説明

漆及び漆の製造方法

【課題】
紫外線による劣化、及び、熱水や洗浄剤等による褪色の少ない、即ち耐候性、耐洗浄性に優れ、更に、黒漆と同等な黒みを備えた漆塗膜を形成する漆液を提供する。
【解決手段】
天然産漆液またはその生漆を原料とする精製漆に、無機微粒子(酸化亜鉛・シリカ・酸化チタン)を添加し、3本ロールミルやミキサー等の混練装置を用いて均一に分散することで、漆塗膜劣化の原因となるゴム質の溶出を抑制する。分散した無機微粒子の粒径は20〜100nm、添加量は1〜20重量%である。添加する無機微粒子としては、酸化亜鉛、特にシリカ・アルミナコーティング又はポリシロキサンコーティングした酸化亜鉛の微粒子が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐候性や耐洗浄性の優れた漆塗料及びその製造方法並びに当該漆塗料で塗装した物品(塗装材)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
天然の漆液は、化学的にはウルシオール(カテコール誘導体)、ゴム質(植物多糖類及び酵素ラッカーゼを含むタンパク質類)、含窒素物(糖タンパク質)から構成され、油状成分であるウルシオール中にゴム質の水溶液が乳化分散して、油中水滴(W/O)型エマルションを形成している。漆の木から掻きとった漆液から夾雑物を除去した「生漆」は、更に、ナヤシ、クロメという工程を経て塗装用の精製漆に加工される(製漆工程)。製漆工程において、ナヤシというのは攪拌操作、クロメというのは加熱攪拌操作のことである。製漆工程を経た漆液は、「透漆」と呼ばれ、鉄粉又は水酸化鉄で黒く着色した漆液は、「黒漆」と呼ばれている。
【0003】
製漆工程において、生漆の水分は約15〜40重量%、精製漆の水分は約3〜9重量%である。生漆や精製漆は、ウルシオールが酵素ラッカーゼにより酸化されウルシオールセミキノンラジカルとなり、以下ウルシオールキノン、ジベンゾフラン類、ビフェニル類、キノン−側鎖オレフィン反応物などが生成し、順次高分子化して塗膜を形成する。生漆や精製漆の乾燥硬化には高湿度環境が必要である。漆液を塗布された漆器類は、通常漆風呂と呼ばれる高湿度空間で乾燥される。
【0004】
天然漆液は古来より塗料として利用されており、漆塗膜の耐久性は4000年とも5000年とも言われている。しかし、それは日光の当たらない所に保存された場合のことで、屋外での耐久性は1年程度である。漆塗膜の最大の欠点は耐候性が弱いことで、紫外線により劣化するため、塗料としての用途は、主に椀・盆・重箱などの屋内用途に限られていた。
【0005】
また、漆塗膜は、耐洗浄性にも問題があり、漆塗りの椀は、通常、食器洗浄機では洗浄しないように取扱説明書に記載してある。
【0006】
漆塗膜が褪色(白亜化)する主な原因として、塗膜中にあるゴム質が紫外線や洗浄で溶出されることにより、塗膜表面に光に干渉する程の凹凸が生じることが挙げられる。
【0007】
乾燥した漆塗膜の耐久性は、エマルションである漆液の粒子径を微細化することで、向上することが知られている。例えば下記特許文献1には、ナヤシ操作に分散乳化機を用いることにより、ウルシオールと含窒素物およびゴム質が超微細化され、光沢性や透明性の良好な漆塗膜が得られることが示されている。
【0008】
更に、下記特許文献2には、油中水滴型エマルションの粒径が10〜80nmであることを特徴とする、光沢性及び耐久性に優れた漆塗膜を与える漆系塗料が、また特許文献3には、油中水滴型エマルションに含まれる水滴の平均粒径を約100nmの大きさまで小さくする微細化工程を含む耐久性に優れた漆系塗料の製造方法が提案されている。
【0009】
また、特許文献4には、漆の有機溶剤溶液とチタニウムアルコキシドの有機溶剤溶液とを混合してチタニウムアルコキシドの加水分解により生じる酸化チタンを漆中に含有させることにより、漆塗膜の耐候性が向上することが示されている。
【0010】
酸化チタンは、白色顔料として各種塗料に用いられており、紫外線吸収作用が塗膜の耐候性を向上させることが知られている。特許文献4によれば、漆塗料中でチタニウムアルコキシドから生成する酸化チタンは一般的な塗料に配合される酸化チタン系顔料に比べると極めて微細であるため、紫外線遮蔽作用にすぐれ、塗膜の耐候性を顕著に向上させる。チタニウムアルコキシドの比率が高くなるほど耐候性は良くなるが、耐酸性や熱水に対する耐性は悪くなるとされている。
【0011】
