説明

溶射用粒子

【課題】溶射中に酸化されず、しかも簡便で安価に製造可能な溶射用金属粒子を提供する。
【解決手段】金属からなる母粒子表面に、表面処理剤によって形成された被覆層を有する溶射用粒子。被覆層は、金属粒子表面全体を被覆していることが好適であり、また、ターゲットである基材表面に衝突する直前まで、被覆層の少なくとも一部が金属粒子表面に残存した状態で維持されて金属粒子の酸化を防止することが好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は溶射用粒子、特に溶射用金属粒子の溶射過程における酸化抑制に関する。
【背景技術】
【0002】
金属被膜を形成する方法の一つに溶射があり、溶射用の金属粉末は、例えばプラズマフレームや燃焼フレームなどに導入されて熱及び運動エネルギーを与えられ、ターゲットである基材表面に向けて噴出される。
しかしながら、大気中で溶射した場合、溶射された金属粉末は高温に晒されて酸化を受け、溶射した金属粉末の特性が溶射被膜において十分発揮されないことがあった。また、強度や耐食性、耐摩耗性など、様々な目的に応じた合金組成が開発されているが、酸化の受けやすさは合金を構成する金属元素ごとに異なるため、得られた溶射被膜の合金組成が溶射した合金粒子とは異なってしまい、所望の性質が得られないことがあった。特に、酸素と結合しやすい易酸化性の金属元素を含む場合や、粒径が小さな金属粉末である場合には、酸化の影響を受けやすい。
【0003】
特許文献1には、ガスタービン翼等において耐食性溶射被膜形成に用いられるMCrAlY粉末(MはFe,Ni,Coの1種以上)の表面を、Pt、Re、Ta、又はNbなどの耐高温酸化性金属で被覆することにより、溶射粉末の耐高温酸化性が改善されることが記載されている。
しかしながら、耐高温酸化性金属は非常に高価であり、また、その被覆はメッキ法やPVD法などで行わなければならず、何れも工程が煩雑で、メッキ法では廃液の問題もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3043745号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は前記背景技術に鑑みなされたものであり、その目的は、溶射過程で酸化しにくく、しかも簡便で安価に製造可能な溶射用金属粒子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らが鋭意検討を行った結果、溶射用の金属粒子を母粒子とし、その表面を予め表面処理剤で処理して被覆層を形成しておくことにより、溶射過程で高温の酸化雰囲気に晒されてもコアの母粒子が酸化されず、良好な金属溶射被膜が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明にかかる溶射用粒子は、金属からなる母粒子の表面に、表面処理剤によって形成された被覆層を有することを特徴とする。
本発明の溶射用粒子において、被覆層が母粒子表面全体を被覆していることが好適である。
また、ターゲットである基材表面に衝突する直前まで、被覆層の少なくとも一部が母粒子表面に残存した状態で維持されて金属母粒子の酸化を防止することが好適である。
また、母粒子に対する表面処理剤量が0.1〜10質量%であることが好適である。
また、母粒子が△Txが30K以上の金属ガラスであることが好適である。
また、母粒子の金属が大気中溶射で酸化する反応性金属元素を含有することが好適である。
【0008】
また、表面処理剤が母粒子との反応性を有する反応性有機表面処理剤であることが好適である。
また、反応性有機表面処理剤が、Si−H基を含有する反応性シリコーン化合物であることが好適である。
また、反応性有機表面処理剤が、カップリング剤であることが好適であり、さらにはSi系、Ti系、Al系、又はZr系カップリング剤であることが好適である。
また、表面処理剤が金属粒子との反応性を持たない非反応性表面処理剤であることもできる。
また、表面処理剤がケイ酸ナトリウムであることが好適である。
【0009】
本発明にかかる溶射被膜は、前記何れかの溶射用粒子を溶射して得られたことを特徴とする。
本発明の溶射被膜において、前記溶射用粒子を大気中で溶射して得られたことが好適である。
また、溶射被膜中に残存した被覆層残渣の平均分散粒径が5μm以下であることが好適である。
