説明

潤滑剤組成物及び転がり軸受

【課題】基油をゲル化剤で増ちょうした潤滑剤組成物に添加される添加剤を特定して、ネットワークの再形成を早期に回復させ、適用箇所における潤滑を長期間維持することを目的とする。
【解決手段】基油と、ゲル化剤と、1000Hz時の比誘電率が1000以上である防錆剤及び摩耗防止剤の少なくとも1種とを含有する潤滑剤組成物、並びに前記潤滑剤組成物を封入した転がり軸受。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基油をゲル化剤で増ちょうした潤滑剤組成物、並びに前記潤滑剤組成物を封入した転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、各種機器や装置の回転部位を支持するための転がり軸受では、潤滑のために、基油をゲル化剤で増ちょうした潤滑剤組成物が使用されることがある。ゲル化剤としては、アミノ酸系ゲル化剤やベンジリデンソルビトール系ゲル剤等が使用されている。これらゲル化剤では、ネットワーク形成要因が水素結合力であるが、水素結合力は弱い結合力であるため、せん断力が付与されると容易に結合が切れてゲル化剤が基油中に分散し、粘性が大きく低下する。また、せん断力が無くなると、水素結合が点と点とで形成されて速やかにネットワークを再形成して粘性を回復するようになる。ゲル剤のこのような作用を利用して、本出願人も特許文献1〜3等を出願している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2011−26432号公報
【特許文献2】特開2010−209129号公報
【特許文献3】特開2010−196727号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
潤滑剤組成物には、各種の添加剤が添加されるのが一般的であるが、添加剤の種類によっては、ゲル化剤によるネットワークの再形成に時間がかかり、粘性が早期に回復せず、適用箇所や軸受から漏洩しやすくなり、安定した潤滑が長期に渡り維持できなくなる場合がある。
【0005】
そこで本発明は、基油をゲル化剤で増ちょうした潤滑剤組成物に添加される添加剤を特定して、ネットワークの再形成を早期に回復させ、適用箇所における潤滑を長期間維持することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために本発明は、下記の潤滑剤組成物及び転がり軸受を提供する。
(1)基油と、ゲル化剤と、1000Hz時の比誘電率が1000以上である防錆剤及び摩耗防止剤の少なくとも1種とを含有することを特徴とする潤滑剤組成物。
(2)内輪と外輪との間に、保持器により複数の転動体を回動自在に保持してなり、かつ、上記(1)記載の潤滑剤組成物を封入したことを特徴とする転がり軸受。
【発明の効果】
【0007】
本発明の潤滑剤組成物は、基油をゲル化剤で増ちょうしたものであるが、比誘電率の高い防錆剤や摩耗防止剤を添加したことにより、ゲル化剤のネットワークの再形成を早期に回復させることができ、適用箇所における潤滑を長期間維持できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明に関して詳細に説明する。
【0010】
本発明の潤滑剤組成物は、基油をゲル化剤で増ちょうし、更に1000Hz時の比誘電率が1000以上である防錆剤及び摩耗防止剤の少なくとも1種を添加したものである。
【0011】
(ゲル化剤)
ゲル化剤としては、アミノ酸系ゲル化剤及びベンジリデンソルビトール系ゲル化剤が好ましく、それぞれ単独で、もしくは両者を混合して使用する。
【0012】
アミノ酸系ゲル化剤としては、基油中に分散させてゲルを形成できるものであれば制限はないが、N−2−エチルヘキサノイル−L−グルタミン酸ジブチルアミド、N−ラウロイル−L−グルタミン酸−α,γ−n−ジブチルアミド等が好適である。また、これらを併用してもよい。
【0013】
ベンジリデンソルビトール系ゲル化剤としては、基油中に分散させてゲルを形成できるものであれば制限はないが、ベンジリデンソルビトール、ジトリリデンソルビトール、非対称のジアルキルベンジリデンソルビトール等が好適である。また、これらを併用してもよい。
【0014】
また、アミノ酸系ゲル化剤とベンジリデンソルビトール系ゲル化剤とを併用する場合は、アミノ酸系ゲル化剤:ベンジリデンソルビトール系ゲル化剤=20〜80:80〜20の配合比とすることが好ましく、40〜60:60〜40の配合比とすることがより好ましい。アミノ酸系ゲル化剤とベンジリデンソルビトール系ゲル化剤とを併用することにより相乗効果が得られるが、上記の配合比から外れると相乗効果が低くなり、粘性回復の向上度合が低下する。
【0015】
アミノ酸系ゲル化剤及びベンジリデンソルビトール系ゲル化剤の配合量は、それぞれ単独で使用した場合も、両者を併用した場合も、潤滑剤組成物全量の2〜8質量%とすることが好ましく、3〜6質量%とすることがより好ましい。ゲル化剤の配合量が2質量%未満では、潤滑剤組成物が初期から柔らかすぎて適用箇所から漏洩しやすくなる。一方、ゲル化剤の配合量が8質量%を超えると、潤滑剤組成物の初期ちょう度が硬くなりすぎるため、ハンドリングが悪くなり、更にはせん断を付与しても油状に流動せず、適用箇所に基油が行き渡らずに潤滑性が悪くなる。
【0016】
(基油)
