説明

溶射皮膜を有する製紙機械及び印刷機械用炭素繊維強化樹脂製ロールとその製造方法。

【課題】密着力が高く、耐摩耗性、耐衝撃性に優れる溶射皮膜を施した製紙機械及び印刷機械用炭素繊維強化樹脂製ロールの製造方法の提供

【解決手段】炭素繊維強化樹脂ロール基材と溶射皮膜との接着力を向上させるため、ロール基材表面にポリウレタン樹脂をベース層として施工し、旋盤加工により粗面化処理を行った後、中間層として金属または金属合金の溶射層を形成する。耐磨耗性に優れるトップ層として酸化物セラミックス、またサーメットを溶射形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抄紙機械及び印刷機械で使用される軽量の炭素繊維強化樹脂(以下CFRP)製ロールの表面性能を改善することに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、製紙及び印刷産業において、低エネルギーや操作性の向上を目的に、ロールの軽量化が図られている。従来の鉄製または鋼製からアルミニウム製へ、さらに軽量であるCFRPを基材とするロールへ改良が行われている。このCFRPロールは、特に製紙、印刷工程における紙を押さえる役割のロールやガイドローラとして使われている。
【0003】
CFRPロールは、従来のロール基材に比べ軽量ではあるが、ロールの表面特性、特に耐摩耗性に劣る。そこで、表面にCrメッキを施すことが提案されている。さらに各種セラミックス及びサーメット溶射皮膜を施工する提案も公開されている(例えば、特開平9−175703、特開平10−157323、特開平11−165930、US特許No.6,240,639、及びNo.6,339,883)。
【0004】
しかし、抄紙機械及び印刷機械用ロールには、高速回転時の耐摩耗性だけでなく、始動、停止時の耐衝撃性も求められる。すなわち靭性に優れ、かつ基材であるCFRPとの高い密着力を有する皮膜が求められる。そのため、CFRP基材と溶射皮膜の密着力の改善が種々提案されている。例えば、特開平5−32472では、CFRP基材の表面に複数個の窪みを設けることにより、CFRP基材への溶射皮膜の密着力を向上させている。またUS特許No.6,240,639、またNo.6,339,883では、ブラスト処理により表面を粗面化する方法が提案されている。特開11−165930、特開2001−270015では、樹脂とセラミックス粒子の混合物を基材の表面に吹き付け、100℃前後の温度で焼成させ、表面粗さを形成する方法も提案されている。
【特許文献1】特開平9−175703号公報
【特許文献2】特開平10−157323号公報
【特許文献3】特開平11−165930号公報
【特許文献4】US特許No.6,240,639号公報
【特許文献5】US特許No.6,339,883号公報
【特許文献6】特開平5−32472号公報
【特許文献7】特開2001−270015号公報
【非特許文献1】大石不二夫著「プラスチックのはなし」日本実業出版社 1997年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前述の特開平5−32472でCFRP基材上に形成される窪みは、その深さが1.00mmと大きい。この場合、基材と溶射皮膜との密着性は向上するものの、深い溝を溶射で埋めるため、溶射中のCFRP基材への熱影響や溶射工程の延長などの問題がある。また、US特許No.6,240,639、No.6,339,883で提案されたブラスト処理では、CFRP基材へ直接ブラスト粒子が衝突するため、繊維の表面への露出あるいは繊維の破壊といった欠点がある。この問題を回避するためにはブラスト圧力の低減と基材との間の長距離化などが有効ではあるが、この場合、一般的に十分な表面粗さを得られないという問題が残る。特開11−165930、特開2001−270015は、樹脂とセラミックス粒子の混合物を基材の表面に吹き付け、その後の焼成によって、表面へ凹凸を形成させている。この方法は、基材へ機械的および熱的損傷を与えず、基材の表面に必要な表面粗さを形成するものの、塗布後の焼成工程を必要とするための大型構造ロールに対する施工に難がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明では、CFRPロール表面に、CFRPとの密着性を改善する樹脂からなるベース層、ロールの対衝撃性を向上させる金属または金属合金の中間層、耐摩耗性に優れるセラミックスまたはサーメットのトップ層を形成させる。従来の技術の欠点を改善し、実機での長期間の稼働を可能にする耐摩耗性及び耐衝撃性に優れるCFRPの抄紙機械及び印刷機械用ロールとその製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明は、CFRPロールの表面に、基材を損傷させることなく粗面化が可能なポリウレタン樹脂を形成させ、金属または金属合金、セラミックスまたはサーメット皮膜を順に溶射法によって形成させた。