説明

湿式摩擦材

【課題】湿式多板構造としてもATFの潤滑状態の影響が受け難く、引き摺りトルク低減が可能なこと。
【解決手段】従来の摩擦材の表面のみに樹脂を添加し、硬化することで摩擦材表面のみに存在する樹脂を多くなるようにしたものに相当し、成形時の表層のつぶれを抑制することで潤滑油の吸収性と内部の気孔率を同等にしたまま、必要以上に柔軟性が高くなることを防ぎ、引き摺りトルクの低減を図ったものである。特に、摩擦材の少なくとも摩擦面の表面の10μm以下を熱可塑性樹脂によって摩擦材全体の柔軟性よりも硬くしたものであるから、潤滑油の吸収性と内部の気孔率に影響を与えず、ATFを取り込み、取り込まれたATFは、従来と同様、摩擦面に有効に供給され、係合時に生ずる摩擦熱を効率よく排出できる。そして、前記摩擦材の摩擦面の表面の10μm以下を摩擦材全体の柔軟性よりも硬くしている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、本発明は、車両の自動変速機(AT)のクラッチやブレーキ等に用いられる変速用クラッチ、トルクコンバータ用のロックアップクラッチ、発進クラッチの湿式多板クラッチ等に使用される湿式摩擦板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、湿式多板クラッチは、クラッチまたはブレーキのドラムとハブ間に湿式摩擦板と、セパレータプレートとが交互に配置されており、クラッチピストンの押圧と解除によりクラッチの係合または非係合が行われる。
しかし、湿式多板クラッチを内蔵する自動変速機においては、クラッチの非係合時における動力損失を軽減するために、摩擦板とセパレータプレート間の引き摺りトルクの低減が要望されている。
【0003】
前述の自動変速機に用いられる湿式多板クラッチには、動力損失を軽減させるため、摩擦板の内周側から外周へと潤滑油、即ち、自動変速機潤滑油(Automatic Transmission Fluid、以下『ATF』と略す。なお、出光興業(株)の登録商標『ATF』の商品とは直接関係がない。)が抜けやすいような構造とし、引き摺りトルクの低減をしている。このような引き摺りトルク低減の手法としては、例えば、特許文献1や特許文献2に開示のものが知られている。特許文献1及び特許文献2に開示のクラッチでは、非係合時の摩擦板とセパレータプレートの離間のために内周側で端面の閉じた油溝と、係合時における摩擦面へのATFの供給による、焼付き防止のために油供給用の内外径方向に貫通した油通路が摩擦板に設けられて、ATFによる油膜をでき難くしている。
【0004】
しかし、近年の燃費向上と同時に変速応答性向上のため、摩擦板とセパレータプレートの間のクリアランスは従来に比較して、狭くなっており、空転時において、介在する油膜による引き摺りトルクも大きくなる傾向にある。また、近年の燃費の改良により自動変速機は、小型化、多段化、オイルポンプの小型化やスベリ要素のドラグトルクの低減等による効率化により、自動変速機に使用される摩擦材は、より高回転及び少ないATF量で使用されるようになり、少ないATF量及び高回転で使用される場合において耐熱性のある湿式摩擦板が要求されている。内外径に貫通して設けられた油溝を通過する油は、摩擦面への油の供給と、油排出のためのものとして使用されていたが、これらの油溝の形状等により油溝から摩擦面への油の流れは大きく影響され、ドラグトルクや、係合時の摩擦特性に影響し、品質のバラツキの原因となっていた。
【0005】
