説明

溶液中の物質の電解処理方法

【課題】有機化合物の分析において、予備段階として水溶液中の物質の分子における原子間の結合を切断する方法を提供する。
【解決手段】試料溶液の流路に設けた電解装置により溶液中の物質の電解処理を行なう方法において、電解装置は導電体の電極板の少なくとも片面に導電性のダイヤモンド皮膜が形成された作用電極11と、作用電極のダイヤモンド皮膜を有する面と0.05ないし1.0mmの間隔をもって対向する導電体からなる対極13と、先端が作用電極と0.05ないし1.0mmの間隔をもって対向する参照電極30とを有するものであって、作用電極と対極および参照電極との間に前記試料溶液を流しつつ作用電極と対極との間に水の電解が生じない範囲の電圧を印加することにより、被処理物質の分子の原子間の結合を切断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は水溶液の流路に設けられた電解装置により電解を行なって水溶液中の物質の分子における原子間の結合を切断し、各種有機化合物等の分析を行なうさいの前処理に利用する電解処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
種々の有機化合物などを含有する溶液中の成分を検出する方法の一つとして溶液の電解電流を測定する方法がある。このような電気化学的な検出に使用する電極としては炭素系材料、金属、金属酸化物、半導体などが知られており、特にグラッシーカーボンなどの炭素質の電極は広く使用されている。
【0003】
さらに特開平11−83799号公報(特許文献1)に示されるように、電解装置の作用電極としてダイヤモンド電極が注目されるようになった。特許文献1においてはダイヤモンド電極としてシリコン単結晶の基板上にプラズマ励起CVDによりダイヤモンド薄膜を形成したものを使用している。なお導電性を付与するために微量の硼素を混入させている。そしてこのようなダイヤモンドによる作用電極と対極および参照極とを電解槽中の並べて保持し、電極間に電圧を印加して電解電流を測定している。
【0004】
上記のように作用電極としてダイヤモンド電極を使用した電解装置は2.5Vといった高い電圧での電解が可能である。すなわち従来の電解装置において作用電極として一般に使用されているグラッシーカーボンなどの炭素質の電極はアノードとしての電位が対標準水素電極(以下「対NHE」と称する)1.2Vを超えると水の電気分解が発生し、成分中の物質による電解電流の測定が困難になる。一方、作用電極としてダイヤモンド電極を使用する電解装置は約2.5Vまで水の電気分解が発生しない。したがって電解電圧が高かったため従来は検出できなかった物質の検出が可能となる。
【0005】
特許文献1においては、被測定物質により電解が開始する電圧が相違することを利用して複数の成分が混在してしている溶液において、それぞれの成分の濃度を求めることができるとしている。たとえばダイヤモンド電極上でグルコースの酸化は+2.2Vで開始し、アスコルビン酸の酸化は+0.7Vで開始する。したがってたとえば+1.5Vと+2.5Vで電解を行なってその時の応答電流を求めれば、+1.5Vでの応答電流はアスコルビン酸のみ、+2.5Vの応答電流はアスコルビン酸とグルコースの合計に対応するので、それぞれの濃度を求めることができる。電流としては、グルコース濃度が5mMのとき、+2.5Vにおいて0.5mA/cm2といった値が示されている。
【0006】
一方、特開2001−50924号公報(特許文献2)には、試料溶液を連続的に導入して電解を行なった後に排出する一般にフローセルと称する電解装置において、ダイヤモンド電極を適用した装置が示されている。引用文献2においてはフローセルに緩衝液を連続的に流した状態で試料溶液を間欠的に注入して電解電流を測定するフローインジェクション分析が示されている。たとえば設定電位を1.275V(vs. Ag/AgCl)として、0.1Mの燐酸塩緩衝液を流速1ml/minで流しつつ、1μMないし100μMの範囲の各濃度のヒスタミンを含有する溶液を20μlずつ注入して電解電流を測定している。その結果、注入する度にピーク電流が確認されており、100μMの場合には437.096nAとなっている。そしてこれより濃度が低い溶液においては濃度に比例した低い電流が得られているので、これにより正確な濃度測定が可能であるとしている。
