説明

漬物の製法およびそれにより得られた漬物

【課題】高齢者等の、咀嚼・嚥下が困難な人であっても、容易に摂食できるほど軟らかな食感で、かつ漬物本来の風味や色合いを通常の漬物とほぼ同等に有する漬物の製法およびそれにより得られた漬物を提供する。
【解決手段】原料となる野菜類を調味液に浸漬して得られる漬物の製法において、上記調味液に浸漬するに先立って、上記野菜類に対し、アルカリ水溶液中で浸漬加熱し、その後圧搾するという処理を行う。そして、この製法により得られる漬物とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、漬物の製法およびそれにより得られた漬物に関するものであり、詳しくは、咀嚼困難者であっても摂食可能なほど軟らかな漬物の製法およびそれにより得られた漬物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、漬物は、野菜類を塩漬けしたり発酵させたりして作られるものであり、発酵による独特の風味や、植物色素による鮮やかな色合いを持ち、また、歯ごたえのある特有の食感を有する。そして、その発酵特有の芳香や、赤や黄の色とりどりの色彩、さらには、適度な塩味が、五感を刺激して食欲を増進させることから、漬物は、米飯等の食品の摂食を促進するのに有益な役割を果たすと考えられる。そのため、多くの日本人は、漬物を、米飯の付け合せの一つとして食卓に供している。
【0003】
しかしながら、従来の漬物は、上記のような歯ごたえのある食感から、食べ物を噛み砕く力や飲み込む力の衰えた高齢者にとっては喫食し難いものであった。
【0004】
そこで、近年、咀嚼・嚥下が困難な人でも難なく摂食できるよう、漬物の食感を改善するため、いくつかの手法が提案されている。具体的には、漬け上がったたくあんを蒸気で蒸す手法(特許文献1)や、漬物を調味液とともに煮る手法(特許文献2)や、漬物を容器にドライパックして、F0 値(微生物の耐熱性パラメータZ=10℃とした時の121. 1℃における加熱時間)が7〜30分の条件でレトルト処理する手法(特許文献3)等である。
【特許文献1】特開2004−305194公報
【特許文献2】特開2004−97176公報
【特許文献3】特開2006−314262公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1に開示の手法によれば、漬物を蒸すことによって、漬物本来の旨味成分等が流出してしまうおそれがある。また、上記特許文献2に開示の手法を適用した場合においても、漬物を調味液で煮る際に、酸味等の香気成分が留去されて漬物本来の風味が損なわれてしまうおそれがある。また、上記特許文献3に開示のように、漬物をドライパックし特定条件でレトルト処理する方法で、実際に試作してみたところ、食感は充分に軟らかくなるものの、加熱により、焦げ臭が生じて風味が悪くなるとともに、色素が分解されて見栄えも著しく悪くなる。これらのことから、上記提案の手法によれば、いずれも食感は軟らかくなるものの、漬物の品質を決めるうえで重要な要素である風味と色合いは著しく劣ったものになるため、この改善が求められる。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みなされたもので、高齢者等の、咀嚼・嚥下が困難な人であっても、容易に摂食できるほど軟らかな食感で、かつ漬物本来の風味や色合いを通常の漬物とほぼ同等に有する漬物の製法およびそれにより得られた漬物の提供をその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、本発明は、原料となる野菜類を調味液に浸漬して得られる漬物の製法において、上記調味液に浸漬するに先立って、上記野菜類に対し、アルカリ水溶液中で浸漬加熱し、その後圧搾するという処理を行う漬物の製法を第1の要旨とし、その製法により得られる漬物を第2の要旨とする。
【0008】
すなわち、本発明者は、前記課題を解決するため鋭意研究を重ねた。その研究の過程で、原料となる野菜類を、調味液に浸漬して漬物を製造する際に、上記調味液に浸漬するに先立って、上記野菜類(浅漬け等にする場合は、事前に塩漬けし、その後水洗により脱塩するという処理を行った野菜類)に対し、アルカリ水溶液中で浸漬加熱し、その後圧搾するという処理を試験的に行ったところ、漬物本来の風味や色合いが損なわれることなく、高齢者等の咀嚼・嚥下が困難な人であっても容易に摂食できるほど軟らかで適度な食感を有する、従来にない漬物が得られることを見いだし、本発明に到達した。
