説明

漆塗装物の補修剤

【課題】漆塗装物の損傷した塗膜を安全且つ簡便に補修することのできる、漆塗装物の補修剤及び補修方法、並びに、補修した部位の色彩が他の補修していない部位に調和して補修部位が目立たない、補修された漆塗装物を提供すること。
【解決手段】本発明の漆塗装物の補修剤は、柿渋と、塩基性の水溶性化合物又はその水溶液とからなる。本発明の漆塗装物の補修方法は、柿渋と塩基性の水溶性化合物又はその水溶液との混合物を漆塗装物の塗膜損傷部位に塗装する。本発明の補修された漆塗装物は、本発明の漆塗装物の補修剤を用いて漆塗装物の塗膜損傷部位を補修して得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、漆塗装物の補修剤、渋塗装物の補修方法及び補修された漆塗装物に関する。
【背景技術】
【0002】
木造住宅等の木製建造物における、柱、梁、床材、羽目板、手摺り、カウンター、ドア等や、家具等の多くは、木部の保護や美観の向上を目的に塗装されることが多い。今日、使用されている塗料の殆どは、優れた性能や取り扱いの簡便さのために、石油系の合成樹脂を主成分とした合成塗料である。このような合成樹脂の代表的なものとしては、ラッカー樹脂、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、フツ素樹脂、ポリエステル樹脂、シリコーン樹脂、アクリルシリコーン樹脂等があるが、これらは資源の枯渇問題や地球温暖化ガスの放出問題等の環境問題を抱えている。
【0003】
近年、環境保護意識や身近な物質に対する安全意識の高まりから、自然素材を積極的に活用しようとする機運が高まっている。自然素材を活用した例としては、トウモロコシ澱粉を主原料にしたポリ乳酸塗料の開発等が挙げられる。
【0004】
また、日本の伝統的な自然塗料の一つとして漆がある。漆塗膜はふっくらとした質感や深みのある艶を呈し、また、耐水性、耐熱性、耐摩耗性に優れており、古くから主に工芸品の塗装の用途に用いられてきた。また、近年の技術としては、特許文献1に、天然産生漆又は精製漆を混練して得られる漆系塗料であって、油中水滴型エマルションの粒径が10〜80nmであるものが、高い光沢の塗膜を与え得るものとして提案されている。
【0005】
しかしながら、漆の使用量は年々減少の一途をたどり、同時に、熟練した漆職人の数も減少の一途を辿っているために、何らかの対策を講じなければ日本の伝統産業である漆産業が消滅してしまう恐れさえもある。このような現状の漆産業を維持するためには、従来の伝統工芸品以外の用途開発を行うと同時に、他分野へ積極的に展開していく必要があると考えられる。
【0006】
【特許文献1】特開2007−9023号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
伝統工芸品以外の漆の用途として、建築材料分野における漆塗装の工業的使用が考えられる。
しかし、建築材料分野への漆の利用を考えたとき、いくつかの解決すべき課題がある。その中の一つとして、メンテナンスが容易ではないことが挙げられる。例えば、漆を塗装した建築内装部材に不慮の事故により傷を付け、その塗装も傷つけてしまうことも起こり得るが、そのような場合、漆に関して熟練した技術を有しない一般人が、自ら高価でかぶれ易い漆を用いて損傷部を補修するのは極めて困難である。また、実際の補修作業は補修部分とその周辺部(非損傷部)との調和を図る取る必要があるが、サンドペーパーなどで周辺を削りながら微妙な色の具合を調整することも困難である。つまり、漆を塗装した建築部材の現場補修方法は、結局、漆塗り職人が現場に赴く以外に方法がないが、ちょっとした小さな補修などの場合に、職人が赴くことは現実問題として不可能である。
このように、漆の建築塗装分野への利用を促進するには、このメンテナンスの問題を解決する必要があり、その解決は、建築塗装分野のみならず他の用途への展開を考えた場合にも有益である。
【0008】
従って、本発明の目的は、漆塗装物の塗膜損傷部位を安全且つ簡便に補修することのできる、漆塗装物の補修剤及び補修方法を提供することにある。
また、本発明の目的は、補修した部位の色彩が他の部位の色彩と調和し補修した部位が目立たない、補修された漆塗装物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記問題を解決すべく鋭意検討したところ、柿渋と、塩基性の水溶性化合物又はその水溶液との混合物を、漆塗装物の損傷部分に塗装することで、損傷部位と非損傷部位の色差を緩和できると共に、補修した部位と他の部位との色彩の調和を確認できるまでに要する時間を大幅に短縮できることを見出した。
