説明

溶融シリコンの保持部材及びその製造方法並びに使用後保持部材の再利用方法

【課題】保持部材内面に容易に離型材層を形成でき、また、使用途中には離型材層が保持部材内面から剥離落下し難くて優れた離型性を発揮し、しかも、シリコン保持作業の終了後には保持部材内面から劣化した離型材層を剥離させ、新たな離型材層を形成することにより、容易に再生できる溶融シリコンの保持部材を提供する。
【解決手段】溶融シリコンを保持するための黒鉛製保持部材であって、保持部材の少なくとも溶融シリコンと接する部分には、離型材層として、窒化珪素粉末と熱硬化性フェノール樹脂との混合離型材を酸化雰囲気中200〜300℃の条件で熱硬化焼成させて得られた混合材料焼成層が形成されている溶融シリコンの保持部材である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、金属シリコンを精製する際に用いる溶融シリコンの保持部材及びその製造方法並びに使用後保持部材の再利用方法に関し、特に太陽電池用原料多結晶シリコンの製造に好適な溶融シリコンの保持部材及びその製造方法並びに使用後保持部材の再利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
結晶型太陽電池は、変換効率が単結晶型で30%、多結晶型で20%と大きいため、化石燃料代替エネルギーとして注目されている。また、結晶型太陽電池を形成するための半導体基板ウエハの前駆体となる単結晶及び多結晶シリコンインゴットを製造するための原料としては、一般に多結晶シリコンが用いられている。
【0003】
そして、このような多結晶シリコンインゴットを鋳造し、あるいは、原料となる多結晶シリコンを得る場合には、石英ルツボや黒鉛ルツボを用い、不活性ガス雰囲気中でシリコン融液を一方向凝固させ、これにより金属シリコンを精製し、また、シリコン結晶を成長させるシリコンの結晶育成が行われている。また、このシリコンの結晶育成においては、何れの材質のルツボを使用する場合も、ルツボの内面に離型材を塗布することが行われている。これは、反応活性なシリコン融液が鋳型と反応してこの鋳型表面に融着し、結晶育成完了後の冷却時に鋳型とシリコン結晶との間の熱膨張係数の差により鋳型に割れが生じるのを未然に防止するためである。
【0004】
このような目的で用いられる離型材としては、その骨材として窒化珪素(Si3N4)が用いられ、そして、一般的には、流動性を付与して塗布し易くするために溶剤を添加し、また、窒化珪素の粉末同士を結合させてルツボ内面への接着強度を高めるために適当なバインダーを添加し、次いで混合し攪拌してスラリーとし、これをルツボ内面に刷毛塗り、スプレー等の手段で塗布し、離型材層を形成することが行われている。(例えば、非特許文献1を参照)
【0005】
ここで、上記バインダーとして最もよく利用されているのはPVA(ポリビニルアルコール)であり、このPVAは、接着性に優れているために、窒化珪素の粉末同士を結合させ、また、窒化珪素粉末をルツボ内面に接着させるのに適している。
【0006】
しかしながら、PVAは炭素を含有する有機化合物であり、不活性ガス雰囲気中においてシリコン結晶を育成する温度域(1400〜1600℃)に晒されると熱分解生成物して炭素となり、これがシリコン融液中に混入すると、シリコン融液と反応してSiC(シリコンカーバイド)を生成する。そして、この生成したSiCは、結晶育成の際に存在すると、微細なもの(〜5μm程度)は粒界に局所的に析出し、結晶の成長を妨害して、インゴットのライフタイム特性を低下させる原因になり、また、比較的大きなもの(5μm〜)はシリコンブロック中に異物として残留し、シリコンインゴットの場合には、後のシリコンウエハスライス工程でバンドソーにより切断する際に、このバンドソーを断線させる原因になるほか、スライスしたウエハ表面に段つき不良が発生し、また、SiCを基点とする割れや欠けの原因となり、更に、ウエハ特性としては短絡によるヒートスポット不良の原因となる。
【0007】
そこで、これを防止するために、通常、上記離型材スラリーをルツボ内面に塗布した後に、酸化雰囲気中600〜900℃程度の温度で処理する、いわゆる脱バインダー(脱カーボン)処理が行われている。例えば、特許文献1には、離型材として比表面積7m2/g以上の窒化珪素と共に分散剤を含むスラリーを用い、これを鋳型内面に塗布した後に500〜1000℃で焼成して皮膜を形成することにより、割れのない多結晶シリコンを得ることができると記載されている。また、特許文献2には、平均粒径が5μm以下の窒化珪素粉末とPVA若しくは珪酸エチルと溶媒とからなる離型材スラリーを鋳型内面に塗布し、酸化性雰囲気中200〜400℃で保持してバインダーの熱分解及び熱分解生成物の酸化を十分に進めた後にアルゴンガス雰囲気中500〜900℃で保持して離型材層を作成することにより、強度の大きい離型材層が得られると記載されている。
【0008】
また、特許文献3及び4には、ケイ砂、窒化ケイ素、炭化ケイ素等のシリコンの融点以上の融点を有する粉末と、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、アクリル樹脂、フラン樹脂等の樹脂と、必要により添加されるヘキサメチレンテトラミン、スルホン酸系有機酸等の硬化剤と、必要により添加されるメタノール等の溶剤とを含む離型材原液を調製し、この離型材原液を鋳型内面に塗布して室温(20℃)で硬化させた後、使用時には、雰囲気置換可能なチャンバー内で、必要により予め、不活性ガス(アルゴン)雰囲気下に30〜500℃での加熱硬化処理、又は不活性ガス(アルゴン)雰囲気下に200〜1000℃での加熱炭化処理を行うことにより、鋳型内面に破損の危険性が低くて離型性に優れ、シリコンに対する炭素の汚染もないシリコン凝固用鋳型が提案されている。
