説明

溶射皮膜被覆高温用途用部材およびその製造方法

【課題】高温用途用部材表面に被覆形成する耐熱性、耐摩耗性、潤滑性、剥離性に優れた溶射皮膜被覆高温用途用部材を提案する。
【解決手段】高温に曝される基材の表面に直接、Wの含有量が0.5〜10mass%であるNi−W系耐熱合金の溶射皮膜を被覆してなる高温用途用部材、およびその部材を製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶射皮膜被覆高温用途用部材およびその製造方法に関し、特に、ガラス製品の製造工程において用いられる溶融ガラス塊の搬送部材や高温のガラスシート、板などの成形用ローラー類に適用して有用な部材とそれの製造方法を提案するである。
【背景技術】
【0002】
一般に、ガラス製品などは、次のような工程を経て製造されている。例えば、ソーダ灰や石灰石、ガラス屑などの主原料と、芒硝(NaSO)や各種着色剤、消色剤などの副原料とからなる原料を1500〜1600℃程度の温度に加熱して溶解し、その後、気泡などを除去した上で、壜の重量や形状などに応じた1100℃〜1200℃程度の温度に調整し、フィーダーを介して溶融ガラス塊(軟化状態にある高温の塊状ガラス)として最終的に製壜機、即ち成形用金型に供給している。
【0003】
図1は、一般的なガラス壜製造工程の概要を示したものである。ここで、図示の1は、溶融ガラス、2はガラス溶解炉、3は作業室、4はフィーダ一、5は溶融ガラス塊を示している。上記溶解炉2内の溶融ガラス1は、作業室3において処理された後、フィーダー4によってガラス塊5となり、次いで、切断機6によって適当な大きさに切断される。その後、フアンネル7、スクープ8、トラフ9、デフレクター10と呼ばれる一連の雨樋形状の搬送部材を経て製壜のための成形用金型11に送り込まれ、所要のガラス壜が成形される。
【0004】
ところで、前記溶融ガラス塊と接する成形用金型等の鋼鉄製基材の表面としては、次のような性質が求められる。
(1)溶融ガラスとの摩擦係数が小さく、滑り性が良好であること。
(2)耐高温摩耗性に優れ、初期の性能を長期間維持できること。
(3)汚れが付着しにくく、また溶融ガラスを汚染しないこと。
(4)保守点検が容易で再生が可能であること。
(5)経済的であること。
【0005】
特に、溶融ガラス塊の成形用金型については、摩擦抵抗が小さく、ガラス塊の該金型内への挿入が円滑にでき、かつ成形後のガラス壜の離形性に優れていることが重要である。
【0006】
このような要求に対し、従来、溶融ガラス塊と接する成形用金型の内表面や搬送部材には、黒鉛粉末(グラファイト粉末)と樹脂や乾性油からなる潤滑剤を塗布する方法で対処している。この従来方法は、操作が容易で、高温ガラス塊の滑りも良好で、しかも、ガラスの品質にも悪影響を与えないなどの利点がある一方で、黒鉛粉末の消耗速度が大きく、頻繁に塗布する必要があるという欠点もある。さらに、黒鉛粒子というのは、飛散しやすい性質があることから、作業環境の悪化を招くのみならず、作業者に付着して不快感を与えるという欠点もあった。
【0007】
この対策として、高温ガラス塊と接する成形用金型(部材)をはじめ、搬送用部材、プランジャーなどの表面に、各種の表面処理膜を施工する提案がなされ、無処理の基材に比較すると、かなり改善されてきた。例えば、
(1)特許文献1〜5には、成形用プランジャー表面や高温ガラス塊搬送部材の表面に、自溶合金や炭化物(Cr)、酸化物セラミック粒子を用いたサーメット溶射皮膜を被覆する方法、特許文献6〜7には、高温ガラス塊の供給用治具の表面に、窒化物や炭化物、酸化膜などを被覆形成する方法などが開示されている。
(2)また、特許文献8には、CVD法あるいはPVD法によるTiNやTiCN、TiB、SiCなどの薄膜を被覆する技術が開示されている。
(3)特許文献9には、板ガラスの成形用ロールに耐熱、耐食性合金の皮膜を被覆する方法が開示されている。
【0008】
一方、発明者らも、高温ガラス塊の樋状搬送部材の表面に炭化物サーメットの金属成分として、Mo、Ta、Wなどの炭化物生成自由エネルギーの小さい金属を添加した皮膜を提案(特許文献10)し、さらに、潤滑性に優れた黒鉛粒子の表面に、NiやW、Ti、Alなどの薄膜を被覆した粒子を用いた溶射皮膜被覆部材の提案(特許文献11)をした。
