説明

溶接材料ならびに溶接継手およびその製造方法

【課題】溶接時に優れた耐凝固割れ性および耐再熱割れ性を有し、特に、多層溶接時に優れた溶接性を有する溶接材料と、その溶接材料を用いて溶接した耐メタルダスティング性に優れた溶接継手およびその製造方法の提供。
【解決手段】質量%で、C:0.04〜0.5%、Si:1〜3%、Mn:2%以下、P:0.05%以下、S:0.01%以下、Cr:25〜35%、Ni:50〜70%、Al:0.005〜0.05%、N:0.001〜0.1%、Cu:1.5〜3.5%を含有し、残部はFeおよび不純物からなる化学組成を有する溶接材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接材料ならびに溶接継手およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、石油精製、石油化学プラントなどにおける熱交換型炭化水素改質装置、廃熱回収装置などにおいては、高温雰囲気に曝される容器、反応管、部品などの部材が使用される。これらの部材には、溶接性および耐メタルダスティング性に優れた溶接継手が用いられる。
【0003】
水素、メタノールなどのクリーンエネルギの燃料ガスは、今後、大幅な需要増加が予想される。このため、従来の石油精製、石油化学プラントなどにおける改質装置には、大型化とともに、熱効率が高く量産に適した装置であることが求められる。改質装置の外、石油などを原料とするアンモニア製造装置、水素製造装置などにおいても、エネルギー効率を更に高めるために、熱交換器を用いた廃熱の有効活用が行われている。
【0004】
通常、反応管、熱交換器を構成する金属材料は、反応ガス(例えば、Hガス、COガス、COガス、HOガス、メタンその他の炭化水素を含むガス)と1000℃前後もしくはそれ以上の高温で接している。この温度域において金属材料の表面では、Fe、Niなどよりも酸化傾向の大きいCr、Siなどの元素が選択的に酸化される。その結果、酸化Cr、酸化Siなどの緻密な酸化皮膜が形成して、腐食が抑制される。
【0005】
しかし、廃熱利用のための熱交換器では、従来よりも低い400〜700℃の温度域における熱交換が行われる。このような低温域では、元素の金属材料中から表面への拡散が不十分となって、腐食抑制効果のある酸化皮膜の形成が遅れる。その結果、反応ガスからC原子が金属材料表面に吸着され、金属材料中にCが侵入し、浸炭が生じる。
【0006】
このような環境下で浸炭が進み、Cr、Feなどの炭化物を含む浸炭層が形成されるとその部分の体積が膨張し、その結果、微細な割れが生じやすくなる。更に、Cが金属材料中に侵入して炭化物の形成が飽和すると、炭化物が分解して分解された金属粉末が金属材料表面から剥離し、メタルダスティングといわれる腐食消耗が進行する。又、剥離した金属粉末が触媒となり、金属材料表面での炭素析出が促進される。このような損耗または炭素析出による管内閉塞が拡大すると、装置故障等による操業中断に到る恐れがあるので、装置部材としての材料選定に十分な配慮が必要である。
【0007】
特許文献1および特許文献2では、SiおよびCuを添加することにより、優れた耐メタルダスティング性を発現した金属材料に関する発明が開示されている。しかし、これらの文献では、金属材料を溶接して構造物として組み上げるために必要な溶接材料について開示されていない。特に、Siは溶接時における凝固割れ感受性を著しく増大させる元素である。このため、この金属材料の溶接に用いる溶接材料は、耐メタルダスティング性を満足しつつ凝固割れを防止できる性能を持たなければならない。
【0008】
特許文献3には、Tiを適正添加することによりSiの悪影響を無害化した溶接材料およびそれを用いた溶接継手に関する発明が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2003−073763号公報
【特許文献2】特開2004−197150号公報
【特許文献3】特開2006−45597号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献3に開示された溶接材料は、Tiを添加することで優れた耐凝固割れ性を得るものであるが、本発明者らの研究により、その溶接材料を用いて多層溶接した際、特に母材の流入量が多い初層溶接部において、再熱割れが生じやすくなる場合があることが明らかとなった。
【0011】