本発明は、このような知見に基づき、さらに検討を重ねて完成されたものである。
尚、予め漆調に調整された合成樹脂塗料を用いることは、自然素材である漆を活用しようとする本発明の趣旨にそぐわない。
【0010】
本発明は、柿渋と、塩基性の水溶性化合物又はその水溶液とからなる、漆塗装物の補修剤を提供することにより前記目的を達成したものである(以下、第1発明というときはこの発明をいう)。
【0011】
また、本発明は、柿渋と塩基性の水溶性化合物又はその水溶液との混合物を漆塗装物の塗膜損傷部位に塗装することを特徴とする漆塗装物の補修方法を提供することにより前記目的を達成したものである(以下、第2発明というときはこの発明をいう)。
【0012】
更に、本発明は、請求項1〜4の何れかに記載の補修剤を用いて漆塗装物の塗膜損傷部位を補修して得られる、補修された漆塗装物を提供するものである(以下、第3発明というときはこの発明をいう)。
【発明の効果】
【0013】
本発明の漆塗装物の補修剤及び補修方法によれば、漆塗装物の塗膜損傷部位を安全且つ簡便に補修することができる。
本発明の補修された漆塗装物は、補修した部位の色彩が他の部位の色彩と調和し補修した部位が目立たない。
尚、本発明においては、染料や顔料、特に合成染料や合成顔料を用いる必要はないが、それらを用いることを排除するものではない。但し、染料や顔料を用いる場合は、自然素材からなる染料や顔料を用いることが好ましい。
また、本発明(第1,第2発明)の他の効果としては、次のような効果の一又は二以上も奏され得る。即ち、色合いが他の部位と調和する。発色に時間がかかる柿渋と異なり短時間で色合いが決定される。漆と異なり常温、常湿で硬化する。漆のようにかぶれない。漆より安価である。漆より塗布が簡便である。漆と同様に天然物である。合成樹脂塗料と異なり有機溶剤を含まない。合成樹脂塗料と異なり、木目を塗りつぶさないので色調のみならず木面の雰囲気も調和が取れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づいて詳細に説明する。
第1発明の漆塗装物の補修剤は、柿渋と、塩基性の水溶性化合物又はその水溶液とからなる。
【0015】
本発明における塩基性の水溶性化物は、柿渋と混合されて柿渋の発色を促進する機能を有する。
本発明で用いる塩基性の水溶性化合物は、その水溶液が塩基性を示すものであり、水溶液が塩基性を示すものである限り特に制限なく用いることができる。そのような、塩基性の水溶性化合物の例としては、水酸化ナトリウムに代表されるアルカリ金属の水酸化物と弱酸との塩、水酸化カルシウムに代表されるアルカリ土類金属の水酸化物と弱酸の塩、アミン(アンモニア等)と弱酸の塩等を例示することができる。塩基性の水溶性化合物としては、弱酸とアルカリ金属の塩、弱酸とアルカリ土類金属の塩、又は、弱酸とアミンの塩が好ましい。塩基性の水溶性化合物は、一種を単独で又は2以上を組み合わせて用いることができる。
【0016】
水酸化ナトリウム等の強塩基や炭酸ナトリウム等の比較的塩基性の強い弱塩基でも発色を促進する効果はあるが、これらの塩基、特に強塩基は、十分に希薄な溶液として添加しなければ、柿渋のゲル化や変性沈殿物が生じる。従って、柿渋に加水をしたくない場合等には、これら強塩基や比較的塩基性の強い弱塩基は不都合である。
このような観点から、酢酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、アジピン酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム、リン酸ナトリウム等の弱酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩(但し、水溶液がアルカリ性を示すものに限る)が好ましく、弱酸がカルボン酸又はリン酸である金属塩がより好ましく、特に安全性や価格の観点から酢酸ナトリウムを用いることが好ましい。
【0017】