【0009】
また、高温ガラス塊の成形用金型についても、その内表面に各種の表面処理皮膜を被覆する提案がある。例えば、特許文献12、13には、CuやAl、Crを主成分とし残部がFeからなる金属質の皮膜が開示され、特許文献14、15には、金型表面にBNとコロイダルシリカを分散させた水溶液を塗布後、乾燥して皮膜化する技術が開示され、さらに、特許文献16〜18では、炭化物や炭化物サーメット皮膜を被覆する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭54−146818号公報
【特許文献2】特開平2−111634号公報
【特許文献3】特開平4−139032号公報
【特許文献4】特開平3−290326号公報
【特許文献5】特開平11−171562号公報
【特許文献6】特開平2−102145号公報
【特許文献7】特開昭63−297223号公報
【特許文献8】特開平1−239029号公報
【特許文献9】特開平3−137032号公報
【特許文献10】特開2002−20126号公報
【特許文献11】特開2002−20851号公報
【特許文献12】特開平8−109460号公報
【特許文献13】特開平8−120435号公報
【特許文献14】特開2003−119049号公報
【特許文献15】特開2003−119047号公報
【特許文献16】特開昭62−158122号公報
【特許文献17】特開平2−146133号公報
【特許文献18】特開2002−178034号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前記した従来技術のうち、例えば、黒鉛粉末を含有する潤滑剤を塗布したり、各種の表面処理皮膜の場合、次のような課題があった。
【0012】
それは、黒鉛粉末を塗布した面は、良好な潤滑性を有するとともに、溶融ガラスと接触しても疵が付かないという利点がある一方で、黒鉛の粉末が飛散しやすく、作業環境を汚染しやすいという問題がある。しかも、その塗布方法および塗布時期の判断などは、すべて熟練作業者の経験に頼っているため、作業の自動化、ロボット化などの無人化が難しいという問題がある。
【0013】
また、溶射法やCVD、PVDなどによる炭化物サーメット、酸化物、窒化物、耐熱合金などの従来の表面処理技術は、無処理の場合に比較すると、それなりの効果は認められるものの不十分であり、しばしば黒鉛粉末塗布技術との併用が必要になるという問題がある。
【0014】
ところで、従来、高温ガラス塊の搬送用部材と、本発明対象である「ガラス塊の成形用金型」とは、これらに求められる条件や特性は明らかに異なるため、本来はそれぞれの要求特性に応じた表面処理を行う必要があるが、実際には、これらについての十分な検討は行われておらず未解決のままである。具体的には、前者の搬送用部材では、高温の溶融ガラス塊とその表面に形成されている表面処理皮膜との接触圧が小さくかつ接触時間も短いため、皮膜の潤滑性能が重要な管理目標となる。
【0015】
これに対し、後者の成形用金型の場合には、高温ガラス塊との接触時間が長いため、耐熱性や耐高温摩耗性が求められると共に、表面処理皮膜表面の微小な粗さや僅かな疵などがガラス表面に転写され易いため、皮膜表面の研削、研磨などの加工が容易な皮膜や素材を用いることが求められる。しかも、製壜のための成形用金型の入口は、一般に狭く、ここを通過する高温ガラス塊の潤滑性および成形後のガラス製品の離形性も重要な特性因子であるが、これらの諸特性を備えた表面処理皮膜、特に溶射皮膜は未だに開発されていないのが実情である。
【0016】
なお、近年では、作業環境およびガラス成形品に対する安全意識が向上していることから、有害物質の発生についての対策、検討も必要である。この点、従来の溶射皮膜は、クロム炭化物(Cr)やNi−Cr合金、自溶合金などの含Cr化合物やCr含有合金がよく使われているが、これらの皮膜成分は、高温環境下では酸化され、その一部が有害な6価クロムの化合物を生成する倶れがあるが、これらの課題については未解決のままである。
【0017】
