説明

溶射用粉末、溶射皮膜及び積層体

【課題】 ステンレス鋼製の基材のような熱膨張係数が比較的大きな基材から剥離しにくいうえに耐溶損性にも優れた溶射皮膜の形成に適した溶射用粉末を提供する。
【解決手段】 本発明の溶射用粉末は、ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子を含有する。サーメット粒子中のコバルト含有量に対するモリブデン含有量の比率は好ましくは2.4〜4.0の範囲である。サーメット粒子中のクロム含有量は好ましくは11〜16質量%の範囲であり、コバルト含有量は好ましくは13〜23質量%の範囲である。こうした溶射用粉末から形成される溶射皮膜の100〜600℃の温度範囲における熱膨張係数は好ましくは9.5×10−6/K以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子を含有する溶射用粉末、そうした溶射用粉末から形成される溶射皮膜、及びそうした溶射皮膜を基材の上に備えた積層体に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、アルミニウム用のダイキャスト金型に設けられる溶射皮膜や、溶融亜鉛メッキ浴及び溶融亜鉛−アルミニウムメッキ浴中で使用されるシンクロール及びサポートロールに設けられる溶射皮膜には高い耐溶損性、すなわち耐溶融金属侵蝕性、耐熱性、耐熱衝撃性、耐酸化性及び耐摩耗性が要求される。そのような溶射皮膜を形成するのに適した溶射用粉末として、例えば特許文献1,2に開示されるような、ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子を含有する溶射用粉末が知られている。
【0003】
しかしながら特許文献1,2の溶射用粉末から形成される溶射皮膜は熱膨張係数が比較的小さい。そのため、ステンレス鋼製の基材のような熱膨張係数が比較的大きな基材の上にそうした溶射皮膜を設けた場合には、加熱と冷却が繰り返されたときに溶射皮膜が基材から剥離しやすいという問題があった。
【0004】
サーメット粒子を含有する溶射用粉末から形成される溶射皮膜の熱膨張係数を大きくしようとすれば、溶射用粉末中の金属成分の割合を増やしてセラミック成分の割合を減らしてやればよい。しかしながら、金属成分の割合が多くセラミック成分の割合が少ない溶射用粉末から形成される溶射皮膜は通常、耐溶損性が高くなく、高い耐溶損性が要求される用途での使用には不向きであった。
【特許文献1】特開平2004−300555号公報
【特許文献2】特開平9−227243号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、ステンレス鋼製の基材のような熱膨張係数が比較的大きな基材から剥離しにくいうえに耐溶損性にも優れた溶射皮膜の形成に適した溶射用粉末を提供すること、及び、ステンレス鋼製の基材のような熱膨張係数が比較的大きな基材から剥離しにくいうえに耐溶損性にも優れた溶射皮膜を提供することにある。また本発明の別の目的は、ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子を含有する溶射用粉末を溶射して形成される溶射皮膜が基材から剥離しにくい積層体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、セラミック成分の割合が多く金属成分の割合が少なくても熱膨張係数の大きな溶射皮膜を形成することが可能な溶射用粉末を見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、請求項1に記載の発明は、ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子を含有し、サーメット粒子中のコバルト含有量に対するモリブデン含有量の比率が2.4〜4.0の範囲である溶射用粉末を提供する。
【0008】
請求項2に記載の発明は、サーメット粒子中のクロム含有量が11〜16質量%の範囲で且つコバルト含有量が13〜23質量%の範囲である請求項1に記載の溶射用粉末を提供する。
【0009】
請求項3に記載の発明は、ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子を含有し、サーメット粒子中のクロム含有量が11〜16質量%の範囲で且つコバルト含有量が13〜23質量%の範囲である溶射用粉末を提供する。
【0010】
請求項4に記載の発明は、請求項1〜3のいずれか一項に記載の溶射用粉末を溶射して形成されて100〜600℃の温度範囲における熱膨張係数が9.5×10−6/K以上である溶射皮膜を提供する。
【0011】
請求項5に記載の発明は、ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子を含有する溶射用粉末を溶射して形成されて100〜600℃の温度範囲における熱膨張係数が9.5×10−6/K以上である溶射皮膜を提供する。
