説明

溶接方法

【課題】ブローホールあるいは溶け不足のない、溶け込みの深い健全な溶融接合部を得ることのできる溶接技術を提供する。
【解決手段】2枚の鋼板の端面同士を突き合わせてI型継手部を形成する工程(1)と、前記I型継手部に形成されたギャップGのうち前記鋼板の表面側に形成されたギャップを封止する封止部17aを、該ギャップに隣接する鋼板の表面をアークにより溶融して形成する工程(2)と、前記形成された封止部を含む前記鋼板の表面に溶け込み促進剤4aを塗布する工程(3)と、促進剤が塗布された前記鋼板の表面をアークにより溶融して溶け込ませて、前記I型継手部を表面側から溶融接合する工程(4)と、 裏面側に形成された突き合わせ部に溶け込み促進剤を塗布する工程(5)と、裏面をアークにより溶融して、少なくとも前記表面側から形成された溶融接合部に達するまで溶け込ませて、前記I型継手部を裏面側から溶融接合する工程(6)を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接技術に係り、特に、溶け込み促進剤を塗布してアーク溶接を行う溶接技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、溶け込みの深い溶接を可能とするため、溶け込み促進剤(フラックス剤)を用いた溶接方法が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、ステンレス鋼母材表面に金属酸化物の粉末と溶媒とを混合してなる溶け込み促進剤を塗布した後にTIG溶接する溶接方法が提案されている。
【0004】
特許文献2には、Crを含まない金属酸化物であるTiOとSiOとを1対1で混合した混合酸化物のフラックスを用いた溶接方法が提案されている。
【0005】
特許文献3には、V開先、Y開先、U開先あるいはX開先の継手の被溶接部に金属酸化物の膜を5μm以上の厚さに形成した後に、開先側の面あるいは非開先側の面からTIG溶接して裏波ビードを形成する溶接方法が提案されている。
【0006】
特許文献4には、金属酸化物を6質量%以上含有するフラックスを内包したフラックス入りワイヤを溶加材として使用し、溶融金属中に前記金属酸化物を0.05〜3g/分供給しながらTIG溶接する溶接方法が提案されている。
【0007】
特許文献5には、不活性ガスからなる第1のシールドガスを、電極を囲むように被溶接物に向けて流し、前記第1のシールドガスの周辺側に、酸化性ガスを含む第2のシールドガスを被溶接物に向けて流すTIG溶接方法が提案されている。
【0008】
特許文献6,7には、溶け込み促進剤を塗布した継手部の表面側および裏面側の両面側から深溶け込み溶接を施すことが示されている。
【特許文献1】特開2000−102890号公報
【特許文献2】特開2002−120088号公報
【特許文献3】特開2002−120088号公報
【特許文献4】特開2001−219274号公報
【特許文献5】特開2004−298963号公報
【特許文献6】特開2006−231359号公報
【特許文献7】特開2007−090386号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1および2に記載の方法は、溶け込み促進剤を塗布した継手部材の表面側からのアーク溶接によって裏面側に裏ビードが形成するように溶接施工している。このため、特に、突合せ継手部にギャップがあり、このギャップ幅が変化していたりすると、アーク溶接によって形成する裏面側の裏ビードの幅が大きく変化したり、あるいは出過ぎたりして溶接部の品質を悪化させることがある。また、板厚が6mmを越えるI型継手の溶接では、溶融池が保持できなくなる(例えば溶融池に作用する表面張力<重力となる)ために裏側に溶け落ち易く、裏当て材なしでの裏ビード形成が困難である。また、開先継手における2層目の溶接時には、前層(1層目)の溶接時に加熱反応した溶け込み促進剤(金属酸化物のフラックス剤)の一部が溶接ビード表面に固着(スラブ固着)しているため、アーク溶接直下の溶融プールが開先幅方向に広がりにくく、溶融すべき開先両壁面まで溶けずに融合不良になる可能性がある。さらに、特許文献1、2記載の方法は、表面側からのみの片面溶け込み溶接であって、表面側と裏面側とから交互にアーク溶接する両面溶け込み溶接と異なる。
【0010】
特許文献3記載の方法は、金属酸化物の膜(5μm以上)を形成した開先継手部の表面あるいは裏面(非開先側の面)からTIG溶接して裏ビードを形成している。また、I型突合せ継手では表面側からのTIG溶接によって裏面側に裏ビードが形成するようにしている。このため、上記特許文献1、2と同様に、突合せ継手部にギャップがあったり、そのギャップが変化していたりすると、アーク溶接によって形成する裏面側の裏ビードの幅が大きく変化したり、あるいは出過ぎたりして溶接部の品質を悪化させる可能性がある。 また、板厚が6mmを越えるI型継手の溶接では、溶融池が保持できなくなるために裏側に溶け落ち易く、裏当て材なしでの裏ビード形成が困難である。また、金属酸化物の塗布膜厚が薄いと、所望の深さまで溶け込まずに浅い溶け込みに成り易い。開先継手における2層目の溶接時には、前層の溶接時に加熱反応した溶け込み促進剤の一部が溶接ビード表面に固着しているため、アーク溶接直下の溶融プールが開先幅方向に広がりにくく、溶融すべき開先両壁面まで溶けずに融合不良となる可能性がある。
【0011】
逆V開先、逆Y開先及びX開先の場合は、両面溶け込み溶接であるが、裏面側に裏ビードを形成させており、また、I開先の場合には、片面溶け込み溶接によって裏面側に裏ビードを形成させている。