本発明で案出したロール用皮膜は、CFRPと溶射皮膜との間に55kgf/cm2と非常に高い密着力を達成できる。また、発明した多層皮膜は、耐摩耗性、耐衝撃性に優れたCFRPロールの製品化が可能となり、ロールの長寿命化、安全性の向上が実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明のロール基材には、CFRPを用いる。一般に、CFRPの繊維を固定する母相には、熱硬化性あるいは熱可塑性樹脂が用いられており、本発明には熱可塑性エポキシ樹脂を用いる。
【0009】
CFRPロール表面と溶射皮膜との密着力を高めるためには、ロール表面に十分な粗面化処理を施す必要がある。十分な粗面化処理は、溶射中の皮膜形成時にCFRPロール表面と皮膜との間に十分なアンカー効果を得ることができる。
【0010】
しかしながら、ブラストによる粗面化は、CFRPロール表面を損傷させることになる。そこで、該CFRPロール表面の粗面化処理は、室温でも硬化が可能な樹脂をCFRP表面へ吹き付け、硬化した樹脂の表面を機械加工により施す。本発明では、この粗面化した樹脂層をベース層とする。この樹脂によるベース層は、CFRPの損傷の防止とその後に溶射する溶射皮膜に十分なアンカー効果を得ることができる。加えて、ベース層となる樹脂は、常温硬化が可能であり、CFRP基材への熱的な影響もない。
【0011】
このベース層には、ポリウレタン系樹脂を採用する。ポリウレタン系樹脂は、CFRP基材のエポキシ樹脂との密着性に優れる。また、その耐熱性は基材のエポキシ樹脂より良好で、その後のセラミックスあるいはサーメットなどの溶射時に生じる熱から、CFRP基材の軟化や熱損傷や抑える役割を果たす。
【0012】
上記のベース層の吹き付けは、前処理としてCFRP基材の表面を有機溶剤により洗浄し、プライマー塗布することが望ましい。その後、液体吹き付け装置により、ポリウレタン系樹脂を厚さ2.0mmに施工し、室温において、6〜12時間硬化させた後、旋盤加工により表面粗さをRa10〜20μm、厚さを150〜300μmに調整する。
【0013】
上記の方法で粗面化されたベース層上には、溶射法によって金属または金属合金で構成される中間層の皮膜を形成させる。金属または金属合金として、Al、Ni−Cr、Cu、Zn等が選択される。特に中間層として理想的な選択材料は、CFRPに熱的な影響が小さい低融点のZnまたはZn合金である。中間層となる溶射皮膜は、アーク溶射によって形成され、この皮膜の厚さは100〜150μmである。
【0014】
この中間層に期待される効果は、その上層に溶射される高温のセラミックスまたはサーメット溶融粒子直接ベース層に付着することを防止する。これは、ベース層の過熱を防ぎ、CFRPとベース層の高い密着性を保持させるためである。また、この金属または金属合金で形成させる中間層は、その上そうに形成する靭性が弱いセラミックスまたはサーメット溶射皮膜の耐衝撃性を改善する作用がある。
【0015】
トップそうとして中間層の上に溶射されるセラミックスまたはサーミットは、溶射中の熱の一部が、金属または金属合金の材質の中間層を介してベース層に伝達する。この熱は、ベース層のポリウレタン樹脂を軟化させる。このベース層の軟化とセラミックスまたはサーメット粒子の衝突は、中間層の金属または金属合金皮膜の一部分をベース層に食い込ませる。これによって、ベース層と中間層の密着力はさらに強化する。
【0016】
セラミックスまたはサーメットを溶射により形成させたトップ層は、CFRPロールの耐磨耗性を改善する。トップ層として溶射されるセラミックスには、Al、Ti、Cr、Zrの酸化物、またはこれらの混合物で構成され、主に、プラズマ溶射法で成膜する。同じくサーメットは、WC、CrC、TiC等とCo、Ni、Crの混合物であり、溶射法は皮膜の緻密性、表面粗さに応じて、フレーム溶射もしくは高速フレーム溶射で行う。
【0017】
耐摩耗特性が要求されるトップ層の溶射材料は、WC−Co系が好ましい。溶射方法はフレーム溶射もしくは高速フレーム溶射とする。皮膜の厚さは使用環境により、50〜300μmに設計する。表面粗さも用途に応じて溶射材料および溶射方法により調整できるが、Ra5.0〜18μmの範囲が好ましい。
【0018】
上記のように、本発明はベース層、中間層を形成することによりCFRPロール基材とトップ層である耐摩耗性を持つ皮膜との密着力および耐衝撃性を向上させるものである。
【実施例1】
【0019】