【0007】
ところで、有機化合物の分析においては分子構造の一部分を前もって分解してから、分解後の成分の分析を行なうことがある。たとえば糖蛋白質は蛋白質を構成するアミノ酸に一部に糖鎖が結合したものであるが、これの糖鎖を形成する糖の種類や構造様式を解析することによって動物における生命現象の研究がなされている。特開2006−38674号公報(特許文献3)には糖蛋白質の糖類の分析にあたり、糖と蛋白質とを分離することが示されている。すなわち上記公報においては酵素であるペプチドN−グリコシターゼFを使用して糖蛋白質よりN−結合型糖鎖を遊離して、グリコシルアミン型糖類を得ている。そしてこのグリコシルアミンに蛍光標識をして蛍光標識つきHPLC(HPLC−FLD)で分析を行なっている。また上記のような酵素を使用する方法の他に例えばヒドラジンを使用して化学的に糖と蛋白質とを分離する方法もある。
【特許文献1】特開平11−83799号公報
【特許文献2】特開2001−50924号公報
【特許文献3】特開2006−38674号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
有機化合物の分析において、予備段階として分子構造の一部分を分解する方法として前記のように酵素を使用する方法は、選択性があるので対象とする化合物に応じたものを用意する必要がある。このため分析対象とする化合物の種類によっては適用できない場合もあり、また一般に高価である。一方、化学的に分解する方法では、例えば前記のようにヒドラジンを使用した場合には分解生成物がグリコシルヒドラジドといった特有の化合物になるので、その後の段階での分析方法の選択が制限される。このようなことから本発明は溶液中の物質の分子構造の一部分を分解する別の方法として電解処理に着目し、これを可能にしようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は前記課題を解決するものであって、試料溶液の流路に設けた電解装置により溶液中の物質の電解処理を行なう方法において、電解装置は導電体の電極板の少なくとも片面に導電性のダイヤモンド皮膜が形成された作用電極と、作用電極のダイヤモンド皮膜を有する面と0.05ないし1.0mmの間隔をもって対向する導電体からなる対極と、先端が作用電極と0.05ないし1.0mmの間隔をもって対向する参照電極とを有するものであって、作用電極と対極および参照電極との間に前記試料溶液を流しつつ作用電極と対極との間に電圧を印加することにより、被処理物質の分子の原子間の結合を切断することを特徴とする溶液中の物質の電解処理方法である。
ここにおいて、作用電極に印加する電圧は2.5V(Ag/AgCl基準電極に対して)以下の、水の電解が発生しない範囲であること、被処理物質の濃度10μMあたりの電解電流が、電流値100μA以下の範囲において1μA以上であることも特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明による溶液中の物質の電解処理方法は、電解装置を特有な構造にするとともに作用電極としてダイヤモンド皮膜を有する電極を使用し、電解電圧の選択により分解の程度を制御できるようにしたものであって、有機化合物等の分析の前段階として分子構造の一部分を分解することができる。しかもダイヤモンド電極の使用により広い範囲の電解電圧を採用することができるので、広範囲な物質に適用ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の方法は本発明特有の電解装置を試料溶液の流路に設けて電解処理を行なうものであって、水の電解が発生しない範囲の電圧で分子の原子間の結合を切断することを可能としたものである。このような電圧範囲においては電圧を調節することにより分解の程度を制御することができるので、それぞれの物質における目的とする分解反応に適応した特定の電圧で電解を行なう。ここにおいて本発明の方法に使用する電解装置は、導電体の電極板の少なくとも片面に導電性のダイヤモンド皮膜が形成された作用電極と、作用電極のダイヤモンド皮膜を有する面と0.05ないし1.0mmの間隔をもって対向する導電体からなる対極と、先端が作用電極と0.05ないし1.0mmの間隔をもって対向する参照電極とを有するものである。