そこで、特許文献3は、それらの前提に立って、摩擦材を複数枚に分割し、それを所定の幅の溝を形成、配置し、しかも、摩擦面の内径部及び外径部より中間部に向かい円弧状に幅広になっている溝形状にすることにより、回転数が高くなるに従い、溝に負圧が発生し、内径部または外径部より溝部に潤滑油を取り込み、取り込まれたATFは、溝からより摩擦面に有効に供給され、係合時に生ずる摩擦熱を効率よく排出する技術を開示している。また、潤滑経路に合せ、内径部からのATFの取り込みを多くしたい場合には、内径側の開口部の巾を外径部より広くし、外径部からのATFの取り込みを多くしたい場合においては、外径側の開口部の巾を内径部より広くすると、より効果的に摩擦面の潤滑ができる。そして、湿式摩擦板の回転方向に対して傾斜するように溝を形成することにより、より内径部からのATFの取り込みを多くしている。
これによって、少ない供給油量に対しても、有効に摩擦係合面を潤滑できると共に耐熱性に優れた湿式摩擦板を提供している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−141570号公報
【特許文献2】特開2005−76759号公報
【特許文献3】特開2008−232166号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1や及び特許文献2に示された従来の直線の溝形状においては、溝による負圧効果が十分発生しておらず、ATFの取り込み力が弱かった。更に溝部のATFが効率よく摩擦面に供給されにくく、摩擦面を通らず、溝部より直接外部に排出される量が多かった。また、特許文献3は、少ない供給油量に対しても、有効に摩擦係合面を潤滑できると共に耐熱性を考慮するものであるが、現今の小型化、多段化、オイルポンプの小型化等により、引き摺りトルク低減が望まれてきている。
そして、近年のATでは、コンパクト化、部品構成の複雑化により摩擦材に対して均一な潤滑バランスが得られない状況にある。特に、潤滑状態は空転時のドラグトルクの低減に対し最も重要な環境要素となっており、この影響を受けにくい摩擦材は必要不可欠である。
【0008】
そこで、本発明は、湿式多板構造としても潤滑油(ATF)が不足しがちなときでも温度上昇が防止でき、引き摺りトルク低減が可能な湿式摩擦材の提供を課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1の発明にかかる湿式摩擦材は、芯金とセパレータプレート間に配設された1枚または複数枚を環状に配置した湿式摩擦材の、少なくとも前記芯金またはセパレータプレートと係合または非係合する摩擦面側の表面部を、前記湿式摩擦材の前記表面部に続く内部の同一体積形状に比べて剛性を高くしたものである。
ここで、前記芯金または前記セパレータプレートの対向面である摩擦面に係合または非係合する摩擦面側の表面部とは、前記湿式摩擦材が前記芯金または前記セパレータプレートの片面に接合される場合、または前記芯金または前記セパレータプレートの両面に接合される場合を含めて、前記芯金またはセパレータプレートと係合または非係合する摩擦面側の表面を含めた部分を特定するものである。
【0010】
請求項2の発明にかかる湿式摩擦材は、前記湿式摩擦材全体の気孔率が前記湿式摩擦材の前記表面部の剛性が前記内部と同じときの湿式摩擦材全体の気孔率に比べて表面部の剛性の変化による変化率が5%以下の減少にしたものである。
ここで、前記剛性の変化による変化率とは、湿式摩擦材の表面部の剛性が、その内部と同じときの湿式摩擦材全体の気孔率に対し、湿式摩擦面表面部の剛性を、その内部の同一体積形状に比べて高くしたときの湿式摩擦材全体の気孔率の変化割合を示す。また、気孔率の5%以下の減少とは、湿式摩擦材の表面部の剛性を表面部に続く内部の同一体積形状より高くし、その湿式摩擦材全体の気孔率が、表面部の剛性が内部と同じときの湿式摩擦材全体の気孔率に比べて、その変化率が5%以下の減少を意味する。