【0012】
特許文献4記載の方法では、金属酸化物を6質量%以上含有したフラックス入りワイヤを所定量供給しながらTIG溶接して深溶け込み部を得るようにしている。特に、板厚9mmのI型突合せ継手を溶接試験して溶け込み深さの測定結果を示している。しかしながら、フラックス入りワイヤは、ポロシティ(ブローホール)などの溶接欠陥発生の大きな要因である湿気に弱いため、特殊な乾燥室などに保管して常に品質管理する必要がある。また、フラックス入りワイヤの送給量の増減によって溶け込み深さが大きく変化するばかりでなく、同時にビード幅やビード余盛高さも大きく変化し易い。表面側から片面溶け込み溶接した試験結果を示しているが、表面側と裏面側とから交互に溶接する両面溶け込み溶接と異なる。
【0013】
特許文献5記載の方法では、酸化性ガス(OガスあるいはCOガス)と不活性ガス(Arガス)との混合ガスをアーク溶接部分に流して溶け込み深さを増加するようにしている。前記溶け込み促進剤は使用されていない。また、溶け込み深さと酸素濃度、二酸化炭素濃度との関係を開示しているが、継手部材と異なる平板上での溶け込み結果である。継手部材の両面溶け込み溶接については記載されていない。
【0014】
特許文献6、7記載の方法は、溶け込み促進剤の塗布後に溶接した溶融底部に微小なポロシティが発生することがあり、また、溶け込み形状の曲りや片寄りによる溶け不足が発生する。
【0015】
これらの発生原因を調査した結果、塗布時に溶け込み促進剤の一部が継手部のギャップ内に入り込み、溶接時に溶融池内から浮上できずに溶融低部又はその近傍に閉じ込めらて固着していることが判明した。また、溶け込み促進剤の塗布膜厚が溶接左右方向に大きく変化していると、溶接時に溶融池が幅広になり、また溶け込みが浅くなると同時に溶け込みが膜厚の薄い側に片寄(曲がる)ることが判明した。
【0016】
これらに対する有効な防止対策を種々検討した結果、上記ポロシティ発生防止に最も有効な対策は、溶け込み促進剤を塗布する以前に継手部の表面又は裏面又は表裏両面を溶融封止して、塗布時に溶け込み促進剤がギャップ内に入り込まないようにすることであることが判明した。
【0017】
塗布前に施工する前記溶融封止により、塗布部の溶接時に溶け込み促進剤の巻き込みによるポロシティが発生しないことを確認した。また、上記溶け不足防止に最も有効な対策は、前記溶け込み促進剤を継手部の溶接線方向に塗布して溶接線左右方向の膜厚を20μm以上形成することであり、溶接部に片寄りや曲りのないほぼ左右対称形状の深い溶け込みが形成することを確認した。
【0018】
本発明は、このような知見に基づいてなされたもので、ポロシティあるいは溶け不足のない、溶け込みの深い健全な溶融接合部を得ることのできる溶接技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は上記課題を解決するため、次のような手段を採用した。
【0020】
2枚の鋼板あるいは曲げ加工した1枚の鋼板の表面および裏面を揃え、その端面同士を突き合わせてI型継手部を形成する工程と、前記I型継手部に形成されたギャップGのうち前記鋼板の表面側に形成されたギャップを封止する封止部を、該ギャップに隣接する鋼板の表面をアークにより溶融して形成する工程と、前記形成された封止部を含む前記鋼板の表面に溶け込み促進剤を塗布する工程と、溶け込み促進剤が塗布された前記鋼板の表面をアークにより溶融して所定深さまで溶け込ませて、前記I型継手部を表面側から溶融接合する工程と、 前記I型継手部の前記鋼板の裏面側に形成された突き合わせ部に溶け込み促進剤を塗布する工程と、溶け込み促進剤が塗布された前記鋼板の裏面をアークにより溶融して、少なくとも前記表面側から形成された溶融接合部に達するまで溶け込ませて、前記I型継手部を裏面側から溶融接合する工程を含む。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、以上の構成を備えるため、ポロシティあるいは溶け不足のない、溶け込みの深い健全な溶融接合部を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、最良の実施形態を添付図面を参照しながら説明する。図1は、本実施形態にかかる溶接方法を説明する図である。
【0023】
図1(1)に示すように、継手部材1a、1b、2a、2bは、板厚Tが4mm以上、16mm以下のステンレス鋼または低炭素鋼の鋼板であり、これを、例えば長尺の円筒管を製造するために、1枚の平板を円筒状に曲げ加工して平板端面同士を互いに突合せてI型継手部3を形成する。なお、2枚の平板の端面同士を突合せてI型継手部3を形成することもできる。継手製作工程19で形成する前記I型継手部3は、ギャップGあるいは段差b(目違いとも称す)があったりなかったり不規則に形成されている。突合せ精度を緩和することによって、継手合わせの作業が容易なり、組立時間を大幅に短縮することができる。
【0024】
なお、板厚が4mmより薄過ぎると、溶接時に溶け込み深さを所定深さに止めることが難しく、裏側まで溶けてしまう可能性があるので好ましくない。一方、板厚が16mmより厚過ぎると、350Aを越える大電流および35kJ/cmを越える大入熱量が必要になるので好ましくない。
【0025】
