説明

溶液試料の保持方法、試料セル、および円二色性の測定装置

【課題】溶液試料を透過する光を測定するために、溶液試料が微量であっても溶液試料を二枚の透光性部材の間に挟んで保持できる方法を提供すること。
【解決手段】溶液試料Sが滴下される滴下領域34Aと該滴下領域34Aを囲む撥液領域34Bとを有する一方の透光性部材34を用いて、まず、微量の溶液試料Sを滴下領域34Aに滴下し、次に溶液試料Sを他方の透光性部材36にて覆い、一方の透光性部材34と他方の透光性部材36との間隔(L)を所定の大きさに保つ。撥液領域34Bは撥液性物質で覆われており、二枚の透光性部材34、36の両方に接触させた状態にして微量の溶液試料Sを保持する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は微量の溶液試料の保持方法に関する。特に円二色性の測定に用いる試料セルにおいて、試料セル自体の歪みによる測定精度への影響の排除、および、微量な溶液試料の測定の安定化に関する。
【背景技術】
【0002】
対掌性とも呼ばれるキラリティーをもつ物質は、円偏光を吸収する際に左回りの円偏光と右回りの円偏光に対して吸光度に差が生じるという円二色性(CD)を示す。このような円二色性の現象は、物質に特有な波長において生じるので、分子の立体構造の解明など幅広く用いられている。また、光学活性な試料を左右の円偏光で励起させたときに発生する蛍光の強度差を測定する蛍光検出円二色性分散計もある。
【0003】
貼り合わせセル
これらの円二色性分散計を用いて溶液試料を測定する場合、溶液試料を角型セルや円筒セルに入れてセルの窓越しに光を照射する方法が通常用いられる(特許文献1参照)。一般的な試料セルを図9(A)〜(C)に示す。例えば、100μL程度の溶液試料であれば、図9(A)のような2枚の窓板を貼り合わせたセルを用いる。凹部のある一方の窓板91に溶液試料を入れて、他方の窓板92を蓋のように貼り合わせる。2枚の窓板の間隔は測定光の光路長となるから光路長の精度を確保するため、貼り合わせ面は精密研磨されている。
【0004】
また、特許文献1に説明されているように窓板にストレスが掛かると、円二色性の測定精度に影響が生じるため、接着材などを用いないで両窓板を接触させるだけのセルもある。窓板同士の接触状態は、挟持されている溶液試料の表面張力だけで保持される。窓板に内部応力が残留して歪みが生じると、測定光の偏光状態が乱れてしまい、例えば左円偏光が右円偏光に変わってしまうことがあるからである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−133399号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
貴重な天然抽出物やタンパク質などの円二色性を測定する場合、採取可能な試料の容量に制約を受けることが多い。しかしながら、従来の貼り合わせセルでは、貼り合わせ時の気泡の侵入を防ぐため、少なくとも100μL程度の溶液試料が必要となる。また、微量の溶液試料を挟んだ状態でセルを持ち運ぶと、試料に気泡が侵入してしまうこともあり、注意深く取り扱わなければならなかった。
【0007】
キャピラリーセル
赤外吸光度の測定など一般的な光学測定であれば、図9(B)、(C)のような微量の溶液用のキャピラリーセル93が用いられる。キャピラリーセル93は、図9(B)に示す石英ガラス製の毛細管を有し、その管内に微量の溶液試料が浸透するようになっている。対物レンズ94で集光した測定光をセルに照射し、その透過光を集光レンズ95で集光することで、セル内の微量の溶液試料を透過する光強度を検出する。
ただし、キャピラリーセルを円二色性分散計に用いる場合には、測定精度上の問題が生じる。つまり、セルが微小径の毛細管であるために歪み易く、測定光として円偏光を照射すると偏光状態が容易に壊れてしまう。セル自体によって偏光状態が変化すると、検出するスペクトルデータのベースラインにうねりが生じてしまい、円二色性分散計の測定精度に影響を与えてしまう。従って、キャピラリーセルは円二色性の測定には適さなかった。
【0008】
