説明

溶接用電源装置

【課題】設置状況に応じて、電極先端電圧の算出に用いる抵抗値及びインダクタンス値の設定を容易に行うことができる溶接用電源装置を提供すること。
【解決手段】処理部32は、設定されたケーブル情報(経路情報)に従って合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lを推定し、合計抵抗値Rと合計インダクタンス値Lに基づいて、インバータ回路22を制御するための先端電圧を算出する。そして、処理部32は、算出した先端電圧を用いてインバータ回路22をPWM制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は溶接用電源装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アーク溶接用電源装置は、商用電源からの交流入力電力を整流した直流電力をインバータ回路にて高周波交流電力に変換し、溶接トランスにて電圧調整された高周波交流電力を整流回路と直流リアクトルとでアーク溶接に適した直流出力電力に変換する。電源装置にて生成された出力電力はトーチにて支持される電極に供給され、これにより電極先端と溶接対象との間にアークが生じて、溶接対象の溶接が行われる。
【0003】
また、このような溶接用電源装置は、出力電流及び出力電圧の検出を行っており、制御装置は、その時々で検出された出力電流及び出力電圧をインバータ回路のPWM制御にフィードバックし、その時々の出力電力を適正値とする制御を実施することで、溶接性能の向上が図られている。
【0004】
好適なアークの生成には、電源装置内で検出する出力電圧をインバータ回路の制御値に反映させるのみならず、正にそのアークが生じている電極の先端電圧を算出し、算出した電極先端電圧を制御値に反映させることが好ましい。このため、例えば、特許文献1に示されるように、ワイヤ電極と溶接対象との間に設けたスイッチをオンしてアーク負荷部を短絡状態とし、電圧検出器による検出電圧に基づいて抵抗値R及びインダクタンス値Lを算出する。そして、算出した抵抗値R及びインダクタンス値Lと、電源装置内に設けた電圧検出器による検出電圧に基づいて、先端電圧を算出し、この先端電圧に基づいてインバータ回路を制御する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公平7−115183号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記の方法では、溶接対象毎にスイッチを設けなければならないため、溶接に直接的に係わらない準備が必要となり、作業工数が増加する。また、溶接対象の交換や溶接場所の移動のように、パワーケーブルの敷設状態が変る毎に、スイッチを制御してパワーケーブルに電流を流さなければならず、測定のための工数を要するため、溶接工数の増加を招く。
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的は、設置状況に応じて、電極先端電圧の算出に用いる抵抗値及びインダクタンス値の設定を容易に行うことができる溶接用電源装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、請求項1に記載の発明は、直流電力を高周波交流電力に変換するインバータ回路と、変換した交流電力の電圧調整を行う溶接トランスと、該溶接トランスの二次側交流電力から電極と溶接対象との間に溶接のためのアークを生じさせる出力電力を生成する直流変換手段と、検出手段にて検出した出力電流と出力電圧に基づいて前記電極の先端電圧を算出し、この先端電圧に基づいて前記インバータ回路を制御する制御手段とを備えた溶接用電源装置であって、前記出力電力を伝達する経路に関する経路情報を設定するための情報設定手段と、前記経路情報に応じて二次側の合計抵抗値と合計インダクタンス値を推定する推定手段と、を備え、前記制御手段は、前記推定手段により推定された前記合計抵抗値及び前記合計インダクタンス値と前記出力電流と前記出力電圧に基づいて前記電極の先端電圧を算出して前記インバータ回路を制御する。
【0009】
