説明

溶接用銅めっきソリッドワイヤ

【課題】長時間の連続溶接を可能とするワイヤ送給性に優れた溶接用銅めっきソリッドワイヤを提供する。
【解決手段】炭酸ガスシールドアーク溶接に用いる溶接用銅めっきソリッドワイヤであって、表面に、潤滑油および固形潤滑剤が塗布されたものである。この溶接用銅めっきソリッドワイヤの表面に、付着している銅粉および鉄粉は、粉径が20μmを超えず、当該溶接用銅めっきソリッドワイヤ10kgあたり合計0.10g以下であり、表面に、当該溶接用銅めっきソリッドワイヤ10kgあたりで、前記潤滑油として動植物油または鉱物油:0.4〜2.0g、および前記固形潤滑剤として粒径0.1〜10μmの二硫化モリブデン:0.03〜0.15gが、付着していることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭酸ガスシールドアーク溶接に用いる溶接用銅めっきソリッドワイヤに関するもので、特に送給性に優れて長時間の連続溶接を可能とするものである。
【背景技術】
【0002】
建築鉄骨分野においては、ガスシールドアーク溶接法、特にCO2をシールドガスとする炭酸ガスシールドアーク溶接法が、その高能率性の利点から主として使用されている。従前、このガスシールドアーク溶接法は、人手による半自動溶接法がほとんどであったが、近年は省人化によるコストダウンおよび夜間や休日の無人運転によるいっそうの溶接能率向上を目的として、溶接ロボットによる自動溶接も普及してきている。
【0003】
溶接ロボットによる長時間連続溶接に対応している溶接用ワイヤは、最大500kgの大容量ペイルパックに格納されており、溶接機または溶接ロボットに溶接用ワイヤを通し始める作業は、通常、ペイルパックの交換時にのみ行われる。すなわち、一度溶接用ワイヤを溶接機に通した後は、ペイルパックに格納された溶接用ワイヤがすべて溶接で消費されて空になるまで、再び溶接用ワイヤの先端を通す作業を要しないことになる。ここで、ガスシールドアーク溶接に用いられる溶接用ワイヤは、スムーズに送給されるように表面に銅めっきを施したソリッドワイヤであり、さらに溶接用ワイヤがスムーズに送給される、すなわちワイヤ送給性を向上させるために潤滑油や固形潤滑剤が表面に塗布される。したがって、溶接用ワイヤの表面には、潤滑剤以外に、当該溶接用ワイヤの製造時に発生しためっき由来の銅粉および芯地(鋼線)由来の鉄粉等の金属粉も付着している。このような溶接用ワイヤ表面に付着している固形物は、その一部がコンジットライナや給電チップの内側に付着し、人為的にコンジットライナ内を清掃、および給電チップを交換しない限り、その量は増えて堆積し続ける。その結果、給電チップ内に堆積した金属粉や固形潤滑剤が溶接用ワイヤとの空隙を埋めて詰まらせてしまい、溶接用ワイヤの送給停止に至ることがある。そのため、長時間連続溶接可能な溶接ロボットに大量な溶接用ワイヤをペイルパックにて供給しても、ペイルパック交換前に自動溶接が停止されることになる。
【0004】
このような金属粉等の詰りを防止するために、表面に種々の潤滑剤を塗布して摩擦抵抗を軽減することで金属粉の発生を抑えて堆積を低減させた溶接用ワイヤが提案されている。特許文献1には、表面に二硫化モリブデン、二硫化タングステンおよび四フッ化エチレンの1種以上、ならびに脂肪酸、脂肪酸の1価または2価のアルコールのエステルおよび石油蝋の1種以上をそれぞれ所定量塗布した溶接用ワイヤが記載されている。特許文献2には、表面に、二硫化モリブデンおよび窒化ホウ素の1種以上、カリウム化合物、銅粉、ならびにワックスからなる固形潤滑剤を塗布し、さらにその上に潤滑油を塗布して2層の被覆層を設けた溶接用銅めっきワイヤが記載されている。特許文献3には、カリウム、二硫化モリブデン、リン脂質、潤滑油を塗布し、かつ前記カリウム等の固形物および金属粉の合計付着量を当該溶接用銅めっきソリッドワイヤ10kgあたり0.30g以下に規制した溶接用銅めっきソリッドワイヤが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−229697号公報
【特許文献2】特開2003−225794号公報