本発明は上記の課題に鑑みなされたものであり、その目的は、微量の溶液試料を透過する光を測定するために、所定間隔で対向させた二枚の板状の透光性部材を用いて、溶液試料をこれら二枚の透光性部材の間に挟んで保持する際に、第一に、板状の透光性部材に歪みが生じにくくすることができ、第二に、数μL〜10μL程度の微量の溶液試料を保持することができ、第三に、溶液試料に気泡が侵入しないようにすることができることである。また、上記目的を達成できる試料セル、およびこれを用いた円二色性分散の測定装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、貼り合わせセルの一方の窓板の表面に例えば環状のフッ素コートを施し、中央部分に溶液試料を滴下させたところ、溶液試料がフッ素コートの疎水性や疎油性によって移動しにくくなり、滴下した箇所での微量の溶液試料の安定保持が可能となることに着目した。そして、微量の溶液試料がこのような状態であれば、気泡が侵入することなく容易に他方の窓板を覆うことができることを見出した。
【0010】
すなわち、上記目的を達成するため、本発明に係る溶液試料の保持方法では、溶液試料が滴下される滴下領域と該滴下領域を囲む撥液領域とを含んだ載置面を有する一方の透光性部材を用いて、前記微量の溶液試料を前記載置面の滴下領域に滴下する滴下工程と、
前記溶液試料を前記他方の透光性部材によって覆うとともに、前記一方の透光性部材と前記他方の透光性部材との間隔を所定の大きさに保つ被覆工程と、を備えることを特徴とする。
ここで、前記載置面の撥液領域は撥液性物質で覆われており、前記二枚の透光性部材の両方に接触させた状態にして前記微量の溶液試料を保持する。撥液性は、撥水や撥油のように液体をはじく性質を示し、試料が水溶液である場合の疎水性を含む意味である。
【0011】
また、上記目的を達成するため、本発明に係る試料セルは、所定間隔で対向する二枚の板状の透光性部材を有し、前記溶液試料を前記二枚の透光性部材の間に挟んで保持する試料セルであって、
一方の透光性部材は、前記溶液試料が滴下される滴下領域と該滴下領域を囲む撥液領域とを含んだ載置面を有し、該載置面の撥液領域は撥液性物質で覆われており、
前記他方の透光性部材は、前記一方の透光性部材との間隔が所定の大きさとなるように保たれ、かつ、前記載置面の滴下領域に滴下された前記溶液試料を覆っており、
前記二枚の透光性部材の両方に接触させた状態にして前記微量の溶液試料を保持することを特徴とする。
【0012】
ここで、前記一方の透光性部材は、表裏いずれの面が前記載置面であるかを色または形状によって表示する表示手段を有することが好ましい。
【0013】
さらに、上記目的を達成するため、本発明に係る円二色性の測定装置は、前記試料セルと、光照射手段から照射された光の偏光状態を周期的に変調させる偏光変調手段と、光を検出する検出手段と、を備え、
前記試料セルの他方の透光性部材越しに前記変調された偏光状態の光を前記微量の溶液試料に照射して、該溶液試料を透過する光を前記検出手段により検出することで前記溶液試料の円二色性を測定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の溶液試料の保持方法、試料セル、円二色性の測定装置によれば、2枚の板状の透光性部材の間に溶液試料を挟んで、溶液試料の表面張力によりその挟持状態が維持されるので、従来のキャピラリーセルのようなセル自体に歪みが生じることがなく、ベースラインのうねりの発生を抑えることができる。
【0015】
また、一方の透光性部材に撥液領域を設けて撥液性のある物質を配置したので、滴下領域に滴下された溶液試料は撥液領域からはじかれて、移動することができず、滴下領域に集合しているしかない。このように溶液試料が撥液領域の撥液性によって滴下領域から出ることを制限され、滴下領域にて溶液試料が安定した状態で、他方の透光性部材を被せることができるので、微量の溶液試料を覆う際に気泡の侵入を防ぐことができる。
【0016】
また、溶液試料は、両方の透光性部材に接触した状態で保持されており、かつ、周囲に撥液性の物質が配置されているので、試料セルを移動したり、試料セルを立てたりしても、溶液試料がセル内で移動することがない。
以上のように、本発明によれば、板状の透光性部材に歪みが生じにくくすることができ、また、数μL〜10μL程度の微量の溶液試料を保持することができ、さらに、溶液試料に気泡が侵入しないようにすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の円二色性分散計の概略構成図である。