この発明では、設定された経路情報に従って、インバータ回路の出力電力を伝達する経路における合計抵抗値及び合計インダクタンス値が推定される。そして、合計抵抗値と合計インダクタンス値に基づいて、インバータ回路を制御するための先端電圧が算出される。これにより、先端電圧を測定するためにスイッチを設ける工程や、電極を短絡状態とするための工程が不要となり、溶接工程の増加を抑制する。
【0010】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の溶接用電源装置において、前記経路情報は、溶接用電源装置に接続され前記出力電力を伝達するパワーケーブルの長さ及び太さである第1の情報と、前記パワーケーブルの這わせ方と、溶接用電源装置と前記溶接対象との間の距離である第2の情報と、前記パワーケーブルの這わせ方に応じて、巻き数及び巻き直径、又は折り返し数及び折り返し長さ、である第3の情報と、を含み、前記推定手段は、設定が必須な前記第1の情報のみが設定された場合に、前記第1の情報に応じて前記合計抵抗値と前記合計インダクタンス値を推定する。
【0011】
この発明では、出力電圧を伝達するパワーケーブルの敷設状態を示す第1〜第3の情報のうち、第1の情報のみが設定された場合に、この第1の情報に応じて合計抵抗値と合計インダクタンス値を推定する。これにより、必須とする情報を設定するだけでパワーケーブルの敷設状態に応じた合計抵抗値と合計インダクタンス値が推定されるため、設定にかかる工数が少なく、短時間で溶接が開始される。
【0012】
請求項3に記載の発明は、請求項2に記載の溶接用電源装置において、前記推定手段は、前記第1の情報と前記第2の情報が設定された場合、前記第2の情報に従って前記第3の情報に対応する値を推定し、この推定した値と前記第1の情報に基づいて前記合計抵抗値と前記合計インダクタンス値を推定する。
【0013】
この発明では、第1の情報に加えて第2の情報が設定され、その第2の情報に基づいて第3の情報に応じた値が推定される。これにより、第1の情報のみを用いた場合より精度の高い合計抵抗値と合計インダクタンス値を推定することが可能となる。
【0014】
請求項4に記載の発明は、請求項2又は3に記載の溶接用電源装置において、前記推定手段は、設定された前記第1〜第3の情報に基づいて前記合計抵抗値と前記合計インダクタンス値を推定する。
【0015】
この発明では、第1〜第3の情報に従って合計抵抗値と合計インダクタンス値が推定される。これにより、さらに精度の高い合計抵抗値と合計インダクタンス値を推定することが可能となる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、設置状況に応じて、電極先端電圧の算出に用いる抵抗値及びインダクタンス値の設定が容易な溶接用電源装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】溶接用電源装置の概略構成図である。
【図2】設定値参照するデータベース(テーブル)の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を具体化した一実施形態を図面に従って説明する。
図1に示すように、消耗電極式のアーク溶接機10は、アーク溶接のための直流出力電力を出力する溶接用電源装置11と、アーク溶接のためのワイヤ電極12をトーチTHに送給するワイヤ供給装置13を備える。
【0019】
溶接用電源装置11のプラス側出力端子は、パワーケーブル14aを介してワイヤ供給装置13に接続される。溶接用電源装置11のマイナス側出力端子は、パワーケーブル14bを介して溶接対象Mに接続される。
【0020】
ワイヤ供給装置13は、一線式パワーケーブル13aを介してトーチTHに接続される。一線式パワーケーブル13aは、例えば、中心にワイヤ電極12をガイドするためのコイルライナが設けられ、その外周にガスを流すためのホースが設けられている。そして、このホースの外周には、電力を供給するための導電線が被覆され、最外周が絶縁被覆されている。トーチTHは、ワイヤ電極12への給電を行うコンタクトチップTHaを有し、このコンタクトチップTHaは一線式パワーケーブル13aの銅電線と電気的に接続される。これにより、溶接用電源装置11の出力電力は、ワイヤ電極12に供給される。
【0021】
