説明

溶接性および耐遅れ破壊特性に優れた引張強さ780MPa以上の高張力鋼板の製造方法

【課題】引張強度が780MPa以上で、従来の鋼材より溶接性および耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼板の製造方法を提供する
【解決手段】質量%で、C:0.03〜0.20%、Si:0.01〜0.5%、Mn:0.5〜2%、P:0.03%以下、S:0.003%以下、Al:0.005〜0.1%、N:0.0005〜0.008%を含有し、溶接割れ感受性指数Pcmが0.24%以下であり、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼をAc変態点以上に加熱し、未再結晶温度域での累積圧下率を70%以下とする熱間圧延を行い、Ar変態点以上で熱間圧延を終了し、引き続きAr変態点以上から10℃/s以上の冷却速度で250℃以下の温度まで冷却後、1℃/s以上の平均昇温速度で再加熱し、最高到達温度を100〜400℃の範囲とする焼戻し処理を行うことを特徴とする溶接性および耐遅れ破壊特性に優れた引張強さ780MPa以上の高張力鋼板の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接性および耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼板の製造方法に関し、特に引張強さが780MPa以上の高張力鋼板の製造方法として好適なものに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、建設産業機械、タンク、ペンストック、ラインパイプ等の鋼材使用分野では、構造物の大型化、軽量化を背景として、使用する鋼材の高強度化が指向されると共に鋼材使用量が急激に増加している。
【0003】
このような需要の増大に対しては、特許文献1、2、3には焼戻し処理を省略する780MPa級高張力厚鋼板が開示されている。
【0004】
鋼材の高強度化は、鋼材の水素脆化感受性を高めることが知られており、例えば高力ボルトの分野ではJISB1186にてF11T級ボルト(引張強さ1100〜1300MPa)については、なるべく使用しないとの記載がなされているなど、高強度鋼の使用は限定的である。このため特許文献4、5では、炭化物の微細分散等様々な技術を利用する耐水素脆化特性に優れた鋼板の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−277622号公報
【特許文献2】特開2007−277623号公報
【特許文献3】特開2009−263772号公報
【特許文献4】特開2006−206942号公報
【特許文献5】特開2007−009324号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1、2、3に記載の焼戻し処理を省略する高強度鋼板は、引張強度が780MPa程度だが、冷却停止温度が室温〜350℃の範囲としており、自己焼鈍による不均一な炭化物の生成が起こりやすく、耐遅れ破壊特性の観点からは不十分である。
【0007】
また、特許文献4、5に記載されている方法により、引張強度が780MPa以上の高強度鋼板を得ようとする場合、焼戻し温度が高く製造性が劣り、多くの合金を添加する必要があるため溶接性が低下すると言う問題がある。
【0008】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、引張強度が780MPa以上で、従来の鋼材より溶接性および耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、780MPa以上の強度と溶接性、耐遅れ破壊特性を有する鋼板について鋭意研究を重ねた結果、焼戻し処理時における鋼材の板厚方向中心部の昇温速度および、焼戻し温度を規定することによって、炭化物の生成が効果的に抑制され、拡散性水素の炭化物への集積を抑えることができ、さらに、加熱時の脱水素により鋼中の拡散性水素量を低減でき、焼戻し後でも焼入れ時の強度と同程度の強度となり、省合金設計を可能とすることにより、従来鋼よりも、溶接性および耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼板を得ることが可能となることを見出した。
【0010】
本発明は上記の得られた知見に基づき、更に検討を加えてなされたもので、本発明の要旨は、以下の通りである。
【0011】