【特許文献3】特開2008−194716号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1〜3に記載された技術は、いずれも昼夜連続の長時間の自動溶接においては、金属粉や塗布した固形潤滑剤が堆積して、通電不良等により溶接用ワイヤの送給停止に至り、このような溶接に対応するためには不十分である。さらに、特許文献3は、固形分の付着量を制限しているが12hrの連続溶接には不十分であり、また、表面に二硫化モリブデンを均一に分散させるためにリン脂質を塗布しているが、溶接用銅めっきソリッドワイヤにリン脂質が付着すると銅が腐食し易く、めっき皮膜の経時劣化に伴う表面酸化による通電性劣化の虞がある。したがって、これらの従来技術は、ワイヤ送給が停止することを許されない昼夜連続のロボット溶接において、金属粉の給電チップ詰りに起因するワイヤ送給停止に対する配慮を欠いたものである。
【0007】
また、これらの技術は、スプール巻の溶接用ワイヤとペイルパックに格納された溶接用ワイヤの両方に対応させるように開発されたものである。しかし、より大容量で長時間の連続溶接に好適なペイルパックに格納された溶接用ワイヤについては、送給トラブルの発生頻度がスプール巻よりも高いという問題点をさらに有する。そのため、これらの技術による溶接用ワイヤをペイルパックに格納して使用しても、スプール巻としたときのような効果が十分には得られない。
【0008】
本発明は、前記問題点に鑑みてなされたものであり、ペイルパックに格納されて用いられる銅めっきソリッドワイヤについて、送給抵抗の軽減はもとより、主に建築鉄骨分野で適用される溶接ロボットによる長時間の連続溶接を可能とするワイヤ送給性の向上に好適な銅めっきソリッドワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために、本発明者らは、ペイルパックに格納された溶接用ワイヤにおける送給トラブルのメカニズムを調査した結果、以下の現象が判明した。すなわち、ペイルパックに格納された溶接用ワイヤは、スプール巻による曲がり癖がなく直線状を呈しているため、コンジットライナおよび給電チップでの接触圧が弱く、給電チップ内面と溶接用ワイヤとの通電接触点が容易に変動し易いことにより、通電点変動の際に発生する微小チップ融着が頻発する。そこで、本発明者らは、鋭意研究の結果、給電チップ内面との融着をいっそう低減できる溶接用ワイヤとして、表面に付着した固形物の量を制御する思想に至った。
【0010】
すなわち、本発明は炭酸ガスシールドアーク溶接に用いる溶接用銅めっきソリッドワイヤであって、表面に付着している銅粉および鉄粉は、粉径が20μmを超えず、当該溶接用銅めっきソリッドワイヤ10kgあたり合計0.10g以下であり、表面に、当該溶接用銅めっきソリッドワイヤ10kgあたりで、潤滑油として動植物油または鉱物油:0.4〜2.0g、および固形潤滑剤として粒径0.1〜10μmの二硫化モリブデン:0.03〜0.15gが、付着していることを特徴とする。
【0011】
このような溶接用銅めっきソリッドワイヤは、潤滑油を塗布することで、金属製のコンジットライナおよび給電チップの内面との摩擦抵抗を低減させて、溶接用銅めっきソリッドワイヤ表面から削られて発生する金属粉を低減させることができる。そして潤滑油と共に固形潤滑剤として二硫化モリブデンを塗布することで、給電チップ内面との融着を軽減して、給電チップでの滑り性を向上させ、また金属粉が堆積し易い給電チップ内面の融着痕を低減させることができる。また、潤滑油および二硫化モリブデンの付着量を規制することで適切な効果が得られる。さらに、不可避的に表面に付着する金属粉の量を、従来よりも少ない範囲に抑制することで、昼夜連続の長時間のロボット溶接において、ワイヤ送給停止に至ることがない。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る溶接用銅めっきソリッドワイヤによれば、炭酸ガスシールドアーク溶接に用いて、コンジットライナおよび給電チップでの滑り性が向上し、かつ滑り性が長時間維持されるため、ペイルパックに格納されても通電点変動の際に微小チップ融着が発生し難くなり、その結果、送給トラブルの発生頻度が低減し、溶接ロボットによる昼夜連続の長時間の自動溶接を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係る溶接用銅めっきソリッドワイヤの製造方法を説明するフローチャートである。