このように、溶接用電源装置11にて生成された直流出力電力は、ワイヤ電極12と溶接対象Mに給電され、ワイヤ電極12と溶接対象Mとの間に発生するアークにより、溶接対象Mに対するアーク溶接が行われる。このとき、ワイヤ電極12は溶接時に消耗するため、ワイヤ供給装置13は、溶接による消耗に応じてワイヤ電極12を送給する。
【0022】
溶接用電源装置11は、商用電源から供給される三相の交流入力電力をアーク溶接に適した直流出力電力に変換する。交流入力電力は、ダイオードブリッジ及び平滑コンデンサよりなる整流平滑回路21にて直流電力に変換され、変換された直流電力はIGBT等のスイッチング素子TRを例えば4個用いたブリッジ回路にて構成されるインバータ回路22にて高周波交流電力に変換される。
【0023】
インバータ回路22にて生成された高周波交流電力は、溶接トランス23にて所定電圧値に調整された二次側交流電力に変換される。溶接トランス23の二次側交流電力は、ダイオードを用いた整流回路24と直流リアクトル25とで、アーク溶接に適した直流出力電力に変換される。
【0024】
制御装置31は、インバータ回路22のスイッチング素子TRに対しPWM制御を実施し、直流出力電力をその時々で適正値とする制御を行う。このとき、制御装置31は、その時々の出力電流I及び出力電圧Vの検出を行い、検出した出力電流I及び出力電圧Vに基づくPWM制御へのフィードバックを行う。
【0025】
即ち、溶接用電源装置11内のマイナス側出力端子の電源線上に電流センサ26が備えられており、制御装置31は、処理部(CPU)32においてその電流センサ26を介して溶接用電源装置11の出力電流Iを検出する。また、整流回路24の直後の電源線間に電圧センサ27が備えられており、制御装置31は、処理部32においてその電圧センサ27を介して溶接用電源装置11の出力電圧Vを検出する。そして、制御装置31は、処理部32にてその時々に検出した出力電流I及び出力電圧Vに基づいてPWM制御のデューティの算出を行い、インバータ回路22に出力するPWM制御信号を生成する。
【0026】
PWM制御において、制御に用いる出力電圧Vに、ワイヤ電極12の先端電圧Vaを用いることが好ましいが、先端電圧Vaの直接的な検出は困難である。そこで、制御装置31は、電圧センサ27からワイヤ電極12までの間の電圧変化分を記憶装置(図示略)に予め保持しておき、その時々に検出した出力電圧Vにその電圧変化分の補正を行って先端電圧Vaを算出し、その先端電圧Vaを用いてPWM制御を実施する。
【0027】
ところで、電圧センサ27からワイヤ電極12までの間の電圧変化分は、溶接用電源装置11内部の電圧変化分(整流回路24から出力端子までの抵抗値R1とインダクタンス値L1による電圧変化分)と、外部の電圧変化分(接続端子からワイヤ電極12先端まで(パワーケーブル14a,14b及び一線式パワーケーブル13a)の抵抗値R2とインダクタンス値L2による電圧変化分)を含む。内部電圧変化分は、使用状態の影響を受けないために予め補正項として先端電圧Vaの算出に組み込むことが可能である。しかし、外部電圧変化分は、パワーケーブル14a,14bのケーブル長や敷設状態(直線敷設や周回敷設、その周回数)等、使用者毎に条件が相違するため、抵抗値R2とインダクタンス値L2の変化の影響を大きく受ける。
【0028】
そのため、使用者がアーク溶接機10を現場に設置し、パワーケーブル14a,14bの敷設も含めて正に使用状態としたところで、パワーケーブル14a,14bに対応するケーブル情報を制御装置31の処理部32に設定する。処理部32は、設定されたケーブル情報に従って、合計抵抗値Rと合計インダクタンス値Lを推定する。合計抵抗値Rは、溶接用電源装置11の内部に備えられたケーブルの抵抗値と、溶接用電源装置11に接続されたパワーケーブルの抵抗値の合計値である。合計インダクタンス値Lは、溶接用電源装置11の内部のケーブルおよび直流リアクトル25におけるインダクタンス値と、溶接用電源装置11の外部に接続したパワーケーブルにおけるインダクタンス値の合計値である。処理部32は、推定した合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lを、処理部32内又は記憶装置33に保持する。
【0029】