【発明の効果】
【0009】
このように、本発明の漬物の製法は、原料となる野菜類を調味液に浸漬する前に、上記野菜類に対し、アルカリ水溶液中で浸漬加熱し、その後圧搾するという処理を行っているため、漬物を、高齢者等の咀嚼・嚥下が困難な人であっても容易に摂食できるほど軟らかで適度な食感に仕上げることができ、しかも、漬物本来の風味や色合いを、通常の漬物とほぼ同等に有するものに仕上げることができる。
【0010】
そして、上記製法により得られた漬物は、漬物本来の風味や色合いを有し、呈味性に優れるとともに、軟らかで適度な食感を有するため、高齢者等の咀嚼・嚥下が困難な人であっても、容易に、かつ美味しく摂食することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
つぎに、本発明の実施の形態を詳しく説明する。
【0012】
本発明の漬物の製法は、先に述べたように、原料となる野菜類を調味液に浸漬して漬物を製造する際、上記調味液に浸漬するに先立って、上記野菜類に対し、アルカリ水溶液中で浸漬加熱し、その後圧搾するという処理を行うことを最大の特徴としている。
【0013】
本発明でいう「野菜類」とは、一般的な漬物の材料として使用されている野菜類と同様のものをいい、根菜類、果菜類、茎菜類および葉菜類があげられる。上記根菜類としては、具体的には、大根,かぶ,人参,ごぼう,れんこん,生姜等があげられる。上記果菜類としては、きゅうり,茄子,白瓜等があげられる。上記茎菜類としては、らっきょう,にんにく,たけのこ等があげられる。上記葉菜類としては、野沢菜,高菜,広島菜等があげられる。そして、これらは単独であるいは二種以上併せて用いられる。なお、本発明でいう「原料となる野菜類」としては、生の野菜類以外にも、天日干しした野菜類を用いてもよい。さらに、原料の形態としては、そのまま漬物にしても、食べやすい大きさに切断して漬物にしてもよい。
【0014】
なお、必要に応じ(浅漬け等にする場合)、上記「原料となる野菜類」に対し、塩漬けし、その後水洗により脱塩するという処理を行ってもよい。上記塩漬けにする期間は、通常、1〜60日間行われる。また、上記塩漬けを、重石等で加圧した状態で行ってもよい。
【0015】
上記野菜類の浸漬加熱処理に用いるアルカリ水溶液としては、pH8.0〜8.5のアルカリ水溶液が好ましく用いられる。すなわち、上記水溶液がpH8.0未満では、野菜類の軟化が充分になされず、逆に、pH8.5を超えると、軟化効果が強すぎて野菜類の組織が崩れてしまい、適度な食感までも失うおそれがあるからである。上記水溶液には、重曹(炭酸水素ナトリウム)、炭酸塩(炭酸アンモニウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム等)、リン酸塩(リン酸三カリウム、リン酸三マグネシウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸水素二カリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三ナトリウム等)、ポリリン酸塩(ポリリン酸カリウム、ポリリン酸ナトリウム等)等の、食品に適用しても問題のないものによるアルカリ水溶液が用いられるが、特に、安価で入手しやすいことから、重曹水溶液が好ましく用いられる。重曹水溶液の場合、その濃度が、0.3〜0.6重量%の範囲であることが好ましい。すなわち、重曹水溶液の濃度が0.3重量%未満では、野菜類の軟化が充分になされず、逆に、0.6重量%を超えると、軟化効果が強すぎて野菜類の組織が崩れてしまい、適度な食感までも失うおそれがあるからである。
【0016】
上記アルカリ水溶液による野菜類の浸漬加熱処理には、原料の野菜類が充分に浸かるように、原料の等量から4倍量のアルカリ水溶液が用いられる。そして、上記アルカリ水溶液中での浸漬加熱処理は、原料が充分に軟化できるように、80〜100℃で5〜60分間行うことが好ましい。より好ましくは、80〜100℃で10〜30分間である。なお、上記浸漬加熱処理は、原料の野菜類が煮崩れしない程度に適度に加熱を調整することを必要とする。
【0017】
上記浸漬加熱処理した後、野菜類を圧搾し、アルカリ水溶液を取り除く処理を行う。圧搾方法としては、機械的に加圧して行うほか、手で搾ることにより行ってもよい。
【0018】