【0012】
請求項6に記載の発明は、基材と、その基材の上に設けられた溶射皮膜とを備える積層体を提供する。ただし、溶射皮膜は、ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子を含有する溶射用粉末を溶射して形成されたものであり、100〜600℃の温度範囲における溶射皮膜の熱膨張係数に対する100〜600℃の温度範囲における基材の熱膨張係数の比率は、0.5〜1.9の範囲である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、ステンレス鋼製の基材のような熱膨張係数が比較的大きな基材から剥離しにくいうえに耐溶損性にも優れた溶射皮膜の形成に適した溶射用粉末が提供されるほか、ステンレス鋼のような熱膨張係数が比較的大きな基材から剥離しにくくいうえに耐溶損性にも優れた溶射皮膜が提供される。さらに本発明によれば、ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子を含有する溶射用粉末を溶射して形成される溶射皮膜が基材から剥離しにくい積層体が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態を説明する。
本実施形態の溶射用粉末は、ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含む原料粉末を造粒及び焼結して製造される。例えば、モリブデンホウ化物粉末、コバルト合金粉末及びクロムホウ化物粉末を混合して原料粉末は調製される。原料粉末を適当な分散媒に混合することによりスラリーを調製し、次に、噴霧造粒によりスラリーから造粒粉末を作製する。こうして得られた造粒粉末を焼結し、さらに解砕及び分級することにより、ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子から実質的になる本実施形態の溶射用粉末は製造される。
【0015】
サーメット粒子中のクロム含有量が16質量%を超える場合、さらに言えば15質量%を超える場合には、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の熱膨張係数が小さくなりやすく、また溶射皮膜の耐溶損性も低くなりやすい。従って、熱膨張係数が大きくて且つ耐溶損性の高い溶射皮膜を得るためには、サーメット粒子中のクロム含有量は16質量%以下であることが好ましく、より好ましくは15質量%以下である。
【0016】
一方、サーメット粒子中のクロム含有量が11質量%未満の場合、さらに言えば13質量%未満の場合には、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の熱膨張係数が小さくなりやすい。従って、熱膨張係数の大きい溶射皮膜を得るためには、サーメット粒子中のクロム含有量は11質量%以上であることが好ましく、より好ましくは13質量%以上である。
【0017】
サーメット粒子中のコバルト含有量が23質量%を超える場合、さらに言えば21質量%を超える場合には、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の熱膨張係数が小さくなりやすく、また溶射皮膜の耐溶損性も低くなりやすい。従って、熱膨張係数が大きくて且つ耐溶損性の高い溶射皮膜を得るためには、サーメット粒子中のコバルト含有量は23質量%以下であることが好ましく、より好ましくは21質量%以下である。
【0018】
一方、サーメット粒子中のコバルト含有量が13質量%未満の場合、さらに言えば16質量%未満の場合には、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の熱膨張係数が小さくなりやすい。従って、熱膨張係数の大きい溶射皮膜を得るためには、サーメット粒子中のコバルト含有量は13質量%以上であることが好ましく、より好ましくは16質量%以上である。
【0019】
サーメット粒子中のホウ素含有量とモリブデン含有量とクロム含有量とコバルト含有量の合計が90質量%未満の場合、さらに言えば93質量%未満の場合、もっと言えば95質量%未満の場合には、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の耐溶損性がやや低くなりやすい。従って、耐溶損性のより高い溶射皮膜を得るためには、サーメット粒子中のホウ素含有量とモリブデン含有量とクロム含有量とコバルト含有量の合計は90質量%以上であることが好ましく、より好ましくは93質量%以上、最も好ましくは95質量%以上である。
【0020】
