説明

漆と高強力繊維の複合体

【課 題】襖、屏風、室内パーテーションなどの家具類、ランチョンマット、コースター、携帯電話ケース、ノートパソコンの筐体などに有用な、軽量であり、かつ優れた剛性を有する新規複合体の提供。
【解決手段】高強力繊維布帛に漆を塗布または含浸させ、ついで漆を硬化させることにより複合体を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強力繊維布帛と漆からなる複合体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維やパラ系アラミド繊維などの高強力繊維は、一般衣料などに用いられるポリエステル繊維やナイロン繊維などに比べ引張強度や引張弾性率など繊維軸方向の繊維特性がきわめて高いが、繊維断面方向から力が加わると繊維が切断して毛羽立ちとなる。すなわち高強力繊維布帛が摩擦を受けると表面毛羽を発生したり、擦り減ったり、穴があいたりする。
また、このようにして発生した高強力繊維の単繊維の切断した端部(毛羽)は、人体の表皮に触れて表皮を刺激しかゆみを起こしたりする。特に、炭素繊維においてその傾向が著しい。このため、高強力繊維だけをむき出しで使用することはまれであり、通常、エポキシ樹脂などの樹脂を含浸させてFRP(繊維補強プラスチック)となし、工業用品として用いられている。しかしながら、このような高強度繊維からなる複合材は、比較的中型から大型の製品を作る工程で生産されるため、比較的小型の商品の多い日常の生活用品に応用されることは少なかった。また、主に工業用に使用されるエポキシ樹脂も、日常の生活用品として広く身近に使用される樹脂ではない。
【0003】
漆は非特許文献1に示されるとおり、古くから、木から作られた椀や盆などの食器類、櫛、耳飾、盆などの装飾品、硯箱、扉などの室内装飾品、竹で編んだ籠などに使用されている。
【0004】
また、特許文献1には、永久磁石に漆を塗布して、酸化を防止し耐久性を改善した永久磁石が提案されている。
【0005】
しかしながら、炭素繊維やパラ系アラミド繊維などの高強力繊維からなる布帛に、古くから生活に身近な漆を塗布してなる複合体の開発は全くなされておらず、このような高強力繊維布帛と漆との複合体は全く知られてなかった。
【特許文献1】特開平3−280403号公報
【非特許文献1】「漆のはなし」松田権六著2001年4月16日(株)岩波書店発行
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、例えば、襖、屏風、室内パーテーションなどの家具類、ランチョンマット、コースター、携帯電話ケース、ノートパソコンの筐体などに有用な、軽量であり、かつ優れた剛性を有する新規複合体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、高強力繊維布帛に漆を塗布または含浸させることにより、軽量であり、かつ優れた剛性を有する複合体が得られることを見出した。また、本発明者らは、このような複合体が、漆と、高強力繊維布帛とが強固に密着しており、さらに、耐摩耗性に優れていることなどを種々知見し、さらに検討を重ねて本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、
[1] 高強力繊維布帛と漆とからなることを特徴とする複合体、
[2] 高強力繊維布帛に漆を塗布または含浸してなることを特徴とする前記[1]に記載の複合体、
[3] 漆の付着量が、複合体に対して5〜80重量%である前記[1]または[2]に記載の複合体、
[4] 高強力繊維布帛を構成する高強力繊維が炭素繊維である前記[1]〜[3]のいずれかに記載の複合体、および
[5] 高強力繊維布帛に漆を塗布または含浸させ、ついで漆を硬化させることを特徴とする複合体の製造方法、
