説明

潤滑剤組成物と伸縮自在シャフトおよびそれを用いたステアリング装置

【課題】 伸縮自在シャフトの潤滑に使用して、高い面圧が加わった際に、スリップスティックが発生するのを防止し、常に良好な潤滑性能を維持することができる潤滑剤組成物と、一対の軸部材間が、上記潤滑剤組成物を用いて潤滑される伸縮自在シャフトと、この伸縮自在シャフトを中間軸として用いたステアリング装置とを提供する。
【解決手段】 潤滑剤組成物は、動粘度が1500〜13000mm2/s(40℃)である基油と、増ちょう剤としてのポリテトラフルオロエチレンとを含有する。伸縮自在シャフト5は、一対の軸部材51、52間を、上記潤滑剤組成物で潤滑する。ステアリング装置1は、上記伸縮自在シャフト5を、ステアリングシャフト3と、ラックアンドピニオン機構Aとの間に、中間軸として組み込んだ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸方向に伸縮可能で、かつ軸を中心とする回転方向に一体回転可能に結合される一対の軸部材を備える伸縮自在シャフトの、上記両軸部材間を潤滑するのに適した潤滑剤組成物と、上記伸縮自在シャフトと、当該伸縮自在シャフトを組み込んだステアリング装置とに関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用のパワーステアリング装置(EPS:Electric Power Steering System)として、コラムに設けた電動モータの回転力を利用するコラム式EPSがある。コラム式EPSにおいては、操舵部材としてのステアリングホイールに連結されたステアリングシャフトと、ラックアンドピニオン機構等の舵取機構とを接続するための中間軸(インターミディエイトシャフト)として、軸方向に伸縮可能で、かつ軸を中心とする回転方向に一体回転可能に結合される一対の軸部材を備える伸縮自在シャフトが普及している。
【0003】
コラム式EPSにおいては、伸縮自在シャフトの伸縮機能を利用して、自動車への組み付け時に、ステアリングシャフトと舵取機構との間の距離を任意に変化させることで、組み付けの作業性を向上したり、自動車の走行時に、ステアリングシャフトと舵取機構との相対変位を吸収したりすることが行われる。
伸縮自在シャフトの結合構造としては、一般に、スプラインもしくはセレーションが採用される。例えば、一対の軸部材のうち、一方の軸部材(内軸部材)の端部に雄スプライン(エクスターナルスプライン)部を設けると共に、他方の軸部材(外軸部材)の端部に、上記雄スプライン部が挿入される筒状の雌スプライン(インターナルスプライン)部を形成し、雄スプライン部を雌スプライン部に挿入して、両軸部材を、軸方向に伸縮可能で、かつ軸を中心とする回転方向に一体回転可能に結合させて、伸縮自在シャフトが構成される。
【0004】
この場合、両スプライン部間にクリアランスがなければ、雌スプライン部に雄スプライン部を挿入して伸縮自在シャフトを組み立てることができない。しかし、クリアランスを設けると、両軸部材が径方向や周方向に相対変位することでラトル(rattle、ガタツキ)音を生じて、運転者に不快感を与える原因となる(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2001−50293号公報(第0002欄〜第0005欄)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、両スプライン部のうち少なくとも一方の表面に樹脂コーティングを施して、クリアランスを詰めると共に、グリース等の潤滑剤組成物で潤滑することが行われる。しかし、近時、コラム式EPSの、大排気量車への用途拡大に伴って、操舵時に、ステアリングコラムに加わる負荷(捩り剛性)が増大する傾向にあることから、両スプライン部間には、これまでよりも高い面圧が加わることになり、その潤滑に通常のグリースを使用したのでは、油膜切れによるスティックスリップが発生し、特にステアリングホイールを戻す際にスリップ音を生じて、運転者に不快感を与えるという新たな問題を生じる。
【0006】
