説明

滅菌方法及び生体適合性材料

【課題】 良好な形状・力学物性を有するヒドロゲルの物性を低下させることなく滅菌する方法と、該滅菌方法により滅菌されることによって得られる生体適合性材料を提供すること。
【解決手段】 水溶性有機モノマーの重合体と、水膨潤性粘土鉱物とから構成される三次元網目構造を有する高分子ヒドロゲルを高圧蒸気処理により滅菌する滅菌方法により、含水物であるヒドロゲルに対して、放射線滅菌のように物性が低下したり、吸水性が低下したり、またエチレンオキサイドガス滅菌のように、毒性物質が残留したりすることなく、安全で元の物性を保った状態で滅菌することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶性有機モノマーの重合体と、水膨潤性粘土鉱物とから構成される三次元網目構造を有する高分子ヒドロゲルの滅菌方法、及び該滅菌方法により滅菌された生体適合性材料に関する。
【背景技術】
【0002】
注射器やカテーテル及び創傷被覆材等の医療用具は安全性が重要であり、細菌やウイルスによる汚染を防止するため、通常は、使用前にそれら医療用具を滅菌して用いられている。また、細胞培養等の生物を扱う際に用いられる、理化学材料や生化学材料に対しても、滅菌された材料が用いられている。これら医療用具、理化学材料、及び生化学材料(以下、これらを総称して医療用材料という)は、金属、プラスチック等の合成高分子、ガラス、天然高分子等様々な素材から構成されており、それぞれに適した滅菌方法が行われている。ここで言う滅菌とは、医療用材料から菌類等の微生物を死滅させることである。
【0003】
一方、医療用材料のうち、生体と接触させることを目的とする生体適合性材料、特に生体内へ抱埋するような材料には、その使用目的から、優れた柔軟性や伸縮性等の高い諸物性を有する材料が望まれている。このような優れた物性を有する材料として、水溶性有機モノマーの重合体と、水膨潤性粘土鉱物とから構成される三次元網目を有する高分子ヒドロゲルが開示されている(特許文献1参照)。該高分子ヒドロゲルは、優れた吸水性や極めて高い伸張性などの特徴を有し、生体適合性材料として有望視されるものであるが(特許文献2及び3参照)、実際に生体適合性材料として適用するための滅菌方法は開示されていなかった。
【0004】
従来、滅菌方法としては、ガンマ線や電子線照射による放射線滅菌や、エチレンオキサイドガス滅菌などが用いられている。これらのうちエチレンオキサイドガス滅菌は、有毒なエチレンオキサイドガスを使用しており、かなり強力に微生物を死滅させることが出来るが、エチレンオキサイドガスは、水への溶解性が非常に高いため、含水材料である上記高分子ヒドロゲルに適用した場合には、エチレンオキサイドガスが溶存してしまうという問題があり、適用は不可能であった。
【0005】
放射線滅菌は、物質透過性の高いガンマ線や電子線を使用するので、積層されている材料や、複雑な形状の材料にも適用でき、また滅菌を非常に短時間に行うことが出来るというような利点を持っているが、放射線を扱うため、装置が大掛かりになる問題に加えて、微生物を死滅させる程の放射線線量を上記高分子ヒドロゲルに照射すると、水溶性有機モノマーの重合体間において多量の架橋反応が生じてしまい、高分子ヒドロゲルが有する優れた諸物性が低下する問題があった。
【0006】
【特許文献1】特開2002−53629号公報
【特許文献2】特開2005−182号公報
【特許文献3】特開2005−110604号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、良好な形状・力学物性を有するヒドロゲルの物性を低下させることなく滅菌する方法と、該滅菌方法により滅菌されることによって得られる生体適合性材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明においては、水溶性有機モノマーの重合体と、水膨潤性粘土鉱物とから構成される三次元網目構造を有する高分子ヒドロゲルを高圧蒸気により滅菌することにより、該高分子ヒドロゲルの有する柔軟且つ強靭な優れた物性の低下や有害物質の残存を生じることなく該高分子ヒドロゲルを滅菌でき、これにより、滅菌された生体適合性材料を得ることができる。
【0009】
