説明

潤滑性を有する医療用具およびその製造方法

【課題】 金属からなる医療用具の基材に対して湿潤時に優れた潤滑性を備えるとともに、剥離耐久性や非溶出性が高い湿潤潤滑被膜を備える潤滑性を有する医療用具およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 金属からなる医療用具の基材にビスフェノールA型エポキシ樹脂からなる中間被膜を被覆し、さらにその上にメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体とポリエーテルブロックアミドとのポリマーアロイをアルカリ処理して生成した湿潤潤滑被膜を被覆した、潤滑性を有する医療用具であり、その製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガイドワイヤーなど金属からなる医療用具の表面に湿潤時に潤滑性を発現する被膜を備える潤滑性を有する医療用具およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
医療用具の中には、カテーテルの挿入を補助するために使用されるガイドワイヤーや針のように、血管、気道、尿道その他体腔または組織内に挿入したり留置したりするものがある。このような医療用具の挿入時には、粘膜を損傷したり炎症を引き起こしたりすることを避け、また治療を受ける患者の苦痛を軽減するために医療用具の表面が滑りやすいことが要求されている。
【0003】
このため、摩擦抵抗を少なくし滑りやすくする工夫として表面にシリコーンオイル、グリセリン等を塗布して潤滑性を付与させた医療用具がある。この医療用具は、シリコーンオイル等を含む溶液に対して医療用具をディッピングしたり、シリコーンオイル等をスプレーしたりすることで簡単に製造でき、このため幅広い分野の医療用具に適用されてきた。
【0004】
また、合成樹脂からなるカテーテルのような医療用具の中には、その基材表面にメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体とポリエーテルブロックアミドとを有機溶媒に溶解した混合溶液を塗布して形成した被膜を有し、湿潤時において優れた潤滑性を発現するものがある(例えば、特許文献1参照)。これによれば、医療用具を体腔や体内組織等に挿入すると体内の水分により医療用具の表面が湿潤化する。そして、医療用具の表面のうち被膜の形成された部分がぬるぬるするような潤滑性を発現するようになり、医療用具の表面がすべりやすくなる。これにより、医療用具の体腔等への挿入時に医者等の術者が容易に医療用具を挿入できるようになった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−017536号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、シリコーンオイル、グリセリン等の塗布により潤滑性を付与した医療用具では、塗布前に比べ医療用具の滑りは良くはなるものの、医者等の術者が体腔や組織内に対して医療用具をスムーズに挿入できるような潤滑性を備えさせることができなかった。また、これらの医療用具では潤滑性を有する部分を手で擦ると塗布物が簡単に取れてしまい、潤滑性の剥離耐久性が必要とされる医療用具にはこれらの塗布物による潤滑性の付与は適していなかった。
【0007】
また、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体とポリエーテルブロックアミドとを有機溶媒に溶解した混合溶液を塗布して形成した被膜は、カテーテルのように合成樹脂からなる基材に対しては剥離耐久性や生理食塩水、血液、体液等への留置時における非溶出性を有し長期間に渡って潤滑性を保持することができるが、ガイドワイヤーのように金属からなる基材に対しては、被膜の金属への密着性が幾分低くなり、この結果多数回の使用や長期間の使用をした場合、潤滑被膜が剥がれたり生理食塩水等に溶出したりして潤滑性が低下することがあった。
