説明

準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定方法及び測定装置

【課題】 チャンバー内壁面への準揮発性有機化合物(SVOC)の吸着による測定誤差が少なく、正確・高精度であって、チャンバーの加熱や洗浄が不要で、被測定物を非破壊で測定できる準揮発性有機化合物の放散量測定方法及び測定装置を提供する。
【解決手段】 チャンバー内に設置した被測定物から放散する準揮発性有機化合物の放散量を測定する方法であって、流体力学シミュレーションによりチャンバー内の気流を解析して、チャンバー内に設置した被測定物から放散する化学物質の濃度が、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±1〜20%となる領域を特定する工程(a)と、実際にチャンバー内に被測定物を設置して換気し、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±1〜20%となる領域の空気を捕集し、準揮発性有機化合物の汚染濃度を測定する工程(b)を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チャンバー内に設置した被測定物から放散する準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量を測定する方法及び測定装置に関するものであり、特に、チャンバー内壁面への準揮発性有機化合物(SVOC)の吸着による測定誤差が少なく、正確・高精度であって、チャンバーの加熱や洗浄が不要で、被測定物を非破壊で測定できる準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定方法及び測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、建材、家具、電気製品などから放散される有機化合物などの化学物質による室内空気の汚染が社会的な問題となっている。世界保健機構(WHO)では、有機化合物の沸点によって、これらの化学物質を、以下の4グループに分類している。
【0003】
(1)沸点が<0〜50−100℃の超(高)揮発性有機化合物(VVOC:Very Volatile Organic Compounds)
(2)沸点が50−100〜240−260℃の揮発性有機化合物(VOC:Volatile Organic Compounds)
(3)沸点が240−260〜380−400℃の準揮発性有機化合物(SVOC:Semi−volatile Organic Compounds)
(4)沸点が>380℃の粒子状有機化合物(POM:Particulate Organic Compounds)
【0004】
超揮発性有機化合物(VVOC)に属する代表的な化学物質としては、ホルムアルデヒドがあり、揮発性有機化合物(VOC)属する化学物質としては、トルエン、キシレン、ベンゼン、スチレンなどがある。また、準揮発性有機化合物(SVOC)に関しては、可塑剤であるフタル酸ジオキシル(DOP)、リン酸トリブチル(TBP)や有機リン系農薬の一部がある。粒子状有機化合物(POM)としては、リン酸トリクレシル(TCP)殺虫剤、防蟻剤に用いられるクロルピリホス、ホスキム、ピリダフェンチオンなどがある。
【0005】
特に、ホルムアルデヒド、トルエン、キシレンなどの超揮発性有機化合物(VVOC)や揮発性有機化合物(VOC)は、健康に有害で、シックハウス症候群を引き起こす原因と考えられ、注目されており、厚生労働省のガイドラインにおいて、これら化学物質の室内濃度における指針値が定められている。
【0006】
そのため、建材、家具、電気製品などからの揮発性有機化合物(VOC)の放散量(放散速度:単位時間当たりに放散されるVOCの質量)を正確に高精度で測定する必要がある。揮発性有機化合物(VOC)に関しては、測定方法の規格化が進められた結果、最近になって、JIS−A1901 「建築材料の揮発性有機化合物(VOC)、ホルムアルデヒド及び他のカルボニル化合物放散測定方法−小形チャンバー法」としてJIS化されている。
【0007】
一方、準揮発性有機化合物(SVOC)に関しては、これらの化学物質はプラスチックなどに可塑剤、難燃剤として多く含まれており、それらの中には内分泌攪乱作用や発ガン性、神経毒性を示すものもある。また、これらは揮発性有機化合物(VOC)より沸点が高いにもかかわらず室内に放散されることから、揮発性有機化合物(VOC)と同様に健康に影響を及ぼすおそれのある化学物質として懸念されている。
【0008】
一般的には、化学物質の放散量測定方法の原理は、以下の様に説明される。
まず、室内に被測定物を設置し、この被測定物から化学物質が放散されると、直ちに一様に拡散して空気中に完全に混合すると仮定する。この濃度を瞬時一様拡散濃度(完全混合濃度)C(μg/m)と定義する。瞬時一様拡散濃度Cは、下記の式(1)で与えられる。
C=(E×u)/Q (1)
ここで、Eは個数単位当たりの放散速度(μg/(unit・h))、uは被測定物の個数(unit)、Qは単位時間当たりに室内に供給された空気の体積(m/h)、すなわち換気量である。
【0009】