即ち本発明は、水溶性有機モノマーの重合体と、水膨潤性粘土鉱物とから構成される三次元網目構造を有する高分子ヒドロゲルを高圧蒸気処理により滅菌することを特徴とする、高分子ヒドロゲルの滅菌方法、及び該滅菌方法により滅菌された高分子ヒドロゲルからなる生体適合性材料を提供する。
【0010】
さらに、また、該高分子ヒドロゲル中の水溶性有機モノマーの重合体同士を、一部共有結合による架橋させることにより、さらに効果的に滅菌時の該高分子ヒドロゲルの変形や気泡の発生を抑制して、滅菌することが可能となる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の滅菌方法は、水溶性有機モノマーの重合体と、水膨潤性粘土鉱物とから構成される三次元網目構造を有する高分子ヒドロゲルを用いて、高圧蒸気処理が行われることにより、含水物であるヒドロゲルに対して、放射線滅菌のように物性が低下したり、吸水性が低下したり、またエチレンオキサイドガス滅菌のように、毒性物質が残留したりすることなく、安全で元の物性を保った状態で滅菌することが可能となる。また、柔軟でかつ強靱な物性を有する高分子ヒドロゲルを、元の状態や物性を保持したまま、医療用材料等で使用するために必要な滅菌された状態で提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の滅菌方法は、水溶性有機モノマーの重合体と、水膨潤性粘土鉱物とから構成される三次元網目構造を有する高分子ヒドロゲルを高圧蒸気処理により滅菌する方法である。
【0013】
[高分子ヒドロゲル]
本発明に用いる高分子ヒドロゲルは、水溶性有機モノマーの重合体と水膨潤性粘土鉱物とから構成される三次元網目構造を有する高分子ヒドロゲル(以下、該三次元網目構造を有する高分子ヒドロゲルを単に高分子ヒドロゲルと略記する。)である。
【0014】
本発明に用いる高分子ヒドロゲル中の水溶性有機モノマーは、水に溶解する性質を有し、水に均一分散可能な水膨潤性の粘土鉱物と相互作用を有するものであればよく、例えば、粘土鉱物と水素結合、イオン結合、配位結合、共有結合等を形成できる官能基を有するものが好ましい。これらの官能基を有する水溶性有機モノマーとしては、具体的には、アミド基、アミノ基、エステル基、水酸基、テトラメチルアンモニウム基、シラノール基、エポキシ基などを有する水溶性有機モノマーが挙げられ、なかでもアミド基やエステル基を有する水溶性有機モノマーが好ましく、特にアミド基を有するものは最も好ましい。
【0015】
アミド基を有する重合性不飽和基含有水溶性有機モノマーの具体例としては、N−アルキルアクリルアミド、N,N−ジアルキルアクリルアミド、アクリルアミド等のアクリルアミド類、または、N−アルキルメタクリルアミド、N,N−ジアルキルメタクリルアミド、メタクリルアミド等のメタクリルアミド類が挙げられる。ここでアルキル基としては炭素数が1〜4のものが特に好ましく選択される。またエステル基を有する重合性不飽和基含有水溶性有機モノマーの具体例としては、メトキシエチルアクリレート、エトキシエチルアクリレート、メトキシエチルメタクリレート、エトキシエチルメタクリレートなどがあげられる。
【0016】
かかる水溶性有機モノマーの重合体としては、例えば、ポリ(N−メチルアクリルアミド)、ポリ(N−エチルアクリルアミド)、ポリ(N−シクロプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(アクリロイルモルフォリン)、ポリ(メタクリルアミド)、ポリ(N−メチルメタクリルアミド)、ポリ(N−シクロプロピルメタクリルアミド)、ポリ(N−イソプロピルメタクリルアミド)、ポリ(N,N−ジメチルアクリルアミド)、ポリ(N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−メチル−N−エチルアクリルアミド)、ポリ(N−メチル−N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−メチル−N−n−プロピルアクリルアミド)、ポリ(N,N−ジエチルアクリルアミド)、ポリ(N−アクリロイルピロリディン)、ポリ(N−アクリロイルピペリディン)、ポリ(N−アクリロイルメチルホモピペラディン)、ポリ(N−アクリロイルメチルピペラディン)、ポリ(アクリルアミド)、ポリ(メトキシエチルアクリレート)、ポリ(エトキシエチルアクリレート)、ポリ(メトキシエチルメタクリレート)、ポリ(エトキシエチルメタクリレート)が例示される。また水溶性有機モノマーの重合体としては、以上のような単一の重合性不飽和基含有水溶性有機モノマーからの重合体の他、これらから選ばれる複数の異なる重合性不飽和基含有水溶性有機モノマーを重合して得られる共重合体を用いることも有効である。また上記水溶性有機モノマーとそれ以外の有機溶媒可溶性重合性不飽和基含有有機モノマーとの共重合体も、得られた重合体が高分子ヒドロゲルを形成出来るものであれば使用することができる。