【図2】本発明の試料セルの分解図である。
【図3】(A)〜(C)は、本発明の試料セルに溶液試料を収納する手順を説明する断面図である。
【図4】本発明の変形例の試料セルを示し、(A)は試料セルの分解図であり、(B)は断面図であり、(C)は別の変形例の試料セルを示す断面図である。
【図5】試料セルに形成された表示手段を説明する斜視図である。
【図6】実施例にかかるベースラインの測定結果を示すグラフである。
【図7】実施例にかかるd−10−ACSのCDスペクトルを示すグラフである。
【図8】実施例にかかるリゾチームのCDスペクトルを示すグラフである。
【図9】従来の貼り合わせセルおよびキャピラリーセルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に本発明にかかる円二色性分散の測定装置(以降、円二色性分散計と呼ぶ。)について図面を参照して説明する。
図1は円二色性分散計の一実施形態の全体構成図である。円二色性分散計10は、光照射手段12と、光照射手段12からの光の偏光状態を周期的に変調するための偏光変調手段14と、光を検出する検出手段16と、を備える。本実施形態では、偏光変調手段14によって変調された円偏光が試料セル30を照射し、試料セル30を透過する光を検出手段16で検知する場合を説明するが、例えば、試料セル30の後段に積分球を設けて、拡散透過光も含めて検出できるようにしてもよい。
【0019】
光照射手段12は、光源18および分光器20を含んで構成されている。光源18から出射された紫外領域または可視領域の光は、分光器20により単波長光とされる。分光器20として回折格子を搭載したモノクロメータを用いることにより、必要な単波長光を順次選択して所定範囲の波長走査を行うことができる。
【0020】
偏光変調手段14は、偏光子22と光弾性変調子であるピエゾエラスティックモジュレータ(PEM)24とを含んで構成される。分光器20からの単波長光は、偏光子22によって直線偏光にされる。PEM24の方位角は、光軸を中心に偏光子22の方位角よりも所定角度(例えば45°)だけ回転した角度となっている。偏光子22からの直線偏光はPEM24を通ることにより、独立な方向の偏光成分に位相差を与えられ、直線偏光の偏光状態が周期的に変調する。つまり、直線偏光は周期的に変化する左円偏光と右円偏光となる。このPEM24は所定周波数(例えば50kHz)の駆動電圧が加えられ、この周波数に応じて左右の円偏光が試料セル30に照射される。
【0021】
PEM24により変調された円偏光は、試料セル30に照射され、試料セル30内の溶液試料Sを透過する。透過光は、検出手段16である光電子増倍管(PMT)で検出される。この検出信号から溶液試料Sの円二色性が測定される。検出信号から円二色性(CD)スペクトルを算出する方法は従来と同様に行えばよい。つまり、検出信号のうち、PEM28の変調周波数と同一の周波数成分を用いて円二色性を求め、さらに分光器24により溶液試料Sに照射する円偏光の波長操作を行って、CDスペクトルが得られる。
【0022】
試料セル
本実施形態では試料セル30として、微量の溶液試料Sを安定して保持できるマイクロディスクセルを用いる。
図2は、試料セル30の分解図である。試料セル30は、保持手段としてのディスクホルダー32、透光性部材である2枚のディスク34、36を有して構成され、ディスク間に微量の溶液試料Sを挟持する。
【0023】
ディスクホルダー32には、第1ディスク34を収納する円筒状の凹部38が形成され、この凹部38には第1ディスク34と略同じ円形の底面46がある。底面46の略中央にはディスクホルダー32を貫通する貫通孔40が形成されている。底面46は、第1ディスク34を載置する面であり、精密研磨されている。
第1ディスク34は石英ガラスからなり、一方の面には、フッ素コート42が環状に施されている。この面は本発明の載置面に相当し、フッ素コート42の領域34Bと、これに囲まれた中央の領域34Aとに区分される。前者は本発明の撥液領域34B、後者は本発明の滴下領域34Aに相当する。フッ素コート42は、撥水性と撥油性を示し、第1ディスク34の両面に施してもよいが、ディスクホルダー32の底面46と接触する面にはフッ素コートしない方がその平坦度を精度良く仕上げる上で好適である。
【0024】
