説明

溶射用粉末

【課題】コバルトと比較して低価格で安定し、かつ産出量が多く安定した供給が可能なコバルトの代替となる金属を含有しながら、コバルトを含有したサーメット粉末から形成される溶射皮膜と比べて同等又はより優れた性能を有する溶射皮膜を形成することが可能な溶射用粉末を提供する。
【解決手段】本発明の溶射用粉末は、サーメットの造粒−焼結粒子からなり、タングステンカーバイド又はクロムカーバイドと、シリコンを含有した鉄基合金とを含有する。溶射用粉末中の前記合金の含有量は5〜40質量%であることが好ましい。その場合、前記合金はシリコンを0.1〜10質量%の量で含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はサーメットの造粒−焼結粒子からなる溶射用粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
各種産業機械や一般向け機械の金属製部品に耐摩耗性、耐熱性、耐食性などの特性を付与すべく、当該部品の表面に溶射皮膜を設けることが従来行われている。その溶射皮膜を形成する材料としてタングステンカーバイド等のセラミックス及びコバルトを少なくとも主成分とするサーメット粉末が周知である(例えば、特許文献1及び2参照)。コバルトは、他の金属と比較して溶射用粉末中のセラミックス粒子を結合するバインダとしての能力に優れている。そのため、他の金属を含有したサーメット粉末から形成される溶射皮膜と比較して、コバルトを含有したサーメット粉末から形成される溶射皮膜は、硬度、耐摩耗性、耐熱性、耐食性に優れている。しかし、コバルトは、電子機器の二次電池や超硬合金等の材料として現代社会に欠かせない素材でありながら、供給国が偏在していることや供給国の政治的及び経済的な不安定さ等から高価格で取引されるとともに、産出量が少ない故に不安定な価格変動を示す。このことは、コバルトを含有したサーメット粉末の価格を引き上げる一因となっている。このため、コバルトと比較して低価格で安定し、かつ産出量が多く安定した供給が可能なコバルトの代替となる金属を含有しながら、コバルトを含有したサーメット粉末から形成される溶射皮膜と比べて同等又はより優れた性能を有する溶射皮膜を形成することが可能な新しいサーメット粉末の開発が要求されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8−311635号公報
【特許文献2】特開平10−88311号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明の目的は、コバルトと比較して低価格で安定し、かつ産出量が多く安定した供給が可能なコバルトの代替となる金属を含有しながら、コバルトを含有したサーメット粉末から形成される溶射皮膜と比べて同等又はより優れた性能を有する溶射皮膜を形成することが可能な溶射用粉末を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の目的を達成するために、本発明の一態様では、サーメットの造粒−焼結粒子からなる溶射用粉末であって、タングステンカーバイド又はクロムカーバイドと、シリコンを含有した鉄基合金とを含有する溶射用粉末を提供する。
【0006】
溶射用粉末中の前記合金の含有量は5〜40質量%であることが好ましい。その場合、前記合金はシリコンを0.1〜10質量%の量で含有する。
前記合金は0.5〜20質量%のクロムをさらに含有してもよい。あるいは又は加えて、前記合金は5〜20質量%のニッケルをさらに含有してもよい。あるいは又は加えて、前記合金は、アルミニウム、モリブデン、マンガンのうちの少なくともいずれか1種をさらに含有してもよい。
【0007】
前記タングステンカーバイド又はクロムカーバイドは、前記合金を除いた溶射用粉末の残部を占めることが好ましい。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、コバルトと比較して低価格で安定し、かつ産出量が多く安定した供給が可能なコバルトの代替となる金属を含有しながら、コバルトを含有したサーメット粉末から形成される溶射皮膜と比べて同等又はより優れた性能を有する溶射皮膜を形成することが可能な溶射用粉末が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の一実施形態を説明する。