[1]質量%で、C:0.03〜0.20%、Si:0.01〜0.5%、Mn:0.5〜2%、P:0.03%以下、S:0.003%以下、Al:0.005〜0.1%、N:0.0005〜0.008%を含有し、下記式(1)に示す溶接割れ感受性指数Pcmが0.24%以下であり、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼をAc変態点以上に加熱し、未再結晶温度域での累積圧下率を70%以下とする熱間圧延を行い、Ar変態点以上で熱間圧延を終了し、引き続きAr変態点以上から10℃/s以上の冷却速度で250℃以下の温度まで冷却後、1℃/s以上の平均昇温速度で再加熱し、最高到達温度を100〜400℃の範囲とする焼戻し処理を行うことを特徴とする溶接性および耐遅れ破壊特性に優れた引張強さ780MPa以上の高張力鋼板の製造方法。
【0012】
【数1】

【0013】
[2]前記鋼に、更に、質量%で、Mo:0.01〜1%、Nb:0.001〜0.1%、V:0.001〜0.5%、Ti:0.001〜0.03%、Cu:2%以下、Ni:4%以下、Cr:2%以下、W:2%以下の中から選ばれる一種以上を含有することを特徴とする上記[1]に記載の溶接性および耐遅れ破壊特性に優れた引張強さ780MPa以上の高張力鋼板の製造方法。
【0014】
[3]前記鋼に、更に、質量%で、B:0.0003%〜0.003%、Ca:0.01%以下、REM:0.02%以下の中から選ばれる一種以上が添加されていることを特徴とする上記[1]または[2]に記載の溶接性および耐遅れ破壊特性に優れた引張強さ780MPa以上の高張力鋼板の製造方法。
【0015】
[4]金属組織がマルテンサイト相主体の組織であり、マルテンサイト相のラス界面における炭化物の円相当径が100nm以下、炭化物被覆率が30%以下であることを特徴とする上記[1]乃至[3]の何れかに記載の溶接性および耐遅れ破壊特性に優れた引張強さ780MPa以上の高張力鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明を用いることで、引張強度が780MPa以上の高強度を有するとともに、溶接性および耐遅れ破壊特性に優れる高張力鋼を安価に安定して製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明の各構成要件の限定理由について説明する。
【0018】
1.成分組成について
はじめに、本発明の鋼の成分組成を規定した理由を説明する。なお、成分%は、すべて質量%を意味する。
【0019】
C:0.03〜0.20%
Cは、構造用鋼に求められる強度を得るために必要不可欠な元素であるが、0.03%未満の添加では、十分な強度が得られず、合金元素の大量添加が必要になり溶接性が低下する。0.20%を超える添加では、溶接熱影響部のマルテンサイトの生成量が多くなり靭性を低下させるため、C量は0.03〜0.20%の範囲とする。好ましくは0.12〜0.18%の範囲である。より好ましくは0.12〜0.17%の範囲である。
【0020】
Si:0.01〜0.5%
Siは脱酸のために添加するが、0.01%未満の添加では脱酸効果が十分でなく、0.5%を超えて添加すると母材および溶接熱影響部の靭性が顕著に低下するとともに溶接性が著しく低下するため、Si量は0.01%〜0.5%の範囲とする。好ましくは0.05〜0.4%の範囲である。
【0021】
Mn:0.5〜2%
Mnは母材強度を確保する観点から添加するが、0.5%未満の添加ではその効果が十分でなく、2%を超えて添加すると、過剰に焼入性を高め、溶接熱影響部の靭性を著しく低下させることから、Mn量は0.5〜2%の範囲とする。好ましくは0.6〜1.6%の範囲である。より好ましくは0.6〜1.5%の範囲である。
【0022】
P:0.03%以下
Pは、0.03%を超えて含有すると、母材および溶接熱影響部の靭性を著しく低下させるため、P量は0.03%以下とする。好ましくは0.02%以下である。
【0023】
S:0.003%以下
Sは、0.003%を超えて含有すると、母材および溶接熱影響部の靭性を顕著に低下させるため、S量は0.003%以下とする。好ましくは0.002%以下である。
【0024】
Al:0.005〜0.1%
Alは溶鋼を十分に脱酸するために添加されるが、0.005%未満の添加では脱酸効果が十分でなく、0.1%を超えて添加すると母材中に固溶するAl量が多くなり、母材靭性を低下させるので、Al量は0.005〜0.1%の範囲とする。好ましくは0.01〜0.06%の範囲である。より好ましくは0.01〜0.04%の範囲である。
【0025】
N:0.0005〜0.008%