本発明ではフッ素コートに限らず、他の疎水コートや撥油コートでもよい。少なくとも溶液試料に対して撥液性を示す物質を用いればよい。または、撥液性のある物質を用いる代わりに、撥液領域34Bを微細な凹凸構造に形成してもよい。微細な凹凸構造であれば、撥液領域34Bの表面積が増大して撥液性が生じる。
第2ディスク36は石英ガラスからなり、第1ディスク34の凹部38全体を覆うことができる大きさである。ディスクホルダー32の凹部38のある表面のうち、この凹部38の外側周辺は、第2ディスク36を貼り合わせる面44であり、精密研磨されている。
【0025】
試料セルの使用方法
図3(A)〜(C)は、試料セル30を用いて数μL〜10μL程度の微量の溶液試料Sを保持する手順を示す図である。
図3(A)にて、ディスクホルダー32の凹部38に、まず第1ディスク34のみをフッ素コート42の面が上向きとなるように載置する。そして微量の溶液試料Sをピペットなどで滴下領域34Aに必要なだけ滴下する。一滴のみ滴下してもよい。ここまでを滴下工程(STEP1)と呼ぶ。
【0026】
フッ素コート42は、滴下された溶液試料Sをはじくので、溶液試料Sは移動できず滴下領域34Aに集合しているしかない。このように溶液試料Sは撥液領域34Bの撥液性によって滴下領域34Aから出ることを制限され、図3(B)に示す状態で保持される。
【0027】
図3(B)にて、凹部38を第2ディスク36で覆う。凹部38の深さ寸法は第1ディスク34の厚さ寸法よりも大きいので、両ディスクの隙間が生じる。第1ディスク34の厚さ寸法を適宜変えることにより、この隙間に基づく光路長Lを設定することができる。また、凹部38を第2ディスク36で覆うと、微量の溶液試料Sが第2ディスク36の内側の表面とも接触して、図3(C)の状態になる。このようにして、微量の溶液試料Sが2枚のディスク間に保持される。ここまでを被覆工程(STEP2)と呼ぶ。
【0028】
図3(C)のように、2枚のディスク間には、溶液試料Sと気体が存在するが、溶液試料Sがフッ素コート42によって滴下領域34Aで集合した状態で維持されているので、上記の被覆工程(STEP2)において、溶液試料Sに気体がとり込まれることなく、第2ディスク36を被せることができ、気泡の侵入を防止できる。
【0029】
このように、試料セル30は、セル内に溶液試料Sを滴下するので一滴測定セルとも呼ばれる。従来の貼り合わせセルとは構造が異なり、第1ディスク34にフッ素コート42が施されているので、溶液試料Sが微量であっても気泡が入りにくい構造となっている。両ディスクの隙間である光路長Lは、0.1mm〜数mmの範囲内で設定するとよい。より好ましくは、0.1mm〜1mmの範囲内がよい。第1ディスク34の厚さ寸法を適宜変えてディスクの隙間を設定すれば、0.2μL〜10μL程度の微量の溶液試料Sを安定して挟持することができる。
【0030】
円二色性の測定方法
図3(C)に示すように、円二色性の測定の際、PEM24からの円偏光50を第2ディスク36の外側の表面に対して直角に入射させる。入射角度が直角であることが円偏光50の偏光状態を維持する上でよい。溶液試料Sを透過した円偏光は、第1ディスク34の滴下領域34Aを通って、ディスクホルダー32の貫通孔40から出射され、検出手段16で検出される。
【0031】
なお、図1に示すように、試料セル30を立てた状態にして円二色性分散計10に載置することができる。試料セル30の第2ディスク36は、溶液試料Sとの接触により、その表面張力が作用してディスクホルダー32に保持されている。よって、試料セル30が移動したり、姿勢が変わったりしても第2ディスク36が外れることなく、溶液試料Sを安定して保持することができる。
【0032】
本実施形態の試料セル30を用いて円二色性の測定を行えば、0.2μL〜10μL程度の微量の溶液試料Sを安定して挟持することができる。従来、十分な量の溶液試料を得ることが困難であった貴重な天然抽出物やタンパク質なども測定することができる。また、従来のキャピラリーセルと比較すると、石英ガラスのディスク34、36がディスクホルダー32で保持されていて、ディスク34、36に不要な外力が作用しないので、セル自体の歪みが生じにくく、ベースラインのうねりの発生を抑えることができる。
【0033】
