説明

溶液医薬組成物の製造方法

【課題】
本発明の目的は、水溶液組成物中でのブロナンセリンの安定性を改善するブロナンセリン含有溶液医薬組成物の製造方法および改善方法を提供する。
【解決手段】
(a)2−(4−エチル−1−ピペラジニル)−4−(4−フルオロフェニル)−5,6,7,8,9,10−ヘキサヒドロシクロオクタ[b]ピリジン(以下「活性成分」という)及び(b)有機酸を含有する水溶液組成物の製造方法であって、溶液中の鉄の濃度を80ppm以下に調整する工程を含む製造方法および活性成分(a)の水溶液組成物中での安定性を改善する方法であって、水溶液組成物中のpHが2〜5となる量の有機酸(b)及び、80ppm以下の鉄(c)を含む溶液中に、活性成分(a)を共存させることを含む改善方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、統合失調症の治療薬として用いられている2−(4−エチル−1−ピペラジニル)−4−(4−フルオロフェニル)−5,6,7,8,9,10−ヘキサヒドロシクロオクタ[b]ピリジン(以下、「ブロナンセリン」または「活性成分」という。)を有効成分として含有する、溶液医薬組成物の製造方法及び安定化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ブロナンセリンは、ドパミンD2受容体およびセロトニン5−HT2受容体に対して強い遮断作用を有し、錐体外路症状、眠気、低血圧、体重増加などの副作用発現が少ない化合物である(特許文献1)。ブロナンセリンについては、既に統合失調症治療薬として「ロナセン錠」及び「ロナセン散」という商品名で大日本住友製薬株式会社より販売されている。特に、錠剤については、自宅でも服用しやすい剤形として広く使用されているが、統合失調症治療における服薬アドヒアランスの改善、治療選択肢の増加という観点から、従来の経口固形製剤だけでなく、1回使い切りタイプの経口液剤や注射剤を始めとする液状製剤のニーズが高まっており、既に経口液剤や持続型注射剤として市販されているものもある。
【0003】
ブロナンセリンは水に対する溶解度が酸性では高いものの、中性付近からアルカリ性のpH領域ではその溶解度は極端に低い。具体的には、ブロナンセリンの各pH緩衝液における溶解度は、pH2.2では200mg/mL以上であるのに対し、pH5では約0.5mg/mL、さらにpH7では0.001mg/mL以下である。
【0004】
通常、このように水に難溶な薬物を水溶液中に溶解させ、溶液製剤とするためには、溶解補助剤や有機溶媒を用いて、溶液とする手段が用いられる。しかし、薬物によっては、水溶液とした場合には、その存在形態が原薬粉末もしくは固形製剤とは大きく異なることから、化学的な反応性が増大し、保存中に薬物の分解が促進される恐れ、例えば、その溶解補助剤や有機溶媒によって、化学的な安定性が損なわれる場合があるため、安定性を確認しておく必要がある。
【0005】
一方、医薬品においては、製造工程において種々の金属成分が混入する可能性があることから、最終的に得られる医薬組成物中の金属含量について、安全性を確保できる許容量が規定されている。例えば、欧州当局(EMEA)のガイドラインでは、経口投与での許容曝露量としては、鉄は1300ppm以下、クロム及びニッケルは25ppm以下と規定されており、非経口投与での許容曝露量として、鉄は130ppm以下、クロム及びニッケルは2.5ppm以下と規定されている。
【0006】
特許文献1には、ブロナンセリンを有効成分として含む錠剤、散剤、注射剤が開示されているが、製剤安定性については、一切触れられておらず、これまでに、高い安定性を有するブロナンセリン含有溶液製剤の安定性を改善する方法や、それを達成するための調製方法についても示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公平7―47574号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、ブロナンセリンを活性成分として含有する溶液の安定性の改善方法及びその製造方法、ならびにそれによって得られる溶液医薬組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ブロナンセリンを含む溶液医薬組成物およびその製造方法を提供するべく、種々の溶解補助剤等の添加に伴うブロナンセリンの化学的安定性を検討した結果、添加物そのものの影響だけでなく、その他のなんからの水溶液中の成分でブロナンセリンの化学的安定性が損なわれることを見出した。すなわち、水溶液中に含まれる微量の鉄が、活性成分であるブロナンセリンの化学的な安定性を著しく低下させることが判明し、水溶液組成物中に特定の酸を含有させ、鉄濃度を調整することで水溶液中でのブロナンセリンの安定性改善が可能となることを見出した。さらには、水溶液中の鉄の濃度を低濃度に調整することにより、製剤安定性に優れたブロナンセリン含有水溶液組成物が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は下記の各種の態様の発明を提供するものである。