本実施形態に係る溶射用粉末は、サーメットの造粒−焼結粒子(以下、「造粒−焼結サーメット粒子」ともいう。)からなる。造粒−焼結サーメット粒子は、セラミックス粒子と金属粒子の混合物を造粒して得られる造粒物(顆粒)を焼結することにより製造される。そのため、造粒−焼結サーメット粒子のそれぞれは、セラミックス粒子及び金属粒子が凝集してなる複合粒子である。
【0010】
セラミックス粒子は、タングステンカーバイド及びクロムカーバイドの少なくともいずれか一種、好ましくはタングステンカーバイドからなる。すなわち、溶射用粉末は、タングステンカーバイド及びクロムカーバイドの少なくともいずれか一種、好ましくはタングステンカーバイドをセラミックス成分として含有する。
【0011】
金属粒子は、シリコンを含有した鉄基合金からなる。すなわち、溶射用粉末は、シリコンを含有した鉄基合金を金属成分として含有する。シリコンを含有した鉄基合金は、クロム、ニッケル、アルミニウム、モリブデン、マンガンなどのシリコン以外の金属を含有していてもよい。
【0012】
溶射用粉末中の金属成分の含有量は、5質量%以上であることが好ましく、より好ましくは10質量%以上、さらに好ましくは12質量%以上である。換言すれば、溶射用粉末中のセラミックス成分の含有量は、95質量%以下であることが好ましく、より好ましくは90質量%以下、さらに好ましくは88質量%以下である。溶射用粉末中の金属成分の含有量が多くなるにつれて、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の脆性は低下する傾向がある。脆性の低い溶射皮膜は一般に、高い耐摩耗性を有する。この点、溶射用粉末中の金属成分の含有量が5質量%以上、さらに言えば10質量%以上又は12質量%以上である場合(換言すれば、溶射用粉末中のセラミックス成分の含有量が95質量%以下、さらに言えば90質量%以下又は88質量%以下である場合)には、溶射皮膜の耐摩耗性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0013】
一方、溶射用粉末中の金属成分の含有量は、40質量%以下であることが好ましく、より好ましくは30質量%以下である。換言すれば、溶射用粉末中のセラミックス成分の含有量は、60質量%以上であることが好ましく、より好ましくは70質量%以上である。溶射用粉末中の金属成分の含有量が少なくなるにつれて、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の硬度は増大する傾向がある。硬度の高い溶射皮膜は一般に、高い耐摩耗性を有する。この点、溶射用粉末中の金属成分の含有量が40質量%以下、さらに言えば30質量%以下である場合(換言すれば、溶射用粉末中のセラミックス成分の含有量が60質量%以上、さらに言えば70質量%以上である場合)には、溶射皮膜の耐摩耗性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0014】
溶射用粉末中に金属成分として含まれる前記鉄基合金中のシリコン含有量は、0.1質量%以上であることが好ましく、より好ましくは1質量%以上である。鉄基合金中のシリコン含有量が多くなるにつれて、鉄基合金の融点が低下するほか、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の潤滑性及び耐食性が向上する傾向がある。この点、鉄基合金中のシリコン含有量が0.1質量%以上、さらに言えば1質量%以上である場合には、溶射皮膜の潤滑性及び耐食性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0015】
その一方で、前記鉄基合金中のシリコン含有量は、10質量%以下であることが好ましく、より好ましくは7質量%以下である。鉄基合金中のシリコン含有量が少なくなるにつれて、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の靭性が増す結果、溶射皮膜の耐摩耗性が向上する傾向がある。この点、鉄基合金中のシリコン含有量が10質量%以下、さらに言えば7質量%以下である場合には、溶射皮膜の耐摩耗性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0016】