【図2】高圧水洗浄装置の構造を模式的に示す部分断面斜視図である。
【図3】溶接用銅めっきソリッドワイヤの表面のSEM画像写真およびSEM画像からEPMA分析にてモリブデンを検出した画像写真であり、(a)および(b)は静電塗布装置を用いて潤滑油を塗布したもので本発明に係る実施例、(c)および(d)はフェルトにて塗布したものである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係る溶接用銅めっきソリッドワイヤ(以下、銅めっきソリッドワイヤという)を実現するための形態について説明する。
【0015】
〔銅めっきソリッドワイヤ〕
本発明に係る銅めっきソリッドワイヤは、炭酸ガスシールドアーク溶接に用いられる銅めっきソリッドワイヤの表面に、潤滑油として動植物油または鉱物油を、および固形潤滑剤として二硫化モリブデンを塗布したものである。詳しくは、当該銅めっきソリッドワイヤ10kgあたりで、潤滑油:0.4〜2.0g、および粒径0.1〜10μmの二硫化モリブデン:0.03〜0.15gが、表面に付着するように塗布されたものである。また、本発明に係る銅めっきソリッドワイヤの、前記の潤滑油および固形潤滑剤を塗布する前の銅めっきソリッドワイヤ(以下、適宜、塗布前銅めっきソリッドワイヤと称す)は、その製造工程や搬送時に、めっき由来の銅粉や芯地由来の鉄粉が発生して表面に付着する。本発明に係る銅めっきソリッドワイヤは、これらの銅粉および鉄粉が、径(粉径)が20μmを超えないものであり、当該銅めっきソリッドワイヤ10kgあたりの付着量を合計0.10g以下とする。以下、本発明に係る銅めっきソリッドワイヤの表面の付着物について説明する。
【0016】
(銅粉および鉄粉)
塗布前銅めっきソリッドワイヤは、前記した通り、表面に銅粉および鉄粉(以下、適宜まとめて金属粉)が付着しており、これらが潤滑油および固形潤滑剤を塗布した後においても持ち越されて付着し続ける。このような銅めっきソリッドワイヤを用いた溶接においては、金属粉のほとんどは、銅めっきソリッドワイヤ表面に付着したままコンジットライナや給電チップの内部を通過して、排出される。しかしながら、金属粉の一部は銅めっきソリッドワイヤ表面から離れてコンジットライナ内や給電チップ内に付着し、銅めっきソリッドワイヤの消費量と共に給電チップ内等で堆積する。したがって、銅めっきソリッドワイヤへの金属粉の付着量が多いと、給電チップ内等への堆積速度が速くなり、送給停止に至るまでの銅めっきソリッドワイヤの送給長さが短くなる。具体的には、銅めっきソリッドワイヤ10kgあたり金属粉(銅粉と鉄粉の合計)が0.10gを超えて付着していると、長時間の連続溶接が困難になる。したがって、金属粉の付着量はより少ないことが好ましく、本発明に係る銅めっきソリッドワイヤの表面に付着している銅粉および鉄粉は、当該溶接用銅めっきソリッドワイヤ10kgあたり合計0.10g以下とする。金属粉の付着量は、後記するように、潤滑油および固形潤滑剤を塗布する前に、塗布前銅めっきソリッドワイヤを洗浄することで、低減することができる。
【0017】
また、金属粉は、付着量の多少にかかわらず、最大径が20μmを超えるものが付着していると、給電チップ内を通過する際に給電チップの通電性を阻害する虞があり、さらに給電チップから排出され難く内部に付着して堆積し易いため、本発明に係る銅めっきソリッドワイヤの表面に付着している銅粉および鉄粉は、径が20μmを超えないこととする。このような粗大な金属粉は、塗布前銅めっきソリッドワイヤについて、銅めっきの密着性が良好でない場合に、めっきカスとして発生し、表面に残存したものが挙げられる。
【0018】
(潤滑油)