に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の複合体は、軽量であり、かつ優れた剛性を有する。さらに、本発明の複合体は、耐薬品性に優れ、また、耐熱性にも優れている。またさらに、本発明の複合体は、高強力繊維布帛、特に炭素繊維布帛と、漆とが強固に密着しており、耐摩耗性に優れている。そのため、本発明の複合体は、例えば、襖、屏風、室内パーテーションなどの家具類、ランチョンマット、コースター、携帯電話ケース、ノートパソコンの筐体などに特に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の複合体は、高強力繊維布帛と漆とからなることを特徴とする。
前記高強力繊維布帛は、高強力繊維からなる布帛であれば特に限定されず、高強力繊維から常法に従い製造される。
【0011】
前記高強力繊維は、引張強度が1.9GPa以上であり、かつ引張弾性率が40GPa以上であるのが好ましく、複合体の強度と剛性の観点からすると、引張強度が2.5GPa以上であり、かつ引張弾性率が55GPa以上であるいわゆるスーパー繊維がより好ましい。このような好ましい高強力繊維としては、例えば、炭素繊維(東レ株式会社製、商品名:トレカ)、パラ系アラミド繊維(東レ・デュポン株式会社製 商品名:ケブラー(R)、帝人株式会社製 商品名テクノーラ(R))、ポリアリレート繊維(クラレ株式会社製 商品名:ベクトラン)、ポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール繊維(東洋紡株式会社製 商品名:ザイロン)などが挙げられるが、中でも炭素繊維が最も好ましい。高強力繊維布帛は、前記高強力繊維一種類から構成されていてもよいし、二種以上から構成されていてもよい。
なお、炭素繊維以外の高強力繊維の前記引張強度および引張弾性率は、JIS L−1013に従い測定される。炭素繊維は前記の他の繊維と異なり、曲げや圧縮によって損傷することがあるので、引張強度および引張弾性率は特別に定められたJIS R−7601 6.6.2 樹脂含浸ストランドの試験で測定する。
【0012】
前記高強力繊維布帛の形態としては、例えば、多数の繊維糸条の繊維軸方向を一定とし、繊維軸に平行に並べた一方向シートや、織物、たて編み、よこ編みなどの編物、紐、ロープ、糸、フェルト、不織布、紙などが挙げられるが、中でも、糸の繊維軸方向の曲がりが少なく、構造的に生地が伸び縮みしにくい織物が望ましい。紐、ロープ、糸などは、例えば、漆の付着率が15%程度であれば、さらに、織物、編物への加工ができる。
【0013】
また、前記高強力繊維布帛には、本発明の目的を阻害しない限り、高強力繊維以外の他の繊維が含まれていてもよい。このような他の繊維としては、例えば、いわゆる汎用繊維などが挙げられ、より具体的には例えば、脂肪族ポリアミド繊維、ポリエステル繊維、ポリオレフィン繊維(例えばポリエチレン繊維、ポリプロピレン繊維)などが挙げられる。ただし、上記他の繊維の複合体に対する割合は、本発明の目的を阻害しない程度、より具体的には50重量%未満とするのがよい。
【0014】
前記の高強力繊維布帛の目付け(単位面積当たりの織物重量)は、本発明の目的を阻害しない限り特に限定されないが、通常20〜1000g/平方メートル、好ましくは100〜500g/平方メートルである。前記の目付けが20g/平方メートル未満である場合には、生地が薄いので、漆の塗布や含浸作業がしにくく、また、前記の目付けが1000g/平方メートルを超える場合には、かさが増し、重くなるので好ましくない。
【0015】
本発明に用いられる漆としては、本発明の目的を阻害しない限り特に限定されず、例えば、生漆、精製漆などが挙げられる。前記の漆は、常法に従い製造してもよく、また、市販品などを用いてもよい。
【0016】
本発明の複合体は、前記の高強力繊維布帛に、前記の漆を塗布または含浸させ、ついで該漆を硬化させることにより製造することができる。より具体的には、前記の高強力繊維布帛に、前記の漆を塗布または含浸させた後、塗布物または含浸物を数時間から数日間室温にて放置することによって漆を固化させることにより製造することができる。なお、漆は、空気中の水分を介して酸素を取り込み固体化する。なお、「漆が固体化する」あるいは「漆が固化する」といった表現は「漆が乾く」とも表現されることがあるが、本発明においては、このような「漆が固体化する」、「漆が固化する」、「漆が乾く」といった表現は「漆が硬化する」という表現に含まれる。すなわち、本発明では、「漆が硬化する」ということは、漆が固体化あるいは固化すること、および漆が乾燥することのいずれの場合も含む。