本発明で用いる柿渋は、柿を搾汁することで得られる液状物を発酵させたものであり、柿渋としては、各種公知のものを特に制限なく用いることができ、特開2000−355675号公報や特開2003−53707号公報に記載のものを用いることもできる。また、市販されている柿渋も好ましく用いることができる。柿の品種、柿渋の発酵年数、発酵に用いられる菌種、柿渋のタンニン含有量、ボーメ度、酸性度、添加物の有無等についても特に制限されない。
好ましく用いられる柿渋の一例としては、品種は天王柿で、発酵年数が半年、タンニン含有量が5%で、酸性度が3〜4のものを挙げることができる。柿渋は、例えば、タンニンの含有割合が0.5〜10重量%、特に1〜5重量%となるように調整して用いることが好ましい。
【0018】
柿渋に対する塩基性の水溶性化合物の添加量は、対象となる柿渋の種類、濃度、含有物によって異なり、一律に規定することはできないが、一例としては、柿渋の重量に対して、0.1〜10重量%添加することが好ましく、より好ましくは0.5〜5重量%、さらに好ましくは1〜3重量%である。なお、水溶液として添加する場合の水溶性化合物の添加量は、溶解前の重量に換算した重量が、上記の範囲内であることが好ましい。また、水溶性化合物を水溶液として添加する場合の該水溶液の添加量は、柿渋の重量に対して0.1〜300重量%とすることが好ましい。
【0019】
また、柿渋中のタンニンの量を基準にした好ましい塩基性の水溶性化合物(固形分換算)の混合割合は、柿渋中のタンニンの重量に対して、1〜2000重量%、より好ましくは5〜1000重量%、更に好ましくは10〜600重量%である。
【0020】
塩基性の水溶性化合物は、柿渋に対して粉末等の固体の状態で添加しても良いし、水溶液として添加しても良い。添加後は混合することが好ましい。混合方法は、各種公知の方法を特に制限なく採用することができ、各種の攪拌機やミキサー等を用いることもできるし、容器に柿渋及び補修剤を入れた後、該容器を振っても良い。
【0021】
本発明の漆塗装物の補修剤は、使用前は、柿渋と水溶性化合物又はその水溶液とが非接触状態であり、使用時に混合されて使用されるものであることが好ましい。
本発明の塗装物の補修剤の好ましい流通(販売)形態としては、柿渋を収容した第1の容器と塩基性の水溶性化合物(粉体でも水溶液でも良い)を収容した第2の容器とをセットにして流通(販売)したり、柿渋を収容した第1の収容部と塩基性の水溶性化合物(粉体でも水溶液でも良い)を収容した第2の収容部を有する複合容器を流通(販売)したりすることが考えられる。
【0022】
第2発明の渋塗装物の補修方法においては、柿渋と塩基性の水溶性化合物又はその水溶液との混合物を漆塗装物の塗膜損傷部位に塗装する。第1発明の漆塗装物の補修剤は、柿渋と塩基性の水溶性化合物又はその水溶液とを混合した状態で、漆塗装物の塗膜損傷部位に塗装することが好ましい。
【0023】
漆塗装物は、木材、紙、綿等の基材に、漆による塗装を施したものである。
漆塗装物の塗膜の形成に用いられる漆としては、漆科植物から得られる生漆、生漆をクロメ(加熱脱水)処理して得られる精製漆などがある。
【0024】
本発明で、柿渋と塩基性の水溶性化合物又はその水溶液との混合物(補修剤)を塗布する対象は、漆塗装物の塗装が損傷した部分である。塗装損傷部位は、漆塗装物の長年の使用により自然に生じたり、漆塗装物を落下させたり、漆塗装物に他のものをぶつけたりするなど不慮のアクシデントによっても生じる。本発明における補修剤は、基材の地肌が露出した塗装損傷部位に塗布してもよいし、基材までは露出していないが塗膜の表面が損傷した部分に塗布してもよい。また、補修剤を、塗装損傷部よりも広い範囲に塗工しても良い。補修剤の塗工方法は、木材の塗装において公知の塗工方法等を特に制限なく用いることができ、例えば、刷毛塗り、ロールコーター、スプレーコーター、ウエス等が挙げられる。
【0025】
漆塗装物の基材としての木材は、無垢材の他、各種の木質材であっても良い。木質材としては、合板、単板積層材(LVL)、パーティクルボード、MDF等が挙げられる。紙としては、和紙やクラフト紙等、各種公知の紙を用いることができる。漆塗装物が、建築材料である場合の建築材料としては、柱、梁、壁材、床材、羽目板、手摺り、カウンター、ドア等が挙げられる。
第3発明の補修された漆塗装物は、例えば、漆塗装物の塗膜損傷部分に補修剤を塗布した後、乾燥させて得られる。乾燥方法としては、木材の塗装等において公知の各種の乾燥方法を特に制限なく用いることができ、例えば、自然乾燥、熱風乾燥等が挙げられる。
【0026】