本発明に係る銅めっきソリッドワイヤは、潤滑油として、動物油や植物油またはこれらを混合したもの(以下、まとめて動植物油)、あるいは鉱油や合成油(以下、まとめて鉱物油)を適用する。具体的に、動植物油としては、パーム油、菜種油、ひまし油、豚脂、牛脂等が挙げられ、鉱物油としては、潤滑油として一般的に使用されるパラフィン系炭化水素やナフテン系炭化水素を含有する石油精製物等からなるものが挙げられる。これらの油は、金属同士の摩擦抵抗を低減する効果を有する。そして動植物油または鉱物油は、潤滑油として、後記の二硫化モリブデンの粒子を混合した状態で銅めっきソリッドワイヤ表面に適量塗布されることにより、溶接において、銅めっきソリッドワイヤがコンジットライナおよび給電チップの内面と接触した際に、表面を削られて金属粉を発生させることを抑制することができる。潤滑油は、銅めっきソリッドワイヤ10kgあたりでの表面における付着量が、0.4g未満では、前記効果が得られないため、ワイヤ送給性が低く、溶接開始直後からスパッタが多量に発生してこれに伴うアーク長変動が多発し、さらにスパッタが給電チップ内に付着して送給停止に至る場合がある。一方、同付着量が2.0gを超えると、連続溶接において潤滑油が給電チップ内に油溜りを形成し、この潤滑油が定期的に給電チップ先端から漏出するようになって、油滴となって溶接ビードへ落下し、健全な溶接金属が得られない。さらに潤滑油の付着量が過大になると、銅めっきソリッドワイヤが送給ローラでスリップして安定した送給ができなくなる。したがって、本発明に係る銅めっきソリッドワイヤの表面に付着した潤滑油は、当該溶接用銅めっきソリッドワイヤ10kgあたり0.4g以上2.0g以下とする。なお、鉱物油は動植物油よりも摩擦低減効果が小さいため、潤滑油に適用する場合は、溶接用銅めっきソリッドワイヤ10kgあたりの付着量は0.8g以上が好ましく、0.85g以上がさらに好ましい。また、鉱物油は動植物油よりもアーク熱による蒸発が生じ難いため、潤滑油に適用する場合は、前記付着量は1.0g以下が好ましい。
【0019】
(二硫化モリブデン)
本発明に係る銅めっきソリッドワイヤは、固形潤滑剤として、一般に用いられている二硫化モリブデン(MoS2)を適用する。二硫化モリブデンは、銅めっきソリッドワイヤの給電チップ内面への融着を軽減する効果を有するため、給電チップでの滑り性を向上させ、また給電チップ内面の融着痕には金属粉が選択的に堆積し易いが、この融着痕が低減することで給電チップ内の金属粉の堆積を低減させることができる。二硫化モリブデンは、銅めっきソリッドワイヤ10kgあたりでの表面における付着量が、0.03g未満では、前記効果が十分に得られない。一方、二硫化モリブデンは、前記金属粉と同様に固形物であるので、溶接において、その一部は銅めっきソリッドワイヤ表面から離れてコンジットライナ内や給電チップ内に付着して堆積し、その量が多くなると送給停止に至る。具体的には、同付着量が0.15gを超えると、長時間の連続溶接が困難になる。したがって、本発明に係る銅めっきソリッドワイヤの表面に付着した二硫化モリブデンは、当該溶接用銅めっきソリッドワイヤ10kgあたり0.03g以上0.15g以下とする。二硫化モリブデンは、潤滑油に混合された状態で銅めっきソリッドワイヤ表面に塗布され、その混合比を調整することで、付着量を制御することができる。具体的には、潤滑油に対する質量比で4〜10%が好ましい。この混合比であれば、後記の静電塗布法で塗布された際に、潤滑油、二硫化モリブデン共に、適切な付着量とすることが容易である。
【0020】
二硫化モリブデンは、銅めっきソリッドワイヤの表面に偏りなく均一に付着するように塗布される。付着量に偏りがあると、銅めっきソリッドワイヤ表面の多い箇所からは二硫化モリブデンが給電チップ内等へ付着し、少ない箇所では給電チップ内に融着する。本発明においては、二硫化モリブデンを均一に付着させるため、潤滑油との混合物は、後記するように静電塗布法にて銅めっきソリッドワイヤの表面に塗布される。
【0021】
