説明

漆混合物と天然繊維による複合体

【課題】繊維と漆からなる、軽量で外力にも耐えうる建材や椅子などの構造体の提供。
【解決手段】天然繊維に糊漆を型に押し当てながら含浸または塗布し、硬化させたものを、錆漆を介して積層させることにより構造体を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然繊維と糊漆からなる複合体と、その複合体を錆漆を介して積層させる構造物およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
漆は古来より、木から作られた椀や盆などの食器類、櫛、耳飾、盆などの装飾品、硯箱などの室内装飾品、竹で編んだ籠などに使用されてきた(非特許文献1参照)。漆化合物と繊維による複合体としては炭素繊維に漆を塗布した複合体が作られている(特許文献1参照)が、構造物となり得、圧縮や引張による外力に耐えられるということについて研究はなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−146001
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】「漆のはなし」松田権六著2001年4月16日(株)岩波書店発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に示された先行技術における高強度繊維と漆からなる複合体は、剛性はあるものの、構造物としては評価されておらず、2枚以上の高強度繊維を重ねた複合体に大きな荷重をかけると、高強度繊維の強度に対して漆の接着力が劣るため、層間剥離をおこすという問題がある。それを解決し、FRPを代替しうる造形性を持ち、軽量で外力に耐えうる構造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、漆の接着力より弱い天然繊維を用い、漆と繊維との接着力を高めるために、水の重量に対してもち米を粉にしたものを15〜30重量%混ぜてできる米糊の重量に対し50〜70重量%の漆を混合した糊漆を含浸、または塗布し、強度を向上させるために布目を埋めることもかねて、繊維に糊漆を含浸させた層同士の間にとの粉と漆を混合した錆漆を介することで、軽量で、造形性が高く、頑丈な構造物が得られることを見出した。また荷重をかけても層間剥離しないことや、圧縮や引張の外力に耐えられることを実験して確認した。
【発明の効果】
【0007】
本発明の構造体は軽量であり、かつ高い強度を有する。さらに、本発明の構造物は、耐酸、アルカリ性、耐熱性にも優れさらに抗菌作用にも優れている。また、枯渇が危惧される化石燃料由来品に替わる素材開発において植物原料等の利点があらためて注目される中、計画的・持続的な生産が可能な点において環境負荷の小さい自然材料を使用しており、FRPを代替しうる高い造形性をもつ優れた構造体である。
【0008】
即ち本発明は
[1]水の重量に対してもち米を粉にしたものを15〜30重量%混ぜてできる米糊の重量に対し50〜70重量%の漆を混合した糊漆を含浸または塗布した天然繊維の複合体、
[2]天然繊維が麻布である請求項1記述の複合体、
[3]請求項1又は2の複合体を繊維の折り目を充填するパテを介して積層させたことを特徴とする構造体、
[4]パテが、砥粉と漆を混合した錆漆である請求項3の構造体、
[5]型に沿って、天然繊維に漆を含浸または塗布した層と錆漆層を交互に、各層を固化させながら少なくとも、天然繊維に漆を含浸または塗布した層を2層以上積層させた後、離型することを特徴とする構造物の製造方法、
[6]構造物が椅子である請求項5の製造方法、
である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】引張試験結果のグラフ
【図2】圧縮試験結果のグラフ
【図3】各材料比強度の表
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の構造体は、天然繊維と漆混合物とからなることを特徴とする。
天然繊維は例えば、木綿、麻、リンネル、羊毛、絹などあるが、特に麻布は伸縮性が少ないため、均質な強度を得ることが出来る。
【0011】
前記天然繊維の形態としては、例えば、多数の繊維糸条の繊維軸方向を一定とし、繊維軸に平行に並べた一方向シートや、織物、たて編み、よこ編みなどの編物、紐、ロープ、糸、フェルト、不織布、紙などが挙げられるが、中でも、伸縮しにくい織物が望ましい。