図1(2)に示すように、溶け込み促進剤4a(金属酸化物入りのフラックス溶剤)を塗布する以前に、ギャップG部分およびその近傍の継手表面を小エネルギの条件で溶融封止部(封止工程)を形成する。溶融封止部17aの溶け込み深さdは1mm以下または1mm程度あればよい。この溶融封止の施工20によって、塗布時に溶け込み促進剤4aがギャップG内に入り込むのを阻止して、溶接時におけるポロシティ発生要因をなくすことができる。前記溶融封止の施工20は、少なくとも前記ギャップGの形成部分およびその近傍の溶接線の全長部分に施すとよい。前記溶融封止によって溶接線(溶接位置)が分かり難くなる場合には、溶接すべき溶接線から少し離れた位置に溶接線と平行な目視線(けがき線)を予めけがいておくとよい。このけがき線を目印に溶接時のトーチ位置決めや溶接線位置の倣い調整を容易に行うことができる。
【0026】
図1(3)に示すように、上記溶融封止20の終了後に、溶融封止部17aの表面およびI型継手部3の表面側に溶け込み促進剤4aを塗布21(第1の塗布工程)する。この溶け込み促進剤4aは、例えばTiO2、SiO2、Cr23などの金属酸化物の粉末と溶媒を混合したフラックス溶剤であり、公知の市販品を使用して塗布すればよい。特に、刷毛などで溶け込み促進剤4aを塗布する場合には、継手部3の溶接線方向に1回以上往復塗布して溶接線方向の塗布膜厚を20μm以上形成するとよい。
【0027】
このように溶け込み促進剤の塗布に先立って、継手部3のギャップGに溶融封止を施しているので、前記ギャップG内に溶け込み促進剤4aが入り込むことはない。このため、溶接時に溶け込み促進剤の巻き込みによるポロシティの発生はなくなる。
【0028】
塗布した溶け込み促進剤4aが乾燥した後に、図1(4)に示すように、アーク溶接によって所定範囲を溶融して、溶け込み深さH1まで溶融接合22する(第1の溶接工程)。 この溶融接合は非消耗性のタングステンを電極5に使用するアーク溶接であり、この溶融接合22により、溶け込み促進剤4aに含有している金属酸化物の加熱反応(例えば、金属酸化物から酸素が解離し、その解離した酸素の一部が溶融金属内に溶解する化学反応)によってアーク直下の溶融プール8aの対流が内向き方向(アークの外周部からアーク直下に向かう方向)および深さ方向に変化して溶融を促進する。このため、従来のTIG溶接結果と比べて、溶け込み深さが約2〜3倍深く、ビード幅が狭い溶融接合部8bを得ることができる。また、溶融接合部8aに片寄りのないほぼ左右対称形状の深い溶け込みとポロシティのない健全な品質を得ることができる。
【0029】
溶融接合部8bの溶け込み深さH1は、板厚Tの1/2以上9/10以下の範囲に形成するとよい。これにより、継手部材の裏側1b、2bまで溶かすことなく、所定深さH1まで溶融した溶融接合部8bおよび余盛りビードのある溶接表面を確実に得ることができる。なお、溶け込み深さH1が板厚Tの1/2より小さ過ぎると、板厚中央まで溶けていないことになり、反対側(裏面側)の残り継手部3bを溶融接合した時に、接合不足(溶け不足)が発生する可能性があるので好ましくない。反対に、溶け込み深さH1が板厚Tの9/10より大き過ぎると、裏側まで溶ける可能性があるので好ましくない。継手部3に大きな隙間(ギャップG)があったりすると、裏側まで溶けてしまい、表側のビード形状を悪化させることがある。
【0030】
溶け込み深さH1は、溶接電流や溶接速度など溶接入熱条件の大きさによって調整可能であり、継手部材の板厚Tや溶接姿勢に対応した所定範囲の溶け込み深さ(0.5*T≦H1≦0.9*T)になるように適正な溶接条件を事前に決めて、アーク溶接による溶融接合22を施工するとよい。
【0031】
なお、この溶融接合22によって形成された溶接ビード表面の一部にアンダーカットや凹みが生じている場合には、この溶接不良部分およびその近傍をワイヤ送りのアークで再溶融して溶け込みの浅い余盛りビードを形成することにより、前記アンダーカットや凹みが補修され、健全な溶接部分と類以の品質に改善することができる。
【0032】
溶接後の裏側は、溶接時の熱収縮によって初期のギャップGがない状態に成り易い。裏側の継手部にギャップGがない状態であれば、溶融封止の工程を省略することができ、継手裏面に溶け込み促進剤を塗布する工程25に進むとよい。裏側の継手部にギャップGがあれば、図1(2)に示したように、ギャップG部分およびこの近傍の継手表面を溶融封止するとよい。また、下向き姿勢に変更する場合は継手部材1a、1b、2a、2bを裏返し反転すればよい。
【0033】
図1(5)に示すように、継手部の裏面側に溶け込み促進剤4bを塗布25(第2の塗布工程)する。刷毛などで溶け込み促進剤4bを塗布する場合には、上述したように、継手部3の溶接線方向に1回以上往復塗布して溶接線方向の塗布膜厚を20μm以上形成するとよい。このようにして塗布した溶け込み促進剤4bが乾燥した後に、図1(6)に示すように、アーク溶接によって所定範囲の溶け込み深さH2まで溶融接合26(第2の溶接工程)する。この溶融接合26により、図1(6)(7)に示すように、継手部3bの裏面側に形成した溶融接合部9bの先端部分と、反対側の継手表面側に形成済みの溶融接合部8bの先端部分とを重なり合わせることができる。これにより溶け不足やポロシティなど欠陥のない溶融接合部9bが得られる。
【0034】
裏面側の溶融接合部9bの溶け込み深さH2は、表側の溶け込み深さH1と同程度であり、板厚Tの1/2以上9/10以下の範囲に形成するとよい。溶接電流や溶接速度など溶接入熱条件の大きさによって調整可能であり、継手部材の板厚Tや溶接姿勢に対応した所定範囲の溶け込み深さ(0.5*T≦H2≦0.9*T)になるように適正な溶接条件を事前に決めて、ワイヤ送りのアーク溶接による溶融接合26を実施するとよい。なお、ワイヤ送りなしのアーク溶接を行うこともできる。
【0035】
図2は、溶け込み促進剤の継手ギャップ部への浸入に伴う溶融接合部へのポロシティの発生を説明する図である。
【0036】