【0012】
図1および図2は本発明に使用する電解装置を示す図であって、図1は軸方向に平行な断面図、図2は図1におけるA−A´矢視断面図である。これらの図において11は作用電極であって(図2では位置関係を2点鎖線で示している)、薄い板状の電導性の基板の少なくとも表側の面、すなわち図2において少なくとも左側の面に導電性のダイヤモンド皮膜が形成されている。また12は弗素樹脂など耐薬品性の電気絶縁体からなるスペーサであって、図2に見るように一つの細長い穴121が開いている。また13はチタンなどの耐蝕性を有する導電体のブロックからなる対極であって、スペーサ12を挟んで作用電極11のダイヤモンドが形成された面と対向している。
【0013】
上記の作用電極11は導電性の薄板、たとえば厚さが0.7mm程度の導電性のシリコンの単結晶板を基板として数μmの大きさの微細なダイヤモンドの結晶からなる30μm程度の厚さの皮膜を形成することによって作成される。ダイヤモンド皮膜の形成はアセトンなどの炭素源を含有する水素ガス中でプラズマCVDにより行なえる。なおダイヤモンドに導電性を付与するために酸化硼素などを前記炭素源に溶解することにより硼素をドープする。
【0014】
前記スペーサ12の穴121によって形成される一つの空間14にそれぞれ開口して、被処理液の導入口15および排出口16ならびに参照電極30があるが、これらはいずれも対極13のブロックに設けられている。すなわち被処理液の導入口15および排出口16は対極13のブロックに穴をあけることによって形成され、被処理液の導入、排出のための流体継手17、18が対極のブロックにねじ込まれている。また参照電極30も対極のブロックにねじ込んで取り付けられている。なお19は対極13への通電端子である。
【0015】
参照電極30はAg−AgCl系の例を示しているが、弗素樹脂のような耐薬品性の容器301の中に飽和KCl溶液をゼラチンによりゲル状にしたものが電解液302として充填されている。さらにこの中に表面をAgClにしたAg線が電極材303として挿入されている。また304は参照電極の電解液302と被処理液とを隔てる多孔質セラミックスなどのフィルターである。
【0016】
また作用電極11の電極板の裏面、すなわち対極13と対向する面の反対側には作用電極への通電板20が設けられ、作用電極11に接触している。21は作用電極11への通電端子である。また22は耐薬品性の電気絶縁体からなる与圧カバーであって、図示しない複数の止めねじによって前記の対極13のブロックと結合されており、Oリング23、24でシールすることにより電解装置の内部を与圧状態に保持する。また前記の通電板20の一部にOリング26を設けてその内側に被処理液が入らないようにし、液体を介さず直接に通電板を電極板の裏面に電気的接触させる。また27は対極13の金属ブロック全体を覆うプラスチック製の絶縁カバーである。
【0017】
上記のように電解装置の内部は与圧状態になっているが、作用電極11の電極板のダイヤモンドが形成されていない裏面および端面や、通電板20の表面での水の電気分解を防止するためである。すなわち作用電極の電極板の面で液をシールするのは加圧力による電極板の破損の問題から困難であるので、本発明における電解装置は作用電極11の電極板の裏面や端面も試料溶液との接触を許容する構造にしている。このため作用電極の裏面や端面、通電板の表面などで水の電気分解によって気体が発生する。しかし電解装置の内部を加圧すれば発生した気体の膜を安定に維持し、装置を起動させて時間が経過したときにこれらの個所で水の電気分解を安定に停止状態にできる。したがって電解処理中に時々水の電解が発生して、分子の分解の程度の制御が困難になる問題を回避できる。加圧力としては効果の点と装置のシールの問題から、1.0kg/cm2 以上15.0kg/cm2以下(ゲージ圧)が適当である。
【0018】