また、ケイ素化合物を表面処理剤として形成された被覆層を有する溶射用粒子を溶射して得られた溶射被膜である場合、溶射被膜中に残存した被覆層残渣がSi量で4vol%以下であることが好適である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の溶射用粒子は、コアである金属母粒子の表面に形成された被覆層により、溶射過程で高温の酸化フレームに晒されても母粒子の酸化が抑制されるので、母粒子を構成する金属が本来有する特性を溶射被膜においても十分に発揮させることができる。また、微細な母粒子に対しては、粉塵爆発の危険性の低減、スピッティングの防止などにも寄与する。また、本発明の被覆層は、表面処理剤により母粒子表面に簡便に形成可能である。また、被覆層にセラミックなどの子粒子を担持させることにより、溶射被膜の機能や性質を改良することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明にかかる溶射用粒子の一例を模式的に示す断面図である。
【図2】本発明にかかる溶射用粒子の一例を模式的に示す断面図である。
【図3】Fe43Cr16Mo161510金属ガラスガスアトマイズ粉末の(a)被覆処理前、(b)被覆処理後の電子顕微鏡写真(×500倍)である。
【図4】(a)被覆層なしのZr60Al15Ni7.5Co2.5Cu15粉末(38〜53μm)、(b)被覆層ありのZr60Al15Ni7.5Co2.5Cu15粉末(38〜53μm)をそれぞれ溶射して得られた溶射被膜のX線回折結果である。
【0012】
【図5】(a)被覆層なしのCu50Zr40Al10金属ガラス粉末(25〜53μm)、(b)被覆層ありのCu50Zr40Al10金属ガラス粉末(25〜53μm)をそれぞれ溶射して得られた溶射被膜のX線回折の結果である。
【図6】母粒子に対して、(a)0.5質量%、(b)1質量%の表面処理剤をそれぞれ被覆処理した溶射用粒子から得られた溶射被膜の、AES分析によるSi及びOの分布を示す図である。
【図7】母粒子に対して、3質量%の表面処理剤を被覆処理した溶射用粒子から得られた溶射被膜のSEM写真及びEDX分析によるSi分布を示す図である。
【図8】母粒子表面の被覆層(表面処理剤:メチルハイドロジェンポリシロキサン)に子粒子(アルミナ微粉末)が担持された溶射用粒子の(a)外観、及び(b)断面のSEM写真(2000倍)である。
【図9】子粒子(アルミナ微粉末)担持溶射粒子から得られた溶射被膜の断面SEM写真(500倍)、ならびにEPMA分析によるAlの分布を示す図である。
【0013】
【図10】母粒子表面の被覆層(表面処理剤:メチルハイドロジェンポリシロキサン)に子粒子(低軟化点ガラス微粉末)が担持された溶射用粒子から得られた溶射被膜断面の光学顕微鏡写真である。
【図11】母粒子表面の被覆層(表面処理剤:メチルハイドロジェンポリシロキサン)に子粒子(低軟化点ガラス微粉末)が担持された溶射用粒子から得られた溶射被膜断面のEPMA分析によるTi及びBiの分布を示す図である。
【図12】母粒子表面の被覆層(表面処理剤:水ガラス+ステアリン酸)に子粒子(低軟化点ガラス微粉末)が担持された溶射用粒子の(a)外観、及び(b)断面のSEM写真(2000倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の溶射用粒子は、金属からなる母粒子(コア)の表面に、表面処理剤によって形成された被覆層を有している。この被覆層により、溶射フレームに導入された母粒子の酸化が抑制される。従って、被覆層は、酸化抑制の点から、金属粒子表面全体を被覆していることが好ましい。
【0015】
図1は、本発明にかかる溶射用粒子の一例を模式的に示す断面図である。図1において、溶射用粒子10は、金属からなる球状の母粒子2と、その表面を被覆する被覆層4とを有している。なお、図1において被覆層4は一層であるが、必要に応じて2層以上の多層構造とすることもできる。また、図2に示すように、被覆層4は1つ以上の子粒子6を付加的に有することもできる。
【0016】
<母粒子>
コアとなる母粒子を構成する金属は特に制限されず、純金属、合金の何れでもよく、また、その構造も結晶、非結晶の何れでもよい。また、必要に応じて、金属と他の非金属成分との複合材料を用いることもできる。
被覆層による酸化防止効果は、コアの母粒子が溶射で酸化する反応性金属である場合に特に有用である。例えば、Zr、Mg、Ti、Alなどの可燃性金属を含む金属材料は通常反応性が高い。