【0008】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたもので、ガイドワイヤーなど金属からなる医療用具の表面に対して湿潤時に優れた潤滑性を長期間発現させることができ、また、剥離耐久性および非溶出性に優れた被膜を備えた潤滑性を有する医療用具およびその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するため本発明に係る潤滑性を有する医療用具の構成上の特徴は、金属からなる医療用具の基材と、基材表面の少なくとも一部を被覆し、ビスフェノールA型エポキシ樹脂プレポリマーとポリアミドアミン型硬化剤との反応により生成したビスフェノールA型エポキシ樹脂からなる中間被膜と、中間被膜上に形成し、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体とポリエーテルブロックアミドとのポリマーアロイをアルカリ処理して生成した湿潤潤滑被膜とを備えたことにある。
【0010】
また、本発明に係る潤滑性を有する医療用具の他の構成上の特徴は、基材を構成する金属をステンレスとすることにある。
【0011】
また、本発明に係る潤滑性を有する医療用具の他の構成上の特徴は、基材をガイドワイヤーとすることにある。
【0012】
また、本発明に係る潤滑性を有する医療用具の製造方法の構成上の特徴は、金属からなる医療用具の基材表面の少なくとも一部に、ビスフェノールA型エポキシ樹脂プレポリマーとポリアミドアミン型硬化剤をキシレンと1−ブタノールとの混合液で溶解した中間被膜被覆用混合溶液を塗布し、さらに加熱してビスフェノールA型エポキシ樹脂からなる中間被膜を形成する工程と、中間被膜上にメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体のアセトン溶液とポリエーテルブロックアミドのテトラヒドロフラン溶液との混合溶液からなる湿潤潤滑被膜形成用混合溶液を塗布し、さらにアルカリ処理して湿潤潤滑被膜を形成する工程を含むことにある。
【0013】
また、本発明に係る潤滑性を有する医療用具の製造方法の他の構成上の特徴は、基材を構成する金属をステンレスとすることにある。
【0014】
また、本発明に係る潤滑性を有する医療用具の製造方法の他の構成上の特徴は、基材をガイドワイヤーとすることにある。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る潤滑性を有する医療用具によれば、湿潤時において湿潤潤滑被膜が優れた潤滑性を有するため、基材表面が滑りやすく医療用具をスムーズに体腔や組織へ挿入することが可能となる。その結果、医者等の術者にとって医療用具の挿入手技が容易になる。それとともに、医療用具を挿入する際に医療用具に過剰な力を加えることなく挿入することができるようになり、体内の挿入部以外の箇所を損傷するおそれが低減するなど安全性が高まるようになる。
【0016】
この潤滑性を有する医療用具は中間被膜を有しており、この中間被膜は金属からなる基材への接着性が高くかつ湿潤潤滑被膜との結合性が高い。よって、湿潤潤滑被膜の剥離耐久性が高くなりかつ血液や体液等への留置時における非溶出性も高まるようになる。これにより、金属からなる医療用具の基材表面の潤滑性が持続することで、長期間や繰り返しの使用が必要な場合においても新しいものに取り換えることなく、使い続けることができるようになる。
【0017】
特に、潤滑性を有する医療用具を構成する金属がステンレスの場合において、中間被膜の基材への接着性が高まり、湿潤潤滑被膜の剥離耐久性や非溶出性がより高まる。さらに、医療用具の基材がガイドワイヤーの場合においては、湿潤潤滑被膜を有することで、体腔や組織内等での挿入性、押し込み性、追随性および耐キンク性並びにそれらの持続性が高まるようになり、湿潤潤滑被膜の適用が有効に働く。特に、ガイドワイヤーの挿入先の血管が蛇行していたり、目的留置部位への距離が長かったりする場合でも、途中で潤滑性が喪失することなくスムーズにガイドワイヤーを挿入できるようになり、術者にとって操作性や作業性が高まることになる。
【0018】
また、本発明に係る潤滑性を有する医療用具の製造方法によれば、金属からなる医療用具の表面に湿潤時において優れた潤滑性を備え、かつ、湿潤潤滑被膜の剥離耐久性や非溶出性が高い医療用具を製造することができる。特に、潤滑性を有する医療用具を構成する金属がステンレスの場合において、また、潤滑性を有する医療用具の基材がガイドワイヤーの場合において、潤滑性に富み、湿潤潤滑被膜の剥離耐久性や非溶出性が優れた医療用具を製造することが有効になる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明による潤滑性を有する医療用具は、金属からなる医療用具の基材と、基材表面の少なくとも一部を被覆し、ビスフェノールA型エポキシ樹脂プレポリマーとポリアミドアミン型硬化剤との反応により生成したビスフェノールA型エポキシ樹脂からなる中間被膜と、中間被膜上に形成し、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体とポリエーテルブロックアミドとのポリマーアロイをアルカリ処理して生成した湿潤潤滑被膜とを備えることに特徴を有している。