【0011】
請求項3の発明にかかる前記湿式摩擦材の摩擦面の表面部が前記摩擦材の表面から10μm以下としたものである。
【発明の効果】
【0012】
請求項1の湿式摩擦材は、芯金とセパレータプレート間に配設された1枚または複数枚を環状に配置した湿式摩擦材の少なくとも前記芯金またはセパレータプレートの対向面である摩擦面側の表面部を、前記湿式摩擦材の前記表面部に続く内部の同一体積形状に比べて剛性を高くしたものである。
したがって、本発明によれば、表面部の剛性が高くなっているため、成形時や係合時の圧力により表面部がつぶれるのを抑制することができる。これによって係合時に表面部における潤滑油の保持性能を向上させることができる。よって、湿式多板構造としても潤滑油(ATF)の供給が不足しがちなときでも、その湿式摩擦材の温度上昇が防止でき、引き摺りトルクの低減が可能となる。
【0013】
請求項2の湿式摩擦材は、湿式摩擦材全体の気孔率が、表面部の剛性が内部と同じときの湿式摩擦材全体の気孔率に比べて、前記芯金またはセパレータプレートと係合または非係合する摩擦面側の表面部の剛性の変化による減少が5%以下にしたものである。したがって、請求項1に記載の効果に加えて、更に湿式摩擦材全体の気孔率を所望の範囲にすることができ、かつ、湿式摩擦材全体の柔軟性が必要以上に柔らかくなることが抑制されるため、表面部に充分な潤滑油が存在し、湿式摩擦材全体が適切な柔軟性を有するため、湿式摩擦材が微小の力で接触する場合の発生トルクを小さくでき、引き摺りトルクの低減ができる。
【0014】
請求項3の湿式摩擦材において、表面部が摩擦面の表面から10μm以下としている。
湿式摩擦材の摩擦面の表面から10μm以下の範囲の剛性を、それに続く内部の剛性より高くしたものであるから湿式摩擦材内部の気孔率に影響を与えず、かつ湿式摩擦材全体の気孔率の変化も小さいことから湿式摩擦材全体の潤滑油の吸収性を維持して潤滑油を取り込む。そして、取り込まれた潤滑油は、係合時に表面部の剛性を高めないものより、表面部の剛性を高めただけつぶれ難くなり、これによって、より多くの潤滑油を保持できる。したがって、摩擦面に潤滑油が有効に供給され、引き摺りトルクの低減ができるとともに、係合時に生ずる摩擦熱を効率よく排出できる。そして、湿式摩擦材の摩擦面の表面から10μm以下の剛性を高め、かつ、湿式摩擦材全体の気孔率が必要以上に低下していないから、表面部の剛性を高める前と同等以上の潤滑状態が確保でき、所望のトルク伝達が行える。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は本発明の実施の形態の湿式摩擦材を複数枚設けた湿式多板クラッチの原理説明する要部断面図である。
【図2】図2は本発明の実施の形態の湿式摩擦材の要部断面構造を示す説明図である。
【図3】図3は本発明の実施の形態の湿式摩擦材と従来品との気孔率比較を示す説明図である。
【図4】図4は本発明の実施の形態の湿式摩擦材と従来品との潤滑油吸収時間を示す説明図である。
【図5】図5は本発明の実施の形態の湿式摩擦材における面圧と柔軟性との関係を示す特性図である。
【図6】図6は本発明の実施の形態の湿式摩擦材における回転数と引き摺りトルクの関係を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について、図面に基づいて説明する。なお、実施の形態において、同一記号及び同一符号は、同一または相当する機能部分であるから、ここではその重複する説明を省略する。
【0017】
図1及び図2を用いて、本発明の実施の形態について説明する。
図示のように、本実施の形態の湿式摩擦材を複数枚設けた湿式多板クラッチは、試験装置としてテスターSAE#2を使用したものである。