本発明は、このような問題を解決するためになされたものであり、溶接時に優れた耐凝固割れ性および耐再熱割れ性を有し、特に、多層溶接時に優れた溶接性を有する溶接材料と、その溶接材料を用いて溶接した耐メタルダスティング性に優れた溶接継手およびその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、高濃度のSiおよびCuを含有させた高Cr−高Ni合金(以下、「高Si高Cu高Cr高Ni合金」と呼ぶ。)をベースとして、溶接継手とした場合には優れた耐メタルダスティング性を有し、溶接時には、優れた耐凝固割れ性および耐再熱割れ性を有する、溶接材料の化学組成を見出すために種々の検討を行い、下記の知見を得た。
【0013】
(a)再熱割れは、母材および溶接材料が混合して得られる溶接金属に対して、次パスの溶接熱サイクルが付与されることによって粒界がすべることで生じる、延性低下割れの一種である。溶接凝固過程においてPおよびSが凝固偏析すると、粒界が脆化する。このように脆化した粒界に、次パスの冷却過程における溶接熱応力に起因した引張り応力が作用するために粒界のすべりが生じる。
【0014】
(b)再熱割れを抑制するために、母材および溶接材料中のP量およびS量を極低レベルまで低減することが有効であるが、高Si高Cu高Cr高Ni合金では、Crによる粒内の固溶強化が大きいため、相対的な粒界への負荷が大きくなる。このため、P量およびS量を低減するだけでは、再熱割れの防止は困難である。
【0015】
(c)溶接凝固過程において意図的に化合物を多量に晶出させることができれば、粒界でのPおよびSの偏析を緩和し、また分散させることができ、しかも、粒界そのものを強化することができるので、次パスの熱応力に対する抵抗力を向上して再熱割れ感受性を低減できる。
【0016】
本発明者らは、更に、凝固過程において化合物を多量に晶出させると、凝固の進行を促進するので、高Si高Cu高Cr高Ni合金においてSiを含有することによる凝固割れも併せて防止できると考え、更に研究を重ねた。その結果、下記の知見を得た。
【0017】
(d)高Si高Cu高Cr高Ni合金では、Cr含有量が多いため、Cr系炭化物は高温まで安定であると考えられる。そのため、C量を増加することによって、溶接凝固過程の初期段階から、MやM23のようなCr系炭化物を晶出させることができ、その結果、凝固の進行を促進でき、凝固割れ感受性を低減できる。しかも、凝固後の溶接金属は、粒界に多量のCr系炭化物が残存して粒界が強化されることから、次パスの熱応力に対する抵抗力が増大して再熱割れ感受性も低減できる。
【0018】
そこで、本発明者らは、C量を変化させた溶接材料を作製し、凝固割れおよび再熱割れ感受性を調査した。その結果、下記の知見を得た。
【0019】
(e)少なくとも0.04%以上のCを含有させれば凝固割れおよび再熱割れ感受性の低減が可能である。
【0020】
本発明者らは、Ti含有量の影響も調査した。その結果、下記の知見を得た。
【0021】
(f)高Si高Cu高Cr高Ni合金にTiを含有させると、粒界でのCr系炭化物の生成量が低下して再熱割れ感受性が増大する。よって、Cr系炭化物を用いて凝固割れ感受性および再熱割れ感受性を低減する場合には、Tiは無添加とすることが望ましい。
【0022】
上記のように、凝固割れおよび再熱割れ感受性の低減のみの観点からは、C量は多ければ多いほど有効である。しかし、本発明者らの研究により、高濃度のCを含有させると別の問題が生じることがわかった。すなわち、多層溶接においてはウィービングが行われる。ウィービングはアークを揺動させて1回の溶接での溶着量を増やして溶接性(溶接施工能率)を向上させる技術である。高濃度のCを含有した高Si高Cu高Cr高Ni合金で構成される溶接材料を用いてウィービング溶接すると、ビード表面に欠陥が生じるのである。
【0023】
本発明者らは、その欠陥の発生機構が下記のものであると考えた。
【0024】
すなわち、ウィービングによって溶融部は揺動するが、高Si高Cu高Cr高Ni合金で構成される溶接材料においては、Si、CrおよびNiが溶融部の粘度を下げ、ウィービングによる溶融金属の流れを生じやすくする。その結果、ウィービングでの折り返し点近傍では、特にSi、Pなどの元素が顕著に濃化しやすくなり、異相偏析が生じてビードの極表層に割れが生じる。特に、C量を増加した場合には、Cも併せて異相偏析するため割れ感受性が増大し、且つ凝固時に多量のCr系炭化物が晶出するため、溶接金属の延性が低下してビード極表層の微割れを進展し、欠陥を多量に生じさせてしまう。
【0025】