【0017】
本発明における水溶性有機モノマーの重合体は、水溶性または水を吸湿する性質を有する親水性(両親媒性を含む)を有するものが好ましく、その内、熱、pHや光に応答する等といった機能性や、生体吸収性を含む生体適合性や生分解性などの特性を有しているものは、用途に応じてより好ましく用いられる。例えば、水溶液中でのポリマー物性(例えば親水性と疎水性)が下限臨界共溶温度(Lower Critical Solution Temperature:LCST)前後のわずかな温度変化により大きく変化する特性を有する水溶性有機モノマー重合体などであり、具体的にはポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)やポリ(N,N−ジエチルアクリルアミド)などが挙げられる。また特に生体適合性に優れたものとしては、ポリ(メトキシエチルアクリレート)やポリ(2−高分子キシエチルメタクリレート)などがあげられる。
【0018】
本発明に用いる高分子ヒドロゲルに用いられる粘土鉱物は、水又は水溶液中で層間が膨潤する性質を有することが必要である。より好ましくは少なくとも一部が水中で層状に剥離して分散できるものであり、更に好ましくは水中で1ないし10層以内の厚みに、特に好ましくは水中で1ないし3層以内の厚みに層状に剥離して均一分散できる層状粘土鉱物である。例えば、水膨潤性スメクタイトや水膨潤性雲母などを用いることができ、具体的には、ナトリウムを層間イオンとして含む水膨潤性ヘクトライト、水膨潤性モンモリロナイト、水膨潤性サポナイト、水膨潤性合成雲母が挙げられる。
【0019】
本発明に用いる高分子ヒドロゲルを構成する水溶性有機モノマーと粘土鉱物との比率は、用いる水溶性有機モノマーや粘土鉱物の種類により適宜選択されるが、溶媒の中で両者が三次元網目を形成する範囲が好ましく、膨潤性粘土鉱物/水溶性有機モノマーの重合体の質量比として好ましくは0.01〜3、より好ましくは0.1〜3、特に好ましくは0.3〜2.5である。かかる質量比の範囲であれば、調製が容易であり、高分子ヒドロゲルの特性が十分に発揮される、高い強度のものが得られる。
【0020】
本発明に用いる高分子ヒドロゲルは、水溶性有機モノマーの重合体と水膨潤性粘土鉱物とから構成される三次元網目構造を有することから、1kPa以上の引っ張り弾性率、20kPa以上の引っ張り強度、および50%以上の破断伸びといった優れた物性を実現できる柔軟且つ強靭な材料であり、好適には、引っ張り弾性率が5kPa以上、引っ張り強度が50kPa以上、破断伸びが50%以上、さらに好適には引っ張り弾性率が10kPa以上、引っ張り強度が80kPa以上、破断伸びが100%以上の物性を有する材料である。
【0021】
本発明に用いる高分子ヒドロゲルには、溶媒として水以外にも水と混和する有機溶媒との混合溶媒を含んでいるものも含まれる。
【0022】
本発明に用いる高分子ヒドロゲルの製造方法は、水溶性有機モノマーを粘土鉱物共存下での重合反応によって行われる。重合反応は、過酸化物の存在、加熱または紫外線照射など慣用の方法を用いたラジカル重合により行わせることが出来る。
【0023】
具体的には、まず、水溶性有機モノマーと水膨潤性粘土鉱物と水を含む均一分散液を調製した後、水膨潤性粘土鉱物共存下で水溶性有機モノマーを重合させることにより、高分子ヒドロゲルを調製する。ここで層状に剥離した粘土鉱物が架橋剤の働きをすることにより水溶性有機モノマー重合体と粘土鉱物との三次元網目を形成した高分子ヒドロゲルが得られる。該高分子ヒドロゲルはこのように形成された三次元網目構造を有することにより、その内部に水又は水と有機溶媒の混合溶媒を保持することができると共に、上記の優れた物性を有する。
【0024】
