説明

溶接構造物及び構造物の溶接方法

【課題】発電プラントを構成する溶接構造物及び構造物の溶接方法において、き裂の発生及び進展を抑制することによって構造物の長寿命化を実現すること。
【解決手段】少なくとも腐食環境と接触する溶接構造物10において、被溶接領域12内に、オーステナイトからマルテンサイト又はベイナイトに変態する溶接材料を溶着してなる第1溶接材料層13を、この第1溶接材料層13の表面を含み腐食環境と接触する領域に、母材11a,11bと同等以上の耐腐食性をもつ溶接材料を溶着してなる第2溶接材料層14を有した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温・腐食環境で使用される溶接構造物及び構造物の溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
火力及び原子力等の発電プラントを構成する構造物の継手溶接や欠陥部分の切削を行なうに伴って、構造物内部に残留応力が形成される場合があることが知られている。溶接によって形成される残留応力は、その応力値が引張側であった場合、構造物の健全性に重大な影響を及ぼすき裂状欠陥の発生・進展を加速させる恐れがある。よって、構造物の残留応力を低減する技術開発が望まれている。
【0003】
一方、構造物中に発生した欠陥部分としてのき裂について、破壊力学解析を用いてき裂のある構造物の形状、外荷重、および破壊に対する材料抵抗の関係を基に、その後の使用において安全性に影響がないかどうかを評価し、構造材中にき裂が存在した場合でも健全性に影響が小さい場合は、構造物の継続使用を可能であるとする欠陥許容の考え方の構造物保守基準への取り入れが進められてきている。例えば、原子力プラントの構造物においても、2003年9月の省令62号一部改正により、原子炉施設の機器にひび割れが認められる場合でも健全性が維持できる場合はひび割れを残したまま運転できるという基準が法制化されている。このような欠陥許容運転下では、万が一構造物にき裂状の欠陥が発生した場合でも、き裂の進展を抑制し、き裂寸法を構造物が最終的な破壊に至らない範囲にとどめておくことができる場合、構造物の寿命を大幅に延長させることができる。
【0004】
以上のような背景から、溶接構造物の残留応力を低減する技術としてのショットピーニングやレーザピーニングによって、溶接構造物の表面に圧縮の残留応力を形成させ、溶接構造物の応力腐食割れ(SCC:Stress Crack Corrosion)に対する耐久性の向上させることで構造物の長寿命化を図ってきた。
【0005】
また、溶接構造物の残留応力を低減する技術として、Ms温度(マルテンサイト変態開始温度)が低い材料を溶接材料とし、溶接材料のオーステナイトからマルテンサイトへの変態開始温度を150℃〜350℃とし残留応力を低減し、場合によっては、圧縮残留応力を与えることができる溶接継手が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
【特許文献1】特開2004−136311号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、ショットピーニングやレーザピーニングは、材料表面に圧縮の残留応力を形成できるが、表面改質の効果は、構造物表面付近の数mmの範囲に限られてしまうので、範囲を超える深いき裂が発生した場合には、き裂進展抑制効果が不十分であった。
【0007】
また、Ms温度が低い材料、例えばオーステナイトステンレス鋼や、ニッケル基耐熱合金等と比較すると耐腐食性を付与するための合金元素の含有量が低く、相対的に耐腐食性に劣る。よって、腐食環境下に置かれる場合が多い発電プラントにおいて溶接構造物を使用した場合、構造物の一部分である溶接材料のみが腐食され、応力腐食割れによるき裂が発生してしまい、構造物の長寿命化が阻害されてしまうという問題があった。
【0008】
本発明は、上述した事情を考慮してなされたもので、き裂の発生と進展を抑制することによって、構造物の長寿命化を実現できる溶接構造物及び構造物の溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る溶接構造物は、上述した課題を解決するために、少なくとも腐食環境と接触する溶接構造物において、被溶接領域内に、オーステナイトからマルテンサイト又はベイナイトに変態する溶接材料を溶着してなる第1溶接材料層を、前記第1溶接材料層の表面を含み前記腐食環境と接触する領域に、母材と同等以上の耐腐食性をもつ溶接材料を溶着してなる第2溶接材料層を有した。
【0010】