本発明者らは、上記の考え方に基づいて、Cを含有させて耐凝固割れおよび耐再熱割れ性を確保しつつ、この欠陥を抑制可能な多層溶接時のウィービング条件を探索した。その結果、下記の知見を得た。
【0026】
(g)ウィービングする場合におけるウィービング回数が100回/分以下(ウィ−ビングなしも含む)で、かつ溶接材料の送給速度が400mm/分以上にすれば多層溶接時にウィービングした際の欠陥を低減することができる。
【0027】
本発明は、上記の知見に基づいて完成したものであり、下記の溶接材料、ならびに、溶接継手およびその製造方法を要旨とする。
【0028】
(1)質量%で、C:0.04〜0.5%、Si:1〜3%、Mn:2%以下、P:0.05%以下、S:0.01%以下、Cr:25〜35%、Ni:50〜70%、Al:0.005〜0.05%、N:0.001〜0.1%およびCu:1.5〜3.5%を含有し、残部はFeおよび不純物からなる化学組成を有する溶接材料。
【0029】
(2)Feの含有量が、質量%で、10%以下である上記(1)の溶接材料。
【0030】
(3)質量%で、更に、下記の(a)〜(c)に掲げる元素から選択される1種以上の元素を含有する上記(1)または(2)の溶接材料。
(a)Mo:3%以下
(b)B:0.005%以下、Ca:0.02%以下およびMg:0.02%以下
(c)REM:0.05%以下
【0031】
(4)ウィービング速度が100回/分以下で、かつ溶接材料の送給速度が400mm/分以上の条件で行うGTAWまたはGMAWによる多層溶接に用いられる上記(1)から(3)までのいずれかの溶接材料。
【0032】
(5)質量%で、Si:1〜3%、Cr:25〜35%、Ni:50〜70%およびCu:1.5〜3.5%を含有する母材と、上記(1)から(3)までのいずれかの化学組成を有する溶接材料を用いてなる溶接金属とからなる溶接継手。
【0033】
(6)質量%で、Si:1〜3%、Cr:25〜35%、Ni:50〜70%およびCu:1.5〜3.5%を含有する母材を、上記(1)から(3)までのいずれかの化学組成を有する溶接材料を用いて、GTAWまたはGMAWによる多層溶接して溶接継手を製造する方法であって、
ウィービング速度が100回/分以下で、かつ溶接材料の送給速度が400mm/分以上の条件で溶接する溶接継手の製造方法。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、溶接時に優れた耐凝固割れ性および耐再熱割れ性を有し、特に、多層溶接時に優れた溶接性を有する溶接材料を提供するとともに、耐メタルダスティング性に優れた溶接継手およびその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0035】
1.溶接材料および溶接金属
本発明において溶接材料およびその溶接材料を用いて溶接した溶接金属の組成を限定する理由は次のとおりである。なお、以下の説明において、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0036】
C:0.04〜0.5%
Cは、溶接凝固過程にてCr系炭化物を晶出させて凝固割れ感受性および再熱割れ感受性を低減するのに有効である。そのためには、Cを0.04%以上含有させる必要がある。しかし、その含有量が0.5%を超えると溶接継手の延性および靭性が低下するとともに、多層溶接においてウィービングする場合にビード表面に欠陥を生じやすくなり、溶接性が劣化する。そのため、Cの含有量を0.04〜0.5%とした。なお、C含有量の下限は、0.05%とするのが好ましく、上限は、0.4%とすることが好ましい。C含有量の上限は、0.3%とするのがより好ましい。
【0037】
Si:1〜3%
Siは、溶接継手表面のCr酸化皮膜の下層にSi酸化皮膜を形成して溶接継手中へのCの侵入を抑制するとともに溶接継手中のCの活量を高めて、耐メタルダスティング性を大幅に向上させる作用も有する。これらの効果を得るためには、Siの含有量は1%以上とする必要がある。しかし、Siの含有量が過剰な場合、凝固割れ感受性の低下をきたす。特に、その含有量が3%を超えると、熱間加工性および溶接性の低下が著しくなる。したがって、Si含有量を1〜3%とした。Si含有量の下限は、1.3%が好ましく、上限は2.0%が好ましい。
【0038】
Mn:2%以下
Mnは、不純物として含まれるSによる熱間加工脆性を抑制するとともに、溶製時の脱酸効果に有効な元素である。しかし、Mnは凝固割れ感受性を増大させる元素であり、しかも、溶接継手中のCの活量を低下させ、溶接継手表面におけるCrおよびAlの酸化皮膜の形成を阻害するので、雰囲気からのCの侵入を促進し、メタルダスティングを発生させやすくする。従って、Mnの含有量の上限は2%とした。Mn含有量の上限は1%とすることが好ましく、0.8%とするのがより好ましい。上記の効果は、Mnを微量でも含有しておれば得られるが、0.05%以上含有させた場合に顕著となる。