サーメット粒子中のコバルト含有量に対するモリブデン含有量の比率が2.4よりも小さい場合、さらに言えば2.5よりも小さい場合、もっと言えば2.7よりも小さい場合には、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の耐溶損性が低くなりやすい。従って、耐溶損性の高い溶射皮膜を得るためには、サーメット粒子中のコバルト含有量に対するモリブデン含有量の比率は2.4以上であることが好ましく、より好ましくは2.5以上、最も好ましくは2.7以上である。
【0021】
一方、サーメット粒子中のコバルト含有量に対するモリブデン含有量の比率が4.0よりも大きい場合、さらに言えば3.6よりも大きい場合、もっと言えば3.5よりも大きい場合には、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の熱膨張係数が小さくなりやすい。従って、熱膨張係数の大きい溶射皮膜を得るためには、サーメット粒子中のコバルト含有量に対するモリブデン含有量の比率は4.0以上であることが好ましく、より好ましくは3.6以上、最も好ましくは3.5以上である。
【0022】
サーメット粒子の圧壊強度が100MPaよりも小さい場合、さらに言えば150MPaよりも小さい場合、もっと言えば180MPaよりも小さい場合には、溶射の際にスピッティングと呼ばれる現象が発生しやすくなる。スピッティングとは、過溶融した溶射用粉末の堆積物が溶射機のノズル内壁から脱落して溶射対象に向かって吐き出される現象をいう。サーメット粒子の圧壊強度が上記範囲のときにスピッティングが発生しやすくなるのは、サーメット粒子の圧壊強度が小さくなるにつれて、溶射の際に過溶融を起こす虞のある微粒子がサーメット粒子の崩壊によって生じやすくなるためである。溶射の際にスピッティングが発生すると、得られる溶射皮膜の品質は耐溶損性を含めて低下する。従って、耐溶損性のより高い溶射皮膜を得るためには、サーメット粒子の圧壊強度は100MPa以上であることが好ましく、より好ましくは150MPa以上、最も好ましくは180MPa以上である。
【0023】
一方、サーメット粒子の圧壊強度が600MPaよりも大きい場合、さらに言えば550MPaよりも大きい場合、もっと言えば500MPaよりも大きい場合には、溶射用粉末が溶射の際に溶融しにくくなるため、付着効率(溶射歩留まり)が低下する虞がある。従って、付着効率の向上のためには、サーメット粒子の圧壊強度は600MPa以下であることが好ましく、より好ましくは550MPa以下、最も好ましくは500MPa以下である。
【0024】
本実施形態の溶射用粉末は、高速フレーム溶射、プラズマ溶射、爆発溶射などの溶射法により溶射皮膜を形成する用途において用いられる。より緻密な溶射皮膜を得るためには高速フレーム溶射が好ましい。本実施形態の溶射用粉末を基材に向かって溶射することにより、基材と、その基材の上に設けられた溶射皮膜とからなる積層体は形成される。
【0025】
積層体において、100〜600℃の温度範囲における溶射皮膜の熱膨張係数に対する100〜600℃の温度範囲における基材の熱膨張係数の比率が0.5よりも小さい場合、さらに言えば0.55よりも小さい場合、もっと言えば0.6よりも小さい場合には、加熱と冷却が繰り返されたときに基材から溶射皮膜が容易に剥離する虞がある。これは、溶射皮膜の熱膨張係数に比べて基材の熱膨張係数が小さすぎるためである。従って、溶射皮膜の熱膨張係数に比べて基材の熱膨張係数が小さすぎることによる溶射皮膜の剥離を抑制するためには、溶射皮膜の熱膨張係数に対する基材の熱膨張係数の比率は0.5以上であることが好ましく、より好ましくは0.55以上、最も好ましくは0.6以上である。
【0026】
一方、100〜600℃の温度範囲における溶射皮膜の熱膨張係数に対する100〜600℃の温度範囲における基材の熱膨張係数の比率が1.9よりも大きい場合、さらに言えば1.8よりも大きい場合、もっと言えば1.75よりも大きい場合にも、加熱と冷却が繰り返されたときに基材から溶射皮膜が容易に剥離する虞がある。これは、基材の熱膨張係数に比べて溶射皮膜の熱膨張係数が小さすぎるためである。従って、基材の熱膨張係数に比べて溶射皮膜の熱膨張係数が小さすぎることによる溶射皮膜の剥離を抑制するためには、溶射皮膜の熱膨張係数に対する基材の熱膨張係数の比率は1.9以下であることが好ましく、より好ましくは1.8以下、最も好ましくは1.75以下である。
【0027】
ステンレス鋼製の基材のような熱膨張係数が比較的大きな基材の上に設けられた溶射皮膜が基材から剥離するのを抑制するためには、100〜600℃の温度範囲における溶射皮膜の熱膨張係数は、9.5×10−6/K以上であることが好ましく、より好ましくは10.0×10−6/K以上、最も好ましくは10.5×10−6/K以上である。9.5×10−6/Kよりも小さいと、特許文献1,2の溶射用粉末から形成される溶射皮膜と同じように、加熱と冷却が繰り返されたときに基材から容易に剥離する虞がある。本実施形態の溶射用粉末を溶射して形成される溶射皮膜の100〜600℃の温度範囲における熱膨張係数は、後述の実施例において示すように、最大で少なくとも12.6×10−6/Kまで可能である。