本発明の目的は、従来技術が抱えている上述した問題点を解決すること、特に、耐熱性や耐高温摩耗性に優れる溶射皮膜被覆高温用途用部材とその製造方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明は、上掲の課題を解決するため、高温に曝される基材の表面に、直接、Wの含有量が0.5〜10mass%であるNi−W系耐熱合金の溶射皮膜を被覆してなる溶射皮膜被覆高温用途用部材を提供する。
【0019】
また、本発明は、高温に曝される基材の表面に直接、粒径が5〜60μmの、Niと0.5〜10mass%のWを含有するNi−W系耐熱合金溶射粉末材料を溶射して、膜厚50〜1000μmのNi−W系耐熱合金溶射皮膜を被覆形成することを特徴とする溶射皮膜被覆高温用途用部材の製造方法を提案する。
【0020】
なお、本発明において、
(1)高温に曝される基材表面に直接被覆される溶射皮膜としては、成分組成が、Ni(残部)と0.5〜10mass%のWを必須成分として含有し、さらに必要に応じて、Crを20mass%未満、PおよびBをそれぞれ7mass%以下含むNi−W系耐熱合金を用いること、
(2)PおよびBのいずれか少なくとも一方を含むNi−W系耐熱合金の溶射皮膜については、皮膜を形成した後、電気炉中で300℃〜700℃の温度で、0.5〜5時間の熱処理を施し、皮膜を構成している粒子同志の相互の結合と、被覆合金の結晶化を促して、溶射皮膜全体の硬さを向上させたものであること、
(3)基材の表面に被覆形成された上記Ni−W系耐熱合金溶射皮膜は、その表面が、機械的な研削や研磨を施すことによって、粗さがRa:2μm以下、Rz:4μm以下の平滑面に仕上げられること、
(4)上記Ni−W系耐熱合金皮膜は、粒径:5〜60μmの溶射粉末材料を、大気プラズマ溶射法、減圧プラズマ溶射法、高速フレーム溶射法あるいは爆発溶射法などの溶射を行って、基材の表面に直接、膜厚50〜1000μmの溶射皮膜を被覆形成すること、
が、より好ましい解決手段を提供する。
【発明の効果】
【0021】
前記のように構成された本発明によれば、優れた耐熱性、耐高温摩耗性に加え、溶融ガラス塊等との剥離性に優れ、高温用用途部材としても初期の特性を長期間にわたって維持することができるとともに、例えば、ガラス成形製品の品質の向上に大きく貢献することができる高温用途用部材が得られる。
【0022】
また、本発明方法によれば、基材表面に被覆した溶射皮膜成分からの6価クロム化合物の発生がなく、極めて安全で、衛生的な作業環境を提供することができる。さらに、従来採用されてきたガラス成形用金型のような高温用途用部材表面に対する定期的な黒鉛粉末の塗布作業などを省略、もしくはその塗布頻度を著しく少なくすることができるので、前記6価クロム化合物の発生防止とともに、作業環境の改善が頗る大きい。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】ガラス塊の製造工程における本発明技術が適用対象となるガラス製品の製造工程の概要を示す略線図である。
【図2】無電解めっき法によってNi−W−B合金を被覆形成したNi−20mass%Cr合金粒子の外観と断面状況を示す電子顕微鏡写真である。(A)は粒子全体の断面、(B)は被覆されたNi−W−B合金膜断面の電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
従来技術が抱えている前記課題を解決し、上掲の目的を達成するため、鋭意実験研究した結果、本発明者らは、下記の解決手段からなる本発明を開発した。本発明は、溶融ガラスに接する部材のような高温用途用部材の基材表面に、少なくとも0.5〜10mass%のWを含むNi−W系耐熱合金の溶射皮膜を被覆成形する点に特徴がある。以下、本発明の構成を具体的に説明する。
【0025】
(1)溶射粉末材料の組成とその特徴
成膜用の溶射用粉末材料の組成とその特徴について説明する。本発明の溶射用粉末材料は、下記の化学成分の耐熱合金によって構成されているものである。
【0026】
本発明の溶射用粉末材料は、Niを主成分として含み、その他に必須成分としてWを0.5〜10mass%含むNi−W系合金を基本として、これに必要に応じて、20mass%以下のCrを含むNi−W−Cr合金、さらに必要に応じて、PとBのいずれか少なくとも一方をそれぞれ0〜7mass%(ただし、P:1〜7mass%、B:2〜4mass%が好ましい)含有するNi−W−Cr−(P/B)合金からなるNi−W系耐熱合金が好適である。