実際には、被測定物から放散した化学物質は、瞬時一様には拡散せず、室内で濃度分布を有するのがほとんどである。しかしながら、室内における化学物質の保存則から、排気口での出口平均濃度Cは、常に理想的な瞬時一様拡散濃度Cと一致することになる。
【0010】
ここで、放散した化学物質が、揮発性有機化合物(VOC)のような室内の壁面に吸着しないものであると、瞬時一様拡散濃度Cのまま室内の排気口まで到達するため、排気口での出口平均濃度C(μg/m)を測定すれば、瞬時一様拡散濃度Cが得られることになる(C=C)。
【0011】
出口平均濃度C(μg/m)の測定は、例えば、排気口に捕集管を配置し、吸引ポンプで一定の吸引流量q(m/分)で一定時間t(分)吸引して空気を捕集する。そして、捕集管にトラップされた化学物質の質量m(μg)を測定器で定量する。出口平均濃度C(μg/m)は、下記の式(2)から求められる。
=m/(t×q) (2)
【0012】
ところが、放散化学物質が準揮発性有機化合物(SVOC)であると、揮発性有機化合物(VOC)と異なり、室温条件下では、そのほとんどが室内壁面に吸着してしまう。そのため、排気口で濃度を測定してもほとんど検出できず、正確な放散量を測定するのは困難であった。したがって、準揮発性有機化合物(SVOC)の測定に、上記JIS−A1901の小形チャンバー法をそのまま応用することはできなかった。
【0013】
そこで、小形チャンバー内に試験片を入れ、チャンバーごと加熱して測定する、いわゆるスクリーニング法や、小形チャンバー内に試験片を入れた後、チャンバー内を換気して放散ガスを捕集後、チャンバーから試験片を取り出し、空のチャンバー内にパージガスを供給しながらチャンバーを加熱し、チャンバー内壁面に吸着している準揮発性有機化合物(SVOC)を放出(脱着)させて測定する、いわゆるチャンバー内吸着−加熱脱着法などの準揮発性有機化合物(SVOC)の測定方法が提案されている(例えば、特許文献1及び非特許文献1参照)。
【特許文献1】国際公開第03/048738号パンフレット
【非特許文献1】朱 清宇、星野 邦広、加藤 信介、安宅 勇二,「室温度条件下における材料から放散される準揮発性有機化合物(SVOCs)測定法の開発」,日本建築学会計画系論文集,第574号,pp.35−41,2003年12月
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、上記従来方法にあっては、いずれも被測定物は、電化製品や家具などの室内製品の一部分を取り出したり、細かく切った試験片であり、実物大の室内製品を非破壊で測定する方法ではなかった。例えば、上記スクリーニング法にあっては、チャンバーを大形化して、試験片に代えて実物大の室内製品を測定しようとすると、チャンバー内の室内製品も高温となり破損してしまうため、応用できないという問題があった。
【0015】
また、上記チャンバー内吸着−加熱脱着法にあっては、室内製品を取り出した後、大形チャンバーを加熱する必要がある。しかし、この大形チャンバーを均一に加熱し、チャンバー内壁面に吸着した準揮発性有機化合物(SVOC)をすべて脱着させることは極めて困難である。
【0016】
これに代わる方法として、チャンバー内を溶剤などで洗浄し、壁面に吸着している成分を溶出して、これを分析するという方法もあるが、大形チャンバー内壁面から、吸着した準揮発性有機化合物(SVOC)を、もれなく溶出させることは極めて難しい。そのため、チャンバー内壁面に吸着した成分を、もれなく収集して分析する上記のような方法は、コストや手間などの点から実用的でなく、応用が困難であるという問題がある。
【0017】
すなわち、準揮発性有機化合物(SVOC)は、上述したようにチャンバー内壁面に吸着しやすいため、上記従来方法でも、正確に高精度で測定するのは困難であった。
【0018】
このように、準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定に関して、実物大の室内製品を非破壊のそのままの状態で、正確に高精度で測定する有効な測定方法及び測定装置は、未だ提案されていない。
【0019】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑み、チャンバー内壁面への準揮発性有機化合物(SVOC)の吸着による測定誤差が少なく、正確・高精度であって、チャンバーの加熱や洗浄が不要で、被測定物を非破壊で測定できる準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定方法及び測定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
かかる課題を解決するため、
請求項1にかかる発明は、チャンバー内に設置した被測定物から放散する準揮発性有機化合物の放散量を測定する方法であって、流体力学シミュレーションにより前記チャンバー内の気流を解析して、前記チャンバー内に設置した前記被測定物から放散する化学物質の濃度が、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±1〜20%となる領域を特定する工程(a)と、実際に前記チャンバー内に前記被測定物を設置して換気し、前記瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±1〜20%となる領域の空気を捕集し、前記準揮発性有機化合物の汚染濃度を測定する工程(b)を有することを特徴とする準揮発性有機化合物の放散量測定方法である。