本発明の目的は、伸縮自在シャフトの潤滑に使用して、高い面圧が加わった際に、スリップスティックが発生するのを防止し、常に良好な潤滑性能を維持することができる潤滑剤組成物と、一対の軸部材間が、上記潤滑剤組成物を用いて潤滑される伸縮自在シャフトと、この伸縮自在シャフトを中間軸として用いたステアリング装置とを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、軸方向に伸縮可能で、かつ軸を中心とする回転方向に一体回転可能に結合される一対の軸部材を備える伸縮自在シャフトの、両軸部材間を潤滑するための潤滑剤組成物であって、動粘度が1500〜13000mm2/s(40℃)である基油と、増ちょう剤としてのポリテトラフルオロエチレンとを含有することを特徴とするものである。ポリテトラフルオロエチレンの含有割合は、20〜50重量%であるのが好ましい。
【0008】
また、本発明の伸縮自在シャフトは、軸方向に伸縮可能で、かつ軸を中心とする回転方向に一体回転可能に結合される一対の軸部材を備えると共に、両軸部材間が、上記本発明の潤滑剤組成物で潤滑されることを特徴とするものである。
さらに、本発明は、操舵部材と、操舵部材に連結されるステアリングシャフトと、ステアリングシャフトに自在継手を介して連結される中間軸と、中間軸に自在継手を介して連結されるピニオン軸を含み、ピニオン軸の回転をラックバーの直線運動に変換して、操向輪を転舵させるラックアンドピニオン機構とを有するステアリング装置であって、中間軸として、上記本発明の伸縮自在シャフトを組み込むことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、40℃における基油の動粘度を1500mm2/s以上に限定すると共に、増ちょう剤として、固体潤滑剤としても機能するポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を使用しているため、潤滑剤組成物を、例えば、伸縮自在シャフトの潤滑に使用して、高い面圧が加わった際に、油膜切れを生じて、スティックスリップが発生するのを防止することができる。また、基油の動粘度を13000mm2/s以下に限定しているため、例えば、伸縮自在シャフトをコラム式EPSに組み込み、伸縮させて、ステアリングシャフトと舵取機構との間の距離を変化させながら、自動車に組み付ける際などに、スライド荷重が高くなりすぎるのを防止して、その作業性を向上することもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(潤滑剤組成物)
本発明の潤滑剤組成物は、動粘度が1500〜13000mm2/s(40℃)である基油と、増ちょう剤としてのPTFEとを含有することを特徴とするものである。本発明において、40℃における基油の動粘度が1500〜13000mm2/sに限定されるのは、下記の理由による。
【0011】
すなわち、40℃における基油の動粘度が1500mm2/s未満では、潤滑剤組成物の粘度が低くなりすぎるため、たとえ、増ちょう剤としてPTFEを含有していたとしても、例えば、潤滑剤組成物を伸縮自在シャフトの潤滑に使用して、高い面圧が加わった際に、油膜切れによるスティックスリップが発生するのを防止することができなくなってしまう。一方、40℃における基油の動粘度が13000mm2/sを超える場合には、潤滑剤組成物の粘度が高くなりすぎるため、例えば、伸縮自在シャフトを中間軸としてコラム式EPSに組み込み、伸縮させて、ステアリングシャフトと舵取機構との間の距離を変化させながら、自動車に組み付ける際などに、スライド荷重が高くなりすぎて、その作業性が低下してしまう。そして、最悪の場合には、人力で、上記組み付けの作業を行えなくなるという問題がある。
【0012】
これに対し、基油の動粘度を1500〜13000mm2/sとすれば、増ちょう剤として、前記のように固体潤滑剤としても機能するPTFEを使用したこととの相乗効果によって、油膜切れによるスティックスリップの発生を防止できる上、例えば、伸縮自在シャフトを中間軸としてコラム式EPSに組み込み、伸縮させて、ステアリングシャフトと舵取機構との間の距離を変化させながら、自動車に組み付ける際の作業性を向上することができる。なお、油膜切れによるスティックスリップの発生をより一層、確実に防止すると共に、コラム式EPSの組み付けの作業性等をさらに向上することを考慮すると、基油の動粘度は、上記の範囲内でも特に、2000〜7500mm2/sであるのが好ましい。