なお、滴下領域34Aの全周に形成された撥液領域34Bを複数に分割して、滴下領域34Aの周りに分散させてもよい。例えば、滴下領域34Aの周りにフッ素コート42と、フッ素コート以外の表面加工とを交互に施しても構わない。
【0034】
本実施形態の変形例として、2枚のディスク134、136間の光路長Lを調整するための調整部材48を用いた試料セル130について、図4(A)、(B)に基づいて説明する。試料セル130は、図4(A)に示す分解図のように、ディスク134、136間に環状板である調整部材48を介在させるようになっている。第1ディスク134は前述の第1ディスク34と略同等であるが、撥液領域34Bの外側にフッ素コート42のない周辺領域34Cを有している。第2ディスク136は、前述の第2ディスク36と同じものが使える。
【0035】
調整部材48の両面は、2枚のディスク134、136を貼り合わせる面48A、48Bとなるため、その厚さ寸法が光路長Lと一致するように精密研磨されている。図4(B)の断面図は、調整部材48の両面にディスク134、136を接触させて微量の試料Sを挟持している状態を示す。
【0036】
同図のように、調整部材48の環状部の内径寸法は、第1ディスク134の撥液領域34Bを充分に囲む程度に設定されている。また、調整部材48の厚さ寸法が光路長Lとなるから、予め厚さ寸法の異なる幾つかの調整部材48を準備しておき、所望の光路長Lに応じた調整部材48を選択すればよい。両ディスク134、136の内側表面に溶液試料Sが接触しているため、両ディスクが溶液試料Sの表面張力によって調整部材48から外れないようになっている。
なお、環状板の調整部材48を用いれば、図4(C)に示す別の変形例のように、微量の溶液試料Sを保持することができる。同図のように透光性のある試料載置台234の表面にフッ素コート42を施しておく。溶液試料Sを滴下した後、調整部材48を介して第2ディスク136を被せればよい。
【0037】
次に、本実施形態の第1ディスクの表裏を容易に確認できる構成について、図5に基づいて説明する。
図5は、文字、マーク、色などの表示手段を備えた第1ディスク334を示す斜視図である。フッ素コート42自体が透明であるため、フッ素コート42だけでは小さな形状の第1ディスク334のいずれの面にフッ素コート42が施されているのかが不明となり得る。図5の第1ディスク334では、撥液領域34Bの外側にフッ素コートのない周辺領域34Cが設けられており、周辺領域34Cの一部にレーザー加工などで所望の文字34Dが刻まれている。また、滴下領域34Aには、円形のマーク34Eが同様に刻まれている。レーザー加工などにより第1ディスク334の表面に溝が形成されているから、測定者がこれらの文字34Dやマーク34Eを認識し易く、第1ディスク334の表裏を容易に確認できる。また、円形のマーク34Eは、滴下工程(STEP1)での滴下位置の目安にもなり、正確な位置に滴下を行える。
【0038】
また、周辺領域34Cの表面に微細な凹凸を形成し、回折格子などの光干渉面を作製してもよい。光干渉面からの発色(干渉模様)によって第1ディスク334の表裏を容易に確認できる。なお、第1ディスク334には、これら文字、マーク、色の少なくとも一つが形成されていれば充分であり、また、第1ディスク334のフッ素コート42が施された面と同面にこれらの表示手段を設けることが好ましい。
なお、本実施形態の試料セルを蛍光検出円二色性分散計に適用してもよい。
【実施例1】
【0039】
本発明の円二色性分散計10および試料セル30を用いて、実際に溶液試料Sの円二色性を測定した例を説明する。
まず、試料セル30に溶媒のみを入れて、CDスペクトルのベースラインを測定した。図1と同様の構成の測定装置を用いて、溶媒に円偏光を照射してその透過光を検出することでベースラインの測定を行った。主な測定条件を示す。
溶媒容量: 10μL
セル長さ(光路長L): 1.0mm
測定温度: 室温
【0040】
図6は溶媒のみのCDスペクトルを示す。横軸に照射する円偏光の波長を示し、縦軸に円二色性の大きさをモル楕円率によって示す。溶媒にはキラリティーを示さないので、モル楕円率は零となり、CDスペクトルは平坦であることが理想である。図6のグラフからわかるように、本発明の試料セル30を用いた場合、185nm〜350nmの波長範囲においてベースラインの変化は−1.4mdeg〜+2.9mdegの範囲内に収まっている。従来のキャピラリーセルのようなセルの歪みによるベースラインの乱れは見られない。つまり、本発明の試料セル30を用いれば、うねりのない良好なベースラインが得られる。
