説明

準結晶触媒を用いるカーボンナノチューブ合成法

【課題】 CNTを基板上に直接合成する触媒CVD法で、そのカイラリティを制御すること、特に金属的性質を示すアームチェア型CNTを選択的に合成することは極めて困難である。そこで、本発明の目的は、金属的性質を有するアームチェア型CNTを選択的に基板上に直接合成する方法を提供することにある。
【解決手段】 本発明は、CNT合成時に触媒として作用する金属として準結晶組成から成るアルミニウム3元合金を用いて、それを熱処理することにより準結晶相を有する微粒子を形成して、その合金微粒子を触媒として用いる触媒CVD法により、アームチェア型CNTを選択的に合成することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定の電子的性質を有するカーボンナノチューブ(CNT)の選択的合成法に関わり、具体的には金属的特性を有するCNT、特にアームチェア型CNTを、基板上に選択的に合成するために用いる合金触媒種に関わる。
【背景技術】
【0002】
CNTを薄型平面ディスプレイや大規模集積回路など、電子デバイス分野に応用する試みが国内および海外で活発に行われている。このようなCNTの電子デバイスへの応用に際しては、ガラスやシリコン等の基板上に、所定の特性を有するCNTを所定の場所に所定の長さだけ合成する方法が必須である。CNTの代表的応用例として、電界放出型表示装置(Field Emission Display:FED)用陰極、次世代大規模集積回路(Large Scale
Integration:LSI)用層間配線材、走査トンネル顕微鏡/原子間力顕微鏡用探針、Micro Electro
Mechanical Systems (MEMS)デバイス、リチウムイオン電池用負極材、燃料電池、塗料用導電性フィラー等がある。
【0003】
現在、CNT合成法には、アーク放電法、レーザーアブレーション法、触媒を用いた化学気相成長(Chemical Vapor Deposition:CVD)法、の何れかが使われている。しかし、一般にデバイス用途に応じて最適なCNTの仕様は異なり、したがってCNTのデバイス特性を支配する、a) 直径、b) 長さ、c) カイラリティ(螺旋度)の、3要素を制御したCNT合成法を確立することが要求される。
【0004】
現在、CNTの直径に関しては、用いる触媒金属微粒子の直径や反応炉内温度を制御することにより、人為的に直径分布を制御することが可能である。長さに関しても、CNTの成長速度を制御することで、長さ分布を制御することが可能である。しかし、CNTが金属的であるか半導体的であるかという電子的特性の最も支配的な要因であるカイラリティについては、その制御を試みたいくつかの報告がなされているのみであり、一般にその制御は困難であることが知られている。
【0005】
CNT構造を示すカイラリティは、カイラルベクトル
C = n a1
+ m a2 の指数 (n, m) で表され、(n, n) をアームチェア型、 (n, 0) をジグザグ型、それ以外の (n, m) をカイラル型の、3種類に分類されている。ここで、a1, a2はグラフェンシートの単位格子ベクトルを表している。また、それぞれのカイラリティに応じて、金属的または半導体的性質を示すことが、理論的にも実験的にも証明されている (非特許文献1)。
【0006】
現在のところ、ジグザク型CNTの合成に関しては、楠らによるSiC表面分解法により2層ないし3層のジグザグ型CNTが、SiC単結晶基板上に選択的に形成されると報告されている (非特許文献2)。しかし、ジグザグ型CNTは、その3分の1が金属的、3分の2が半導体的であるので、所定の電子的特性を有するCNTを得ることは困難であり、また、ガラスやシリコン等の任意の基板上に形成することは不可能である。さらにロジウム/パラジウム合金触媒を用いたレーザーアブレーション法(非特許文献3)や白金触媒を用いたアルコール触媒CVD法によるCNTのカイラリティ選択性が議論されている(非特許文献4)が、いずれもカイラル型について述べられており、ジグザグ型と同様にその3分の1が金属的、3分の2が半導体的であり、その特性制御には至っていない。
【0007】
【非特許文献1】R. Saito, G. Dresselhaus,M.S. Dresselhaus, Chapter 3. Structure of a Single-Wall Carbon Nanotube,Chapter 4. Electronic Structure of Single-Wall Nanotubes, “PhysicalProperties of Carbon Nanotubes”, Imperial College Press, Singapore, p.35-58, p.59-72 (1998).
【非特許文献2】楠 美智子、鈴木敏之、本庄千鶴、「SiC結晶表面に形成された高配向ナノチューブの構造選択性」、日本結晶学会誌,Vol.30,No.4 (2003) p.42-47.
【非特許文献3】Y. Tsuruoka, S. Suzuki, T.Okazaki, H. Kataura, Y. Achiba, “Toward the selective production of SWNT with asingle chiral index”, 第31回フラーレン・ナノチューブ総合シンポジウム講演要旨集, 2P-28, p.143(July 12-14, 2006).