【0017】
また、1980年代以降、過冷却液体状態の結晶化に対する安定性が従来のアモルファス合金に比して非常に高い合金、いわゆる金属ガラスが見出されており、これまでに、様々な金属ガラス組成が報告されている。
金属ガラスは、加熱時に、結晶化前に明瞭なガラス遷移と広い過冷却液体温度領域を示すことが特徴である。
【0018】
すなわち、金属ガラスをDSC(示差走査熱量計)を用いてその熱的挙動を調べると、温度上昇にともない、ガラス転移温度(Tg)を開始点としてブロードな広い吸熱温度領域が現れ、結晶化開始温度(Tx)でシャープな発熱ピークに転ずる。そしてさらに加熱すると、融点(Tm)で吸熱ピークが現れる。金属ガラスの種類によって、各温度は異なる。TgとTxの間の温度領域△Tx=Tx−Tgが過冷却液体温度領域であり、△Txが10〜130Kと非常に大きいことが金属ガラスの一つの特徴である。△Txが大きい程、結晶化に対する過冷却液体状態の安定性が高いことを意味する。従来のアモルファス合金では、このような熱的挙動は認められず、△Txはほぼ0である。
【0019】
また、近年では、アモルファス相の金属ガラス粉末を溶射することによりアモルファス相の金属ガラス溶射被膜が得られることも報告されている(特開2006−21400号公報)。
本発明の母粒子として、このような金属ガラス粉末、さらにはアモルファス相の金属ガラス粉末が好適に用いられる。
また、アモルファス相の溶射被膜を得ようとする場合には、△Txが30K以上である金属ガラスを用いることが好ましい。
【0020】
母粒子の形状は、通常溶射に使用されるものであれば特に制限されず、例えば、板状、チップ状、粒状、粉体状、球状などが挙げられるが、流動性の点から好ましくは球状である。ここでいう球状とは、粒子の最短径/最長径の比率(真球率)が0.7〜1の概略球状であるものを言う。このような球状の母粒子は、公知の方法、例えばガスアトマイズ法や水アトマイズ法などにより製造される。
【0021】
母粒子の粒径は、溶射可能な範囲であれば特に制限されない。一般的に、溶射粒子の粒径は1〜100μmの範囲である。
溶射被膜の緻密性を高めるために、粒径の小さい溶射粒子の使用が望まれることがある。しかし、粒径が小さくなると酸化速度が大きくなって溶射被膜特性が著しく低下する。本発明はこのような粒径の小さな母粒子に対して特に有用であり、例えば、25μm以下、さらには10μm以下の母粒子において特に有用である。
【0022】
また、粒径が小さくなると、一般に粉塵爆発の危険性が増大する。さらに、スピッティング(溶射ガンのノズル(バレル)内部で溶融した粒子が付着凝固してしまうこと)を生じて、生産性が低下したり、バレル内部の付着凝固物が剥離して溶射被膜中に混入するという問題も生じやすい。本発明は、これらの問題の解決にも有用である。
【0023】
<被覆層>
被覆層は、溶射粒子がターゲットである基材表面に到達して衝突する直前には、揮発や燃焼によって金属粒子表面から消失していてもよいが、母粒子の酸化を十分に防止するためには、基材表面に衝突するまではその少なくとも一部が金属粒子表面に維持されることが好ましい。被覆層は、溶射による母粒子の酸化を抑制した結果、被覆層自体が溶射中に酸化されて酸化物に変換されてよい。
【0024】
被覆層及び/又はその酸化物が残存したまま溶射用粒子が基材表面に衝突した場合、被覆層及び/又はその酸化物(以下「被覆層残渣」ということがある)は衝突時の衝撃によって破壊、変形、あるいは飛散してその少なくとも一部が溶射被膜中に含まれる場合がある。被覆層残渣が溶射被膜に悪影響を及ぼすような場合には、微細に分散される方が好ましい。例えば、溶射被膜中における被覆層残渣の分散粒径は最大でも10μm、平均で5μm以下であることが好適である。
【0025】
本発明の溶射用粒子は、コアの母粒子表面を表面処理剤を用いて公知の方法で被覆処理することにより得られる。
