説明

湿式伸線用潤滑剤およびそれを用いて得られたスチールワイヤおよびタイヤ

【課題】従来の潤滑剤と比べて金属線材の伸線性に優れ、かつ、金属線材の延性の低下を抑制することができる湿式伸線用潤滑剤およびそれを用いて得られたスチールワイヤおよびタイヤを提供する。
【解決手段】水に、水溶性または水に分散可能なアミンと、有機酸と、界面活性剤と、極圧添加剤と、金属と、が添加されてなる湿式伸線用潤滑剤において、1金属原子当たり最大1の有機酸残基RCOOを有し、リンが無機リン酸基中に含まれ、かつ、下記式(1)
[M(RCOO)(HPO (1)
(ここで、Mは金属原子、Aはアミン、Rは炭素数8〜24の炭化水素基を表し、1≦n≦2、1≦m≦4、1≦x≦2、1≦y≦3、1≦z≦3および0≦l≦2)を満足する金属錯体化合物を含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿式伸線用潤滑剤(以下、単に「潤滑剤」とも称する)およびそれを用いて得られたスチールワイヤおよびタイヤに関し、詳しくは、従来の潤滑剤と比べて金属線材の伸線性に優れ、かつ、金属線材の延性の低下を抑制することができる湿式伸線用潤滑剤およびそれを用いて得られたスチールワイヤおよびタイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、細径の銅線、スチールコード用ブラスめっき鋼線等の金属線材の製造においては多段式湿式伸線装置を用いた湿式伸線が行なわれている。通常、湿式伸線には潤滑剤が用いられているが、水系潤滑剤は環境への負荷も小さく、また、経済性に優れているため、多段湿式伸線装置に用いられる潤滑剤としては、油成分をエマルジョン化して分散させた水系潤滑剤が多く用いられている。
【0003】
今日、ブラスめっき鋼線等の湿式伸線の条件や水系潤滑剤の改良に関する技術が多数報告されている。例えば、特許文献1には、潤滑剤を冷却し、加工中の金属線材の温度を低く保つ技術が提案されている。これによれば、金属表面の酸化抑制や時効硬化による延性劣化抑制に効果がある。特許文献2には、潤滑液に極圧被膜生成反応の低下を抑制する成分を含有し、かつ、温度15℃以上30℃以下の潤滑液を用いることが提案されている。これによれば、伸線性および延性に優れたブラスメッキ鋼線を製造することできる。また、特許文献3には、トリアジンチオール系化合物を含有する潤滑剤水溶液が開示されている。これによれば、ブラスめっき鋼線の耐水接着性および腐食疲労性を向上させることができる。さらに、特許文献4には、脂肪酸エステルの固形粒子を水系潤滑剤に添加する手法が提案されている。これによれば、ワイヤおよびダイの摩擦、摩耗に対して、潤滑性能を向上させることができる。また、特許文献5には、亜鉛とアミンとリン酸との錯体で形成された沈殿物を潤滑液に混合する手法が提案されている。これによれば、ワイヤおよびダイの摩擦、摩耗に対して潤滑性能を向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−297440号公報
【特許文献2】特開2007−253186号公報
【特許文献3】特開平04−261435号公報
【特許文献4】特表2010−520932号公報
【特許文献5】特表平5−507681号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
今日、タイヤ等の高性能化が進み、その構成材料であるスチールワイヤには、高強力化が求められている。高強力鋼線を得るためには潤滑剤の潤滑性能が重要となるが、従来から使用されている湿式伸線用潤滑剤の潤滑性能では必ずしも十分ではなく、伸線加工時に潤滑性および耐焼付性を十分に得ることができず、延性に優れるスチールワイヤを得ることは困難であるという問題を有していた。また、得られた潤滑剤は使用中には常に乳化状態(懸濁状態)であることが作業性を向上させる上で重要である。
【0006】