【0018】
図1に示すように、回転軸となるハブ4の周囲に配設され、ハブ4によって軸方向に摺動自在に保持された芯金1は、その両面に所定の摩擦係数を有する湿式摩擦材2が固着されている。湿式摩擦材2は、芯金1及びセパレータプレート3の片面のみに設けることもできる。また、ハブ4には径方向に貫通した潤滑油供給口5が設けられ、湿式多板クラッチを構成する湿式多板クラッチ10の内径側から外径側へと所定の間隔でATF(潤滑油)を供給している。
【0019】
このように構成された湿式多板クラッチ10は、次のようにクラッチの係合または非係合を行う。
図1の状態はクラッチ解放状態を示しておりセパレータプレート3と湿式摩擦材2とはそれぞれ離れている。解放状態では図示しないリターンスプリングの付勢力により、ピストン4はクラッチケース7の閉口端側に当接している。
この状態でクラッチを締結するには、ピストン8とクラッチケース7との間に画成された油圧室6にATFを供給する。ATFの油圧の上昇に伴い、図示しないリターンスプリングの付勢力に抗してピストン8は、図1において軸方向右に移動し、セパレータプレート3と湿式摩擦材2とを密着させる。これによりクラッチが締結される。
【0020】
更に具体的に説明する。湿式摩擦材2は、5枚組みとしてセグメントタイプ摩擦材のセグメントピース枚数を片面40枚で溝幅2mm、1枚の湿式摩擦材2の寸法が外径176mm,内径154mmのものを使用した。試験条件としては、湿式摩擦材2とセパレータプレート3との間のクリアランスが1.4mm、ATF量3000ml/min、油温100℃、摩擦回転数0〜5000rpmで引き摺りトルクについて測定を行った。なお、セパレータプレート1についての温度測定は、5枚の湿式摩擦材2の全枚数について行った。
【0021】
本実施の形態の湿式摩擦材2としては、図2に示したように繊維成分とフィラー成分とを含有する抄紙体にフェノール樹脂等の熱硬化性樹脂を含浸させて加熱硬化させてなる摩擦材本体2aを、平板リング状の芯金1の片面または両面に接合するものである。本実施の形態では、湿式摩擦材2のセパレータプレート3と係合または非係合する摩擦面側の表面から10μm以下を、同等の同一形状の湿式摩擦材2に比較して剛性を高くした表面部2bを形成したものである。ここで、湿式摩擦材2としては、平板リング状の芯金1にセグメントピースに切断した摩擦材基材を接着してなるセグメントタイプ摩擦材、及び平板リング形状の芯金1にリング状の摩擦材基材を接着してなるリング状摩擦材の双方が含まれる。また、無機フィラーとしては、酸化亜鉛、硫酸バリウム、酸化チタン等が使用できる。
【0022】
そして、本実施の形態として湿式摩擦材2の表面部2bの剛性は、熱硬化性樹脂量を表面部に多く含浸させた後、含浸させた熱硬化性樹脂を硬化することで高くしているが、抄紙体を作製する際に抄紙材料を調整することで行うこともあり得る。なお、表面部2bへ多くの熱硬化性樹脂を含浸させる方法としては、湿式摩擦材2全体に熱硬化性樹脂を含浸させた後、更に、表面部2bのみに熱硬化性樹脂を添加する方法や、熱硬化性樹脂を含浸させた後遠心力によって熱硬化性樹脂を表面部2bに移動させる方法、更には熱硬化性樹脂を含浸させた後、表面部2bの摩擦面側と反摩擦面側の温度に差を設けて加熱硬化させる方法等が使用できる。
【0023】
本実施の形態の湿式摩擦材2に対する無機フィラーの添加理由は、粒径の小さい無機フィラーを添加することで繊維と繊維との間に無機フィラーが付着し、含浸された熱硬化性樹脂が硬化する際に繊維間を結合し、湿式摩擦材2の強度を向上させる効果が得られ、また、無機フィラーの真比重を確保することで配合される容量が小さくなり、無機フィラーによって湿式摩擦材2の気孔が埋められることがなく、湿式摩擦材2の気孔径を確保することができる。これによって、摩擦面からの潤滑油の吸収が速くなるため、クラッチの解放特性が向上するものである。
