説明

溶接まま及び応力除去焼鈍後の強度、靭性に優れた溶接金属並びにその溶接金属によって接合された溶接構造物

【課題】溶接まま、あるいは応力除去焼鈍後においても優れた強度、靭性を発現する溶接金属及びそのような溶接金属により接合された溶接構造物を提供する
【解決手段】本発明の溶接金属は、質量%で、C:0.04〜0.15%、Si:0.50%以下、Mn:1.0〜1.9%、Ni:1.0〜4.0%、Cr:0.10〜1.0%、Mo:0.20〜1.2%、Ti:0.010〜0.060%、Al:0.030%以下、O:0.015〜0.060%、N:0.010%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる。また化合物として含まれるTi量(%)とSi量(%)の比、[化合物型Ti]/[化合物型Si]が1.5超とされ、さらに下記式によって算出されるA値が0.50以上とされたものである。
A=[Ti]/([O]−1.1×[Al]+0.05×[Si])

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主としてMn−Mo−Ni系鋼材を母材として溶接された溶接構造物及びその溶接部の溶接金属に係り、特に溶接まま及び応力除去焼鈍後における強度、靭性に優れた溶接金属に関する。
【背景技術】
【0002】
Mn−Mo−Ni鋼材は優れた強度、靭性を有し、主に原子力発電プラントの圧力容器等に用いられる。近年、エネルギー需要の増加に伴い、圧力容器は大型化の傾向にあり、より一層、強度、靭性に優れたMn−Mo−Ni鋼材が求められつつある。それに伴い、これらの鋼種を母材とする溶接構造物の溶接部に形成されるMn−Mo−Ni系溶接金属においても、強度、靭性レベルのより一層の向上が求められている。
【0003】
また、Mn−Mo−Ni鋼材を母材とする溶接構造体においては、通常、溶接施工後に応力除去を目的とした長時間の応力除去焼鈍が施されるが、この焼鈍により溶接金属の強度、靭性が劣化する場合があり、焼鈍により強度、靭性が劣化し難い材料が求められている。
【0004】
このような要望に対して、溶接金属の強度、靭性(以下、これらをまとめて「機械的特性」ということがある)の向上を目指した技術が種々提案されている。例えば、特許文献1では、Cr、Mo、Cu、Ti、Bなどの合金元素を適正化することにより機械的特性を改善する技術が、また特許文献2では、フラックス入り溶接ワイヤについて、金属外皮及びフラックスの組成を同時に制御することで、応力除去焼鈍後の機械的特性を改善する技術が提案されている。また、硫化物制御の観点から、特許文献3では、機械的特性に加え、溶接作業性に優れた溶接材料が提示されている。さらに、焼鈍後の機械的特性の改善に対し、特許文献4では、炭化物を制御することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−253886号公報
【特許文献2】特開平5−77086号公報
【特許文献3】特開平8−267273号公報
【特許文献4】特許3283763号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記の技術だけでは、応力除去焼鈍後の溶接金属の機械的特性が十分とは言えず、また安全性を考慮すると、溶接ままの状態においても、優れた機械的特性を備えることが望ましい。このため、より一層、溶接金属の機械的特性を改善する技術が望まれている。
【0007】
本発明はかかる問題に鑑みなされたものであり、鋼材を母材として溶接した溶接構造物について、溶接まま(「AW」と略記することがある)、あるいは応力除去焼鈍(「SR焼鈍」と略記することがある)後においても優れた強度、靭性を備えた溶接金属、及びそのような溶接金属によって接合された溶接構造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、AW、SR焼鈍後の強度、靭性に優れた溶接金属を実現する手段について鋭意研究したところ、微細なアシキュラーフェライト組織を発現させることが非常に有効であることを見出した。また、SR焼鈍による機械的特性の劣化の主要な原因を突き止めたところ、粗大粒界炭化物の析出によることを見出し、これを微細化させることが有効であることを知見した。本発明はかかる知見を基に完成させたものである。