【0020】
エポキシ樹脂は、分子内に2つ以上のオキシラン環(エポキシ基)を有する化合物の総称であり、エポキシ樹脂プレポリマーと硬化剤の反応により生成される。本発明においては、エポキシ樹脂プレポリマーにビスフェノールA型エポキシ樹脂プレポリマーを、硬化剤にはポリアミドアミン型硬化剤を用いている。ビスフェノールA型エポキシ樹脂プレポリマーはビスフェノールAとエピクロロヒドリン(2−クロロメチルオキシラン)から合成するものであり、本発明の中間被膜を生成するための材料として用いられる。
【0021】
ポリアミドアミンは、ダイマー酸とポリアミンの縮合反応により生成するものであり、分子中に反応性の第一級アミノ基と第二級アミン基を有するものの総称である。このビスフェノールA型エポキシ樹脂プレポリマーとポリアミドアミン型硬化剤が縮合反応してビスフェノールA型エポキシ樹脂が生成される。ビスフェノールA型プレポリマーとポリアミドアミン型硬化剤の混合比率は、ビスフェノールA型エポキシ樹脂として生成されかつ十分に硬化可能なものであれば、いずれであっても良い。
【0022】
中間被膜被覆用混合溶液は、ビスフェノールA型プレポリマーとポリアミドアミン型硬化剤をキシレンと1−ブタノールとの混合溶液に溶解して希釈することで生成される。キシレンと1−ブタノールの混合溶液はビスフェノールA型プレポリマーとポリアミドアミン型硬化剤の溶解性に優れており短時間で溶解可能であるとともに、ビスフェノールA型プレポリマーとポリアミドアミン型硬化剤の反応を良好に進行させることが可能な溶媒である。
【0023】
ビスフェノールA型エポキシ樹脂からなる中間被膜の金属からなる医療用具への被覆は、中間被膜被覆用混合溶液を金属からなる医療用具の基材表面に塗布し加熱することでなされる。中間被膜被覆用混合溶液の医療用具の基材表面への塗布方法としては、中間被膜被覆用混合溶液の中に、医療用具をゆっくりと浸漬し、その後基材をゆっくりと引き上げる、ディッピングの処理が望ましい。これにより、医療用具の基材表面の必要箇所にほぼ均一の厚さで中間被膜を塗布することが可能となる。なお、中間被膜被覆用混合溶液の医療用具への塗布は、ディッピングでなくても、例えば、刷毛を用いて医療用具の基材表面に塗ったり、スプレー状にして医療用具の基材表面に吹き付けたりしても良く、いずれの方法であっても良い。
【0024】
そして、中間被膜被覆用混合溶液を塗布した医療用具の基材は、50℃から100℃の範囲内の温度で加熱処理される。これにより中間被膜被覆用混合溶液のビスフェノールA型プレポリマーとポリアミドアミン型硬化剤が反応しビスフェノールA型エポキシ樹脂が生成される。さらに溶媒が除去され、これらの結果、医療用具の基材表面には、ビスフェノールA型エポキシ樹脂の被膜が形成される。なお、加熱温度は高温によるガイドワイヤーの変形を防ぐため、50℃から100℃の範囲内にすると良いが、特に70℃から90℃の範囲内が好ましい。また、加熱時間は特に定めるものではなく、加熱温度との兼ね合いで決められる。加熱温度が70℃から90℃の範囲内であれば、2〜4時間程度の加熱時間が望ましい。
【0025】
メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体は、メチルビニルエーテルと無水マレイン酸が共有結合したものをモノマーユニットとして重合した共重合体であり、アルコール、エステル、ケトン、グリコールエーテル等に対して溶解する性質を有する。本発明においては、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体をアセトンに溶解してメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体アセトン溶液として用いている。また、溶解する濃度は0.5〜5重量%が適しており、さらには1〜3重量%が好ましい。
【0026】
ポリエーテルブロックアミドは、ハードセグメントからなるポリアミドとソフトセグメントからなるポリエーテルを共有結合したものをモノマーユニットとして重合した共重合体である。ポリアミドやポリエーテルが様々な分子構造を取りうるため、豊富な種類のポリエーテルブロックアミドが存在する。ポリエーテルブロックアミドは、テトラヒドロフラン(以下、「THF」と記す。)やシクロヘキサノン等のケトン、等に対して溶解する性質を有する。本発明においてはポリエーテルブロックアミドをTHFに溶解することで使用するが、上記のように溶解可能なものであれば溶媒はいずれであっても良い。また溶解する濃度は0.5〜5重量%が適しており、さらには1〜3重量%が好ましい。