前記鉄基合金がクロムを含有する場合、鉄基合金中のクロム含有量は、0.5質量%以上であることが好ましく、より好ましくは1質量%以上であり、さらに好ましくは5質量%以上である。鉄基合金中のクロム含有量が多くなるにつれて、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の耐食性が向上する傾向がある。この点、鉄基合金中のクロム含有量が0.5質量%以上、さらに言えば1質量%以上又は5質量%以上である場合には、溶射皮膜の耐食性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0017】
その一方で、前記鉄基合金中のクロム含有量は、20質量%以下であることが好ましく、より好ましくは18質量%以下である。鉄基合金中のクロム含有量が少なくなるにつれて、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の靭性が増す結果、溶射皮膜の耐摩耗性が向上する傾向がある。この点、鉄基合金中のクロム含有量が20質量%以下、さらに言えば18質量%以下である場合には、溶射皮膜の耐摩耗性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0018】
前記鉄基合金がニッケルを含有する場合、鉄基合金中のニッケル含有量は、5質量%以上であることが好ましい。鉄基合金中のニッケル含有量が多くなるにつれて、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の耐食性が向上する傾向がある。この点、鉄基合金中のニッケル含有量が5質量%以上である場合には、溶射皮膜の耐食性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0019】
その一方で、前記鉄基合金中のニッケル含有量は、20質量%以下であることが好ましく、より好ましくは18質量%以下である。鉄基合金中のニッケル含有量が少なくなるにつれて、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の靭性が増す結果、溶射皮膜の耐摩耗性が向上する傾向がある。この点、鉄基合金中のニッケル含有量が20質量%以下、さらに言えば18質量%以下である場合には、溶射皮膜の耐摩耗性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0020】
前記鉄基合金がアルミニウムを含有する場合、鉄基合金中のアルミニウム含有量は、0.4質量%以上であることが好ましく、より好ましくは1質量%以上である。鉄基合金中のアルミニウム含有量が多くなるにつれて、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の耐食性が向上する傾向がある。この点、鉄基合金中のアルミニウム含有量が0.4質量%以上、さらに言えば1質量%以上である場合には、溶射皮膜の耐食性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0021】
その一方で、前記鉄基合金中のアルミニウム含有量は、5質量%以下であることが好ましく、より好ましくは3質量%以下である。鉄基合金中のアルミニウム含有量が少なくなるにつれて、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の靭性が増す結果、溶射皮膜の耐摩耗性が向上する傾向がある。この点、鉄基合金中のアルミニウム含有量が5質量%以下、さらに言えば3質量%以下である場合には、溶射皮膜の耐摩耗性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0022】
前記鉄基合金がモリブデンを含有する場合、鉄基合金中のモリブデン含有量は、0.4質量%以上であることが好ましく、より好ましくは1質量%以上である。鉄基合金中のモリブデン含有量が多くなるにつれて、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の耐食性が向上する傾向がある。この点、鉄基合金中のモリブデン含有量が0.4質量%以上、さらに言えば1質量%以上である場合には、溶射皮膜の耐食性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0023】