【非特許文献4】K. Urata, S. Suzuki, H.Nagasawa, H. Kataura, Y. Achiba, “The effect of a platinum catalyst on theformation of SWNTs with narrow diameter distribution by alcohol-CCVD method”, 第31回フラーレン・ナノチューブ総合シンポジウム講演要旨集, 1P-30, p.88 (July 12-14,2006).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のようにCNTを基板上に直接合成する触媒CVD法で、CNTのカイラリティを制御すること、特に金属的性質を示すアームチェア型CNTを選択的に合成することは極めて困難である。そこで、本発明の目的は、ガラスやシリコン基板上に、電界放出用陰極材およびLSI用層間配線材などの用途として最適な金属的性質を有する、アームチェア型(本発明では金属的性質を有するニアアームチェア型を含める)CNTを選択的に合成する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記の課題を解決するため、準結晶組成を有するアルミニウム合金微粒子を触媒として用いる触媒CVD法を考案し、本発明に至った。
【0010】
本発明は、前記触媒用合金が、5回対称性を有する正20面体構造の準結晶組成から成る、アルミニウムと銅及び、鉄、ルテニウム、オスミウムの3種のうち何れか1種からなる金属を構成成分とする3元アルミニウム合金である。ここで、準結晶組成を有するアルミニウム合金としては、Al65Cu25TM12
(TM=Fe, Ru, Os), Al70Pd20TM10 (TM=V, Cr, Mn, Fe,
Co, Mo, Ru, W, Re, Os) の何れを選択してもよいが、Al65Cu25TM12が、実用的には最も望ましい。5回対称性を有する正20面体構造の準結晶合金を触媒とする目的は、準結晶合金微粒子がCNTキャップ部の5員環合成のシーズとして作用し、アームチェア型CNTの合成を優先的に促進する効果をもたらすためである。
【0011】
すなわち本発明は、CNT合成時に触媒として作用する金属種として準結晶組成から成るアルミニウム合金薄膜を基板上に堆積し、それを熱処理することにより正20面体構造の準結晶相を有する合金微粒子を形成して、その合金微粒子を触媒として用いる触媒CVD法により、アームチェア型CNTを選択的に基板上に合成する方法である。
【0012】
アルミニウム合金薄膜を得るには、予め準結晶組成のアルミニウム合金ターゲットを作製し、それを蒸着源として基板上に蒸着するか、又は、それぞれの単体金属を蒸着源として順次蒸着した後に、熱処理を加えて合金化してもよい。
【0013】
また、基板上に準結晶合金薄膜を予めリソグラフィー法を用いてパターニングしておくことにより、基板上の所定の位置に、触媒CVD法により、アームチェア型CNTを選択的に基板上に合成することが出来る。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、ガラスやシリコン基板上の所定の場所に、優れた金属的特性を有するアームチェア型から成るCNTを選択的に合成することを可能にして、該CNTを応用したFED用陰極、次世代LSI用層間配線材等の電子的特性を向上させ、再現性の良い優れたデバイス特性を得ることが期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下に本発明の実施形態を具体的に説明する。
CNTを直接合成させる基板としては、一般に平滑なガラス基板やシリコン単結晶を用いることが好ましい。
【0016】
次に、上記基板上にSiO2やAl2O3等を、電子ビーム蒸着法やスパッタリング法等によってその膜厚が5 nm〜500 nmとなるように堆積し、下地層を形成する。この目的は、次工程で堆積する準結晶合金薄膜と基板とのアロイ化反応を防止するためである。
【0017】
次工程として、正20面体構造の準結晶組成比から成る、アルミニウムに銅及び、鉄、ルテニウム、オスミウムの何れか1種からなる金属を添加したアルミニウム3元合金薄膜を、電子ビーム蒸着法やスパッタリング法等により、その膜厚が1 nm〜100 nmとなるように堆積する。
【0018】
次に、上記基板を350〜550℃で熱処理し、堆積した合金薄膜を、安定な準結晶相から成る微粒子構造に変える。合金薄膜を微粒子化する目的は、準結晶合金に触媒活性を付与するためと、次工程で合成されるCNTの直径分布を触媒微粒子の直径により制御するためである。
【0019】
以上のように、安定な準結晶相から成る合金微粒子を形成した基板上に、CNTを合成する。CNTの合成方法として、一般にアーク放電法、レーザーアブレーション法、触媒CVD法等が用いられ、本発明においては基板上に直接合成できる触媒CVD法が最適である。触媒CVD法として、熱CVD法、光CVD法、プラズマCVD法等が用いられるが、本発明においては結晶性の比較的優れたCNTの得られる熱CVD法が最適である。
【0020】
以下に本発明の好適な一実施の形態を実施例によって説明するが、本発明の技術的範囲は下記の実施形態によって限定されるものでなく、その要旨を変更することなく様々に改変して実施することができる。
【実施例】
【0021】
1)基板として10 mm×10 mm×0.5 mmtの形状のシリコン単結晶
(100) ウェーハを用いた。
2)上記基板上に、下地膜としてSiO2をスパッタリング法により、Ar 圧力 4.2×10-1 Pa、放電電力 300 Wの条件下で膜厚 50 nmの薄膜を堆積した。