【0039】
P:0.05%以下、
Pは金属材料を溶製する際に原料などから混入してくる不純物元素であり、耐食性の低下を招き、凝固割れ感受性を劣化させるので、可能な限り低減することが望ましい。但し、Pの含有量は0.05%まで許容できる。P含有量は0.03%以下であれば好ましく、0.02%以下であればより好ましい。
【0040】
S:0.01%以下
Sも金属材料を溶製する際に原料などから混入してくる不純物元素であり、耐食性の低下を招き、凝固割れ感受性を劣化させるので、可能な限り低減することが望ましい。但し、Sの含有量は0.01%まで許容できる。Sの含有量は0.007%以下であればこのましく、0.002%以下であればより好ましい。
【0041】
Cr:25〜35%
Crは、使用環境において、侵入したCと結合して浸炭層の成長を遅延する作用を有し、これにより良好な耐メタルダスティング性が確保される。この効果は、その含有量が25%以上の場合に発揮される。一方、その含有量が35%を超えると、靱性および延性が低下し、溶接によって得られる溶接金属の使用性能が劣化する。したがって、Crの含有量を25〜35%とした。Cr含有量の好ましい下限は、28%であり、好ましい上限は33%である。
【0042】
Ni:50〜70%
Niは、高温強度の向上および組織安定性に寄与し、Crと共存することによって耐食性を高める作用を有する。Niには、メタルダスティングの発生を抑制する効果もある。これらの効果は、Niの含有量が50%以上で顕著に発揮され、その量が多いほど効果が顕著になる。しかし、その含有量が70%を超えると、経済性が劣化し、合金コストの上昇をきたす。したがって、Niの含有量を50〜70%とした。Niの含有量の下限は55%とするのが好ましい。
【0043】
Al:0.005〜0.05%
Alは、金属材料の溶製時に脱酸作用を有する。Alには、母材および溶接金属からなる溶接継手表面のCr酸化皮膜の下層にAl酸化皮膜を形成すること、又は溶接継手の最表面でAl酸化皮膜を形成することによって、Cの金属材料中への侵入を抑制するとともに、金属材料中のCの活量を高めて、耐メタルダスティング性を大幅に向上させる作用もある。これらの効果を得るためには、Alの含有量は0.005%以上とする必要がある。しかし、Alの過剰な含有は、溶接部の靱性の劣化をきたす。従って、Alの含有量を0.005〜0.05%とした。Al含有量の上限は0.04%とするのが好ましい。
【0044】
N:0.001〜0.1%
Nは、溶接金属中のCの活量を高めて、耐メタルダスティング性を向上させる作用を有する。しかし、その含有量が0.001%未満では前記効果が十分には得られない。一方、Nの含有量が0.1%を超えると、CrまたはAlの窒化物が多く形成されて、溶接金属の延性および靱性が低下する。したがって、N含有量を0.001〜0.1%とした。N含有量の上限は、0.05%とすることが好ましく、0.025%とするのがより好ましい。
【0045】
Cu:1.5〜3.5%
Cuは、溶接継手中のCの活量を高め、その結果、浸炭層の成長を抑制して耐メタルダスティング性を向上させる。この効果は、Cuを1.5%以上含有することで得られる。しかし、Cuの含有量が過剰な場合、凝固割れ感受性を増大させる。したがって、Cuの含有量を1.5〜3.5%とした。Cu含有量の好ましい下限は、1.8%であり、好ましい上限は2.5%である。
【0046】
本発明に係る溶接材料の一つは、上記の化学組成を有し、残部はFeおよび不純物からなるものである。
【0047】
Feは耐メタルダスティング性を低下させるため、残部としてのFeの含有量は、10%以下とするのが好ましい。また、Fe含有量を低減すると、Cr系炭化物の晶出後の凝固の進行を促進して凝固割れ感受性を低減することが可能となるため、Feの含有量は低減するほうがよく、Feの含有量のより好ましい上限は5%であり、更に好ましいのは3%である。さらには不純物レベル程度の量であってもよい。
【0048】
なお、不純物とは、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0049】
本発明に係る溶接材料は、Feの一部に代えて、下記の(a)〜(c)に掲げる元素から選択される1種以上の元素を含有してもよい。