そこで、本発明の目的は、従来の湿式伸線用潤滑剤と比べて金属線材の伸線性に優れ、かつ、金属線材の延性の低下を抑制することができる湿式伸線用潤滑剤およびそれを用いて得られたスチールワイヤおよびタイヤを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解消するために湿式伸線用潤滑剤について鋭意検討した結果、湿式伸線用潤滑剤を所定の組成にすることで、引き抜き加工の際に金属線材とダイスとの間に生じる摩擦抵抗を有効に低減させることができる金属錯体化合物が生成することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の湿式伸線用潤滑剤は、水に、アミンと、有機酸と、界面活性剤と、極圧添加剤と、金属と、が添加されてなる湿式伸線用潤滑剤において、
前記湿式伸線用潤滑剤中に、1金属原子当たり最大1の有機酸残基RCOOを有し、リンが無機リン酸基中に含まれ、かつ、下記式(1)、
[M(RCOO)(HPO (1)
(ここで、Mは金属原子、Aはアミン、Rは炭素数8〜24の炭化水素基を表し、1≦n≦2、1≦m≦4、1≦x≦2、1≦y≦3、1≦z≦3および0≦l≦2)を満足する金属錯体化合物を含有することを特徴とするものである。
【0009】
本発明においては、リン酸アミン塩が含有されてなることが好ましい。また、本発明においては、カルボン酸アミドが含有されてなることが好ましい。
【0010】
本発明のスチールワイヤは、本発明の湿式伸線用潤滑剤を用いて湿式伸線加工を施すことにより製造されたことを特徴とするものである。
【0011】
本発明のタイヤは、本発明のスチールワイヤを用いたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、従来の湿式伸線用潤滑剤と比べて金属線材の伸線性に優れ、かつ、金属線材の延性の低下を抑制することができる湿式伸線用潤滑剤およびそれを用いて得られたスチールワイヤおよびタイヤを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の湿式伸線用潤滑剤について詳細に説明する。
本発明の湿式伸線用潤滑剤は、水に、アミンと、有機酸と、界面活性剤と、極圧添加剤と、金属と、が添加されてなるものである。本発明の潤滑剤は、上記成分が反応することにより、1金属原子当たり最大1の有機酸残基RCOOを有し、リンが無機リン酸基中に含まれ、かつ、下記式(1)、
[M(RCOO)(HPO (1)
(ここで、Mは金属原子、Aはアミン、Rは炭素数8〜24の炭化水素基を表し、1≦n≦2、1≦m≦4、1≦x≦2、1≦y≦3、1≦z≦3および0≦l≦2)を満足する金属錯体化合物を含有する。一般に、金属線材の引き抜き加工の際には、金属線材とダイスとの間に大きな摩擦抵抗が生じる。しかしながら、式(1)で表わされる金属錯体化合物は、金属線材とダイスとの間の摩擦抵抗を低減させる作用を有しているため、従来の湿式伸線用潤滑剤と比べて金属線材の伸線性に優れている。また、引き抜き加工の際の発熱が少なくなるため、得られる金属線材の延性の低下を抑制することができる。特に、n<mとなっている場合には水中での分散安定性が高いことから、粒子径が小さくかつ潤滑性が高く金属線材の伸線性および延性に優れた潤滑剤が得られる。以下、各成分について詳細に説明する。
【0014】
本発明の湿式伸線用潤滑剤に用いることができるアミンとしては、アルカノールアミン類およびポリアミン類を好適に用いることができる。アルカノールアミンとしては、例えば、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、モノプロパノールアミン、ジプロパノールアミン、トリプロパノールアミン等を挙げることができ、好適には、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンである。ポリアミン類としては、例えば、エチレンジアミン、ジエチレントリアミン、ジ(トリメチレン)トリアミン、ジプロピレントリアミン、トリエチレンテトラミン、トリプロピレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、およびペンタエチレンヘキサミンを挙げることができ、好適には、エチレンジアミン、ジエチレントリアミンおよびトリエチレンテトラミンである。本発明においては、これらアミンを1種単独で用いてもよく、また、2種以上を併用してもよい。
【0015】