【0024】
ここで、無機フィラーの粒子径が0.3μm未満の中位径の場合には、抄紙の際に繊維と絡み難く、また抄紙網から水と一緒に流れてしまい安定して配合できず、一方、中位径が10μmを超えると、繊維間の気孔が無機フィラーで埋められて気孔径が小さくなり、また、無機フィラーの粒子数が減少することによって、繊維間を結合して摩擦材基材の強度を向上させる効果が小さくなってしまう。無機フィラーの粒子径の中位径(メディアン径)とは、積算%の分布曲線において、10%の横軸と交差する点の粒子径を10%径、30%の横軸と交差する点の粒子径を30%径、80%の横軸と交差する点の粒子径を80%径といい、これを「任意%粒子径」と呼び、特に、50%粒子径は、メディアン径(中位径)と呼んでいる。この粒子径はレーザー光散乱方式で測定したものである。
【0025】
また、真比重が4未満であると、配合する容量や粒子数が増加するため気孔が埋められてしまい、気孔径や気孔率が小さくなって良好な解放特性が得られず、また、真比重が6を超えると、配合する容量や粒子数が減少するため繊維間を結合して湿式摩擦材2の強度を向上させる効果が小さくなるとともに、抄紙時の分散性が悪化して湿式摩擦材2中に均一に分散できなくなる。
【0026】
繊維成分とフィラー成分とを含有する抄紙体に熱硬化性樹脂を含浸させて加熱硬化させてなる摩擦材本体2aは、更に、湿式摩擦材2のセパレータプレート3と係合または非係合する摩擦面側の表面から10μm以下を、表面の10μm以下に続く湿式摩擦材2の内部の同一体積に比較して剛性を高めた表面部2bとしたものである。
【0027】
具体的には、繊維成分55wt%とフィラー成分45wt%とを含有する抄紙体に熱硬化性樹脂35wt%を含浸させて摩擦材本体2aを加熱硬化させるとき、摩擦材本体2aの摩擦面側と反摩擦面側の温度差を、摩擦面側を下側にした場合、上側の面より1〜5℃程度高くし、その摩擦面の表層の摩擦面側の表面の10μm以下の流動性を高くし摩擦面側の表面部2bを硬化させたものである。ここで、表面部2bは摩擦面側の表面から10μm以下としている理由は、表面部2bが摩擦面側の表面から10μmを超えると湿式摩擦材2全体の気孔率が低下し充分な潤滑油の保持が難しくなり、また湿式摩擦材2自体の剛性が高くなりすぎ易く適切な柔軟性の維持も難しくなるためである。
【0028】
図3は本実施の形態の湿式摩擦材2(開発品)と従来品との気孔率の比較を示す説明図で、従来品は繊維成分55wt%とフィラー成分45wt%とを含有する抄紙体(100wt%)に、更に、熱硬化性樹脂35wt%を含浸させて摩擦材基材を加熱硬化させ摩擦材本体2aを形成したもので、本実施の形態の開発品は、同様に、繊維成分55wt%とフィラー成分45wt%とを含有する抄紙体(100wt%)に、熱硬化性樹脂35wt%を含浸させた摩擦材基材の摩擦面側の温度を反摩擦面側の面より3℃程度高くし、その摩擦面の表層の摩擦面側の表面の10μm以下の流動性を高くし、表面部2bを硬化させたものである。
ここでは、湿式摩擦材2(開発品)(摩擦材本体2a及び表面部2b)と従来品(摩擦材本体2a、ここでは表面部2bも摩擦材本体2aと同じになる)との気孔率の比較は、5枚の湿式摩擦材2の算術平均値とした。図3から開発品の気孔率は従来品の気孔率より低い値を示しているが、その差は5%以下であり略同等とみなすことができる。
【0029】