【0050】
(a)Mo:3%以下
Moの含有は、Mの安定性を低下させ、Cr系炭化物の晶出量を低減させる。そのため、溶接性の観点からは極力低減する方が好ましい。しかしながら、浸炭層の成長を抑制して耐メタルダスティング性を高める作用を有するので、含有させてもよい。Moを含有させる場合の含有量を3%以下とした。Mo含有量は、2.3%以下とするのが好ましい。Moによる耐メタルダスティング性の改善効果は、0.05%以上含有させた場合に顕著となる。
【0051】
(b)B:0.005%以下、Ca:0.02%以下およびMg:0.02%以下
これらの元素は、いずれも溶接材料の伸線時における加工性を高める作用を有する元素であるので、含有させてもよい。しかし、Bの含有量が過剰な場合、凝固割れ感受性の低下を招く。したがって、Bを含有させる場合の含有量を0.005%以下とした。CaおよびMgの含有量が過剰な場合、酸化物系介在物となって製品表面品質の劣化および耐食性の低下を招く。したがって、CaおよびMgを含有させる場合の含有量は、それぞれ0.02%以下とした。これらの元素はいずれか1種のみ又は2種以上の複合で含有させることができる。いずれの元素も微量でも含有すれば、上記の効果が得られるが、いずれも0.0005%以上含有させた場合に上記の効果が顕著となる。
【0052】
(c)REM:0.05%以下
REMは、PまたはSと結合して化合物を形成することでPまたはSの粒界偏析を抑制し、再熱割れ感受性を低減させる。また、高温でのスケール剥離性を改善する効果も有し、耐食性の向上に寄与する。よって、REMを含有してもよい。REM(希土類元素)とは、ランタノイドの15元素にYおよびScを合わせた17元素を意味し、その中では特にY、La、CeおよびNdから選択される1種以上を用いることが好ましい。しかし、REMの含有量が過剰な場合、凝固割れ感受性の増大の抑制と高C化による溶接部の延性・靱性の劣化の抑制を両立させることが困難である。したがって、REMを含有させる場合の含有量を0.05%以下とした。REMの含有量は0.03%以下とするのが好ましい。なお、上記の効果は、REMを微量でも含有しておれば得られるが、0.005%以上含有させた場合に顕著となる。
【0053】
2.母材
本発明において母材の組成を限定する理由は次のとおりである。
【0054】
Si:1〜3%
Siは、母材表面のCr酸化皮膜の下層にSi酸化皮膜を形成して母材中へのCの侵入を抑制するとともに、母材中のCの活量を高めて耐メタルダスティング性を大幅に向上させる作用も有する。この効果を確実に得るためには、その含有量を1%以上とする必要がある。しかし、その含有量が3%を超えると、熱間加工性および溶接性の劣化をきたす。したがって、母材中のSi含有量を1〜3%とした。
【0055】
Cr:25〜35%
Crは、高温の使用環境において、母材中に侵入したCと結合して浸炭層の成長を遅延する作用を有し、これによって良好な耐メタルダスティング性が確保される。この効果を安定して得るためには、Crを25%以上含有させる必要がある。しかし、その含有量が35%を超えると、靱性の低下および熱間加工性の劣化が生じて母材製造が困難になる。したがって、母材中のCr含有量を25〜35%とした。
【0056】
Ni:50〜70%
Niは、高温強度および組織安定性を維持し、Crと共存することによって耐メタルダスティング性を高める作用を有する。この効果を確実に得るためには、Niを50%以上含有させる必要がある。しかし、70%を超えて含有させると、母材の製造コストを増加させる。したがって、母材中のNi含有量を50〜70%とした。
【0057】
Cu:1.5〜3.5%
Cuは、母材中のCの活量を高め、その結果、浸炭層の成長を抑制して耐メタルダスティング性を向上させる効果を有する。この効果を確実に得るためには1.5%以上含有させることが必要である。しかし、その含有量が3.5%を超えると、靱性および熱間加工性の低下が著しくなる。したがって、母材中のCu含有量を1.5〜3.5%とした。
【0058】
本発明の溶接継手を構成する母材は、上記の化学組成を有し、残部がFeおよび不純物からなるものでもよいし、その他、以下に述べる量の元素を含み、残部がFeおよび不純物からなるものであることがより好ましい。上記以外に含有させる元素としては、下記のものが挙げられる。
【0059】
C:0.01〜0.2%
Cは、母材強度を高める作用を有するので、母材に含有させてもよい。この効果を確実に得るためにはCを0.01%以上含有させるのが好ましい。しかし、その含有量が0.2%を超えると、母材の熱間加工性を劣化させるおそれがある。したがって、Cの含有量は0.01〜0.2%とするのが好ましい。