その一方で、前記鉄基合金中のモリブデン含有量は、5質量%以下であることが好ましく、より好ましくは3質量%以下である。鉄基合金中のモリブデン含有量が少なくなるにつれて、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の靭性が増す結果、溶射皮膜の耐摩耗性が向上する傾向がある。この点、鉄基合金中のモリブデン含有量が5質量%以下、さらに言えば3質量%以下である場合には、溶射皮膜の耐摩耗性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0024】
前記鉄基合金がマンガンを含有する場合、鉄基合金中のマンガン含有量は、0.1〜5質量%の範囲であることが好ましく、より好ましくは1〜3質量%の範囲である。鉄基合金中のマンガン含有量が上記の範囲にある場合には、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の耐食性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0025】
造粒−焼結サーメット粒子の平均粒子径(体積平均径)の下限は、好ましくは5μm、より好ましくは8μm、さらに好ましくは15μmである。造粒−焼結サーメット粒子の平均粒子径が大きくなるにつれて、溶射用粉末中に含まれる溶射中に過溶融するおそれのある微小な遊離粒子の量が少なくなる結果、いわゆるスピッティングの発生が起こりにくくなる傾向がある。スピッティングとは、過溶融した溶射用粉末が溶射機のノズルの内壁に付着堆積してできる堆積物が溶射用粉末の溶射中に同内壁から脱落して溶射皮膜に混入する現象であり、溶射皮膜の性能を低下させる要因となる。この点、造粒−焼結サーメット粒子の平均粒子径が5μm以上、さらに言えば8μm以上又は15μm以上である場合には、溶射用粉末の溶射時のスピッティングの発生を実用上特に好適なレベルにまで抑制することが容易となる。
【0026】
造粒−焼結サーメット粒子の平均粒子径の上限は、好ましくは50μm、より好ましくは40μm、さらに好ましくは30μmである。造粒−焼結サーメット粒子の平均粒子径が小さくなるにつれて、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の緻密度が増す結果、溶射皮膜の硬度及び耐摩耗性は向上する傾向がある。この点、造粒−焼結サーメット粒子の平均粒子径が50μm以下、さらに言えば40μm以下又は30μm以下である場合には、溶射皮膜の耐摩耗性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0027】
造粒−焼結サーメット粒子の圧縮強度の下限は、好ましくは100MPa、より好ましくは150MPa、さらに好ましくは200MPaである。圧縮強度の高い造粒−焼結サーメット粒子は崩壊しにくい。そのため、圧縮強度の高い造粒−焼結サーメット粒子からなる溶射用粉末では、溶射前に造粒−焼結サーメット粒子が崩壊することにより溶射中に過溶融するおそれのある微小な遊離粒子が生じることが抑制される結果、スピッティングの発生が起こりにくくなる傾向がある。この点、造粒−焼結サーメット粒子の圧縮強度が100MPa以上、さらに言えば150MPa以上又は200MPa以上である場合には、溶射用粉末の溶射時のスピッティングの発生を実用上特に好適なレベルにまで抑制することが容易となる。
【0028】
造粒−焼結サーメット粒子の圧縮強度の上限は、好ましくは800MPa、より好ましくは700MPaである。圧縮強度の低い造粒−焼結サーメット粒子は、溶射時に熱源による加熱を受けて容易に軟化又は溶融する。そのため、圧縮強度の低い造粒−焼結サーメット粒子からなる溶射用粉末では、付着効率が向上する傾向がある。この点、造粒−焼結サーメット粒子の圧縮強度が800MPa以下、さらに言えば700MPa以下である場合には、溶射用粉末の付着効率を実用上特に好適なレベルにまで向上することが容易となる。
【0029】
本実施形態に係る溶射用粉末、すなわち造粒−焼結サーメット粒子は、例えば以下の手順で製造される。まず、タングステンカーバイド及びクロムカーバイドの少なくともいずれか一種からなるセラミックス粒子と、シリコンを含有した鉄基合金からなる金属粒子とを分散媒に混合することによりスラリーを調製する。スラリーには適当なバインダを添加してもよい。次に、転動型造粒機、噴霧型造粒機又は圧縮造粒機を用いてスラリーから造粒粉末を作製する。こうして得られた造粒粉末を焼結し、必要に応じてさらに解砕及び分級することにより造粒−焼結サーメット粒子は製造される。尚、造粒粉末の焼結は、真空中及び不活性ガス雰囲気中のいずれで行ってもよく、電気炉及びガス炉のいずれを用いてもよい。
