説明

漆器およびその製造方法

【課題】乾燥果皮を素材とし、漆の乾燥性や密着性を改良した漆器とその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明にかかる漆器は、植物の果皮に漆塗りを施した漆器であって、乾燥果皮表面に化学塗料からなる塗膜および漆からなる塗膜が積層されてなる、ことを特徴とし、本発明にかかる漆器の製造方法は、植物の果皮を乾燥し、前記乾燥果皮表面に化学塗料を塗布して乾燥したのち、前記化学塗料からなる塗膜上に漆塗りを施す、ことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、漆器およびその製造方法に関し、詳しくは、植物の果皮を利用した漆器とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の果皮は、その利用価値が乏しく、一般的には廃棄されることになるのであるが、廃棄物をできるだけ少なくして環境負荷を軽減するという観点からは、これらの有効活用が望まれるところである。
【0003】
実際、従来、植物の果皮を有効利用しようとする試みがなされている。
【0004】
例えば、柑橘系果物の外皮を利用して、これを石膏型に被せ、赤外線・遠赤外線などで加熱して水分を蒸発させ、外皮を収縮させ、かつ、石膏型に密着させたのち、外皮外側にニスを塗布し、外皮内側に木工パテを塗布して、サンドペーパーで平滑面とし、最後にウレタン系塗料を塗布するようにした、柑橘器の製造方法が知られている(特許文献1参照)。この技術は、柑橘系果物を自然乾燥したのちに外皮内外に漆を塗って漆器を作る場合には、乾燥に時間がかかり、かつ、漆塗りの技術が高度であることに鑑みて、量産可能な柑橘器を提供しようというものである。
【0005】
また、上記特許文献1の技術を改良するものとして、石膏型を用いずに、これに代えて土・石・石粉・ガラス・金属・皮革・紙・プラスチックなどの材質でできた器物を用いるようにして、外皮と器物を一体のものとして柑橘器を得る方法が知られている(特許文献2参照)。
【0006】
さらに、柑橘系果物以外の果皮を用いて、乾燥果皮の内面と外皮に保護膜を塗装して果皮器とする果皮器の製造方法も知られている(特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平02−213311号公報
【特許文献2】特開平04−114609号公報
【特許文献3】特開平08−215015号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、漆器は独特の風合いを有するものであり、特許文献1,2の技術におけるウレタン塗膜や、特許文献3の技術における単なる保護膜といった漆以外の塗膜では代替できないものである。他方、乾燥した果皮に漆塗りを施す場合には、果皮の乾燥の良否や漆を塗るものの熟練の問題とは別に、何らかの理由で、漆が十分に乾燥しなかったり剥離してしまったりする問題があることが分かった。
【0009】
そこで、本発明は、乾燥果皮を素材とし、漆の乾燥性や密着性を改良した漆器とその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を行い、乾燥果皮表面に化学塗料からなる塗膜が形成され、その上に漆による塗膜が積層されている構造であれば、漆が十分に乾燥し、かつ、乾燥果皮から容易に剥離しないものとなることを見出して、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明にかかる漆器は、植物の果皮に漆塗りを施した漆器であって、乾燥果皮表面に化学塗料からなる塗膜および漆からなる塗膜が積層されてなる、ことを特徴とする。
【0012】
また、本発明にかかる漆器の製造方法は、植物の果皮を乾燥し、前記乾燥果皮表面に化学塗料を塗布して塗膜を形成したのち、前記化学塗料からなる塗膜上に漆塗りを施す、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、漆が十分に乾燥され、かつ、容易に剥離されない状態で乾燥果皮上に形成された漆器を提供することができる。この漆器は、また、化学塗料からなる塗膜による補強効果も得られるので、従来のものより耐久性が高いという利点も有する。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明にかかる漆器およびその製造方法の好ましい実施形態について詳しく説明するが、本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更実施し得る。