水膨潤性粘土鉱物共存下での水溶性有機モノマーの重合反応は例えば、過酸化物を重合開始剤として使用して重合させる方法、加熱または活性エネルギー線照射などの慣用の方法を用いたラジカル重合により行わせることが出来る。ラジカル重合開始剤及び重合促進剤としては、慣用のラジカル重合開始剤及び重合促進剤のうちから適宜選択して用いることが出来、好ましくは水に分散性を有し、系全体に均一に含まれるものを用いることができる。特に好ましくは層状に剥離した粘土鉱物と強い相互作用を有するラジカル重合開始剤である。重合開始剤としては水溶性の過酸化物、例えばペルオキソ二硫酸カリウムやペルオキソ二硫酸アンモニウム、水溶性のアゾ化合物などを好ましく使用でき、具体的には、和光純薬工業株式会社製のVA−044、V−50、V−501などが好ましく使用できる。その他、ポリエチレンオキシド鎖を有する水溶性ラジカル開始剤なども使用できる。また重合促進剤としては、3級アミン化合物であるN,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミンやβ−ジメチルアミノプロピオニトリルなどを好適に使用できる。
【0025】
上記重合反応時の温度は、用いる水溶性有機モノマー、重合促進剤及び開始剤の種類などに合わせて適宜選択すればよく、例えば0℃〜100℃の範囲に設定出来る。
【0026】
重合時間は重合促進剤、開始剤、重合温度、重合溶液量(厚み)などの重合条件によって異なり、一概に規定できないが、一般に数十秒〜十数時間の間で調整すればよい。
【0027】
[高圧蒸気処理]
本発明の滅菌方法は、上記高分子ヒドロゲルを高圧蒸気処理により滅菌する方法である。上記高分子ヒドロゲルは、水溶性有機モノマーの重合体と水膨潤性粘土鉱物とから構成される三次元網目構造を有することにより、その内部に水又は水と有機溶媒の混合溶媒を保持すると共に、柔軟且つ強靭な優れた物性を有する材料である。このような高分子ヒドロゲルを生体適合性材料として使用できるまで滅菌するためには、高圧蒸気処理を行う必要があり、これにより有毒ガスの溶存や、優れた物性を変化させる多量の架橋反応を生じさせることなく好適に滅菌することができる。
【0028】
本発明における高圧蒸気処理による滅菌とは、一般に高温高圧蒸気滅菌装置(オートクレーブ)を使用して行われるものであり、被滅菌物である高分子ヒドロゲルを装置内に入れて、容器内を高温高圧にすることにより、水蒸気を1気圧以上の圧力下で発生させ、高温蒸気が高分子ヒドロゲルの表面や内部を通過することにより、付着する微生物を死滅させる方法である。この際、好ましくは高分子ヒドロゲルを、あらかじめ蒸気透過性の滅菌袋内に密封し、これを装置の密閉容器内に入れて滅菌する方法が用いられる。この高圧蒸気処理による滅菌は、高分子ヒドロゲルの微生物死滅を確実に行うために、100℃〜150℃の温度範囲内で行われ、より確実な微生物の死滅のためには、好ましくは121℃または132℃で行われる。また高分子ヒドロゲルの物性保持等を考慮して、115℃程度での処理を行うことも可能である。
【0029】
本発明の滅菌方法によれば上記高分子ヒドロゲルを極めて好適に滅菌することが可能であるが、高分子ヒドロゲルの組成や、高温上記処理の条件によっては、高分子ヒドロゲルの変形や、気泡の発生などが生じるおそれがある。この場合には、高圧蒸気処理による変形や気泡発生をより確実に抑制するために、該高分子ヒドロゲル中の有機モノマーの重合体の一部を共有結合により架橋させることが好ましい。
【0030】
この場合、該高分子ヒドロゲル中に含まれる共有結合によって架橋している有機モノマーの重合体の割合は、用いる水溶性有機モノマーや粘土鉱物、及び架橋方法の種類によっても異なり必ずしも限定されないが、水溶性有機モノマーの0.001〜10モル%が好ましく、より好ましくは0.002〜1モル%であり、特に好ましくは0.005〜0.3モル%である。0.001モル%以上であれば、変形や気泡発生の抑制が効果的に現れ、また、10モル%以下であれば、該高分子ヒドロゲルの柔軟性や強靱性といった物性が保持される。
【0031】
有機モノマーの重合体の一部を共有結合によって架橋させる方法は、該高分子ヒドロゲルの柔軟性や強靱性を保持できる限り、特に方法が限定されるわけではないが、例えば、有機架橋剤を用いる方法や該高分子ヒドロゲルに活性エネルギー線を照射して、有機モノマーの重合体相互で共有結合させる方法が挙げられる。