【0027】
前記Ni−W系耐熱合金は、特に、Crを含む場合には、マトリックス成分としてNi−Cr合金を用い、このNi−Crマトリックス合金に対し、必須成分であるW、さらにはPやBを添加したものを用いる。このマトリックス合金中のCrの含有量を20mass%未満に限定する理由は、Cr含有量を20mass%以上にすると、耐熱性、耐酸化性は向上するものの、その一方でCrまたは3価のCrの酸化物(Cr)と溶融ガラスとの密着性が強く(剥離性の劣化)なる他、高温環境等の使用条件によっては有害な6価クロム化合物(主として酸化物CrOやNaCr)の生成が予想されるからである。
【0028】
次に、本発明の目的に使用する前掲の金属(合金)粒子製造するには、冶金的な方法と無電解めっき法の適用が好適である。以下、それぞれの製造方法の概要について説明する。
【0029】
(a)冶金的製造方法:NiとWからなる耐熱合金は、一般的には、真空溶解炉によってNi−W合金を溶製する方法であり、Wの含有量を0.5〜10mass%の範囲とするものである。W含有合金およびこれを皮膜化したものは、溶融ガラスなどとの剥離性に優れるほか硬質であるため、優れた耐高温摩耗性を発揮する。この点、Wの含有量が0.5mass%未満ではWの添加効果が顕われず、一方、10mass%以上添加すると、皮膜化した場合に割れやすくなるからである。なお、このNi−W合金は、粉砕法や溶融状態のままで小さいノズルから噴霧する方法で、粒径5〜60μm程度の球形粒子にしたものを用いることができる。
【0030】
なお、工業用Ni、Wには、それぞれ不可回避的にC、Cu、Fe、Mn、Si、Sなどを含んでいるが、これらの成分については本発明の作用効果に影響しない限り含有することは差支えない。
【0031】
(b)無電解めっき法:この方法は、PまたはBは、NiまたはNi−Cr合金粒子(粒径5〜50μm)の各外周面に、無電解めっき法(化学めっき法)によって製造する。PやBは、上記めっき処理時に共析する成分である。具体的には、Niイオン、WイオンをNiまたはNi−Cr合金粒子の表面に析出させるための還元剤として、次亜リン酸ナトリウム(NaHPO)を用いると、Ni、Wの析出とともに、1〜13mass%程度のPが共析し、ジメチル・アミン・ボラン化合物((CH)NHBH)または、水素化棚素化合物(NaHB)を利用すると、1〜8mass%の範囲のBがNi、Wとともに析出する。なお、還元剤として、ヒドラジン(NH・NH)を使用すると、Ni−Wのみの析出となり、P、Bは含まれない。発明者らの研究によると、PもしくはBの含有量が1〜7mass%、より好ましくはP:2〜7mass%、B:2〜4mass%の範囲内であれば、本発明の目的の溶射皮膜の性能として問題がなかったので、(NH・NH)還元剤の場合を含め、それぞれの許容含有量として、好ましくは1〜7mass%の範囲とする。また、これらのPとB含有量は、それぞれ還元剤の添加量、めっき温度などを変化させることによって制御することができる。
【0032】
なお、表1は、Ni−W−P系およびNi−W−B系の耐熱合金めっき膜を形成するための無電解めっき液の組成と温度条件を例示したものである。Ni−W−P合金を被覆した後、引き続いてNi−W−B合金膜を形成すると、PとBを含む溶射粉末材料となる。
【0033】
図2は、Ni−20mass%Cr合金粒子の外周面に、無電解めっき法によって、Ni−W−B合金膜を被覆した後、その断面状況を観察した電子顕微鏡写真である。Ni−W−B合金膜は、粒子の表面に緻密かつ均等に形成されている状況が観察できる。
【0034】
【表1】

【0035】
Ni:20mass%Cr合金粒子の表面に、NiとWを必須成分の無電解めっき膜を被覆すると、Ni−Cr合金中のCr含有量は相対的に低下して、20mass%以下の粒子となる。一方、めっき膜を被覆されたNi−Cr合金粒子中のW含有量は、めっき膜中の含有量に比較して低下することとなる。この対策は、めっき膜中のW含有量を増加したり、また、めっき膜の厚さを大きくすることによって、溶射粒子全体のW量は0.5〜10mass%の範囲となるように調整することが望ましい。