第1発明の補修剤を用いた補修又は第2発明の補修方法によれば、漆塗装物の損傷した塗膜を安全且つ簡便に補修することができる。また、補修部位と非補修部位との色彩の調和を早期に確認できる。このような効果は、例えば酢酸ナトリウムのような人体に対して安全性の高い添加物のみを用いても得ることができる。また、有機溶剤を含ませなくても良いので、挿発性有機化合物発生の原因にもなりにくい。
なお、本発明における柿渋や塩基性の水溶性化合物、それらの混合物は、本発明の効果を妨げないことを限度として、pH調整剤や緩衝剤、乾燥を促進させるアルコール、塗膜性能を高める無機充填剤等の他の添加剤を含んでいても良い。
【0027】
以上、本発明(第1〜第3発明)の好ましい実施形態について説明したが、各発明は、上記の実施形態に制限されず適宜に変更可能である。
【実施例】
【0028】
次に、実施例により本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明は、かかる実施例によって何ら限定されるものではない。
【0029】
〔漆塗装サンプル板の製造〕
スギ材及びヒノキ材のそれぞれに、市販の生漆とテレピン油とを1:1(重量比)で混合したものを下塗りした後、ウエスで拭き取った。それらのサンプルを恒温恒温槽内に収容して25℃、相対湿度85%の条件で硬化させた。
次に、それらのサンプルに、生漆を希釈せずにそのままウエスで塗り込み、余分な漆液を別のウエスで十分に拭き取った。それらのサンプルを、恒温恒温槽内に再び収容して25℃、相対湿度85%の条件で硬化させ、後述する試験に用いる漆塗装物(漆塗装サンプル板)を得た。
尚、材の表面の一部には予めビニルテープを貼り付けておき、その部分に漆液が塗装されないようにした。漆が乾燥後、ビニルテープを剥がし、漆が付着していない部分を漆塗装物の塗膜損傷部位に見立てて、次の補修試験においては、この部位に補修剤を塗布した。
【0030】
〔評価試験1〕
市販の柿渋((株)トミヤマ製,液状)を用いて、以下の試験を行った。
前記市販の柿渋は、タンニンを5重量%程度含む液状のもので、以下の実施例においては、それを希釈せずに柿渋液として用いた。
柿渋液100gに対して、酢酸ナトリウム(固体)を0g、1.5g又は3g添加し、それぞれ充分に混ざり合うまで攪拌した。得られた混合液を、酢酸ナトリウムの添加量が少ない順に補修液1,2,3とした。補修液1は、何も添加していない柿渋そのものである。
次に、補修液1、2、3を、上記の漆塗装サンプル板(スギ及びヒノキ材)における塗膜損傷部位に見立てた部位に塗布し、自然乾燥させた。この塗布及び乾燥の操作を3回繰返して、各補修液に対応する補修したサンプル板(補修サンプル板)を得た。
【0031】
各補修サンプル板について、色彩を色彩色差計(ミノルタ社製CR−200)を用いて測定した。色彩は、明度(L*)と彩度(a*)で評価した。
図1及び図2に、補修剤の塗布完了後72時間経過した時点の色彩(L*,a*)を示した。図1は、スギ材を用いた補修サンプル板についての結果であり、図2は、ヒノキ材を用いた補修サンプル板についての結果である。
【0032】
図1及び図2中、「比較例1」は、補修液1(酢酸ナトリウム添加量0重量%)を塗布乾燥させた場合の結果であり、「実施例1」は、補修液2(酢酸ナトリウム添加量1.5重量%)を塗布乾燥させた場合の結果であり、「実施例2」は、補修液3(酢酸ナトリウム添加量3重量%)を塗布乾燥させた場合の結果である。
また、図1及び図2中、「○漆塗装部」は、漆塗装サンプル板における漆塗膜を形成した部分(非塗膜損傷部位)の測定結果であり、「□補修剤1−3回塗り」は、上記の通り、漆塗装サンプル板の塗膜損傷部位に補修剤を3回繰り返して塗布した場合の補修部分の測定結果である。また、「◇補修剤1−1回塗り」及び「△補修剤1−2回塗り」は、漆塗装サンプル板の塗膜損傷部位に補修剤を塗布する回数を1回及び2回に代えた場合の測定結果である。
【0033】
図1及び図2に示す結果から明らかなように、柿渋のみで補修した場合(比較例1)は、補修した部位と補修していない部位とで色彩、特に明度Lの差が大きく、補修した部位と補修していない部位の色彩が調和していないことが判る。