【0027】
湿潤潤滑被膜形成用混合溶液は、上記した方法で調製したメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体のアセトン溶液とポリエーテルブロックアミドのTHF溶液を混合して作製される混合溶液からなる。メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体のアセトン溶液とポリエーテルブロックアミドのTHF溶液の混合比率は、10:1〜1:10の重量比から選択できるが、3:1〜1:3の重量比であることが好ましい。
【0028】
メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体とポリエーテルブロックアミドからなる湿潤潤滑被膜の医療用具の基材表面への形成は、湿潤潤滑被膜形成用混合溶液を、中間被膜を被覆後の医療用具に塗布して乾燥し、さらにアルカリ処理および乾燥することでなされる。湿潤潤滑被膜形成用混合溶液の医療用具の基材表面への塗布方法としては、中間被膜被覆用混合溶液の塗布と同様、ディッピング処理が望ましい。これにより、医療用具の基材表面にほぼ均一の厚さで湿潤潤滑被膜を塗布することが可能となる。なお、この方法において、医療用具の一部にのみ中間被膜が被覆されている場合、被覆されていない箇所にも同時に湿潤潤滑被膜を形成させることになる。
【0029】
また、湿潤潤滑被膜形成用混合溶液の医療用具の基材表面への塗布は、中間被膜被覆用混合溶液の塗布と同様、ディッピング処理に限らずいずれの方法であっても良く、例えば、刷毛を用いて医療用具の基材表面に塗ったり、スプレー状にして医療用具の基材表面に吹き付けたりしても良い。これらの方法では、医療用具の基材における中間被膜が被覆されている箇所にのみ選択的に湿潤潤滑被膜を形成させることが可能となる。
【0030】
そして、湿潤潤滑被膜形成用混合溶液を塗布した医療用具の基材は、室温から100℃の範囲内の乾燥温度で乾燥処理され、溶媒が除去される。これより、医療用具の基材表面には、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体とポリエーテルブロックアミドがポリマーアロイとなった被膜が形成される。このポリマーアロイは、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体とポリエーテルブロックアミドとがマクロに相溶している状態となって生成されている。なお、乾燥温度は室温から100℃の範囲内であればいずれでもよいが、70℃から90℃の範囲内が好ましい。また、乾燥時間は特に定めるものではなく、乾燥温度との兼ね合いで決められる。乾燥温度が70℃から90℃の範囲内であれば、2〜4時間程度の乾燥時間が望ましい。
【0031】
ポリマーアロイからなる被膜は、アルカリ処理を行った後水洗いし、さらに乾燥させることで、湿潤潤滑被膜となる。このアルカリ処理は、水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等のアルカリ塩の水溶液に、ポリマーアロイからなる被膜を形成後の医療用具を、ディッピング処理することでなされる。アルカリ処理をすることで、ポリマーアロイのうち、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体における無水カルボキシル基が、アルカリ金属と中和反応しアルカリ塩化する。これにより、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体アルカリ塩に水分が触れた際、カルボン酸塩がイオン化し、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体による潤滑性が発現されることになる。なお、アルカリ処理の水溶液は、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体のアルカリ塩が生成できれば、いずれでも良いが、水酸化ナトリウムが最も好ましい。また、その濃度は、0.01規定から1規定までの範囲の濃度の水溶液であれば良く、0.1規定程度が好ましい。