図2(1)に示すように、I型継手部3には、ギャップGや段差bがあったりなかったり不規則に形成されている。ギャップG部分の継手表面を事前に溶融封止しない状態のままで、図2(2)に示すように、溶け込み促進剤(金属酸化物入りのフラックス溶剤)を塗布すると、溶け込み促進剤の一部がギャップG部分に入り込む。
【0037】
この状態でアーク溶接による溶融接合を施工22すると、図2(3)に示すように、ギャップC底部に残っていた溶け込み促進剤が溶融池内から浮上できずに溶融底部またはその近傍に閉じ込めらて固着し、溶け込み促進剤の巻き込みによる欠陥(ポロシティ34)が溶接内部に発生する。
【0038】
このような溶接欠陥が発生し、その欠陥が溶接部の品質検査で規定されているポロシティの大きさや個数を超えると不合格に至り、前記欠陥部分およびその近傍を補修溶接しなければならない。ポロシティ34の発生を未然防止するためには、発生要因をなくすことが重要であり、図1で説明したように、溶け込み促進剤を塗布する以前に継手ギャップG部分およびこの近傍を溶融封止するとよい。この溶融封止によって、塗布時に溶け込み促進剤がギャップ内に入り込まず、溶接時に溶け込み促進剤の巻き込みによるポロシティ34の発生を防止することができる。
【0039】
図3は、溶け込み促進剤の塗布膜厚変化と溶け込みの形状変化を説明する図である。実験の結果、溶接線35方向に塗布した溶け込み促進剤4aの膜厚が大きく変化していると、溶け込み形状(深さ、ビード幅、曲り)が変化することが判明した。なお、溶接線35左右の膜厚変化は、溶け込み促進剤の塗布および乾燥後に溶接線35に沿って片方の塗布部を薄く削り取ることによって作ることができる。
【0040】
溶接線左側の塗布膜厚が薄い場合は、図3(1)に示すように、アーク溶接時に溶融プール8aが、幅広くかつ溶け込みHLが浅く(HL<H1)形成されるとともに膜厚の薄い左側に片寄る(曲がる)。反対に、溶接線右側の塗布膜厚が薄い場合は、図3(3)に示すように、アーク溶接時に溶融プール8aが、幅広くかつ溶け込みHRが浅く(HR<H1)形成されるとともに、膜厚の薄い右側に片寄る(曲がる)。
【0041】
この理由については、溶接線方向の塗布膜厚が大きく変化していると、溶接幅方向(外向き方向)の対流が生じて深さ方向および内向き方向の対流を乱し、溶融プールが左右アンバランスな状態に至り、膜厚の薄い側に広がって片寄り、溶け込みが歪で浅い形状になるものと考えられる。前記片寄が発生すると溶け込み深さHL、HRが浅くなり、板厚Tの半分以下に成り易い。継手裏側の溶接においても片寄が生じると、板厚中央部に溶け不足の欠陥が発生する可能性が高いので好ましくない。
【0042】
これに対して、塗布膜厚が左右ほぼ均等な場合には、図3(2)に示すように、溶融接合部に片寄や曲りのないほぼ左右対称形状の深い溶け込みを得ることができる。また、継手裏側の溶接でも深い溶け込みが得られ、溶け不足のない健全な両面溶け込みの溶融接合部を確保することができる。
【0043】
図4は、溶け込み促進剤の塗布膜厚と溶け込み深さおよびビード幅の関係(試験結果)を説明する図である。試験に際しては、塗布膜厚の異なる試験片(板厚10.6〜12mm)を複数準備し、溶接電流280A、溶接速度が70mm/min一定で行った。横軸は溶接線左右方向の塗布膜厚α(平均膜厚)であり、微小厚さ測定装置で測定した値である。縦軸は溶接部の溶け込み深さh1とビード幅wであり、溶接断面の拡大写真から測定した値である。
【0044】
塗布膜厚αが厚くなるに従って、溶け込み深さh1は増加し、ビード幅wは減少している。特に、塗布膜厚αが20μm以下の薄い領域では、溶け込み深さh1およびビードwの変化が大きくなっている。20μm以上の領域では、溶け込み深さh1およびビードwの変化が小さく、70μm以上の厚い領域の値とあまり変わらず、ほぼ飽和する状態になっている。
【0045】
溶け込み深さh1およびビードwは、溶接電流や溶接速度および板厚の大きさによっても変化するが、溶け込み促進剤の塗布膜厚の及ぼす影響については、図4に示す特性と類以する特性になるものと考えられる。
【0046】
このように溶け込み促進剤の塗布膜厚αを20μm以上形成することにより、溶け込み深さ7mm以上の安定した溶け込みの形成が可能となる。さらに、溶接時に深い溶け込みが得られると同時に、片寄りのないほぼ左右対称形状の溶け込み断面を得ることができる。 溶け込み促進剤の塗布時に溶接線方向に1回以上往復塗布すれば、溶接線左右方向の膜厚を確実に20μm以上形成することができる。また、塗布回数を増加すれば、膜厚をさらに厚くでき、溶接時の溶け込み深さをより安定に得ることができる。しかし、塗布膜厚の上限値について、塗布作業の工数を考えると、140μm程度が一般的に考えられる常識として上限値となる。さらに、溶け込み促進剤の塗布膜厚を継手部の溶接線方向へ塗布し溶接線左右方向の膜厚を20μm以上形成することによって安定した溶け込み形状が形成される。
【0047】
市販されている公知の溶け込み促進剤5種類を用いた試験によると、溶け込み促進剤の塗布膜厚の及ぼす影響については、何れの促進剤についても図4に示した実施例の特性と類似する特性が得られ、そのばらつきは、図4に示した溶け込み深さの5%以内であることが確認された。
【0048】
図5は、両面溶接における板厚と溶接電流および裏側の溶け込み深さの関係を説明する図である。図中には、下向き姿勢で両面溶接した板厚別(6、9、12、16mm)の断面写真と、溶け込み促進剤なしで両面溶接した9mm板の断面写真とを示している。
【0049】