【0013】
基油としては、合成炭化水素油、シリコーン油、フッ素油、エステル油、エーテル油等の合成油や鉱油等の、従来公知の種々の基油のうち、動粘度が上記の範囲に入る各種の基油を使用することができるが、特に、雄スプライン部と雌スプライン部のうち少なくとも一方の表面に樹脂コーティングを施す場合には、当該樹脂コーティングに対する攻撃性の低い合成炭化水素油が好ましく、特にポリαオレフィン油が好適に使用される。
【0014】
また、増ちょう剤としては、前記のようにPTFEが使用される。例えば、金属石けん系増ちょう剤等の、PTFE以外の増ちょう剤を使用した場合には、基油の粘度を前記の範囲内としても、油膜切れによるスティックスリップの発生を防止する効果は得られない。これは、PTFE以外の増ちょう剤には、固体潤滑剤としての機能がないためである。ただし、当該PTFEを増ちょう剤として配合したことによる前記の効果を阻害しない範囲で、つまり、所定の粘度特性(ちょう度等)を有する潤滑剤組成物を得るために、増ちょう剤の総量中に占める、PTFEの含有割合が少なくなりすぎて、油膜切れによるスティックスリップの発生を防止する効果が得られなくならない範囲で、他の増ちょう剤を、PTFEと併用することも可能である。
【0015】
PTFEとしては、ごく微小な球状のPTFE微粒子を任意の有機溶媒中に分散させた、増ちょう剤として使用可能な種々のグレードのPTFEが、いずれも使用可能である。増ちょう剤としてのPTFEの含有割合は、前記のように、潤滑剤組成物の総量中の、20〜50重量%であるのが好ましく、45〜50重量%であるのがさらに好ましい。PTFEの含有割合がこの範囲未満では、当該PTFEを配合したことによる、油膜切れによるスティックスリップの発生を防止する効果が十分に得られないおそれがあり、逆に、50重量%を超える場合には、例えば、伸縮自在シャフトを中間軸としてコラム式EPSに組み込み、伸縮させて、ステアリングシャフトと舵取機構との間の距離を変化させながら、自動車に組み付ける際などに、スライド荷重が高くなりすぎて、その作業性が低下するおそれがある。
【0016】
本発明の潤滑剤組成物には、さらに必要に応じて、二硫化モリブデン、グラファイト等の固体潤滑剤や、リン系、硫黄系等の極圧添加剤、トリブチルフェノール、メチルフェノール等の酸化防止剤、防錆剤、金属不活性剤、粘度指数向上剤、油性剤等を添加してもよい。潤滑剤組成物のちょう度は、NLGI(National Lubricating Grease Institute)番号で表してNo.2〜No.00、特にNo.2〜No.1であるのが好ましい。
【0017】
(伸縮自在シャフト)
本発明の伸縮自在シャフトは、軸方向に伸縮可能で、かつ軸を中心とする回転方向に一体回転可能に結合される一対の軸部材を備えると共に、両軸部材間が、上記本発明の潤滑剤組成物で潤滑されることを特徴とするものである。伸縮自在シャフト自体としては、従来公知の種々の構造を有するものを採用することができる。
【0018】
図1は、本発明の、実施の形態の一例の伸縮自在シャフト5を構成する内軸部材51の、端部に設けた雄スプライン部51aを示す斜視図である。また、図2は、上記外軸部材51と共に伸縮自在シャフト5を構成する外軸部材52の、端部に設けた筒状の雌スプライン部52aの一部を切り欠いて示す斜視図である。
図1を参照して、内軸部材51の、外軸部材52と連結される端部の外周面には、当該外周面から径方向外方に向けて、多数のキー51bが、内軸部材51の軸方向と平行で、かつ周方向に等間隔に突設されて、雄スプライン部51aが構成されている。また、図2を参照して、外軸部材52は、内軸部材51と連結される端部52cが、雄スプライン部51が挿入される筒状に形成されていると共に、筒の内周面には、当該内周面から径方向外方に向けて、上記雄スプライン部51のキー51bと噛み合わされる多数のキー溝52bが、外軸部材52の軸方向と平行で、かつ周方向に等間隔に凹入されて、雌スプライン部52aが構成されている。