【0009】
しかしながら、上記特許文献1及び2のように酸化雰囲気中600〜900℃の条件で行われる脱バインダー処理をした鋳型においては、その内面に残る離型材成分が窒化珪素粉末だけになり、窒化珪素粉末同士が焼結しないので粉末同士の結合力が小さく、例えば鋳型をハンドリングする際や鋳型内にシリコン原料を充填する際にたとえ小さくても外力が作用すると、容易に分離して粉々になり、また、鋳型内面から剥離してしまう場合がある。更に、シリコンの結晶育成の際の温度域(1400〜1600℃)においては、窒化珪素粉末が剥離し易くなり、特に鋳型内面の垂直(直胴)部位においては剥離の後に落下し、鋳型内面のルツボ基材が曝露し、反応活性なシリコン融液が反応して鋳型内面に融着すると、結晶育成完了後の冷却時に、鋳型とシリコン結晶の熱膨張係数の差に起因して鋳型に割れが生じることがある。特に、鋳型材質が黒鉛の場合には、シリコン結晶を育成する温度域(1400〜1600℃)において、黒鉛の熱膨張係数が6×10-6(/℃)程度であるのに対して窒化珪素の熱膨張係数が3×10-6(/℃)以下と異なり、黒鉛が膨張するのに対して窒化珪素粉末同士は収縮しようとするために、離型材の剥離・落下する程度が大きくなり、シリコンとの付着面積が大きくなって、得られるシリコンインゴットについてもクラックの発生量が多くなる。また、鋳型内でシリコンが溶解する際には、シリコン原料が解け落ちる際に、鋳型内面の離型材層を剥離・落下させ易い。
【0010】
また、別の容器からシリコン融液を鋳型内に鋳込んだ際にも、鋳型内面における離型材層の湯当り面が容易に剥離してしまう。更に、黒鉛製の樋を使用して溶融シリコンを搬送する際にも、黒鉛製の鋳型と同様の処理をした樋では、離型材層における粉末同士の結合力が小さいため、シリコン融液が通過する際に容易に剥離し流されてしまうことがある。加えて、離型材スラリーを鋳型内面に塗布した後に、酸化雰囲気中600℃〜900℃で脱バインダー処理を行う方法は、かなりの時間と労力とを要し、鋳型の大きさによっては大掛かりな乾燥装置が必要になるという問題もある。
【0011】
また、上記特許文献3及び4のように、鋳型内面に離型材原液を塗布して室温(20℃)で硬化させた後、使用時にチャンバー内で不活性ガス(アルゴン)雰囲気下に30〜500℃での加熱硬化処理、又は不活性ガス(アルゴン)雰囲気下に200〜1000℃での加熱炭化処理を予め行う方法においては、離型性等において優れたシリコン凝固用鋳型が得られるものの、このシリコン凝固用鋳型を用いたシリコン処理の際に、このシリコン処理に先駆けて溶解炉を数時間もの長い間占有することになり、1炉当りの生産性が低下するという別の問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2002-239,682号公報
【特許文献2】特開2007-261,832号公報
【特許文献3】特開2006-218,538号公報
【特許文献4】特開2007-191,345号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】15th PHOTOVOLTAIC Specialists Conf. (1981), P576-580, "A NEW DIRECTIONAL SOLIDIFICATION TECHNIQUE FOR POLYCRYSTALLINE SOLAR GRADE SILICON"
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
そこで、本発明者は、上述した従来の離型材に起因する種々の問題を解決し得るシリコンインゴットの鋳造用鋳型や溶融シリコンの搬送用樋等の溶融シリコンの保持部材について鋭意検討した結果、意外なことには、窒化珪素粉末と熱硬化性フェノール樹脂との混合離型材を酸化雰囲気中200〜300℃の条件で熱硬化焼成して得られる混合材料焼成層を離型材層とすることにより、保持部材内面に形成された離型材層の熱膨張係数が、当該保持部材との間の及びシリコン結晶との間の熱膨張係数の差が比較的小さく、また、窒化珪素粉末同士が比較的強固に結合し、これによって使用途中に保持部材内面から離型材層が剥離落下し難く、また、保持部材内面に容易に離型材層を形成することができ、しかも、シリコン保持作業の終了後には、劣化した離型材層を剥離させて再び新たな離型材層を形成することにより、容易に再生することができることを見い出し、本発明を完成した。
【0015】
従って、本発明の目的は、保持部材内面に容易に離型材層を形成することができ、また、使用途中には離型材層が保持部材内面から剥離落下し難くて優れた離型性を発揮し、しかも、シリコン保持作業の終了後には保持部材内面から劣化した離型材層を剥離させ、再び新たな離型材層を形成することにより、容易に再生することができる溶融シリコンの保持部材を提供することにある。
【0016】
また、本発明の他の目的は、このような溶融シリコンの保持部材の製造方法を提供し、また、使用後の保持部材を再生する溶融シリコンの使用後保持部材の再生方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
すなわち、本発明は、以下の構成を有するものである。