【0015】
〔漆器〕
本発明にかかる漆器は、植物の果皮に漆塗りを施した漆器であって、乾燥果皮表面に化学塗料からなる塗膜および漆からなる塗膜が積層されてなる、ことを特徴とする。
【0016】
本発明の漆器に適用可能な植物の果皮としては、器として利用可能な形状を有するものであれば特に限定されず、その形状を利用しやすいものとして、例えば、蜜柑などの柑橘類や瓢箪などが好ましく挙げられる。上述した特許文献3に記載のごとき、バナナ、メロン、スイカ、カボチャなどを用いることもできるが、メロンやスイカなどの水分が極めて多いものは、乾燥が困難である点で、柑橘類や瓢箪などと比べて不利である。
【0017】
本発明の漆器に適用される乾燥果皮は、上記のごとき果皮が乾燥されたものである。詳しくは、後述の漆器の製造方法の項で説明するが、特に、乾燥前に、後述の漆器の製造方法の項で説明する油抜きを施したものであることが好ましい。
【0018】
前記化学塗料からなる塗膜としては、特に限定するわけではないが、例えば、ウレタン系樹脂塗料、メラミン系樹脂塗料、フェノール系樹脂塗料などの化学塗料からなる塗膜が好ましく挙げられ、性能上および食品衛生上、ウレタン系樹脂塗料が特に好ましく挙げられる。
【0019】
化学塗料からなる塗膜の膜厚としては、特に限定されないが、例えば、乾燥果皮の外側表面では、素材の持っている質感を十分に生かす観点から、薄めであるほうが好ましく、乾燥果皮の内側表面では、器としての用途上、外観よりも機能面が重視される場合が多いので、厚めである方が好ましい。膜厚は、後述するように、例えば、化学塗料の塗布回数や溶剤量を変えることで適宜決定することができる。
【0020】
本発明の漆器において、前記化学塗料からなる塗膜の上に形成されている漆からなる塗膜としては、通常の漆器において形成されている塗膜が採用できる。
【0021】
通常、下塗り塗膜、中塗り塗膜および色漆による上塗り塗膜を有する。乾燥果皮の外側表面では、下塗り塗膜がなくても良い。乾燥果皮の内側表面では下塗り塗膜の下に、下地処理がなされたものであっても良い。
【0022】
漆からなる塗膜の膜厚としては、特に限定されず、通常の漆器と同程度でよいが、乾燥果皮の外側表面では、素材の風合いを生かすため、通常より薄めである方が好ましい。膜厚は、後述するように、例えば、漆の塗布回数を変えることで適宜決定することができる。
【0023】
〔漆器の製造方法〕
本発明にかかる漆器の製造方法は、植物の果皮を乾燥し、前記乾燥果皮表面に化学塗料を塗布して乾燥したのち、前記化学塗料からなる塗膜上に漆塗りを施すものである。
【0024】
乾燥果皮は、上述したような柑橘類や瓢箪などの果皮を乾燥したものであり、例えば、以下のようにして準備する。
【0025】
例えば、蜜柑などの柑橘類においては、まず、果皮を一定の方向に所望の大きさに切断し、碗状の果皮を得る。
【0026】
次に、柑橘類のような油分の多い果皮の場合には、乾燥の前に、油抜きをすることが好ましい。油抜きを施すことで、漆からなる塗膜が十分に乾かなかったり、剥離してしまったりする問題をより確実に低減することができる。
【0027】
そして、柑橘類などの水分の多い果皮の乾燥は、好ましくは、天日による自然乾燥である。例えば、所望の形状となるように型(極めて簡易な方法として湯呑やグラスなどを利用する方法がある)のうえに切り抜いた果皮を被せ、天日の下で、30〜40日間置いておく方法が好ましく挙げられる。
【0028】
また、例えば、瓢箪などの乾燥果皮の準備について説明すると、まず、種抜きのため、小さな穴を開けて水に3〜4週間程度つけ、その後、清水に4〜5日つける(清水は毎日替える)といった処理を施したのち、日陰で乾燥させる。
【0029】
瓢箪などの乾燥は、好ましくは、日陰での自然乾燥である。例えば、日陰で10〜15日間置いておく方法が好ましく挙げられる。
【0030】
瓢箪は、その独特の形状から、所望の位置で水平に2箇所切断するだけで器の形状を得ることができる。器の上下の切断面のうち、器の底となる部分には、布を貼るなどして、器の使用時に器から内容物が流出しないように十分に封止する(例えば、木の粉とのりを練ったもので滑らかにする)。
【0031】