【0041】
次に、d体の10−カンファースルホン酸アンモニウム(d−10−ACS)を溶液試料とした場合のCDスペクトルを図7に示す。溶液試料の重量濃度を0.06%とし、容量を5μLとした。本発明の試料セル30を用いた結果と、比較例として従来の貼り合わせセルを用いた結果を合わせて示す。いずれの結果も、192nm付近で負のピークを示し、290nm付近で正のピークを示し、これらのCD強度比が正常値である1:2を示している。
【0042】
また、リン酸緩衝液を用いて、リゾチームのCDスペクトルを測定した。リゾチームは0.07mg/mLのものとし、容量を5μLとした。図8に示すように、本発明の試料セル30および従来の貼り合わせセルのいずれの結果も、190nm付近で正のピークを示し、208nm付近で負のピークを示し、220nm付近で肩の存在を示し、正常なCDスペクトルが得られることが分かる。
従って、本発明の試料セル30を用いれば、タンパク質や貴重な天然抽出物などの試料溶液が数μL〜10μL程度の微量であっても、正常なCDスペクトルを取得することが可能である。
【符号の説明】
【0043】
10 円二色性分散計
12 光照射手段
14 偏光変調手段
16 検出手段
30 試料セル
32 ディスクホルダー
34 第1ディスク(一方の透光性部材)
34A 滴下領域
34B 撥液領域
34C、34D、34E 表示手段
36 第2ディスク(他方の透光性部材)
S 溶液試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微量の溶液試料を透過する光を測定するために、所定間隔で対向させた二枚の板状の透光性部材を用いて、前記溶液試料を前記二枚の透光性部材の間に挟んで保持する方法であって、
前記一方の透光性部材は、前記溶液試料が滴下される滴下領域と該滴下領域を囲む撥液領域とを含んだ載置面を有し、該載置面の撥液領域は撥液性物質で覆われており、
前記微量の溶液試料を前記載置面の滴下領域に滴下する滴下工程と、
前記溶液試料を前記他方の透光性部材によって覆うとともに、前記一方の透光性部材と前記他方の透光性部材との間隔を所定の大きさに保つ被覆工程と、を備え、
前記二枚の透光性部材の両方に接触させた状態にして前記微量の溶液試料を保持することを特徴とする溶液試料の保持方法。
【請求項2】
微量の溶液試料を透過する光を測定するために用いられ、所定間隔で対向する二枚の板状の透光性部材を有し、前記溶液試料を前記二枚の透光性部材の間に挟んで保持する試料セルであって、
前記一方の透光性部材は、前記溶液試料が滴下される滴下領域と該滴下領域を囲む撥液領域とを含んだ載置面を有し、該載置面の撥液領域は撥液性物質で覆われており、
前記他方の透光性部材は、前記一方の透光性部材との間隔が所定の大きさとなるように保たれ、かつ、前記載置面の滴下領域に滴下された前記溶液試料を覆っており、
前記二枚の透光性部材の両方に接触させた状態にして前記微量の溶液試料を保持することを特徴とする試料セル。
【請求項3】
請求項2記載の試料セルにおいて、
前記一方の透光性部材は、表裏いずれの面が前記載置面であるかを色または形状によって表示する表示手段を有することを特徴とする試料セル。
【請求項4】
請求項2または3記載の試料セルと、
光照射手段から照射された光の偏光状態を周期的に変調させる偏光変調手段と、
光を検出する検出手段と、を備え、
前記試料セルの他方の透光性部材越しに前記変調された偏光状態の光を前記微量の溶液試料に照射して、該溶液試料を透過する光を前記検出手段により検出することで前記溶液試料の円二色性を測定することを特徴とする円二色性の測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−247753(P2011−247753A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−121416(P2010−121416)
【出願日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【出願人】(000232689)日本分光株式会社 (87)
【Fターム(参考)】