前記した通り、二硫化モリブデンは固形物であり、本発明においては粒状のものを適用するが、その径が大きく、具体的には10μmを超えると、溶接の際に、粗大な固形物として給電チップ内への堆積量を増大させる。一方、二硫化モリブデンの粒径が0.1μm未満では、銅めっきソリッドワイヤの表面に塗布されるために潤滑油に混合された際、この混合物の粘度が増大し、塗布装置に供給する配管での流動性が低下し、二硫化モリブデンおよび潤滑油の塗布装置による吐出量が不安定となる。したがって、二硫化モリブデンは、その粒径が0.1μm以上10μm以下のものを適用する。このような粒径の二硫化モリブデンは、例えばミルで粉砕して得られる。
【0022】
銅めっきソリッドワイヤの表面に付着した金属粉(銅粉、鉄粉)および二硫化モリブデンの量は、例えば以下の方法で測定することができる。銅めっきソリッドワイヤを手等に触れないように1〜10kg程度切り出して質量を測定した後、エタノール、アセトン、ノルマルパラフィン、石油エーテル等の有機溶媒で洗浄し、この洗浄に用いた有機溶媒を乾燥したろ紙でろ過し、残渣の質量を測定する。具体的には、予め質量を測定したろ紙でろ過した後、このろ紙を乾燥させて再び質量を測定した質量増加分が残渣の質量となる。残渣の質量は金属粉と二硫化モリブデンの合計である。そこで、ろ紙に付着した残渣について、エネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX)にて定量分析を行って、銅粉(Cu)、鉄粉(Fe)、二硫化モリブデン(MoS2)の質量比を求め、残渣の質量で換算してそれぞれの質量を算出する。あるいは、残渣の付着したろ紙から硫酸白煙処理により二硫化モリブデンを溶解し、この溶液を原子吸光法で定量分析を行ってモリブデン(Mo)の質量を求め、二硫化モリブデンの質量に換算する。二硫化モリブデンの質量を残渣の質量から減じて金属粉(銅粉と鉄粉の合計)の質量が算出される。これらの質量を、切り出した銅めっきソリッドワイヤの質量にて10kgあたりに換算することで、銅めっきソリッドワイヤの表面に付着した金属粉および二硫化モリブデンのそれぞれの質量を求めることができる。
【0023】
銅めっきソリッドワイヤの表面に付着した金属粉(銅粉、鉄粉)および二硫化モリブデンの大きさは、前記のろ紙に付着した残渣を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察することで求めることができる。あるいは、銅めっきソリッドワイヤの表面を直接にSEMで観察してもよい。ただし、図3(a)に示すように、SEM画像においては銅粉、鉄粉、および二硫化モリブデンはすべて黒く写る。そこで、同時に電子線マイクロアナライザ(EPMA)で面分析を行うことで固形物の同定を行うことができ、例えばモリブデンの検出位置に合致した固形物を二硫化モリブデンと識別することができる。また、銅めっきソリッドワイヤの表面を直接に観察した場合は、図3(b)に示すように、二硫化モリブデンが白く写ってその分布状態を観察することができる。
【0024】
銅めっきソリッドワイヤの表面に付着した潤滑油の量も、前記固形物と同様に、銅めっきソリッドワイヤを切り出して質量を測定した後、溶媒で洗浄することで測定できる。詳しくは、四塩化炭素(CCl4)で洗浄し、この洗浄液を、赤外吸収分光法(IR)で定量分析を行って質量を求め、切り出した銅めっきソリッドワイヤの質量にて10kgあたりに換算することで、銅めっきソリッドワイヤの表面に付着した潤滑油の質量を求めることができる。
【0025】
〔銅めっきソリッドワイヤの製造方法〕
塗布前銅めっきソリッドワイヤは、炭酸ガスシールドアーク溶接に用いられる公知の銅めっきソリッドワイヤを適用でき、JIS Z3312 YGW18、YGW11等、JIS規定の銅めっきソリッドワイヤを適用できる。このような塗布前銅めっきソリッドワイヤは、公知の方法にて製造でき、図1に示すように、所定成分の鋼材からなる線材を、必要に応じて途中に焼鈍を挟んで(図示省略)伸線し、めっきにて銅を被覆した後、さらに伸線して製品径とする。
【0026】