【0009】
すなわち、本発明の溶接金属は、質量%(以下、単に「%」と表示する)で、C:0.04〜0.15%、Si:0.50%以下(0%を含まない)、Mn:1.0〜1.9%、Ni:1.0〜4.0%、Cr:0.10〜1.0%、Mo:0.20〜1.2%、Ti:0.010〜0.060%、Al:0.030%以下(0%を含まない)、O:0.015〜0.060%、N:0.010%以下(0%を含まない)を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、化合物として含まれるTi量(%)を[化合物型Ti]、化合物として含まれるSi量(%)を[化合物型Si]で表すとき、
[化合物型Ti]/[化合物型Si]>1.5
であり、かつ、ある元素Xの含有量(%)を[X]で表すとき、下記式によって算出されるA値が0.50以上とされたものである。
A=[Ti]/([O]−1.1×[Al]+0.05×[Si])
【0010】
この溶接金属は、所定成分の下、[化合物型Ti]/[化合物型Si]の比を1.5超とするので、アシキュラーフェライト組織の発現を阻害するSi酸化物の生成を抑制し、アシキュラーフェライト組織の生成に寄与するTi酸化物の生成を促進することができる。さらにA値を0.50以上とするので、Si酸化物がTi酸化物の表面に生成するのを抑制することができ、Ti酸化物によるアシキュラーフェライトの生成促進作用を有効に発揮させることができる。このため、溶接金属中に微細なアシキュラーフェライト組織を発現させることができ、AWあるいはSR焼鈍後の溶接金属の強度、靭性を向上させることができる。
【0011】
上記溶接金属において、さらに下記式によって算出されるB値を0.05以上、0.26以下とすることが好ましい。これにより、SR焼鈍後の機械的特性に悪影響を及ぼす粒界炭化物の粗大化を抑制することができ、SR焼鈍後の機械的特性をより一層向上させることができる。
B=[Cr]/([Mn]+1.2)
【0012】
上記溶接金属において、溶接金属中に存在する炭化物のうち、円相当径にして200nm以上の炭化物の平均粒径を350nm以下とすることが好ましい。これにより、粗大粒界炭化物の生成が抑制され、溶接金属の機械的特性をより向上させることができる。
【0013】
さらに、上記溶接金属はCu:0.35%以下(0%を含まない)、あるいはさらにNb:0.008〜0.030%、V:0.010〜0.10%の1種あるいは2種を含有することができる。これにより、強度をより向上させることができる。
【0014】
また、本発明に係る溶接構造物は、鋼材を母材として溶接した溶接構造物であって、その溶接部を形成する溶接金属が上記いずれかの溶接金属で形成されたものである。上記のとおり、上記溶接金属はAWあるいはSR焼鈍後の機械的特性に優れるため、本発明にかかる溶接構造物の溶接部についてもAWあるいはSR焼鈍後の機械的特性に優れ、溶接構造物が全体として機械的特性に優れ、ひいては耐久性に優れる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の溶接金属によれば、所定成分の下、[化合物型Ti]/[化合物型Si]を1.5超としてアシキュラーフェライトの生成に寄与するTi酸化物の生成を促進し、さらにTi酸化物がSi酸化物の生成によってアシキュラーフェライトの生成促進作用が妨げられないようにA値を0.50以上に規制するので、溶接金属中に微細なアシキュラーフェライト組織を発現させることができ、溶接まま、あるいは応力除去焼鈍後の溶接金属の強度、靭性を向上させることができる。