【0036】
上述したように、前記Ni−W基耐熱合金は、NiおよびNi−Cr合金粒子(以下、「マトリックス金属粒子」という)の表面に、Ni−W−PまたはNi−W−Bを無電解めっき法によって被覆形成して得られるが、この合金のNi−W、Ni−W−P、Ni−W−BおよびNi−W−P−Bからなる金属膜(以下、「合金めっき膜」という)は、次のような作用機構を有する。
【0037】
(イ)上記合金めっき膜が被覆されたマトリックス金属粒子は、溶射熱源中に投入されたとき、短時間内に融点に達するものの、加熱時間が非常に短いため、合金めっき膜とマトリックス金属粒子が相互に融合して、それぞれの化学成分が平均化するものではない。因みに、溶射熱源中に飛行する粒子の速度は、大気プラズマ溶射法で、1/100〜3/100秒、高速フレーム溶射法で1/500〜1/1000秒である。
【0038】
発明者らの実験的知見によると、合金めっき膜を被覆したマトリックス金属粒子によって形成された溶射皮膜では、その殆どが合金めっき膜を被覆したままの状態で堆積しており、マトリックス金属粒子が表面に露出することが少ないことを確認している。このため、本発明で使用するNi基耐熱合金とは、これの粒子表面がマトリックス金属よりも溶融ガラス塊との離形性に優れたNi−W等を主成分とする合金めっき膜によって構成され、これらの成分が具える特性を優位に利用することができるものである。
【0039】
このような特性を発揮させるための合金めっき膜の厚さは、マトリックス金属粒子の大きさにも影響されるが、例えば、マトリックス金属粒子の粒径が5〜50μmの場合では、0.5〜10μmの被覆厚にすることが望ましく、特に1〜5μmの厚さが好適である。
【0040】
それは、この合金めっき膜が0.5μmより薄いと、溶射熱源中で加熱された際に、マトリックス金属粒子の表面を十分被覆することができず、溶融ガラス塊との離形性を向上させることが困難となる。一方、その厚みが10μmより厚い場合も、被覆の効果が飽和するとともに、めっき処理費が増大して、成膜コストの増加を招く。
【0041】
(ロ)マトリックス金属粒子中に含まれているCrは、耐熱性、耐酸化性金属成分として優れているものの、酸素を含む高温環境下では、有害な6価クロム化合物を生成するおそれがある。この点、本発明のように、合金めっき膜を被覆形成したNi−Cr合金マトリックスでは、溶射熱源中はもとより、皮膜形成であっても、マトリックスス金属が露出することが少ないため、有害な6価クロム化合物の生成を抑制することができる。
【0042】
また、溶射熱源中において加熱されたとき、合金めっき膜とマトリックス金属粒子が完全に融合した場合においても、マトリックス粒子中のCr含有量は合金めっき膜の存在によって希釈されるため、6価クロム化合物の生成の危険度は安全側に移行させる効果も期待できる。このため、本発明に使用するNi―Cr合金中のCr含有量は、必ずしも20mass%未満に限定する必要がない場合もあり、実験結果からの知見によると、Ni−22mass%Cr合金でも、6価クロム化合物の発生を抑制することが可能である。
【0043】
次に、NiとWを必須成分とする耐熱合金粒子は、粒径が5〜60μm範囲の溶射粉末材料に調整する。粒径が5μm以下の大きさでは、溶射ガンへの連続的な供給が困難な場合があり、一方、60μmより大きい粒径では、溶射熱源との関係において、溶融・軟化現象が不十分となる場合がある。
【0044】
(2)溶射皮膜の形成方法
NiとWを必須成分とする耐熱合金からなる溶射粉末材料を成膜するには、溶射法が最も実用的である。例えば、大気プラズマ溶射法や減圧プラズマ溶射法、高速フレーム溶射法、爆発溶射法などを適用することが好まく、また、溶射雰囲気ガスの温度を低く抑制したワームスプレ一、コールドスプレーによっても成膜することができる。これらの溶射法によれば、基材表面に直接、前記溶射皮膜を積層することができる。
【0045】
こうして得られる耐熱合金の溶射皮膜の厚さは、50〜1000μmの範囲がよく、特に100〜300μmの厚さにすることが好ましい。その理由は、50μm未満の厚さでは、基材表面に均等な厚みで成膜することができないからであり、一方、1000μm超の厚さの溶射皮膜に気孔が多くなって、ガラス成形面に悪影響を与えるからである。