塗布前銅めっきソリッドワイヤは、表面に伸線潤滑剤および金属粉が付着しているので、洗浄してこれらを除去する。洗浄方法としては、塗布前銅めっきソリッドワイヤをインラインで通過させる洗浄装置を用いることが生産上で望ましい。一例としては、水温50℃以上の水に所定時間浸漬させる浸漬湯洗槽、付着した水等を除去する圧力0.3〜0.5MPaの高圧の液切エアブレス、温度80〜100℃、圧力0.1〜0.5MPaの高圧の水蒸気洗浄装置、水温40℃以上、圧力8〜12MPaの高圧水洗浄装置、を直列してこの順に塗布前銅めっきソリッドワイヤを一定速度で通過させる。高圧水洗浄装置は、図2に示すように、二重管構造の内管のさらに内側を塗布前銅めっきソリッドワイヤが通過するもので、二重管構造の外管と内管の間に水をポンプで供給し、内管に形成された多数のノズルから塗布前銅めっきソリッドワイヤに向けて高圧水を噴霧する構成である。洗浄装置における塗布前銅めっきソリッドワイヤの通過速度は、装置の大きさ等によって設定する。さらにこれらの装置にキャビテーション装置を併設して、塗布前銅めっきソリッドワイヤに直接または間接に振動を与えてもよい。
【0027】
潤滑油として動植物油または鉱物油、および固形潤滑剤として二硫化モリブデンを混合して、洗浄した塗布前銅めっきソリッドワイヤに塗布する。ここで、潤滑油と二硫化モリブデンとの混合物を塗布する方法として静電塗布法を適用することが望ましい。静電塗布法によれば、混合物中の二硫化モリブデンの濃度を保持して塗布されるため、刷毛やフェルト等の塗布媒体で塗布するよりも、銅めっきソリッドワイヤ表面に二硫化モリブデンが均一に付着し易い。刷毛等によると、特に銅めっきソリッドワイヤの表面の周方向に均一とすることが困難である。以下に、静電塗布装置を用いた塗布方法の一例を説明する。
【0028】
混合用貯蔵槽にて所定粒径の二硫化モリブデンを質量比4〜10%で混合した潤滑油を、定量ポンプにより静電塗布装置に供給する。静電塗布装置においては、被塗装物である塗布前銅めっきソリッドワイヤを正極に、静電塗布装置の噴出部を負極に設定して高電圧を印加することで、大気中の両極間に電界を形成する。噴出部から前記潤滑油の混合物を霧化して噴出すると、この混合物が負極とした静電塗布装置の噴出部により負の電荷を帯びるため、大気中の電界勾配を介して、一定比率で被塗装物に吸着されることによって付着する。このような静電塗布装置を用いることで、銅めっきソリッドワイヤ表面への付着量について、潤滑油に対する二硫化モリブデンが、混合用貯蔵槽内の混合比とほぼ合致する。
【0029】
このようにして得られた銅めっきソリッドワイヤの表面は、そのSEM画像写真(図3(a))およびEPMA分析にてモリブデンを検出した画像写真(図3(b))に示すように、固形物、特に二硫化モリブデンの分布が均一となる。これに対して、塗布媒体としてフェルトにて同じ混合物を塗布すると、図3(c)、(d)に示すように、銅めっきソリッドワイヤの長さ方向に沿って筋状に固形物の偏りを生じ易い。特に図3(d)に示すように、二硫化モリブデンの分布の均一性が低下し、局所的に、付着量が本発明の範囲外となる虞がある。
【0030】
このように、静電塗布装置を用いることで、二硫化モリブデンが銅めっきソリッドワイヤ表面に均一に付着する。そして前記した通り、その付着量は混合用貯蔵槽内の混合比とほぼ合致するので、潤滑油に対する混合比および塗布量により容易に制御できる。以上の方法により得られた本発明に係る銅めっきソリッドワイヤは、ペイルパックに巻き取られて格納される。
【実施例1】
【0031】
以上、本発明を実施するための形態について述べてきたが、以下に、本発明の効果を確認した実施例を、本発明の要件を満たさない比較例と対比して具体的に説明する。なお、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0032】
〔供試材作製〕
炭酸ガスシールドアーク溶接に用いられるJIS Z3312 YGW18の規格に合致する径1.2mmの銅めっきソリッドワイヤを、インライン式洗浄装置にて、以下の範囲で条件を変えて洗浄した。
(洗浄条件)
装置通過速度:400〜1000m/min
浸漬湯洗槽水温:40〜100℃
液切エアブレス圧力:0.1〜1.0MPa
水蒸気洗浄装置温度:80〜200℃、圧力:0.1〜1.0MPa
高圧水洗浄装置水温:40〜80℃、圧力:5〜30MPa
【0033】