【0021】
請求項2にかかる発明は、前記被測定物が、家具、建具、什器、オフィス用家具、オフィス用建具、家庭電化製品、オフィス機器、建築設備機器からなる群から選択される1種以上の室内製品である請求項1に記載の準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定方法である。
【0022】
請求項3にかかる発明は、前記チャンバー内の気流及び換気が、鉛直層流である請求項1または2に記載の準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定方法である。
【0023】
請求項4にかかる発明は、チャンバー内に設置した被測定物から放散する準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量を測定する装置であって、前記チャンバー内の気流及び放散化学物質の濃度分布を解析する流体力学シミュレーション装置と、給気口及び排気口を備えた、前記被測定物を設置する前記チャンバーと、前記チャンバー内の空気を捕集して、前記準揮発性有機化合物(SVOC)の汚染濃度を測定する分析装置とを備えたことを特徴とする準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定装置である。
【0024】
請求項5にかかる発明は、前記チャンバーが、前記給気口を、前記被測定物が設置される面積を除く床面全面に設け、前記排気口を天井面全面に設けたものである請求項4に記載の準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定装置である。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係る準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定方法及び測定装置によれば、流体力学シミュレーションによりチャンバー内の気流及び放散化学物質の濃度分布を、チャンバー内壁面に吸着する現象も再現して解析し、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±1〜20%となる領域を特定してから、実際にその特定領域で空気を捕集して、準揮発性有機化合物(SVOC)の汚染濃度を測定するため、チャンバー内壁面への準揮発性有機化合物(SVOC)の吸着による測定誤差を少なくし、正確・高精度に、かつチャンバーの加熱や洗浄を行うことなく、被測定物を非破壊のまま測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態に係る準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定装置の例を図面に示し、詳細に説明する。
【0027】
[第1の実施形態]
図1は、第1の実施形態に係る準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定装置1の概略構成図である。
【0028】
本実施形態に係る放散量測定装置1は、流体力学シミュレーション装置(図示略)と、給気口5及び排気口6を備えた、被測定物4を設置するチャンバー2と、分析装置3とから概略構成されている。
【0029】
流体力学シミュレーションでは、市販の数値流体力学(CFD:Computational Fluid Dynamic)シミュレーションソフトを組み込んだパソコン、大型コンピュータなどにより、チャンバー2内の気流を解析し、チャンバー2内に被測定物4を設置して換気した場合の被測定物4から放散する化学物質の濃度分布を、チャンバー内壁面に準揮発性有機化合物(SVOC)が吸着する現象も含めて、理論解析できるようになっている。
【0030】
本実施形態に用いるチャンバー2は、幅(W)2700mm、奥行き(D)2700mm、高さ(H)2400mmの直方体状のステンレスなどの金属製で密閉可能なものである。内面はそのままでもよいし、ガラスまたは石英などでコーティングしてもよい。チャンバー2は、容積約17.5mで4畳半の広さの居室に相当するため、テレビ(例えば、幅(w)600mm、奥行き(d)1200mm、高さ(h)600mm)やタンス(例えば、幅(w)600mm、奥行き(d)1200mm、高さ(h)1800mm)などの被測定物4をそのままの状態で設置できるようになっている。
【0031】
このチャンバー2は、内部の温度、湿度、換気量を制御できるようになっており、換気を行うための220mm×220mmの正方形状の給気口5及び排気口6が、それぞれ天井面に対角に設けられている。
【0032】
また、分析装置3は、空気を捕集するためのTenax−TA吸着管などの捕集管7と、水素炎イオン化検出器付きガスクロマトグラフ(GC/FID)やガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)などの測定器8とから構成されている。