そして、制御装置31は、短絡が発生したときの出力電流を制御することによってスパッタを低減するように、インバータ回路22を制御する。例えば、制御装置31は、出力電圧Vの変化等により、短絡が発生する期間と、アークが発生する期間を検出し、短絡が発生するとき、出力電流Iの減少を急峻として短絡発生時やアーク発生時の電流値を抑制し、スパッタの発生量の低減を図る。
【0030】
次に、合計抵抗値Rと合計インダクタンス値Lの推定の方法を説明する。
処理部32に接続された入力装置28及び表示装置29は、ケーブル情報の設定に用いられる。入力装置28及び表示装置29は、例えば、溶接用電源装置11の操作パネルに設けられている。
【0031】
入力装置28は、例えばプッシュスイッチやロータリエンコーダである。使用者は、入力装置28を操作して、ケーブル情報を示す数値を直接入力する、ケーブル情報に対応する番号もしくは値を入力又は選択する。処理部32は、入力装置28の操作に従ってケーブル情報を設定する。処理部32は、ケーブル情報の入力を促す文字列やケーブル情報の選択のための文字列、入力された値、又は対応するケーブル情報を、表示装置29に表示する。そして、処理部32は、入力装置28の所定の操作、例えば実行キー(エンターキー)に応答して、設定されたケーブル情報に応じた合計抵抗値R及びインダクタンス値Lを推定する。
【0032】
ケーブル情報は、パワーケーブル14a,14bの種別を示す種別情報、パワーケーブル14a,14bの敷設状態を示す敷設情報を含む。種別情報は、ケーブル長、ケーブル太さ(断面積)を含む。敷設情報は、ケーブルの這わせ方、溶接用電源装置11と溶接対象Mとの間の距離、巻数、巻き直径、折り返し長さ、折り返し数を含む。
【0033】
なお、ケーブル情報のうち、ケーブル長とケーブル太さは必須な情報(第1の情報:基礎情報)に設定されている。ケーブル情報のうち、ケーブルの這わせ方と電源装置−溶接対象間距離は、入力が推奨される情報(第2の情報)に設定されている。そして、ケーブル情報のうち、「巻き」に対応する巻数と巻き直径、「折り返し」に対応する折り返し長さと折り返し数は、入力が好ましい情報(第3の情報)に設定されている。
【0034】
処理部32は、ケーブル情報に基づいて、敷設されたパワーケーブル14a,14bの状態に応じた合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lを推定する。例えば、処理部32は、各値の推定にデータベースを用いる。データベースは、例えば記憶装置33に格納されている。
【0035】
データベースは、パワーケーブルの長さと太さに対応して抵抗値R及びインダクタンス値Lが格納されたテーブル(主テーブル)を含む。この主テーブル33aの一例を図2に示す。主テーブルに格納された抵抗値Rは、パワーケーブルの長さと太さに対応する。また、主テーブルに格納されたインダクタンス値Lは、パワーケーブルを直線的に這わせたときにおけるインダクタンス値に対応する。
【0036】
また、データベースには、パワーケーブルの這わせ方に対応する値(補正値)を格納したテーブル(補助テーブル)を含む。この補助テーブルは、這わせ方が「巻き」の場合の巻き補助テーブル、這わせ方が「折り返し」の場合の折り返し補助テーブルを含む。例えば、「巻き」に対応する補助テーブルには、巻数と巻き直径に応じた値(補正値)が、巻数と巻き直径に関連付けて格納されている。また、「折返し」に対応する補助テーブルには、折り返し長さと折り返し数に応じた値(補正値)が、折り返し長さと折り返し数に関連付けて格納されている。
【0037】
処理部32は、入力装置28により設定されたケーブル情報に基づいて、ケーブル情報に応じたテーブル(主テーブル、補助テーブル)を用いて、合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lを推定する。
【0038】