更に、同じ白色顔料として古くから用いられている酸化亜鉛(亜鉛華)について、特許文献5には、平均一次粒子径がサブミクロンサイズ以下(例えば200nm以下)の微粒子酸化亜鉛の分散方法が提案されており、紫外線吸収性を期待する場合には超微粒子酸化亜鉛が使用されること、当該方法に従い製造された酸化亜鉛濃度25〜35重量%の酸化亜鉛分散ペーストを配合した塗料、粘着剤などは、沈殿や分離を起こすことがなく、貯蔵安定性に優れたものになるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平3‐174482号公報
【特許文献2】特開2007‐9023号公報
【特許文献3】特開2008‐1785号公報
【特許文献4】特開平5‐320576号公報
【特許文献5】特開2007‐161543号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
この発明は、漆塗膜の最大の弱点が耐候性にあること及び耐洗浄性にも問題があることに鑑み、耐候性に優れ、耐洗浄性にも優れた漆塗膜を形成することが可能な漆塗料及び当該漆塗料の製造方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
この発明では、天然産漆液またはその生漆を原料とする精製漆に、酸化亜鉛、酸化チタン及びシリカから選ばれた一種又は複数種の無機微粒子を添加し、3本ロールミルやミキサー等の混練装置を用いて当該無機微粒子をサブミクロン台の粒径にして均一に分散すると共に、ゴム質の粒径を微細化することで、漆系塗料の塗膜の耐候性を顕著に向上させることを可能にしている。
【0015】
無機微粒子としては酸化亜鉛(ZnO)、特にシリカ・アルミナコーティング又はポリシロキサンコーティングをした酸化亜鉛が優れており、色差及び光沢残存率の両評価基準で顕著な耐候性が認められた。また、シリカ・アルミナコーティングをした酸化亜鉛の微粒子を添加した漆は、耐洗浄性にも顕著な改善が認められた。更に、酸化亜鉛微粒子を添加した漆塗膜は、水酸化鉄を用いた黒漆と同等な色味の黒色を有する。一方、シリカの添加により、光沢残存率が著しく改善される。無機微粒子の添加量は、1〜20重量%であり、耐洗浄性を付与するには多めに添加するのが好ましい。複数種の無機微粒子を添加する好ましい例としては、酸化亜鉛の微粒子とシリカの微粒子を添加する例を挙げることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明の漆塗料は、従来品よりも耐候性及び耐洗浄性に優れた塗膜を有する。添加する無機微粒子として酸化亜鉛を用いた場合、褪色及び光沢残存率の両方において優れた耐候性を示し、耐洗浄性にも優れた漆塗膜を形成する漆塗料が得られる。また、酸化亜鉛の添加量を多くすることで、塗膜に黒漆と同等な色味を付与することができる。一方、無機微粒子として酸化チタン又はシリカを用いた場合は、褪色に関しては効果が認められなかったが、光沢残存率における耐候性が顕著に改善され、特にシリカを添加したものでは、光沢残存率に関して特に優れた改善効果が得られる。
【0017】
なお、本願発明に係る漆塗料は、漆塗膜の褪色原因となるゴム質の溶出を防ぐ効果がある。これは、添加したサブミクロン台の無機微粒子が混練により漆液中を均一に混練・分散するとき、ゴム質の分散粒子に衝突し、塗膜から溶出されにくい状態まで微細化・分散させる作用を果たすことで、ゴム質が塗膜中で固定化しているためと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】酸化亜鉛粒子の添加量と粘度を示すグラフ
【図2】無機微粒子を添加した漆塗膜の耐候性(色差)を示すグラフ
【図3】無機微粒子を添加した漆塗膜の耐候性(光沢残存率)を示すグラフ
【図4】酸化亜鉛微粒子を添加した漆塗膜の耐洗浄性(色差)を示すグラフ
【図5】酸化亜鉛微粒子を添加した漆塗膜の耐洗浄性(光沢残存率)を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、この発明の幾つかの実施例を挙げて、この発明の好ましい実施形態を具体的に説明する。漆塗膜の促進耐候性試験における300時間は、屋外での2年間に相当する。また、漆器の食器洗浄機試験の1000回は、1日3回洗浄した場合の1年間の使用に相当する。紫外線による漆塗膜の褪色に関し、色差の評価基準(日本工業規格JISK 5600-4 塗料一般試験方法−第4部:塗膜の視覚特性に準拠)は、表1のように定めている。漆塗膜の耐候性については、屋外で2年間使用した場合の光沢残存率70%以上、色差5以下が目標値と考えられる。
【0020】
【表1】