項1:(a)2−(4−エチル−1−ピペラジニル)−4−(4−フルオロフェニル)−5,6,7,8,9,10−ヘキサヒドロシクロオクタ[b]ピリジン(以下「活性成分」という)及び(b)有機酸を含有する水溶液組成物の製造方法であって、溶液中の鉄の濃度を80ppm以下に調整する工程を含む製造方法。
項2:項1に記載の製造方法であって下記の工程:
(1)容器内にて活性成分(a)を、有機酸(b)を含む水性溶媒に溶解させる工程を含む製造方法。
項3:容器が、表面を不活性化したステンレス製容器または非金属性の接液面を有する容器である項2に記載の製造方法。
項4:さらに、(2)工程(1)で得られた水溶液を容器内で一定期間保管する工程を含む、項2または3に記載の製造方法。
項5:工程(1)又は(2)における容器が、電解研磨もしくは不動態化により表面を不活性化したステンレス製容器、または非金属性の接液面を有する容器であることを特徴とする項2〜4のいずれかに記載の製造方法。
項6;有機酸(b)が、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、マレイン酸及び酢酸からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
項7:有機酸(b)が、クエン酸、リンゴ酸、乳酸からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
項8:該水溶液中の活性成分(a)の含有量が、0.1mg/mL〜6mg/mLである項1〜7のいずれかに記載の製造方法。
項9:項1〜8のいずれかに記載の製造方法によって得られる水溶液組成物。
項10:活性成分(a)の水溶液組成物中での安定性を改善する方法であって、水溶液組成物中のpHが2〜5となる量の有機酸(b)及び80ppm以下の鉄(c)を含む又は鉄の濃度が検出限度以下の溶液中に、活性成分(a)を共存させることを含む改善方法。
項11:有機酸(b)が、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、マレイン酸及び酢酸からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする項10に記載の方法。
項12:有機酸(b)が、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸及び乳酸からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする項11に記載の方法
項13:活性成分(a)を、容器内にて有機酸(b)を含む水性溶媒に溶解又は保管させることを含む、項10〜12のいずれかに記載の改善方法。
項14:容器が、表面を不活性化したステンレス製容器または非金属性の接液面を有する容器である項13に記載の改善方法。
項15:容器が、電解研磨もしくは不動態化により表面を不活性化したステンレス製容器、または非金属性の接液面を有する容器であることを特徴とする項14に記載の改善方法。
項16:該水溶液中の活性成分(a)の含有量が、0.1mg/mL〜6mg/mLである請求項10〜15のいずれかに記載の改善方法。
項17:項10〜16のいずれかに記載の方法によって得られる、活性成分(a)の安定性が改善された溶液医薬組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、水溶液組成物中でのブロナンセリンの安定性を改善することが可能であり、安定性に優れたブロナンセリン含有溶液医薬組成物を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の製法によって得られる水溶液組成物で活性成分(a)として含有する、2−(4−エチル−1−ピペラジニル)−4−(4−フルオロフェニル)−5,6,7,8,9,10−ヘキサヒドロシクロオクタ[b]ピリジンは、フリー塩基であっても、又はその薬理学的に許容される酸付加塩であっても良く、又はその薬理学的に許容される溶媒和物であっても良い。また、本発明の水溶液組成物において、液剤中に存在する酸とブロナンセリンとで塩を形成した形態も含まれる。