【0030】
本実施形態の溶射用粉末は、高速空気燃料(HVAF)溶射や高速酸素燃料(HVOF)溶射などの高速フレーム溶射によりサーメット溶射皮膜を形成する用途で主に用いられる。特にHVOFの場合には、それ以外の高速フレーム溶射法と比べて、硬度及び耐摩耗性に優れた溶射皮膜を溶射用粉末から高い付着効率で形成することが容易である。従って、好ましい溶射法はHVOFである。
【0031】
本実施形態によれば、以下の利点が得られる。
・ 本実施形態の溶射用粉末では、シリコンを含有した鉄基合金がコバルトの代替として用いられている。(独)物質・材料研究機構発行の「元素戦略アウトルック 材料と全面代替戦略」によれば、地殻存在量に関して鉄はコバルトの約2000倍、シリコンはコバルトの約22000倍であり、年間生産量に関して鉄はコバルトの約25000倍、シリコンはコバルトの約100倍であり、平均価格に関して鉄とシリコンはいずれもコバルトの約0.03倍である。このことから、シリコンを含有した鉄基合金をコバルトの代替として用いていることにより、本実施形態の溶射用粉末は低価格で安定した供給が可能であることが示唆される。
【0032】
・ 加えて、本実施形態の溶射用粉末中に含まれるシリコンは、溶射皮膜中で微細結晶化することで溶射皮膜の潤滑性を向上する。
前記実施形態は次のように変更してもよい。
【0033】
・ 溶射用粉末中の造粒−焼結サーメット粒子は、不可避不純物あるいは添加剤などのタングステンカーバイド及びクロムカーバイドの少なくともいずれか一種及びシリコンを含有した鉄基合金以外の成分を含有してもよい。
【0034】
・ 溶射用粉末は、造粒−焼結サーメット粒子以外の成分を含有してもよい。ただし、造粒−焼結サーメット粒子以外の成分の含有量はできるだけ少ないことが好ましい。
・ 溶射用粉末は、コールドスプレーやウォームスプレーのような比較的低温の溶射プロセス、あるいはプラズマ溶射のような比較的高温の溶射プロセスなどの高速フレーム溶射以外の溶射法を使用して溶射皮膜を形成する用途で使用されてもよい。
【0035】
コールドスプレーとは、溶射用粉末の融点又は軟化温度よりも低い温度に加熱した作動ガスを超音速にまで加速し、その加速した作動ガスにより溶射用粉末を固相のまま高速で基材に衝突させることにより皮膜を形成する技術である。比較的高温の溶射プロセスの場合、一般に、融点又は軟化温度以上にまで加熱された溶射用粉末が基材に吹き付けられるため、基材の材質や形状によっては基材の熱変質や変形が起こることがある。そのため、あらゆる材質及び形状の基材に対して皮膜を形成することができるわけではなく、基材の材質及び形状が制限されるという欠点がある。また、溶射用粉末を融点又は軟化温度以上にまで加熱する必要があるために、装置も大型になり、施工場所等の条件が限られてくる。それに対し、コールドスプレーは比較的低温で溶射が可能なため、基材の熱変質や変形が起こりにくく、また装置によっては比較的高温の溶射プロセスと比較して小型ですむという利点がある。さらに、使用する作動ガスが燃焼ガスではないために安全性に優れ、現地施工での利便性が高いという利点もある。
【0036】
一般的に、コールドスプレーは、作動ガス圧により高圧型と低圧型に分類される。すなわち、作動ガス圧の上限が1MPaである場合を低圧型コールドスプレーといい、作動ガス圧の上限が5MPaである場合を高圧型コールドスプレーという。高圧型コールドスプレーでは、主としてヘリウムガスや窒素ガスもしくはそれらの混合ガス等の不活性ガスが作動ガスとして使用される。低圧型コールドスプレーでは、高圧型コールドスプレーで使用されるガス種、あるいは圧縮空気が作動ガスとして使用される。
【0037】