そして、上記のように処理した野菜類を浸漬するのに用いる調味液としては、塩、しょうゆ、味噌、酒かす、みりんかす、こうじ、酢、糠(米ぬか、ふすま等)、からし、もろ味噌、乳酸菌等を含有する調味液が用いられる。これらの材料は、単独であるいは二種以上併せて用いられる。なお、上記調味液には、必要に応じ、くちなし色素等の天然着色料や合成着色料を添加してもよい。
【0019】
上記調味液への浸漬は、0〜10℃の温度環境下で行うことが、腐敗を抑え、品質を良好にする等の点で好ましい。また、浸漬期間は、通常、1〜4日間行われる。なお、上記調味液に浸漬したまま、野菜類の発酵を行う場合、さらに長期間(14日間程度)、調味液への浸漬が行われる。このように、製造工程の最終に近い段階で野菜類の発酵を行うと、漬物本来の風味がより効果的に得られるようになるため、好ましい。
【0020】
そして、上記漬物は、パック詰めした商品として提供する場合、例えば、調味液の液切りをし、その後、真空パック等に袋詰めし、低温殺菌処理(レトルト殺菌装置による、80℃で30分間程度の加熱処理)することにより、商品として良好な状態で提供することができる。
【0021】
このようにして得られた本発明の漬物は、漬物本来の風味や色合いを有し、呈味性に優れるとともに、軟らかで適度な食感を有するため、食べ物を噛み砕くことや飲み込むことが困難な高齢者等であっても、容易に、かつ美味しく摂食することができる。
【0022】
つぎに、実施例について比較例と併せて説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0023】
60日間塩蔵した大根を、厚み2mmに切断した後、流水で充分に脱塩した。つぎに、90mlの0.33重量%重曹水溶液(pH8.3)を加熱して沸騰状態にし、その中に、上記切断した塩蔵大根60gを浸漬し、沸騰状態のまま10分間維持し加熱処理した。その後、一度水切りし、流水で冷却および脱アルカリ処理してから、通常の漬物と同様に圧搾し、調味液(醤油・砂糖・塩・酢を基本として、くちなし色素で黄色く着色した調味液)に、5℃環境下で3日間浸漬した。このようにして得られた漬物(大根醤油漬け)を、20分間液切りし、その後、重量比で、漬物/調味液=87/13の割合で、合成樹脂製の袋に入れて真空パックした。そして、この真空パックしたものを、レトルト殺菌装置を用いて80℃で30分間加熱処理し、ついで冷却して、漬物試料を製造した。
【実施例2】
【0024】
0.33重量%重曹水溶液による浸漬加熱処理を、80℃で30分間行った。それ以外は、実施例1と同様にして、漬物試料を製造した。
【実施例3】
【0025】
0.33重量%重曹水溶液による浸漬加熱処理に代えて、沸騰した0.17重量%重曹水溶液(pH8.3)による、30分間の浸漬加熱処理を行った。それ以外は、実施例1と同様にして、漬物試料を製造した。
【実施例4】
【0026】
0.33重量%重曹水溶液による浸漬加熱処理に代えて、沸騰した0.66重量%重曹水溶液(pH8.3)による、10分間の浸漬加熱処理を行った。それ以外は、実施例1と同様にして、漬物試料を製造した。
【0027】
〔比較例1〕
0.33重量%重曹水溶液による浸漬加熱処理は行わず、圧搾、調味液浸漬を行った。それ以外は、実施例1と同様にして、漬物試料を製造した。
【0028】
〔比較例2〕
0.33重量%重曹水溶液による浸漬加熱処理に代えて、90mlの沸騰水による30分間の浸漬加熱処理を行った。それ以外は、実施例1と同様にして、漬物試料を製造した。
【0029】
〔比較例3〕
0.33重量%重曹水溶液による浸漬加熱処理は行わず、圧搾、調味液浸漬を行った。また、レトルト殺菌装置による真空パックの加熱処理を、100℃で30分間行った。それ以外は、実施例1と同様にして、漬物試料を製造した。
【0030】
〔比較例4〕
0.33重量%重曹水溶液による浸漬加熱処理は行わず、圧搾、調味液浸漬を行った。また、レトルト殺菌装置による真空パックの加熱処理を、110℃で30分間行った。それ以外は、実施例1と同様にして、漬物試料を製造した。
【0031】
〔比較例5〕
0.33重量%重曹水溶液による浸漬加熱処理は行わず、圧搾、調味液浸漬を行った。また、レトルト殺菌装置による真空パックの加熱処理を、120℃で30分間行った。それ以外は、実施例1と同様にして、漬物試料を製造した。
【0032】
このようにして得られた実施例および比較例の漬物試料について、介護施設または老人養護施設で給食を担当している栄養士5名と、咀嚼に困難を感じている高齢者パネラー5名とによる官能評価を、下記の基準に従い行った。そして、その評価を平均した結果を、後記の表1に併せて示した。
【0033】