【0060】
Mn:2.0%以下
Mnは、不純物として含まれるSによる熱間加工脆性を抑制する作用を有するので、母材に含有させてもよい。しかし、Mnの含有量が2.0%を超えると、母材中のCの活量を低下させ、母材表面におけるCrおよびAlの酸化皮膜の形成を阻害するので、雰囲気からのCの侵入を促進してメタルダスティングを発生させやすくする。したがって、Mnの含有量の上限は2.0%とするのが好ましい。上記の効果を確実に得たい場合は、Mnを0.05%以上含有させるのが好ましい。
【0061】
P:0.04%以下
Pは、母材を溶製する際に原料等から混入してくる不純物であり、耐食性の低下を招き、熱間加工性および溶接性を劣化させるので、可能な限り低減することが望ましい。したがって、母材中のP含有量は0.04%以下とすることが好ましい。
【0062】
S:0.01%以下
Sも母材を溶製する際に原料等から混入してくる不純物であり、耐食性の低下を招き、熱間加工性および溶接性を劣化させるので、可能な限り低減することが望ましい。母材中のS含有量は0.01%以下とすることが好ましい。
【0063】
Al:0.001〜0.05%
Alは、母材の溶製時に脱酸作用を有するので、母材に含有させてもよい。この効果を確実に得るためには、Alを0.001%以上含有させるのが好ましい。しかし、その含有量が0.05%を超えると、母材の熱間加工性を劣化させるおそれがある。したがって、Alの含有量は0.001〜0.05%とするのが好ましい。
【0064】
N:0.001〜0.2%
Nは、母材中のCの活量を高めて耐メタルダスティング性を向上させる作用を有するので、母材に含有させてもよい。この効果を確実に得るためには0.001%以上含有させるのが好ましい。しかし、その含有量が0.2%を超えると、Cr窒化物が多く形成されて、熱間加工性および溶接性を低下させるおそれがある。したがって、Nの含有量は0.001〜0.2%とするのが好ましい。
【0065】
母材には、更に、Feの一部に代えて、下記の(d)〜(f)に掲げる元素から選択される1種以上の元素を含有させてもよい。
【0066】
(d)Mo:10%以下、Ta:5%以下、W:5%以下、Ti:3%以下、V:1%以下、Zr:3%以下、Nb:3%以下およびHf:1%以下
Mo、Ta、W、Ti、V、Zr、NbおよびHfは、いずれも炭化物形成元素であり、浸炭層の成長を抑制して耐メタルダスティング性を高める作用を有する。また、高温強度を高める作用もある。よって、母材に含有させてもよい。しかし、いずれの元素もその含有量が過剰な場合には、熱間加工性、靱性および溶接性の大きな低下を招くおそれがある。よって、これらの元素を含有させる場合には、Mo含有量は10%以下、Ta含有量は5%以下、W含有量は5%以下、Ti含有量は3%以下、V含有量は1%以下、Zr含有量は3%以下、Nb含有量は3%以下およびHf含有量は1%以下とするのがよい。これらの効果を確実に得るためには、Mo、TaおよびWは、それぞれ0.05%以上の含有量とすることが好ましく、Ti、V、Zr、NbおよびHfは、それぞれ0.01%以上の含有量とすることが好ましい。
【0067】
(e)B:0.02%以下、Ca:0.02%以下およびMg:0.02%以下
B、CaおよびMgは、いずれも熱間加工性を高める作用を有するので、母材に含有させてもよい。しかし、Bの含有量が0.02%を超えると、母材が脆化するとともに融点が低下して熱間加工性と溶接性の低下を招くおそれがある。また、CaおよびMgは、それぞれ0.02%を超える含有量では酸化物系介在物となって製品表面品質の劣化や耐食性の低下を招くおそれがある。したがって、B、CaおよびMgの含有量の上限はそれぞれ0.02%とするのが好ましい。この効果を確実に得るには、いずれも0.0005%以上含有させるのが好ましい。
【0068】
(f)REM:0.05%以下
REMは、使用環境において母材表面に生成するCr酸化皮膜の均一性を良好にして密着性を向上させ、耐メタルダスティング性を高める作用を有するので、母材に含有させてもよい。しかし、その含有量が0.05%を超えると、溶接性を劣化させる。したがって、REMの含有量の上限は0.05%とするのが好ましい。この効果を確実に得るためには、0.005%以上含有させることが好ましい。
【0069】
3.溶接継手の製造方法