CFRP基材への密着力を向上させた皮膜の構成を図1に、また、密着力の測定に用いた密着力測定用試験片を図2にそれぞれ示す。図2に示した密着力測定用試験片は、直径35mm、厚さ5mmのCFRP基材(5)上へ多層皮膜(1)を形成させた後、その両面へSS400材質の引張治具(6)を接着し試験に供した。図2中の(1)の多層皮膜の構成は、図1に示すように図1(5)のCFRP表面をアセント洗浄、プライマーを塗布し、その上にポリウレタン樹脂のベース層図1(4)を厚さ2.0mmに施工した。さらに、20℃の室温において8時間、硬化させた後、厚さが200μmになるよう旋盤加工した。この時のベース層図1(4)の表面粗さはRa10〜20μmとした。図1に示す中間層(3)は、Znを皮膜厚さ100μmにアーク溶射により成膜した。耐摩耗性を有するトップ層図1(2)には、WC−20%Co粉末をフレーム溶射によって、皮膜厚さ200μmまで成膜した。
【0020】
密着力測定結果を表1に示す。本発明の多層皮膜とCFRP基材について、本実施例の場合、密着力はベース層がポリウレタン樹脂で最も高い約55kgf/cm2を示す。これに対して、その他のベース層を施工した試験片の密着力は、いずれも低い値を示す。
【0021】
【表1】

【実施例2】
【0022】
実施例2として抄紙機械のワインダーパートで、ワインダーに巻き付けられた紙を抑える役目のライダーロールとして使用されるCFRPロールの表面に、本発明の耐摩耗性及び耐衝撃性を持つ皮膜を形成させた。その皮膜の構成を図3に示す。該ロールは、外径125mm、面長3100mm、厚さ5.5mmの筒状であった。CFRPロールの周面をアセトン洗浄、プライマー塗布し、その上にポリウレタン樹脂のベース層を厚さ2.0mmに施工した。このベース層図3(4)は、20℃の室温において、8時間、硬化させた後、厚さ200μmになるよう旋盤加工した。この時の表面粗さはRa10〜20μmとした。その上にZnの中間層図3(3)をアーク溶射によって、皮膜厚さ100μmに形成させた。トップ層はフレーム溶射方法を用い、WC−20%Co粉末を溶射した。このトップ層図3(2)の皮膜厚さは、200μmとした。
【0023】
製造したロールは抄紙機のライダーロールとして、実機運転テストを行っ た。その結果、1年を経過後も皮膜の剥離は見られず、膜厚減も極めて少なかった。このテストロールは、その後も引き続き正常に運転している。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】密着力測定用試験片の多層溶射皮膜の構成を示す図である。
【図2】密着力測定用試験片を示す図である。
【図3】本発明のライダーロール皮膜の構造を示す図である。
【符号の説明】
【0025】
1 皮膜層
2 トップのサーメート層
3 Zn溶射中間層
4 粗面化したベース層
5 CFRP基材
6 引張治具
7 ライターロールのCFRP基材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維強化樹脂ロール表面に液体吹き付け法によって形成されるベース層、その上にいずれも溶射法によって形成される金属または金属合金中間層と、セラミックスまたはサーメットのトップ層で構成される耐摩耗性、耐衝撃性に優れる抄紙機械及び印刷機械用ロール。
【請求項2】
ベース層にポリウレタン樹脂を施工することにより炭素繊維強化樹脂との密着力を向上させた請求項1記載の抄紙機械及び印刷機械用ロール。
【請求項3】
中間層は、Al、Ni−Cr、Cu、Zn等で構成される請求項1記載の抄紙機械及び印刷機械用ロール。
【請求項4】
トップ層は、Al、Ti、Cr、Zrの酸化物、またはこれらの混合物で構成されるセラミックス、またはWC、CrC、TiC等とCo、Ni、Cr等の混合物で構成されるサーメットの溶射層であることを特徴とする請求項1記載の抄紙機械及び印刷機械用ロール。
【請求項5】
炭素繊維強化樹脂ロール表面には、ベース層としてポリウレタン系の樹脂を液体吹き付け方法により形成させ、そのベース層の上には、金属または金属合金を溶射して中間層を形成する。さらに中間層の上には、セラミックスまたはサーメット層を溶射してトップ層を形成する抄紙機械及び印刷機械用ロールの製造方法。
【請求項6】
ベース層の表面粗さは、旋盤加工によりRa10〜20μmとする請求項5記載の抄紙機械及び印刷機械用ロールの製造方法。
【請求項7】
中間層の形成には、アーク溶射方法を用い、トップ層の形成手段には、プラズマまたはフレーム溶射方法を採用する請求項5記載の抄紙機械及び印刷機械用ロールの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−29452(P2006−29452A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−209339(P2004−209339)
【出願日】平成16年7月16日(2004.7.16)
【出願人】(591056950)倉敷ボーリング機工株式会社 (3)
【Fターム(参考)】