また、本発明の溶接構造物はその溶接部に上記溶接金属が形成されたものであるので、全体として強度及び靭性に優れ、ひいては耐久性に優れる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施形態にかかる溶接金属は、Mn−Mo−Ni系鋼材を母材として溶接した溶接部に形成される溶接金属であって、化学組成がC:0.04〜0.15%、Si:0.50%以下(0%を含まない)、Mn:1.0〜1.9%、Ni:1.0〜4.0%、Cr:0.10〜1.0%、Mo:0.20〜1.2%、Ti:0.010〜0.060%、Al:0.030%以下(0%を含まない)、O:0.015〜0.060%、N:0.010%以下(0%を含まない)を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる。また、化合物として含まれるTi量(%)([化合物型Ti])と化合物として含まれるSi量(%)を([化合物型Si])の比、[化合物型Ti]/[化合物型Si]が1.5超とされる。さらに、下記式によって算出されるA値が0.50以上とされる。以下、これらの成分限定理由について説明する。
A=[Ti]/([O]−1.1×[Al]+0.05×[Si])
【0017】
C:0.04〜0.15%
Cは強度を確保するための必須元素であり、0.04%より低いと強度が不足するようになり、一方0.15%超ではマルテンサイト等の硬質組織の増加をもたらし、靭性の劣化を招く。このため、C量の下限を0.04%、好ましくは0.06%とし、その上限を0.15%、好ましくは0.12%、さらに好ましくは0.10%とする。
【0018】
Si:0.50%以下
Siは溶接金属の強度を向上させる作用を有する。強度向上の点からはごく微量でもよいが、0.05%以上添加することが好ましい。一方、過剰な添加は強度の過大な上昇あるいはマルテンサイト等の硬質組織の増加を招くほか、酸化物の主体がSi酸化物となるため、アシキュラーフェライト組織が生成し難くなり、強度、靭性の劣化を招く。このため、Si量の上限を0.50%、好ましくは0.40%下、さらに好ましくは0.20%とする。
【0019】
Mn:1.0〜1.9%
Mnは強度および靭性の向上に有効な元素である。1.0%未満ではかかる効果が過小であり、一方、過剰な添加は強度の過大な上昇、あるいはマルテンサイト等の硬質組織の増加をもたらすほか、粒界炭化物の粗大化を招き、強度、靭性劣化の原因となる。このため、Mn量の下限を1.0%、好ましくは1.2%とし、その上限を1.9%、好ましくは1.8%とする。
【0020】
Ni:1.0〜4.0%
Niは強度および靭性向上に有効な元素である。1.0%未満ではかかる効果が過小となり、一方、過剰な添加は強度の過大な上昇を招き、靭性に悪影響を及ぼす。このため、Ni量の下限を1.0%、好ましくは1.2%とし、その上限を4.0%、好ましくは3.8%、さらに好ましくは2.8%とする。
【0021】
Cr:0.10〜1.0%
Crは適量添加することにより炭化物の粗大化を抑制する作用を有する。0.10%未満ではかかる作用が過小であり、一方、過剰な添加はかえって粒界炭化物の粗大化を招き、強度、靭性に悪影響を及ぼす。このため、Cr量の下限を0.10%、好ましくは0.20%とし、その上限を1.0%、好ましくは0.80%、より好ましくは0.60%とする。
【0022】
Mo: 0.20〜1.2%
MoはSR焼鈍時に微細炭化物を形成して強度を向上させる作用を有する。かかる作用を有効に発揮させるため、Mo量の下限を0.20%、好ましくは0.40%、より好ましくは0.60%とする。一方、過剰な添加は炭化物の粗大化を招き、靭性に悪影響を及ぼすため、Mo量の上限を1.2%、好ましくは1.0%、より好ましくは0.80%とする。
【0023】
Ti:0.010〜0.060%
Tiはアシキュラーフェライトの生成核となるTi酸化物を形成し、強度、靭性の向上に寄与する重要な元素である。かかる作用を有効に発揮させるため、Ti量の下限を0.010%、好ましくは0.015%、より好ましくは0.020%とする。一方、過剰に添加すると酸化物の粗大化を招き、靭性に悪影響を及ぼすため、その上限を0.060%、好ましくは0.050%とする。
【0024】
Al:0.030以下
Alはアシキュラーフェライト組織の生成に悪影響を及ぼすSi酸化物の生成を抑制する作用を有する。かかる作用を有効に発現させるには0.005%以上の添加が好ましい。しかし、過剰な添加は酸化物の粗大化を招き、かえって靭性に悪影響を及ぼすため、上限を0.030%、好ましくは0.025%に止める。