図4に示した結果から、開発品と、従来品との潤滑油吸収時間は、開発品の方が比較品より少し遅くなった結果ではあるが、ばらつきの範囲が略同等であることから、本実施の形態の開発品は従来品と潤滑油吸収時間において差がないことが分かる。このデータも、開発品と従来品との潤滑油吸収時間の比較は、7枚の湿式摩擦材2の算術平均値とした。なお、潤滑油吸収時間の測定方法は、湿式摩擦材2の表面から所定量の潤滑油を滴下した後、表面から潤滑油がなくなるまでの時間を測定することで行った。
【0030】
また、図5の本実施の形態の開発品と従来品との面圧と柔軟性との関係を示す特性図に示すように、本実施の形態の開発品は柔軟性が低く、言い換えれば剛性が高く変位し難いことが分かる。ここでは、開発品と従来品との柔軟性の比較は、その結果を顕著にするために7枚の湿式摩擦材2の全枚数の加算値とした。
【0031】
この測定は、湿式摩擦材2を7枚重ね合わせた試料を開発品と従来品とで各々準備し、7枚重ね合わせたこれら試料の厚み方向に圧力(面圧)を加えて圧縮したときの面圧に対する厚み方向の変位量を測定したものである。図5の結果から、本実施の形態の開発品は、熱硬化性樹脂35wt%を含浸させた摩擦材基材の摩擦面側の温度を反摩擦面側の面より3℃程度高くし、その摩擦面の表層の摩擦面側の表面の10μm以下の流動性を高くし硬化させたものであるから、表面の10μm以下の表面部2bの剛性が上がることによって開発品全体の剛性が高くなり、従来品に比べて変位量が少なくでたものである。このことは、本実施の形態の湿式摩擦材2がセパレータプレート等の相手材に係合したときつぶれ難く、湿式摩擦材2全体の気孔率の減少が少ないことを示し、従来品より多くの潤滑油を保持できることを表している。
【0032】
また、図6の回転数と引き摺りトルクの関係を示す特性図に示すように、引き摺りトルクは、1700rpm以上の回転数で顕著に低下している。したがって、湿式多板構造としても潤滑油を充分に潤滑させることが可能となり、耐熱性を低下させることがないだけでなく、耐熱性の向上も見込まれ、引き摺りトルクの低減が可能な湿式摩擦材(開発品)とすることができる。
【0033】
即ち、本実施の形態の湿式摩擦材2(開発品)(摩擦材本体2a及び表面部2b)によれば、湿式摩擦材(摩擦材本体2aのみ)の表面部分に熱硬化性樹脂を添加等によって多く含有させて硬化することで湿式摩擦材(摩擦材本体2a)の表面部分に存在する熱硬化性樹脂を表面部分に続く内部よりも多くなるようにして剛性を上げた表面部2bを設けたものである。このように摩擦面側の表面部2bの剛性を上げることで、係合時に摩擦面側の表面部分のつぶれが抑制され潤滑油の保持機能が向上する。もちろん湿式摩擦材2(開発品)の内部(摩擦材本体2a)の気孔率は同等に維持したままである。つまり、摩擦材本体2aのみ(従来品)のときに比べて係合時に気孔率の低下が少なく、気孔の保持が容易となる。このため湿式摩擦材全体に求められる所望の気孔率を得るために、湿式摩擦材全体の柔軟性が必要以上に柔らかくなることを防ぎ、湿式摩擦材2(摩擦材本体2a及び表面部2b)が微小の力で接触する場合の発生トルクを小さくでき、引き摺りトルクの低減ができる。
【0034】
また、表面部2bによって剛性を上げる範囲を、湿式摩擦材2(摩擦材本体2a及び表面部2b)の摩擦面の表面から最大でも10μmに抑えているから、湿式摩擦材2(摩擦材本体2a及び表面部2b)全体の気孔率には殆ど影響を与えずに、その変化率が剛性を上げないときと比べて5%以内の低下となっている。したがって、非係合時には潤滑油の吸収性は従来の湿式摩擦材と同等の吸収性能を有して潤滑油が取り込まれる。そしてセパレータプレート等の相手材と係合したとき表面部2bはつぶれ難いため、表面部2bの気孔率の減少は少なくなり、その結果取り込まれた潤滑油をより多く保持することが可能となり、潤滑油が摩擦面に有効に供給され、潤滑油による潤滑効果によって引き摺りトルクを低く維持するとともに、係合時に生ずる摩擦熱を効率よく排出できる。