〔1〕 溶融シリコンを保持するための黒鉛製保持部材であって、前記保持部材の少なくとも溶融シリコンと接する部分には、離型材層として、窒化珪素粉末と熱硬化性フェノール樹脂との混合離型材を酸化雰囲気中200〜300℃の条件で熱硬化焼成させて得られた混合材料焼成層が形成されていることを特徴とする溶融シリコンの保持部材である。
【0018】
〔2〕 窒化珪素粉末(S)と熱硬化性フェノール樹脂(P)との混合割合が質量比(S:P)で10:8〜8:10であることを特徴とする前記〔1〕に記載の溶融シリコンの保持部材である。
〔3〕 熱硬化性フェノール樹脂がノボラック型フェノール樹脂であって、硬化剤がヘキサメチレンテトラミンであることを特徴とする前記〔1〕又は〔2〕に記載の溶融シリコンの保持部材である。
【0019】
〔4〕 離型材層が、混合材料焼成層とその上に形成された窒化珪素層とからなる複合離型材層であることを特徴とする前記〔1〕〜〔3〕の何れかに記載の溶融シリコンの保持部材である。
【0020】
〔5〕 前記混合材料焼成層の厚みが、少なくとも0.5mmであることを特徴とする前記〔1〕〜〔4〕の何れかに記載の溶融シリコンの保持部材である。
〔6〕 前記窒化珪素層の厚みが、少なくとも0.2mmであることを特徴とする前記〔4〕又は〔5〕に記載の溶融シリコンの保持部材である。
【0021】
〔7〕 前記保持部材が、シリコンインゴットの鋳造用鋳型であることを特徴とする前記〔1〕〜〔6〕の何れかに記載の溶融シリコンの保持部材である。
〔8〕 前記保持部材が、溶融シリコンの搬送用樋であることを特徴とする前記〔1〕〜〔6〕の何れかに記載の溶融シリコンの保持部材である。
【0022】
〔9〕 溶融シリコンを保持するための黒鉛製保持部材の製造方法であり、前記保持部材の少なくとも溶融シリコンと接する部分に、窒化珪素粉末と熱硬化性フェノール樹脂との混合離型材を塗布し、次いで酸化雰囲気中200〜300℃の条件で熱硬化焼成処理を行い、離型材層として混合材料焼成層を形成することを特徴とする溶融シリコンの保持部材の製造方法である。
【0023】
〔10〕 窒化珪素粉末(S)と熱硬化性フェノール樹脂(P)との混合割合が質量比(S:P)で10:8〜8:10であることを特徴とする前記〔9〕に記載の溶融シリコンの保持部材の製造方法である。
〔11〕 熱硬化性フェノール樹脂がノボラック型フェノール樹脂であって、硬化剤がヘキサミンであることを特徴とする前記〔9〕又は〔10〕に記載の溶融シリコンの保持部材の製造方法である。
【0024】
〔12〕 熱硬化焼成処理により混合材料焼成層を形成した後に、この混合材料焼成層の上に窒化珪素離型材を塗布して乾燥させ、離型材層として混合材料焼成層とその上に形成された窒化珪素層とからなる複合離型材層を形成することを特徴とする前記〔9〕〜〔11〕の何れかに記載の溶融シリコンの保持部材の製造方法である。
【0025】
〔13〕 前記混合材料焼成層の厚みが、少なくとも0.5mmであることを特徴とする前記〔9〕〜〔12〕の何れかに記載の溶融シリコンの保持部材の製造方法である。
〔14〕 前記窒化珪素層の厚みが、少なくとも0.2mmであることを特徴とする前記〔12〕又は〔13〕に記載の溶融シリコンの保持部材の製造方法である。
【0026】
〔15〕 前記〔1〕〜〔8〕の何れかに記載の溶融シリコンの保持部材を用いて溶融シリコンを保持するシリコン保持作業を行い、このシリコン保持作業終了後に再び使用後保持部材を再利用する溶融シリコンの保持部材の再利用方法であり、前記使用後保持部材から劣化した離型材層をショットブラスト法により剥離させ、次いで前記〔9〕〜〔14〕の何れかに記載の方法により再び離型材層を形成することを特徴とする溶融シリコンの使用後保持部材の再利用方法である。
【発明の効果】
【0027】
本発明の溶融シリコンの保持部材は、その離型材層が窒化珪素粉末と熱硬化性フェノール樹脂との混合離型材を酸化雰囲気中200〜300℃で熱硬化焼成処理して得られた混合材料焼成層からなり、シリコンの結晶育成に必要な温度域(1400〜1600℃)において、保持部材の材質である黒鉛に対して優れた接着性を有すると共に、この離型材層を構成する窒化珪素粉末同士が互いに優れた結合力を持って結合しているので、使用途中に保持部材内面から離型材層が剥離落下し難く、例えばシリコンインゴットの鋳造用鋳型として用いた場合には、鋳造されたシリコンインゴットと鋳型との間の付着を効果的に防止でき、品質のよいシリコンインゴットを製造できるほか、保持部材の破損を防止することができる。
【0028】
また、本発明の溶融シリコンの保持部材の製造方法によれば、簡素な製造装置を用いて低温かつ短時間で、保持部材内面に容易に離型材層を形成することができ、例えばシリコンインゴットの鋳造用鋳型として用いた場合には、シリコンインゴット製造コストが大幅に低減する。
【0029】
更に、本発明の溶融シリコンの保持部材によれば、シリコン保持作業の終了後に、劣化した離型材層を剥離させて再び新たな離型材層を形成することにより容易に再生することができ、例えばシリコンインゴットの鋳造用鋳型として用いた場合には、シリコンインゴット製造コストを大幅に低減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
本発明において、離型材層の形成に使用する熱硬化性フェノール樹脂は、熱硬化性であれば特に限定するものではなく、例えばノボラック型フェノール樹脂、レゾール型フェノール樹脂を例示することができ、熱硬化焼成させて得られる離型材層が使用時に高温の液体金属に触れるので、好ましくはノボラック型フェノール樹脂である。