【0025】
O:0.015〜0.060%
OはTiと共にアシキュラーフェライトの生成核となるTi酸化物を形成させるために必要な元素であり、少なくとも0.015%、好ましくは0.020%を要する。一方、過剰な添加は酸化物の粗大化を招き、靭性を劣化させるため、上限を0.060%、好ましくは0.050%、より好ましくは0.045%とする。
【0026】
N:0.010%以下
NはTiあるいは必要により添加される後述のNb、Vと共に炭窒化物を形成し、強度を向上させる作用を有する。かかる作用を有効に発現させるには0.005%以上の添加が好ましい。しかし、過剰に添加すると、固溶Nとして歪時効をもたらし、靭性に悪影響を及ぼすため、上限を0.010%、好ましくは0.0080%、より好ましくは0.0075%とする。
【0027】
[化合物型Ti]/[化合物型Si]:1.5超
本発明の溶接金属の基本組成は上記のとおりであるが、さらに化合物として含まれるTi(化合物型Ti)及びSi(化合物型Si)の質量比、[化合物型Ti]/[化合物型Si]を1.5超とすることを要する。前記比率はアシキュラーフェライト組織の生成に影響を及ぼすTi酸化物、Si酸化物の生成量比を間接的に規定するパラメータであり、1.5以下になると、アシキュラーフェライト組織の発現を阻害するSi酸化物が優勢となり、強度、靭性が劣化するようになる。このため、前記比率を1.5超、好ましくは2.0以上、より好ましくは2.5以上とする。
前記化合物型Ti、化合物型Siの量はそれぞれ酸化物として含まれるTi及びSiを想定したものであり、基本的に溶接ままの状態で測定した値を用いるが、この値はSR焼鈍後の測定値とみなすことができる。これは以下の理由による。SR焼鈍により析出するTi炭窒化物は最大でも円相当径で0.1μm以下と微細であり、後述する測定方法(電解抽出残渣法)によって炭窒化物を形成するTiとして検出される量はごく僅かである。また、Siは鋼中において炭窒化物を形成し難い元素であり、SR焼鈍による析出量は無視し得る程度である。このため、SR焼鈍後に測定した[化合物型Ti]/[化合物型Si]の値も、溶接ままの状態での測定値とほぼ等しくなるからである。
【0028】
A値:0.50以上
但し、A=[Ti]/([O]−1.1×[Al]+0.05×[Si])
A値はアシキュラーフェライト組織に影響をおよぼす酸化物の形態を示すパラメータであり、上記[化合物型Ti]/[化合物型Si]の比率を満足し、Si酸化物量が抑制され、酸化物の主体がTi酸化物となっても、A値が0.50以下になると、Ti酸化物の表面にSi酸化物が生成するようになり、Ti酸化物によるアシキュラーフェライト核の生成安定度が相対的に低下するため、アシキュラーフェライトの生成が低下するようになる。このため、A値を0.50以上、好ましくは0.60以上、より好ましくは0.80以上とする。なお、A値はTi酸化物の表面へのSi酸化物生成を制御するパラメータであり、高ければ高いほど好ましいので、上限を設ける必要はない。
【0029】
本発明の溶接金属は、上記組成を基本組成とし、残部Fe及び不可避的不純物からなる。P、Sは不純物であり、旧オーステナイト粒界に偏析し、靭性低下の原因となるため少ない程よい。上記基本組成において、下記式で算出されるB値を0.05以上、0.26以下とするようにCr%、Mn%を調整することが好ましい。
B=[Cr]/([Mn]+1.2)
【0030】
B値はSR焼鈍時の粒界炭化物の粗大化を示すパラメータであり、0.05未満では粒界炭化物の主体がMnとなり、粒界炭化物の成長が拡散速度の大きいMnに律速されることになるため、粗大化が促進され易くなる。一方、0.26超では粒界炭化物の主体がCrとなるものの、粒界炭化物の成長に影響を及ぼす固溶Cr量が増加し、やはり粒界炭化物の粗大化が促進され易くなる。このため、B値の下限を0.05、好ましくは0.08とし、その上限を0.26、好ましくは0.20、より好ましくは0.15とするのがよい。
【0031】