9mm板のI型突合せ部を表裏両面から従来のTIG溶接(溶け込み促進剤なし溶接)を行った場合は、図5中(上段左)に示した断面写真のように、溶け込み深さが浅い(例えば2mm程度)ため、板厚中央部分に接合不足が発生する結果になっている。
【0050】
これに対して、溶け込み促進剤を使用する本発明の両面溶接方法の場合には、図5(下段)に示したように、板厚T(4〜16mm)に対応した適正な溶接電流Iを出力させて所定範囲の溶け込み深さまで各々溶融接合することによって、開先加工なしの突合せ継手であっても、また、継手部にギャップや段差があったりなかったりする継手部材であっても、各板厚の中央部分またはこの近傍で確実に重ね合わせ接合でき、溶け不足やポロシティやアンダーカットのない品質良好な溶接断面を得ることができる。
【0051】
なお、図5中には、板厚6mm、9mm、12mm、16mmの場合における断面写真を示したが、溶接電流が350Aより高い500A程度まで出力可能な溶接電源を使用して両面溶接を施工すれば、板厚20mm程度までの両面溶融接合が可能である。
【0052】
図6は、本実施形態にかかる溶接方法の他の例を説明する図である。まず、図6(1)に示すように、溶け込み促進剤4aを塗布21する以前に、I型継手3のギャップG部分とその近傍あるいは溶接線全長部分の継手表面を小エネルギの条件で溶融封止20(第1の封止工程)する。溶融封止部17aの溶け込み深さdは1mm以下あるいは1mm程度あればよい。この溶融封止の施工20によって、塗布時に溶け込み促進剤4aがギャップG内に入り込まず、溶接時のポロシティ発生要因をなくすことができる。
【0053】
図6(2)に示すように、上記溶融封止20の終了後に、溶融封止部17a表面および継手表面側に溶け込み促進剤4aを塗布21(第1の塗布工程)する。塗布時に溶け込み促進剤4aを溶接線方向に1回以上往復塗布して溶接線方向の塗布膜厚を20μm以上形成するとよい。塗布膜厚αを20μm以上形成することにより、溶接時に深い溶け込みが得られると同時に、片寄りのないほぼ左右対称形状の溶け込み断面を得ることができる。なお、継手部3のギャップG内には事前の溶融封止によって溶け込み促進剤4a入り込むことはない。このため、溶接時に溶け込み促進剤4aの巻き込みによるポロシティは発生しなくなる。
【0054】
前記溶け込み促進剤4aの乾燥後に、図6(3)に示すように、ワイヤ送りのアーク溶接による溶融接合22(第1の溶接工程)を施工し、所定範囲の溶け込み深さH1まで溶融接合する。表面側の溶融接合部8bの溶け込み深さH1は、板厚Tの1/2以上9/10以下の範囲に形成するとよい。溶け込み深さH1は溶接電流や溶接速度など溶接入熱条件の大きさによって調整可能であり、継手部材1a、1b、2a、2bの板厚(4≦T≦16)や溶接姿勢に対応した所定範囲の溶け込み深さ(0.5*T≦H1≦0.9*T)が得られるように適正な溶接条件を設定して、ワイヤ送りのアーク溶接による溶融接合22を施工するとよい。
【0055】
第1の溶接工程の溶融接合22により、継手部材の裏側1b、2bまで溶かすことなく、所定範囲の溶け込み深さH1まで確実に溶接できる。また、溶接内部に溶け込み促進剤の巻き込みによるポロシィの発生がない健全な溶融接合部8bを得ることができる。特に、溶接ワイヤ7を溶接進行方向の後方からアーク溶接部分に送給することによって、広範囲の溶接電流(例えば100A〜350A)を出力させるアーク溶接であっても、アーク溶接部分の溶融プール8a内にワイヤ7がスムーズに入り、大きな溶滴にならずに安定して溶融することができる。また、継手部3にギャップGや段差bがあったりなかったりする継手部材であっても、溶接表面にアンダーカットや凹みがなく余盛りビードのある溶融接合部8bを得ることができる。
【0056】
前記溶融接合22の終了後に、図6(4)に示すように、継手部材1a、1b、2a、2bを裏返して反転24させる。反転終了後に、図6(5)に示すように、残り継手部3bのギャップG部分およびその近傍の長さ部分の継手裏面を小エネルギの条件で溶融封止24(第2の封止工程)する。前記第2の封止工程の施工24によって、塗布時に溶け込み促進剤4bがギャップG内に入り込まず、溶接時のポロシティ発生要因をなくすことができる。
【0057】
図6(6)に示すように、溶融封止24の終了後に、第2の塗布工程25で溶融封止部17b表面および継手裏面側に溶け込み促進剤4bを溶接線方向に1回以上往復塗布して溶接線方向の塗布膜厚を20μm以上形成するとよい。上述したように、塗布膜厚αを20μm以上形成することにより、溶接時に深い溶け込みが得られると同時に、片寄りのないほぼ左右対称形状の溶け込み断面を得ることができる。
【0058】
前記溶け込み促進剤4bの乾燥後に、図6(7)に示すように、ワイヤ送りのアーク溶接による溶融接合26(第2の溶接工程)を施工し、所定範囲の溶け込み深さH2まで溶融接合する。裏面側の溶融接合部9bの溶け込み深さH2は、板厚Tの1/2以上9/10以下の範囲に形成するとよい。第2の溶接工程の溶融接合26によって、図6(7)(8)に示すように、継手裏面側に形成した溶融接合部9bの先端部分と、反対側の継手表面側に形成済みの溶融接合部8bの先端部分とを重なり合わせる89ことができる。これにより溶接内部に溶け込み促進剤の巻き込みによるポロシィの発生がなく、溶接表面にアンダーカットや凹みがなく余盛りビードのある溶融接合部8b、9bを得ることができる。
【0059】
また、裏面側の前記溶融接合26(第2の溶接工程)によって、表面側に形成済みの溶融接合部8bの先端部分が再溶融されるため、前記溶融接合部8bの先端部分に微小なポロシティが残存していた場合でも溶融消滅することが可能である。