他方、本発明により補修した場合(実施例1,実施例2)は、補修した部位と補修していない部位とで色彩が近似しており、補修した部位と補修していない部位の色彩が調和していることが判る。また、本発明により補修した場合、補修した部位の木目が塗りつぶされることもなく、その点においても、非補修部位(非損傷部位)との間の調和性に優れている。尚、実施例1,実施例2の補修サンプル板の補修部位の色彩を、補修剤の塗布完了後72時間経過した時点に加えて、補修剤の塗布完了後168時間経過した時点においても測定したが、その数値は、72時間後の数値とほぼ同じであり、72時間後の時点で既に色彩の変化がほぼ完了していたことが判る。
【0034】
尚、酢酸ナトリウム自体は透明な結晶であり、その水溶液も無色透明である。また、酢酸ナトリウム水溶液のみを木材などに塗布したのみでは木材は変色しない。従って、実施例と比較例との差は、柿渋に酢酸ナトリウムが作用した結果である。
【0035】
〔評価試験2〕
スギ材を用い、上記と同様にして、試験に用いる漆塗装物(漆塗装サンプル板)を得た。また、この漆塗装サンプル板の塗膜損傷部分に、下記補修液4〜7を塗布するとともに、それぞれ、補修剤の塗布の回数を2回にした。それ以外は、評価試験1と同様にして、評価試験を行った。
補修液4:柿渋のみ
補修液5:柿渋と酢酸アンモニウム(中性の水溶性化合物)との混合液
補修液6:柿渋と酢酸ナトリウムとの混合液
補修液7:柿渋と炭酸ナトリウムとの混合液
補修液8:柿渋と水酸化ナトリウムの混合液
補修液5〜8における、酢酸ナトリウム、酢酸アンモニウム、炭酸ナトリウム及び水酸化ナトリウムの添加量は、柿渋の重量に対してそれぞれ1.5重量%とした。
【0036】
図3に、評価試験2の結果を示した。図3に示すように、塩基性の水溶性化合物として、酢酸ナトリウム(補修液6)、炭酸ナトリウム(補修液7)、水酸化ナトリウム(補修液8)を用いた場合は、柿渋のみで補修した場合(補修液4)に比して、補修した部位と補修していない部位(非損傷部位)とで色彩の差が小さくなっており、補修した部位と補修していない部位の色彩が良く調和していた。それに対して、柿渋のみで補修した場合(補修液4)及び中性の水溶性化合物(補修液5)を用いた場合は、補修した部位と補修していない部位とで色彩(明度L*及び彩度a*)が大きく異なり、補修した部位と補修していない部位とで色彩が調和していない。尚、補修剤6〜8で補修した場合、補修部分の木目が塗りつぶされず、木目の調子も、補修した部位と補修していない部位とで調和していた。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】図1は、漆塗装スギ材を補修した後の補修部位及び非補修部位(漆塗装部)の色彩(明度L*及び彩度a*)を示すグラフであり、(a)は比較例、(b)及び(c)は実施例である。
【図2】図2は、漆塗装ヒノキ材を補修した後の補修部位及び非補修部位(漆塗装部)の色彩(明度L*及び彩度a*)を示すグラフであり、(a)は比較例、(b)及び(c)は実施例である。
【図3】図3は、漆塗装スギ材を補修した後の補修部位及び非補修部位(漆塗装部)の色彩(明度L*及び彩度a*)を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
柿渋と、塩基性の水溶性化合物又はその水溶液とからなる、漆塗装物の補修剤。
【請求項2】
前記水溶性化合物が、弱酸とアルカリ金属との塩、弱酸とアルカリ土類金属の塩及び、弱酸とアミンの塩からなる群から選択される一種以上であることを特徴とする請求項1記載の漆塗装物の補修剤。
【請求項3】
前記水溶性化合物が、酢酸ナトリウムであることを特徴とする請求項2記載の漆塗装物の補修剤。
【請求項4】
使用前は、前記柿渋と前記水溶性化合物又はその水溶液とが非接触状態であり、使用時に混合されて使用されるものである、請求項1〜3の何れかに記載の漆塗装物の補修剤。
【請求項5】
柿渋と塩基性の水溶性化合物又はその水溶液との混合物を漆塗装物の塗膜損傷部位に塗装することを特徴とする漆塗装物の補修方法。
【請求項6】
請求項1〜4の何れかに記載の補修剤を用いて漆塗装物の塗膜損傷部位を補修して得られる、補修された漆塗装物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−51912(P2009−51912A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−218857(P2007−218857)
【出願日】平成19年8月24日(2007.8.24)
【出願人】(000183428)住友林業株式会社 (540)
【Fターム(参考)】