表面処理剤の使用量は、目的とする被覆層に応じて適宜設定すればよいが、母粒子表面全体を被覆するのに十分な量を用いることが好ましい。典型的には、金属粒子表面を十分に被覆するために、母粒子に対して表面処理剤を0.1質量%以上、さらには0.5質量%以上用いることが好ましい。一方、表面処理剤を過剰に用いても、それに見合った酸化抑制効果の向上は期待できず、かえって溶射被膜中に多量の被覆層残渣が残存し、被覆層残渣の種類によっては膜性能に悪影響を与えることがある。溶射被膜中における被覆層残渣を低減し、あるいは被覆層残渣を微細分散するために、母粒子に対して表面処理剤を10質量%以下、さらには5質量%以下とすることが好ましい。例えば、ケイ素化合物を表面処理剤として被覆層を形成した溶射用粒子を用いた場合、溶射被膜中の被覆層残渣を4vol%以下とすることができる。また、表面処理剤が多くなると被覆処理して得られた溶射用粒子の凝集性が強くなり、溶射装置への送給性が悪化する傾向があるので、より好ましくは母粒子に対して表面処理剤が3質量%以下である。また、被覆層の層厚としては、約1〜30nmとすることが好ましい。なお、被覆層が子粒子を担持した場合はこの限りではない。
【0026】
表面処理剤としては、母粒子表面に酸化抑制能を有する被覆層を形成可能なものであれば制限されないが、耐湿性の点から、疎水性コーティング剤が好適に用いられる。代表的なものとしては、例えば、ジメチルポリシロキサン、メチルハイドロジェンポリシロキサン、メチルフェニルポリシロキサン、アルキル変性シリコーン、アルコキシ変性シリコーン、フッ素変性シリコーン、トリメチルシロキシケイ酸、アクリルシリコーン、シリコーンレジン等のシリコーン化合物;パーフルオロアルキル基含有エステル、パーフルオロポリエーテル、パーフルオロアルキル基含有ポリマー等のフッ素化合物;シラン系カップリング剤、チタネート系カップリング剤、アルミネート系カップリング剤、ジルコニウム系カップリング剤などのカップリング剤;流動パラフィン、スクワラン、ワセリン、ラノリン、マイクロクリスタリンワックス、ポリエチレンワックス等の炭化水素;高級アルコール;ラウリン酸亜鉛、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸アルミニウム等の金属石鹸;ラウロイルリジンなどのアシルアミノ酸化合物;デキストリン脂肪酸エステルなどの有機表面処理剤が挙げられるがこれらに限定されない。また、有機表面処理剤は一種又は二種以上を用いてもよい。
【0027】
表面処理剤により形成される被覆層は、少なくとも常温(25℃)で固体であることが取り扱い性の点で好ましい。
被覆層は、物理的吸着及び/又は化学的結合により金属母粒子表面に形成されていてよく、非反応性コーティング剤、反応性コーティング剤の何れを用いてもよいが、保存中や溶射中に被覆層が損なわれないように、反応性コーティング剤を用いて化学的結合により母粒子表面に強固に形成されていることが好ましい。
【0028】
このような被覆層を形成可能な有機表面処理剤としては、オルガノハイドロジェンポリシロキサンやカップリング剤などの反応性コーティング剤が挙げられる。反応性コーティング剤は、通常適当な液体(水や有機溶剤)に分散あるいは溶解し、スプレー、混合、浸漬などにより母粒子表面全体に均一に付着させ、その後、焼付け処理(加熱による縮合反応や架橋反応などによる化学的結合の形成)、メカノケミカル処理など、公知の方法によって金属粒子表面に固定化されるが、これに限定されるものではない。アモルファス相の金属ガラス粉末を母粒子とする場合は、被覆層形成における加熱は、結晶化開始温度以下で行うことが好ましい。
【0029】
オルガノハイドロジェンポリシロキサンとしては、メチルハイドロジェンポリシロキサン、メチルハイドロジェンポリシロキサン・ジメチルポリシロキサン共重合体、テトラメチルシクロテトラシロキサンなどが挙げられるがこれに限定されるものではない。また、ジメチルポリシロキサンやデカメチルシクロペンタシロキサンなどのオルガノポリシロキサンなどの非反応性シリコーンを併用することもできる。
【0030】
シラン系カップリング剤としては、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリルオキシプロピルトリメトキシシラン、N−β(アミノエチル)−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、γ−クロロプロピルトリメトキシシラン等が挙げられる。
【0031】
チタネート系カップリング剤としては、イソプロピルステアロイルチタネート、イソプロピルトリス(ジオクチルピロホスフェート)チタネート、イソプロピルトリ(N−アミノエチル−アミノエチル)チタネート、テトラオクチルビス(ジトリデシルホスフェート)チタネート、テトラ(2,2-ジアリールオキシメチル-1-ブチル)ビス(ジトリデシルホスフェート)チタネート、ビス(ジオクチルピロホスフェート)オキシアセテートチタネート、ビス(ジオクチルピロホスフェート)エチレンチタネート等が挙げられる。
