説明

溶融亜鉛めっき鋼管のめっき密着性評価方法

【課題】簡便で精度の良い、溶融亜鉛めっき鋼管のめっき密着性評価法を提供する。
【解決手段】溶融亜鉛めっき鋼管をアノードとして、電解質水溶液中で定電流電解を行い、得られる時間−電位曲線のうち、電位が−800〜−700mVの合金相に相当する領域の時間−電位曲線の曲線形状によって、めっき層と地鉄との密着性を評価することを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼管のめっき密着性評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融亜鉛めっき鋼管のめっき密着性評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
溶融亜鉛めっき鋼管は、鋼管を酸洗してスケールを除去した後、鋼管表面の保護や亜鉛めっき浴に浮遊するZnOの付着を防ぐことなどを目的としたフラックス処理を施し、460℃前後の亜鉛めっき浴中に一定時間浸漬してめっきを施した後、ワイピングなどによって内・外面のめっき厚さを調整した後、冷却して製造するのが一般的である。
【0003】
このようにして製造された溶融亜鉛めっき鋼管には、素地鋼板と亜鉛との界面にこれらを強固に結合するFe−Zn合金相が形成される。素地鋼板への空気や水の浸入を防いで、錆びの発生を防止する保護皮膜作用と、亜鉛めっき層にキズが発生しても、亜鉛が優先的に溶け出すことによって素地鋼板の腐食を防ぐ犠牲防食作用とによって、溶融亜鉛めっき鋼管は優れた耐食性を有するので、もっとも効果的で、経済的な防食鋼管として広く利用されている。
【0004】
一方、溶融亜鉛めっき鋼管を作製する際の操業条件が適切でなく、素地鋼板表面の浄化が不十分で酸化被膜が残存している場合や、汚れ等の異物が付着している場合には、亜鉛と素地鋼板との合金化反応が妨げられ、その領域のめっき密着性は極めて低くなり、剥離しやすい状態となる。
【0005】
また、めっき条件が適切でない場合、合金化反応が過度に進行し、めっき層と素地鋼板との界面に硬くて脆い合金相が厚く生成してしまうため、めっき密着性が大きく低下し、めっき処理後、搬送時などに外部からの衝撃を受けることによって、めっき剥離欠陥を生じてしまう。
【0006】
このような溶融亜鉛めっき鋼管のめっき密着性不良は、製造直後では、外観から判別することは極めて困難であり、一般に、めっき密着性の評価法としては非特許文献1〜3によるめっき密着性試験(曲げ試験、ハンマ試験、テープ試験)が行われている。これらの試験は規定の処置後にめっきの剥離状況に基づいて、めっき密着性を評価するものである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】日本工業規格「H8641 溶融亜鉛めっき」2007年制定
【非特許文献2】日本工業規格「H0401 溶融亜鉛めっき試験方法」2007年制定
【非特許文献3】日本工業規格「H8504 めっきの密着性試験方法」1999年制定
【非特許文献4】黒沢 進 表面技術 vol.45、p234(1994)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、非特許文献1〜3に記載のめっき密着性評価方法は、評価精度が悪く、実際に曲げ加工や、ハンマ試験、テープ試験によってめっき密着性が良好と判断された材料であっても、搬送後など、特に外部から強い衝撃が繰り返し与えられた後に、めっき剥離を起こすケースが多いといった問題があった。
【0009】
この現象は、特に溶融亜鉛めっき鋼管製造で採用されるバッチ式の溶融亜鉛浴浸漬めっき、いわゆるどぶ漬けめっきの場合に多く見られ、亜鉛の付着量が多くめっき膜が厚く、そのばらつきも大きいことが原因していると推測される。また、テープ試験では、試験に使用する粘着テープの貼り方、剥がし方が試験を行う作業者による個人差がでるなど、評価方法自体の不正確さも影響していると考えられる。
【0010】
また、曲げ試験では、対象が密着性不良の試験片であっても、曲げ加工後に、必ずしもめっき表面に亀裂や剥離などの明確な概観の変化として現れず、結果的に密着不良を見逃してしまうといった、評価方法自身の不正確さも影響していると考えられる。また、ハンマ試験では、衝撃を与える部分が非常に微小な領域であり、かつ、めっき層の剥がれ具合の判定も評価者によって異なったりするなどして、評価が不正確になる場合がある。