【0060】
このように、前記溶け込みが浅い従来のTIG溶接では不可能であった深い両面溶け込み溶接が可能になり、熱変形の低減や溶接パス数の削減を図ることができる。特に、継手部材の裏返し反転作業が容易な小型構造物の溶接に適用すると大幅な工数低減およびコスト低減が可能となる。
【0061】
なお、前記アーク溶接のアーク6は、シールドガス雰囲気内で非消耗性の電極5(タングステンを主成分とするタングステン合金の電極)先端部と継手部材との間に発生させると共に、溶融接合22、26に適した溶接電流を給電すればよい。図示していないシールドガスは、電極5の外周に配備するガスノズルから不活性ガスのArガスを流せばよい。また、Arガスを主成分とするAr+HeやAr+H の混合ガスを使用することも可能である。さらに、二重シールド構造の溶接トーチを使用するのであれば、例えば、電極5近傍の周囲に不活性ガスのArガスやHeガスを流し、その外周囲に前記混合ガス、あるいはO2ガスやCO2ガスの酸化性ガスとArガスとの混合ガスを流しながら前記アーク溶接をすることができる。
【0062】
図7は、本実施形態にかかる溶接方法の他の例(立向き姿勢での溶接)を説明する図である。図7に示すように継手部材1a、1b、2a、2bを立ち向きに配置し、まず、継手表面を溶融封止した後に、前記溶け込み促進剤4aを塗布し、ワイヤ送りのアーク溶接による溶融接合22を形成する。次いで裏面側に、同様に溶融接合を形成する。
【0063】
すなわち、図7(1)に示すように、立向き姿勢に設置されているI型継手部3の表面1a、2aを小エネルギの条件で溶融封止する。この溶融封止の施工20(第1の封止工程)によって、塗布時に溶け込み促進剤がギャップ内に入り込まず、溶接時のポロシティ発生要因をなくすことができる。
【0064】
図7(2)に示すように、前記溶融封止20の終了後に、第1の塗布工程で溶け込み促進剤4aを溶接線方向に1回以上往復塗布21して溶接線左右方向の膜厚を20μm以上形成する。継手部材1a、1b、2a、2bは、板厚Tが4mm以上16mm以下のステンレス鋼または低炭素鋼である。前記I型継手部3は端面に小さな面取り加工(例えば1mm以下)がされていてもよい。そして、塗布した溶け込み促進剤4aが乾燥した後に、図7(3)に示すように、立向き姿勢で継手部3の表面側(左側面)からワイヤ送りのアーク溶接による溶融接合22(第1の溶接工程)を施工し、所定範囲の溶け込み深さ(0.5*T≦H1≦0.9*T)が得られるまで溶融接合22する。
【0065】
第1の溶接工程の溶融接合22により、継手部材の裏側1b、2bまで溶かすことなく、所定範囲の溶け込み深さH1まで確実に溶接できると共に、溶接内部に溶け込み促進剤の巻き込みによるポロシィの発生がない健全な溶融接合部8bを得ることができる。また、継手部3にギャップGや段差があったりなかったりする継手部材1a、1b、2a、2bであっても、上述したように、溶接ワイヤ7を溶接進行方向の後方からアーク溶接部分に送給することによって、溶接表面にアンダーカットや凹みがなく余盛りビードのある溶融接合部8bを得ることができる。なお、この溶融接合22によって形成された溶接ビード表面の一部にアンダーカットや凹みが生じていた場合には、溶接不良部分およびこの近傍を再溶融して溶け込みの浅い余盛りビードを形成することにより、前記アンダーカットや凹みが補修され、健全な溶接部分と類以の品質に改善することができる。
【0066】
次に、継手部材を反転しない固定状態のままで、図7(4)に示すように、溶け込み促進剤4bを塗布する以前に、反対側の継手裏面のギャップGおよびその近傍を溶融封止24(第2の封止工程)する。上述したように、溶融封止の施工24(第1の封止工程)によって、塗布時に溶け込み促進剤がギャップ内に入り込まず、溶接時のポロシティ発生要因をなくすことができる。
【0067】
図7(5)に示すように、前記溶融封止24の終了後に、第2の封止工程で溶融封止部17b表面および継手裏面側に溶け込み促進剤4bを溶接線方向に1回以上往復塗布21して溶接線左右方向の膜厚を20μm以上形成する。そして、この溶け込み促進剤4bが乾燥した後に、図7(6)に示すように、立向き姿勢のままで継手部3の裏面側(右側面)からワイヤ送りのアーク溶接による溶融接合26(第2の溶接工程)を施工し、所定範囲の溶け込み深さH2まで溶融接合26する。裏側の溶け込み深さH2は、表側の溶け込み深さH1と同程度であり、板厚Tの1/2以上9/10以下の範囲に形成するとよい。溶接電流や溶接速度など溶接入熱条件の大きさによって調整可能であり、継手部材1a、1b、2a、2bの板厚(4≦T≦16)や溶接姿勢に対応した所定範囲の溶け込み深さ(0.5*T≦H2≦0.9*T)になるように適正な溶接条件を設定して、ワイヤ送りのアーク溶接による溶融接合26を施工するとよい。
【0068】
第2の溶接工程の溶融接合26により、図7(6)(7)に示すように、継手裏面側に形成した溶融接合部9bの先端部分と、反対側の継手表面側に形成済みの溶融接合部8bの先端部分とを相互に重なり合わせる89ことができる。また、上述したように、ギャップG部分の溶融封止20、24およびワイヤ7送りのアーク溶接による溶融接合22、26によって、溶接内部に溶け込み促進剤の巻き込みによるポロシィの発生がなく、溶接表面にアンダーカットや凹みがなく余盛りビードのある溶融接合部8b、9bを得ることができる。なお、前記裏面側(右側面)の溶融接合26を先に行い、その後に前記表面側(左側面)の溶融接合22を行うように変更してもかまわない。特に、継手部材の裏返し反転作業が困難な大型構造物の溶接に適用すると大幅な工数低減およびコスト低減が可能となる。