【実施例】
【0021】
(無機粒子を添加した漆液の調整)
水分、粘度調整をした中国産精製漆液に粒径100nm以下の無機微粒子(シリカ・アルミナコーティングをした酸化亜鉛、ポリシロキサンコーティングをした酸化亜鉛、コーティングなしの酸化亜鉛、酸化チタン及びシリカ)を漆液に混ぜ、分散混練用の3本ロールミル(ローラー材質 硬質セラミック[ハイアルミナ]、ローラー硬度 8.8〜9.0[モース硬度]、ローラー直径 42mm、ローラー長さ180mm、ローラー回転比1:2:4、ロール回転数60rpmで各漆液50gを3回混練した。
【0022】
上記の配合率の漆液を自転・公転ミキサーを使用し、公転2000rpm、16分間の条件で混合した結果、漆液状態で無機粒子が均一に分散されていることが確認された。また、無機粒子の添加量(重量率)が高いほど、粘度が高く、添加量が低いほど、塗料として塗布しやすいことが分かった。精製した漆液の粘度を図1に示す。
【0023】
漆塗膜試料を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、無機粒子が塗膜中均一に分散されていた。また、無機粒子を添加しない漆塗膜と比べて、漆塗膜中のゴム質の粒子全てがサブミクロンオーダーで微細化されていることが確認された。
【0024】
(漆塗膜試料の作成)
上記で作成した各漆液を、幅80×長さ120×厚さ3mmのABS板に間隙100μmのフラットブレードアプリケータを用いて塗布した。塗布した試料板を温度20±2℃湿度70±20%RHの恒温恒湿器に入れ、塗膜を乾燥した。漆液に添加した粒子の種類と粒径および漆への添加率を表2に示す。
【0025】
【表2】

【0026】
(耐候性試験)
作成した漆塗膜にサンシャインウェザーメータ(スガ試験機(株)製、WEL-SUN-HC)を用いてサンシャインカーボンアーク光源を照射することにより促進耐候性試験を実施した。照射時間102分、降雨時間18分、計120分を1サイクルとし、144サイクル(288時間)実施した。漆塗膜試料の色味および光沢を、スペクトロカラーメータ(日本電色工業製、SZ-Σ80型)およびデジタル光沢計(BYK-Gardner製、micro-TRI-gloss μ)を用いて、それぞれ測定した。さらに、試験前後の色差および光沢残存率を算出することにより、無機粒子添加による漆塗膜の耐候性を評価した。結果を以下の表3−1及び表3−2に示す。
【0027】
【表3−1】