また、上記基本成分に対して、Cuを0.35%以下、あるいはさらにNb、Vの1種または2種をNb:0.008〜0.030%、V:0.010〜0.10%の範囲で添加することができる。
【0032】
Cuは強度の向上に有効な元素である。このためには0.01%以上の添加が好ましい。一方、過剰な添加は強度の過大な上昇を招き、かえって靭性に悪影響を及ぼす。このため、Cu量の上限を0.35%、好ましくは0.30%とする。
【0033】
Nb、Vは微細な炭窒化物を形成して強度を向上させる作用を有するが、Nb0.008%未満、V0.010%未満ではかかる作用が過小となり、一方、過剰に添加すると炭窒化物の粗大化を招き、強度、靭性がかえって低下するようになる。このため、Nb量の下限を0.008%とし、その上限を0.030%、好ましくは0.020とする。また、V量の下限を0.010%とし、その上限を0.10%、好ましくは0.080%とする。
【0034】
本発明の溶接金属の組成は上記のとおりであるが、組織的には酸化物を起点とする微細アシキュラーフェライト組織と粗大ラス状ベイナイト組織が細かく混じりあった組織を呈する。このため、アシキュラーフェライト組織を定量的に評価することは困難であるが、顕微鏡による目視観察によれば、少なくとも50面積%以上はアシキュラーフェライト組織が存在している。
【0035】
また、SR焼鈍後の溶接金属中には粗大な炭化物が存在する傾向があるが、この炭化物のサイズについて、円相当径で200nm以上のものの平均粒径を350nm以下、好ましくは330nm以下に抑制することにより、強度、靭性に悪影響を及ぼす粗大粒界炭化物の生成を抑制することができ、機械的特性をより向上させることができる。炭化物の粗大化を抑制するには、成分的には上記のようにB値を0.05〜0.26とするようにCr量、Mn量を調整することが有効であり、さらに炭化物の平均粒径を350nm以下にするにはB値を0.08以上、0.20未満程度に制御することが好ましい。
【0036】
また、上記溶接金属の組成は、厳密には母材のMn−Mo−Ni鋼の組成と溶け込み量、溶接材料(溶接ワイヤ)の組成と溶け込み量、溶接において使用するフラックスの塩基度によってほぼ決まり、溶け込み量は母材の溶接接合部の形状によって決定される。溶け込み量は少量であるので、溶接金属の組成は溶接材料の組成と溶接施工時のフラックスの塩基度によって概ね決まり、他方、溶接材料の組成は、目標とする溶接金属の組成とフラックスの塩基度によって概ね決めることができる。通常、フラックスの塩基度を2.5〜2.6程度に保つようにして溶接するが、この場合、溶接材料の組成は下記式から求まるα値を1.2程度以上、β値を0.05〜0.26程度となるようにすればよい。α値が1.2程度未満では、溶接金属の[化合物型Ti]/[化合物型Si]の比が1.5以下に、またA値が0.50未満になり易くなる。一方、β値を上記範囲に制御することにより、溶接金属のB値も0.05〜0.26を満足するようになり、さらにβ値を0.08程度以上、0.20程度未満に制御することにより、200nm以上の炭化物の平均粒径が350nm以下になり易くなる。なお、上記α値、β値の範囲は、塩基度が2.5〜2.6程度の場合であり、塩基度が異なればこれらの値の最適範囲も変動する。このため、塩基度が異なる場合、予め実験によって最適範囲を求めておく。
α=[Ti]/(0.5[Si]−0.8×[Al])
β=[Cr]/([Mn]+1.2)
但し、式中の元素量(%)は、溶接材料の元素量である。
【0037】
前記母材のMn−Mo−Ni鋼としては、公知の種々の鋼種、例えばASTM規格のA533B C1.1、A533B C1.2、A508 C1.3、SA533B C1.1を用いることができる。
【0038】
本発明の溶接金属は、溶接まま(AW)の状態で機械的特性に優れるが、さらに炭化物を粗大化することなく、応力除去焼鈍(SR焼鈍)を施すことにより靭性をより向上させることができる。SR焼鈍は、下記のラーソン・ミラー・パラメータ(MP)にして18×103 〜20×103 程度を満足する範囲でSR温度、SR時間を制御すればよい。例えば、600〜650℃、10〜30hr程度とすればよい。
MP=(T+273)×(20+log t)