上記したように、ケーブル情報は、第1〜第3の情報を含む。必須である第1の情報のみが設定された場合、処理部32は、主テーブルを用いて、合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lを推定する。即ち、処理部32は、主テーブルから、第1の情報に対応する抵抗値R及びインダクタンス値Lを取得し、それらを合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lとする。つまり、処理部32は、第1の情報のみの設定により、敷設したパワーケーブルに応じた概略的な合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lを取得する。従って、溶接環境に応じた二次側の合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lを容易に取得することができる。
【0039】
また、第1の情報と第2の情報が設定された場合、処理部32は、第2の情報に基づいて第3の情報に対応する値、即ち、「巻き」に対応する巻数及び巻き直径、又は「折り返し」に対応する折り返し長さ及び折り返し数を推定する。推定には、例えば演算式を用いる。
【0040】
パワーケーブルの這わせ方を「巻き」とした場合、処理部32は、記憶装置33に格納された設定値を読み出す。設定値は、例えば、平均的な巻き直径DRである。処理部32は、第1の情報(ケーブル長LA、ケーブル太さCD)と、電源装置−溶接対象間距離L1に基づいて、巻数N1を、
N1=(LA−L1)/(DR×π)
により算出する。
【0041】
パワーケーブルの這わせ方を「折り返し」とした場合、処理部32は、第1の情報(ケーブル長LA、ケーブル太さCD)と、電源装置−溶接対象間距離L1に基づいて、折り返し長さTLと折り返し数TNを、
TL=L1/2
TN=(LA−L1)/TL
により算出する。
【0042】
処理部32は、推定した各値と、這わせ方に対応する補助テーブルから補正値を取得する。そして、処理部32は、主テーブルから取得した抵抗値Rとインダクタンス値Lのそれぞれに対して補正値に従って補正した値を合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lとする。
【0043】
つまり、処理部32は、第2の情報(パワーケーブルの這わせ方と電源装置−溶接対象間距離)に基づいて、不足する情報(巻数及び巻き直径、又は折り返し長及び折り返し数)を、既定の情報を用いて推定する。そして、処理部32は、各情報に従って、敷設したパワーケーブルに応じた合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lを取得する。このように取得した合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lは、第1の情報のみにより推定した各値と比べ、パワーケーブルの敷設状態により近い値となる。従って、処理部32は、敷設したパワーケーブルの状態に応じた合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lを精度よく求めることができる。
【0044】
また、第1〜第3の情報が設定された場合、処理部32は、設定された第2の情報と第3の情報に基づいて、這わせ方に対応する補助テーブルから、設定された値(巻数等)に対応する補正値を取得する。そして、処理部32は、主テーブルから取得した抵抗値Rとインダクタンス値Lのそれぞれに対して補正値に従って補正した値を合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lとする。従って、処理部32は、敷設したパワーケーブルの状態に応じた合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lを高い精度で求めることができる。
【0045】
ケーブル長及びケーブル太さは、敷設したパワーケーブルの種類に対応するため、測定等を必要としない。また、パワーケーブルの這わせ方は、敷設したパワーケーブルの状態であるため、容易に把握することができる。そして、電源装置−溶接対象間の距離は、まさに溶接しようとする場所に対応するため、これも容易に把握することができる。そして、第1〜第3の情報の設定に要する時間は、従来で示したように、短絡のためのスイッチを設けるために必要な時間や、トーチTHの先端を正しく溶接対象に接触させるのに要する時間と比べ、極めて短い。また、短絡のためのスイッチを設ける必要がなく、また、トーチTHの電極THaを接触させる必要が無い。従って、工程が少なくなり、溶接開始までの時間が短くなる。