【0013】
本発明においては、ブロナンセリンの溶解性をあげるために、界面活性剤の添加を着想したが、投与局所で界面活性作用に起因した様々な副作用を発症させる可能性があることから、その使用量は最小限に留める必要があり、使用上有用な濃度でブロナンセリンを含有する水溶液組成物を得るための手段としては必ずしも十分ではないと考え、今般、酸を添加することで検討を進めた。
【0014】
その結果、酸を添加することにより、ブロナンセリンの溶解性は維持できたが、水溶液組成物の調製工程で使用する設備表面からの溶出金属、具体的には、ステンレス等の金属製の設備や容器の表面から溶出する微量の鉄が、ブロナンセリンの安定性に影響を及ぼすことが判明した。さらに、今般、特定の酸を含有させ、かつ、溶液中の鉄の濃度を所定の濃度範囲内となるように調整して製造することにより、安定性に優れたブロナンセリン含有水溶液組成物の調製が可能となることが明らかとなった。すなわち、活性成分(a)及び有機酸(b)を含有する水溶液組成物の製造方法であって、溶液中の鉄の濃度を80ppm以下に調整する工程を含む製造方法を提供する。さらに、活性成分(a)の水溶液組成物中での安定性を改善する方法であって、水溶液組成物中のpHが2〜5となる量の有機酸(b)及び、80ppm以下の鉄(c)を含む溶液中に、活性成分(a)を共存させることを含む改善方法も提供する。
【0015】
本発明の方法で調製される水溶液組成物は、80℃で3日間及び60℃で3週間のいずれの保存状態においても安定である。具体的には、熱力学的に室温3年間の熱負荷に相当する80℃で3日間または60℃で3週間の保存後も、水溶液中でのブロナンセリンの主な分解生成物である開環体(以下、「類縁物質」という。)の生成量が1%以下に抑えられ、かつ、ブロナンセリンの純度が97%以上の高い水準に維持されており、水溶液組成物として優れた化学的安定性を有することが明らかとなった。本発明において、類縁物質の生成量及びブロナンセリンの純度は、第15改正日本薬局方に記載の液体クロマトグラフィーの方法に従い、逆相カラム及び一般的なHPLC装置を用いて評価することができる。
【0016】
本発明の水溶液組成物の製造方法及び改善方法は、溶液中の鉄の濃度を80ppm以下に調整することを特徴とする。具体的には、水溶液組成物中の鉄の濃度を調整すること、たとえば、溶解、保管、分包等の工程で水溶液組成物が接触する容器から鉄の溶出量や用いる水性溶媒中での鉄濃度を該濃度に調整することを特徴とする。
本発明においては、水溶液組成物中の鉄の濃度は80ppm以下であるが、好ましくは50ppm以下であり、より好ましくは10ppm以下である。また、本発明における鉄濃度は、ICP−MS(Agilent製 ICP−MS 7500s)により求めることができる。この鉄には2価および3価の鉄が含まれる。
【0017】
より具体的には、特定の容器、具体的には、不活性化加工したステンレス容器(好ましくは、電解研磨もしくは不動態化により表面を不活性化したステンレス製容器)または非金属性の接液面を有する容器を溶解もしくは保管用の容器として用いることにより、溶液中の鉄の濃度を規定以下の量に調整・維持することが可能となる。
【0018】
ステンレス製容器として、具体的には、表面を不活性化したSUS316L製容器、SUS316製容器、SUS304製容器が好ましく、表面を不活性化したSUS316L製容器、SUS316製容器がより好ましく、表面を不活性化したSUS316L製容器がさらに好ましい。また、非金属性の接液面を有する容器としては、医薬用途として使用が許容されている材質であれば特に限定されないが、例えば、ポリスチレン製容器、ポリエチレン製容器、ポリエステル製容器、ガラス製容器のほか、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリエステル等の樹脂やガラスが接液面となるような容器等が使用できる。
【0019】
本発明の水溶液組成物の製造方法乃至安定化改善方法に用いる、活性成分(a)の含有量は0.1mg/mL〜6mg/mLであるが、好ましくは0.1mg/mL〜5mg/mL、より好ましくは、0.5mg/mL〜4mg/mL、特に好ましくは、1mg/mL〜3mg/mLの範囲である。ブロナンセリンの含有量が0.1mg/mL未満になると、臨床で使用される薬物投与量での液剤の液量が極めて多くなり、投与時の患者の身体的負担が増加する。また、含有量が6mg/mLを超えると、ブロナンセリンの溶解性が低下し、結果として、保存条件によってブロナンセリンが析出する恐れがある。ここで活性成分(a)の重量は、活性成分のフリー体の重量を意味し、活性成分が塩の形態をとっている場合、または活性成分が結晶水を有する場合に、当該塩または結晶水相当量は活性成分の重量には含めないものとする意味である。