以上のように、乾燥果皮の準備は、果皮の種類によっても異なるが、基本的には、果皮を器に利用する技術における従来公知の方法で得ることができる。ただし、油分の多い果皮を用いる場合は、上述のように、油抜きという特殊な工程を含んでいることが好ましい。
【0032】
なお、乾燥果皮としては、上記のごとき自然乾燥による乾燥物に限られず、熱風乾燥、電子レンジなどによる電磁加熱による乾燥、真空乾燥、凍結乾燥などの強制乾燥による乾燥物であってもよい。好ましい乾燥手段は、果皮の種類によっても異なる。
【0033】
本発明の製造方法では、上述のようにして準備した乾燥果皮に対し、乾燥果皮表面に化学塗料を塗布して塗膜を形成する。前記化学塗料は、上述したように、例えばウレタン系樹脂塗料などが使用できる。
【0034】
乾燥果皮表面への化学塗料の塗布は、複数回にわたって行うことが好ましい。具体的には、1回目の塗布は、溶剤を多めに含有する化学塗料を用いて、乾燥果皮表面に吸わせるように塗ることで、乾燥果皮表面に浸透した化学塗料成分により乾燥果皮表面を補強したり防水性を高めたりすることができる。2回目以降の塗布は、肉厚に塗布することで、化学塗料の塗膜による十分な補強効果、防水効果を得ることができる。乾燥果皮の外側表面では、素材の持っている質感を十分に生かす観点から、化学塗料の塗布は2〜3回程度とすることが好ましく、他方、乾燥果皮の内側表面では、器としての用途上、外観よりも機能面が重視される場合が多いので、4〜5回程度とすることが好ましい。
【0035】
本発明の製造方法では、上述のようにして乾燥果皮表面に化学塗料を塗布して乾燥した後、前記化学塗料からなる塗膜上に漆塗りを施す。
【0036】
果皮の種類によっては、表面が平滑でないものがある。外側表面については、平滑でない質感も、素材特有の風合いとして生かすことが好ましいことが多いが、内側表面については、器としての機能上、平滑であることの方が好ましいことが多い。
【0037】
そこで、特に、乾燥果皮の内側表面については、化学塗料からなる塗膜上に漆塗りを施す前に、下地処理および錆付けを行うことが好ましい。
【0038】
下地処理としては、例えば、地の粉と砥の粉を水で混ぜ合わせたものに生漆を入れたものを塗りつけ、乾燥後に空研ぎを行う。この工程は、1日おきに、2〜3回繰り返して行うことが好ましい。
【0039】
次に、錆付けとしては、例えば、砥の粉と水を混ぜ合わせたものに生漆を入れたものを塗りつけ、翌日に表面を水ペーパーなどで水研ぎする。この工程を、表面が滑らかになるまで繰り返すことが好ましい。
【0040】
上記下地処理および錆付けの作業は、へらを使って行うようにしてもよいが、この場合、乾燥果皮の形状や大きさが材料によって異なるので、材料ごとにへらを準備する必要が生じるおそれがある。これを避けるために、例えば、刷毛を用いるようにしてもよい。
【0041】
このようにして、必要に応じて、下地処理、錆付けを行った後、漆塗りを行う。
【0042】
漆塗りは、通常、乾燥果皮の内側表面については下塗り、中塗りおよび上塗り(上塗りは、通常、色漆)を行い、乾燥果皮の外側表面については中塗りおよび上塗り(上塗りは、通常、色漆)を行う。
【0043】
この漆塗りは、従来からある漆器と同様に行えば良い。ただし、乾燥果皮の外側表面では、素材の持っている質感を十分に生かす観点から、漆塗りは2〜3回程度とすることが好ましい。
【実施例】
【0044】
以下、本発明にかかる漆器およびその製造方法について実施例を示すが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。以下において、単に「%」というときは、「重量%」を意味する。
【0045】
〔実施例1〕
<乾燥果皮の入手>
蜜柑を側面から1/3程度のところで縦に切り、果実を取り出して、蜜柑の果皮を得た。この果皮を、40℃のぬるま湯に2日間浸漬し、油抜きを行った。油抜き後、グラスにかぶせた状態で、天日干しで1ヶ月乾燥させて、乾燥果皮を得た。
【0046】
<素地固め:化学塗料の塗布>
次に、この乾燥果皮表面に対して、化学塗料としてウレタン系樹脂塗料「エピコーターUE」(齋藤株式会社製)を用い、溶剤をやや多めにして1回目の塗布を行い、さらに、1回目よりもやや肉厚に2回目以降の塗布を行った。乾燥果皮の外側表面は2回、内側表面は4回塗布するようにした。
【0047】
<下地処理および錆付け>
その後、漆塗りを行うが、乾燥果皮の内側表面については、漆塗りの前に、下地処理および錆付けを行った。