本発明に係る構造物の溶接方法は、上述した課題を解決するために、少なくとも腐食環境と接触する構造物の溶接方法において、被溶接領域内に、オーステナイトからマルテンサイト又はベイナイトに変態する溶接材料が溶着された後、その溶接材料の表面を含み前記腐食環境と接触する領域に、母材と同等以上の耐腐食性をもつ溶接材料が溶着される。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る溶接構造物及び構造物の溶接方法によると、構造物の長寿命化を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明に係る溶接構造物及び構造物の溶接方法の実施形態について、添付図面を参照して説明する。
【0013】
図1は、本発明に係る溶接構造物及び構造物の溶接方法の第1の実施形態を示す断面図である。
【0014】
図1(a),(b),(c)は、原子力プラント内で高温・腐食環境下で使用される圧力容器、配管及びバルブ等の溶接構造物10の断面を示し、この溶接構造物10は、継手溶接を説明するものである。溶接構造物10の片側面又は両側面(図中では溶接構造物10の上下面)は少なくとも腐食環境に接触するものであるが、以下の説明では、溶接構造物10の両側面が少なくとも腐食環境に接触する場合について説明する。
【0015】
図1(a)に示す溶接構造物10には、一対の母材11a,11bの互いのX型開先面に挟まれた被溶接領域12が形成されている。なお、溶接構造物10では母材11の開先にX型の開先加工が施されているが、開先はX型に限定するものではなく、I型やV型等でも構わない。
【0016】
次いで、図1(b)に示す溶接構造物10のように、図1(a)に示した被溶接領域12内に、オーステナイトからマルテンサイト又はベイナイトに変態する溶接材料が溶着され、第1溶接材料層13が成形される。
【0017】
続いて、図1(c)に示す溶接構造物10のように、図1(b)に示した第1溶接材料層13の表面を含み腐食環境と接触する領域に、母材と同等以上の耐腐食性をもつ溶接材料が溶着され、第2溶接材料層14が成形される。つまり、第1溶接材料層13の表面のみを被覆するように第2溶接材料層14を溶着(図1(c)中の上面)してもよいし、第1溶接材料層13の表面を含む母材11a,11bの表面を被覆するように第2溶接材料層14を溶着(図1(c)中の下面)してもよい。
【0018】
よって、図1(a)に示す溶接構造物10の被溶接領域12には、第1溶接材料層13と第2溶接材料層14との異なる溶接材料からなる2層積層構造の継手溶接を施すことになる。
【0019】
第1溶接材料層13として溶着される溶接材料は、冷却過程でオーステナイトからマルテンサイトに変態する際、体積が増加、すなわち膨張する。溶接材料は周りの部分から拘束されているため、溶接材料には圧縮の応力が発生する。しかし、変態膨張にともなうこの圧縮応力導入も、その後の熱収縮が大きければ、室温までに冷却されるうちに引っ張り応力状態に戻る。ステンレス鋼材の一部を除き、通常の鋼材に用いられる溶接材料は、必ずある温度で変態膨張が発生するが、その温度が高いため、その後の熱収縮により最終的には引っ張りの残留応力が発生する。熱収縮は、温度変化に熱膨張係数をかけたものであるから、残留応力をできるだけ小さく、場合によっては圧縮状態にするためには、この温度変化を小さくすればよいことになる。
【0020】
温度変化を小さくする方法として、Ms温度(マルテンサイト変態開始温度)が低くなるような材料を用いる方法がある。本発明においては、溶接材料の低Ms温度化による変態膨張を用いて疲労強度を向上させることを目的としているが、これに加え、より残留応力低減を確実にするため、鋼材および溶接材料の降伏強度を適切な値に設定する。一般に、低Ms温度である材料は、C(炭素)、Ni(ニッケル)やCr(クロム)等を添加する必要があり、そのためある程度の強度は確保されていると考えられる。しかし、高疲労強度溶接継手を確実に達成するためには、強度も適切な範囲に設定することが望ましい。
【0021】
ここで、例えば、溶接材料の変態膨張量が3%である場合、溶接材料が周囲から完全に拘束されているとすれば、3%の変態膨張量は、3%の圧縮ひずみの導入となり結果として全ひずみは0%となる。3%の圧縮ひずみは、塑性ひずみと弾性ひずみに分類できるが、弾性ひずみには限界があるため、残りは塑性ひずみにならざるを得ない。その後、溶接材料には熱収縮が進むが、それにより今度は鋼材熱影響部と溶接材料に引っ張りのひずみが導入される。この引っ張りひずみにより、変態膨張時に導入された弾性圧縮ひずみ量が減少し、熱収縮量によっては引っ張りひずみになってしまう場合もあり得る。