なお、固化した漆は、硫酸や塩酸などの酸、苛性ソーダ水溶液などのアルカリにも耐え、耐薬品性に優れているので、本発明の複合体は薬品による劣化にも耐え得る。
【0017】
高強力繊維布帛への漆の塗布または含浸は、常法に従ってよいが、好ましい塗布または含浸方法としては、例えば、ヘラや刷毛などを用いてポリエチレンシートなどの離型性のよいフィルムに漆を塗布し、該フィルムの塗布面上に高強力繊維布帛を置くことにより高強力繊維布帛に漆を含浸させ、ついでヘラや刷毛などを用いて高強力繊維布帛を漆で上塗りする方法などが挙げられる。
漆は、一枚の高強力繊維布帛に直接塗布してもよいし、二枚以上の高強力繊維布帛を重ねて塗布してもよい。また、木、竹、鉄などの金属、陶器、磁器、プラスチック素材および製品などの素地となるものに高強力繊維布帛を貼り付け、その上から漆を塗布してもよいし、あらかじめ漆を塗布した高強力繊維布帛を前記素地に貼り付けてもよい。このようにすることにより、本発明の複合体を含む素地を有する製品が得られる。なお、素地への高強力繊維布帛の貼り付けは、漆を用いてもよいし、エポキシ樹脂、でんぷんのり、こんにゃくのりなどの接着剤を用いてもよい。
高強力繊維布帛に漆を塗布または含浸し、ついで硬化して得られた複合体の上に漆で模様を描き、その上に金属粉を蒔いて模様を表す蒔絵や、漆の硬化後模様を彫り、生漆を塗り、金箔や金粉を押し込む沈金などにより模様をつけてもよく、また表面に金箔などの金属箔をはりつけることもできる。このような技法は、伝統的漆の技法と同様に実施できる。
【0018】
漆の付着量は、複合体に対して5重量%〜80重量%が好ましく、さらに好ましくは20重量%〜60重量%である。前記の付着量が5量%未満の場合には、摩耗による耐久性が劣り、また、繊維が漆で十分覆われていないため、毛羽立ちが起こる恐れがあるので好ましくない。また、漆の付着量は多くても問題ないが、前記の付着量が80重量%を超える場合には、複合体の取り扱い時に漆の部分に亀裂が入ったりする場合があるので好ましくない。
【0019】
かくして得られた本発明の複合体は、種々の用途に用いられ、特に、襖、屏風、室内パーテーションなどの家具類、ランチョンマット、コースター、花器、硯箱、携帯電話ケース、ノートパソコンの筐体などに好適に用いられる。
【実施例】
【0020】
(実施例1〜3)
東レ(株)製の炭素繊維(商品名 トレカ)タイプT300−3K糸(単繊維3000本から構成されている)198テックスを用いて織機で製織することにより炭素繊維からなる平織物(炭素繊維織物、たて糸5本/cm、よこ糸5本/cm、平織)を高強力繊維布帛として得た。ここで、使用した炭素繊維の物性は、引張強度が3.5GPaであり、引張弾性率が230.3GPaであり、また、平織物の単位面積あたりの重量は、200g/平方メートルであった。
ポリエチレンフィルムの上に生漆をプラスチック製のへらで塗布し、その上に炭素繊維織物を置いて含浸させ、さらにこの織物の上から生漆を塗布し、炭素繊維織物に漆を付着させた。ここで、下記表1に示すように、実施例1〜3として、漆の付着量を変化させて炭素繊維織物に漆を塗布・含浸させた。炭素繊維織物に漆を付着させた付着物を、そのまま3日間、20℃、湿度65%の部屋の中に放置して漆を固化させ、本発明の炭素繊維複合体を作製した。
【0021】
(試験例)
下記磨耗性の試験方法に従い、実施例1〜3で得られた炭素繊維複合体の磨耗性を測定した。なお、比較例1として、漆を塗布してない炭素繊維織物を用いて、前記と同様にして、磨耗性を測定した。結果を下記表1に示す。
【0022】
摩耗性の試験方法:
図1の摩耗性試験装置を用いて測定する。より具体的には、直径が40mmとなるようにサンドペーパーを巻き付けた回転子2に、一端に負荷(荷重)4をかけた試験片3を回転子2との接触角が90度となるように取り付け、一定方向5に回転子2を回転させて、試験片が磨耗により切断するまでの回転子の回転数を測定する。試験片は、幅30mm、長さ150mmの大きさに切り出して作製する。サンドペーパーの品番は、AA−30、回転子の回転速度は200rpm、試験片にかける負荷(荷重)は、1.96ニュートンである。