【0031】
この熱硬化性フェノール樹脂については、その溶剤溶液の粘性が2Pa・S以上10Pa・S以下、好ましくは2.5Pa・S以上4.0Pa・S以下であることが好ましく、2Pa・S未満であるということは溶媒量が多いことを意味して熱硬化焼成処理時に揮発し難く長時間を要し、反対に、10Pa・S超であると粘性が高過ぎて窒化珪素粉末との混合性が悪くなる。また、熱硬化性フェノール樹脂中の不揮発分については、特に制限されるものではないが、60質量%以上であることが好ましく、この不揮発分が60質量%未満であると熱硬化焼成処理後の残炭率が低くなり、例えばシリコンの結晶育成に必要な温度域(1400〜1600℃)等の高温条件下における窒化珪素粉末の黒鉛製保持部材内面への接着強度が低下する。この不揮発分については、60質量%以上であれば特に接着強度に差異はなく、通常80質量%程度まで、好ましくは75質量%程度までのものを使用するのがよい。
【0032】
また、熱硬化性フェノール樹脂と共に使用される硬化剤についても、特に制限されるものではなく、ヘキサメチレンテトラミンを始めとして、フェノール樹脂中のOH基と反応する物質、カルボキシル基を有する化合物、エチレン不飽和2重結合を有する物質などを硬化剤として用いることも可能であるが、好ましくはノボラック型フェノール樹脂の硬化剤として好適なヘキサメチレンテトラミンである。この硬化剤の使用量は、使用する熱硬化性フェノール樹脂の種類により設定されるものであるが、ノボラック型フェノール樹脂とヘキサメチレンテトラミンとの組み合わせである場合、好ましくは熱硬化性フェノール樹脂(不揮発分)に対して10質量%以上15質量%以下の範囲である。
【0033】
次に、本発明で離型材層の形成に用いる窒化珪素粉末としては、特に限定するものではないが、離型材層の形成し易さから、平均粒径が5μm以下、好ましくは0.3μm以上5μm以下のものを用いることが好ましい。5μm以下であれば、離型材層として形成される混合材料焼成層において窒化珪素粉末が密に充填され、シリコン融液が浸潤し難くなり、黒鉛製保持部材の内面へのシリコン付着を防止効果的にでき、反対に、5μmを超えると、形成された混合材料焼成層は空隙の多い層になり、シリコン融液が浸潤し易くなって黒鉛製保持部材の内面へのシリコン付着が発生し易くなる。
【0034】
本発明において、上記混合離型材における窒化珪素粉末(S)と熱硬化性フェノール樹脂(P)との混合割合は、熱硬化性フェノール樹脂(P)については不揮発分に換算して質量比(S:P)で、通常1:10〜10:1の範囲、好ましくは10:8〜8:10の範囲であるのがよく、窒化珪素粉末の使用量が上記の範囲を外れて少なくなると、熱硬化焼成処理により形成された混合材料焼成層においてボイドの発生が認められ、また、窒化珪素粉末の使用量が上記の範囲を外れて多くなると、熱硬化焼成処理により形成された混合材料焼成層においてうろこ状クラックの発生が認められ、シリコンインゴットの鋳造用鋳型として使用した場合に、いずれの場合もシリコンインゴットと鋳型との間に顕著な付着が発生する。
【0035】
本発明の混合離型材を黒鉛製の保持部材の内面に塗布する方法については、特に制限されるものではなく、調製された混合離型材の粘度等の性状に合わせて適宜選択できるものであり、例えば、刷毛塗り、スプレー、コテ塗り、バーコ―タ―等の方法により塗布することができる。
【0036】
また、保持部材の内面に塗布された混合離型材を熱硬化焼成処理して混合材料焼成層を形成する際の熱硬化焼成条件については、酸化雰囲気中で、焼成温度が200℃以上300℃以下、好ましくは200℃以上250℃以下であって、焼成時間が1時間以上4時間以下、好ましくは1時間以上2時間以下である必要がある。還元雰囲気下での熱硬化焼成処理や酸化雰囲気下であっても、焼成温度が200℃未満ではフェノール樹脂の熱硬化焼成が不完全となる可能性場合があり、反対に、300℃を超えると、黒鉛製保持部材の酸化損耗が発生し易くなる。更に、焼成時間についても、1時間より短いと焼成が不完全になって焼成ムラが発生し易くなり、反対に、4時間より長くなると作業に要する時間が長くなって作業性が低下する。
【0037】
更に、本発明においては、以上のようにして保持部材内面に形成された混合材料焼成層の上に、窒化珪素粉末をエタノールと混合して得られたスラリー状の窒化珪素離型材を塗布し乾燥させ、離型材層として、混合材料焼成層とその上に形成された窒化珪素層とからなる複合離型材層を形成してもよい。このように保持部材内面に形成される離型材層を複合離型材層とすることにより、離型性が更に向上するという効果が発揮される。ここで用いられる窒化珪素層を形成するためのスラリー状の窒化珪素離型材は、この窒化珪素層が窒化珪素粉末を含む混合材料焼成層の上に形成されるため、特に樹脂等のバインダー成分を添加する必要がないものである。
【0038】
このような混合離型材の熱硬化焼成処理により生成した混合材料焼成層は、溶融シリコンの保持部材の内面に形成される離型材層として適しており、しかも、シリコン保持作業の終了後には保持部材内面から劣化した離型材層を剥離させ、再び上記と同様にして新たな離型材層を形成することにより、黒鉛製の保持部材の内面に容易に再生することができる。
【0039】
このシリコン保持作業終了後に保持部材内面から劣化した離型材層を剥離させる方法としては、好ましくは材質がスチールグリッド、ガーネット、シリカ、シリコンカーバイド等であって、平均粒径が300〜700μmのショット材を用い、吐出圧力が3〜7kg/cm2の条件で行うショットブラスト法であるのがよく、保持部材内面を損傷させることなく容易に劣化した離型材層を剥離させることができる。
