詳細な概念を提示する。発生器によって発生した信号は,低雑音増幅器によって増幅されるが,その増幅器は装置雑音指数を最小化して良好な線形性を有する十分なゲインを提供する。次に,信号は電力分割器のネットワークによってN本の経路に分割される。信号はその後,減衰器を通過するが,その減衰器は反射を減少させる。各経路の信号はその後,位相シフトされ,シミュレーション部分で得られた値に従って増幅され,アンテナ装置に送信される。増幅器とアンテナ装置とは,装置を反射波から保護し,特性インピーダンスを50オームに整合させるために,整合ネットワークとサーキュレータとにより接続されている。実施形態の装置は,所望の点に場を集中させるために,中央要素よりも各センサーについての相対的な振幅と位相に対して非常に正確な推定値を供給するため,時間反転算法を使用する。相対的な振幅と位相が得られると,それをアンテナ列の各振幅及び位相制御装置に対してプログラム化することができる。
【0020】
最も好ましくは,波は電磁波又は音波である。本発明は癌治療又は他の治療のための医学的な温熱療法に使用できる。これに限定される訳ではないが,特に接近が制限される場合の用途において,二重又は多重の時間反転を使用することが可能である。本装置は同一の装置,又はその他のマイクロ波,超音波,他の装置又は他の画像生成装置から得られる腫瘍の位置情報を使用する手段を有してもよく,この場合,画像生成装置はCT又はMRIでもよいが,これらに限定される訳ではない。本装置は乳癌及び他の種類の癌の治療に使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象の一モデルに基づいて前記対象を選択的に加熱する方法であって,
加熱が求められる特定領域の前記モデル内に配置された仮想アンテナから,前記対象の前記モデルを通って伝搬する発生源の波面をモデル化する工程と,
周囲アンテナ装置のコンピュータモデルを使用して放射場をシミュレーションし,測定する工程と,
実際の装置において信号を時間反転し,転送し,合成する工程と,
実際のアンテナ装置によって前記場を時間反転順に送信する工程と,及び
時間反転下の波動方程式の不変性により,もとの発生源に時間反転信号を再集中させる工程と
を含む方法。
【請求項2】
これに限定される訳ではないが,特に接近が制限される場合の用途において,二重又は多重の時間反転を使用することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
対象の特定の誘電性モデルの一部に配置された仮想アンテナから前記対象を通って伝搬する発生源の波面を用いた,前記対象の一モデルに基づいて前記対象を選択的に加熱するための装置であって,モデル化部分と実際部分とを含み,前記モデル化部分は,放射場をシミュレーションするためのコンピュータユニットを含み,周囲アンテナ装置のコンピュータモデルを使用して前記場を仮想的に測定し,前記実際部分は,時間反転順に前記場を送信するための実際のアンテナ装置と,特定領域に強度を集中させるための波の時間反転特性を利用する手段と,集中領域を包囲するモデルによるモデル装置の放射を検出するためのモデル検出装置と,所望の領域内に前記場の強度を集中させる前記時間反転特性を使用する前記装置を実際に稼働することにより理論上検出される場を再放射するための手段とを含むことを特徴とする装置。
【請求項4】
前記波は電磁波又は音波である請求項3記載の装置。
【請求項5】
癌治療又は他の治療のための医学的な温熱療法に使用する請求項3又は4記載の装置。
【請求項6】
これに限定される訳ではないが,特に接近が制限される場合の用途において,二重又は多重の時間反転を使用することを特徴とする請求項3記載の装置。
【請求項7】
同一の装置,又はその他のマイクロ波,超音波,他の装置又は他の画像生成装置から得られる腫瘍の位置情報を使用する手段を有し,前記画像生成装置はCT又はMRIでもよいがこれらに限定される訳ではないことを特徴とする請求項3記載の装置。
【請求項8】
胸部癌及び他の種類の癌の治療に適用される請求項3〜7いずれか1項記載の装置。
【請求項9】
信号を発生するための信号発生器と,前記信号発生器からの前記信号を増幅し,前記装置の雑音指数を最小化し,良好な線形性を有する十分なゲインを提供する増幅器と,前記信号をN本の経路に分割する電力分割器のネットワークと,分割された前記信号における反射を減少させる減衰器と,位相シフトのための位相器と,前記各経路を前記シミュレーション部分で得られる値に従って増幅し,前記実際のアンテナ装置に前記信号を送信するための増幅器とを更に含む請求項3〜7いずれか1項記載の装置。
【請求項10】
反射波から前記装置を保護し,特性インピーダンスを整合させるために,前記増幅器とアンテナ装置とが,整合ネットワークとサーキュレータとにより接続されている請求項9記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2009−538178(P2009−538178A)
【公表日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−511979(P2009−511979)
【出願日】平成19年5月23日(2007.5.23)
【国際出願番号】PCT/SE2007/000502
【国際公開番号】WO2007/136335
【国際公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【出願人】(508348439)エレクトロマグネティック コンサルティング スウェーデン アクチボラゲット (1)
【Fターム(参考)】