【0019】
そして、上記雄スプライン部51aを構成するキー51bを、雌スプライン部52aを構成するキー溝52bに噛み合わせながら、雄スプライン部51aを雌スプライン部52aに挿入することで、両軸部材51、52が、軸方向に伸縮可能で、かつ軸を中心とする回転方向に動力伝達可能に連結される。
雄スプライン部51aのキー51bと、雌スプライン部52aのキー溝52bとの噛み合い部には、従来同様に、クリアランスが設定される。また、クリアランスを詰めるために、雄スプライン部51aと雌スプライブ52aのうち、少なくとも一方の表面には、やはり、従来同様に、樹脂コーティングを施すのが好ましい。樹脂コーティングを形成する樹脂としては、例えば、ナイロン系樹脂、オレフィン系樹脂、フッ素系樹脂、ポリエステル系樹脂等の、耐油性を有する熱可塑性樹脂や、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、熱硬化性ポリエステル系樹脂、熱硬化性アクリル系樹脂等の、熱硬化性樹脂が挙げられる。
【0020】
このうち、ナイロン系樹脂としては、PA6、PA66、PA46、PA11、PA12等が挙げられる他、PPA(ポリフタルアミド)に代表される芳香族ポリアミドも使用可能である。オレフィン系樹脂としては、HDPE(高密度ポリエチレン)、UHDPE(超高密度ポリエチレン)等のPE(ポリエチレン)や、PP(ポリプロピレン)等が挙げられる。フッ素系樹脂としては、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、PFA(テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体)、FEP(テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体)、ETFE(テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体)等が挙げられる。ポリエステル系樹脂としては、PET(ポリエチレンテレフタレート)、PBT(ポリブチレンテレフタレート)等が挙げられる。これらの樹脂には、PE(ポリエチレン)、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、MoS2(二硫化モリブデン)等の固体潤滑剤や、炭酸カルシウム、タルク等の充てん材を添加してもよい。
【0021】
そして、上記雄スプライン部51aのキー51bと、雌スプライン部52aのキー溝52bとの噛み合い部に、前記本発明の潤滑剤組成物を充てんして、当該噛み合い部を潤滑させることで、伸縮自在シャフト5が構成される。
かかる伸縮自在シャフト5は、噛み合い部に充てんした、本発明の潤滑剤組成物の機能によって、例えば、中間軸としてコラム式EPSに組み込み、伸縮させて、ステアリングシャフトと舵取機構との間の距離を変化させながら、自動車に組み付ける際などに、スライド荷重が高くなりすぎないため、上記作業の作業性を向上することができる。また、組み付け後、コラム式EPSの操舵時に、雄スプライン部51aのキー51bと、雌スプライン部52aのキー溝52bとの噛み合い部に高い面圧が加わっても、油膜切れによるスティックスリップが発生しないため、特に、ステアリングホイールを戻す際等にスリップ音を生じて、運転者に不快感を与えるのを防止することができる。なお、本発明の伸縮自在シャフトの構成は、上記のように、コラム式EPSの中間軸に、好適に適用できる他、同じコラム式EPSの、ステアリングシャフト等にも適用することができる。
【0022】
(ステアリング装置)