【0069】
以上説明したように、本実施形態では、2枚の平板の側面同士を突合せてI型継手部を形成し、あるいは1枚の平板を円筒状に曲げ成形加工した側面同士を突合せてI型継手部を形成する工程と、前記継手部の表面または表裏両面のギャップ部分およびこの近傍の溶接線の全長部分を小エネルギの条件で溶融封止する封止工程と、前記溶融封止後の継手表面部に前記溶け込み促進剤を溶接線方向に1回以上往復塗布して溶接線左右方向の膜厚を20μm以上形成する第1の塗布工程と、この第1の塗布工程後に前記継手表面部を前記アーク溶接によって所定範囲の溶け込み深さまで溶融接合する第1の溶接工程と、反対側の継手裏面部に前記溶け込み促進剤を溶接線方向に1回以上往復塗布して溶接線左右方向の膜厚を20μm以上形成する第2の塗布工程と、この第2の塗布工程後に前記継手裏面部を前記アーク溶接によって所定範囲の溶け込み深さまで溶融接合する第2の溶接工程とを備える。
【0070】
このように構成することにより、従来のV型やU型等の開先加工が不要であり、作業工数を低減することができる。また、仮付け条件で溶融封止する前記封止工程により、上述したように、塗布時に溶け込み促進剤がギャップ内に入り込まず、溶接時のポロシティ発生要因をなくすことができる。
【0071】
すなわち、手間のかかる開先加工を施さないI型突合せ継手のままであっても、裏ビード形成の裏波溶接を行う必要がなく、溶け込み促進剤塗布前の溶融封止および塗布後の表裏両面溶接によってポロシティや溶け不足のない深い溶け込みの健全な溶融接合部を得ることができる。また、溶接部材継手の組立作業が容易になると共に、従来の溶接施工と比べて熱変形の低減や溶接パス数の削減が図れ、大幅な工数低減およびコスト低減が可能となる。
【0072】
また、前記溶け込み促進剤を溶接線方向に1回以上往復塗布して溶接線左右方向の膜厚を20μm以上形成する第1の塗布工程、あるいは前記第2の塗布工程とにより、溶接時に深い溶け込みが得られると同時に、片寄りのないほぼ左右対称形状の溶け込み断面を得ることができる。
【0073】
さらに、前記第1の塗布工程後に前記継手表面部を前記アーク溶接によって所定範囲の溶け込み深さまで溶融接合する第1の溶接工程と、前記第2の塗布工程後に前記残り継手裏面部を前記アーク溶接によって所定範囲の溶け込み深さまで溶融接合する第2の溶接工程を施す。これにより、開先加工を施さないI型突合せ継手のままであっても、裏ビード形成の裏波溶接を行う必要がなく、前記両面溶接によって確実に溶融接合でき、ポロシティや溶け不足のない健全な深い溶け込みの溶接断面を得ることができる。
【0074】
また、継手部3、3bにギャップGや段差bがあったりなかったりする継手部材1a、1b、2a、2bであっても、上述したように、ギャップG部分およびその近傍の溶融封止20、24およびワイヤ7送りのアーク溶接による溶融接合22、26によって、溶接内部に溶け込み促進剤の巻き込みによるポロシティの発生がなく、溶接表面にアンダーカットや凹みがなく余盛りビードのある溶融接合部8b、9bを得ることができる。
【0075】
また、溶け込みが浅い従来のTIG溶接では不可能であった深い両面溶け込み溶接が可能になり、熱変形の低減や溶接パス数の削減を図ることができる。
【0076】
また、本実施形態によれば、上述した両面溶接方法で施工され、前記I型継手部3の表側と裏側から形成した2つの溶融接合部8b、9bの先端部分同士が板厚中央部分またはその近傍部分で重なり合わせることができる。これによりポロシティや溶け不足のない深い溶け込みの健全な溶融接合部を有する溶接構造物を得ることができる。
【0077】
溶接による熱変形(反り変形)は、加熱と冷却(溶融凝固)によって生じる。これは、溶接入熱が大きく、溶接パスが多くなると増加する。特に、開先を有する片面の多パス溶接の場合に反り変形が大きくなる。この溶接による熱変形(反り変形)を低減するためには、(1)溶接パスや入熱量を低減すること、(2)片面溶接から両面溶接に変更すること、(3)開先継手をI型継手にすること、が重要である。前記図1〜図7に示した実施例は、上記(1)〜(3)の条件を全て満足しており、継手部材の表裏両面から各々の溶融接合部をほぼ均等に形成させることによって熱変形の低減を達成できる。また、溶接パス数の低減については、継手部材の表面側の1パス溶接、裏面側の1パス溶接の合計2パスでよいため、従来の開先継手の多パス溶接と比べて溶接パス数を確実に削減することができる。
【0078】
図8、9は、比較例を説明する図であり、図8は従来のTIG溶接によるI型継手の浅溶け込み形状の例、図9は従来のTIG溶接によるU型開先継手の多パス溶接形状の例を説明する図である。
【0079】
図8(1)(2)に示すように、I型突合せ部3を表裏両面から従来のTIG溶接を行った場合は、溶融接合部10a、10bの溶け込み深さH3が浅い(例えば2mm程度)ため、板厚中央部分に接合不足が発生することになり、例えば、板厚が4mmを超える継手部材に適用することができない。このため、開先加工した継手部に多パス溶接するのが一般的である。
【0080】
多パス溶接は、例えば、図9(1)(2)に示すように、U型開先継手部33を設け、その底部に裏ビードを形成させる初層裏波溶接11を施し、その後に、開先上部まで複数積層12を多パスで溶接する。
【0081】
このように従来例では多パス溶接が必要であるばかりでなく、熱変形も増加する結果に成り易い。図示していないが、V開先継手の場合には、前記U開先継手と比べて均一な裏ビードが形成しにくため、開先底部の初層裏波溶接11や開先上部までの多パス溶接12を施し、さらに、裏側の裏ビード部および未溶融部分をガウジング(裏ハツリ作業)した後に、裏側から数パスの溶接を施工することもある。
