説明

湿原再生方法

【課題】 湿原の陸地化・乾燥化を抜本的に防止し、湿原の再生を可能にする湿原再生方法を提供することである。
【解決手段】 本発明の湿原再生方法は、湿原域に流れ込む河道の幅を狭める工程を含んでいることを特徴とする。また、本発明の湿原再生方法は、湿原域の地盤を切り下げる工程と、切り下げられた地盤に池を設置する工程とを更に含んでいることを特徴とする。好ましくは、地盤を切り下げる工程は、河道の上流側から下流側に向かって、切り下げ深さが階段状に浅くなるように行われる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿原の陸地化を防止し、湿原を再生させるための湿原再生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
低温多湿の土壌に発達し、地表に泥炭が堆積した湿原は、鳥、魚などの動物や各種の樹木などの植物にとって生育に適した環境となることが多く、貴重な野生動植物の宝庫となっている。とりわけ、北海道東部に位置する釧路湿原は、特別天然記念物のタンチョウヅルの生息地として知られており、国立公園に指定され、ラムサール条約の登録湿原としても登録されている。
【0003】
湿原、その中でも特に釧路湿原では、植生の大きな変化が指摘されている。すなわち、1940年代においては、ヨシ群落が生育している湿原域が河川沿いに大きく広がり、ハンノキの分布が少ない状態であったものが、約50年後の1990年代においては、湿原域が減少し、湿原域に流路が増え、流路に沿ってハンノキ林の拡大が顕著なものとなっている。このようにハンノキ林が拡大すると、湿生草地が減少することとなり、これにより従来生息していた動植物の生育環境が損なわれてしまうため、環境保護などの種々の観点から好ましくない。
【0004】
従来、湿原の乾燥化対策としては、柵等を設けて浮遊土砂を捕捉したり、河川の蛇行を復元することにより氾濫頻度を増やしたり、河川の水位を高くしたり、排水路を埋め戻して地下水位を相対的に上昇させたりする等の種々の方法が行われている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述のような従来の方法は、短区間での対策となるため、湿原内に新たな流路の形成を防ぐことができないという課題がある。また、従来の方法は、河川に手を加えることとなるので、出水時に新たな流路が誘導されるおそれがあり、却ってハンノキの成長を助長してしまいかねないという課題もある。さらに、地下水位の上昇は、基本的な対策として必要なものではあるが、新たな流路が形成される原因を残したまま応急的な措置を施したとしても、抜本的な対策とはならず、同じ現象が繰り返されるという課題もある。
【0006】
本発明は、上述のような状況に鑑みて開発されたものであって、湿原の陸地化・乾燥化を抜本的に防止し、湿原の再生を可能にする湿原再生方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、釧路湿原におけるハンノキの増加が以下のような要因で生じたものと推測した。すなわち、釧路湿原の周縁部で行われた採草地の整備、捷水路や流路の変更のような河川改修などの開発に伴い、大規模な出水のピークが増大するとともに土砂の流出も増加し、これにより湿原内において散発的に新たな流路が削り取られ、その度毎に流路周辺が一時的に乾燥化し、ハンノキの成長が促される事態となった。例えば河道を捷水路化した場合に関連して図4を参照して説明すると、河道を結合すると、図4(a)の状態から図4(b)の状態に変化する(すなわち、左側の河道が結合により旧川になり、流量が減少して乾燥化し、樹木化が進行する。一方、右側の河道の蛇行部において土砂が堆積し、乾燥化が進行する)。この状態で大雨が降ると、新たな流路が形成され(図4(c)参照)、土砂堆積部が樹木化するとともに、流路の乾燥化およびその周辺の樹木化が進行する(図4(d)参照)。
【0008】
より詳細に分析すると、新たに形成された流路は、平常時においては、排水路として機能し、周辺の排水性を高めるとともに周辺からの地下水流動を分断し、一時的な乾燥化によりハンノキを成長させるとともに、地表の未生成の泥炭が乾燥化によって分解・沈下し、地表が下がって再度湿地化し、残されたハンノキの根が浮き上がった形で株立ち状況に変化することにより、その後の冠水などに耐えることができる特異な形態が獲得されることとなる。
【0009】
本来、湿原へと繋がる河川は、洪水時に氾濫し、周辺に土砂を堆積させて自然堤防を形成しながら、湿原に到達するまでに流路内の流量や掃流土砂を軽減させていたはずであることに、本発明者は着目した。すなわち、対象区間内において湿原河道と同様な疎通能力と土砂流送力まで低下させることができれば、新たな流路が形成されることがなくなり、湿原を維持することができる。
【0010】
本発明者は、湿原の環境を保持する上において、広域に拡散する浮遊砂のみではなく、河道沿いに自然堤防を形成する砂・シルト分も悪影響を及ぼしていることを見い出した。すなわち、釧路湿原を例にとると、自然堤防により、洪水流が堰上げられ、部分的に河道が決壊して分岐流路が形成され、この分岐流路が湿原内において排水路となり、地下水位を低下させていることが、乾燥化の主要因があることを見い出した。
【0011】
したがって、湿原の環境を保持するには、湿原に悪影響を及ぼす砂・シルト分を捕捉することが重要であり、そのため、河道が湿原域に流れ込む前に広域に拡散させ、意図的に氾濫させることにより、土砂を含んだ氾濫流を多量に河岸に乗り上げさせ、砂・シルト分の沈殿堆積を促進させることが肝要である。そこで、本発明者は、湿原再生を可能にする以下の新規な方法を提案する。