【0022】
よって、熱収縮量を小さくしても、すなわちMs温度を低くしても圧縮弾性ひずみ限界(最大値)が小さければ残留応力を低減することができない。このことは、逆に圧縮弾性ひずみ限界を大きくすることにより、確実に残留効力を低減、ひいては圧縮状態にすることができ、本発明の目的である高疲労強度溶接継手をより確実に達成することができることを意味している。
【0023】
Ms温度は、一般的な溶接材料においても、500℃以下の値を示しており、多くの場合は450℃以下である。この値は、成分に依存し、例えば日本鉄鋼協会が出している溶接構造用鋼の溶接CCT図(溶接用連続冷却変態図)集からわかるように、Niを5%程度添加すればMs温度を350℃程度まで下げることができる。しかし、Ms温度が350℃より高い場合は、残留応力低減効果が十分ではなく、疲労強度向上効果は期待できるものではない。一方、Ms温度を150℃〜350℃にするには、工業的価値のある材料で実現可能であり、かつ、残留応力低減による疲労強度向上が期待できる範囲である。Ms温度の下限150℃は、工業的価値のある材料で実現可能である下限値として設定した。
【0024】
Ms温度が350℃より高くとも降伏強度が充分高ければ残留応力低減効果が期待でき、結果として疲労強度の向上も期待できるが、高すぎる降伏強度もまた工業的価値のある材料で実現可能かどうかという問題もあるため、Ms温度の上限を350℃とした。したがって、溶接材料がオーステナイトからマルテンサイト又はベイナイトに変態を開始する温度を150℃〜350℃とした。なお、Ms温度はより低い方が残留応力低減には好ましいことから、溶接材料がオーステナイトからマルテンサイト又はベイナイトに変態を開始する温度を、好ましくは300℃以下になるように設定することが望ましい。
【0025】
また、母材11a,11bが低合金鋼及びステンレス鋼の両方を含む場合、低合金鋼及びニッケル基合金の両方を含む場合、又は、オーステナイト系ステンレス鋼及びニッケル基合金の両方を含む場合、第2溶接材料層14の溶接材料として、母材11a,11b以上の耐腐食性をもつニッケル基合金を用いる。母材11a,11bがオーステナイト系ステンレス鋼からなる場合、第2溶接材料層14の溶接材料として、母材11a,11bと同等以上の耐腐食性をもつオーステナイト系ステンレス鋼を用いる。
【0026】
さらに、第1溶接材料層13及び第2溶接材料層14の表面に対して表面改質処理、例えばショットピーニングやレーザピーニングやウォータジェットピーニングを個々に施し、第1溶接材料層13及び第2溶接材料層14の残留応力改善を実施する。ショットピーニングは、第1溶接材料層13及び第2溶接材料層14の表面に小さな金属球(ショット)を高速度で当てて残留応力を改善し、また、表面の疲労強度や耐磨耗性、耐応力腐食特性を向上させる。レーザピーニングは、エネルギの大きなパルスレーザを材料表面に照射して、材料を構成する原子のプラズマを表面に発生させる。プラズマ発生の反力による衝撃波は材料の中を伝播され、材料内の残留応力が改善される。また、ウォータジェットピーニングは、第1溶接材料層13及び第2溶接材料層14の表面に水流を高速度で当てて残留応力を改善させるものである。
【0027】
本実施形態における溶接構造物10及び構造物の溶接方法によると、溶接材料からなる第1溶接材料層13及び第2溶接材料層14の表面に対して個々に表面改質処理を行なうことでき裂の進展を抑制することができ、もって構造物の長寿命化を実現できる。
【0028】
また、本実施形態における溶接構造物10及び構造物の溶接方法によると、継手表面を高耐熱性の溶接材料で被覆して継手の腐食を抑制することでき裂の発生を抑制することができ、もって構造物の長寿命化を実現できる。
【0029】
図2は、本発明に係る溶接構造物及び構造物の溶接方法の第2の実施形態を示す断面図である。
【0030】
図2(a),(b),(c),(d)は、原子力プラント内で高温・腐食環境下で使用される圧力容器、配管及びバルブ等の溶接構造物10Aの断面を示し、この溶接構造物10Aは、補修溶接を説明するものである。
【0031】
図2(a)に示す溶接構造物10Aには、腐食環境を原因として発生した欠陥部分、例えばき裂21が発生している。
【0032】
次いで、図2(b)に示す溶接構造物10Aのように、図2(a)に示したき裂21を含む母材11がグラインダ等で切削され、被溶接領域12が成形される。
【0033】
続いて、図2(c)に示す溶接構造物10Aのように、図2(b)に示した被溶接領域12内に、オーステナイトからマルテンサイト又はベイナイトに変態する溶接材料が溶着され、第1溶接材料層13が成形される。