【0020】
本発明の水溶液組成物の製造方法乃至安定化改善方法に用いる、有機酸(b)としては、具体的には、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、マレイン酸、酢酸等が例示でき、好ましくは、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、マレイン酸であって、さらに好ましくは、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸であり、特に好ましくは、クエン酸、リンゴ酸、乳酸である。これらの各酸の中から1種または2種以上を混合して用いることができる。これらの酸の含有量に特に制限は無いが、水溶性組成物をpH2〜5、より好ましくはpH2〜4の範囲に調整できる量であればよい。このとき、所望されるpHよりもさらに酸性の溶液となるよう、過剰の上記酸を配合し、その後、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどのアルカリ性の化合物もしくはその水溶液を添加することにより、溶液のpHを上記範囲に調整してもよい。その結果として、本発明の水溶性組成物中に上記の有機酸のナトリウム塩やカリウム塩などのアルカリ金属塩が含まれてもよい。すなわち、本発明において、水溶液組成物のpHは2〜5であることが望ましいが、より好ましくはpH2〜4の範囲である。水溶性組成物のpHが5を超えると、ブロナンセリンを含有する溶液としての物理学的安定性が低下し、結果として、保存条件によってブロナンセリンが析出する恐れがあり、逆に、水溶性組成物のpHが2未満になると、水溶性組成物としての安定性が低下するだけでなく、投与時もしくは服用時の刺激性が増大してしまう。
【0021】
また、本発明の方法によって得られる水溶液組成物は、経口液剤として使用することができ、本発明の構成を満たし、本発明の効果を達成する限り、上記成分の他に、一般的に医療用液剤に用いられる各種の添加成分を含んでいてもよく、具体的には、矯味剤、安定化剤、界面活性剤、緩衝剤、甘味剤、抗酸化剤、香料、清涼化剤、着香剤、着色剤、等張化剤、pH調整剤、防腐剤、保存剤、増粘剤、溶剤などを使用することができる。
例えば、該水溶液組成物においては、一般の経口液剤と同様に、微生物の発育を阻止する程度に保存剤を含有することができる。使用する保存剤としては、特に限定されないが、安息香酸、安息香酸ナトリウム、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、パラオキシ安息香酸エステル類、エデト酸ナトリウム等が例示でき、これら1種または2種以上を混合して用いることができる。
【0022】
また、該水溶液組成物においては、一般の経口液剤と同様に、服用性を向上させるための矯味剤を含有することができる。使用する矯味剤としては、特に限定されないが、エリスリトール、還元麦芽糖水アメ、粉末還元麦芽糖水アメ、キシリトール、D−ソルビトール、D−ソルビトール液、D−マンニトール、マルチトール、マルチトール液等の糖アルコール類、果糖、果糖ブドウ糖液糖、カラメル、D−キシロース、グリシン、グリセリン、グリチルリチン酸三ナトリウム、グリチルリチン酸二アンモニウム、グリチルリチン酸二カリウム、グリチルリチン酸二ナトリウム、黒砂糖、サッカリン、サッカリンナトリウム水和物、スクラロース、ステビアエキス、ステビア抽出精製物、精製カンゾウエキス末、精製白糖、D−ソルビトール、D−ソルビトール液、単シロップ、トレハロース、乳糖水和物、濃グリセリン、白糖、ブドウ糖、ブドウ糖果糖液糖、マルトース水和物、水アメ、タウマチン、ネオヘスペリジンジヒドロカルコン等が例示でき、これら1種または2種以上を混合して用いることができる。これらは医薬品添加物または食品添加物として市販されているものから適宜選択して使用することができる。これらの中でも、本発明の水溶液組成物の製剤安定性を考慮すると、糖アルコール類、サッカリン、サッカリンナトリウム水和物、スクラロース、トレハロースなどが望ましい。より好ましくは、スクラロース、トレハロース、エリスリトール、ソルビトールである。これらの添加量は、選択された矯味剤の種類によって異なり、所望の服用性を得るために変えることができる。