【0012】
本願請求項1に記載の湿原再生方法は、湿原域に流れ込む河道の幅を狭める工程を含んでいることを特徴とするものである。
【0013】
本願請求項2に記載の湿原再生方法は、前記請求項1の方法において、湿原域の地盤を切り下げる工程を更に含んでいることを特徴とするものである。
【0014】
本願請求項3に記載の湿原再生方法は、前記請求項2の方法において、前記地盤を切り下げる工程が、前記河道の上流側から下流側に向かって、切り下げ深さが階段状に浅くなるように行われることを特徴とするものである。
【0015】
本願請求項4に記載の湿原再生方法は、前記請求項1から請求項3までのいずれか1項の方法において、前記切り下げられた地盤に池を設置する工程を更に含んでいることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、河道の幅を狭めるという比較的容易な工事によって湿原再生を実施することができる。また、本発明の方法では、地盤を切り下げて氾濫させるため、上流の水位上昇による影響を最小限に抑えることができる。さらに、本発明の方法によれば、広範囲に拡散させるため、細粒土砂の良好な捕捉効果を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
次に添付図面を参照して、本発明の好ましい実施の形態に係る湿原再生方法について説明する。本発明の好ましい実施の形態に係る湿原再生方法は、第1の実施の形態に係る湿原再生方法(以下「第1の湿原再生方法」という)と第2の実施の形態に係る湿原再生方法(以下「第2の湿原再生方法」という)に大別される。
【0018】
図1は、第1の湿原再生方法を模式的に示した図である。第1の湿原再生方法では、本方法を適用しようとする箇所に流れている河道の幅を狭める工程を含んでいる。河道の幅を狭めると、洪水時に氾濫することとなるが、この氾濫により河岸に土砂を堆積させ、これにより新たな流路の形成を未然に防ぐことができる。
【0019】
第2の湿原再生方法では、第1の湿原再生方法において実施される河道幅を狭める工程に加えて、地盤を切り下げる工程と、池を設置する工程とを更に含んでいる。図2は、第2の湿原再生方法を模式的に示した図、図3は、図2の線3−3に沿って見た断面図である。図2および図3を参照して第2の湿原再生方法についてより詳細に説明する。
【0020】
河道の幅を狭めると、上述のように、洪水時に氾濫して河岸に土砂が堆積するため、堆積した土砂の量が多くなりすぎないように土砂の適切な維持管理が頻繁に必要になるとともに、上流側において水位が上昇するため、上流側に位置する農地に水位上昇の影響が及ぶこととなる。そこで、このような事態の発生を回避すべく、第2の湿原再生方法では、地盤を切り下げる工程と、池を設置する工程とが付加されている。
【0021】
すなわち、河道の上流側から下流側に向かって地盤を切り下げる。図示されている例では、上流側からA、B、Cの3段階にわたって切り下げられている(一番上流側のAが最も深く切り下げられており、一番下流側のCが最も浅く切り下げられている)。これにより、洪水時には早期に広範囲に氾濫することとなる。また、切り下げた地盤に池を設置するが、氾濫流は、池に導かれ、土砂の堆積が促進される。
【0022】
このようにして河道幅を狭め、地盤を切り下げ、池を設置することにより、水位を上昇させずに氾濫を促進させることができ、河岸に土砂を堆積させ、また池での土砂の捕捉を可能とすることができる。
【0023】
なお、上述の第2の湿原再生方法では、地盤の切り下げ工程と池の設置工程の2つの工程を含むものとして記載されているが、必要に応じて地盤の切り下げ工程のみを実施してもよい。また、上述の第2の湿原再生方法では、地盤が3段階に切り下げられているが、地盤の切り下げは3段階に限定されるものではない。
【0024】
本発明は、以上の発明の実施の形態に限定されることなく、特許請求の範囲に記載された発明の範囲内で、種々の変更が可能であり、それらも本発明の範囲内に包含されるものであることはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】第1の実施の形態に係る湿原再生方法を模式的に示した図である。
【図2】第2の実施の形態に係る湿原再生方法を模式的に示した図である。
【図3】図1の線3−3に沿って見た図である。
【図4】河道の改変に伴い湿地が減少する過程の例を示した一連の図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
湿原域に流れ込む河道の幅を狭める工程を含んでいることを特徴とする湿原再生方法。
【請求項2】
湿原域の地盤を切り下げる工程を更に含んでいることを特徴とする請求項1に記載の湿原再生方法。
【請求項3】
前記地盤を切り下げる工程が、前記河道の上流側から下流側に向かって、切り下げ深さが階段状に浅くなるように行われることを特徴とする請求項2に記載の湿原再生方法。
【請求項4】
前記切り下げられた地盤に池を設置する工程を更に含んでいることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の湿原再生方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−297744(P2008−297744A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−143084(P2007−143084)
【出願日】平成19年5月30日(2007.5.30)
【出願人】(594157418)株式会社ドーコン (20)