本発明の湿式伸線用潤滑剤に用いることができる有機酸としては、炭素数が8〜24の脂肪酸である。例えば、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、マルガリン酸、ステアリン酸、オレイン酸、バクセン酸、リノール酸、リノレン酸、γ−リノレン酸、リシノール酸、エレオステアリン酸、ツベルクロステアリン酸、アラキジン酸、エイコセン酸、ベヘン酸、エルシン酸、リグノセリン酸、12−ヒドロキシステアリン酸、ダイマー酸等を挙げることができる。本発明においては、これら1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。なお、本発明においては、複数種の高級脂肪酸の混合物であるパーム脂肪酸等も用いることができる。
【0016】
本発明の湿式伸線用潤滑剤に用いることができる界面活性剤としては、特に制限はないが、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤および非イオン性界面活性剤を用いることができる。特に、潤滑剤中の電解質の影響を受けにくい性質から、非イオン界面活性剤が好ましい。なお、本発明においては、同種の界面活性剤または異種の界面活性剤を、複数種用いてもよい。
【0017】
非イオン界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルリン酸エステル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、脂肪酸モノグリセリド、ショ糖脂肪酸エステル、高級脂肪酸アルカノールアミド等を用いることができる。
【0018】
アニオン界面活性剤としては、例えば、硫酸アルキル、硫酸アルキルエーテル、硫酸アルキルアミドエーテル、硫酸アルキルアリールポリエーテル、硫酸モノグリセリド、アルキルスルホン酸、アルキルアミドスルホン酸、アルキルアリールスルホン酸、オレフィンスルホン酸、パラフィンスルホン酸、アルキルスルホコハク酸、アルキルエーテルスルホコハク酸、アルキルアミドスルホコハク酸、アルキルサクシンアミド酸、アルキルスルホ酢酸、燐酸アルキル、燐酸アルキルエーテル、アシルサルコシン、アシルイセチオン酸、アシルN−アシルタウリン、との金属塩、アンモニウム塩、アミン塩、アミノアルコール塩、マグネシウム塩、および塩基性アミノ酸塩等を挙げることができる。
【0019】
カチオン界面活性剤としては、例えば、塩化ジステアリルジメチルアンモニウム、塩化ステアリルジメチルベンジルアンモニウム、塩化ステアリルトリメチルアンモニウム、塩化ベヘニルトリメチルアンモニウム、塩化セチルトリメチルアンモニウム、塩化ミリスチルジメチルベンジルアンモニウム、エチル酢酸ラノリン脂肪酸アミノプロピルエチルジメチルアンモニウム、塩化ジココイルジメチルアンモニウム、塩化ラウリルトリメチルアンモニウム、エチル硫酸分岐脂肪酸アミノプロピルエチルジメチルアンモニウム等を挙げることができる。
【0020】
両性界面活性剤としては、炭素数8〜24のアルキル基、アルケニル基またはアシル基を有するアミドアミノ酸型両性界面活性剤、2級アミド型または3級アミド型のイミダゾリン型両性界面活性剤、炭素数8〜24のアルキル基、アルケニル基またはアシル基を有するカルボベタイン系、アミドベタイン系、スルホベタイン系、ヒドロキシスルホベタイン系、またはアミドスルホベタイン系両性界面活性剤等が挙げられる。具体的には、2−アルキル−N−カルボキシメチル−N−ヒドロキシエチルイミダゾリニウムベタイン、ステアリルジヒドロキシエチルベタイン、ラウリルヒドロキスルホベタイン、ビス(ステアリル−N−ヒドロキシエチルイミダゾリン)クロル酢酸錯体、ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン、ココイルアミドプロピルベタイン、ココイルアルキルベタイン等を挙げることができる。
【0021】
本発明の湿式伸線用潤滑剤に用いることができる極圧添加剤としては、例えば、硫黄系極圧添加剤、リン系極圧添加剤、塩素系極圧添加剤等を挙げることができる。本発明においては、これら1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。硫黄系極圧添加剤としては、例えば、硫化オレフィン類、硫化エステル類、チオール類、チオカルボン酸類、チオカーボネート類、ジチアゾール類、ポリチアゾール類、チオコール類、硫黄、(多)硫化ナトリウム等を挙げることができる。リン系極圧添加剤としては、例えば、リン酸、トリポリリン酸ナトリウム等の縮合リン酸塩およびトリクレジルホスフェート等の(亜)リン酸エステル等を挙げることができる。塩素系極圧添加剤としては、例えば、塩素化パラフィン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、塩化ビニリデン−アクリル共重合物、塩素化脂肪油等を挙げることができる。