Nは、Tiなどと窒化物を形成することによって組織を微細化し、母材および溶接熱影響部の靭性を向上させる効果を有するために添加する。しかし、0.0005%未満の添加では組織微細化の効果が十分ではなく、一方、0.008%を超えて添加すると、母材中に固溶するN量が増大し、母材靭性が著しく低下し、さらに溶接熱影響部においても粗大な炭窒化物を形成し靭性を低下させるので、N量は0.0005%〜0.008%の範囲とする。好ましくは0.0010〜0.006%の範囲である。より好ましくは0.0010〜0.005%の範囲である。
【0026】
Pcm:0.24%以下
溶接割れ感受性指数Pcm値は、溶接時の予熱温度を低減し、施工しやすい鋼材とするために、0.24%以下とする。好ましくは0.15〜0.24%の範囲であり、より好ましくは、0.18〜0.24%の範囲である。
ここで、Pcmは、下記式(1)により求める。
【0027】
【数1】

【0028】
以上が本発明の基本化学成分であり、残部はFe及び不可避的不純物からなるが、さらに強度を高める目的でMo、Nb、V、Ti、Cu、Ni、Cr、Wの中から選ばれる1種以上を選択元素として添加してもよい。
【0029】
Mo:0.01〜1%
Moは、母材の高強度化に有効な元素であるが、0.01%未満ではその効果が十分でなく、1%を超えて添加すると合金炭化物の析出による硬度の上昇を引き起こし、靭性を低下させるので、Moを添加する場合は、Mo量は0.01〜1%の範囲とすることが好ましい。より好ましくは0.1〜0.8%の範囲である。
【0030】
Nb:0.001〜0.1%
Nbは鋼の強化に有効な元素であるが、0.001%未満ではその効果が十分でなく、0.1%を超える添加は母材の靭性を著しく低下させるので、Nbを添加する場合は、Nb量は0.001〜0.1%の範囲とすることが好ましい。より好ましくは0.01〜0.05%の範囲である。
【0031】
V:0.001〜0.5%
Vは母材の強度・靭性の向上に効果があり、また、VNとして析出することで固溶Nの低下に有効であるが、0.001%未満ではその効果が十分でなく、0.5%を超えて添加すると硬質なVCの析出により靭性が低下するので、Vを添加する場合は、V量は0.001〜0.5%の範囲とすることが好ましい。より好ましくは0.01〜0.1%の範囲である。
【0032】
Ti:0.001〜0.03%以下
Tiは圧延加熱時あるいは溶接時にTiNを生成し、オーステナイトの粗大化を効果的に抑制し、母材および溶接熱影響部の靭性を向上させるが、0.001%未満ではその効果が十分でなく、0.03%を超えて添加すると、Ti窒化物が粗大化し母材および溶接熱影響部の靭性を低下させるので、Tiを添加する場合は、Ti量は0.001〜0.03%の範囲とすることが好ましい。より好ましくは0.005〜0.02%の範囲である。
【0033】
Cu:2%以下
Cuは低温靭性を損なうことなく鋼の強度の向上が図れるが、2%を超えて添加すると、熱間圧延時に鋼板表面に割れを生じるので、Cuを添加する場合は、Cu量は2%以下とすることが好ましい。より好ましくは1%以下である。
【0034】
Ni:4%以下
Niは、鋼の強度および溶接熱影響部の靭性を向上させる有益な元素であるが、4%を超えて添加すると、効果が飽和し経済性が劣るため、Niを添加する場合は、Ni量は4%以下とすることが好ましい。より好ましくは2%以下である。
【0035】
Cr:2%以下
Crは、強度および靭性の向上に有効な元素であるが、2%を超えて添加すると、溶接性が低下するので、Crを添加する場合は、Cr量は2%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.1〜1%の範囲である。
【0036】
W:2%以下
Wは強度を向上する作用を有している元素であるが、2%を超えて添加すると、溶接性が低下するので、Wを添加する場合は、W量は2%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.05〜2%の範囲である。
【0037】
本発明の高張力鋼は、上記組成に加えて、さらに材質を改善する目的でB、Ca、REMの中から選ばれる1種以上を選択元素として添加してもよい。
【0038】
B:0.0003〜0.003%
Bは、オーステナイト粒界に偏析することで粒界からのフェライト変態を抑制し、焼入性を高める効果を有するが、この効果を十分に発揮させるためには0.0003%以上添加することが好ましいが、0.003%を超えて添加すると、炭窒化物として析出し焼入性を低下させ、靭性が低下するので、Bを添加する場合は、B量は0.0003〜0.003%の範囲とするのが好ましい。より好ましくは0.0005〜0.002%の範囲である。
【0039】
Ca:0.01%以下