〔基準〕
見栄え;〇…色合いが鮮やかで、煮崩れがなく、もとの原料の形を維持している。
△…色合いがやや鈍くなるか、または煮崩れが生じている。
×…色合いが鈍くなり、暗くなっている。
味;〇…比較例1の漬物と同様に、良好な風味を有する。
△…風味がやや弱いと感じられる。
×…風味が弱く、加熱による焦げ臭が感じられる。
食感;〇…容易に噛み切ることができる。
△…噛み切るのにあごや歯茎にやや負担がかかる、または煮崩れが生じている。
×…噛み切るのにあごや歯茎に負担がかかり、容易には噛み切れない。
【0034】
【表1】

【0035】
上記結果から、全実施例品は、一般的な漬物の製法により得られた比較例1の漬物とほぼ同等に呈味性に優れていることがわかる。また、全実施例品は、色合いも鮮やかで、煮崩れ等の問題も殆どみられない。そして、全実施例品は、比較例1の漬物でみられた食感の硬さが解決されており、高齢者であっても容易に噛み切ることができるほど軟らかいものであった。
【0036】
これに対し、比較例1品は、見栄えと味は良好であるが、咀嚼や嚥下が困難な高齢者にとっては、硬く咀嚼しにくいと感じる食感であった。比較例2品は、原料の大根を水煮することにより、比較例1品と比べると軟らかい食感のものを得ることができたが、繊維が残った感じの食感があったことから、軟化が不充分であった。比較例3品は、加熱が不充分であり、食感が硬かった。比較例4品は、風味が悪くなり、食感が充分に軟らかいものは得られなかった。比較例5品は、食感は充分に軟らかく適切であるものを得ることができたが、大根だけではなく調味液にも熱がかかるため、漬物特有の風味、特に酸味が失われた。また、比較例5品は、食欲を増進させるような鮮やかな色が失われ、暗い色調になった。
【0037】
なお、実施例1の製法により得られた漬物と、比較例1の製法により得られた漬物との圧縮応力を、レオメーター(Stable Micro Systems社製、TA−XT 2i)により測定し、サンプルに対し10回測定した平均値を求めた。その結果、比較例1の製法により得られた漬物の圧縮応力が2.1×106 N/m2 であるのに対し、実施例1の製法により得られた漬物の圧縮応力は4.5×105 N/m2 であった。日本介護食品協議会で規定されたユニバーサルデザインフード規格の固さ区分1「容易にかめる」の上限が5×105 N/m2 であるため、実施例1品は、この基準をクリアしていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の製法により得られた漬物は、風味や色合いが通常の漬物とほぼ同質であるとともに、咀嚼困難者であっても摂食可能なほど軟らかであることから、特に、介護用食品、病院食等として有利に用いることができる。そして、本発明の漬物の製法も、これらの分野における食品製造工程において有利に適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料となる野菜類を調味液に浸漬して得られる漬物の製法において、上記調味液に浸漬するに先立って、上記野菜類に対し、アルカリ水溶液中で浸漬加熱し、その後圧搾するという処理を行うことを特徴とする漬物の製法。
【請求項2】
上記アルカリ水溶液中での浸漬加熱処理を、80〜100℃で5〜60分間行う請求項1記載の漬物の製法。
【請求項3】
上記浸漬加熱処理に用いるアルカリ水溶液が、pH8.0〜8.5のアルカリ水溶液である請求項1または2記載の漬物の製法。
【請求項4】
上記浸漬加熱処理に用いるアルカリ水溶液が、重曹水溶液である請求項1〜3のいずれか一項に記載の漬物の製法。
【請求項5】
上記重曹水溶液の濃度が、0.3〜0.6重量%の範囲に設定されている請求項4記載の漬物の製法。
【請求項6】
原料となる野菜類が、根菜類、果菜類、茎菜類および葉菜類からなる群から選ばれた少なくとも一つである請求項1〜5のいずれか一項に記載の漬物の製法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の製法により得られることを特徴とする漬物。

【公開番号】特開2009−201467(P2009−201467A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−49694(P2008−49694)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(391003129)フジッコ株式会社 (13)
【Fターム(参考)】