【0046】
(3)皮膜の熱処理方法
高温用途用部材の表面に形成した前記Ni−W系耐熱合金、とくにNi−W−Cr−P/B合金の溶射皮膜は、成膜状態のままで、次工程で行われる表面研磨加工後、実用に供される。しかし、この溶射皮膜つき基材は、これを熱処理することによって、該溶射皮膜の硬さが一段と向上する。従って、このような性質と特徴を有利に使用することが好ましい。具体的には、成膜後の溶射皮膜を電気炉中(大気、真空、不活性ガス雰囲気のいずれでもよい)で、300℃〜700℃、0.5〜5時間の熱処理を行うと、めっき膜の初期硬さHv:500〜600が、Hv:700〜1000まで上昇し、耐摩耗性が向上する。このような効果は、従来技術による溶射皮膜には見られない特徴の一つである。なお、熱処理による皮膜硬さの向上効果は、めっき直後の共析合金膜は、アモルファス状を呈しているが、熱処理によって微細な硬質結晶を析出するためと考えている。
【0047】
(3)耐熱合金溶射皮膜の表面仕上げ
成膜後または成膜後熱処理を施したNi−W系耐熱合金溶射皮膜の表面は、機械的加工(研削、研磨など)によって、粗さがRa:2μm以下、Rz:4μm以下のより平滑化した表面に仕上げることが有効である。それは、基材の表面に形成された溶射皮膜表面の粗さは、製品(ガラス成形品)の表面に転写されるので、Ra値のみならず、Rz値についても所定値以下となるように十分な仕上げ管理を行うことが好ましい。
【0048】
上記の溶射皮膜の表面粗さをRa≦2μmにする理由は、溶融ガラス塊のような高温素材との接触抵抗を小さくするとともに、平滑な面を確保するためであり、一方、Rz≦4μmにする理由は、成形面に溶射皮膜の粗さが転写して、不良品発生の原因となる惧れがあるからである。
【0049】
(4)基材
本発明の基材としては、鋳鉄や鋳鋼、炭素鋼、工具鋼、低合金鋼などの鋼鉄製のものが好適である。しかし、Alおよびその合金、Tiおよびその合金、Mg合金などの非鉄金属をはじめ、セラミック焼結体や焼結炭素なども用いることができる。
【実施例】
【0050】
(実施例1)
この実施例では、NiとWを必須成分として含むNi−W系耐熱合金を溶射して得られる溶射皮膜被覆鋼鉄製基材への密着性を、熱衝撃試験によって調べた。
【0051】
(1)供試基材:供試基材として、SUS410鋼(寸法:幅50mm×長さ50mm×厚さ3.2mm)の試験片を用いた。
(2)成膜用材料:溶射用材料として、マトリックス粒子としてNiおよびNi−20mass%Cr合金(粒径20〜40μm)を用い、その表面に無電解めっき法によって、Ni:80〜99mass%、W:0.5〜10mass%、P:5〜7mass%、B:2mass%の組成の膜を被覆した耐熱合金粒子(溶射粉末材料)を大気プラズマ溶射法によって基材の片面に150μmの厚さ形成した。
また、比較例として、硼化物粒子(W、MoB、TaB、CrB)のみの皮膜を基材上に大気プラズマ溶射して、150μm厚さの溶射皮膜を形成した。
(3)試験方法:上記試験片を、電気炉中で650℃×15分間加熱した後、これを炉外に取り出し、送風機の空気を流しながら、80℃以下の温度に冷却する操作を1サイクルとし、合計10サイクルの塗布試験を繰り返した。なお、1サイクルの試験毎に、溶射皮膜の表面を拡大鏡(×8)によって観察し、“ひび割れ”や局部剥離の有無を調べた。
(4)試験結果:試験結果を表2に示した。この表に示す結果から明らかなように、比較例である硼化物のみの溶射皮膜(No.9〜12)は、熱衝撃サイクル5〜8回の繰り返しによって、皮膜表面に割れや局部的な剥離部が発生した。これに対して、本発明に適合するNi−W系耐熱合金の溶射皮膜(No.1〜8)を施したものは、10サイクルの熱衝撃試験によっても、割れや剥離は認められず、良好な耐熱衝撃性を示して、基材との密着性が良好であることが判明した。
【0052】
【表2】

【0053】
(実施例2)
この実施例では、本発明に適合するNi−W系耐熱合金の金属成分の種類と溶融ガラス塊の密着性との関係を明らかにすることによって、その剥離性と耐熱衝撃性を定性的に求めた。
【0054】