Caは硫化物系介在物の形態制御に有用な元素である。しかし0.01%を超えて添加すると、清浄度の低下を招くので、Caを添加する場合は、Ca量は0.01%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.0005〜0.0025%の範囲である。
【0040】
REM:0.02%以下
REMもCaと同様に鋼中で酸化物および硫化物を形成して材質を改善する効果があるが、0.02%を超えて添加しても、その効果が飽和するため、REMを添加する場合は、REM量は0.02%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.0005〜0.005%の範囲である。
【0041】
2.金属組織について
本発明における金属組織の限定理由について説明する。
【0042】
引張強さ780MPa以上の高強度化を図るために金属組織は、マルテンサイトを主体とする組織とする。マルテンサイトを主体とする組織とは、本発明では、強度と靭性を両立するためにマルテンサイト+下部ベイナイト組織分率を95%以上とする。5%未満のフェライトや上部ベイナイト、残留γなどは許容する。
【0043】
なお、ミクロ組織分率の定量化は、ナイタールでエッチングした後に、走査型電子顕微鏡で組織写真を10視野以上撮影し、画像解析によりマルテンサイトと下部ベイナイトの面積率を計測することにより求める。
【0044】
鋼中の拡散性水素量を極力低減して溶接性、耐遅れ破壊特性を向上させる観点からマルテンサイト組織は焼戻し処理を施す。
【0045】
また、耐遅れ破壊特性の向上には、炭化物の微細分散化が極めて重要である。特にマルテンサイト相のラス界面に生成した炭化物の円相当径を100nm以下と微細化することに加え、ラス界面に占める炭化物の量(以下、炭化物被覆率と言う)を30%以下とすることにより、拡散性水素の炭化物への集積を抑制でき、耐遅れ破壊特性を向上させる事が可能となる。一方、ラス界面での炭化物の円相当径が100nmを超えるか、もしくはラス界面での炭化物被覆率が30%を超えると、拡散性水素の炭化物への集積により、耐遅れ破壊特性が低下する。
なお、マルテンサイトのラス界面に生成した炭化物の円相当径と炭化物被覆率の測定方法については、ナイタールでエッチングした後に、走査型電子顕微鏡で組織写真を10視野以上撮影し、その写真を用いて求める。炭化物の円相当径は、例えば50個以上のラスの界面に生成した炭化物の大きさを画像解析により解析し、円相当径に換算する。また、炭化物被覆率は、50個以上のラス界面に生成した炭化物のラス界面に沿った長さ(Lcarbide)と、ラスの界面長さ(Llath)を画像解析により計測し、炭化物のラス界面に沿った長さの総和を、ラス界面長さの総和で除し、100を掛けた数値とする。
【0046】
3.製造条件について
以下に本発明の製造方法について説明する。
【0047】
なお本発明は、上述した組成を有する鋼を、転炉、電気炉等の溶製手段で溶製し、連続鋳造法または造塊〜分塊法等で常法によりスラブ等の鋼素材とすることができるが、鋼の溶製方法や鋳造方法を特定するものではない。
【0048】
圧延条件について
上述した組成を有する鋼片を、加熱炉でAc変態点以上に加熱する。加熱炉への鋼片の装入方法としては、鋳片をAr変態点以下に冷却することなく加熱炉に装入する熱片装入法や、一度冷却した鋳片を加熱炉に装入し、Ac変態点以上に再加熱する冷片装入法があるが、本発明ではいずれの方法も用いることができる。
【0049】
加熱炉でAc変態点以上に加熱するのは、鋼をオーステナイト組織一相に均一化するためであり、加熱温度としては、1100℃以上1250℃以下とするのが好ましい。特に靭性を重視する場合は1100℃以上1200℃以下とするのがより好ましい。
【0050】
熱間圧延は、未再結晶温度域での累積圧下率を70%以下とし、Ar変態点以上で熱間圧延を終了し、続く加速冷却開始温度がAr変態点以上となるようにする。
【0051】
累積圧下率は70%以下とするが、未再結晶温度域での累積圧下率が70%を超える場合は、制御圧延によるオーステナイト粒微細化が顕著に進行し、その後の冷却で一部フェライトが生成するなどの焼入れ性低下を招き、母材の780MPa以上の高強度化と高靭性化の両立を達成することが困難であるため、累積圧下率を70%以下とする。なお、累積圧下率が10%未満では、制御圧延によるオーステナイト粒微細化効果が十分には得られないため、好ましい累積圧下率の範囲は10〜70%の範囲である。
【0052】
なお、未再結晶温度域は圧延中に再結晶が起こらない温度域であり、本発明の鋼では930℃以下である。また、累積圧下率は(元厚−仕上厚)/元厚×100%で表される。
【0053】
なお、Ar変態点は、下記式(2)により計算される値を用いる。
【0054】
【数2】

【0055】