【0032】
アルミネート系カップリング剤としては、アセトアルコキシアルミニウムジイソプロピレート、アルミニウムジイソプロポキシモノエチルアセトアセテート、アルミニウムトリスエチルアセトアセテート、アルミニウムトリスアセチルアセトネート等が挙げられる。
【0033】
ジルコニウム系カップリング剤としては、ジルコニウムテトラキスアセチルアセトネート、ジルコニウムジブトキシビスアセチルアセトネート、ジルコニウムテトラキスエチルアセトアセテート、ジルコニウムトリブトキシモノエチルアセトアセテート、ジルコニウムトリブトキシアセチルアセトネート等が挙げられる。
【0034】
無機表面処理剤としては、水溶性金属塩、金属アルコキシドなどが挙げられるが、メタケイ酸のナトリウム塩(NaSiO)やNaSiO、NaSi、NaSiなどの各種ケイ酸のナトリウム塩が望ましく、特に水ガラスが望ましい。
無機表面処理剤を用いて被覆層を形成するのは、公知の方法(塗着法、沈着法、加水分解法など)によって形成することが可能である。例えば、適当な液体(水や有機溶剤)に分散あるいは溶解した無機表面処理剤をスプレー、混合、浸漬などにより母粒子表面全体に均一に付着させ、その後必要に応じて焼付け処理、メカノケミカル処理など、公知の方法によって金属粒子表面に固定化する方法;無機表面処理剤溶液中に母粒子を分散させて加水分解することにより母粒子表面に金属酸化物からなる被覆層を析出させる方法などが挙げられるが、これらに制限されるものではない。
また、無機表面処理剤は一種又は二種以上を用いても良く、有機表面処理剤と複合して使用しても良い。
【0035】
<子粒子>
本発明においては、得られる溶射被膜の機械的、電気的、磁気的、光学的、化学的、熱的、あるいはその他の機能や性質等を向上させるために、無機物からなる子粒子を前記被覆層により担持させることができる。例えば、セラミックスは、一般に金属よりも硬度、耐熱性、耐食性などが高いので、セラミックスを子粒子として用いることで、溶射被膜にこれらの機能を付与することが可能である。
また、通常のセラミックスは融点(あるいは軟化点)が高く、金属母粒子の溶射中でも溶融又は軟化しない。このようなセラミックスを子粒子として用いた場合には、溶射被膜の緻密性を向上することができる。
【0036】
セラミックスとしては、特に制限されるものではないが、シリカ、アルミナ、ジルコニア、酸化カルシウム、マグネシア等を構成成分とする酸化物系のセラミックス、または、炭化物、ホウ化物、窒化物等を構成成分とする非酸化物系のセラミックス等が挙げられる。子粒子は、1種又は2種以上を用いることができる。
【0037】
子粒子を含む被覆層を形成する場合、例えば、子粒子を表面処理剤に分散・混合したものを用いて母粒子を処理する方法、子粒子を母粒子と混合したものを表面処理剤で処理する方法などにより形成できるが、これらに制限されるものではない。
【0038】
子粒子の量は、目的とする効果に応じて適宜設定されるが、好ましくは母粒子に対して0.1〜10質量%、さらには0.5〜5質量%である。子粒子が少なすぎるとその効果が十分に得られず、多すぎると被覆層で担持することができないことがある。
子粒子の形状は特に制限されないが、母粒子表面の被覆層に強固に担持できるよう、その粒径は0.1〜5μmであることが好ましい。粒径が小さすぎると子粒子が凝集しやすく、大きすぎると被覆層から脱離したり、母粒子による溶射被膜特性を損うことがある。
【0039】
本発明の溶射用粒子は、何れの溶射方法においても用いることができる。例えば、大気圧プラズマ溶射、減圧プラズマ溶射、フレーム溶射、高速フレーム溶射(HVOF)、アーク溶射などがあるが、大気中など酸化性雰囲気中で行われる溶射において有用であり、特に高速フレーム溶射に効果的である。
以下、本発明を具体例を挙げて説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0040】
試験例1 被覆層を有する溶射用粒子