(1)供試基材:供試基材として、FC200(寸法:幅50mm×長さ70mm×厚さ7mm)の試験片を用いた。
(2)供試皮膜:供試皮膜として、NiおよびNi−20mass%Cr合金粒子をマトリックスとして、その表面に下記成分のめっき膜を3μmの厚さに被覆した後、大気プラズマ溶射して、100μm厚さの溶射皮膜を形成した。
めっき膜の金属成分:Ni:81〜98mass%、W;0.5〜15mass%、P:0〜7mass%、B:0〜4mass%のNi−W系合金
なお、比較例として、(CrB、ZrB、MoB、TaB)に、Cr粉末を25〜75mass%含む硼化物サーメットをはじめ、自溶合金(JIS H8303のSFNi)、現在汎用されている黒鉛塗布膜を用い、同条件で試験した。
(3)溶融ガラスとの密着性試験:供試皮膜の表面に1200℃の溶融ガラス塊を圧着した後、室温まで放冷し、皮膜表面に固着した溶融ガラス塊を木製のハンマーによって叩き落とすことによって、ガラス塊の密着性を定性的に調査した。
(4)熱衝撃試験:実施例1と同じ方法で評価した。
(5)試験結果:試験結果を表3に示した。この表に示す結果から明らかなように、Cr含有硼化物サーメットの溶射皮膜(No.2、5、8、11)では、優れた耐熱衝撃性を保持しているものの溶融ガラスとの濡れ(付着性)が大きく、例えば、溶融ガラス塊成形用金型などの被覆部材としては不適当であることが判明した。また、Crを70mass%を含むNi−Cr系合金(No.9、12)も溶融ガラス塊との剥離性が悪く、そして、自溶合金系の溶射皮膜(No.14)は良好な熱衝撃性を発揮したが、溶融ガラス塊との剥離性は良好ではなかった。また、MoBの表面にNi−W−P−Bめっき膜を被覆しても、Cr粉末を25mass%混合させた皮膜(No.8)でも、溶融ガラス塊との剥離性は低下した。
【0055】
一方、黒鉛粉末の塗布膜は、溶融ガラス塊との剥離性は極めて良好であったが、試験中においても容易に周囲に飛散して、実験室の環境を甚しく汚染したので、実作業での適用は困難であることがわかった。
【0056】
これに対して、本発明に適合する溶射皮膜(No.1、3、4、6、7、10)を形成したものは、溶融ガラス塊との剥離性も良く、また、耐熱衝撃試験においても、皮膜の割れや剥離などは観察されず、優れた性能を発揮した。
【0057】
【表3】

【0058】
(実施例3)
この実施例では、製壜用金型部材の表面に対し、本発明に係るNiとWを必須成分とするNi−W系合金の溶射皮膜を被覆した後、実際の作業条件下における作業性を試験した。
【0059】
(1)供試金型:FC200製の二ッ割れ状の金型内表面に、次に示す上記溶射皮膜を形成した。
(2)供試皮膜:本発明に係る皮膜として、Ni−20mass%Cr合金マトリックス粒子の表面に、Ni−Wを必須成分とするめっき膜(2μm)を被覆した耐熱合金溶射粉末を、大気プラズマ溶射法によって、200μmの厚さに形成した。また、比較例として、Wを含まないNi−50mass%Cr耐熱金属(合金)とWを2〜10%含むNi−20〜50mass%Cr合金を、溶射法で200μmの厚さで施工したものと、Cr−20mass%Ni−8mass%Crサーメット材料を高速フレーム溶射法で、120μmの厚さに形成したものを準備した。なお、供試溶射皮膜の表面は、すべて機械研磨法によって表面粗さRa:0.2μm以下、Rz:4μm以下の平滑な面に仕上げた。
(3)試験項目:実際の製壜プラントにおける供試皮膜の試験項目は、溶融ガラス塊の金型内部への供給状況の観察と試験後の皮膜表面の観察(ひび割れ、剥離の有無)である。
(4)試験結果:試験結果を表4に示した。この表に示す結果から明らかなように、比較例のNi−Wを含むとともに、Crを多く(≧25)含む耐熱合金皮膜(No.6〜8)は、溶融ガラス塊の金型内部への供給時に、入口付近で一時的にとどまる現象が認められ、ガラス塊との摩擦抵抗が大きいことが判明した。また、試験後の皮膜表面に、少量ながら6価クロム化合物の生成が認められたことから、作業環境を汚染する可能性が窺える。なお、炭化物サーメット溶射皮膜(No.9)は、溶融ガラス塊との接触抵抗が少ないものの、この皮膜の表面にも6価クロム化合物の生成が認められた。この皮膜表面の6価クロム化合物は、Cr成分の酸化による可能性が大きい。