【0011】
さらには、溶融亜鉛めっき鋼管は製造後のハンドリングで様々な衝撃や変形を受ける。つまり、鋼管を転がして搬送したり、多数の鋼管をまとめてクレーンで吊り上げて搬送しパイプ置き場に下ろしたりといった際に、溶融亜鉛めっき鋼管がお互いにぶつかったり、その時に一瞬ではあるが若干変形したり、さらには溶融亜鉛めっき鋼管同士が擦れ合ったりして、めっき層は複雑かつ様々な衝撃や変形を受ける。
【0012】
このように、製造後のハンドリングでめっき層が受ける衝撃や変形は複雑かつ様々であり、再現することが難しいので、これら製造後の鋼管のハンドリングの影響を加味しためっき密着性評価を行うことが難しいことも影響していると考えられる。
【0013】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、実態に合った、簡便で精度の良い、溶融亜鉛めっき鋼管のめっき密着性評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の要旨は、以下の通りである。
【0015】
(1)溶融亜鉛めっき鋼管をアノードとして、電解質水溶液中で定電流電解を行い、得られる時間−電位曲線の、電位が−800〜−700mVの合金相に相当する部分の曲線形状によって、めっき層と地鉄との密着性を評価することを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼管のめっき密着性評価方法。
【0016】
(2)(1)に記載のめっき密着性評価方法において、得られる時間−電位曲線のうち電位−800〜−700mVの合金相に相当する領域の時間〜電位曲線の微分曲線が0.1未満となる点を有する溶融亜鉛めっき鋼管を、めっき密着性不良材と判断することを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼管のめっき密着性評価方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の溶融亜鉛めっき鋼管のめっき密着性評価方法を用いることによって、溶融亜鉛めっき鋼管のめっき密着性検査の精度向上、時間短縮が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】定電流アノード溶解法によって求めた時間―電位曲線(めっき密着性良好材)である。
【図2】定電流アノード溶解法によって求めた時間―電位曲線(めっき密着性不良材)である。
【図3】(a)時間―電位曲線(b)の−800〜−700mV範囲の微分曲線である。(b)定電流アノード溶解法によって求めた時間―電位曲線(めっき密着性良好材)である。
【図4】(a)時間―電位曲線(b)の−800〜−700mV範囲の微分曲線である。(b)定電流アノード溶解法によって求めた時間―電位曲線(めっき密着性不良材)である。
【図5】鋼管落下試験概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、めっき密着性に優れた溶融亜鉛めっき鋼管の評価を行うために、めっき剥離欠陥の起こらない良好材と、めっき剥離欠陥が多発する不良材とを比較検討した。めっき層を構成するFe−Zn合金相に着目し、定電流アノード溶解法による解析を重ねた結果、定電流アノード溶解法によって得られる時間−電位曲線から、めっき密着性に優れた溶融亜鉛めっき鋼管と、めっき剥離しやすい溶融亜鉛めっき鋼管とを判別できることを知見した。
【0020】
通常溶融亜鉛めっき層は、地鉄側から極薄で確認が難しいΓ相、緻密で靭性・延性に富むδ相、合金相中でもっとも顕著な柱状のζ相、純亜鉛相であるη相からなり、それぞれ物理的、化学的性質が異なることから、各合金相の作りこみによってめっき特性が大きく左右されることが知られているが、定電流アノード溶解法は、溶融亜鉛めっき材をアノードとして定電流電解を行い、これらめっき中の合金相の判別や、合金相の厚みの分析をおこなうことができる手法である。(非特許文献4参照)
溶融亜鉛めっき鋼管をアノードとし、電解質水溶液中で参照電極を用いて作用電極電位を測定しながら定電流電解を行うと、溶融亜鉛めっき層を構成する各Fe−Zn合金相は、Zn濃度が高く、より卑な合金相から溶解していき、溶解する合金相が変化するに従って、電位が変化していくので、時間−電位曲線を採取することができる。