【0023】
また、本発明の方法によって得られる水溶液組成物においては、嚥下の改善、溶出制御もしくは放出制御等を目的として増粘剤を含有することができる。使用する増粘剤としては、ゼラチン、ペクチン、キサンタンガム、グアーガム、ジェランガム、タマドリンガム、カラーギナン、アラビアゴム、アルギン酸ナトリウム等が例示でき、これら1種又は2種以上を混合して用いることができる。これらは医薬品添加物または食品添加物として市販されているものから、適宜選択して使用することができる。
【0024】
本発明の水溶液組成物で使用する水性溶媒としては水が挙げられ、該水としては、不純物として鉄の含有量が少ない、医薬用途として使用が許容される水であれば特に限定されない。例えば、精製水、滅菌精製水、注射用水等が使用できる。本発明においては、経口液剤としての服用性を考慮すると、基剤となる溶媒には水を使用することが望ましいが、本発明の構成を満たし、効果を達成する限り、水以外の溶媒を含有してもよい。
【0025】
また、本発明の水溶液組成物で使用する分包容器としては、一般に広く使用されているガラス製ボトル、ポリエチレン製ボトルの他、ポリエチレンもしくはポリエステルを接液面とするアルミ多層フィルムからなる分包容器などから適宜選択して使用することができる。これらの容器であれば、水溶液組成物中の鉄の濃度を一定にすることが可能となる。
【0026】
本発明の製造方法または改善方法は、具体的には以下の方法を含んでいてもよい。
工程(1):容器内にて活性成分(a)を、有機酸(b)を含む水性溶媒に溶解させる工程
本発明においては、有機酸(b)及び所定濃度以下の鉄を含有する(または鉄の濃度が検出限度以下)の水性溶媒に活性成分(a)を溶解させる。
好ましくは、上記記載のごとく、容器によっては、有機酸及び水性溶媒との接触により、微量の鉄が溶出する恐れがあるため、上記記載の特定の容器を用いて、有機酸を含む水性溶媒に活性成分を溶解させることが望ましい。
【0027】
このように行うことにより、水溶液組成物中のpHが2〜5となる量の有機酸(b)及び、80ppm以下の鉄(c)を含む溶液中に、活性成分(a)を共存させることができ、活性成分(a)の水溶液組成物中での安定性を改善することができる。
工程(2):工程(1)で得られた水溶液を容器内で一定期間保管する工程
必要に応じて、工程(1)で得られた水溶液を保管することがある。本発明においては、(1)で使用した上記容器であれば、その後、ある程度長期間、例えば、表面を不活性化したステンレス製容器であれば25℃で3箇月間、非金属性の接液面を有する容器であれば25℃で3年間保管していても、鉄分が所定濃度以上に溶出することはない。
工程(3): 工程(2)の水溶液、または工程(1)の水溶液を分包容器に充填する工程
工程(1)または(2)の水溶液を上記記載の容器に充填・分包することにより、一回使い切りタイプの液状分包製品とすることができる。
【実施例】
【0028】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0029】
なお、以下の実施例および比較例において、ブロナンセリンは大日本住友製薬(株)のものを、塩酸、酒石酸、リンゴ酸は、それぞれナカライ株式会社製の1mol/L塩酸、L−酒石酸、DL−リンゴ酸を、乳酸は昭和化工株式会社製の90%乳酸を、クエン酸、スクラロースは三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製の無水クエン酸、スクラロース(P)を、安息香酸ナトリウムは株式会社伏見製薬所製のものを、それぞれ使用した。また、塩化鉄(III)6水和物、塩化鉄(II)4水和物、塩化クロム(III)6水和物、塩化ニッケル(II)6水和物はナカライテスク株式会社製のものを使用した。なお、調製には、鉄の濃度が0.3ppm以下に管理された精製水もしくは注射用水を使用した。
【0030】
実施例1〜26、比較例1〜6
精製水に表1に記載の分量で、各種酸、スクラロース、安息香酸ナトリウムを加え、マグネティックスターラーを用いて溶解するまで攪拌した。次に、この水溶液にブロナンセリンを加え、マグネティックスターラーを用いて溶解するまで撹拌することにより、ブロナンセリン含有溶液A〜Eを調製した。さらに、表2〜表8に記載の分量で2mg/mLブロナンセリン含有溶液A〜E及び各種金属含有水溶液もしくは金属含有試薬を混合することにより、実施例1〜26、比較例1〜6のブロナンセリン含有液剤を調製した。
【0031】
【表1】