【0022】
本発明の湿式伸線用潤滑剤に用いることができる金属イオンとしては、亜鉛、銅、鉄、クロム、ニッケルおよびコバルトのイオンを挙げることができる。これら金属のイオンは1種単独で用いてもよく、また複数種を用いてもよい。亜鉛源としては、例えば、酸化亜鉛、水酸化亜鉛、塩化亜鉛、炭酸亜鉛、リン酸亜鉛、硫酸亜鉛、硝酸亜鉛、亜硝酸亜鉛、酢酸亜鉛等を挙げることができる。銅源としては、例えば、硝酸銅、硫酸銅、塩化銅、炭酸銅、塩基性炭酸銅、酸化銅、酢酸銅、水酸化銅、フッ化銅および硫化銅等を挙げることができる。鉄源としては、例えば、塩化鉄、水酸化鉄、酸化鉄、硫酸鉄、硝酸鉄、酢酸鉄、リン酸鉄等を挙げることができる。クロム源としては、例えば、リン酸クロム、塩化クロム、過塩素酸クロム、水酸化クロム、硫酸クロム、硝酸クロム、酢酸クロム、硫酸アンモニウムクロム、フッ化クロム等を挙げることができる。ニッケル源としては、例えば、塩化ニッケル、臭化ニッケル、ヨウ化ニッケル、硝酸ニッケル、硫酸ニッケル、炭酸ニッケル、リン酸ニッケル、蟻酸ニッケル、酢酸ニッケル等を挙げることができる。コバルト塩としては、例えば、塩化コバルト、フッ化コバルト、臭化コバルト、ヨウ化コバルト、硫酸コバルト、硝酸コバルト、リン酸コバルト、炭酸コバルト、酢酸コバルト、クロム酸コバルト等を挙げることができる。
【0023】
本発明の潤滑剤には、防錆剤として、リン酸とアミンとからなるリン酸アミンやカルボン酸アミドを含有していることが好ましい。本発明の湿式伸線用潤滑剤に用いることができるリン酸アミンとしては、モノ−N−(プロピル)ホスホリックアミド、モノ−N−(ブチル)ホスホリックアミド、モノ−N−(n−ペンチル)ホスホリックアミド、モノ−N−(ヘキシル)ホスホリックアミド、モノ−N−(オクチル)ホスホリックアミド、モノ−N−(デシル)ホスホリックアミド、モノ−N−(ドデシル)ホスホリックアミド、モノ−N−(テトラデシル)ホスホリックアミド、モノ−N−(ヘキサデシル)ホスホリックアミド、モノ−N−(ヘキサデセニル)ホスホリックアミド、モノ−N−(オクタデシル)ホスホリックアミド、モノ−N−(オクタデセニル)ホスホリックアミド、モノ−N−(イコシル)ホスホリックアミド、モノ−N−(イコセニル)ホスホリックアミド、ビス−N−,N’−(n−プロピル)ホスホリックジアミド、ビス−N−,N’−(ブチル)ホスホリックジアミド、ビス−N−,N’−(ヘキシル)ホスホリックジアミド、ビス−N−,N’−(オクチル)ホスホリックジアミド、ビス−N−,N’−(デシル)ホスホリックジアミド、ビス−N−,N’−(ドデシル)ホスホリックジアミド、ビス−N−,N’−(テトラデシル)ホスホリックジアミド、ビス−N−,N’−(テトラデセニル)ホスホリックジアミド、ビス−N−,N’−(ヘキサデシル)ホスホリックジアミド、ビス−N−,N’−(ヘキサデセニル)ホスホリックジアミド、ビス−N−,N’−(オクタデシル)ホスホリックジアミド、ビス−N−,N’−(オクタデセニル)ホスホリックジアミド、ビス−N−,N’−(イコセニル)ホスホリックジアミド、ビス−N−,N’−(イコセニル)ホスホリックジアミド、N−(n−プロピル)−N’−オクタデシルホスホリックジアミド、N−(プロピル)−N’−オクタデセニルホスホリックジアミド、N−,N’−,N’’−トリス(プロピル)ホスホリックトリアミド、N−,N’−,N’’−トリス(ブチル)ホスホリックトリアミド、N−,N’−,N’’−トリス(ヘキシル)ホスホリックトリアミド、N−,N’−,N’’−トリス(オクチル)ホスホリックトリアミド、N−,N’−,N’’−トリス(デシル)ホスホリックトリアミド、N−,N’−,N’’−トリス(ドデシル)ホスホリックトリアミド、N−,N’−,N’’−トリス(テトラデシル)ホスホリックトリアミド、N−,N’−,N’’−トリス(