【0032】
有機架橋剤による場合に使用する有機架橋剤は、多官能性であり、水または有機モノマーに溶解する性質を有するものであればよく、例えば、アミド基、アミノ基、エステル基、水酸基、テトラメチルアンモニウム基、シラノール基、エポキシ基などを有する有機架橋剤が挙げられ、なかでもアミド基を有する有機架橋剤が好ましい。ここで、有機架橋剤とは高分子ヒドロゲルを構成する有機モノマー間を共有結合により架橋させる働きをする架橋剤である。
【0033】
このような有機架橋剤の例としては、N,N’−メチレンビスアクリルアミド、N,N’−プロピレンビスアクリルアミド、ジ(アクリルアミドメチル)エーテル、1,2−ジアクリルアミドエチレングリコール、1,3−ジアクリロイルエチレンウレア、エチレングリコールジアクリレート、エチレングリコールジメタクリレート、N,N’−ジアリルタータルジアミド、N,N’−ビスアクリリルシスタミンなどの二官能性化合物や、トリアリルシアヌレート、トリアリルイソシアヌレートなどの三官能性化合物が例示される。
【0034】
本発明において、これら有機架橋剤を高分子ヒドロゲル中に導入する時期としては、目的とする共有結合の導入が得られるのであれば良く、さらに有機架橋剤の種類により異なるため、必ずしも限定されないが、重合性の有機架橋剤については、重合反応により高分子ヒドロゲルを形成する前の時期が好ましい。
【0035】
活性エネルギー線による架橋を行う際に、高分子ヒドロゲルに照射する活性エネルギー線としては、電子線、ガンマ線、X線、紫外線、可視光などを用いることができるが、好適に有機モノマーの重合体の架橋反応を起こすことが可能な、電子線、またはガンマ線などの放射線を用いることが好ましい。放射線の線量は、有機モノマーの重合体に導入される共有結合の程度により任意に調節可能であるが、上で述べた該高分子ヒドロゲル中に含まれる共有結合によって架橋している有機モノマーの重合体の割合の範囲に適合させるためには、好ましくは0.1kGy〜20kGyの範囲であり、より好ましくは1kGy〜10kGyの範囲である。0.1kGy以上の線量で照射することにより、高分子ヒドロゲルの内部まで架橋反応が起こり、変形や気泡発生抑制の効果が現れるようになり、また20kGy以下の線量であれば、高分子ヒドロゲルの放射線照射による物性劣化を抑制することが可能となる。
【0036】
本発明において高分子ヒドロゲルに対して共有結合による架橋を導入する際の活性エネルギー線照射を行う時期としては、目的とする共有結合の導入が十分に得られるのであれば良く、必ずしも限定されないが、好ましくは重合反応による該高分子ヒドロゲルの形成の途中または形成後に行われる。かかる時期に活性エネルギー線照射を行うことによって、該高分子ヒドロゲルの形成に影響を与えることなく、共有結合の導入を行うことが出来る。
【0037】
また、高圧蒸気処理による変形や気泡発生をより確実に抑制するために、該高分子ヒドロゲルの少なくとも一部をフィルムで被覆することも有効である。フィルムで被覆することによって、高温蒸気の高分子ヒドロゲルに与える影響を軽減することによって、変形や気泡発生を確実に抑制することが出来る。
【0038】
高分子ヒドロゲルを被覆するフィルムとしては、高圧蒸気処理に対して耐性を有しておれば、該高分子ヒドロゲルと密着性を有するもの及び剥離製を有するもののいずれもが使用可能であり、特に種類には限定されない。フィルムの素材を例示すると、ポリエステル、ナイロン、ポリウレタン、ポリプロピレン、ポリビニルアルコール、ポリテトラフルオロエチレン、及びこれらの2種以上の積層フィルムが挙げられる。またこれらフィルムの厚さについては、取り扱い上差し支えない範囲で、任意の厚さのフィルム用いることが可能である。また、これらのフィルムをプラズマやオゾン等で表面処理したものは好ましく用いられる。
【0039】
本発明の高圧蒸気滅菌処理時に用いられる滅菌袋は、市販のオートクレーブ用滅菌袋が使用できる。オートクレーブ用滅菌袋は、通常、素材のことなるフィルムを2枚貼り合わせて袋状にしたものが用いられ、片面はポリエステル、ナイロン、ポリウレタン、ポリプロピレン、ポリビニルアルコール、ポリテトラフルオロエチレン、及びこれらの2種以上の積層フィルムなどのガス遮断性フィルムが用いられる。またもう一方の面には、紙や不織布等のガス及び水蒸気透過性のフィルムが用いられる。