さらに本発明の電解装置においては、作用電極と対極との間隔を0.05ないし1.0mmとする。この間隔はスペーサ12の厚さによって規制されるのでこれの厚さを調節すれば良い。またさらに作用電極と対極との間隔だけでなく、参照電極と対極との間隔もを0.05ないし1.0mmとする。先に述べたように参照電極は対極のブロックにねじ込んで取付けられているので、このときの参照電極の取付け位置と前記の作用電極と対極との間隔とによって、参照電極と対極との間隔が所定の値に維持される。参照電極の先端部を対極の電極面の位置と同じにすれば対極と参照電極の両方とも作用電極と同じ間隔になるが、通常はこのような状態で良い。
【0019】
本発明の方法は上記のような電解装置を使用して、それぞれの物質における目的とする分解反応に適応した特定の電圧を作用電極に印加して電解を行なう。本発明における電解処理は水の電解が生じない限度の電圧で行なうものであるが、上記のように被測定物質を検出する電解装置の作用電極としてダイヤモンド電極を使用することにより従来より高い電圧を印加して電解することが可能である。すなわち従来の電解装置において作用電極として一般に使用されているグラッシーカーボンなどの炭素質の電極はアノードとしての電位が対標準水素電極1.2Vを超えると水の電気分解が発生するが、本発明で使用する電解装置は約2.5V(Ag/AgCl基準電極に対して)まで水の電気分解が発生しない。したがって作用電極としてダイヤモンド電極を使用した電解装置では、高い電圧でなければ分解しない分子の原子間の結合を切断することも可能となり、適用範囲を広くすることができる。
【0020】
本発明において水が電解しない電圧範囲で分子の原子間の結合を切断させるためには、前記のように作用電極11のダイヤモンド皮膜を有する面と対極13との間隔、および参照電極30の先端と対極との間隔を1.0mm以下といった狭い間隙にする必要がある。なお作用電極および参照電極と対極との間隔は0.05mmより小さいと作用電極や参照電極と対極とが接触するおそれがあるので、0.05mm以上が適当である。
【0021】
作用電極と対極との間隔、参照電極と対極との間隔のいずれかが1.0mmより大きくても電解電流は観測されるが分子からの電子の離脱によるものであって、引用文献2に示されているように濃度が100μMの試料で検出される電流は0.4μAといった程度である。ところが本発明における電解装置においてはこれより桁外れに大きく、種々の有機化合物における実験結果を総合すると溶液中の被処理物質の濃度10μM(10pmol/μl)あたり1μA以上になる。
【0022】
上記のように濃度に対して大きな電解電流が観測されれば分子の原子間の結合の切断が発生していることになる。このとき分子の原子間の結合の切断に伴って発生する電解電流はそれぞれの分解される分子の濃度と比例関係がある。したがって電流の測定により分解される分子の濃度を確認することができる。ただし当然予想されることではあるが、濃度を高くすれば幾らでも電流が増大する訳ではなく、実際には電流値で約100μAを超えると比例関係が崩れて徐々に頭打ち傾向になる。したがって前記の本発明における電解電流が被処理物質の濃度10μM(10pmol/μl)あたり1μA以上というのは、電流値100μA以下の範囲で成り立つことになる。なおこの電流値100μA以下の範囲というのはこの範囲を超える電流で電解を行なうことを排除する意味ではなく、被処理物質の濃度と電流の比例関係が崩れてくるというだけのことである。
【0023】
上記のような電解による分子の原子間の結合の切断が、なぜ作用電極および参照電極と対極とを0.05ないし1.0mmといった狭い間隙をもって対向させた場合にのみ発生するのかは不明である。ただ、現象からみて間隔を狭くすることによる大きな電位傾度とこれによる電気的二重層の構造の変化が関与していることが推定される。しかし参照電極自体は電流が流れないものであり、なぜその先端を作用電極と狭い間隔をもって対向させる必要があるかについては推測できない。
【0024】
なお水の電解が発生するような高い電圧、たとえば5Vといった電圧で電解を行なえば、電解装置が従来のものであるか本発明特有のものであるかいかんに関係無く、水の電解と並行して溶液中の有機物を分解することが可能である。このような分解は電解作用によって直接になされるのではなく、水の電解によって生じた活性酸素すなわち反応性の高いOHラジカルなどによって急速に酸化が進行するものと考えられる。このような水の電解に伴なって発生する有機物の分解における分解生成物はたとえば水と炭酸ガスが見られ、分解の程度が非常に進行した形になる。