基油は、ゲル化剤を溶解でき、ゲル化剤によりゲル化される潤滑油であれば制限は無く、鉱油系、合成油系または天然油計の潤滑剤を目的に応じて選択することができる。鉱油系潤滑油としては、減圧蒸留、油剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、水素化精製等を適宜組み合わせて精製したものが好ましい。合成油系潤滑油としては、炭化水素系油、芳香族系油、エステル系油、エーテル系油等が挙げられる。天然油系潤滑油としては、牛脂、豚脂、大豆油、菜種油、米ぬか油、ヤシ油、パーム油、パーム核油等の油脂系油またはこれらの水素化物が挙げられる。これらの基油はそれぞれ単独でも、2種以上を混合して使用することもできる。これらの潤滑油の中でも、せん断付与後の粘性の回復性を考慮すると、エステル系油が最も好適である。
【0017】
また、基油の動粘度は、潤滑性や低トルク等を考慮すると10〜400mm/s(40℃)が好ましく、20〜200mm/s(40℃)がより好ましい。
【0018】
(添加剤)
防錆剤及び摩耗防止剤は、共に1000Hz時の比誘電率が1000以上であれば制限はない。例えば、摩耗防止剤としてはジフェニルハイドロゲンフォスファイトやモノn−オクチルホスフェート、防錆剤としてはジエチルホスホノ酢酸、ジアルキルスルホコハク酸ナトリウム等が挙げられる。これら防錆剤及び摩耗防止剤は、それぞれ単独でもよく、両者を併用してもよい。尚、防錆剤及び摩耗防止剤の添加量は、本発明の目的を損なわない程度であれば特に限定されるものではない。
【0019】
防錆剤や摩耗防止剤は、化学構造的に極性部位以外に無極性部位を多数有するものが多い。そして、ゲル化剤が存在していると、防錆剤や摩耗防止剤はゲル化剤に吸着した状態となり、その際に極性部位をゲル化剤側に向け、無極性部位が基油側を向くように吸着する。そのため、ゲル化剤は、表面を防錆剤や摩耗防止剤の無極性部位で取り囲まれた形となり、水素結合力を形成し難くなり、せん断により分散したゲル化剤がネットワークを再形成するのに時間がかかり、粘性の回復性が低下する。これに対し1000Hz時の比誘電率が1000以上の防錆剤や摩耗防止剤は、ゲル化剤に吸着しても、吸着していない部位に極性部位を多数有し、それらが水素結合を形成することでネットワークが再形成され、粘性が早期に回復するようになる。
【0020】
(製造方法)
本発明の潤滑剤組成物を製造する方法には、先ず、基油にゲル化剤を所定量添加し、ゲル化剤が完全に溶解するまで加熱攪拌する。次いで、予め水冷したアルミニウム製バットに流し込み、バットを冷水で冷却する。そして、ゲル状に硬化した硬化物に防錆剤、摩耗防止剤を所定量添加し、撹拌後、3本ロールミルにかけて混練して潤滑剤組成物を得る。
【0021】
(転がり軸受)
上記した本発明の潤滑剤組成物は、増ちょう性を有し、かつ、早期に粘性を回復するため、転がり軸受に封入して使用することも好適であり、長寿命の転がり軸受となる。尚、転がり軸受自体の構成には制限はない。
【実施例】
【0022】
以下に、実施例及び比較例により本発明を更に説明するが、本発明はこれにより何ら限定されるものではない。
【0023】
(実施例1〜3、比較例1〜5)
表1に示すように、基油にゲル化剤を表記の量添加し、ゲル化剤が完全に溶解するまで加熱攪拌した後、予め水冷したアルミニウム製バットに流し込み、バットを冷水で冷却してゲル状の硬化物を得た。そして、硬化物に防錆剤または摩耗防止剤を表記の量添加し、撹拌後、3本ロールミルにかけて潤滑剤組成物を得た。
【0024】
そして、各潤滑剤組成物について、せん断を付与する前の不混和ちょう度(せん断前不混和ちょう度)を測定した。また、各潤滑剤組成物に、自転−公転式攪拌機により自転1370r/min、公転1370r/minにて3分間攪拌してせん断を加えた後、不混和ちょう度(せん断後不混和ちょう度)を測定した。更に、せん断付与後、40℃で1時間放置した後、不混和ちょう度(放置後不混和ちょう度)を測定した。そして、下記式から、粘性回復率を求めた。この粘性回復率は、せん断付与後1時間経過したときに何%まで粘性が回復したかを示した値であり、この値が高い潤滑剤組成物ほど粘性が回復しやすいことを示している。粘性回復率が100%では、1時間でせん断付与前のちょう度まで回復していることを示す。また、添加剤を添加しない潤滑剤組成物の粘性回復率は100%である。結果を表1及び図1に併記する。
【0025】
【数1】

【0026】
【表1】

【0027】
表1の実施例から、1000Hz時の比誘電率が1000以上の防錆剤または摩耗防止剤を添加することにより、粘性回復率がほぼ100%であり、粘性の回復が早いことがわかる。特に、実施例1、2のように、アミノ酸系ゲル化剤とベンジリデンソルビトール系ゲル化剤とを併用することにより、両者の相乗効果により、粘性の回復がより早まることがわかる。
【0028】
これに対し比較例では、1000Hz時の比誘電率が1000未満の防錆剤を添加したため、粘性の回復が遅くなっている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油と、ゲル化剤と、1000Hz時の比誘電率が1000以上である防錆剤及び摩耗防止剤の少なくとも1種とを含有することを特徴とする潤滑剤組成物。
【請求項2】
内輪と外輪との間に、保持器により複数の転動体を回動自在に保持してなり、かつ、請求項1記載の潤滑剤組成物を封入したことを特徴とする転がり軸受。

【図1】
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【公開番号】特開2013−18941(P2013−18941A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−155753(P2011−155753)
【出願日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】