【実施例】
【0040】
以下、本発明の実施例及び比較例に基づいて、本発明の溶融シリコンの保持部材を具体的に説明する。
【0041】
〔実施例1〜8〕
平均粒径0.5μmの窒化珪素粉末(S)とノボラック型フェノール樹脂(P)とを用い、ノボラック型フェノール樹脂については不揮発分に換算して質量比(S:P)で、1:10(実施例1)、5:10(実施例2)、8:10(実施例3)、9:10(実施例4)、10:9(実施例5)、10:8(実施例6)、10:5(実施例7)、10:1(実施例8)の割合で混合し、ペースト状の混合離型材を調製した。なお、原料として用いたノボラック型フェノール樹脂は、その不揮発成分が70質量%であって、硬化剤としてヘキサメチレンテトラミンをフェノール樹脂に対して10質量%の割合で含有し、また、粘度が5Pa・Sである。
【0042】
次に、塗布コテを用い、上で調製された各実施例1〜8の混合離型材を10cm×10cm×5mmの大きさの黒鉛製板材の表面に、熱硬化焼成後の厚さが1mmになるように塗布し、ヒーターを用いて大気中(酸化雰囲気中)250℃で1時間加熱し、熱硬化焼成処理して混合材料焼成層を形成し、各実施例1〜8に係る保持部材試験片を調製した。なお、熱硬化焼成処理の前後において、混合材料焼成層の厚みに変化は認められなかった。
【0043】
〔混合材料焼成層加熱試験〕
このようにして得られた各実施例1〜8に係る保持部材試験片を抵抗加熱式雰囲気焼成炉内に配置し、大気圧下にアルゴン(Ar)ガス雰囲気中10℃/分の昇温速度で1500℃まで昇温し、この温度で10時間保持した後、室温まで降温させて焼成炉内から取り出し、各保持部材試験片の混合材料焼成層の状態を調べた。
結果を表1に示す
【0044】
〔シリコンインゴット鋳造試験〕
また、塗布コテを用いて各実施例1〜8に係る混合離型材を鋳型の内面に塗布し、上記保持部材試験片の場合と同様にして、各実施例1〜8に係るシリコンインゴット鋳造用鋳型を調製した。
【0045】
得られた各実施例1〜8に係るシリコンインゴット鋳造用鋳型を抵抗加熱式シリコンインゴット鋳造炉内に配置し、大気圧下にArガス雰囲気中10℃/分の昇温速度で1500℃まで昇温し、この鋳造炉内で別の石英ルツボ内に保持された1500℃の溶融シリコン100kgを鋳造用鋳型内に注入し、凝固速度0.3mm/分の条件で一方向凝固させ、凝固終了後に室温まで降温させ、その後に鋳型からシリコンインゴットを取り出し、シリコンインゴットと鋳型との間の付着の有無と、シリコンインゴットのクラック発生の有無とについて調べた。
上記の混合材料焼成層加熱試験の結果と併せて、結果を表1に示す。
【0046】
【表1】

【0047】
表1に示す混合材料焼成層加熱試験の結果から、実施例1、実施例2では、混合材料焼成層に多数の気泡跡から成長したボイドが発生していた。これは、骨材の役割である窒化珪素粉末に対してバインダーとしての役割を果たす熱硬化性フェノール樹脂の割合が多過ぎたために、混合材料焼成層中の熱硬化性フェノール樹脂分が熱分解して消失した際に、窒化珪素粉末が不足した部位が生じたことに起因するものと考えられる。また、実施例3〜6においては無傷であった。更に、実施例7、実施例8については、うろこ状クラックが発生していた。これは、窒化珪素粉末に対して熱硬化性フェノール樹脂の割合が少な過ぎたため、黒鉛製板材の熱膨張に混合材料焼成層が追従できず、クラックが生じたものと考えられる。
【0048】
また、表1に示すシリコンインゴット鋳造試験の結果から、シリコンインゴットと鋳型との間の付着の有無については、混合材料焼成層の加熱試験においてボイド発生やうろこ状クラック発生が観察されたものについて、極一部に付着が観察されたが、シリコンインゴットへのクラック発生については、いずれの実施例についても観察されなかった。但し、黒鉛製の鋳型を繰り返して多数回使用すると、シリコンインゴットと鋳型との間の付着は、鋳型内面に磨耗や後にクラック発生の要因となる損傷を与える可能性があるので、窒化珪素粉末(S)と熱硬化性フェノール樹脂(P)との混合割合の好ましい範囲は質量比(S:P)で10:8〜8:10である。
【0049】
〔比較例1、2及び実施例9〜12〕
上記各実施例1〜8の場合と同様にして、平均粒径0.5μmの窒化珪素粉末と熱硬化性フェノール樹脂とを質量比10:10の割合で混合し、ペースト状の混合離型材を調製し、塗布コテを用いて、内寸40cm×40cm×40cmの大きさの黒鉛製角型シリコンインゴット鋳造用鋳型の内面に、熱硬化焼成後の厚さが0mm(比較例1)、0.2mm(実施例9)、0.5mm(実施例10)、1mm(実施例11)、2mm(実施例12)の厚さとなるように塗布し、ヒーターを利用して酸化雰囲気中250℃で1時間加熱し、熱硬化焼成処理を行って鋳造用鋳型の内面に混合材料焼成層を形成した。なお、熱硬化焼成処理の前後において、混合材料焼成層の厚みに変化は認められなかった。
【0050】
次に、上記と同じ窒化珪素粉末とエタノールとを質量比150:350の割合で混合し、スラリー状の窒化珪素離型材を調製し、上で形成された混合材料焼成層の上に刷毛を用いて厚さ0.2mmとなるように塗布し、乾燥させ、鋳型内面に離型材層として混合材料焼成層と窒化珪素層とからなる混合離型材層を形成し、各比較例1及び実施例9〜12に係るシリコンインゴット鋳造用鋳型を調製した。
【0051】