【0040】
本発明に用いる高分子ヒドロゲルにおいて、少なくとも一部がフィルムにより被覆されている場合、高圧蒸気滅菌処理時には、高分子ヒドロゲルのフィルムによって被覆されている部分を滅菌袋の紙及び不織布側に接するように入れることによって、滅菌袋の紙及び不織布面を通過してくる高温蒸気が高分子ヒドロゲルに与える影響が軽減される。
【0041】
[生体適合性材料]
本発明の高分子ヒドロゲルの滅菌方法によって滅菌された高分子ヒドロゲルは、柔軟性や強靱性に優れ、且つ、充分に滅菌されたものであるため、生体に対する安全性が高い。
【0042】
さらに、該高分子ヒドロゲルは、重合時に重合容器の形状を変化させたり、重合後のゲルを切削加工したりすることにより種々の大きさや形状に調製でき、例えば、繊維状、棒状、平板状、円柱状、中空状、らせん状、あるいは球状など任意の形状とすることができる。また重合反応時に慣用の界面活性剤を共存させる等の方法で、微粒子形態とすることも可能である。
【0043】
このように本発明の滅菌方法により滅菌された高分子ヒドロゲルは、生体に対する高い安全性と、柔軟且つ強靭な物性を有すると共に、優れた加工性を有することから、生体適合性材料として極めて有用な材料である。
【実施例】
【0044】
次いで本発明を実施例により、より具体的に説明するが、もとより本発明は、以下に示す実施例のみに限定されるものではない。
【0045】
(実施例1)
粘土鉱物には、[Mg5.34Li0.66Si20(OH)]Na0.66の組成を有する水膨潤性合成ヘクトライト(Rockwood Ltd.製「ラポナイトXLG」)を真空乾燥して用いた。有機モノマーは、N,N−ジメチルアクリルアミド(興人株式会社製:以下、DMAAと略記。)を既知の方法により精製して、重合禁止剤を取り除いてから使用した。重合開始剤は、ペルオキソ二硫酸カリウム(関東化学株式会社製:以下、KPSと略記。)を脱酸素した超純水中に溶解し、水溶液にして使用した。重合促進剤は、N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミン(和光純薬工業株式会社製:以下、TEMEDと略記。)を使用した。超純水は、全て微粒子除去用フィルターを通した高純度窒素をあらかじめ充分にバブリングさせ、含有酸素を除去してから使用した。
【0046】
20℃の恒温室において、内部を窒素置換した平底ガラス容器に、超純水57.06gとテフロン(登録商標)製攪拌子を入れ、攪拌しながら1.44gのラポナイトXLGを加え、無色透明の溶液を調製した。これにDMAA5.94gを加え、窒素雰囲気内で撹拌して無色透明溶液(a)を得た。さらにKPS水溶液とTEMED加えた。この溶液をあらかじめ窒素雰囲気中に静置して容器内の酸素を除去しておいた蓋付きのポリスチレン製容器(9cm×15cm)3枚にそれぞれ酸素にふれないようにして移した後、密栓をし、20℃の恒温水槽中で20時間静置して重合を行った。なお、これらの溶液調製から重合までの操作は、全て酸素を遮断した窒素雰囲気下で行った。重合開始から20時間後に、ポリスチレン製容器内にほぼ無色透明で均一なシート状のヒドロゲル(A)が得られた。
【0047】
次にこのシート状のヒドロゲル(A)を5cm×5cmの大きさに切断し、オートクレーブ用滅菌袋(商品名:オートクレーブ用ロールバッグ,(株)ホギメディカル製)に入れて、ヒートシーラーにより密封した。このヒドロゲル(A)の入った滅菌袋をオートクレーブ装置(装置名:オートクレーブSX−700,(株)トミー精工製)内にセットして、高圧蒸気処理を行った。処理条件は、121℃で20分間とした。また、滅菌袋内には、滅菌の指標菌であるBacillus Stearothermophilusの芽胞が入った生物学的指標製品(Raven Biological Laboratories,Inc.社製、以下BIと記す)をヒドロゲルと共に同封しておいた。
【0048】
処理後、装置から滅菌袋に入った滅菌済みヒドロゲル(A’)を取り出し、BI中の生存菌を確認したところ、菌が死滅していることが確認された。
【0049】