【0035】
本実施の形態の湿式摩擦材2は、芯金1とセパレータプレート3間に配設された1枚を環状または複数枚を環状に配置した湿式摩擦材2(摩擦材本体2a及び表面部2b)の芯金1またはセパレータプレート3と係合または非係合する摩擦面の表面の10μm以下を、それに続く湿式摩擦材2の内部(摩擦材本体2a)の同一体積形状の柔軟性よりも硬くしたものである。
【0036】
したがって、本実施の形態によれば、湿式摩擦材2(摩擦材本体2a)の表面の部分のみに熱硬化性樹脂を更に添加した後加熱硬化することで湿式摩擦材2の表面部分に存在する熱硬化性樹脂を表面部分に続く内部よりも多くなるようにしたものに相当し、この熱硬化性樹脂の増加が剛性を上げるための補強となっている。これによって、芯金1またはセパレータプレート3と係合したときの表面部分(表面部2b)における潤滑油の保持能力が摩擦材本体2aのみのとき以上となるが、内部(摩擦材本体2a)の気孔率は、ほぼ同等を維持している。
【0037】
そして、表面部分を熱硬化性樹脂の含有量を増やすことで剛性を上げても、湿式摩擦材全体の気孔率の低下は剛性を上げる前とその変化が5%以下の減少になっている。このように表面部2bの剛性を湿式摩擦材2(摩擦材本体2a及び表面部2b)全体の気孔率が5%以下の変化率の範囲内で高くしているため、湿式摩擦材2(摩擦材本体2a及び表面部2b)が必要以上に柔軟性が高くなることを防ぎ、湿式摩擦材2(摩擦材本体2a及び表面部2b)が微小の力で接触する場合の発生トルクを小さくし、引き摺りトルクの低減を図ることができる。
【0038】
また、湿式摩擦材2の摩擦面の表面から10μm以下を熱硬化性樹脂によって表面から10μm以下に続く内部の柔軟性より硬くすることで、湿式摩擦材2の全体の柔軟性よりも硬くした表面部2bとすることができる。この場合、表面部2bの剛性を湿式摩擦材2の全体の剛性より高くしているが、その範囲は湿式摩擦材2の摩擦面の表面から10μm以下であるため殆ど湿式摩擦材2全体の気孔率に変化はなく潤滑油の吸収性に影響を及ぼさない。
したがって、潤滑油を取り込み、取り込まれた潤滑油は、係合時に表面部2bの剛性によってより多くの潤滑油が保持されて、摩擦面に有効に供給され、引き摺りトルクを低減するとともに係合時に生ずる摩擦熱を効率よく排出できる。また、係合時には表面部の剛性を上げる前の摩擦材本体2aのみより気孔率の低下が少ないことによって、摩擦材本体2aのみのときと同様以上の潤滑状態が確保できる。つまり、摩擦材本体2aのみが従来品とすると本実施の形態によれば、従来品以上の潤滑状態の提供が可能となる。
【0039】
ここで、その摩擦面表面の10μm以下の表面部2bを摩擦材本体2aの柔軟性よりも硬くして剛性を上げるのに、熱硬化性樹脂による硬化としたものであるから、湿式摩擦材2の表面温度と裏面温度の調節によって簡単に片面、即ち、摩擦面の表面の10μm以下について湿式摩擦材2全体の柔軟性よりも硬くすることができ、作業性がよい。
【0040】
また、摩擦材本体2a全体の気孔率が湿式摩擦材2(摩擦材本体2a及び表面部2b)の摩擦面の表面から10μm以下を、それに続く湿式摩擦材2(摩擦材本体2a)の同一体積形状または湿式摩擦材2(摩擦材本体2a)全体の柔軟性よりも硬くしても、その影響が5パーセント以下の減少であるから、殆どの部分で気孔率の低下が生じないので、摩擦材本体2a及び表面部2bからなる摩擦材2の基本的な特性が変化するものではない。
【0041】