また、上記と同じ平均粒径0.5μmの窒化珪素粉末(S)とバインダーとして10質量%のポリビニルアルコール(PVA)水溶液とを、PVA水溶液については不揮発分に換算して質量比(S:PVA)で9:1の割合で混合し、スラリー状の離型材を調製し、得られた離型材を上記と同じ鋳造用鋳型の内面に厚さ400μmとなるように刷毛塗りにより塗布し、ヒーターを利用して酸化雰囲気中250℃で1時間加熱・乾燥し、鋳造用鋳型の内面に離型材層を有する比較例2のシリコンインゴット鋳造用鋳型を調製した。なお、この加熱・乾燥処理の前後において、離型材層の厚みに変化は認められなかった。
【0052】
〔シリコンインゴット鋳造試験〕
以上のようにして得られた各比較例1、2及び各実施例9〜12に係るシリコンインゴット鋳造用鋳型について、上記と同様にしてシリコンインゴット鋳造試験を実施し、鋳型からシリコンインゴットを取り出した後に、混合離型材層と鋳型との間の付着状態、シリコンインゴットと鋳型との間の付着の有無、及び、シリコンインゴットのクラック発生の有無を調べた。
結果を表2に示す。
【0053】
【表2】

【0054】
表2に示す結果から判るように、比較例1、比較例2においては、使用後の鋳型内面の離型材層は全て若しくは大部分が剥離して無くなっており、鋳型から離型材層が剥離している部分では全てシリコンインゴットと鋳型が付着し、シリコンインゴットにクラックが発生していた。これに対して、実施例9〜12においては、使用後において、実施例9の場合に離型材層の軽微な剥離が認められたものの、離型材層が鋳型内面に付着して残留しており、シリコンインゴットとの付着も認められなかった。混合材料焼成層の厚さが0.5mm以上の場合において、離型材層の鋳型からの剥離が全く認められない良好な結果が得られたことから、窒化珪素粉末と熱硬化性フェノール樹脂を含む混合材料焼成層については好ましくは0.5mm以上の厚さで形成することが望ましく、また、0.5mm以上の厚さではその効果に殆ど差異が認められないので、コストや焼成斑の生じ易さの観点から2mmを上限とするのが好ましい。
【0055】
〔実施例13〜17〕
上記各実施例1〜8の場合と同様にして、平均粒径0.5μmの窒化珪素粉末と熱硬化性フェノール樹脂とを質量比10:10の割合で混合し、ペースト状の混合離型材を調製し、塗布コテを用いて、内寸40cm×40cm×40cmの大きさの黒鉛製角型シリコンインゴット鋳造用鋳型の内面に、熱硬化焼成後の厚さが1mmの厚さとなるように塗布し、ヒーターを利用して酸化雰囲気中250℃で1時間加熱し、熱硬化焼成処理を行って鋳造用鋳型の内面に混合材料焼成層を形成した。なお、熱硬化焼成処理の前後において、混合材料焼成層の厚みに変化は認められなかった。
【0056】
次に、上記と同じ窒化珪素粉末とエタノールとを質量比150:350の割合で混合し、スラリー状の窒化珪素離型材を調製し、上で形成された混合材料焼成層の上に刷毛を用いて厚さが0mm(実施例13)、0.1mm(実施例14)、0.2mm(実施例15)、0.3mm(実施例16)、0.4mm(実施例17)となるように塗布し、乾燥させ、鋳型内面に離型材層として混合材料焼成層と窒化珪素層とからなる混合離型材層を形成し、各実施例13〜17に係るシリコンインゴット鋳造用鋳型を調製した。
【0057】
〔シリコンインゴット鋳造試験〕
以上のようにして得られた各実施例13〜17係るシリコンインゴット鋳造用鋳型について、上記と同様にしてシリコンインゴット鋳造試験を実施し、鋳型からシリコンインゴットを取り出した後に、混合離型材層と鋳型との間の付着状態、シリコンインゴットと鋳型との間の付着の有無、及び、シリコンインゴットのクラック発生の有無を調べた。
結果を表3に示す。
【0058】
【表3】

【0059】
表3に示す結果から判るように、実施例13では、混合材料焼成層に一部剥離が認められたが、シリコンインゴットと鋳型と間には付着が認められなかった。また、実施例14〜17においては、実施例14で離型材層の窒化珪素層に軽微な剥離が認められたものの、シリコンインゴットと鋳型との間の付着は認められなかった。窒化珪素層が無くても、シリコンインゴットと鋳型との間の付着は無く、シリコンインゴットにおけるクラックの発生もなかった。更に、窒化珪素層の厚さが0.2mm以上の場合において、離型材層の鋳型からの剥離が全く認められない良好な結果が得られており、離型材層の窒化珪素層の厚さを0.2mm以上にすることが望ましく、また、0.2mm以上の厚さでは効果に差異が認められず、窒化珪素が高価であることから、0.4mmを上限とするのが好ましい。
【0060】
〔実施例18〜21及び比較例3、4〕
溶融シリコンの保持部材として、内寸20cmφ×100cmの断面半円弧状の黒鉛製搬送用樋を調製した。
上記の各実施例で用いたと同じ窒化珪素粉末と熱硬化性フェノール樹脂とを質量比10:10の割合で混合し、ペースト状の混合離型材を調製し、この混合離型材を搬送用樋の内面に、コテを利用して厚さが0mm(比較例3)、0.2mm(実施例18)、0.5mm(実施例19)、1mm(実施例20)、2mm(実施例21)となるように塗布し、ヒーターを利用して酸化雰囲気中250℃で1時間加熱し、熱硬化焼成処理をして混合材料焼成層を形成した。
【0061】
次に、上記と同じ窒化珪素粉末とエタノールとを質量比150:350の割合で混合し、スラリー状の窒化珪素離型材を調製し、上で形成された混合材料焼成層の上に刷毛を用いて厚さ200μmとなるように塗布し、乾燥させ、離型材層として搬送用樋の内面に混合材料焼成層と窒化珪素層とからなる混合離型材層を形成し、各比較例3及び実施例18〜21に係る溶融シリコンの搬送用樋を調製した。