また、ヒドロゲル(A’)の外観を観察したところ、ヒドロゲル(A’)について特に変形や気泡の発生は認められなかった。この高圧蒸気処理前のヒドロゲル(A)と、処理後のヒドロゲル(A’)について、引っ張り試験装置(株式会社島津製作所製、卓上型万能試験機AGS−H)により引っ張り試験を行い力学物性の比較を行ったところ、破断伸び及び破断強度において両者ともほとんど変わらず、高圧蒸気処理によって、ヒドロゲルの柔軟性や強靱性が変化せず、保持されていることが確認できた。
【0050】
(実施例2)
実施例1において、無色透明溶液(a)に、N,N’−メチレンビスアクリルアミド(和光純薬工業株式会社性:以下BISと略記。)を0.84mg加えること以外は実施例1と同様にして、無色透明なシート状のヒドロゲル(B)を得た。
【0051】
次に、このシート状のヒドロゲル(B)を5cm×5cmの大きさに切断し、実施例1で使用したものと同様のBIと共にオートクレーブ用滅菌袋に入れて、ヒートシーラーにより密封した。この滅菌袋に入ったヒドロゲル(B)について、実施例1と同様の方法で高圧蒸気処理を行った。
【0052】
処理後、装置から滅菌袋に入った滅菌済みヒドロゲル(B’)を取り出し、BI中の生存菌を確認したところ、菌が死滅していることが確認された。
【0053】
また、ヒドロゲル(B’)の外観を観察したところ、ヒドロゲル(B’)について変形や気泡の発生は全く見られなかった。この高圧蒸気処理前のヒドロゲル(B)と、処理後のヒドロゲル(B’)について、実施例1と同様の引っ張り試験を行い力学物性の比較を行ったところ、破断伸び及び破断強度において両者ともほとんど変わらず、高圧蒸気処理によって、ヒドロゲルの柔軟性や強靱性が変化せず、保持されていることが確認できた。
【0054】
(実施例3)
実施例1と同様の方法で得られたシート状のヒドロゲル(C)をガス遮断ポリ袋に入れて密封し、ガンマ線照射を行った。放射線源は、コバルト60を使用し、照射線量は5kGyとした。照射後のシート状のヒドロゲル(C)は、特に変色や変形、収縮等は見られなかった。
【0055】
次に、このシート状のガンマ線照射ヒドロゲル(C)を5cm×5cmの大きさに切断し、実施例1で使用したものと同様のBIと共にオートクレーブ用滅菌袋に入れて、ヒートシーラーにより密封した。この滅菌袋に入ったヒドロゲル(C)について、実施例1と同様の方法で高圧蒸気処理を行った。
【0056】
処理後、装置から滅菌袋に入った滅菌済みヒドロゲル(C’)を取り出し、BI中の生存菌を確認したところ、菌が死滅していることが確認された。
【0057】
また、ヒドロゲル(C’)の外観を観察したところ、ヒドロゲル(C’)について変形や気泡の発生は全く見られなかった。この高圧蒸気処理前のガンマ線照射ヒドロゲル(C)と、処理後のヒドロゲル(C’)について、実施例1と同様の引っ張り試験を行い力学物性の比較を行ったところ、破断伸び及び破断強度において両者ともほとんど変わらず、高圧蒸気処理によって、ヒドロゲルの柔軟性や強靱性が変化せず、保持されていることが確認できた。
【0058】
(実施例4)
実施例1と同様の方法で得られたシート状のヒドロゲル(D)を5cm×5cmの大きさに切断し、7cm×7cmのポリエステルフィルム(商品名:ルミラーS10,東レ(株)製)の上に載せて密着させた。反対側の面はそのまま何も載せないようにした。そのポリエステルフィルムに載せたヒドロゲル(D)をオートクレーブ用滅菌袋に入れて、ヒートシーラーにより密封した。この時、滅菌袋の紙側の面に、ポリエステルフィルムが乗るようにした。また、滅菌袋内には、実施例1で使用したものと同様のBIを同封した。この滅菌袋に入ったヒドロゲル(D)について、実施例1と同様の方法で高圧蒸気処理を行った。
【0059】
処理後、装置から滅菌袋に入った滅菌済みヒドロゲル(D’)を取り出し、BI中の生存菌を確認したところ、菌が死滅していることが確認された。
【0060】
またヒドロゲル(D’)の外観を観察したところ、ヒドロゲル(D’)について変形や気泡の発生は全く見られなかった。この高圧蒸気処理前のヒドロゲル(D)と、処理後のヒドロゲル(D’)について、実施例1と同様の引っ張り試験を行い力学物性の比較を行ったところ、破断伸び及び破断強度において両者ともほとんど変わらず、高圧蒸気処理によって、ヒドロゲルの柔軟性や強靱性が変化せず、保持されていることが確認できた。
【0061】
(実施例5)