Fe43Cr16Mo161510の組成からなる金属ガラスのガスアトマイズ粉末(アモルファス、Tg=885K、△Tx=65K、25μm篩下)99質量部に、メチルハイドロジェンポリシロキサン(信越化学工業(株)製 KF−9901)1質量部とエタノール1質量部との混合液を添加し、サンプルミルで均一に混合した。これを、乾燥炉中、270℃で5時間焼付け処理した。その後、サンプルミルで団塊を解砕し、45μm篩下を分取して被覆層を有する溶射用粒子を得た。
【0041】
図3は、(a)被覆処理前、及び(b)被覆処理後の粒子のSEM写真(×500倍)である。図3に示されるように、試験例1で得られた溶射用粒子は概略球状で被覆層で表面全体が被覆され、被覆処理による形状の変化や凝集は見られなかった。
また、試験例1で得られた溶射用粒子の元素分布をオージェ電子分光分析法(AES:Auger Electron Spectroscopy)で調べた。その結果、母粒子表面の被膜層が約3nmであることが確認された。
【0042】
試験例2 酸化抑制効果
試験例1と同様にして、Zr60Al15Ni7.5Co2.5Cu15の組成からなる金属ガラスのガスアトマイズ粉末(アモルファス、△Tx=84K)を被覆処理し、被覆層を有する溶射用粒子を得た。この溶射用粒子、ならびに、比較例として被覆処理していない金属ガラス粉末(被覆層なし)をそれぞれ用いて溶射を行った。溶射条件は、次の通りである。
【0043】
(溶射条件)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
溶射装置:HVOF装置(PRAXAIR−TAFA社製 JP−5000、
バレル長さ4インチ)
基材:SUS304L板(表面ブラスト処理仕上げ)
粉末搬送ガス:N
燃料:灯油2.5GPH−酸素2000SCFH
溶射距離:180mm
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【0044】
図4(a)は被覆層なしのZr60Al15Ni7.5Co2.5Cu15粉末(38〜53μm)、(b)は被覆層ありのZr60Al15Ni7.5Co2.5Cu15粉末(38〜53μm)をそれぞれ溶射して得られた溶射被膜のX線回折結果である。
図4(a)のように、被覆層を持たない金属ガラス粉末では溶射被膜に酸化物のピークが認められたのに対し、図4(b)のように、被覆層を有する金属ガラス粉末から得られた溶射被膜ではこのような酸化物のピークはほとんど認められなかった。
【0045】
また、Cu50Zr40Al10の組成からなる金属ガラスのガスアトマイズ粉末(アモルファス、△Tx=55K)についても、上記の溶射条件により溶射被膜を作成し、被覆層あり、被覆層なしの場合を同様に比較した。
図5(a)は被覆層なしのCu50Zr40Al10金属ガラス粉末(25〜53μm)、(b)は被覆層ありのCu50Zr40Al10金属ガラス粉末(25〜53μm)をそれぞれ溶射して得られた溶射被膜のX線回折の結果である。
図5からも、母粒子表面に形成された被覆層により、母粒子金属成分の酸化が抑制されていることが理解される。
このように、母粒子表面に形成された被覆層により、母粒子金属成分の酸化を抑制することができる。
【0046】
試験例3 被覆層残渣
試験例1において、メチルハイドロジェンポリシロキサンの量を原料粉体(母粒子)に対して0.5質量%又は1質量%とした以外は同様にして、被覆層を有する溶射用粒子を製造し、試験例2と同様にして溶射を行った。
各溶射被膜の元素分布をオージェ電子分光分析法(AES:Auger Electron Spectroscopy)により調べた。図6(a)に処理剤0.5質量%、(b)に処理剤1質量%の粉末からそれぞれ得られた溶射被膜のSi及びOの分布を示す。
図6からわかるように、何れの溶射被膜においても被覆層残渣は溶射被膜中に微細に分散し、その分散平均粒子径は5μm以下であり、10μmを超える分散粒子はなかった。これらは、同図をカラーマッピングした場合にはより明確となる。
【0047】
また、試験例1において、メチルハイドロジェンポリシロキサンの量を原料粉体(母粒子)に対して3質量%、エタノールの量を2質量%とした以外は同様にして、被覆層を有する溶射用粒子を製造し、試験例2と同様にして溶射を行った。
FE−SEM(日本電子(株)製 JSM−7001F)及びEDX(日本電子(株)製 JED−2300)で分析した結果を図7に示す。なお、図7においてEDXによるSi分布はカラーを白黒に二値化変換したものであり、黒い部分がSiを示す。被覆層残渣は溶射被膜中に微細に分散し、その平均分散粒子径は約3.9μmであり、10μmを超える分散粒子はなかった。また、溶射被膜中に含まれる被覆層残渣はSi量として約3.6vol%であった。