図3は、本発明のステアリング装置の、実施の形態の一例としてのコラム式EPS1の、概略構成図である。図3を参照して、コラム式EPS1は、操舵部材としてのステアリングホイール2が連結されるステアリングシャフト3と、このステアリングシャフト3に、自在継手4を介して連結される中間軸5と、中間軸5に自在継手6を介して連結されるピニオン軸7と、ピニオン軸7の端部近傍に設けられたピニオン歯7aに噛み合うラック歯8aを有して自動車の左右方向に延びる転舵軸としてのラックバー8とを有している。ピニオン軸7とラックバー8によって、舵取機構としてのラックアンドピニオン機構Aが構成されている。
【0023】
ラックバー8は、車体に固定されるハウジング9内に、図示しない複数の軸受を介して、直線往復動自在に支持されている。また、ラックバー8の両端部は、ハウジング9の両側へ突出し、各端部にはそれぞれタイロッド10が結合されている。各タイロッド10は、対応するナックルアーム(図示せず)を介して対応する操向輪11に連結されている。ステアリングホイール2が操作されて、ステアリングシャフト3が回転されると、この回転が、ピニオン歯7aおよびラック歯8aによって、自動車の左右方向に沿うラックバー8の直線運動に変換されて、操向輪11が転舵される。
【0024】
ステアリングシャフト3は、ステアリングホイール2に連なる入力側のアッパーシャフト3aと、ピニオン軸7に連なる出力側のロアーシャフト3bとに分割されており、両シャフト3a、3bは、トーションバー12を介して同一の軸線上で相対回転可能に互いに連結されている。また、トーションバー12には、両シャフト3a、3b間の相対回転変位量から操舵トルクを検出するためのトルクセンサ13が設けられており、このトルクセンサ13のトルク検出結果が、ECU(Electric Control Unit:電子制御ユニット)14に与えられる。
【0025】
ECU14では、トルク検出結果や、図示しない車速センサから与えられる車速検出結果等に基づいて、駆動回路15を介して操舵補助用の電動モータ16を駆動制御する。そして、電動モータ16の出力回転が、減速機17を介して減速されてピニオン軸7に伝達され、ラックバー8の直線運動に変換されて、操舵が補助される。減速機17は、電動モータ16により回転駆動される入力軸としてのウォーム軸(小歯車)18と、このウォーム軸18に噛み合うと共にステアリングシャフト3のロアーシャフト3bに一体回転可能に連結されるウォームホイール(大歯車)19とを備える。
【0026】
上記各部のうち、中間軸5として、前記本発明の伸縮自在シャフトを組み込むことで、本発明のステアリング装置としてのコラム式EPS1が構成される。かかるコラム式EPSは、中間軸5としての伸縮自在シャフトの機能により、当該中間軸5を伸縮させて、ステアリングシャフト3と舵取機構との間の距離を変化させながら、自動車に組み付ける際などに、スライド荷重が高くなりすぎないため、上記作業の作業性を向上することができる。また、組み付け後、コラム式EPSの操舵時に、雄スプライン部51aのキー51bと、雌スプライン部52aのキー溝52bとの噛み合い部に高い面圧が加わっても、油膜切れによるスティックスリップが発生しないため、特に、ステアリングホイール2を戻す際等にスリップ音を生じて、運転者に不快感を与えるのを防止することができる。
【0027】
なお、本発明の構成は、以上で説明した例のものには限定されない。例えば、伸縮自在シャフトは、図1、図2に示した、雄スプライン部51aと雌スプライン部52aとの噛み合いによるものには限定されず、例えば、内軸部材の外周面、および外軸部材の内周面に、それぞれ軸方向に沿う転動溝を形成すると共に、この溝内に、複数のボールを転動自在に配設し、ボールを介して、両軸部材を軸方向に伸縮可能で、かつ、軸を中心とする回転方向に一体回転可能に結合させた、いわゆるボールスプライン式の構造を採用してもよい。
【0028】
この場合にも、上記転動溝内に、本発明の潤滑材組成物を充てんして、転動溝とボールとの間を潤滑させることによって、油膜切れによる、この両者間でのスティックスリップの発生を防止できる上、例えば、伸縮自在シャフトを中間軸としてコラム式EPSに組み込み、伸縮させて、ステアリングシャフトと舵取機構との間の距離を変化させながら、自動車に組み付ける際の作業性を向上することができる。
【0029】