【0023】
【表1】

漆の付着率は、下記式により求めた。
[数1]
付着率(重量%)=[(W−C)/W]×100
(上記数式中、Wは複合体の単位面積あたりの重量を示し、Cは漆を塗布または含浸させる前の単位面積当たりの布帛の重量を示す。)
【0024】
表1から明らかなように、比較例1の場合には切断までの回転子の回転数は13回転であるのに対し、実施例1〜3の場合には切断までの回転子の回転数はそれぞれ67回、339回、413回であったことから、本発明の複合体は、漆の塗布してない比較例1に比べ、漆による磨耗性改善の効果が顕著であったことが分かる。
【0025】
(実施例4)
実施例2で作製したのと同じ複合体を、幅500mm、高さ500mmの木製の木枠に取り付け、この枠二枚を蝶番でつないで茶室用の屏風を作成した。複合体は厚さ0.46mmの薄い材料であっても剛性があり新規な屏風材料として好適であった。また、炭素繊維は漆で覆われているので、埃が付着しても布との摩擦による炭素繊維の毛羽立ちを引き起こすことなく、布で拭き払うことができた。
【0026】
(実施例5)
炭素繊維とパラ系アラミド繊維を用いて下記交織織物を作製した。
(交織織物)
タテ糸;炭素繊維6K 糸 396テックス(東レ(株)製 商品名:トレカT300 引張強度3.5GPa、引張弾性率230.3GPa)
ヨコ糸;パラ系アラミド繊維330テックス(東レ・デュポン株式会社製 商品名;ケブラー(R)、タイプ29、引張強度2.9GPa、引張弾性率70.5GPa)
糸密度;タテ糸 2.5(本/cm)、ヨコ糸2.5(本/cm)
織物組織;平織
目付け;180(g/平方メートル)
【0027】
炭素繊維とパラ系アラミド繊維の交織織物に生漆を含浸塗布し硬化後、精製漆を塗布して漆の付着率48重量%、厚さ0.44mmの複合体となし、30cm×40cmの大きさの薄くて軽量で張りがあり、漆の光沢の美しいランチョンマットを作製した。
このランチョンマットは、食事のときにテーブルの上に置かれ、その上に食器類が並べられる。漆が塗布含浸されているので、手荒く扱われても炭素繊維の毛羽立ちが無く、また硬い食器類による損傷しにくい新規なランチョンマットである。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明により、襖、屏風、室内パーテーションなどの家具類、ランチョンマット、コースター、携帯電話ケース、ノートパソコンの筐体などに有用な新規複合体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】摩耗試験装置の概略図である。
【符号の説明】
【0030】
1 試験片の支持台
2 回転子
3 試験片
4 荷重
5 回転子の回転方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高強力繊維布帛と漆とからなることを特徴とする複合体。
【請求項2】
高強力繊維布帛に漆を塗布または含浸してなることを特徴とする請求項1に記載の複合体。
【請求項3】
漆の付着量が、複合体に対して5〜80重量%である請求項1または2に記載の複合体。
【請求項4】
高強力繊維布帛を構成する高強力繊維が炭素繊維である請求項1〜3のいずれかに記載の複合体。
【請求項5】
高強力繊維布帛に漆を塗布または含浸させ、ついで漆を硬化させることを特徴とする複合体の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−146001(P2007−146001A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−342620(P2005−342620)
【出願日】平成17年11月28日(2005.11.28)
【出願人】(504162785)創和テキスタイル株式会社 (4)
【出願人】(593020175)一村産業株式会社 (12)
【Fターム(参考)】