【0025】
前記のように従来の電解装置を使用した場合においては、水が電解しない電圧範囲では分子の原子間の結合を切断するような電解は発生しない。一方、水の電解が発生するような電圧では電解装置いかんに関係なく分子の原子間の結合が切断されるが、分子の特定の個所を切断するなど分解の程度が制御された形での電解は生じない。したがって水の電解が発生するような電圧では分子を完全に分解して環境に有害な物質を処理するなどの目的には使用できるが、分析の前処理への使用は不適当である。
【0026】
本発明の電解装置によれば、多くの有機化合物において分子の原子間の結合の一部分が切断されることが確かめられている。たとえばヒドロキシル基(−OH)、アミノ基(−NH2)、カルボキシル基(−COOH)、チオ−ル基(−SH)の切断や、エステル結 合、エーテル結合の切断が発生する。またこれら官能基だけでなく、鎖状に結合した原子間においても結合の切断が生ずることが判明した。たとえばエタン、ブタン、プロパンなどの他、ベンゼン、ナフタレンなどの環状結合の有機化合物のおいても分子の結合の切断が発生する。さらにポリ塩化ビフェニールやクロルベンゼンなどの有機ハロゲン化合物においても分子の結合の切断が発生することが確認された。
【0027】
また分子の原子間の結合の切断は電解電圧によってその状況が変化し、必ずしも1個所ではでなく、複雑な化合物においては同時に複数個所で切断が生ずることもある。本発明の電解処理方法はたとえば糖蛋白質の分析において糖と蛋白質とを分離するのに適用できる。また上記のように有機化合物から種々の官能基を切断することができるので、分解生成物の分析により分子構造を調べたりすることもできる。
【0028】
なお試料溶液を電解装置に通したときに分解するのはもとの成分量の3〜5%程度が普通である。しかし通常の分析の目的においては試料溶液を電解装置に循環させて繰り返し電解する必要はなく、電解装置に1回通すだけで充分である。したがって電解装置を通過した溶液は元の成分と元の成分1種類につき少なくとも2種類の分解生成物とを含有することになるが、後の処理においてクロマトグラフィーなどにより必要に応じて元の成分を分離することもできる。
【実施例】
【0029】
(実施例1)
図1および図2に示した電解装置により電解を行なって試料溶液中の被測定物質成分の検出を行なった。電解装置はスペーサ11の厚みが異なるものを使用することにより作用電極11と対極13との間隔を0.2mm、0.5mm、1.0mm、2.0mmと変えた。また参照電極30の先端位置をいずれの場合も対極の電極面と同じにしたので、参照電極と対極との間隔も作用電極と対極との間隔と同じになる。電解装置の作用電極印加電圧は2.2V(Ag/AgCl基準電極に対して、以下同様)に設定したが、電源を投入して定常状態に達した後は水の電解は発生しなかった。
【0030】
上記電解装置に100mM−KH2 PO4 溶液の緩衝液を0.5ml/minの速度で供給している状態で、バリンが5pmol/μl(濃度5μM)の濃度の試料溶液を20μl電解装置の手前の流路に注入したところ、作用電極と対極との間隔が0.2mm、0.5mm、1.0mmの場合にはそれぞれ2.9μA、2.3μA、1.4μAの電解電流のピークが検出されたが、2.0mmの場合には同じ測定感度で検出可能な電解電流は検出されたかった。電解装置を通した後の溶液を分析したところバリンは分解してケト酸になっていることが確認された。またそれぞれルイシンやイソルイシンを上記と同じ濃度含有する試料溶液についても同様に実験したが、いずれも同程度の電解電流が検出され、電解によりそれぞれのケト酸が生成していることが確認された。
【0031】
(実施例2)
実施例1で使用した電解装置において、参照電極についての条件を変更して電解を行ない試料溶液中の被測定物質成分の検出を行なった。ただし作用電極と対極との間隔は0.5mmで一定にした。条件Aとして、参照電極30の対極13に対する取付け位置を変更して、先端部を対極の電極面より1.5mm後退させた。したがって作用電極と対極との間隔が0.5mmであると、参照電極と対極の間隔は2.0mmとなる。また条件Bとして参照電極の先端部位置は対極の電極面と同じであるが参照電極への電気回路の接続を切り、代わりに電解装置への試料溶液の流入路に別の参照電極を設けてこれに電気回路を接続した。この場合、対極に取付けられた参照電極は単なる絶縁物の壁とみなし得る。