また、本発明の伸縮自在シャフトが中間軸として組み込まれるステアリング装置は、図3に示すコラム式EPS1には限定されず、他の方式のEPSや、操舵補助機能を有さない通常のステアリング装置であってもよい。その他、本発明の要旨を変更しない範囲で、種々の設計変更を施すことができる。
【実施例】
【0030】
実施例1〜5:
基油として、40℃における動粘度が1500mm2/s(実施例1)、2054mm2/s(実施例2)、5548mm2/s(実施例3)、7414mm2/s(実施例4)、または12500mm2/s(実施例5)であるポリαオレイン油をそれぞれ使用すると共に、増ちょう剤としてPTFEを使用し、この両成分を、PTFEの含有割合が45重量%となるように配合して、実施例1〜5の潤滑剤組成物を調製した。
【0031】
比較例1、2:
基油として、40℃における動粘度が1000mm2/s(比較例1)、または13340mm2/s(比較例2)であるポリαオレイン油をそれぞれ使用すると共に、増ちょう剤としてPTFEを使用し、この両成分を、PTFEの含有割合が45重量%となるように配合して、実施例1〜5の潤滑剤組成物を調製した。
【0032】
比較例3:
基油として、40℃における動粘度が3500mm2/sであるポリαオレイン油を使用すると共に、増ちょう剤としてシリカを使用し、この両成分を、シリカの含有割合が30重量%となるように配合して、比較例3の潤滑剤組成物を調製した。
比較例4:
基油として、40℃における動粘度が5000mm2/sであるポリαオレイン油を使用すると共に、増ちょう剤として、Li石けん系増ちょう剤を使用し、この両成分を、Li石けん系増ちょう剤の含有割合が10重量%となるように配合して、比較例4の潤滑剤組成物を調製した。
【0033】
特性試験
図4は、上記各実施例、比較例で調製した潤滑剤組成物の特性を評価するために用いた試験装置の概略を示す図である。図4を参照して、試験装置は、伸縮自在シャフト5を構成する内軸部材51と外軸部材52とを、雄スプライン部51aと雌スプライン部52aとの噛み合い部に、各実施例、比較例で調製した潤滑剤組成物を充てんした状態で、互いに接続し、かつ、内軸部材51の、雄スプライン部51aを設けた側と反対側の端部51cを、トルク計20を介して、図中に実線の矢印で示す軸方向に往復動可能な駆動軸21に接続すると共に、外軸部材52を、駆動軸21の中心軸を中心とする回転方向に回転可能なトルク負荷部材(図示せず)に接続したものである。
【0034】
前記試験装置のトルク負荷部材を、駆動軸21の中心軸を中心とする一方向に回転させることで、内軸部材51と外軸部材52の、雄スプライン部51aと雌スプライン部52aとの噛み合い部に、一定の捩りトルクを加えた状態を維持しながら、駆動軸21を軸方向に往復動させた際に、内軸部材51に加わるスライド荷重を、トルク計を用いて測定すると、図5に示す、内軸部材51の、軸方向のストローク量と、スライド荷重との関係を示すグラフを得ることができる。このグラフから、スライド荷重の、起動時の大きさL1、摺動時の大きさL2、および摺動時の波形を観察して、下記の各特性を評価した。なお、評価は、駆動軸21の往動時(図の横軸より上側)および復動時(横軸より下側)の両方について行った。
【0035】
スライド荷重(起動時):起動時のスライド荷重L1が325N以下のものを良好(○)、前記範囲を超えるものを不良(×)として評価した。
スライド荷重(摺動時):起動時のスライド荷重L1と、摺動時のスライド荷重L2との差ΔLが45N以下のものを良好(○)、前記範囲を超えるものを不良(×)として評価した。
【0036】
スティックスリップの有無:摺動時のスライド荷重の波形が、乱れのないスムースな推移を示したものをスティックスリップなし(○)、波形が乱れたものをスティックスリップあり(×)として評価した。
結果を表1に示す。
【0037】
【表1】