【0048】
試験例4 表面処理剤
試験例1において、下記表1のように種々の表面処理剤と溶媒とを用いて被覆処理を行い、溶射用粒子を製造した(水ガラスの場合のみ、焼付け条件は110℃、24時間)。
表1のように、何れの表面処理剤を用いた場合でも母粒子表面全体が被覆された溶射用粒子が得られた。これら溶射用粒子から試験例2に準じて得られた溶射被膜は何れも、X線回折図において酸化物ピークのないハローパターンを示した。
なお、表面処理剤が多すぎると溶射用粒子に凝集性を生じ、溶射適性が低下する傾向があった。
【0049】
【表1】

【0050】
試験例5 爆発下限濃度
試験例2で用いたZr60Al15Co2.5Ni7.5Cu15は非常に活性なZr基金属ガラスであり、25μm篩以下の粉末の爆発下限濃度は約100g/mであった(JIS Z8818 可燃性粉塵の爆発下限濃度測定方法に従って測定)。
一方、この粉末に、試験例1と同様に被覆処理して被覆層を形成した場合、25μm篩以下の爆発下限濃度は約500g/mであった。
このように、被覆層の形成により、爆発性の懸念がほとんどないレベルにまで粉塵爆発の危険性を低下させることが可能である。
【0051】
試験例6 子粒子の複合化(1)
Fe43Cr16Mo161510の組成からなる金属ガラスのガスアトマイズ粉末(アモルファス、Tg=885K、△Tx=65K、10〜25μm)95質量部に、γ−アルミナの微粉末(2〜3μm)5質量部をメカノハイブリッドミキサー(三井鉱山(株)製)で予め混合し、これにメチルハイドロジェンポリシロキサン(信越化学工業(株)製 KF−9901)1質量部とエタノール2質量部との混合液を添加し、さらに混合した。これを、乾燥炉中、270℃で5時間焼付け処理した。その後、メカノハイブリッドミキサーで団塊を解砕し、45μm篩下を分取して、さらに気流分級により10μm以下の微粉をカットして、溶射用粒子を得た。
得られた粒子の(a)外観、ならびに(b)断面のSEM写真(2000倍)を図8に示す。図8から、概略球状の母粒子表面全体がアルミナ微粒子を担持した約2〜3μm厚の被覆層で被覆されていることが確認された。
【0052】
この溶射用粒子を用いて、試験例2と同様にして溶射被膜を得た。また、比較のために、γ−アルミナ微粉末を使用せずに溶射用粒子を調製し、同様に溶射被膜を得た。
その結果、下記表2からわかるように、子粒子を被覆層中に存在させることにより、溶射被膜の硬度を著しく高めることができた。
また、溶射被膜断面を分布電子線マイクロアナライザー(EPMA:Electron
Probe Micro Analyzer)で調べた結果、堆積した溶射粒子の境界部分(粒界)にAlが点在していた。
【0053】
【表2】

【0054】
図9は子粒子ありの溶射用粒子をSUS基材に溶射して得られた溶射被膜の断面SEM写真(500倍)とAES分析結果である。これより溶射被膜中にアルミが観察され、アルミナが分散していることが示される。これは、同図をカラーマッピングした場合にはより明確となる。
【0055】
試験例7 子粒子の複合化(2)
Fe76Si5.79.53.8の組成からなる金属ガラスのガスアトマイズ粉末(アモルファス、Tg=758K、△Tx=45K、10〜25μm)95質量部に、ガラス微粉末(旭硝子(株)製ASF1094、転移点733K、軟化点793K、中心粒径1.0μm)5質量部をメカノハイブリッドミキサー(三井鉱山(株)製)で予め混合し、これにメチルハイドロジェンポリシロキサン(信越化学工業(株)製 KF−9901)1質量部とエタノール2質量部との混合液を添加し、さらに混合した。これを、乾燥炉中、270℃で5時間焼付け処理した。その後、メカノハイブリッドミキサーで団塊を解砕し、45μm篩下を分取して、さらに気流分級により10μm以下の微粉をカットして、溶射用粒子を得た。
この場合にも、試験例6と同様に、概略球状の金属ガラス母粒子表面全体が被覆層で被覆され、ガラス微粒子が被覆層に保持された溶射用粒子が得られた。
【0056】
また、この溶射用粒子を用いて、試験例2と同様にして溶射被膜を得た。得られた溶射被膜断面の光学顕微鏡写真を図10に示す。
得られた溶射被膜断面を分布電子線マイクロアナライザー(EPMA:Electron