潤滑油に、表1に示す質量混合比で二硫化モリブデンの粒子を混合した。この混合物を静電塗布装置にて塗布量を変えて前記洗浄後の銅めっきソリッドワイヤに塗布して、銅めっきソリッドワイヤの供試材(ワイヤNo.1〜23)とした。なお、動植物油としてはパーム油を、鉱物油としてはポリブデン系合成油を使用した。また、ワイヤNo.22は、パーム油をベースにリン脂質10質量%を混合した比較例である。
【0034】
(表面に付着した固形物の測定)
作製した銅めっきソリッドワイヤを手等に触れないように1〜10kg程度切り出して質量を測定した後、ノルマルパラフィンで洗浄し、この洗浄液を乾燥したろ紙でろ過し、残渣の質量を測定した。また、ろ紙に付着した残渣について、エネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX)にて定量分析を行って、銅粉(Cu)、鉄粉(Fe)、二硫化モリブデン(MoS2)の質量比を求め、残渣の質量で換算してそれぞれの質量を算出した。金属粉(銅粉と鉄粉の合計)および二硫化モリブデンについて、算出した質量を、切り出した銅めっきソリッドワイヤの質量にて10kgあたりに換算し、表1に示す。また、前記のろ紙に付着した残渣について、走査型電子顕微鏡(SEM)にて400倍で観察して金属粉(銅粉、鉄粉)の径を測定し、分布範囲を表1に示す。さらに、残渣の付着したろ紙から硫酸白煙処理により二硫化モリブデンを溶解し、この溶液を原子吸光法で定量分析を行ってモリブデン(Mo)の質量を求め、二硫化モリブデンの質量に換算し、さらにこの質量を残渣の質量から減じて金属粉(銅粉と鉄粉の合計)の質量を算出した。これらの質量と前記EDXにより求めた質量はほぼ一致した。
【0035】
銅めっきソリッドワイヤの表面をSEMにて400倍で観察し、同時に電子線マイクロアナライザ(EPMA)で面分析を行うことで固形物の同定を行って、モリブデンの検出位置に合致した固形物を二硫化モリブデンとして、その粒径を測定して、分布範囲を表1に示す。さらに、銅めっきソリッドワイヤの表面における二硫化モリブデンの分布状態を観察し、ワイヤNo.4について、表面のSEM画像写真(黒く写っているものが、銅粉、鉄粉、二硫化モリブデン)を図3(a)に、SEM画像からEPMA分析にてモリブデンを検出した画像写真(白く写っているものが二硫化モリブデン)を図3(b)に示す。
【0036】
(表面に付着した潤滑油の測定)
作製した銅めっきソリッドワイヤを手等に触れないように1〜10kg程度切り出して質量を測定した後、四塩化炭素(CCl4)で洗浄し、この洗浄液を、赤外吸収分光法(IR)を応用した油分濃度計で質量を求めた。この質量を切り出した銅めっきソリッドワイヤの質量にて10kgあたりに換算し、表1に示す。
【0037】
〔評価〕
溶接試験として、水冷式ストレートトーチを搭載した溶接ロボットにて、作製した銅めっきソリッドワイヤを用いて、給電チップ−溶接母材(鋼板)間距離を30mmとし、シールドガスとしてCO2を供給しながら、電流340〜370A、電圧37〜40Vにて、下向ビードオンプレート溶接を行った。なお、銅めっきソリッドワイヤの送給抵抗が通常の溶接ロボットにおける場合の約2.5倍となるように送給経路を配置した。このような苛酷な送給経路としたことで、本溶接試験を、溶接時間を6hrで通常の溶接における連続溶接時間12hr超相当となる促進試験とした。すなわち溶接試験は最長で6hr連続して行い、6hr経過する前に、銅めっきソリッドワイヤの送給停止により溶接不能となった供試材については、溶接停止時間を連続溶接時間として表1に示す。
【0038】
溶接試験終了後、給電チップ内の付着物の質量を固形物の堆積量とみなして測定し、連続溶接時間から固形物堆積速度を算出し、表1に示す。また、6hrの連続溶接ができなかった供試材について、給電チップ内を目視にて観察し、送給停止が堆積物の詰りによるものを給電チップ詰りが「×」、それ以外を「○」として表1に示す。また、銅めっきソリッドワイヤの融着のないものを「○」、微小融着の発生したものを「△」、融着の発生したものを「×」として表1に示す。
【0039】
6hrの連続溶接が可能で、かつ溶接部等に異常のなかった供試材を合格として総合評価「○」で表1に示し、軽微な異常の発生したものを「△」、また連続溶接時間3hr以上6hr未満も「△」で表1に示す。連続溶接時間3hr未満は「×」で表1に示す。