【0028】
【表3−2】

【0029】
(耐洗浄性試験)
前記と同様に作成した漆塗膜試料(試料名:ZnOA−5)を漆器洗浄試験機(ホシザキ電機(株)製、JWE-400TUA3)を用いて耐洗浄性試験を実施した。洗浄時間は1サイクル180秒(洗浄時間90秒、洗浄温度40〜85℃、休止時間90秒)で1000サイクル実施した。漆塗膜試料の色味および光沢を、スペクトロカラーメータ(日本電色工業製、SZ-Σ80型)およびデジタル光沢計(BYK-Gardner製、micro-TRI-gloss μ)を用いて、それぞれ測定した。さらに、試験前後の色差および光沢残存率を算出することにより、無機粒子添加の有無による漆塗膜の耐洗浄性を評価した。結果を以下の表4−1及び表4−2に示す。
【0030】
【表4−1】

【0031】
【表4−2】

【0032】
(酸化亜鉛添加による黒味の比較)
酸化亜鉛添加により、水酸化鉄を利用した黒漆と同等以上の黒味が得られた。
表5に示した各試料名の漆塗膜試料3枚の平均L値(色の明るさを示し、数値が低い程黒い)をスペクトロカラーメータ(日本電色工業製、SZ-Σ80型)で測定したデータを表5に示す。
【0033】
【表5】

【0034】
(評価)
図2〜図5は、シリカ・アルミナコーティングした酸化亜鉛微粒子を添加した場合の上記試験結果をグラフ表示した図である。
【0035】
図から明らかなように、シリカ・アルミナコーティングした酸化亜鉛微粒子を添加した本願発明の漆塗料は、色差に関する耐候性について目標値を若干オーバーしているが、他の漆塗料に比べて顕著な改善が認められ、他の項目については、前記した目標値を達成している。コーティングなしの酸化亜鉛微粒子を添加したものは、試験データにばらつきが認められるが、優れた耐候性を有することが示されている。
【0036】
一方、透漆は、耐候性が劣り、アルカリ洗剤による変色も著しい。黒漆は、変色は少ないけれども、紫外線により光沢度が劣化し、特にアルカリ洗剤による光沢度の劣化が著しい。
【0037】
以上のことから、本願発明の、特に酸化亜鉛微粒子を添加した漆塗料により形成した漆塗膜は、変色及び光沢度の両方において、従来の漆塗料に比べて優れた耐候性及び耐洗浄性を備えていることが分かる。
【符号の説明】
【0038】
ZnOA-3 シリカ・アルミナコーティングをした酸化亜鉛微粒子を3重量%添加した漆
ZnOA-5 シリカ・アルミナコーティングをした酸化亜鉛微粒子を5重量%添加した漆
ZnOSD-3 ポリシロキサンコーティングをした酸化亜鉛微粒子を3重量%添加した漆液
ZnOP-3 コーティングなしの酸化亜鉛微粒子を3重量%添加した漆
TiO2-3 酸化チタン微粒子を3重量%添加した漆
SiO2-3 シリカ微粒子を3重量%添加した漆

【特許請求の範囲】
【請求項1】
天然産漆の生漆又は当該生漆を原料とする精製漆中に、酸化亜鉛、酸化チタン及びシリカから選ばれた一種又は複数種の粒径20〜100nmの微細な無機粒子が、1〜20重量%の割合で分散していることを特徴とする、漆塗料。
【請求項2】
微細な無機粒子が、シリカ・アルミナコーティング又はポリシロキサンコーティングされた酸化亜鉛の粒子であることを特徴とする、請求項1記載の黒色漆塗料。
【請求項3】
天然産漆の生漆又は当該生漆を原料とする精製漆中に、酸化亜鉛、酸化チタン及びシリカから選ばれた一種又は複数種の無機粒子を1〜20重量%の割合で添加し、混練装置で粒径20〜100nmの微細粒子として分散させることを特徴とする、漆塗料の製造方法。
【請求項4】
前記無機粒子を分散させる過程で、漆液中の植物多糖類及び酵素ラッカーゼを含むタンパク質類からなるゴム質を微細化することを特徴とする、請求項3記載の漆塗料の製造方法。
【請求項5】
請求項1又は請求項2記載の漆塗料で形成された漆塗膜を備えている、塗装材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−222453(P2010−222453A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−70392(P2009−70392)
【出願日】平成21年3月23日(2009.3.23)
【出願人】(591040236)石川県 (70)
【Fターム(参考)】