但し、TはSR温度(℃)、tはSR時間(hr)である。
【0039】
なお、本発明の溶接金属が形成される溶接方法としては、特に限定されず、上記溶接金属が形成できれる溶接方法であればいずれの方法でもよいが、フラックスによる組成制御が可能なサブマージアーク溶接が好ましい。
【0040】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はかかる実施例によって限定的に解釈されるものではない。
【実施例】
【0041】
表3に示した組成を有するサブマージアーク溶接用の溶接材料(溶接ワイヤ:材料記号に「W」を付したもの)及び被覆アーク溶接用の溶接材料(溶接棒:材料記号に「B」を付したもの)を製作した。一方、表1(数値単位:%、残部Fe)に示す組成のMn−Mo−Ni鋼の母材厚鋼板を用いて、下記の溶接条件でサブマージアーク溶接あるいは被覆アーク溶接による溶接試験を実施した。
・サブマージアーク溶接条件
母材板厚:25mm、開先角度:10°(V字)、ルートギャップ:15mm、溶接姿勢:下向き、溶接電流:425A、溶接電圧:30V、溶接速度:5.8mm/sec(35cpm)、予熱及びパス間温度:180〜200℃
・被覆アーク溶接条件
母材板厚:20mm、開先角度:20°(V字)、ルートギャップ:16mm、溶接姿勢:下向き、溶接電流:175A、溶接電圧:24V、溶接速度:17mm/sec(100cpm)、予熱及びパス間温度:180〜200℃、フラックス:不使用
【0042】
なお、実施した溶接試験(サブマージアーク溶接および被覆アーク溶接)では、AWSの規定するニュートラルフラックスを使用し、フラックスの塩基度を2.04又は2.55になるように調整した。塩基度2.04は表3のNo. 22の溶接ワイヤを用いた溶接試験(後述する表4,5の試料No. 22)の際に適用し、他は塩基度を2.55とした。なお、塩基度はIIW(国際溶接学会:International Institute of Welding)推奨の下記式(式中の酸化物はその酸化物の質量%を示す)により算出され、上記塩基度のフラックス成分の代表例を表2に示す。
塩基度=BC/AC
BC=CaF2+CaO+MgO+BaO+SrO+Na2O+K2O+Li2O+(MnO+FeO)/2
AC=SiO2+(Al2O3+TiO2+ZrO2)/2
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
溶接後、溶接試験材の溶接部に形成された溶接金属の中央部より成分分析試料を採取し、これより溶接金属の組成を調べた。その結果を表4(数値単位:%、残部Fe)に示す。また、同様に溶接金属の中央部より切り出した試験片を用いて電解抽出残渣法により[化合物型Ti]、[化合物型Si]を測定し、[化合物型Ti]/[化合物型Si]の比を求めた。電解抽出残渣法の実施に際して、試験片のマトリクス部を10%アセチルアセトン−1%テトラメチルアンモニウムクロリド−メタノール溶液を使用して電解し、ポアサイズ0.1μm のフィルターに通して、試験片中の化合物を抽出した。溶接ままの溶接金属から抽出した化合物はほとんど酸化物であった。その結果を表5(数値単位:%、残部Fe)に示す。なお、表5にはA値、B値も併記した。また[化合物型Ti]/[化合物型Si]欄において、「○」は化合物型Siが検出されなかったものを示す。
【0046】
また、溶接金属の中央部より、溶接線方向に引張試験片(JIS Z3111 A2号)を採取し、引張強度(TS)を測定した。また、同部より、溶接線に対して垂直方向にシャルピー衝撃試験片(JIS Z3111 Vノッチ試験片)を採取した。当該試験片を使用して、−30℃での吸収エネルギーを測定し(n=3)、その平均値vE-30(J)を算出した。また同じくシャルピー衝撃試験片を用いて、JIS Z2242に基づいて吸収エネルギーと延性破面率を測定し、延性破面率=100%となった試験片の吸収エネルギーを上部棚エネルギーUSE(J)と定義した。これらの測定結果、算出結果を表5に併せて示す。
【0047】