【0046】
制御装置31は、溶接動作時において、記憶した合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lと、検出したその時々の出力電流I及び出力電圧Vに基づいて、先端電圧Vaを、
Va=V−L・dI/dt−R・I ・・・ (d)
により算出する。そして、制御装置31は、算出した先端電圧Vaを用いてPWM制御を実施する。
【0047】
上記したように、本実施形態によれば、以下の効果を有する。
(1)処理部32は、設定されたケーブル情報(経路情報)に従って合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lを推定し、合計抵抗値Rと合計インダクタンス値Lに基づいて、インバータ回路22を制御するための先端電圧Vaを算出する。そして、処理部32は、算出した先端電圧Vaを用いてインバータ回路22をPWM制御する。これにより、先端電圧を検出するためにスイッチ等を設ける工程や、電極を短絡状態とするための工程が不要となり、溶接工程の増加を抑制することができる。また、設定されたケーブル情報に従って合計抵抗値Rと合計インダクタンス値Lを推定するため、敷設したパワーケーブルの状態に応じて合計抵抗値Rと合計インダクタンス値Lが推定されるため、スパッタの低減と、アークの安定性向上を図ることができる。そして、好適なアークを発生することができ、溶接性能の向上を図ることができる。
【0048】
(2)処理部32は、設定が必須な第1の情報(パワーケーブルの長さ及び太さ)のみが設定された場合、データベース(テーブル)から第1の情報に対応する抵抗値及びインダクタンス値を取得し、これらを合計抵抗値及び合計インダクタンス値とする。従って、設定にかかる工数が少なく、短時間で溶接を開始することができる。
【0049】
(3)処理部32は、第1の情報に加えて第2の情報(這わせ方、電源装置−溶接対象間距離)が設定された場合、その第2の情報に基づいて第3の情報に応じた値(巻数及び巻き直径、又は折り返し数及び折り返し長さ)を推定する。従って、第1の情報のみを用いた場合より精度の高い合計抵抗値と合計インダクタンス値を推定することができる。
【0050】
(4)処理部32は、第1〜第3の情報が設定された場合、この第1〜第3の情報に基づいて合計抵抗値と前記合計インダクタンス値を推定する。従って、さらに精度の高い合計抵抗値と合計インダクタンス値を推定することができる。
【0051】
尚、本発明の実施形態は、以下のように変更してもよい。
・上記実施形態では、ケーブル情報の設定に、溶接用電源装置11の入力装置28と表示装置29を用いた。これを、他の装置を用いてもよい。例えば、溶接ロボットを含む溶接システムは、溶接ロボットを制御する制御装置に、ロボットを操作するための操作部(ティーチペンダント)が接続されている。このティーチペンダントは、操作スイッチと表示装置を備えている。この操作スイッチと表示装置の操作に従ってケーブル情報を設定し、合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lを推定する。溶接ロボットの制御装置は、溶接用電源装置11より溶接場所に近い場所に設置されることが多い。このため、ティーチペンダントを用いることで、作業者が設定等を容易に行うことができる。なお、溶接ロボットの制御装置に入力装置及び表示装置の少なくとも一方を設け、装置を用いてケーブル情報の設定等を行うようにしてもよい。
【0052】
・上記実施形態では、合計抵抗値Rと合計インダクタンス値Lの推定にデータベースを用いたが、演算式を用いてケーブル情報から合計抵抗値Rと合計インダクタンス値Lを算出するようにしてもよい。
【0053】
また、データベースと演算式を適宜組み合わせて、ケーブル情報から合計抵抗値Rと合計インダクタンス値Lを算出するようにしてもよい。例えば、ケーブル情報のうち、ケーブル長とケーブル太さに対応して合計抵抗値Rと合計インダクタンス値Lが格納されたデータベース(テーブル)から各値を読み出し、その各値に対して、他のケーブル情報(例えば、ケーブルの這わせ方や電源装置−溶接対象間の距離)をパラメータとする演算式を用いて、対応する合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lを算出するようにしてもよい。