高圧型コールドスプレーにより溶射皮膜を形成する用途で前記実施形態の溶射用粉末を使用する場合、作動ガスは、好ましくは0.5〜5MPa、より好ましくは0.7〜5MPa、さらに好ましくは1〜5MPa、最も好ましくは1〜4MPaの圧力でコールドスプレーに供給されて、好ましくは100〜1000℃、より好ましくは300〜1000℃、さらに好ましくは500〜1000℃、最も好ましくは500〜800℃にまで加熱される。溶射用粉末は、好ましくは1〜200g/分、さらに好ましくは10〜100g/分の供給速度でもって作動ガスと同軸方向から作動ガスに供給される。スプレー時、コールドスプレーのノズル先端から基材までの距離は、5〜100mmであることが好ましく、より好ましくは10〜50mmであり、コールドスプレーのノズルのトラバース速度は、好ましくは10〜300mm/秒、より好ましくは10〜150mm/秒である。また、形成する溶射皮膜の膜厚は、好ましくは50〜1000μmであり、より好ましくは100〜500μmである。
【0038】
一方、低圧型コールドスプレーにより溶射皮膜を形成する用途で前記実施形態の溶射用粉末を使用する場合、作動ガスは、好ましくは0.3〜1MPa、より好ましくは0.5〜1MPa、最も好ましくは0.7〜1MPaの圧力でコールドスプレーに供給されて、好ましくは100〜600℃、より好ましくは250〜600℃、最も好ましくは400〜600℃にまで加熱される。溶射用粉末は、好ましくは1〜200g/分、さらに好ましくは10〜100g/分の供給速度でもって作動ガスと同軸方向から作動ガスに供給される。スプレー時、コールドスプレーのノズル先端から基材までの距離は、5〜100mmであることが好ましく、より好ましくは10〜40mmであり、コールドスプレーのノズルのトラバース速度は、好ましくは5〜300mm/秒、より好ましくは5〜150mm/秒である。また、形成する溶射皮膜の膜厚は、好ましくは50〜1000μmであり、より好ましくは100〜500μm、最も好ましくは100〜300μmである。
【0039】
次に、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
(実施例1〜14及び比較例1,2)
実施例1〜14及び比較例1,2の溶射用粉末として各種の造粒−焼結サーメット粒子を用意し、これを表1に示す第1〜第3の条件のいずれかでそれぞれ溶射することにより厚さ200μmの溶射皮膜を形成した。
【0040】
【表1】

実施例1〜14及び比較例1,2の溶射用粉末及びそれら溶射用粉末から形成された溶射皮膜の詳細を表2に示す。
【0041】
【表2】

(実施例15〜22及び比較例3〜7)
実施例15〜22及び比較例3〜7の溶射用粉末として各種の造粒−焼結サーメット粒子又は金属粒子を用意し、これを表3に示す第4の条件又は第5の条件でそれぞれ溶射することにより溶射皮膜を形成した。
【0042】
【表3】

実施例15〜22及び比較例3〜7の溶射用粉末及びそれら溶射用粉末から形成された溶射皮膜の詳細を表4に示す。
【0043】
【表4】

【0044】
【表5】

表2及び表4の“セラミックス成分の種類”欄には、各溶射用粉末中のセラミックス成分の種類を示す。同欄中の“WC”はタングステンカーバイドを表し、“−”はセラミックス成分を含まないことを表す。
【0045】
表2及び表4の“金属成分の種類”欄には、各溶射用粉末中の金属成分の種類を示す。同欄中の“合金1”、“合金2”、“合金3”、“合金4”、“合金5”及び“合金6”で表わされる合金の組成を表5に示す。また、表5には、各合金を12質量%含有し、残部がタングステンカーバイドからなる造粒−焼結サーメット粒子の融点、より正確には液相出現温度も示す。造粒−焼結サーメット粒子の液相出現温度は、株式会社リガク製の熱分析装置“TG-DTA Thermo plus EVO”を用いて測定される吸熱の第1ピークより算出した。なお、コバルトを12質量%含有し、残部がタングステンカーバイドからなる造粒−焼結サーメット粒子の液相出現温度は1270℃であった。また、比較例1,3,6で使用したコバルトの融点は1490℃であり、比較例7で使用したニッケルの融点は1455℃である。
【0046】
表2及び表4の“金属成分の含有量”欄には、各溶射用粉末中の金属成分の含有量を示す。なお、金属成分を除いた各溶射用粉末の残部はセラミックス成分で占められている。
表2及び表4の“平均粒子径D50”欄には、各溶射用粉末の平均粒子径(体積平均径)を、(株)堀場製作所製のレーザー回折/散乱式粒度測定機“LA−300”を用いて測定した結果を示す。
【0047】