【0048】
すなわち、地の粉、砥の粉および水の混合物に、生漆を入れて、これを乾燥果皮の内側表面に刷毛で塗り付けた。これらの割合としては、重量基準で、砥の粉:水:生漆=1:1:1の割合で、かつ、前記3成分(砥の粉、水および生漆)の合計を100%としたときに地の粉が50%となる割合で用いた。乾燥後、空研ぎを行った。この工程を1日おきに、3回繰り返した(下地処理工程)。
【0049】
次に、砥の粉と水の混合物に、生漆を入れて、乾燥果皮の内側表面に刷毛で塗り付けた。これらの割合としては、重量基準で、砥の粉:水:生漆=1:1:1となる割合で用いた。1日経過後に水ペーパーで水研ぎを行った。この工程を3回繰り返した(錆付け工程)。
【0050】
<漆塗り>
漆塗りは、従来公知の方法で行い、乾燥果皮外側では中塗りおよび上塗りを行い、乾燥果皮内側では下塗り、中塗りおよび上塗りを行った。
【0051】
〔比較例1〕
乾燥果皮表面への化学塗料の塗布を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、漆器を作製した。
【0052】
〔比較例2〕
油抜き、および、乾燥果皮表面への化学塗料の塗布を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、漆器を作製した。
【0053】
〔蜜柑を用いた漆器の評価〕
上記実施例1、比較例1,2は、いずれも、蜜柑の乾燥果皮を使った漆器である。これらについて、その品質を評価する。
【0054】
実施例1のものは、漆が十分に乾燥していて、容易にはがれることもなく、防水性も有していた。
【0055】
比較例1,2のものは、漆の乾燥が不十分であるとともに、はがれも見られるため、実施例1のものより低品質であり、水に触れることで、はがれの問題がさらに悪化した。特に、油抜きを行わなかった比較例2のものは、乾燥の不十分さ、はがれの発生、低防水性の問題が顕著であった。
【0056】
〔実施例2〕
<乾燥果皮の入手>
収穫した瓢箪を、種抜きのために小さな穴を開けて、水に4週間つけておいた。その後、清水に5日つけた(清水は毎日替えるようにした)。これを水切りし、穴を下に向け、日陰で15日間乾燥した。
【0057】
得られた瓢箪の乾燥果皮について、くびれの部分と、くびれより上方の径の広がった部分とを切断し、器形状の乾燥果皮を得た。くびれ部分であったところは、布を貼りつけ、木の粉とのりを練ったもので滑らかにした。
【0058】
<素地固め:化学塗料の塗布>
実施例1と同様にして行った。
【0059】
<下地処理および錆付け>
実施例1と同様にして行った。
【0060】
<漆塗り>
実施例1と同様にして行った。
【0061】
〔比較例3〕
乾燥果皮表面への化学塗料の塗布を行わなかったこと以外は、実施例2と同様にして、漆器を作製した。
【0062】
〔瓢箪を用いた漆器の評価〕
上記実施例2、比較例3は、いずれも、瓢箪の乾燥果皮を使った漆器である。これらについて、その品質を評価する。
【0063】
実施例2のものは、漆が十分に乾燥していて、容易にはがれることもなく、防水性も有していた。
【0064】
比較例3のものは、漆の乾燥が不十分であるとともに、はがれも見られるため、実施例1のものより低品質であり、水に触れることで、はがれの問題がさらに悪化した。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明は、素材の質感を生かした高品質の漆器として好適に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の果皮に漆塗りを施した漆器であって、乾燥果皮表面に化学塗料からなる塗膜および漆からなる塗膜が積層されてなる、ことを特徴とする、漆器。
【請求項2】
植物の果皮を乾燥し、前記乾燥果皮表面に化学塗料を塗布して塗膜を形成したのち、前記化学塗料からなる塗膜上に漆塗りを施す、漆器の製造方法。
【請求項3】
前記乾燥の前に植物の果皮に油抜きを施す、請求項2に記載の漆器の製造方法。

【公開番号】特開2013−78416(P2013−78416A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−219068(P2011−219068)
【出願日】平成23年10月3日(2011.10.3)
【出願人】(511239111)
【Fターム(参考)】