テトラデセニル)ホスホリックトリアミド、N−,N’−,N’’−トリス(ヘキサデシル)ホスホリックトリアミド、N−,N’−,N’’−トリス(オクタデシル)ホスホリックトリアミド、N−,N’−,N’’−トリス(オクタデセニル)ホスホリックトリアミド、N−,N’−,N’’−トリス(イコシル)ホスホリックトリアミド、N−,N’−,N’’−トリス(イコセニル)ホスホリックトリアミド、N−,N’−ビス(プロピル)−N’’−オクタデセニルホスホリックトリアミド、N−,N’−ビス(プロピル)−N’’−オクタデシルホスホリックトリアミド、N−,N’−ビス(ヘキシル)−N’’−オクタデセニルホスホリックトリアミド、N−,N’−ビス(ヘキシル)−N’’−オクタデシルホスホリックトリアミド、N−,N’−ビス(オクチル)−N’’−オクタデセニルホスホリックトリアミド、N−,N’−ビス(オクチル)−N’’−オクタデシルホスホリックトリアミド、N−,N’−ビス(プロピル)−N’’−イコセニルホスホリックトリアミド、N−,N’−ビス(プロピル)−N’’−エイコシルホスホリックトリアミド、N−,N’−ビス(デシル)−N’’−イコセニルホスホリックトリアミド等が挙げられる。なお、上記化合物のアルキル基、アルケニル基は、直鎖状でも分岐状でもよい。
【0024】
カルボン酸アミドとしては、例えば、ミリスチン酸アミド、パルミチン酸アミドおよびオレイルアミド等の炭素数14〜36の脂肪族カルボン酸アミド、オクテニルコハク酸アミド、ドデセニルコハク酸アミド、ペンタデセニルコハク酸アミドおよびオクテニルコハク酸アミド等の炭素数6〜36のアルケニルコハク酸アミド、ベンゾトリアゾール、メルカプトベンゾチアゾール、シクロヘキシルアミンナイトライト、N,N’−ジサリチリデン−1,2−ジアミノプロパン、アリザリン、脂肪族アミンおよびそのアルキレンオキサイド付加物等を用いることができる。
【0025】
本発明の湿式伸線用潤滑剤の配合としては、水100質量部に対して、水溶性または水に分散可能なアミンを0.1〜0.5質量部、有機酸を0.1〜0.6質量部、界面活性剤を0.1〜1.0質量部、極圧添加剤を0.05〜0.5質量部、金属を0.01〜0.1質量部が好適である。また、リン酸アミンやカルボン酸アミドを添加する場合、リン酸アミンを0.1〜0.5質量部、カルボン酸アミドを0.1〜0.5質量部とすることが好ましい。
【0026】
本発明の潤滑剤中に存在する金属錯体化合物は、安定した分散性が必要であるため、金属錯体化合物の粒子径は0.2〜10μmであることが好ましい。粒子径を0.2〜10μmの範囲とするには、水に対して、アミン、有機酸、界面活性剤、極圧添加剤および金属を添加する際の攪拌速度を100〜1000rpmとすればよい。
【0027】
本発明の湿式伸線用潤滑剤には、本発明に効果を損なわない範囲で、使用目的に応じて、さらに他の成分、例えば、油性剤、摩擦緩和剤、酸化防止剤、清浄剤、分散剤、消泡剤、凝固点降下剤、乳化剤、界面活性剤、防腐剤、防食剤、溶剤、塩基性化合物、固体潤滑剤、水性樹脂、pH調整剤、防藻剤等を添加してもよい。
【0028】
本発明においては、潤滑剤用組成物を組成する水としては、特に制限されるものではなく、硬水または軟水のいずれでも使用することができ、水道水、工業用水、イオン交換水、蒸留水、アルカリイオン水などを任意に用いることができる。
【0029】
本発明のスチールワイヤは、上記本発明の湿式伸線用潤滑剤を用いて湿式伸線加工を施すことにより得られたものであり、それ以外の製造工程や適用されるワイヤ材等については特に制限されるものではない。また、湿式伸線加工についても、スチールワイヤの湿式伸線において通常使用される伸線機を用いて、常法に従い湿式伸線を行うものであればよく、伸線条件等に特に制限はない。
【0030】
本発明のタイヤは、上記本発明のスチーワイヤを単線、または複数本撚り合わせたスチールコードとして、カーカスやベルト等の補強材として用いたものである。それ以外のタイヤの構造および材料については特に制限されるべきものではなく、既知の構造および材料を適宜採用することができる。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例を用いてより詳細に説明する。
<実施例1〜9、比較例1〜5および従来例1>