表2及び表4の“圧縮強度”欄には、各溶射用粉末に含まれる造粒−焼結サーメット粒子の圧縮強度を測定した結果を示す。具体的には、式:σ=2.8×L/π/dに従って算出される造粒−焼結サーメット粒子の圧縮強度σ[MPa]を示す。上式中、Lは臨界荷重[N]を表し、dは溶射用粉末の平均粒子径[mm]を表す。臨界荷重は、一定速度で増加する圧縮荷重を圧子で造粒−焼結サーメット粒子に加えたときに、圧子の変位量が急激に増加する時点において造粒−焼結サーメット粒子に加えられた圧縮荷重の大きさである。この臨界荷重の測定には、(株)島津製作所製の微小圧縮試験装置“MCTE−500”を使用した。
【0048】
表2及び表4の“溶射条件”欄には、各溶射用粉末から溶射皮膜を形成するときに用いた溶射条件(表1及び表3参照)を示す。
表2の“付着効率”欄には、各溶射用粉末から形成された溶射皮膜の重量を、溶射した溶射用粉末の重量で除することにより得られる値を百分率で示す。
【0049】
表4の“膜厚”欄には、各溶射用粉末から形成された溶射皮膜の膜厚を示す。同欄中の“−”は、成膜できなかったことを表す。
表2及び表4の“硬度”欄には、各溶射用粉末から形成された溶射皮膜のビッカース硬度(Hv0.2)を、株式会社島津製作所製の微小硬度測定器HMV−1で測定した結果を示す。同欄中の“−”は、成膜できなかったことを表す。
【0050】
表2の“耐摩耗性”欄には、スガ摩耗試験機を用いたJIS H8682-1に準ずる往復運動平面摩耗試験(abrasive wheel wear test)による各溶射用粉末から形成された溶射皮膜の摩耗体積量を、同じ往復運動平面摩耗試験による炭素鋼SS400の摩耗体積量で除することにより得られる値を示す。
【0051】
表2の“表面粗度”欄には、各溶射用粉末から形成された溶射皮膜の表面粗度を、触針型表面粗度計で測定した結果を示す。
表2の“スピッティング”欄には、各溶射用粉末を5分間連続して溶射したときのスピッティング発生の有無を示す。
【0052】
表2の“耐食性”欄には、各溶射用粉末から形成された溶射皮膜の0.5mol%硫酸水溶液に対する耐食性を電位スイープ試験で評価した結果を示す。同欄中の◎は腐食電位が−0.300〜−0.310Vであったことを示し、同様に、○は−0.311〜−0.320V、△は−0.321〜−0.330V、×は−0.331〜−0.340Vであったことを示す。
【0053】
次に、上記した実施形態、変形例及び実施例より把握できる技術的思想について以下に記載する。
・ コールドスプレー、特に低圧型コールドスプレーにより溶射皮膜を形成する用途で使用される請求項1〜6のいずれか一項に記載の溶射用粉末。この場合、コールドスプレー、特に低圧型コールドスプレーによりサーメットの溶射皮膜を形成することができる。
【0054】
・ 請求項1〜6のいずれか一項に記載の溶射用粉末をコールドスプレー、特に低圧型コールドスプレーにより溶射して溶射皮膜を形成する溶射皮膜の形成方法。この場合、コールドスプレー、特に低圧型コールドスプレーによりサーメットの溶射皮膜を形成することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サーメットの造粒−焼結粒子からなる溶射用粉末であって、タングステンカーバイド又はクロムカーバイドと、シリコンを含有した鉄基合金とを含有することを特徴とする溶射用粉末。
【請求項2】
溶射用粉末中の前記合金の含有量は5〜40質量%であり、前記合金はシリコンを0.1〜10質量%の量で含有する、請求項1に記載の溶射用粉末。
【請求項3】
前記合金は0.5〜20質量%のクロムをさらに含有する、請求項2に記載の溶射用粉末。
【請求項4】
前記合金は5〜20質量%のニッケルをさらに含有する、請求項2又は3に記載の溶射用粉末。
【請求項5】
前記合金は、アルミニウム、モリブデン、マンガンのうちの少なくともいずれか1種をさらに含有する、請求項2〜4のいずれか一項に記載の溶射用粉末。
【請求項6】
前記タングステンカーバイド又はクロムカーバイドは、前記合金を除いた溶射用粉末の残部を占める、請求項1〜5のいずれか一項に記載の溶射用粉末。

【公開番号】特開2011−74483(P2011−74483A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−53378(P2010−53378)
【出願日】平成22年3月10日(2010.3.10)
【出願人】(000236702)株式会社フジミインコーポレーテッド (126)
【Fターム(参考)】