Probe Micro Analyzer)で調べた結果、図11に示すように、ガラス由来のBiやTiは堆積した溶射粒子の境界部分(粒界)に広く存在していた。これは、子粒子として用いたガラス粉末が比較的低軟化点であり、溶射中に軟化したためと考えられる。これは、同図をカラーマッピングした場合にはより明確となる。
【0057】
試験例8 子粒子の複合化(3)
試験例7において、メチルハイドロジェンポリシロキサンのエタノール溶液を、水ガラス[(有)林ケミカル 水ガラス3号(成分:SiO30%、NaO10%、水60%、固形分40質量%)]10質量部とステアリン酸2質量部の混合物に代えて、焼付け温度を100℃とした以外は同様にして、溶射用粒子を製造し、この溶射用粒子を用いて、試験例2と同様にして溶射被膜を得た。
この溶射用粒子は、試験例7と同様に、概略球状の金属ガラス母粒子表面全体がガラス微粒子を担持した被覆層で被覆された溶射用粒子であった。得られた溶射用粒子の(a)外観、ならびに(b)断面のSEM写真(2000倍)を図12に示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属からなる母粒子の表面に、表面処理剤によって形成された被覆層を有することを特徴とする溶射用粒子。
【請求項2】
請求項1記載の溶射用粒子において、被覆層が母粒子表面全体を被覆していることを特徴とする溶射用粒子。
【請求項3】
請求項1又は2記載の溶射用粒子において、ターゲットである基材表面に衝突する直前まで、被覆層の少なくとも一部が母粒子表面に残存した状態で維持されて金属母粒子の酸化を抑制することを特徴とする溶射用粒子。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載の溶射用粒子において、母粒子に対する表面処理剤量が0.1〜10質量%であることを特徴とする溶射用粒子。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載の溶射用粒子において、母粒子が△Txが30K以上の金属ガラスであることを特徴とする溶射用粒子。
【請求項6】
請求項1〜5の何れかに記載の溶射用粒子において、母粒子の金属が大気中溶射で酸化する反応性金属元素を含有することを特徴とする溶射用粒子。
【請求項7】
請求項1〜6の何れかに記載の溶射用粒子において、表面処理剤が母粒子との反応性を有する反応性有機表面処理剤であることを特徴とする溶射用粒子。
【請求項8】
請求項7記載の溶射用粒子において、反応性有機表面処理剤が、Si−H基を含有する反応性シリコーン化合物であることを特徴とする溶射用粒子。
【請求項9】
請求項7記載の溶射用粒子において、反応性有機表面処理剤が、カップリング剤であることを特徴とする溶射用粒子。
【請求項10】
請求項9記載の溶射用粒子において、カップリング剤が、Si系、Ti系、Al系、又はZr系カップリング剤であることを特徴とする溶射用粒子。
【請求項11】
請求項1〜6の何れかに記載の溶射用粒子において、表面処理剤が金属粒子との反応性を持たない非反応性表面処理剤であることを特徴とする溶射用粒子。
【請求項12】
請求項1〜6の何れかに記載の溶射用粒子において、表面処理剤がケイ酸ナトリウムであることを特徴とする溶射用粒子。
【請求項13】
請求項1〜12の何れかに記載の溶射用粒子を溶射して得られた溶射被膜。
【請求項14】
請求項13記載の溶射被膜において、前記溶射用粒子を大気中で溶射して得られたことを特徴とする溶射被膜。
【請求項15】
請求項13又は14記載の溶射被膜において、溶射被膜中に残存した被覆層残渣の平均分散粒径が5μm以下であることを特徴とする溶射被膜。
【請求項16】
請求項13〜15の何れかに記載の溶射被膜において、ケイ素化合物を表面処理剤として形成された被覆層を有する溶射用粒子を溶射して得られた溶射被膜であり、溶射被膜中に残存した被覆層残渣がSi量で4vol%以下であることを特徴とする溶射被被膜。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−133021(P2010−133021A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−250600(P2009−250600)
【出願日】平成21年10月30日(2009.10.30)
【出願人】(000110251)トピー工業株式会社 (255)
【Fターム(参考)】