【0012】
前記漆混合物は2種類あり、一つは繊維に含浸または塗布するための糊漆、もう一つは繊維の織り目を充填するための錆漆である。
【0013】
繊維に含浸または塗布する漆混合物は、水の重量に対してもち米を粉にしたものを15〜30重量%混ぜてできる米糊の重量に対し50〜70重量%の漆を混合したものであり、もち米を粉にしたものは、寒梅粉が粘性が高く、好ましい。粉を水に溶く際、粒が残るようなら加熱してつぶす。充分に冷やして混ぜたのち、漆を入れてさらによく混ぜ糊漆を作る。
【0014】
繊維の織り目を充填するための漆混合物は砥粉の重量に対して水を30〜60重量%混ぜ、よく練ったものである錆の重量に対し、25〜50重量%の漆を混合したものである錆漆であり、砥粉は粒の細かい砂状のものが好ましい。
【0015】
本発明に用いられる漆としては、特に限定されないが、粘度の高い生漆が好ましい。前記の漆は、常法に従い製造してもよく、また市販品などを用いてもよい。
【0016】
本発明の構造体は、前記の天然繊維に、前記の糊漆を塗布または含浸させ硬化した後、織り目を充填するように錆漆を塗布し、硬化させるという工程を少なくとも2回以上繰り返すことにより製造することができる。繰り返す回数は構造物の大きさや形状に応じて適宜選択できるが、通常3〜15回、好ましくは4〜8回である。より具体的には、前記の天然繊維に、前記の漆化合物を塗布または含浸させた後、あるいは錆漆で織り目を充填した後、塗布層または含浸層あるいは錆漆層を1日以上室温20度〜25度、湿度50〜80%にて放置することによって漆を固化させることにより製造することができる。なお、漆は、空気中の水分を介して酸素を取り込み固体化する。なお、「漆が固体化する」あるいは「漆が固化する」といった表現は「漆が乾く」とも表現されることがあるが、本発明においては、このような「漆が固体化する」、「漆が固化する」、「漆が乾く」といった表現は「漆が硬化する」という表現に含まれる。すなわち、本発明では、「漆が硬化する」ということは、漆が固体化あるいは固化すること、および漆が乾燥することのいずれの場合も含む。
なお、固化した漆は、硫酸や塩酸などの酸、苛性ソーダ水溶液などのアルカリにも耐え、耐薬品性に優れているので、本発明の構造体は薬品による劣化にも耐え得る。
【0017】
本発明の構造物の成型に用いる型としては、本発明の目的を阻害しない限り特に限定されず、例えば、粘土、石膏、金属、スタイロフォーム、発砲スチロール、木材、紙、塩化ビニル、ポリプロピレン、プラスチック素材など挙げられる。前記素材を2種類以上組み合わせた型でもよいが、漆化合物含浸層に触れる表層部は離型成のよい素材にするか、ポリプロピレンシートやテフロンシートなど離型性のよいシートやフィルムを貼る。
【0018】
天然繊維への糊漆の塗布または含浸は、常法に従ってよいが、好ましい含浸または塗布方法としては、例えば、ヘラや刷毛やローラーなどを用いて一枚の天然繊維布帛を型に押し当て、何度かヘラや刷毛やローラーを往復させ均等に行き渡らせながら含浸または塗布させる。
糊漆含浸層への錆漆の塗布は、ヘラや刷毛で硬化した糊漆含浸層の織り目を埋めるように充填し硬化させる。
前記2種類の工程を交互に繰り返し、必要な強度に応じて、貼り重ねる繊維の枚数を増やす。
本発明の構造物の上に漆で模様を描き、その上に金属粉を蒔いて模様を表す蒔絵や、漆の硬化後模様を彫り、生漆を塗り、金箔や金粉を押し込む沈金などにより模様をつけてもよく、また表面に金箔などの金属箔をはりつけることもできる。このような技法は、伝統的漆の技法と同様に実施できる。
【0019】
糊漆の含浸または塗布量は、繊維布帛表面から含浸または塗布させて繊維布帛裏面まで全体に浸透する程度で、錆漆は前工程の糊漆含浸層の織り目の空洞部分が無くなる程度とする。そうすることで接着がより強固になって強度を保つことができる。
各層ごとに、硬化後凹凸が目立つようであれば、必要に応じて軽くサンドペーパーをかけてもよい。
【0020】
かくして得られた本発明の構造体は、様々な用途に用いられ、特に柱や壁などの建材や椅子など、外力に耐える必要のある構造物にも用いられる。
【0021】
構造物が椅子である本発明においての製造方法として、一層分の糊漆含浸層に使われる繊維布帛は、つぎはぎすることのない一枚の布帛であることが好ましい。また、椅子の形態も、そのことに沿った形態である必要がある。最も力がかかる角部に切れ目が出ないことで強度が上がり、より少ない層数で軽い構造物を製造することができる。