【0060】
以上の結果に対して、本発明に適合するNiとWを必須成分として含むとともに、マトリックス粒子に20mass%Crが含まれているものの、その表面に被覆しためっき膜によって保護されたNi−W系耐熱合金溶射皮膜(No.1〜5)は、溶融ガラス塊の金型内部への供給が順調に行われ、また150時間の使用後の皮膜表面には、ひび割れや剥離現象はなく、健全な状態を維持していた。
【0061】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の技術は、ガラス製品の製造工程における溶融ガラス塊の搬送用部材をはじめ成形用金型部材のほか、大形のガラス成形品や板材、自動車用ウインドガラス成形品の熱処理ロールならびに搬送用ロールの表面処理技術としても有用である。
【符号の説明】
【0063】
1 溶融ガラス
2 ガラス溶解炉
3 作業室
4 フィーダー
5 溶融ガラス塊
6 ガラス切断機
7 フアンネル
8 スクープ
9 トラフ
10 デフレクター
11 製壜用金型
12 成形した壜
13 溶射皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高温に曝される基材の表面に直接、Wの含有量が0.5〜10mass%であることを特徴とするNi−W系耐熱合金の溶射皮膜を被覆してなる溶射皮膜被覆高温用途用部材。
【請求項2】
前記Ni−W系耐熱合金は、少なくともNiと0.5〜10mass%のWを必須成分として含むと共に、Crを20mass%未満、PおよびBの少なくともいずれか一方をそれぞれ7mass%以下含有するものであることを特徴とする請求項1に記載の溶射皮膜被覆高温用途用部材。
【請求項3】
PおよびBの少なくともいずれか一方を含む前記Ni−W系耐熱合金の溶射皮膜は、電気炉中で300℃〜700℃、0.5〜5時間の熱処理を施した皮膜であることを特徴とする請求項1または2に記載の溶射皮膜被覆高温用途用部材。
【請求項4】
前記Ni−W系耐熱合金溶射皮膜は、皮膜表面の粗さがRa:2μm以下、Rz:4μm以下の平滑面に仕上げられていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1に記載の溶射皮膜被覆高温用途用部材。
【請求項5】
高温に曝される基材の表面に直接、粒径が5〜60μmのNiと0.5〜10mass%のWを溶射して、膜厚50〜1000μmのNi−W系耐熱合金溶射皮膜を被覆形成することを特徴とする溶射皮膜被覆高温用途用部材の製造方法。
【請求項6】
前記Ni−W系耐熱合金は、少なくともNiと0.5〜10mass%のWを必須成分として含むと共に、Crを20mass%未満、PおよびBの少なくともいずれか一方をそれぞれ7mass%以下含有するものを用いることを特徴とする請求項5に記載の溶射皮膜被覆高温用途用部材の製造方法。
【請求項7】
PおよびBの少なくともいずれか一方を含む前記Ni−W系耐熱合金溶射皮膜は、電気炉中で300℃〜700℃、0.5〜5時間の熱処理を施すことを特徴とする請求項5または6に記載の溶射皮膜被覆高温用途用用部材の製造方法。
【請求項8】
前記Ni−W系耐熱合金溶射皮膜は、表面粗さがRa:2μm以下、Rz:4μm以下の平滑面に仕上げられることを特徴とする請求項5〜7のいずれか1に記載の溶射皮膜被覆高温用途用部材の製造方法。
【請求項9】
上記Ni−W系耐熱合金皮膜は、粒径:5〜60μmの溶射粉末材料を、大気プラズマ溶射法、減圧プラズマ溶射法、高速フレーム溶射法あるいは爆発溶射法などの溶射を行って、基材の表面に直接、膜厚50〜1000μmの溶射皮膜を被覆形成することを特徴とする請求項5〜8のいずれか1に記載の溶射皮膜被覆高温用途用部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−193440(P2012−193440A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−59968(P2011−59968)
【出願日】平成23年3月18日(2011.3.18)
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)
【Fターム(参考)】