【0062】
また、上記と同じ平均粒径0.5μmの窒化珪素粉末(S)とバインダーとして10質量%のポリビニルアルコール(PVA)水溶液とを、PVA水溶液については不揮発分に換算して質量比(S:PVA)で9:1の割合で混合し、スラリー状の離型材を調製し、得られた離型材を上記と同じ搬送用樋の内面に厚さ400μmとなるように刷毛塗りにより塗布し、ヒーターを利用して酸化雰囲気中250℃で1時間加熱・乾燥し、搬送用樋の内面に離型材層を有する比較例4の溶融シリコンの搬送用樋を調製した。なお、この加熱・乾燥処理の前後において、離型材層の厚さに変化は認められなかった。
【0063】
〔溶融シリコン通樋試験〕
上記の各実施例18〜21及び比較例3、4で得られた溶融シリコンの搬送用樋について、この搬送用樋を傾斜角度5°にセットし、アルゴン雰囲気中で1500℃に保持された石英ルツボ内の溶融シリコン100kgを実際に流し、通樋後の離型材層と搬送用樋との間の付着状態と、搬送用樋へのシリコン付着の有無とを調べた。
結果を表4に示す。
【0064】
【表4】

【0065】
表4に示す結果から判るように、比較例3、比較例4では、通樋試験後の樋内面の離型材層は全て若しくは大部分が剥離して無くなっており、樋から離型材層が剥離した部分ではその全ての部分でシリコンが付着していた。これに対して、実施例18〜21においては、通樋試験後で、実施例18において離型材層の軽微な剥離が認められたものの、離型材層が樋内面に付着して残留しており、樋内面へのシリコンの付着は認められなかった。混合材料焼成層の厚さが0.5mm以上において、離型材層の鋳型からの剥離が全く認められない良好な結果が得られており、窒化珪素粉末と熱硬化性フェノール樹脂を含む混合材料焼成層の厚さは0.5mm以上であることが望ましく、また、0.5mm以上の厚さにしても効果に殆ど差異が無く、コストや焼成斑の生じ易さの観点から上限を2mmとすることが好ましい。
【0066】
〔実施例22〜26〕
上記実施例20の場合と同様にして、搬送用樋の内面に厚さ1mmの混合材料焼成層を形成し、この混合材料焼成層の上に厚さがそれぞれ0mm(実施例22)、0.1mm(実施例23)、0.2mm(実施例24)、0.3mm(実施例25)、0.4mm(実施例26)の窒化珪素層を形成し、離型材層としてこれら混合材料焼成層と窒化珪素層とからなる混合離型材層を有する各実施例22〜26に係る溶融シリコンの搬送用樋を調製した。
【0067】
〔溶融シリコン通樋試験〕
上記の各実施例22〜26で得られた溶融シリコンの搬送用樋について、上記実施例18〜21の場合と同様にして溶融シリコンの通樋試験を実施し、通樋後の離型材層と樋との間の付着状態と、樋へのシリコン付着の有無とを調べた。
結果を表5に示す。
【0068】
【表5】

【0069】
表5に示す結果から判るように、実施例22では、混合材料焼成層が一部剥離して無くなっている部位があるものの、シリコンと樋との間の付着は認められなかった。実施例23〜26においては、実施例23で離型材層の軽微な剥離が認められたものの、離型材層が樋の内面に残留しており、シリコンと樋との間の付着は認められなかった。窒化珪素層の厚さが0.2mm以上において、樋からの離型材層の剥離が全く認められない良好な結果が得られており、窒化珪素層の厚さを0.2mm以上にすることが望ましく、また、0.2mm以上の厚さにしても効果に殆ど差異が無く、窒化珪素が高価であることから、上限を0.4mmとすることが好ましい。
【0070】
〔実施例27〜28及び比較例5〜8〕
次に、上記比較例1、実施例3、及び実施例13においてシリコンインゴット鋳造試験終了後に回収された鋳造用鋳型(使用後鋳型)を用い、ダイヤモンドグラインダ法(比較例5〜7:ダイヤ番手:40番、ディスク外寸125mm、回転数9000rpm、押付力:人力両手)又はショットブラスト法(比較例8、実施例27〜28:ショット材質:スチールグリッド、ショット材粒径:500μm、吐出圧力:5kg/cm2)により研削して使用後鋳型から離型材層を剥離し、10cm2の研削に要した時間、研削後の鋳型内面の割れや欠けの有無について調べた。
結果を表6に示す。
【0071】
【表6】

【0072】
表6に示す結果から判るように、ダイヤモンドグラインダ法では、黒鉛製の鋳型内面を傷つけると共に、付着したシリコンを完全には除去することができず、使用後の鋳型を再利用することができない。一方、ショットブラスト法では、黒鉛製の鋳型内面を傷つけることがなく、付着したシリコン及び離型材層をほぼ完全に除去することが可能であり、しかも、その作業も短時間で終了した。
ショットブラスト法で使用後鋳型から離型材層を剥離し、回収された鋳造用鋳型は、その内面が平滑であって割れや欠けは認められず、付着したシリコンも認められないので、再利用の可能性があることが判明した。
【0073】
〔実施例29、30及び比較例9〕
上記の実施例27及び比較例6で回収された鋳造用鋳型(回収鋳型)の再利用の可能性を確認するため、上記の実施例13と同様にして各回収鋳型の内面に熱硬化焼成処理後の厚さ1mmの混合材料焼成層を形成し、それぞれ実施例29及び比較例9のシリコンインゴットの鋳造用鋳型を調製した。
【0074】
また、上記の実施例29の鋳造用鋳型について、その混合材料焼成層の上に、上記の実施例15と同様にして更に乾燥後の厚さ0.2mmの窒化珪素層を形成し、離型材層としてこれら混合材料焼成層と窒化珪素層とからなる混合離型材層を有する実施例30のシリコンインゴットの鋳造用鋳型を調製した。