表より、40℃における動粘度が1500mm2/s未満である基油を用いた比較例1の潤滑剤組成物は、増ちょう剤としてPTFEを使用しているにもかかわらず、高荷重が加わった際に、スティックスリップが発生することがわかった。また、40℃における動粘度が13000mm2/sを超える基油を用いた比較例2の潤滑剤組成物は、起動時のスライド荷重L1が大きすぎることから、例えば、当該潤滑剤組成物を充てんした伸縮自在シャフトを中間軸としてコラム式EPSに組み込み、伸縮させて、ステアリングシャフトと舵取機構との間の距離を変化させながら、自動車に組み付ける際などには、その作業性が低下することが推測された。また、基油としては、40℃における動粘度が1500〜13000mm2/sの範囲内にあるものを使用しているものの、PTFE以外の増ちょう剤を使用した比較例3、4の潤滑剤組成物は、共に、高荷重が加わった際に、スティックスリップが発生することがわかった。
【0038】
これに対し、40℃における動粘度が1500〜13000mm2/sの範囲内にある基油を使用すると共に、増ちょう剤としてPTFEを使用した実施例1〜5の潤滑剤組成物は、いずれも、起動時および摺動時のスライド荷重が共に良好な範囲内にあることから、これらの潤滑剤組成物を充てんした伸縮自在シャフトを中間軸としてコラム式EPSに組み込み、伸縮させて、ステアリングシャフトと舵取機構との間の距離を変化させながら、自動車に組み付ける際などには、その作業性を向上できることがわかった。また、実施例1〜5の潤滑剤組成物は、いずれも、高荷重が加わってもスティックスリップが発生しないことも確認された。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の、実施の形態の一例の伸縮自在シャフトを構成する内軸部材の、端部に設けた雄スプライン部を示す斜視図である。
【図2】上記外軸部材と共に伸縮自在シャフトを構成する外軸部材の、端部に設けた筒状の雌スプライン部の一部を切り欠いて示す斜視図である。
【図3】本発明のステアリング装置の、実施の形態の一例としてのコラム式EPSの、概略構成図である。
【図4】各実施例、比較例で調製した潤滑剤組成物の特性を評価するために用いた試験装置の概略を示す図である。
【図5】図4の試験装置を用いて測定される、内軸部材の、軸方向のストローク量と、スライド荷重との関係の一例を示すグラフである。
【符号の説明】
【0040】
1 コラム式EPC(ステアリング装置)
2 ステアリングホイール(操舵部材)
3 ステアリングシャフト
4、6 自在継手
5 伸縮自在シャフト(中間軸)
51 内軸部材
51a 雄スプライン部
52 外軸部材
52a 雌スプライン部
7 ピニオン軸
8 ラックバー
11 操向輪
A ラックアンドピニオン機構

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸方向に伸縮可能で、かつ軸を中心とする回転方向に一体回転可能に結合される一対の軸部材を備える伸縮自在シャフトの、両軸部材間を潤滑するための潤滑剤組成物であって、動粘度が1500〜13000mm2/s(40℃)である基油と、増ちょう剤としてのポリテトラフルオロエチレンとを含有することを特徴とする潤滑剤組成物。
【請求項2】
ポリテトラフルオロエチレンの含有割合が20〜50重量%である請求項1記載の潤滑剤組成物。
【請求項3】
軸方向に伸縮可能で、かつ軸を中心とする回転方向に一体回転可能に結合される一対の軸部材を備えると共に、両軸部材間が、請求項1記載の潤滑剤組成物で潤滑されることを特徴とする伸縮自在シャフト。
【請求項4】
操舵部材と、操舵部材に連結されるステアリングシャフトと、ステアリングシャフトに自在継手を介して連結される中間軸と、中間軸に自在継手を介して連結されるピニオン軸を含み、ピニオン軸の回転をラックバーの直線運動に変換して、操向輪を転舵させるラックアンドピニオン機構とを有するステアリング装置であって、中間軸として、請求項3記載の伸縮自在シャフトを組み込むことを特徴とするステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−238767(P2007−238767A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−63178(P2006−63178)
【出願日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】