40℃に加温した純水100質量部に対し、下記表1および2に示すアミン、有機酸、界面活性剤、極圧添加剤、金属をそれぞれ同表に示す所定の質量部数添加して湿式伸線用潤滑剤を調製した。混合条件は反応温度を40℃、反応時間を2時間、攪拌速度を500rpmとした。なお、従来例1は特許文献5に記載された潤滑剤である。
【0032】
<従来例2>
市販の湿式伸線用潤滑剤(ADEKA社製:エフコ・リューべ AL−617)を用いた。
【0033】
【表1】

アミンA:モノエタノールアミン
アミンB:エチレンジアミン
アミンC:ジエチレントリアミン
有機酸A:ラウリン酸
有機酸B:ステアリン酸
有機酸C:オレイン酸
界面活性剤A:ポリオキシエチレンアルキルエーテル
界面活性剤B:ポリオキシエチレンアルキルリン酸エステル
極圧添加剤A:リン酸
極圧添加剤B:トリクレジルホスフェート
金属A:水酸化銅
金属B:酸化亜鉛
金属C:水酸化鉄
リン酸アミンA:リン酸ジエタノールアミン塩
カルボン酸アミドA:オレイン酸アミド
【0034】
【表2】

【0035】
次に、ブラスめっきが施された線径1.72mmのスチールワイヤ材に対して、上記湿式伸線用潤滑剤を用いて湿式伸線加工を施した後、防錆処理を施して0.3mmのスチールワイヤを作製した。湿式伸線用潤滑剤の評価は、上記湿式伸線用潤滑剤を用いた湿式伸線加工時におけるスチールワイヤの伸線性および得られたスチールワイヤの延性で行った。伸線性およびスチールワイヤの延性の評価方法は下記のとおりである。
【0036】
<伸線性>
伸線性は、湿式伸線加工におけるダイスの摩擦係数を測定し、従来例2の潤滑剤を用いた場合のスチールワイヤの摩擦係数を100とした指数にて表示した。この値が大きいほど摩擦係数が小さく、伸線性に優れている。得られた結果を表3に示す。なお、摩擦係数は、加工時の引抜力から、A.Gelejiの式を用いて求めた。
【0037】
<延性>
スチールワイヤに9.8Nの張力をかけ、60rpmの速さで捻っていったときに、ワイヤにクラックが発生するまでに捻った回転数を、ワイヤ径の100倍のワイヤ長当たりに換算した数値として求め、従来例2の潤滑剤を用いた場合のスチールワイヤの延性を100とした指数にて表示した。この値が大きいほど延性が大きいことを意味する。得られた結果を表3に示す。
【0038】
<分散性>
株式会社島津製作所製:SALD−2200を用いて、得られた潤滑剤中の金属錯体化合物の粒子径を測定した。平均粒子径が10μm以下であれば、金属錯体化合物の分散性がよく、作業性にも優れていることを示す。得られた結果を表3に示す。
【0039】
【表3】

【0040】
表3より、本発明の湿式伸線用潤滑剤は、従来の潤滑剤と比べて金属線材の伸線性に優れ、かつ、金属線材の延性の低下を抑制することができることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水に、アミンと、有機酸と、界面活性剤と、極圧添加剤と、金属と、が添加されてなる湿式伸線用潤滑剤において、
1金属原子当たり最大1の有機酸残基RCOOを有し、リンが無機リン酸基中に含まれ、かつ、下記式(1)、
[M(RCOO)(HPO (1)
(ここで、Mは金属原子、Aはアミン、Rは炭素数8〜24の炭化水素基を表し、1≦n≦2、1≦m≦4、1≦x≦2、1≦y≦3、1≦z≦3および0≦l≦2)を満足する金属錯体化合物を含有することを特徴とする湿式伸線用潤滑剤。
【請求項2】
リン酸アミン塩が含有されてなる請求項1記載の湿式伸線用潤滑剤。
【請求項3】
カルボン酸アミドが含有されてなる請求項1または2記載の湿式伸線用潤滑剤。
【請求項4】
請求項1〜3のうちいずれか一項記載の湿式伸線用潤滑剤を用いて湿式伸線加工を施すことにより製造されたことを特徴とするスチールワイヤ。
【請求項5】
請求項4記載のスチールワイヤを用いたことを特徴とするタイヤ。

【公開番号】特開2012−241131(P2012−241131A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−113642(P2011−113642)
【出願日】平成23年5月20日(2011.5.20)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】