【0028】
本実施形態によれば以下の利点が得られる。
・ サーメット粒子中のコバルト含有量に対するモリブデン含有量の比率が2.4〜4.0の範囲である場合には、ステンレス鋼製の基材のような熱膨張係数が比較的大きな基材から剥離しにくいうえに耐溶損性にも優れた溶射皮膜の形成に適した溶射用粉末が提供される。コバルト含有量に対するモリブデン含有量の比率が2.4よりも小さいことに起因して溶射皮膜の耐溶損性の低下を防ぐことができることに加えて、コバルト含有量に対するモリブデン含有量の比率が4.0よりも大きいことに起因して溶射皮膜の熱膨張係数が低下するのを防ぐことができるためである。
【0029】
・ サーメット粒子中のクロム含有量が11〜16質量%の範囲で且つコバルト含有量が13〜23質量%の範囲である場合にも、ステンレス鋼製の基材のような熱膨張係数が比較的大きな基材から剥離しにくいうえに耐溶損性にも優れた溶射皮膜の形成に適した溶射用粉末が提供される。これは、クロム含有量が11質量%未満であること又はコバルト含有量が13質量%未満であることに起因する溶射皮膜の熱膨張係数の低下を防止できることに加えて、クロム含有量が16質量%を超えること又はコバルト含有量が23質量%を超えることに起因する溶射皮膜の熱膨張係数及び耐溶損性の低下を防止できるためである。
【0030】
・ 本実施形態の溶射用粉末を溶射して形成される100〜600℃の温度範囲における熱膨張係数が9.5×10−6/K以上である溶射皮膜は、ステンレス鋼製の基材のような熱膨張係数が比較的大きな基材から剥離しにくいうえに耐溶損性にも優れる。これは、特許文献1,2の溶射用粉末と同様に本実施形態の溶射用粉末がホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子を含有していることに加えて、特許文献1,2の溶射用粉末から形成される溶射皮膜に比べて熱膨張係数が大きいためである。
【0031】
・ 100〜600℃の温度範囲における溶射皮膜の熱膨張係数に対する100〜600℃の温度範囲における基材の熱膨張係数の比率が0.5〜1.9の範囲である場合には、基材からの溶射皮膜の剥離を抑制することができる。これは、基材と溶射皮膜の熱膨張係数の間の差が大きすぎることに起因して溶射皮膜が基材から剥離するのを防ぐことができるためである。
【0032】
前記実施形態を次のように変更してもよい。
・ 溶射用粉末は、ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子以外の要素を含有してもよい。ただし、溶射用粉末に含まれるホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子以外の要素はできるだけ少ないことが好ましい。
【0033】
・ 溶射用粉末の製造の際、原料粉末からスラリーを介して造粒粉末を作製する代わりに、原料粉末から直接に造粒粉末を作製してもよい。この場合、噴霧造粒の代わりに、転動造粒や圧縮造粒により造粒粉末を作製してもよい。
【0034】
・ 溶射用粉末は、ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含む原料粉末を焼結及び粉砕して製造されてもよい。すなわち、溶射用粉末は、原料粉末を圧縮成形してから焼結し、得られた焼結体を粉砕及び分級することによって製造されてもよい。
【0035】
・ 溶射用粉末の原料粉末は、ホウ化一モリブデン粉末、ホウ化二モリブデン粉末などのモリブデンホウ化物粉末;一ホウ化クロム粉末、二ホウ化クロム粉末などのクロムホウ化物粉末;タングステン炭化物粉末;クロム炭化物粉末;炭化一モリブデン粉末、炭化二モリブデン粉末などのモリブデン炭化物粉末;コバルト粉末;コバルト合金粉末;クロム粉末;クロム合金粉末;モリブデン粉末;モリブデン合金粉末;タングステン粉末;タングステン合金粉末及び炭素粉末から選ばれるいくつかの粉末を混合して調製されてもよい。
【0036】
次に、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
ホウ化一モリブデン粉末、コバルト基合金粉末(ステライト#6粉末)及び二ホウ化クロム粉末を混合してなる原料粉末を造粒及び焼結することにより、ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子からなる実施例1〜13及び比較例1〜6の溶射用粉末を製造した。各溶射用粉末の詳細は表1に示すとおりである。
【0037】