3)次に、上記SiO2下地膜を付けた基板上に、完全な準結晶組成比になるようにAl (2.1 nm)/ Cu (0.6 nm)/Fe (0.3
nm)を、それぞれの膜厚を±0.01
nmの精度で、順々に電子ビーム蒸着法により、全膜厚3
nmの積層薄膜を堆積した。

4)次に、触媒活性工程として、CNT合成に用いる反応炉内で、温度
450℃、時間 30分、Ar雰囲気の条件下で熱処理を施した。この熱処理で、正20面体構造の準結晶組成から成るAl62Cu25.5Fe12.5合金微粒子を形成させた。

【0022】
CNTの合成方法としてアルコール触媒CVD法を用い、温度 700℃、保持時間 5分、供給ガス C2H5OH、流量
200 sccm、圧力 5.3×103 Pa の条件下でCNTを合成した。
【0023】
上記の条件で合成したCNTは、基板上に垂直方向に配列した、長さL =〜2.6 μmのCNT膜が得られた。Si/SiO2基板上に垂直方向に配列して合成したCNT膜の断面走査電子顕微鏡像を図1に示す。また、層数は単層〜3層、直径
1 nm〜5 nmに広く分布を持ったCNTが得られた。合成したCNT膜から採取したCNTバンドルの高分解能透過電子顕微鏡像を図2に示す。
【0024】
現在、カイラリティの指数付けに関しては、共鳴ラマン散乱(Resonance
Raman Scattering:RRS)法、蛍光分光法、走査トンネル顕微鏡法等が用いられる。本発明においては、金属的および半導体的性質を有する、合成したすべてのCNTのカイラリティ分布を判定するために、基板上に合成したCNTを直接測定可能なRRS法が最適である(非特許文献5)。
【0025】
【非特許文献5】A. Jorio, R. Saito, J.H.Hafner, C.M. Lieber, M. Hunter, T. McClure, G. Dresselhaus, M.S. Dresselhaus,“Structural (n, m) Determination of Isolated Single-Wall CarbonNanotubes by Resonant Raman Scattering”, Physical Review Letters,Vol.86, No.6, p.1118-1121 (2001).
【0026】
次に、RRS法により、上記の条件で合成したCNTのラジアルブリージングモードのラマンスペクトルと、そのカイラリティを指数付けした結果を図3に示す。比較のために、アルコール触媒CVD法で一般に触媒として用いられる下地層Al (2 nm)/触媒層Co (1 nm)により合成したCNT膜について、同様にそのカイラリティを指数付けした結果を図4に示す。ここで測定条件は、He-Neレーザーによる励起波長 632.8 nm、出力 0.06 mW、レーザービーム径 〜1 μmφとした。
【0027】
図3より、本発明における準結晶を触媒とした場合、金属的なナノチューブが分布の80%を超えており、中でも金属的なEM11遷移エネルギーを有する(9, 9), (10, 10),
(11, 11)等のアームチェア型、および(11,
8), (12, 9)等のニアアームチェア型のカイラリティが極めて選択的に得られた。これに対して、図4より、通常用いられる遷移金属の一種であるコバルトを触媒とした場合、全体の3分の1が金属的、3分の2が半導体的なランダムなカイラリティ分布を示しており、特に金属的なEM11遷移エネルギーを有するスペクトルの中にアームチェア型は全く検出されず、逆に(18, 0)のジグザク型や(12, 1)等のニアジグザク型が得られた。これらの実験事実より、本発明の有効性が実証された。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】シリコン基板上に垂直に配列して合成したCNT膜の断面走査電子顕微鏡写真である。
【図2】合成したCNT膜から採取したCNTバンドルの高分解能透過電子顕微鏡写真である。
【図3】準結晶触媒を用いて合成したCNT膜の、共鳴ラマン散乱法により指数付けしたカイラリティ分布図である。
【図4】比較のため、通常のコバルト触媒を用いて合成したCNT膜の、共鳴ラマン散乱法により指数付けしたカイラリティ分布図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
準結晶組成比から成るアルミニウム合金を触媒用合金として、化学気相成長法により基板上にカーボンナノチューブを合成する方法。
【請求項2】
前記触媒用合金が、アルミニウムと銅及び、鉄,ルテニウム,オスミウムの3種のうち何れか1種を構成成分とするアルミニウム合金。
【請求項3】
前記アルミニウム合金を、物理気相成長法により基板上に薄膜状に堆積し、5回対称性を有する正20面体構造の準結晶合金薄膜を得る方法。
【請求項4】
請求項2に記載のアルミニウム、銅、及び鉄、ルテニウム、オスミウムの3種のうち何れか1種を、物理気相成長法により基板上に順次堆積した後、熱処理を加えることにより、5回対称性を有する正20面体構造の準結晶合金薄膜を得る方法。
【請求項5】
前記準結晶合金薄膜をリソグラフィー法を用いて基板上にパターニングすることにより、基板上の所定の位置にカーボンナノチューブを合成する方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−173497(P2009−173497A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−15209(P2008−15209)
【出願日】平成20年1月25日(2008.1.25)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【Fターム(参考)】