Ac変態点は、下記式(3)により計算される値を用いる。
【0056】
【数3】

【0057】
圧延後の冷却条件
熱間圧延終了後、母材強度および靭性を確保するため、Ar変態点以上の温度から10℃/s以上の冷却速度で250℃以下の温度まで強制冷却を行う。
【0058】
Ar変態点以下から冷却を開始すると、フェライトが一部生成し、780MPa以上の母材強度を達成することが困難であるため、Ar変態点以上の温度から冷却を開始する必要がある。
【0059】
冷却停止温度が250℃以下になるまで冷却する理由は、オーステナイトからマルテンサイトへの変態を完了させ、母材を強化するためである。本発明では、強度と靭性を両立するためにマルテンサイト+下部ベイナイト組織分率を95%以上とする。
【0060】
強制冷却時の冷却速度は、10℃/s以上とする。10℃/s未満では冷却時に、部分的にフェライト、パーライトが生成し易くなり、所望の強度、靭性を安定的に確保できないからである。
【0061】
冷却方法は、直接焼入れ、加速冷却等の手法が用いられるが、冷却速度10℃/s以上、冷却停止温度250℃以下が得られれば冷却方法を特定するものではない。
【0062】
なお、冷却速度は700〜500℃での平均冷却速度で規定する。この温度域がフェライトやパーライト等の軟質相が出易い温度領域であり、高強度のマルテンサイト組織を得るには、この温度領域を早く冷却する必要があるからである。
【0063】
焼戻し条件
焼戻しは、圧延機および直接冷却もしくは加速冷却装置と同一の製造ライン上に直結して設置された加熱装置を用いて行うのが良い。これは、直結化により、圧延・冷却処理から焼戻し処理までに要する時間を短くすることが可能となり、生産性の向上、熱エネルギーの低減効果がもたらされるためである。
【0064】
焼戻しの加熱方式は、平均昇温速度が達成でき、加熱温度の上限・下限を管理できる方式であれば、誘導加熱、通電加熱、赤外線輻射加熱、雰囲気加熱等いずれを用いてもよい。
【0065】
焼戻しの温度条件は、平均昇温速度を1℃/s以上とし、加熱温度の上限を400℃とした。加熱時の昇温速度を1℃/s以上と高速にすることによって、通常の炉加熱等での遅い昇温速度で生じるラス界面での炭化物の粗大化を抑制できる。また、上限を400℃に制限することで、Cの拡散が抑制され、炭化物の生成・粗大化を効果的に抑制することができる。一方、加熱温度が100℃未満の場合、安定的な強度の確保および脱水素が不十分であり、加熱温度の下限を100℃以上とする。
【0066】
なお、上記した本発明の温度は、特に明記しない限り、いずれも板厚中心部の温度であり、表面実測温度からの計算により管理される。なお平均昇温速度は冷却後、再加熱温度(100〜400℃)までの再加熱に必要な昇温量を再加熱に要した時間で割った値である。
【0067】
また、焼戻し時の昇温過程は、所定の平均昇温速度が得られればよく、直線的な温度履歴を取っても、途中温度で滞留するような温度履歴を取っても構わない。
【0068】
焼戻し温度における保持時間は、生産性・製造費用や析出物の粗大化に起因する靭性の劣化を防止するために、60s以下とするのが望ましい。
【0069】
焼戻し後の冷却速度については、冷却中の析出物の粗大化に起因する靭性の劣化を防止すべく、100℃以下までにおける板厚中心部の平均冷却速度を0.05℃/s以上、20℃/s以下とすることが望ましい。
【実施例1】
【0070】
表1に示す化学成分の鋼種A〜Nの14種類を溶製してスラブを鋳造し、加熱炉で加熱後、圧延を行い鋼板とした。圧延後、引き続き直接焼入れし、次いで、ソレノイド型誘導加熱装置を用いて焼戻し処理を行った。
【0071】
板厚中心部の平均昇温速度は鋼板の通板速度によって管理した。なお、焼戻し温度にて保持する場合には、鋼板を往復させて加熱することによって、±5℃の範囲で保持した。
【0072】
また、加熱後の冷却は空冷とした。焼戻し温度や焼入れ温度などの板厚中心部における温度は、放射温度計による表面の逐次における温度測定結果から、伝熱計算によって求めた。
【0073】
表2に鋼板製造条件、および得られた鋼板の降伏強度、引張強度、−40℃における吸収エネルギー(vE−40)、予熱温度、耐遅れ破壊安全度指数、ミクロ組織におけるマルテンサイト+下部ベイナイト組織分率、炭化物の円相当径、炭化物被覆率を示す。
【0074】
引張試験はJIS Z 2241に準拠して行い、板厚20mm以下ではJIS5号試験片により、板厚20mm超では板厚の1/4部から採取したJIS4号試験片により降伏強度および引張強度を測定した。
【0075】
靭性はJIS Z 2242に規定の衝撃試験片を採取し、板厚の1/4部より採取した試験片を用いたシャルピー衝撃試験によって得られる−40℃における吸収エネルギー(vE−40)で評価した。