【0032】
水洗は、アルカリ処理後に不要なアルカリ処理時の水溶液を洗い流すために行われるものであり、蒸留水の流水で洗い流すことが好ましい。アルカリ処理後の乾燥温度は室温で良い。これらにより、湿潤潤滑被膜が生成され、医療用具の基材表面に形成される。
【0033】
これらの方法により、金属からなる医療用具の基材表面に中間被膜とその上の湿潤潤滑被膜を備えた医療用具は作製されるが、これらの被膜を形成する医療用具の製造方法を、順に記すと以下の通りとなる。
(1)ビスフェノールA型エポキシ樹脂プレポリマーとポリアミドアミン型硬化剤をキシレンと1−ブタノールとの混合液で溶解して中間被膜被覆用混合溶液を作製する。
(2)この中間被膜被覆用混合溶液に基材をディッピングする。
(3)中間被膜被覆用混合溶液を塗布した基材を50℃から100℃までの範囲内の加熱温度で加熱処理し溶媒を除去して、ビスフェノールA型エポキシ樹脂からなる中間被膜を形成する。
(4)次に、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を有機溶媒であるアセトンに、また、ポリエーテルブロックアミドを有機溶媒であるTHFにそれぞれ溶解し、両者を混合して湿潤潤滑被膜形成用混合溶液を作製する。
(5)中間被膜を塗布した基材表面に、ディッピングにより湿潤潤滑被膜形成用混合溶液を被覆する。
(6)塗布した基材を室温から100℃までの範囲内の乾燥温度で乾燥処理して溶媒を除去し、基材表面にポリエーテルブロックアミドとメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体とのポリマーアロイからなる被膜を形成する。
(7)湿潤潤滑被膜が形成された基材を例えば水酸化ナトリウム水溶液にディッピングして中和のためのアルカリ処理を行い、その後水洗いをして乾燥し基材に湿潤潤滑被膜を生成した医療用具を得る。
【0034】
このように構成した医療用具では、中間被膜として、ビスフェノールA型エポキシ樹脂が用いられるが、ビスフェノールA型エポキシ樹脂は化学構造として強固な接着性を実現する官能基を有するため、硬化した際には金属からなる基材に対して高い強度の接着性を持って形成される。これより、金属からなる基材から剥がれにくい中間被膜が得られる。
【0035】
そして、湿潤潤滑被膜の成分として、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体をアルカリ処理したものが用いられる。メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体の働きにより、生理食塩水や血液、体液等で医療用具が湿潤状態になった際に、医療用具の表面のうち湿潤潤滑被膜が形成された部分がぬるぬると滑るような優れた潤滑性を発現するようになる。
【0036】
また、同じく湿潤潤滑被膜の成分として、ポリエーテルブロックアミドが用いられる。このポリエーテルブロックアミドはビスフェノールA型エポキシ樹脂と強固に結合する。これにより、ポリエーテルブロックアミドがメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体とポリマーアロイ化し、ポリエーテルブロックアミドがバインダーとなってメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を中間被膜に強固に結合させることができるようになる。この結果、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体を成分とする湿潤潤滑被膜は中間被膜から剥離しにくくしなり、中間被膜もまた基材となる金属から剥がれにくくなる。よって、湿潤潤滑被膜自体が金属からなる医療用具の基材表面から剥がれにくくなる。
【0037】
そして、ポリエーテルブロックアミドが同じくビスフェノールA型エポキシ樹脂と強固に結合することで、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体が湿潤潤滑被膜から生理食塩水や血液、体液等に溶出したりすることがしにくくしなり、潤滑性を長時間持続させることができるようになる。金属からなる基材と湿潤潤滑被膜の間に中間被膜を有する方が、湿潤潤滑被膜を金属からなる基材に対して直に被膜を形成した場合に比べ、密着性の高い湿潤潤滑被膜を得ることができるようになるのである。
【0038】