【0075】
〔シリコンインゴット鋳造試験〕
以上のようにして得られた各実施例29、30及び比較例9に係るシリコンインゴット鋳造用鋳型について、上記と同様にしてシリコンインゴット鋳造試験を実施し、鋳型からシリコンインゴットを取り出した後に、混合離型材層と鋳型との間の付着状態、シリコンインゴットと鋳型との間の付着の有無、及び、シリコンインゴットのクラック発生の有無を調べた。
結果を表7に示す。
【0076】
【表7】

【0077】
表7に示す結果から判るように、比較例9では、使用後鋳型の内面に形成した混合材料焼成層(離型材層)はその一部が剥離して無くなっている状態であり、鋳型から離型材層が剥離している部分ではシリコンインゴットと鋳型とが付着し、シリコンインゴットにクラックが発生していた。
これに対して、実施例29及び30においては、いずれも離型材層が鋳型内面に付着して残留しており、シリコンインゴットとの付着も無く、また、シリコンインゴットにクラックの発生も認められなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融シリコンを保持するための黒鉛製保持部材であって、前記保持部材の少なくとも溶融シリコンと接する部分には、離型材層として、窒化珪素粉末及び熱硬化性フェノール樹脂を含む混合離型材を酸化雰囲気中200〜300℃の条件で熱硬化焼成させて得られた混合材料焼成層が形成されていることを特徴とする溶融シリコンの保持部材。
【請求項2】
窒化珪素粉末(S)と熱硬化性フェノール樹脂(P)との混合割合が質量比(S:P)で10:8〜8:10であることを特徴とする請求項1に記載の溶融シリコンの保持部材。
【請求項3】
熱硬化性フェノール樹脂がノボラック型フェノール樹脂であって、硬化剤がヘキサメチレンテラミンであることを特徴とする請求項1又は2に記載の溶融シリコンの保持部材。
【請求項4】
離型材層が、混合材料焼成層とその上に形成された窒化珪素層とからなる複合離型材層であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の溶融シリコンの保持部材。
【請求項5】
前記混合材料焼成層の厚みが、少なくとも0.5mmであることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の溶融シリコンの保持部材。
【請求項6】
前記窒化珪素層の厚みが、少なくとも0.2mmであることを特徴とする請求項4又は5に記載の溶融シリコンの保持部材。
【請求項7】
前記保持部材が、シリコンインゴットの鋳造用鋳型であることを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載の溶融シリコンの保持部材。
【請求項8】
前記保持部材が、溶融シリコンの搬送用樋であることを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載の溶融シリコンの保持部材。
【請求項9】
溶融シリコンを保持するための黒鉛製保持部材の製造方法であり、前記保持部材の少なくとも溶融シリコンと接する部分に、窒化珪素粉末及び熱硬化性フェノール樹脂を含む混合離型材を塗布し、次いで酸化雰囲気中200〜300℃の条件で熱硬化焼成処理を行い、離型材層として混合材料焼成層を形成することを特徴とする溶融シリコンの保持部材の製造方法。
【請求項10】
窒化珪素粉末(S)と熱硬化性フェノール樹脂(P)との混合割合が質量比(S:P)で10:8〜8:10であることを特徴とする請求項9に記載の溶融シリコンの保持部材の製造方法。
【請求項11】
熱硬化性フェノール樹脂がノボラック型フェノール樹脂であって、硬化剤がヘキサメチレンテトラミンであることを特徴とする請求項9又は10に記載の溶融シリコンの保持部材の製造方法。
【請求項12】
熱硬化焼成処理により混合材料焼成層を形成した後に、この混合材料焼成層の上に窒化珪素離型材を塗布して乾燥させ、離型材層として混合材料焼成層とその上に形成された窒化珪素層とからなる複合離型材層を形成することを特徴とする請求項9〜11の何れか1項に記載の溶融シリコンの保持部材の製造方法。
【請求項13】
前記混合材料焼成層の厚みが、少なくとも0.5mmであることを特徴とする請求項9〜12の何れか1項に記載の溶融シリコンの保持部材の製造方法。
【請求項14】
前記窒化珪素層の厚みが、少なくとも0.2mmであることを特徴とする請求項12又は13に記載の溶融シリコンの保持部材の製造方法。
【請求項15】
請求項1〜8の何れか1項に記載の溶融シリコンの保持部材を用いて溶融シリコンを保持するシリコン保持作業を行い、このシリコン保持作業終了後に再び使用後保持部材を再利用する溶融シリコンの保持部材の再利用方法であり、
前記使用後保持部材から劣化した離型材層をショットブラスト法により剥離させ、次いで前記請求項9〜14の何れか1項に記載の方法により再び離型材層を形成することを特徴とする溶融シリコンの使用後保持部材の再利用方法。

【公開番号】特開2012−153559(P2012−153559A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−13679(P2011−13679)
【出願日】平成23年1月26日(2011.1.26)
【出願人】(306032316)新日鉄マテリアルズ株式会社 (196)
【出願人】(510096049)NSソーラーマテリアル株式会社 (4)
【Fターム(参考)】