【0076】
溶接性は、JIS Z 3158に規定の方法で入熱17kJ/cmの被覆アーク溶接を行い、ルート割れ防止に必要な予熱温度により評価した。
【0077】
耐遅れ破壊安全度指数は、平滑丸棒試験片を用いて陰極水素チャージ法により試験片中の拡散性水素量が約0.5massppmになるように水素をチャージ後、試験片表面に亜鉛めっきを施すことにより水素を封入し、その後、1×10−6/sの歪速度にて引張試験を行い、破断した試験片の絞りを求め、一方、同様の歪速度にて水素チャージを行わない試験片の引張試験も行い、下記の式に従って評価した。
耐遅れ破壊安全度指数(%)=100×(X1/X0)
ここで、X0:実質的に拡散性水素を含まない試験片の絞り(%)
X1:拡散性水素を含む試験片の絞り(%)
各特性の目標値は、降伏応力が685MPa以上、引張強度が780MPa以上、−40℃における吸収エネルギー(vE−40)が40J以上、必要予熱温度が50℃以下とした。耐遅れ破壊安全度指数の目標は、80%以上とした。
【0078】
なお、鋼板の組織の定量は、板厚1/4部付近についてナイタール腐食液で組織を現出し、走査型電子顕微鏡で10視野観察を行い、画像解析により、その平均値で評価した。
【0079】
【表1】

【0080】
【表2】

【0081】
表2に示すように、本発明法により製造した発明例No.1〜No.7は成分組成、製造方法、が本発明の範囲内であり、良好な強度と溶接性および耐遅れ破壊特性を有する鋼板を得ることができる。
【0082】
これに対して、成分組成が本発明から外れる比較例No.8〜No.15は、強度、靭性、予熱温度、耐遅れ破壊安全度指数および炭化物の円相当径、炭化物被覆率のいずれか1つ以上の特性が目標値に達していない。また、成分組成は本発明の範囲内であるが製造条件が本発明から外れる比較例No.16〜No.23は、強度、靭性、予熱温度、耐遅れ破壊安全度指数および炭化物の円相当径、炭化物被覆率のいずれか1つ以上の特性が目標値に達していない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.03〜0.20%、Si:0.01〜0.5%、Mn:0.5〜2%、P:0.03%以下、S:0.003%以下、Al:0.005〜0.1%、N:0.0005〜0.008%を含有し、下記式(1)に示す溶接割れ感受性指数Pcmが0.24%以下であり、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼をAc変態点以上に加熱し、未再結晶温度域での累積圧下率を70%以下とする熱間圧延を行い、Ar変態点以上で熱間圧延を終了し、引き続きAr変態点以上から10℃/s以上の冷却速度で250℃以下の温度まで冷却後、1℃/s以上の平均昇温速度で再加熱し、最高到達温度を100〜400℃の範囲とする焼戻し処理を行うことを特徴とする溶接性および耐遅れ破壊特性に優れた引張強さ780MPa以上の高張力鋼板の製造方法。
【数1】

【請求項2】
前記鋼に、更に、質量%で、Mo:0.01〜1%、Nb:0.001〜0.1%、V:0.001〜0.5%、Ti:0.001〜0.03%、Cu:2%以下、Ni:4%以下、Cr:2%以下、W:2%以下の中から選ばれる一種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の溶接性および耐遅れ破壊特性に優れた引張強さ780MPa以上の高張力鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記鋼に、更に、質量%で、B:0.0003%〜0.003%、Ca:0.01%以下、REM:0.02%以下の中から選ばれる一種以上が添加されていることを特徴とする請求項1または2に記載の溶接性および耐遅れ破壊特性に優れた引張強さ780MPa以上の高張力鋼板の製造方法。
【請求項4】
金属組織がマルテンサイト相主体の組織であり、マルテンサイト相のラス界面における炭化物の円相当径が100nm以下、炭化物被覆率が30%以下であることを特徴とする請求項1乃至3項の何れかに記載の溶接性および耐遅れ破壊特性に優れた引張強さ780MPa以上の高張力鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2013−108168(P2013−108168A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−160208(P2012−160208)
【出願日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】