表1の“溶射用粉末中の化学成分含有量”欄には、各溶射用粉末中のサーメット粒子のモリブデン含有量、ホウ素含有量、クロム含有量、コバルト含有量、タングステン含有量及び炭素含有量を示す。表1の“Mo/Co”欄には、各溶射用粉末中のサーメット粒子のコバルト含有量に対するモリブデン含有量の比率を示す。表1の“Mo+B+Cr+Co”欄には、各溶射用粉末中のサーメット粒子のモリブデン含有量とホウ素含有量とクロム含有量とコバルト含有量の合計を示す。表1の“圧壊強度”欄には、式:σ=2.8×L/π/dに従って算出される各溶射用粉末中のサーメット粒子の圧壊強度σ[MPa]を示す。上式中、Lは臨界荷重[N]を表し、dは各溶射用粉末中のサーメット粒子の平均粒子径[mm]を表す。臨界荷重は、一定速度で増加する圧縮荷重を圧子でサーメット粒子に加えたときに、圧子の変位量が急激に増加する時点においてサーメット粒子に加えられた圧縮荷重の大きさである。この臨界荷重の測定は、株式会社島津製作所製の微小圧縮試験装置“MCTE−500”を用いて行った。
【0038】
実施例1〜13及び比較例1〜6の各溶射用粉末を表2に示す条件で高速フレーム溶射することにより、アルミナグリット#40による粗面化処理及び脱脂処理済みのSS400鋼板製の基材(70mm×50mm×2.3mm)の表面に厚さ500μmの溶射皮膜を形成し、100〜600℃の温度範囲における溶射皮膜の熱膨張係数を測定した。具体的には、基材から剥ぎ取った20mm×3mmの大きさの溶射皮膜の切片を用いて、アルゴン雰囲気において20K/minの加熱速度で室温から1000℃まで加熱しながら株式会社リガク製の“TMA8310”で測定した。その測定結果を表1の“CTE”欄に示す。
【0039】
実施例1〜13及び比較例1〜6の各溶射用粉末を表2に示す条件で高速フレーム溶射することにより、合金工具鋼(SKD61)製の基材及びステンレス鋼(SUS316)製の基材の表面に溶射皮膜をそれぞれ形成し、積層体を作製した。各積層体において100〜600℃の温度範囲における溶射皮膜の熱膨張係数に対する100〜600℃の温度範囲における基材の熱膨張係数の比率を測定した結果を表1の“基材のCTE/溶射皮膜のCTE”欄に示す。なお、SKD61製の基材の熱膨張係数は13×10−6/Kであり、SUS316製の基材の熱膨張係数は18×10−6/Kである。
【0040】
実施例1〜13及び比較例1〜6の各溶射用粉末を表2に示す条件で高速フレーム溶射したときのスピッティングの発生程度に基づいて、優(◎)、良(○)、可(△)不良(×)の四段階で各溶射用粉末を評価した。具体的には、溶射開始から10分後の時点において溶射機のノズルに溶融した溶射用粉末の付着が認められた場合には不良、溶射開始から10分後の時点では付着が認められなかったが15分後の時点では付着が認められた場合には可、溶射開始から15分後の時点では付着が認められなかったが20分後の時点では付着が認められた場合には良、溶射開始から20分後の時点においても付着が認められなかった場合には優と評価した。その評価結果を表1の“スピッティング”欄に示す。
【0041】
実施例1〜13及び比較例1〜6の各溶射用粉末を表2に示す条件で高速フレーム溶射することにより、アルミナグリット#40による粗面化処理及び脱脂処理済みのSS400鋼板製の基材(250mm×75mm×2.3mm)の表面に溶射皮膜を形成し、その溶射皮膜の重量を測定した。そして、溶射に使用した溶射用粉末の重量に対する溶射皮膜の重量の比率、すなわち付着効率に基づいて、優(◎)、良(○)、可(△)、不良(×)の四段階で各溶射用粉末を評価した。具体的には、付着効率が45%以上の場合には優、40%以上45%未満の場合には良、35%以上40%未満の場合には可、35%未満の場合には不良と評価した。その評価結果を表1の“付着効率”欄に示す。
【0042】
実施例1〜13及び比較例1〜6の各溶射用粉末を表2に示す条件で高速フレーム溶射することにより、合金工具鋼(SKD61)製の棒材及びステンレス鋼(SUS316)製の棒材の先端から100mmまでの部分の表面に厚さ200μmの溶射皮膜をそれぞれ形成し、金属溶湯試験用の供試体を作製した。各棒材の直径は19mm、各棒材の長さは200mmであり、各棒材の先端は10mmの曲率半径を有する。各供試体に対し、750℃のアルミニウム溶湯中に7.5分間浸漬させた後に溶湯から引き上げて1分間空冷するという操作を、供試体表面の溶射皮膜に溶損が生じるまで繰り返し行った。溶湯中では供試体を120rpmで自転させるとともに30rpmで公転させた。この金属溶湯試験の結果に基づいて、優(◎)、良(○)、可(△)、不良(×)の四段階で各溶射用粉末を評価した。具体的には、溶損が生じるまでに要した時間が50時間未満の場合には不良、50時間以上100時間未満の場合は可、100時間以上200時間未満の場合には良、200時間以上の場合は優と評価した。その評価結果を表1の“耐溶損性”欄に示す。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