本発明の溶接継手の製造方法には特に制約はないが、例えば、前掲の化学組成を有する母材を、前掲の化学組成を有する溶接材料を用いて、GTAW(Gas tungsten arc welding)またはGMAW(Gas metal arc welding)による多層溶接して溶接継手を製造することができる。これは、本発明の溶接材料が、凝固割れおよび再熱割れ感受性に優れているため、本発明の溶接材料を用いて、再加熱割れが問題となりやすいGTAWまたはGMAWによる多層溶接を行っても、再加熱割れが生じることがないからである。
【0070】
ここで、GTAWまたはGMAWによる多層溶接によって溶接継手を製造する際には、ウィービング速度が100回/分以下で、かつ溶接材料の送給速度が400mm/分以上とすることが好ましい。
【0071】
ウィービング速度が100回/分を超える場合、溶接ビード表面にて多量の欠陥が生じるおそれがある。そのため、ウィービング溶接する場合の速度は100回/分以下とするのがより好ましい。
【0072】
溶接材料の送給速度が400mm/分未満の場合も同様に、溶接ビード表面にて多量の欠陥が生じるおそれがある。そのため、ウィービング溶接する際の溶接材料の送給速度は400mm/分以上とするのがより好ましい。
【実施例1】
【0073】
以下、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0074】
高周波加熱真空炉を用いて、表1に示す化学組成の金属材料を溶製した。
<凝固割れ感受性>
溶製した各金属材料のインゴットを通常の方法で鍛造した後、1200℃で固溶化熱処理を施し、厚さ4mm、幅100mm、長さ100mmのトランスバレストレイン用試験片を作製した。その後、溶接電流100A、アーク長2mm、溶接速度15cm/minの条件にてGTAWによりビードオンプレート溶接を行った。溶融池が試験片の長手方向の中央部に到達したとき、試験片に曲げ変形を加え、溶接金属に付加歪みを与えて割れを発生させた。付加歪みは、最大割れ長さが飽和する2%とした。評価は、溶接金属内に生じた最大割れ長さを測定し、溶接材料が有する凝固割れ感受性評価指標とした。その結果を表3に示す。
【0075】
<多層溶接時における割れ感受性>
溶製した各金属材料のインゴットから、熱間鍛造、熱間圧延および機械加工により、1.2φ(mm)の巻き線、および2.0φ×1000mmの直棒を作製した。また、溶製した各金属材料のインゴットから熱間鍛造、熱間圧延、熱処理および機械加工により厚さ12mm、幅150mm、長さ150mmの板材を作製した。その後、作製した板材の上に、巻き線を用いて下記の条件で自動GTAWにてビードオンプレート溶接を実施した。その後、得られた溶接ビードに対して浸透探傷試験を実施し、ビード表面にて生じる欠陥を検出した。その結果を表3に示す。
【0076】
溶接電流:100(A)
アーク長:2(mm)
溶接速度:5(cm/min)
ウィービング条件
幅:2(mm)
速度:100(回/min)
ワイヤー送給速度:316、380または450(mm/min)
【0077】
<初層溶接金属中における再熱割れ性および耐メタルダスティング性>
高周波加熱真空炉を用いて、表2に示す化学組成の金属材料を溶製、鍛造した後、1200℃で固溶化熱処理を施し、ルート厚さ1.0mmの60°V開先加工を施した厚さ12mm、幅50mm、長さ100mmの拘束溶接割れ試験片に加工した。その後、上記の直棒および巻き線を用いてGTAWによる多層溶接を実施した。初層の溶接条件は溶接電流100A、アーク長2mm、溶接速度10cm/minにて直棒を用いて手動溶接した。二層目以降の溶接条件は130A、アーク長2mm、溶接速度10cm/minにて巻き線を用いて自動溶接した。また、その際のフィラー送給速度は450mm/minであり、ウィービングは行わなかった。
【0078】
作製された溶接継手より断面ミクロおよび耐メタルダスティング性評価用試験片を採取した。採取した断面ミクロを研磨・腐食後、光学顕微鏡にて初層溶接金属中における再熱割れの発生有無および割れの長さを計測した。また、採取したメタルダスティング腐食評価用試験片は、体積比で26%H−60%CO−11.5%CO−2.5%HOの雰囲気中で、650℃にて1000時間保持する試験を行い、その後、試験片の表面堆積物を除去し、超音波洗浄を施した後、光学顕微鏡にてピットの発生有無を調査した。これらの結果を表3に示す。
【0079】
【表1】

【0080】
【表2】

【0081】
【表3】

【0082】
なお、「トランスバレストレイン試験における最大割れ長さ」(凝固割れ感受性)は、完全オーステナイト凝固するAlloy800H溶接金属のトランスバレストレイン試験により評価された最大割れ長さ(1.3mm以下)を基準とする。