特に、湿式摩擦材2の摩擦面表面から10μm以下を、それに続く湿式摩擦材2(摩擦材本体2a)の同一体積形状または湿式摩擦材2(摩擦材本体2a及び表面部2b)全体の柔軟性よりも硬くして剛性を上げても、従来品の摩擦面表面から10μm以下を硬くしていない湿式摩擦材2(摩擦材本体2a)に比較しても、図3の気孔率に殆ど変化がなく、また、図5の柔軟性は変位量が小さくなる。このことから、表面部2bの剛性向上によって引き摺りトルクを低減することができ、更に、セパレータプレート等と充分な力で係合したときに気孔率の減少が抑制されることで、より多くの潤滑油を湿式摩擦材2全体に保持することができ耐熱性の向上が見込まれる。
【0042】
以上のように、本発明の実施の形態では、摩擦材本体2a及び表面部2bによって摩擦面の表面の10μm以下をその湿式摩擦材2(摩擦材本体2a)全体の柔軟性よりも硬くして剛性を上げるだけで、高気孔率を維持したまま、摩擦表面の柔軟性を抑え、摩擦材2が微小の力で接触する場合の引き摺りトルクを低減することができる。
【0043】
したがって、本発明の実施の形態では、従来の湿式摩擦材2の表面部分に熱硬化性樹脂を多く偏在させて硬化することによって、つまり摩擦表面部分に存在する熱硬化性樹脂をこれまでよりも多くなるようにするだけで、成形時の表層のつぶれを抑制でき、非係合時の潤滑油の吸収性と湿式摩擦材全体の気孔率を略同等にしたまま、係合時に要求される潤滑油の保有量を確保するために必要以上に湿式摩擦材全体の柔軟性が高くなることを防ぎ、摩擦材が微小の力で接触する場合の発生トルクを小さくできる。
【産業上の利用可能性】
【0044】
上記実施の形態では、自動車等の自動変速機やオートバイ等の変速機に用いられる複数の湿式摩擦材を使用した湿式多板構造としたものを前提に説明したが、本発明を実施する場合には、潤滑油を充分に潤滑させることができて湿式摩擦材を熱劣化させることがなく、引き摺りトルク低減が可能な単数の摩擦板を設けた摩擦材係合装置用の湿式摩擦材であれば、多板構造に限定されるものではない。
また、摩擦材の引き摺りトルクを低減するために摩擦表面にμの低い添加材を配置しても同様の効果が得られるものと推定される。
【符号の説明】
【0045】
1 芯金
2 湿式摩擦材
2a 摩擦材本体
2b 表面部
3 セパレータプレート
4 ハブ
5 潤滑油供給口
6 油圧室
7 クラッチケース
10 湿式多板クラッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芯金とセパレータプレート間に配設され、単数枚または複数枚を環状に配置した湿式摩擦材において、
前記湿式摩擦材の前記芯金またはセパレータプレートと係合または非係合する摩擦面側の表面部が、前記湿式摩擦材の前記表面部に続く内部の同一体積形状に比べて剛性を高くしたことを特徴とする湿式摩擦材。
【請求項2】
前記湿式摩擦材全体の気孔率が、前記湿式摩擦材の前記表面部の剛性を前記内部と同じにしたときの湿式摩擦材全体の気孔率に比べて、前記芯金またはセパレータプレートと係合または非係合する摩擦面側の表面部の剛性の変化による変化率が5%以下の減少であることを特徴とする湿式摩擦材請求項1に記載の湿式摩擦材。
【請求項3】
前記湿式摩擦材の前記表面部が前記摩擦材の表面から10μm以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の湿式摩擦材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−229745(P2012−229745A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−98115(P2011−98115)
【出願日】平成23年4月26日(2011.4.26)
【出願人】(000100780)アイシン化工株式会社 (171)
【Fターム(参考)】