【0054】
・上記形態では、直流リアクトル25に、線形特性を有するリアクトルを用いたが、過飽和特性を有するリアクトルを用いてもよい。過飽和リアクトルを用いることで、高電流領域ではインダクタンス値が小さいことから電流平滑のための波形制御への影響が小さく、低電流領域ではインダクタンス値が増大することでアーク切れが防止されると言うように、全電流領域に亘って好適な直流出力電力を生成することが可能となる。
【0055】
・上記形態では、パワーケーブル14aをワイヤ供給装置13に接続し、そのワイヤ供給装置13からパワーケーブル13aを介してトーチTHに溶接電流を供給した。これに対し、溶接用電源装置11に一端が接続されたパワーケーブルの他端をトーチTHに直接的に接続した溶接機に具体化してもよい。
【符号の説明】
【0056】
10 アーク溶接機
11 溶接用電源装置
12 ワイヤ電極
14a,14b パワーケーブル(経路)
23 溶接トランス
24 整流回路(直流変換手段)
25 直流リアクトル(直流変換手段)
26 電流センサ(検出手段)
27 電圧センサ(検出手段)
28 入力装置(情報設定手段)
29 表示装置(情報設定手段)
31 制御装置(制御手段、先端電圧算出手段、情報設定手段、推定手段)
32 制御部(情報設定手段、推定手段)
33 記憶装置
M 溶接対象
TH トーチ
THa コンタクトチップ(電極)
I 出力電流
Ip 電流値
V 出力電圧
Va 先端電圧(先端電圧値)
R 合計抵抗値
L 合計インダクタンス値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流電力を高周波交流電力に変換するインバータ回路と、変換した交流電力の電圧調整を行う溶接トランスと、該溶接トランスの二次側交流電力から電極と溶接対象との間に溶接のためのアークを生じさせる出力電力を生成する直流変換手段と、検出手段にて検出した出力電流と出力電圧に基づいて前記電極の先端電圧を算出し、この先端電圧に基づいて前記インバータ回路を制御する制御手段とを備えた溶接用電源装置であって、
前記出力電力を伝達する経路に関する経路情報を設定するための情報設定手段と、
前記経路情報に応じて二次側の合計抵抗値と合計インダクタンス値を推定する推定手段と、
を備え、
前記制御手段は、前記推定手段により推定された前記合計抵抗値及び前記合計インダクタンス値と前記出力電流と前記出力電圧に基づいて前記電極の先端電圧を算出して前記インバータ回路を制御する、
ことを特徴とする溶接用電源装置。
【請求項2】
請求項1に記載の溶接用電源装置において、
前記経路情報は、
溶接用電源装置に接続され前記出力電力を伝達するパワーケーブルの長さ及び太さである第1の情報と、
前記パワーケーブルの這わせ方と、溶接用電源装置と前記溶接対象との間の距離である第2の情報と、
前記パワーケーブルの這わせ方に応じて、巻き数及び巻き直径、又は折り返し数及び折り返し長さ、である第3の情報と、
を含み、
前記推定手段は、設定が必須な前記第1の情報のみが設定された場合に、前記第1の情報に応じて前記合計抵抗値と前記合計インダクタンス値を推定する、
ことを特徴とする溶接用電源装置。
【請求項3】
請求項2に記載の溶接用電源装置において、
前記推定手段は、前記第1の情報と前記第2の情報が設定された場合、前記第2の情報に従って前記第3の情報に対応する値を推定し、この推定した値と前記第1の情報に基づいて前記合計抵抗値と前記合計インダクタンス値を推定する、
ことを特徴とする溶接用電源装置。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の溶接用電源装置において、
前記推定手段は、設定された前記第1〜第3の情報に基づいて前記合計抵抗値と前記合計インダクタンス値を推定する、
ことを特徴とする溶接用電源装置。

【図1】
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【図2】
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