【0032】
※1:pH3となるように添加
【0033】
【表2】

【0034】
【表3】

【0035】
【表4】

【0036】
【表5】

【0037】
【表6】

【0038】
【表7】

【0039】
【表8】

【0040】
試験例1(保存安定性試験)
実施例1〜26、比較例1〜6で調製したブロナンセリン含有液剤を、80℃で3日間ならびに、60℃で3週間保存し、安定性(純度、類縁物質Xの生成量、pH)を評価した。表9に開始時ならびに80℃で3日間保存した試料の評価結果を、表10に60℃で3週間保存した試料の評価結果を示す。なお、ブロナンセリン純度及び類縁物質の生成量は、第15改正日本薬局方に記載の液体クロマトグラフィーの方法にしたがい、逆相カラム及びHPLC装置(島津製作所製)を用いて測定した。得られた測定結果から、クロマトグラム上に得られた各成分のピーク面積の総和を100とし、それに対するブロナンセリンもしくは類縁物質のピーク面積の比をブロナンセリン純度もしくは類縁物質の生成量として示した。
【0041】
【表9】

【0042】
【表10】

【0043】
試験の結果、比較例1〜6で調製したブロナンセリン含有液剤では、活性成分であるブロナンセリンの純度が顕著に低下したのに対し、実施例1〜26で調製したブロナンセリン含有液剤は、いずれの保存条件においても、ブロナンセリン純度が97%以上の高い水準に維持され、且つ、類縁物質の生成量が1.0%以下に抑えられることが確認された。また、クロム、ニッケル等、鉄以外の金属イオンはブロナンセリンの安定性には悪影響を及ぼさず、ステンレス設備から溶出する種々の金属の中で、鉄が特異的にブロナンセリンの安定性低下に寄与することが明らかとなった。
【0044】
実施例27〜34、比較例7〜14
ガラスビーカーに精製水1982.2gを秤取し、クエン酸9.6g、スクラロース3.2g、安息香酸ナトリウム1.0gを加え、マグネティックスターラーを用いて溶解するまで攪拌した。次に、この水溶液にブロナンセリン4gを加え、マグネティックスターラーを用いて溶解するまで撹拌後、ろ過を行い、ろ液100gを表11に記載のバルク保管容器にそれぞれ回収した。さらに、この溶液を表1に記載の条件で静置保管後、ガラス製容器に充填することにより、ブロナンセリン含有液剤を調製した。
【0045】
【表11】

【0046】
試験例2(保存安定性試験)
実施例27〜34、比較例7〜14で調製したブロナンセリン含有液剤を、80℃で3日間、60℃で3週間保存し、安定性(ブロナンセリン純度、類縁物質の生成量)を評価した。表12に開始時、80℃で3日間保存、および60℃で3週間保存した試料の評価結果を示す。ブロナンセリン純度及び類縁物質の生成量は、第15改正日本薬局方に記載の液体クロマトグラフィーの方法にしたがい、逆相カラムを用いて測定した。得られた測定結果から、クロマトグラム上に得られた各成分のピーク面積の総和を100とし、それに対するブロナンセリンもしくは類縁物質のピーク面積の比をブロナンセリン純度もしくは類縁物質の生成量として示した。
【0047】
【表12】