【0021】
この際、電解質溶液は適宜、公知のものから選ぶことができるが、通常、硫酸亜鉛および塩化亜鉛などの亜鉛塩と硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウムなどの支持電解質からなる電解質を用いることが好ましく、硫酸亜鉛と塩化ナトリウムの組合せが特に好ましい。
【0022】
電流密度に関しても、めっき層の厚さなどに応じて適宜、選択することができるが、通常、20〜500A/mの範囲が好ましく、50〜400A/mの範囲が特に好ましい。この範囲より電流密度が小さい場合には、めっき厚さにもよるが、通常、測定にかかる時間が長くなり簡便でなくなる傾向がある。また、上記範囲より電流密度が大きい場合は、測定は短時間になるものの、めっき層の溶解が速くなり過ぎる結果、時間−電位曲線を精度良く測定することができなくなる。
【0023】
このようにして測定されるめっき密着性良好材の時間−電位曲線とめっき密着性不良材の時間−電位曲線を比較すると、溶融亜鉛めっきを構成するη相,ζ相に当たる、時間−電位曲線は殆ど同じ形状の曲線となるが、電位−750mV付近に現れるδ相相当の、時間−電位曲線は、めっき密着性に優れる試料と、めっき密着性に乏しい試料とでその曲線の形状に違いがあることが分かった。すなわち、めっき密着性良好材では時間と共になだらかに電位が上昇する時間−電位曲線を示す(図1)のに対して、めっき密着性不良材では電位平坦部が存在する階段状の時間−電位曲線を示す(図2)という相違を知見した。
【0024】
本発明はめっき密着性良好材とめっき密着性不良材とで時間−電位曲線の形状に相違を生じる−800〜−700mVの電位間において、電位(mV)を時間(秒)で微分し、時間−電位曲線の微分曲線が「0.1未満」となる点を有する場合をめっき密着性不良材と判断する(図4)。めっき密着性良好材は、−800〜−700mVの電位間において、時間−電位曲線に電位平坦部が存在せず、常に右肩上がりに上昇するので、微分曲線は常に「ゼロ」より大きい値、通常「0.1」以上の値を示す。(図3)
判断する電位を−800〜−700mVとするのは、鋼板素地に近くめっきの密着性に最も影響していると考えられるδ相の電位が−750mV付近であるためで、−800mV以下では、めっき密着性良好材、めっき密着性不良材に関わらず、η相、ζ相に対応する電位の部分の時間−電位曲線には平坦部が存在し、時間−電位曲線の形状に相違が出ないため、めっき密着性評価に使用することができない。また、−700mV以上では、合金相の溶解が終了し、地鉄の溶解電位に近くなるため、同じくめっき密着性評価に使用することができない。
【0025】
なお、めっき密着性良好材で電位−750mV付近の時間−電位曲線に平坦部が認められないのは、電位が組成情報を反映することから、めっき密着性良好材のδ相が一定組成の合金相ではなく、Fe濃度が地鉄方向に連続的に増加する組成を有するためと考えられ、実際にめっき断面のSEM−EDS分析の結果からFe濃度が地鉄方向に徐々に増加していることが確認されている。地鉄近傍のδ相の組成が連続的に変化していることで、地鉄とめっき界面における応力が緩和されやすく、良好な密着性を確保できているものと推測される。
【実施例1】
【0026】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明する。
本実施例は鋼管外面のめっきについてのものであるが、本発明は鋼管内面のめっきについても有効である。
【0027】
供試材とする溶融亜鉛めっき鋼管は次の方法で作製した。JIS G3442(2010)に規定の呼び径80A、長さ4000mmの原管(鋼管)をインヒビター入り13%塩酸槽に浸漬して酸洗後、水洗した後、塩化アンモニウム−塩化亜鉛(モル比で1:1)水溶液の中に浸漬することによってフラックス処理を施し、乾燥後453〜465℃の溶融亜鉛めっき浴にてめっきを施し、ブロアーでめっき厚を調整後、水冷した。この際、酸洗時間を1〜60分、フラックス濃度をフラックス液の25℃での比重で1.05〜1.20の範囲で変化させ、様々な条件でめっき鋼管80本を作製した。
【0028】
作製した溶融亜鉛めっき鋼管から無作為に抽出した20本より、管端から1000mmの部分から分析用に1cm×1cm角を正確に切り出し、溶剤脱脂後、分析面以外をシールして定電流アノード溶解に供した。