【0082】
これに対して、本実施形態によれば、上述したように、溶け込みが浅い従来のTIG溶接では不可能であった深い両面溶け込み溶接が可能になり、開先加工なしのI型継手のままであっても、溶け不足やポロシティのない良好な品質の溶接金属部を得ることができる。また、溶接部材継手の組立作業が容易になると共に、従来の溶接施工に比して熱変形を低減し、更に溶接パス数の低減を図ることができ、大幅な工数低減およびコスト低減が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】実施形態にかかる溶接方法を説明する図である。
【図2】溶け込み促進剤の継手ギャップ部への浸入に伴う溶融接合部へのポロシティの発生を説明する図である。
【図3】溶け込み促進剤の塗布膜厚変化と溶け込みの形状の変化を説明する図である。
【図4】溶け込み促進剤の塗布膜厚と溶け込み深さおよびビード幅の関係を説明する図である。
【図5】両面溶接における板厚と溶接電流および裏側の溶け込み深さの関係を説明する図である。
【図6】溶接方法の他の例を説明する図である。
【図7】溶接方法の他の例(立向き姿勢での溶接)を説明する図である。
【図8】比較例を説明する図であ。
【図9】他の比較例を説明する図である。
【符号の説明】
【0084】
1a,2a 継手部材の表面
1b,2b 継手部材の裏面
3 I型継手部
3b 継手部
4a,4b 溶け込み促進剤
5 非消耗性電極
6 アーク
7 溶接ワイヤ
8a,9a 溶融プール
8b,9b 溶融接合部
10a,10b 溶融接合部
11 初層
12 積層
17a,17b 溶融封止部
33 U開先
34 ポロシティ
35 溶接線
H1〜H3 溶け込み深さ
G ギャップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2枚の鋼板あるいは曲げ加工した1枚の鋼板の表面および裏面を揃え、その端面同士を突き合わせてI型継手部を形成する工程と、
前記I型継手部に形成されたギャップGのうち前記鋼板の表面側に形成されたギャップを封止する封止部を、該ギャップに隣接する鋼板の表面をアークにより溶融して形成する工程と、
前記形成された封止部を含む前記鋼板の表面に溶け込み促進剤を塗布する工程と、
溶け込み促進剤が塗布された前記鋼板の表面をアークにより溶融して所定深さまで溶け込ませて、前記I型継手部を表面側から溶融接合する工程と、
前記I型継手部の前記鋼板の裏面側に形成された突き合わせ部に溶け込み促進剤を塗布する工程と、
溶け込み促進剤が塗布された前記鋼板の裏面をアークにより溶融して、少なくとも前記表面側から形成された溶融接合部に達するまで溶け込ませて、前記I型継手部を裏面側から溶融接合する工程を含むことを特徴とする溶接方法。
【請求項2】
2枚の鋼板あるいは曲げ加工した1枚の鋼板の表面および裏面を揃え、その端面同士を突き合わせてI型継手部を形成する工程と、
前記I型継手部に形成されたギャップのうち前記鋼板の表面側に形成されたギャップを封止する封止部を、該ギャップに隣接する鋼板の表面をアークにより溶融して形成する工程と、
前記形成された封止部を含む前記鋼板の表面に溶け込み促進剤を塗布する工程と、
溶け込み促進剤が塗布された前記鋼板の表面をアークにより溶融して所定深さまで溶け込ませて、前記I型継手部を表面側から溶融接合する工程と、
前記I型継手部に形成されたギャップのうち前記鋼板の裏面側に形成されたギャップを封止する封止部を、該ギャップに隣接する鋼板の裏面をアークにより溶融して形成する工程と、
前記形成された封止部を含む前記鋼板の裏面に溶け込み促進剤を塗布する工程と、
溶け込み促進剤が塗布された前記鋼板の裏面をアークにより溶融して、少なくとも前記表面側から形成された溶融接合部に達するまで溶け込ませて、前記I型継手部を裏面側から溶融接合する工程を含むことを特徴とする溶接方法。
【請求項3】
請求項1記載の溶接方法において、
前記溶け込み促進剤を塗布する工程は、溶け込み促進剤を20μm以上の厚みに塗布する工程であることを特徴とする溶接方法。
【請求項4】
請求項1記載の溶接方法において、
前記鋼板はステンレスまたは低炭素鋼製であることを特徴とする溶接方法。
【請求項5】
請求項1記載の溶接方法において、
前記表面側から形成した溶融接合部と裏面側から形成した溶融接合部は板厚の中央部で重なり合っていることを特徴とする溶接方法。
【請求項6】
鋼板を突き合わせて形成したI型継手部に形成されたギャップのうち鋼板の表面側に形成されたギャップを封止する封止部を、該ギャップに隣接する鋼板の表面をアークにより溶融して形成し、形成された封止部を含む前記鋼板の表面に溶け込み促進剤を塗布し、該溶け込み促進剤が塗布された前記鋼板の表面をアークにより溶融して所定深さまで溶け込ませて、前記I型継手部の表面側に第1の溶融接合部を形成し、
前記ギャップのうち鋼板の裏面側に形成されたギャップを封止する封止部を、該ギャップに隣接する鋼板の裏面をアークにより溶融して形成し、形成された封止部を含む前記鋼板の裏面に溶け込み促進剤を塗布し、該溶け込み促進剤が塗布された前記鋼板の裏面をアークにより溶融して所定深さまで溶け込ませて、前記I型継手部の裏面側に前記第1の溶融接合部に達する第2の溶融接合部を形成したことを特徴とする溶接構造体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図5】
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