【0048】
試験の結果、比較例7〜14で調製したブロナンセリン含有液剤は、活性成分であるブロナンセリンの純度が顕著に低下したのに対し、実施例27〜34で調製したブロナンセリン含有液剤は、いずれの保存条件においても、類縁物質の生成量を0.2%以下に抑えられ、99%以上の高いブロナンセリン純度を維持することが確認された。
【0049】
試験例3(バルク保管容器からの金属溶出量評価)
実施例27〜30、比較例7〜14で調製したブロナンセリン含有液剤に含まれる金属量を、ICP−MS(Agilent製 ICP−MS 7500s)を用いて評価した。表14に評価結果を示す。評価にあたっては、ステンレス鋼(SUS316L及びSUS304)での含有率が高い表13に記載の金属元素を測定元素とし、同軸型ネブライザー及びシールドトーチを用いて、アルゴンガスをキャリアガスとして測定を行った。また、適宜、硝酸で試料を希釈して測定を行い、絶対検量線法により得られた測定値から、次式にしたがって、試料中の金属量を算出した(試料中の金属量=測定値×1/希釈率×100/測定質量数を示す元素の天然存在比)。
【0050】
【表13】

【0051】
【表14】

【0052】
試験の結果、比較例7〜14で調製したブロナンセリン含有液剤では、多量の金属イオンが検出されたのに対し、実施例27〜30で調製したブロナンセリン含有液剤では、金属イオンの検出量は極めて少ない水準に抑制された。
【0053】
表12及び14の結果より、実施例27〜34では、バルク保管容器としてSUS316L製電解研磨容器もしくは樹脂製容器を使用することにより、ブロナンセリン含有液剤中の金属濃度を適当な範囲に調整することが可能であり、これらの容器を使用することにより、良好な安定性を示すブロナンセリン含有液剤の調製が可能となることが示された。以上の結果より、酸を含有させた液剤中の鉄の濃度を80ppm以下とすることで溶液中のブロナンセリンの安定性を改善する本発明の特徴が示された。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明によれば、水溶液組成物中でのブロナンセリンの安定性を改善することが可能であり、安定性に優れたブロナンセリン含有溶液医薬組成物を製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)2−(4−エチル−1−ピペラジニル)−4−(4−フルオロフェニル)−5,6,7,8,9,10−ヘキサヒドロシクロオクタ[b]ピリジン(以下「活性成分」という)及び(b)有機酸を含有する水溶液組成物の製造方法であって、溶液中の鉄の濃度を80ppm以下に調整する工程を含む製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の製造方法であって下記の工程:
(1)容器内にて活性成分(a)を、有機酸(b)を含む水性溶媒に溶解させる工程を含む製造方法。
【請求項3】
容器が、表面を不活性化したステンレス製容器または非金属性の接液面を有する容器である請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
さらに、
(2)工程(1)で得られた水溶液を容器内で一定期間保管する工程
を含む、請求項2または3に記載の製造方法。
【請求項5】
工程(1)及び(2)における容器が、電解研磨もしくは不動態化により表面を不活性化したステンレス製容器、または非金属性の接液面を有する容器であることを特徴とする請求項2〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
有機酸(b)が、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、マレイン酸及び酢酸からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
該水溶液中の活性成分(a)の含有量が、0.1mg/mL〜6mg/mLである請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法によって得られる水溶液組成物。
【請求項9】
活性成分(a)の水溶液組成物中での安定性を改善する方法であって、水溶液組成物中のpHが2〜5となる量の有機酸(b)及び80ppm以下の鉄(c)を含む又は鉄の濃度が検出限度以下の溶液中に、活性成分(a)を共存させることを含む改善方法。
【請求項10】
有機酸(b)が、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、マレイン酸及び酢酸からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項9に記載の方法。
【請求項11】
請求項9に記載の改善方法であって、表面を不活性化したステンレス製容器または非金属性の接液面を有する容器内にて活性成分(a)を、有機酸(b)を含む水性溶媒に溶解または保管させることを含む改善方法。
【請求項12】
該水溶液中の活性成分(a)の含有量が、0.1mg/mL〜6mg/mLである請求項9〜11のいずれかに記載の改善方法。
【請求項13】
請求項9〜12のいずれかに記載の方法によって得られる、活性成分(a)の安定性が改善された溶液医薬組成物。

【公開番号】特開2012−131738(P2012−131738A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−285319(P2010−285319)
【出願日】平成22年12月22日(2010.12.22)
【出願人】(000002912)大日本住友製薬株式会社 (332)
【Fターム(参考)】