実施例2と同様の方法で得られたシート状のヒドロゲル(E)を5cm×5cmの大きさに切断し、7cm×7cmのポリエステルフィルムの上に載せて密着させた。反対側の面はそのまま何も載せないようにした。そのポリエステルフィルムに載せたヒドロゲル(E)を実施例1で使用したものと同様のBIと共にオートクレーブ用滅菌袋に入れて、ヒートシーラーにより密封した。この時、滅菌袋の紙側の面に、ポリエステルフィルムが乗るようにした。この滅菌袋に入ったヒドロゲル(E)について、実施例1と同様の方法で高圧蒸気処理を行った。
【0062】
処理後、装置から滅菌袋に入った滅菌済みヒドロゲル(E’)を取り出し、BI中の生存菌を確認したところ、菌が死滅していることが確認された。
【0063】
また、ヒドロゲル(E’)の外観を観察したところ、ヒドロゲル(E’)について変形や気泡の発生は全く見られなかった。この高圧蒸気処理前のヒドロゲル(E)と、処理後のヒドロゲル(E’)について、実施例1と同様の引っ張り試験を行い力学物性の比較を行ったところ、破断伸び及び破断強度において両者ともほとんど変わらず、高圧蒸気処理によって、ヒドロゲルの柔軟性や強靱性が変化せず、保持されていることが確認できた。
【0064】
(実施例6)
実施例1と同様の方法によって得られた、滅菌済みのヒドロゲル(F)を用いてウサギへの短期埋植試験を行った。クラス100のクリーンブース内で、滅菌済みのヒドロゲル(F)を1mm×3cmの大きさに切断し、ステンレス製スタイレットの内部に充填した。これを4本調製し、埋植試験試料(F’)とした。次に日本白色種の健康なオスウサギを固定台に腹臥位の状態で固定して、電気バリカンで刈毛後、背部を電気メスにより長さ約5cmに正中切開して、筋層を露出させた。滅菌した15ゲージの移植針内に、試験試料(F’)を埋入し、ウサギの片側の背筋肉へ、脊柱から約3.5cm離して約2.5cm間隔で、4枚の試験試料(F’)をスタイレットから埋植した。また、同様の方法で、脊柱の反対側の背筋肉に同じ大きさの対照試料(高密度ポリエチレン)を2本埋植した。埋植72時間後にウサギを犠死させて、試験試料(F’)及び対照試料を囲む筋組織を観察したところ、試験試料(F’)を囲む筋組織に出血や被包の形成は見られず、ヒドロゲルの生体適合性の高いことが確認された。
【0065】
(比較例)
実施例1と同様の方法で得られたシート状のヒドロゲル(F)をガス遮断ポリ袋に入れて密封し、ガンマ線照射による滅菌を行った。放射線量は50kGyとした。ガンマ線照射を行ったヒドロゲル(F’)と照射前のヒドロゲル(F)について実施例1と同様の引っ張り試験を行ったところ、ガンマ線照射ヒドロゲル(F’)は、照射前のヒドロゲル(F)と比較して、破断伸びは1/10に、また破断強度は1/8になり、柔軟性及び強靱性が共に大きく低下してしまった。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性有機モノマーの重合体と、水膨潤性粘土鉱物とから構成される三次元網目構造を有する高分子ヒドロゲルを高圧蒸気処理により滅菌することを特徴とするヒドロゲルの滅菌方法。
【請求項2】
前記高圧蒸気処理が、100℃〜150℃の条件下での処理である請求項1に記載のヒドロゲルの滅菌方法。
【請求項3】
前記高分子ヒドロゲルが、高分子ヒドロゲル中の有機モノマーの重合体の0.001〜10モル%が共有結合により架橋したものである請求項1又は2に記載のヒドロゲルの滅菌方法。
【請求項4】
前記共有結合が有機架橋剤によるものである請求項3に記載のヒドロゲルの滅菌方法。
【請求項5】
前記共有結合が、活性エネルギー線照射による有機モノマーの重合体相互の共有結合である請求項3に記載のヒドロゲルの滅菌方法。
【請求項6】
前記高分子ヒドロゲルの少なくとも一部がフィルムで被覆されている請求項1〜5のいずれかに記載のヒドロゲルの滅菌方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載のヒドロゲルの滅菌方法により滅菌された高分子ヒドロゲルからなる生体適合性材料。

【公開番号】特開2007−68696(P2007−68696A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−257642(P2005−257642)
【出願日】平成17年9月6日(2005.9.6)
【出願人】(000173751)財団法人川村理化学研究所 (206)
【Fターム(参考)】