【0033】
捕集管7は、チャンバー内の空気をポンプで吸引して捕集した後、その空気を放出させて測定器8に導入できるようになっている。測定器8は、いわゆる市販の分析機器の一種で、捕集した空気中の準揮発性有機化合物(SVOC)の汚染濃度を定量できるようになっている。
【0034】
本実施形態に係る測定装置1では、チャンバー2を大形化することにより、被測定物4を非破壊のまま内部に収容させて測定することができる。
【0035】
次に、本実施形態に係る準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定方法について説明する。この放散量測定方法は、コンピュータシミュレーションにより、あらかじめチャンバー内で、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±1〜20%となる領域を特定しておき、実際の空気捕集をその特定した領域で行って、準揮発性有機化合物(SVOC)の汚染濃度を測定し、これから被測定物の準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量(個数単位当たりの放散速度)を算出するものであり、チャンバー内壁面への吸着による測定誤差を低減して、正確で精度の高い測定を可能とするものである。
【0036】
図2は、本実施形態に係る準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定方法を示す工程図である。本実施形態に係る準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定方法は、工程ア〜オから概略構成されている。
【0037】
被測定物は、プラスチック製、表面塗装した金属製などの非破壊状態の室内製品、建築設備機器であり、例えば、家庭用・オフィス用・教育施設用・公共施設用・店舗用の家具、什器、並びに建具などや家庭電化製品、オフィス機器、OA機器などの電気製品といった室内製品が挙げられる。
【0038】
具体的には、タンス、本棚、書棚、食器棚、棚、仏具、ベット、カウンター、机、テーブル、サイドボード、ロッカー、ラック、いす、ベンチ、ソファー、スツール、黒板、掲示板、スタンド、ハンガー、ケース、保管庫、ワゴン、キャリアーなどの家具・什器;パーティション、間仕切り、障子、襖、ドアなどの建具;テレビ、オーディオ、ビデオ、デジタルカメラ、DVDなどのAV機器、家庭用ゲーム機、電話機、洗濯機、乾燥機、掃除機、冷蔵庫、調理器具、照明器具、空調機などの一般的な家庭電化製品;パソコン、ファクシミリ、プリンター、コピー機、スキャナー、シュレッダー、プロジェクターなどのオフィス機器やOA機器などが挙げられる。
【0039】
そのなかでも、家具、建具、什器、オフィス用家具、オフィス用建具、家庭電化製品、オフィス機器、建築設備機器からなる群から選択される1種以上の室内製品であるのが好ましい。
【0040】
工程(a)は、図2に示した工程ア〜ウから構成されており、流体力学シミュレーションによりチャンバー内の気流を解析し、チャンバー内壁面に化学物質が吸着する現象も考慮して、チャンバー内に設置した被測定物から放散する化学物質の濃度分布を解析して、濃度が、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±1〜20%となる領域を特定するものである。
【0041】
まず、図2に示した工程アでは、流体力学シミュレーション装置を用いて、流れ場解析(気流解析)を行う。流れ場解析では、被測定物からの化学物質の放散はなく、チャンバー内での気流の流れのみを解析するものである。この工程アと次の工程イとを合わせてCFD解析という。具体的なCFD解析ケースの各条件を、表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
本実施形態では、ケース(Case)1〜4について、CFD解析を行う。ケース1〜4とも、図1に示したチャンバー2の天井面に220mm×220mmの正方形状の給気口5及び排気口6を対角に設けたモデルであり、ケース1〜2は、被測定物4が600mm×1200mm×600mm(表面積2.88m)のテレビであり、ケース1が、放散化学物質がチャンバーの天井面、床面、及び壁面で吸着しない、揮発性有機化合物(VOC)のような場合であり、ケース2が、吸着する準揮発性有機化合物(SVOC)のような場合である。
【0044】
また、ケース3〜4は、被測定物4が600mm×1200mm×1800mm(表面積7.2m)のタンスであり、ケース3が、放散化学物質がチャンバーの天井面、床面、及び壁面で吸着しない、揮発性有機化合物(VOC)のような場合であり、ケース4が、吸着する準揮発性有機化合物(SVOC)のような場合である。
【0045】
ここで、Loading Factor(LF)は、被測定物の表面積をチャンバー容積で除した数値(m/m)であり、テレビでは0.165、タンスでは0.412となる。また、換気回数(回/h)とは、単位時間当たりにチャンバーに供給された空気の体積(換気量)をチャンバー容積で除した値をいう。本実施形態では、換気回数、給気口5からの吹出速度、Loading Factor(LF)を換気回数で除した値であるLF/Nは、表1に示した条件とする。