【0040】
【表1】

【0041】
表1に示すように、ワイヤNo.1〜8は、表面に残存する金属粉の径および量、塗布されて付着した潤滑油の量、ならびに二硫化モリブデンの粒径、量のすべてが本発明の範囲の実施例であり、給電チップ内への固形物の堆積速度は4mg/hr未満と少ないため、6hrの連続溶接で送給停止に至ることはなく、溶接部等にも異常はなかった。さらに静電塗布装置で塗布されたことにより、図3(a)、(b)に示すように、本発明に係る実施例の銅めっきソリッドワイヤ表面は、固形物、特に二硫化モリブデンの分布が均一であり、このような付着状態であるために、二硫化モリブデンの効果が適度なものとなり、良好なワイヤ送給性を長時間維持できた。
【0042】
(残存した金属粉による評価)
これに対して、ワイヤNo.17〜20は、塗布前の洗浄が不十分で金属粉の付着量が過剰なため、潤滑油等を本発明の範囲としても、いずれも金属粉が給電チップ内に堆積し、給電チップに詰りを生じて6hr未満で送給停止に至った。また、ワイヤNo.21は、塗布前の銅めっきソリッドワイヤについて、そのめっき前の活性化処理を緩和したことで、粗大な金属粉が付着した比較例である。そのために、金属粉の付着量は本発明の範囲であるが粗大な金属粉が給電チップから排出されずに内部に付着して後続の固形物をさらに堆積させ、その結果、前記の金属粉の付着量が過剰な比較例よりも短時間で送給停止に至った。さらに、この粗大な金属粉が給電チップと銅めっきソリッドワイヤとの通電性が阻害したために、アーク不安定が多発した。
【0043】
(潤滑油による評価)
ワイヤNo.11,15は、潤滑油の塗布量が不足したため、ワイヤ送給性が低下し、給電チップ内の固形物の堆積が少ない状態でも、ワイヤ送給停止に至った。一方、ワイヤNo.12,16は、潤滑油の塗布量が過剰なため、6hrの連続溶接は可能であったが、溶接中に給電チップ先端から油滴が溶接母材上の溶融金属に落下して、溶接ビードの数箇所にブローホールを形成した。また、ワイヤNo.22は、潤滑油のパーム油にリン脂質を添加した比較例で、リン脂質の付着量は約0.08gである。このリン脂質が銅めっきソリッドワイヤの銅を腐食させたため、腐食した銅が給電チップの通電性を阻害して、溶接開始直後からアーク不安定が発生して送給停止に至り、また表面に変色が観察された。
【0044】
(固形潤滑剤による評価)
ワイヤNo.9,13は二硫化モリブデンの付着量が不足したために、給電チップへの微小融着が発生して送給停止に至った。さらに給電チップ内に生じた微小融着痕に金属粉(主に銅粉)が堆積し易くなり、送給停止までに給電チップ内に堆積した固形物が増加した。一方、ワイヤNo.10,14は二硫化モリブデンの付着量が過剰なために、給電チップ内に潤滑剤として作用する二硫化モリブデンが連続溶接の許容限界を超えて堆積し、送給停止に至った。また、ワイヤNo.23は、粒径が過大な二硫化モリブデンを使用した比較例であり、二硫化モリブデンの粒径が金属粉と同程度に大きいために、金属粉と同様に固形物として給電チップ内に堆積した結果、短時間で給電チップに詰りを生じて送給停止に至り、給電チップ内には金属粉と共に粒径の大きい二硫化モリブデンが多く堆積した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭酸ガスシールドアーク溶接に用いる溶接用銅めっきソリッドワイヤであって、
表面に付着している銅粉および鉄粉は、粉径が20μmを超えず、当該溶接用銅めっきソリッドワイヤ10kgあたり合計0.10g以下であり、
表面に、当該溶接用銅めっきソリッドワイヤ10kgあたりで、潤滑油として動植物油または鉱物油:0.4〜2.0g、および固形潤滑剤として粒径0.1〜10μmの二硫化モリブデン:0.03〜0.15gが、付着していることを特徴とする溶接用銅めっきソリッドワイヤ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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