以上のように、本発明は、簡単な処理工程によって、潤滑性に富みかつ剥離耐久性および非溶出性に優れた湿潤潤滑被膜を基材の表面に備えた、金属からなる医療用具を得ることができるので、医者等の術者が医療用具をスムーズに体腔や組織へ挿入することが可能となり、医者等の術者にとって、医療用具の挿入手技を容易にさせることができるようになる。それとともに、医者等の術者が医療用具を挿入する際に医療用具に過剰な力を加えることなく挿入することができるようになり、体内の挿入部以外の箇所を損傷するおそれが低減するなど安全性が高まるようになる。
【0039】
なお、本発明における中間被膜は、基材となる金属からなる医療用具の一部を被覆しても全部を被覆しても良い。要は、基材のうち被覆が必要な部分にのみ被覆されれば良い。また、湿潤潤滑被膜も同じく、中間被膜が被覆された部分のうち一部に形成されても全部に形成されても良い。
【0040】
本発明における金属からなる医療用具の基材を構成する材料としては、ステンレス、鉄、銅、アルミニウム等様々な金属が挙げられるが、特に、ステンレスの場合において、中間被膜を介して湿潤潤滑被膜の基材への結合性が高まり、潤滑性が有効に働く。
【0041】
本発明における金属からなる医療用具の基材としては、ガイドワイヤー、針、スタイレット等が様々なものが挙げられるが、特にガイドワイヤーの場合に潤滑性が最も有効に働き、体腔や組織内等での挿入性、押し込み性、追随性および耐キンク性並びにそれらの持続性が高まるようになる。
【0042】
また、本発明においては、中間被膜としてビスフェノールA型エポキシ樹脂プレポリマーとポリアミドアミン型硬化剤を加熱して生成されるビスフェノールA型エポキシ樹脂を、また、湿潤潤滑被膜として、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体とポリエーテルブロックアミドとのポリマーアロイをアルカリ処理して形成したものを挙げているが、それぞれの被膜はこれらの材料のみから構成されるものの限定されず、これらの材料を含む材料より構成されるものであっても良い。つまり、本発明において、上記の材料に他の材料が加えられて構成されていても何ら障害になることはない。
【0043】
本発明の特徴事項は、実施の形態で説明した内容に限定するものでなく、本発明の技術範囲内で適宜変更が可能である。
【実施例】
【0044】
こうして得られた潤滑性を有する医療用具の被膜の初期潤滑性、擦過後潤滑性、温水浸漬後潤滑性について、以下に実施例を用いて説明する。
(実施例)
まず、キシレンと1−ブタノールを2:1の重量比となるように混合した溶媒を作成した。そしてこの混合溶媒にビスフェノールA型エポキシ樹脂プレポリマー(商品名:EPICLON 1050−70X(DIC社製)、エポキシ当量:450−500(g/eq)、粘度:X−Z(25℃、ガードナー)、不揮発分69−71(重量%))とポリアミドアミン型硬化剤(商品名:ラッカマイド M−153−IM−165(DIC社製)、活性水素当量:472(g/eq)、粘度:Z−Z(25℃、ガードナー)、不揮発分:64−66(重量%))が1.5:1の重量比となるようにそれぞれ加えて溶解し、全体として7倍になるように希釈して中間被膜被覆用混合溶液を作製した。
【0045】
この中間被膜被覆用混合溶液に金属からなる医療用具の基材を浸漬後直ちに引き上げ、その後80℃のオーブンにて3時間加熱した。これにより、ビスフェノールA型エポキシ樹脂が生成され、基材に対してビスフェノールA型エポキシ樹脂からなる中間被膜が塗布され形成された。なお、基材としては、ステンレスSUS304V製の金属芯線で、直径が0.035インチ(0.89mm)のガイドワイヤーを用いた。
【0046】
次に、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体(商品名:Gantrez
AN−169、ISP(INTERNATIONAL SPECIALTY PRODUCTS)社製)2重量%アセトン溶液と、ポリエーテルブロックアミド(商品名:Pebax
2533SA、ATOCHEM社製)2重量%THF溶液とを1.5:1の重量比で混合した湿潤潤滑被膜形成用混合溶液を作製した。この湿潤潤滑被膜形成用混合溶液中に中間被膜を被覆した基材を浸漬して塗布し、引き上げ後80℃のオーブンにて3時間乾燥した。
【0047】
そして、この基材を0.1規定の水酸化ナトリウム水溶液に3分間浸漬してアルカリ処理し、引き上げ後水洗いをし、さらに、乾燥させて基材表面に中間被膜を介して湿潤潤滑被膜を形成させた。
【0048】
(比較例1)