【0046】
また、本実施形態のCFD解析条件は、表2に示した条件を用いる。乱流モデルは低Re型k−εモデル(Abe−Nagano model)、アルゴリズムはSIMPLE法、差分スキームはQUICK(k、εは1次精度風上)、流入境界条件は、Uin=0.05m/sなどを用いている。
【0047】
【表2】

【0048】
図3は、表1のケース3におけるCFD解析によるチャンバー内の流れ場を示した模式図である。図3によれば、気流の乱れが発生しており、タンスから左床面付近に滞留域10が、右中央付近に循環流11の流れ場が観測される。
【0049】
次に、図2に示した工程イでは、被測定物から放散した化学物質の濃度分布を、チャンバー内壁面への準揮発性有機化合物(SVOC)の吸着も考慮しながら、理論解析(拡散場解析)する。なお、揮発性有機化合物(VOC)については、チャンバー内壁面への吸着を考慮しなくてよい。
【0050】
この時、被測定物からの放散面は、底面を除いた5面であり、図1に示した41〜45の面である。また、放散化学物質としては、計算が容易となるよう、純水を用いた例を示す。なお、純水の他に、どのような物質を用いて解析を行っても同様である。
【0051】
具体的には、表2の最下欄に示したように、被測定物の表面(41〜45)に純水の飽和気相濃度(27.7g/m)与え、拡散係数を2.66×10−5/s、チャンバー内温度は28℃一定、被測定物の発熱はないもの等と仮定して、計算する。この時、チャンバー内壁面への吸着の有無もパラメータとして取り込むことができる。
【0052】
次に、図2に示した工程ウでは、得られた化学物質の濃度のうち、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±1〜20%となる領域を特定して、コンピュータ画面上に表示させる。誤差をあまり問題にしないのであれば、本実施形態のように、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±1〜20%となる領域で行うことができるが、誤差をより少なくするのであれば、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域としてもよい。
【0053】
図4は、CFD解析によるチャンバー内のテレビからの放散のうち、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域を示した模式図であり、(a)は表1のケース1の壁面吸着がない場合、(b)は表1のケース2の壁面吸着がある場合の模式図である。ここで、符号20で示された領域が、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域である。
【0054】
図4によれば、(a)の壁面吸着がない場合は、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域20が、チャンバー2内にかなり広がって存在しているが、(b)の壁面吸着がある場合は、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域20は、被測定物4の周辺近傍にわずかに存在している。
【0055】
また、図5は、CFD解析によるチャンバー内のタンスからの放散のうち、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域を示した模式図であり、(a)は表1のケース3の壁面吸着がない場合、(b)は表1のケース4の壁面吸着がある場合の模式図である。
【0056】
タンスの場合もテレビと同様に、図5(b)の壁面吸着がある場合は、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域20は、被測定物4の周辺近傍に存在している。
【0057】
図4および図5の結果から、壁面吸着性のある化学物質の場合は、チャンバーの排気口6付近では濃度は薄くなり、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域20は、被測定物4の周辺近傍にあることが特定される。
【0058】
次に、実際の測定に当たる工程(b)を行う。工程(b)は、図2に示した工程エ〜カから構成されており、実際にチャンバー内に被測定物を設置して換気し、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±1〜20%となる領域の空気を捕集し、準揮発性有機化合物(SVOC)の汚染濃度Cを測定するものである。
【0059】
まず、図2に示した工程エでは、チャンバー内に被測定物を設置する。このチャンバーは図1に示したものである。
【0060】
次に、図2に示した工程オでは、チャンバー内を換気する。換気の条件は表1に示した条件と同様とする。そして、工程ウで特定した瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±1〜20%となる領域において、その空気をポンプで吸引して、Tenax−TA吸着管などの捕集管に捕集する。