【0032】
実施例1と同様に作用電極に2.2Vを印加し、電解装置に100mM−KH2 PO4溶液の緩衝液を0.5ml/minの速度で供給している状態で、バリンが5pmol/μlの濃度のサンプルを20μl電解装置の手前の流路に注入した。しかしながら条件A、条件Bのどちらの場合も、実施例1のときと同じ測定感度で検出可能な電解電流は検出されなかった。また電解装置の通した後の溶液を分析したところ、バリンはそのまま残っていることが確認された。
【0033】
(実施例3)
電解装置を使用して糖蛋白質の構造解析を行なった。すなわち実施例1の電解装置において作用電極と対極および参照電極との間隔を0.2mmとし、作用電極に2.0Vを印加した。このとき100mM−KH2 PO4 溶液の緩衝液を0.5ml/minの速度で供給している状態で、試料として黄体形成ホルモンを250pmol/μl(濃度250μM)を含む試料溶液を電解装置の手前の流路に20μl注入したところ、550μAの電解電流が観察された。
【0034】
電解装置から排出された溶液をエバポレ−タで濃縮した後、HPLCにより分析を行なった。分析はカラムとして糖分析用配位子交換カラム(商品名Shodex SUGAR SH 1821)、溶離液として水を使用し、検出は質量分析計(LC−MS)で行なった。その結果分離された糖鎖および構成糖がフルクト−ス、ガラクト−ス、マンノ−ス、ガラクトサミン、グルコサミンであることが判明した。これらの結果は既知である黄体形成ホルモンの糖鎖、構成糖と一致することから、本発明の電解処理方法は化合物の選択的な分解に有効であることが判る。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明に使用する電解装置を示す軸方向に平行な断面図
【図2】図1におけるA−A´矢視断面図
【符号の説明】
【0036】
11 作用電極
12 スペーサ
121 穴
13 対極
14 空間
15、16 溶出液の導入口および排出口
17、18 流体継手
19 通電端子
20 通電板
21 通電端子
22 与圧カバー
23、24、26 Oリング
27 絶縁カバー
30 参照電極
301 容器
302 電解液
303 電極材
304 フィルター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料溶液の流路に設けた電解装置により溶液中の物質の電解処理を行なう方法において、電解装置は導電体の電極板の少なくとも片面に導電性のダイヤモンド皮膜が形成された作用電極と、作用電極のダイヤモンド皮膜を有する面と0.05ないし1.0mmの間隔をもって対向する導電体からなる対極と、先端が作用電極と0.05ないし1.0mmの間隔をもって対向する参照電極とを有するものであって、作用電極と対極および参照電極との間に前記試料溶液を流しつつ作用電極と対極との間に電圧を印加することにより、被処理物質の分子の原子間の結合を切断することを特徴とする溶液中の物質の電解処理方法。
【請求項2】
作用電極に印加する電圧は2.5V(Ag/AgCl基準電極に対して)以下の、水の電解が発生しない範囲であることを特徴とする請求項1記載の溶液中の物質の電解処理方法。
【請求項3】
被処理物質の濃度10μMあたりの電解電流が、電流値100μA以下の範囲において1μA以上であることを特徴とする請求項1または2記載の溶液中の物質の電解処理方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−192265(P2009−192265A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−30990(P2008−30990)
【出願日】平成20年2月12日(2008.2.12)
【出願人】(598165068)有限会社コメット (6)
【Fターム(参考)】