【0034】
次いで、図2(d)に示す溶接構造物10Aのように、図2(c)に示した第1溶接材料層13の表面を含み腐食環境と接触する領域に、母材と同等以上の耐腐食性をもつ溶接材料が溶着され、第2溶接材料層14が成形される。なお、第1溶接材料層13の表面のみを被覆するように第2溶接材料層14を溶着してもよいし、第1溶接材料層13の表面を含む母材11a,11bの表面を被覆するように第2溶接材料層14を溶着してもよい。
【0035】
本実施形態における溶接構造物10A及び構造物の溶接方法によると、溶接材料からなる第1溶接材料層13及び第2溶接材料層14の表面に対して個々に表面改質処理を行なうことでき裂の進展を抑制することができ、もって構造物の長寿命化を実現できる。
【0036】
また、本実施形態における溶接構造物10A及び構造物の溶接方法によると、継手表面を高耐熱性の溶接材料で被覆して継手の腐食を抑制することによってき裂の発生を抑制することができ、もって構造物の長寿命化を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】(a),(b),(c)本発明に係る溶接構造物及び構造物の溶接方法の第1の実施形態を示す断面図。
【図2】(a),(b),(c),(d)本発明に係る溶接構造物及び構造物の溶接方法の第2の実施形態を示す断面図。
【符号の説明】
【0038】
10,10A 溶接構造物
11,11a,11b 母材
12 被溶接領域
13 第1溶接材料層
14 第2溶接材料層
21 き裂

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも腐食環境と接触する溶接構造物において、
被溶接領域内に、オーステナイトからマルテンサイト又はベイナイトに変態する溶接材料を溶着してなる第1溶接材料層を、
前記第1溶接材料層の表面を含み前記腐食環境と接触する領域に、母材と同等以上の耐腐食性をもつ溶接材料を溶着してなる第2溶接材料層を有したことを特徴とする溶接構造物。
【請求項2】
前記第1溶接材料層の溶接材料として、前記オーステナイトから前記マルテンサイト又は前記ベイナイトに変態を開始する温度が350℃以下150℃以上である材料を用いたことを特徴とする請求項1に記載の溶接構造物。
【請求項3】
前記第1溶接材料層の溶接材料として、前記オーステナイトから前記マルテンサイト又は前記ベイナイトに変態を開始する温度が300℃以下150℃以上である材料を用いたことを特徴とする請求項1に記載の溶接構造物。
【請求項4】
前記母材が低合金鋼及びステンレス鋼の両方を含む場合、低合金鋼及びニッケル基合金の両方を含む場合、又は、オーステナイト系ステンレス鋼及びニッケル基合金の両方を含む場合、前記第2溶接材料層の溶接材料としてニッケル基合金を用いたことを特徴とする請求項1に記載の溶接構造物。
【請求項5】
前記母材がオーステナイト系ステンレス鋼からなる場合、前記第2溶接材料層の溶接材料としてオーステナイト系ステンレス鋼を用いたことを特徴とする請求項1に記載の溶接構造物。
【請求項6】
少なくとも腐食環境と接触する構造物の溶接方法において、
被溶接領域内に、オーステナイトからマルテンサイト又はベイナイトに変態する溶接材料が溶着された後、その溶接材料の表面を含み前記腐食環境と接触する領域に、母材と同等以上の耐腐食性をもつ溶接材料が溶着されることを特徴とする構造物の溶接方法。
【請求項7】
前記母材の欠陥部分を切削して前記被溶接領域が成形されることを特徴とする請求項6に記載の構造物の溶接方法。
【請求項8】
前記オーステナイトから前記マルテンサイト又は前記ベイナイトに変態する溶接材料の表面に対して表面改質処理を行なうと共に、前記母材と同等以上の耐腐食性をもつ溶接材料の表面に対して表面改質処理を行なうことを特徴とする請求項6に記載の構造物の溶接方法。
【請求項9】
前記表面改質処理は、レーザピーニングによって行なわれることを特徴とする請求項8に記載の構造物の溶接方法。
【請求項10】
前記表面改質処理は、ショットピーニングによって行なわれることを特徴とする請求項8に記載の構造物の溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−44698(P2007−44698A)
【公開日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−228597(P2005−228597)
【出願日】平成17年8月5日(2005.8.5)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】