【0061】
図2に示した工程カでは、捕集管から捕集した空気を放出させて、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)に導入し、準揮発性有機化合物(SVOC)の汚染濃度Cを定量する。測定対象となる準揮発性有機化合物(SVOC)は、フタル酸ジブチル(DBP)、フタル酸ジ−2−エチルヘキシル(DEHP)などのフタル酸エステル;アジピン酸−2−エチルヘキシル(DOA)などのアジピン酸エステル;トリブチルホスフェート(TBP)、トリ(クロロエチル)ホスフェート(TCEP)などのリン酸エステル;ジブチルヒドロキシトルエン(BHT)、シロキサン6量体(D6)、ヘキサデカン、エイコサンなどの脂肪族炭化水素;2−エチル−1−ヘキサノールなどのアルコール等が挙げられる。
【0062】
この準揮発性有機化合物(SVOC)の汚染濃度Cは、工程ウで特定して、工程オで捕集した領域の空気中におけるものであるから、瞬時一様拡散濃度Cを100とした時に、100±1〜20%となる濃度に対応し、排気口6での出口平均濃度Cに相当する。図2に示した工程オでは、この汚染濃度C(μg/m)を、上記式(1)から導いた下記式(3)に当てはめて、個数単位当たりの放散速度E(μg/(unit・h))を決定する。
E=(C×Q)/u (3)
ここで、上記式(1)と同様に、uは被測定物の個数(unit)、Qは換気量(m/h)である。求めた個数単位当たりの放散速度Eの誤差は、±1〜20%となる。
【0063】
本実施形態に係る測定方法によれば、あらかじめ流体力学シミュレーションにより、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±1〜20%となる領域を特定してあるため、チャンバー内のその特定領域で空気捕集を行うことにより、チャンバー内壁面への準揮発性有機化合物(SVOC)の吸着による影響をほとんど受けることなく測定することができる。その結果、測定誤差を低減することができ、準揮発性有機化合物(SVOC)の測定を正確に高精度で行うことができる。
【0064】
また、本実施形態に係る測定方法では、チャンバー内壁面への準揮発性有機化合物(SVOC)の吸着による影響をほとんど受けることなく測定できるため、チャンバー内吸着−加熱脱着法のように、チャンバー内を加熱して吸着している成分を脱着させてわざわざ捕集する必要や、チャンバー内を溶剤などで洗浄し、壁面に吸着している成分を溶出して分析する必要もない。このため、エネルギーコスト、手間などの点で従来法よりも簡略化でき、大形チャンバーへの適用が容易である。
【0065】
また、本実施形態に係る測定方法では、被測定物を非破壊の状態でチャンバー内に設置し、室温で測定できるため、被測定物を破損したり悪影響を及ぼすことがなく、測定終了後の被測定物をそのまま通常どおり使用することができる。
【0066】
また、本実施形態では、測定対象の化学物質は準揮発性有機化合物(SVOC)であるが、これ以外の化学物質の測定にも応用することができる。このため、準揮発性有機化合物(SVOC)と同時に、チャンバー内壁面への吸着の程度を考慮して、超揮発性有機化合物(VVOC)や揮発性有機化合物(VOC)を測定することができる。
【0067】
また、本実施形態では、図2に示した工程イの拡散場解析において、被測定物の放散面からの化学物質の放散濃度を5面(41〜45)とも同じと仮定して行っている。しかし、被測定物の特定の部分からの放散濃度が、残りの部分よりも高い場合には、この仮定のままでは誤差が大きくなる。このような場合には、あらかじめ被測定物のなかで放散濃度の高い部分と低い部分の放散濃度を測定しておき、その違いが反映されるようなパラメータを拡散場解析に与えて計算を行うことで、最終的な放散量の誤差を少なくすることができる。
【0068】
[第2の実施形態]
図6は、第2の実施形態に係る準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定装置のチャンバー2の概略構成図である。本実施形態に係る放散量測定装置は、チャンバー2の給気口5及び排気口6の形状と位置が、第1の実施形態のそれと異なる以外は同様であるため、それらの説明は省略する。
【0069】
本実施形態に係るチャンバー2は、給気口5を、被測定物4が設置される面積を除く床面全面に設け、排気口6を天井面全面に設けたものである。例えば、床板をグレーチングとし、天井板をパンチングとしてもよい。図6中の矢印は空気の流れを示している。
【0070】
給気口5を床面に設け、排気口6を天井面に設けることにより、気流が下から上へと一方向にしか流れないようになっている。また、床面及び天井面のほとんど全面に給排気口を設けて、空気の流れがチャンバー2内で滞留しないようになっている。
【0071】
本実施形態に係る放散量測定方法は、表3に示したCFD解析ケースの各条件を用いた以外は、第1の実施形態と同様であるため、それらの説明は省略する。表3に、本実施形態に係る放散量測定方法のCFD解析ケースの各条件を示す。この場合、壁面吸着とは、チャンバーの天井面、床面を除いた壁面のみと考える。
【0072】
【表3】

【0073】