【0029】
溶融亜鉛めっき鋼管試料をアノードとし、20mass%硫酸亜鉛−10mass%塩化ナトリウム水溶液中で、電流密度が200A/mにて定電流電解を行った。参照電極として飽和カロメル電極を用い、作用電極電位を0.5秒ごとに記録し、時間−電位曲線を採取した。
【0030】
得られた時間−電位曲線から、電位−800〜−700mVの範囲を時間で微分して、微分曲線を得た。当該範囲で微分曲線が「ゼロ以下」となる点がある場合をかなり不良「××」、「ゼロ」より大きく「0.1」未満となる点がある場合を不良「×」、「0.1」未満となる点がないものを良好「○」とすることによってめっき密着性の判定を行った。
【0031】
比較として従来の密着性評価の方法であるJIS H8504に準拠したテープ試験、および、JIS G3442に準拠した曲げ試験を、それぞれ、上記分析(アノード溶解)サンプルを採取した位置から中央寄りに100〜200mmの部分、200〜300mmの部分よりサンプルを採取して行った。
また、より実際的なめっき密着性評価のため、実際の鋼管のハンドリングを想定した「鋼管落下試験」を行なった。
【0032】
鋼管落下試験は、以下の様な手順で行なった。
まず、上記分析(アノード溶解)サンプルを採取した場所から中央寄りに300〜900mmの部分から、長さ200mmの鋼管を3本切り出し、
(1)図5に示すような形にそれら3本を積み上げ、
(2)次に、JIS G3442(2010)に規定の呼び径125Aの亜鉛めっき鋼管(長さ1000mm)の内側に錘を固定して総重量が20kgにしたものを鋼管形状錘として、これを前記(1)で積み上げた3本のめっき鋼管サンプルの接地位置から1000mmの高さより自由落下させ、積み上げためっき鋼管サンプルの頂上部分に衝突させ、
(3)次に前記(2)の鋼管形状錘の落下衝突を30回繰り返し、
(4)これらの操作が終了した後、積み上げた3本のめっき鋼管サンプルの外面について目視によるめっき剥離の判定を行い、めっき剥離が1つも無い場合をめっき密着性良好「○」、直径1mm未満のめっき剥離が1つ存在する場合をめっき密着性不良「×」、めっき剥離が直径1mm以上であるとき、若しくは、めっき剥離が2つ以上存在する場合をめっき密着性かなり不良「××」と評価した。
これらの評価結果を表1に示す。
【0033】
【表1】

【0034】
従来のテープ試験もしくは曲げ試験で、めっき密着性が悪いと評価された試料はNo.7とNo.10とNo.19だけであるにもかかわらず、鋼管落下試験後にはNo.7とNo.10とNo.19以外に、No.2、5および14においてもめっき剥離欠陥が発生しており、曲げ試験での剥離欠陥の検定精度は十分ではなかった。一方、本発明によるめっき密着性判定結果では、鋼管落下試験後、めっき剥離欠陥が発生したNo.2、5、7、10、14および19の全てについてめっき密着性に問題があることを検出することができている。
【符号の説明】
【0035】
1 鋼管
2 鋼管形状錘

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融亜鉛めっき鋼管をアノードとして、電解質水溶液中で定電流電解を行い、得られる時間−電位曲線のうち、電位が−800〜−700mVの合金相に相当する領域の時間−電位曲線の曲線形状によって、めっき層と地鉄との密着性を評価することを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼管のめっき密着性評価方法。
【請求項2】
請求項1に記載のめっき密着性評価方法において、得られる時間−電位曲線のうち、電位が−800〜−700mVの合金相に相当する領域の時間−電位曲線の微分曲線が0.1未満となる点を有する溶融亜鉛めっき鋼管を、めっき密着性不良材と判断することを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼管のめっき密着性評価方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2013−113749(P2013−113749A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−261081(P2011−261081)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】