【0083】
「多層溶接時におけるビード表面の割れ感受性」は、ビード全長において10個以上の欠陥指示模様が認められたものを「×」、1個以上10個未満のものを「○」、全く欠陥が認められなかったものを「◎」として評価した。
【0084】
「初層溶接金属での再熱割れ」は、得られた初層溶接金属全体において発生した最大割れ長さが200μmを超えるものを「×」、200μm以下のものを「○」、全く割れが生じなかったものを「◎」として評価した。
【0085】
「溶接金属の耐メタルダスティング性」は、溶接金属にてピットが発生したものを「×」、ピットが発生しなかったものを「○」として評価した。
【0086】
表3に示すように、Tiを含有するNo.13の溶接材料を用いた場合では、凝固割れ感受性および耐メタルダスティング性は良好であるものの、再熱割れ感受性が高かった。
【0087】
一方、C量が本発明で規定される範囲を下回るNo.14の溶接材料を用いた場合では、凝固割れ感受性が劣化していた。拘束溶接割れ試験にて初層溶接時に凝固割れが生じていたため、再熱割れなどの試験は行わなかった。
【0088】
C量が本発明で規定される範囲を上回るNo.15の溶接材料を用いた場合には、凝固割れ感受性、再熱割れ感受性および耐メタルダスティング性は優れているものの、多層溶接時のビード表面に多数の欠陥指示模様が認められ、溶接性が劣化していた。
【0089】
これに対し、本発明で規定される成分範囲を全て満足するNo.1〜12の溶接材料を用いた場合には、凝固割れ感受性および再熱割れ感受性は非常に優れており、いずれのフィラー送給速度においても多層溶接時においても優れた耐割れ性を有していた。さらに、溶接金属での耐メタルダスティング性も優れていた。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明の溶接材料は、溶接時に優れた耐凝固割れ性および耐再熱割れ性を有し、特に、多層溶接時に優れた溶接性を有し、また、本発明の溶接継手は耐メタルダスティング性に優れている。このため、石油精製、石油化学プラントなどにおける加熱炉管、配管または熱交換器管などに利用することができ、装置の溶接施工性、耐久性、安全性などを大幅に向上させることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.04〜0.5%、Si:1〜3%、Mn:2%以下、P:0.05%以下、S:0.01%以下、Cr:25〜35%、Ni:50〜70%、Al:0.005〜0.05%、N:0.001〜0.1%およびCu:1.5〜3.5%を含有し、残部はFeおよび不純物からなる化学組成を有することを特徴とする溶接材料。
【請求項2】
Feの含有量が、質量%で、10%以下であることを特徴とする請求項1に記載の溶接材料。
【請求項3】
質量%で、更に、下記の(a)〜(c)に掲げる元素から選択される1種以上の元素を含有することを特徴とする請求項1および2に記載の溶接材料。
(a)Mo:3%以下
(b)B:0.005%以下、Ca:0.02%以下およびMg:0.02%以下
(c)REM:0.05%以下
【請求項4】
ウィービング速度が100回/分以下で、かつ溶接材料の送給速度が400mm/分以上の条件で行うGTAWまたはGMAWによる多層溶接に用いられることを特徴とする請求項1から3までのいずれかに記載の溶接材料。
【請求項5】
質量%で、Si:1〜3%、Cr:25〜35%、Ni:50〜70%およびCu:1.5〜3.5%を含有する母材と、請求項1から請求項3までのいずれかに記載の化学組成を有する溶接材料を用いてなる溶接金属とからなることを特徴とする溶接継手。
【請求項6】
質量%で、Si:1〜3%、Cr:25〜35%、Ni:50〜70%およびCu:1.5〜3.5%を含有する母材を、請求項1から3のいずれかに記載の化学組成を有する溶接材料を用いて、GTAWまたはGMAWによる多層溶接して溶接継手を製造する方法であって、
ウィービング速度が100回/分以下で、かつ溶接材料の送給速度が400mm/分以上の条件で溶接することを特徴する溶接継手の製造方法。

【公開番号】特開2012−647(P2012−647A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−138310(P2010−138310)
【出願日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】