また、表2では、流入境界Uin=0.000034m/sを用いる。図7は、表3のケース7におけるCFD解析によるチャンバー内の流れ場を示した模式図である。図7によれば、チャンバー2内の気流は鉛直層流12であることがわかる。
【0074】
図8は、CFD解析によるチャンバー内のテレビからの放散のうち、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域を示した模式図であり、(a)は表3のケース5の壁面吸着がない場合、(b)は表3のケース6の壁面吸着がある場合の模式図である。
【0075】
図8によれば、(a)と(b)とで、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域20に差異は見られず、また、この領域20は天井面の排気口6に達している。
【0076】
また、図9は、CFD解析によるチャンバー内のタンスからの放散のうち、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域を示した模式図であり、(a)は表3のケース7の壁面吸着がない場合、(b)は表3のケース8の壁面吸着がある場合の模式図である。
【0077】
図9の場合も同様に、(a)と(b)とで、差異はほとんど見られない。図8および図9の結果から、給気口5を床面に設け、排気口6を天井面全面に設け、気流を鉛直層流とすると、壁面吸着の影響をほとんど受けず、化学物質は吸着を起こすことがなく、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域20が、天井面の排気口6付近にあることが特定される。したがって、本実施形態では、空気の捕集は排気口6付近で行う。
【0078】
本実施形態に係る測定装置では、チャンバー2に、給気口5を被測定物4が設置される面積を除く床面全面に設け、排気口6を天井面全面に設けることにより、気流を鉛直層流とすることができる。その結果、チャンバー内気流および換気を鉛直層流とできるため、被測定物から放散した化学物質は、チャンバー内壁面に吸着する間もなく、排気口6に到達する。そのため、壁面への吸着による影響をまったく受けることなく、準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量を、より正確に高精度で測定することができる。
【0079】
また、本実施形態では、鉛直層流の気流を用いているが、チャンバーの四隅にスリット状の排気口を設け、スパイラル状の流れ場としても、壁面吸着の影響を少なくすることができる。
【実施例】
【0080】
以下、実施例により、本発明をさらに詳しく説明する。本発明は、下記実施例に何ら制限されるものではない。
【0081】
[実施例1]
幅(W)2700mm、奥行き(D)2700mm、高さ(H)2400mmのステンレス製の大形チャンバーを用意した。床板をグレーチングとし、天井板をパンチングとし、床面給気、天井面排気とした。このチャンバー内に幅(w)600mm、奥行き(d)1200mm、高さ(h)600mmのテレビを1台設置した。
【0082】
CFD解析は、表2に示した条件で行った。換気回数は0.5(回/h)、給気口5からの吹出速度は0.00034m/s、LF/Nは0.329、壁面吸着ありとして、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域を計算した。この瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域は、図8(b)と同じであった。
【0083】
実際の空気の捕集を、上記計算で特定した領域で行った。チャンバー内温度は28℃、湿度50%、換気回数、吹出速度はCFD解析と同様とした。捕集管は、Tenax−TAを用い、捕集流量200ml/分、捕集時間50分、10Lとした。
【0084】
分析は、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)を用いた。GC/MSの分析条件は、下記のとおりである。
【0085】
GC: HP6890
コールドトラップ温度: −130℃(1.5分)→50℃/秒→250℃(4分)
カラム: TC−1(60m×0.25mm×0.25μm)
オーブン温度: 40℃(5分)→10℃/分→270℃(21分)
検出器: HP5973MSD
【0086】
図10に、測定したトータルイオンクロマトグラム(TIC)のチャート図を示す。図10の結果から、フタル酸ジブチル(DBP)の放散速度は0.6(μg/(unit・h))、2−エチル−1−ヘキサノールの放散速度は0.8(μg/(unit・h))であることが求められた。
【0087】
以上の結果から、本発明によれば、チャンバーの加熱や洗浄を行うことなく、被測定物を非破壊のままで、チャンバー内壁面への吸着による測定誤差がほとんどなく、正確・高精度に準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量を測定できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明の準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定方法及び測定装置は、パソコン、ノートパソコン、テレビなどのプラスチック材料を多用している電気製品などの室内製品からの準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量の排出抑制に応用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】第1の実施形態に係る準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定装置の概略構成図である。