【実施例】
【実施例1】
【0022】
引張試験片:天然繊維として麻の寒冷紗のヤーンが#80のものを使用し、ガラス板上に繊維布帛の上から糊漆を硬いゴムローラーで含浸させ、硬化後、錆漆を刷毛とプラスチック製のヘラで塗布するという工程を2回くり返したものと、3回繰り返した板状の構造体を用意し、その形状としてJIS規格で決められている引張試験体としてふさわしい5号試験片を採用した。
比較実験として麻の寒冷紗のみの試験片、前記の工程が一回の試験片、前記工程が2回で繊維方向がバイヤスとなる試験片も用意した。
漆の塗り重ね回数及び麻布の目の向き(厚み)により分類した、種類及び個数を以下に示す。
0t(麻布1枚縦目、工程0回)
1t(麻布1枚縦目、工程1回)
2t(麻布2枚縦目、工程2回)
2x(麻布2枚斜目、工程2回)
3t(麻布3枚縦目、工程3回)
5種、各2片、計10片とする。
【0023】
試験方法:アムスラー試験機による引張試験を行った。
つかみ具間幅を91mmとして試験片を設置し、ストローク一定の条件で試験力Nを測定した。また、破断時に自動で試験終了とした。試験結果として得たグラフを図1に示す。
【実施例2】
【0024】
圧縮試験体:天然繊維として麻の寒冷紗のヤーンが#80のものを使用し、型を水道管に使われる塩ビ管で外径60mm高さ200mmの円筒にテフロンシートを巻きつけたものを用い、繊維布帛の上から糊漆を刷毛で型に押し付けながら含浸させ継ぎ目がぴったりと合わさるようカットし、硬化後、錆漆を刷毛で塗布するという工程を8回繰り返した。離型後の構造体の上下端部を切断し、得られた試験体は、高さ150mm×内径約60mmの円筒形である。同じ試験体を3本用意した。
【0025】
試験方法:アムスラー試験機による圧縮試験を行った。垂直荷重をかけ、荷重の増減がなくなったら試験終了とした。試験結果として得たグラフを図3に示す。グラフから分かるように、糊漆含浸層が8枚の試験体はほぼ14000N=約1.4t前後まで耐えられる。試験終了時に層間剥離は全くみられなかった。
【実施例3】
【0026】
椅子:天然繊維として麻の寒冷紗のヤーンが#80で反物状の短辺の長さが1mのものを使用し、一層分に使う布帛を切り張りせず利用できるような形態を考案し、3次元モデリングによって型の寸法を割り出し、スタイロフォームを切り出したものを組み合わせて型とする。さらに型の表面にポリプロピレンシートを貼り離型材とする。繊維布帛の上から糊漆を刷毛で型に押し付けながら含浸させ、硬化後、錆漆を刷毛で塗布するという工程を7回繰り返した。端部は最終糊漆含浸層の端を硬化する前に全層の端が隠れるように内側に折り込んだ。各工程の硬化時間は1日とし、室温20度、湿度60%とした。
離型後の構造物は椅子として充分な強度を有し、体重100kgの人物が座っても全く問題なく安定した。
【産業上の利用可能性】
【0027】
引張、および圧縮試験から得られた実験結果から比強度を算出した結果、図4に示すように本発明の構造体は鉄に匹敵する程の引張比強度や、コンクリートや木材を凌ぐ圧縮比強度をもつといえる。本発明により、柱や壁などの建材や椅子など、外力に耐える必要のあるものにも有用な構造物を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水の重量に対してもち米を粉にしたものを15〜30重量%混ぜてできる米糊の重量に対し50〜70重量%の漆を混合した糊漆を含浸または塗布した天然繊維の複合体。
【請求項2】
天然繊維が麻布である請求項1記述の複合体。
【請求項3】
請求項1又は2の複合体を繊維の折り目を充填するパテを介して積層させたことを特徴とする構造体。
【請求項4】
パテが、砥粉と漆を混合した錆漆である請求項3の構造体。
【請求項5】
型に沿って、天然繊維に漆を含浸または塗布した層と錆漆層を交互に、各層を固化させながら少なくとも、天然繊維に漆を含浸または塗布した層を2層以上積層させた後、離型することを特徴とする構造物の製造方法。
【請求項6】
構造物が椅子である請求項5の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2012−158733(P2012−158733A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−30201(P2011−30201)
【出願日】平成23年1月28日(2011.1.28)
【出願人】(511040676)
【Fターム(参考)】