表1に示すように、比較例1〜6の各溶射用粉末から形成される溶射皮膜の熱膨張係数が9.5×10−6/Kよりも小さかったのに対し、実施例1〜13の各溶射用粉末から形成される溶射皮膜の熱膨張係数はいずれも9.5×10−6/K以上であった。また、比較例1〜6の各溶射用粉末から形成される溶射皮膜のSUS316での耐溶損性に関する評価が不良であったのに対し、実施例1〜13の各溶射用粉末から形成される溶射皮膜のSUS316での耐溶損性に関する評価はいずれも可以上であった。
【0045】
前記実施形態より把握できる技術的思想について以下に記載する。
(1) サーメット粒子中のホウ素含有量とモリブデン含有量とクロム含有量とコバルト含有量の合計が90質量%以上である請求項1〜3のいずれか一項に記載の溶射用粉末。これによれば、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の耐溶損性が向上する。
【0046】
(2) サーメット粒子の圧壊強度が100〜600MPaである請求項1〜3及び上記(1)のいずれか一項に記載の溶射用粉末。これによれば、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の耐溶損性が向上するとともに、溶射用粉末を溶射したときの付着効率が向上する。
【0047】
(3) 高速フレーム溶射により溶射皮膜を形成する用途において用いられる請求項1〜3並びに上記(1)及び(2)のいずれか一項に記載の溶射用粉末。これによれば、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の緻密度が向上する。
【0048】
(4) 上記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の溶射用粉末を溶射して形成される溶射皮膜であって、100〜600℃の温度範囲における熱膨張係数が9.5×10−6/K以上である溶射皮膜。これによれば、熱膨張係数が比較的大きな基材からの剥離が抑制される。
【0049】
(5) サーメット粒子中のホウ素含有量とモリブデン含有量とクロム含有量とコバルト含有量の合計が90質量%以上である請求項5に記載の溶射皮膜。これによれば、溶射皮膜の耐溶損性が向上する。
【0050】
(6) サーメット粒子の圧壊強度が100〜600MPaである請求項5又は上記(5)に記載の溶射皮膜。これによれば、溶射皮膜の耐溶損性が向上するとともに、溶射用粉末を溶射したときの付着効率が向上する。
【0051】
(7) 溶射皮膜は溶射用粉末を高速フレーム溶射して形成されたものである請求項5並びに上記(5)及び(6)のいずれか一項に記載の溶射皮膜。これによれば、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の緻密度が向上する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子を含有し、サーメット粒子中のコバルト含有量に対するモリブデン含有量の比率が2.4〜4.0の範囲であることを特徴とする溶射用粉末。
【請求項2】
サーメット粒子中のクロム含有量が11〜16質量%の範囲で且つコバルト含有量が13〜23質量%の範囲であることを特徴とする請求項1に記載の溶射用粉末。
【請求項3】
ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子を含有し、サーメット粒子中のクロム含有量が11〜16質量%の範囲で且つコバルト含有量が13〜23質量%の範囲であることを特徴とする溶射用粉末。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の溶射用粉末を溶射して形成される溶射皮膜であって、100〜600℃の温度範囲における熱膨張係数が9.5×10−6/K以上であることを特徴とする溶射皮膜。
【請求項5】
ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子を含有する溶射用粉末を溶射して形成される溶射皮膜であって、100〜600℃の温度範囲における熱膨張係数が9.5×10−6/K以上であることを特徴とする溶射皮膜。
【請求項6】
基材と、その基材の上に設けられた溶射皮膜とを備え、前記溶射皮膜は、ホウ素とモリブデンとクロムとコバルトを含むサーメット粒子を含有する溶射用粉末を溶射して形成されたものである積層体であって、
100〜600℃の温度範囲における前記溶射皮膜の熱膨張係数に対する100〜600℃の温度範囲における前記基材の熱膨張係数の比率が0.5〜1.9の範囲であることを特徴とする積層体。

【公開番号】特開2006−336091(P2006−336091A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−164498(P2005−164498)
【出願日】平成17年6月3日(2005.6.3)
【出願人】(000236702)株式会社フジミインコーポレーテッド (126)
【Fターム(参考)】