【図2】第1の実施形態に係る準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定方法を示す工程図である。
【図3】表1のケース3におけるCFD解析によるチャンバー内の空気の流れ場を示した模式図である。
【図4】CFD解析によるチャンバー内のテレビからの放散のうち、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域を示した模式図であり、(a)は表1のケース1の壁面吸着がない場合、(b)は表1のケース2の壁面吸着がある場合の模式図である。
【図5】CFD解析によるチャンバー内のタンスからの放散のうち、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域を示した模式図であり、(a)は表1のケース3の壁面吸着がない場合、(b)は表1のケース4の壁面吸着がある場合の模式図である。
【図6】第2の実施形態に係る準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定装置のチャンバーの概略構成図である。
【図7】表3のケース7におけるCFD解析によるチャンバー内の流れ場を示した模式図である。
【図8】CFD解析によるチャンバー内のテレビからの放散のうち、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域を示した模式図であり、(a)は表3のケース5の壁面吸着がない場合、(b)は表3のケース6の壁面吸着がある場合の模式図である。
【図9】CFD解析によるチャンバー内のタンスからの放散のうち、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±10%となる領域を示した模式図であり、(a)は表3のケース7の壁面吸着がない場合、(b)は表3のケース8の壁面吸着がある場合の模式図である。
【図10】実施例1で測定したトータルイオンクロマトグラム(TIC)のチャート図である。
【符号の説明】
【0090】
1 準揮発性有機化合物(SVOC)の放散量測定装置
2 チャンバー
3 分析装置
4 被測定物
5 給気口
6 排気口
12 鉛直層流



【特許請求の範囲】
【請求項1】
チャンバー内に設置した被測定物から放散する準揮発性有機化合物の放散量を測定する方法であって、
流体力学シミュレーションにより前記チャンバー内の気流を解析して、前記チャンバー内に設置した前記被測定物から放散する化学物質の濃度が、瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±1〜20%となる領域を特定する工程(a)と、
実際に前記チャンバー内に前記被測定物を設置して換気し、前記瞬時一様拡散濃度を100とした時に、100±1〜20%となる領域の空気を捕集し、前記準揮発性有機化合物の汚染濃度を測定する工程(b)を有することを特徴とする準揮発性有機化合物の放散量測定方法。
【請求項2】
前記被測定物が、家具、建具、什器、オフィス用家具、オフィス用建具、家庭電化製品、オフィス機器、建築設備機器からなる群から選択される1種以上の室内製品である請求項1に記載の準揮発性有機化合物の放散量測定方法。
【請求項3】
前記チャンバー内の気流及び換気が、鉛直層流である請求項1または2に記載の準揮発性有機化合物の放散量測定方法。
【請求項4】
チャンバー内に設置した被測定物から放散する準揮発性有機化合物の放散量を測定する装置であって、
前記チャンバー内の気流及び放散化学物質の濃度分布を解析する流体力学シミュレーション装置と、
給気口及び排気口を備えた、前記被測定物を設置する前記チャンバーと、
前記チャンバー内の空気を捕集して、前記準揮発性有機化合物の汚染濃度を測定する分析装置とを備えたことを特徴とする準揮発性有機化合物の放散量測定装置。
【請求項5】
前記チャンバーが、前記給気口を、前記被測定物が設置される面積を除く床面全面に設け、前記排気口を天井面全面に設けたものである請求項4に記載の準揮発性有機化合物の放散量測定装置。



【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2006−275627(P2006−275627A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−92326(P2005−92326)
【出願日】平成17年3月28日(2005.3.28)
【出願人】(801000049)財団法人生産技術研究奨励会 (72)
【出願人】(000002299)清水建設株式会社 (2,433)
【Fターム(参考)】