さらに、溶接後の溶接試験材に640℃×30hrの応力除去焼鈍(SR焼鈍)を施した後、上記と同様の手法で、溶接試験材の溶接部に形成された溶接金属について、引張強度、靭性を測定した。また、SR焼鈍後の溶接金属について、最終パス中央部よりレプリカTEM観察用試験片を採取し、無作為に選択した4カ所から7500倍のTEM像を撮影し、画像解析ソフト(Image-Pro Plus、Media Cybernetic社製)を用いて画像解析し、円相当径にして200nm以上の炭化物を選択した上、それらの平均粒径d(nm)を求めた。これらの結果を表5に併せて示す。
【0048】
表5より、発明例では、溶接まま、SR焼鈍後のいずれの場合でも、TSが700MPa超、vE-30が50J超、USEが120J超であり、強度及び靭性のいずれも優れた特性が得られた。もっとも、試料No. 1〜3は、B値及び所定炭化物の平均粒径が好ましい範囲から外れたため、靭性が低下した。また、試料No. 5,7,10は、B値が0.05〜0.26の範囲内にあるものの、所定炭化物の平均粒径が350nm超のためSR焼鈍後の靭性が低下する傾向がみられた。また、試料No. 14はMo量、Al量が高めであるため強度が向上したが、SR靭性、AW靭性は低下した。また試料No. 20はVを添加したため、強度が向上したものの、SR靭性が低下した。
【0049】
一方、比較例については、試料No. 21は組成が本発明を満足するものの、溶接の際のフラックス塩基度が低すぎるため、溶接金属のA値が発明範囲外となり、靭性が低下した。他の比較例は、溶接ワイヤの組成が不適切であるため、溶接金属の組成(A値等を含む)や[化合物型Ti]/[化合物型Si]の比が本発明範囲外となり、靭性が劣化している。
【0050】
【表3】

【0051】
【表4】

【0052】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.04〜0.15%、
Si:0.50%以下(0%を含まない)、
Mn:1.0〜1.9%、
Ni:1.0〜4.0%、
Cr:0.10〜1.0%、
Mo:0.20〜1.2%、
Ti:0.010〜0.060%、
Al:0.030%以下(0%を含まない)、
O:0.015〜0.060%、
N:0.010%以下(0%を含まない)を含有し、
残部がFeおよび不可避不純物からなり、
化合物として含まれるTi量(%)を[化合物型Ti]、化合物として含まれるSi量(%)を[化合物型Si]で表すとき、
[化合物型Ti]/[化合物型Si]>1.5
であり、かつ、ある元素Xの含有量(%)を[X]で表すとき、下記式によって算出されるA値が0.50以上である、溶接まま及び応力除去焼鈍後の強度、靭性に優れた溶接金属。
A=[Ti]/([O]−1.1×[Al]+0.05×[Si])
【請求項2】
請求項1に記載した溶接金属であって、さらに下記式によって算出されるB値が0.05以上、0.26以下である、溶接金属。
B=[Cr]/([Mn]+1.2)
【請求項3】
請求項1又は2に記載した溶接金属であって、溶接金属中に存在する炭化物のうち、円相当径にして200nm以上の炭化物の平均粒径が350nm以下である、溶接金属。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載した溶接金属であって、さらにCu:0.35%以下(0%を含まない)を含有する、溶接金属。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載した溶接金属であって、さらに
Nb:0.008〜0.030%、
V:0.010〜0.10%
の1種あるいは2種を含有する、溶接金属。
【請求項6】
鋼材を母材として溶接した溶接構造物であって、その溶接部の溶接金属が請求項1〜5のいずれか1項に記載した溶接金属で形成された、溶接構造物。

【公開番号】特開2010−227945(P2010−227945A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−75493(P2009−75493)
【出願日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】