比較例1として、実施例と同一の基材に中間被膜を被覆させることなく、実施例と同一の湿潤潤滑被膜を形成する処理をした。つまり、中間被膜が被覆されていない実施例と同一の基材をそのまま実施例と同じ湿潤潤滑被膜形成用混合溶液中に浸漬し、同一の乾燥処理とアルカリ処理をして基材表面に湿潤潤滑被膜を形成した。
【0049】
(比較例2)
比較例2として、実施例と同一の基材に対して、以下の中間被膜を形成した。溶媒としてはシンナーを用い、ビスフェノールA型でないエポキシ樹脂プレポリマー(商品名:プールコートマイルド非鉄金属用プライマー主剤(大同塗料社製)、ポリアミドアミン型でない硬化剤(商品名:プールコートマイルド非鉄金属用プライマー硬化剤(大同塗料社製)が4:1の重量比となるようにシンナーに加えて溶解し、全体として5倍になるように希釈して中間被膜被覆用混合溶液を作製した。基材をこの中間被膜被覆用混合溶液に対して実施例と同じ方法にて塗布して被覆した後、さらに、実施例と同じ方法にて湿潤潤滑被膜を形成する処理をした。
【0050】
比較例3では、中間被膜を形成する材料として、アクリルシリコーン樹脂を使用したガイドワイヤーを作製した。実施例と同一の基材に対して、以下の中間被膜を形成した。アクリルシリコーン樹脂溶液(商品名:パーフェクトプライマーPP201−A(エーティーアール社製))とアクリルシリコーン樹脂溶液(商品名:パーフェクトプライマーPP201−B(エーティーアール社製))を1:1の重量比で混合し、混合液を得た。この混合液を中間被膜被覆用混合溶液とした。基材をこの中間被膜被覆用混合溶液に対して実施例と同じ方法にて塗布して被覆した後、さらに、実施例と同じ方法にて湿潤潤滑被膜を形成する処理をした。
【0051】
(表面潤滑性試験)
実施例および比較例1〜3で処理した各ガイドワイヤーについて、初期潤滑性、擦過後潤滑性、温水浸漬後潤滑性を試験した。なお、初期潤滑性試験は、形成した湿潤潤滑被膜が潤滑性を有することを確認するための試験である。
【0052】
また、擦過後潤滑性試験は、ガイドワイヤーを例えば血管内に挿通して挿抜操作を繰り返し行うことを想定し、ガイドワイヤーに一定の応力が加えられた状態でのガイドワイヤーの使用に対しても、潤滑性を持続できるという剥離耐久性を確認するための試験である。さらに温水浸漬後潤滑性試験は、ガイドワイヤーを例えば血管内に挿通して体内で血液に長時間接触した場合でも被膜の表面潤滑性が持続されるとともに、被膜成分が溶出しないという非溶出性を確認するための試験である。
【0053】
評価はガイドワイヤーを指の腹で往復させるように滑らせ、感じる潤滑性を3段階で表すことで行った。評価結果のうち、「○」はぬるぬると感じ良く滑ることを示し、「△」はぬるぬると感じないが滑る感じがあることを示し、「×」はぬるぬる感じることはなくかつ滑る感じがないことを示す。
【0054】
(試験1)
初期潤滑性試験:被膜形成処理後の各ガイドワイヤーを1分間生理食塩水に浸漬した後、ガイドワイヤーを生理食塩水から取出して手感で被膜形成部分の潤滑性を評価した。
(試験2)
擦過後潤滑性試験:被膜形成処理後の各ガイドワイヤーを1分間生理食塩水に浸漬し、取り出した。次にガイドワイヤーの被膜形成部分を指の腹で往復50回擦過後、再びガイドワイヤーを1分間生理食塩水に浸漬した。そして、再びガイドワイヤーを生理食塩水から取出し、指の腹で往復50回擦過した部分を触り、手感で潤滑性を評価した。
(試験3)
温水浸漬後潤滑性試験:被膜形成処理後の各ガイドワイヤーを1分間生理食塩水に浸漬し、取り出した。次にガイドワイヤーの被膜形成部分を指の腹で往復50回擦過後、再びガイドワイヤーを1分間生理食塩水に浸漬した。さらに、このガイドワイヤーを50℃の生理食塩水に24時間浸漬した。そして、再びガイドワイヤーを生理食塩水から取出し、指の腹で往復50回擦過した部分を触り、手感で潤滑性を評価した。
【0055】
【表1】

【0056】
表1に示した評価結果からわかるように、初期潤滑性については、実施例および比較例1、3においてほぼ同じで程度の優れた潤滑性が得られた。これらに比べて、比較例2においては、潤滑性はあるもののその潤滑度合いが低く、湿潤潤滑被膜が十分に形成できていなかった。比較例2に用いた中間被膜は、湿潤潤滑被膜を形成するための下地として不適切であることを示している。
【0057】
また、擦過後潤滑性については、実施例および比較例3において、擦過後も優れた潤滑性が得られた。これらに比べて、比較例1、2においては、潤滑性がほとんど得られなかった。これは、実施例および比較例3は、擦過させても湿潤潤滑被膜が剥がれることがなく、湿潤潤滑性を保持することができ、剥離耐久性が高いことを示している。これに対して、比較例1、2は、指の腹で擦過することにより、基材より湿潤潤滑被膜が容易に剥がれてしまうことを示している。この結果、比較例1のように基材に対して中間被膜を形成しないもの、および、比較例2に用いた中間被膜では、形成した湿潤潤滑被膜の擦過に対する剥離耐久性に難点があることを示している。
【0058】
さらに、温水浸漬後潤滑性については、実施例において、擦過後かつ温水浸漬後も優れた潤滑性が得られた。これらに比べて、比較例1〜3においては、潤滑性がほとんど得られなかった。これは、比較例1および比較例2は、上述のとおり擦過後に湿潤潤滑被膜が剥離したため、温水浸漬後も同様に潤滑性を得ることができなかったとみられる。また、比較例3は擦過後に上述の試験条件で基材を生理食塩水に浸漬することで湿潤潤滑被膜が基材から温水に溶出したため、潤滑性を得ることができなかったとみられる。
【0059】
特に温水浸漬後潤滑性試験では、すべての比較例において手感によって被膜の成分が溶出していることがわかり、その溶出によって表面潤滑性が十分に得られないおそれがあって、実用化にはほど遠いものである。よって、実施例が潤滑性に優れており、また、繰り返し応力を与えた場合でも被膜の表面潤滑性が持続され湿潤潤滑被膜が剥離したりすることがなく、かつ、溶出したりするおそれがないので剥離耐久性および非溶出性が高い実用性の高いものであると言える。
【0060】
以上より、実施例は試験1〜3のいずれにおいても優れた潤滑性を示しており、実施例の被膜が、初期潤滑性、擦過に対する潤滑耐久性および温水浸漬に対する非溶出性に対して優れたものであると言える。これは、ビスフェノールA型エポキシ樹脂を下地として金属からなる医療用具の基材表面に被覆することにより、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体とポリエーテルブロックアミドとによるポリマーアロイとの結合性が高まり、湿潤潤滑被膜が湿潤時に優れた潤滑性を発現するとともに、剥離耐久性および非溶出性が高い湿潤潤滑被膜が得られるからである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属からなる医療用具の基材と、
前記基材表面の少なくとも一部を被覆し、ビスフェノールA型エポキシ樹脂プレポリマーとポリアミドアミン型硬化剤との反応により生成したビスフェノールA型エポキシ樹脂からなる中間被膜と、
前記中間被膜上に形成し、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体とポリエーテルブロックアミドとのポリマーアロイをアルカリ処理して生成した湿潤潤滑被膜と
を備えることを特徴とする潤滑性を有する医療用具。
【請求項2】
前記基材を構成する金属をステンレスとする
ことを特徴とする請求項1記載の潤滑性を有する医療用具。
【請求項3】
前記基材をガイドワイヤーとする
ことを特徴とする請求項1または2記載の潤滑性を有する医療用具。
【請求項4】
金属からなる医療用具の基材表面の少なくとも一部に、ビスフェノールA型エポキシ樹脂プレポリマーとポリアミドアミン型硬化剤をキシレンと1−ブタノールとの混合液で溶解した中間被膜被覆用混合溶液を塗布し、さらに加熱してビスフェノールA型エポキシ樹脂からなる中間被膜を形成する工程と、
前記中間被膜上にメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体のアセトン溶液とポリエーテルブロックアミドのテトラヒドロフラン溶液との混合溶液からなる湿潤潤滑被膜形成用混合溶液を塗布し、さらにアルカリ処理して湿潤潤滑被膜を形成する工程を含む
ことを特徴とする潤滑性を有する医療用具の製造方法
【請求項5】
前記基材を構成する金属をステンレスとする
ことを特徴とする請求項4記載の潤滑性を有する医療用具の製造方法。
【請求項6】
前記基材をガイドワイヤーとする
ことを特徴とする請求項4または5記載の潤滑性を有する医療用具の製造方法。


【公開番号】特開2012−205846(P2012−205846A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−75633(P2011−75633)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【出願人】(000228888)日本コヴィディエン株式会社 (170)
【Fターム(参考)】