説明

潤滑油の劣化判定具

【課題】 取扱いが簡易で、かつ黒色の潤滑油でもその影響を実質的に受けずに、判定が迅速に可能となる潤滑油の劣化判定具を提供する。
【解決手段】
スキン層と多孔質層を含む多層からなる非対称膜であって、スキン層の分画分子量が1,000〜200,000の限外ろ過膜に、指示薬をプロトン性有機溶媒に溶解した指示薬溶液を保持させていることを特徴とする潤滑油の劣化判定具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑油の劣化判定具に関する。詳しくは、使用中の潤滑油の劣化状況を判定するために、特定の膜上で潤滑油中の黒色の影響を受けずに中和反応を行わせ、指示薬の変色により潤滑油の塩基価を測定しその劣化を判定できる潤滑油の劣化判定具に関する。
【背景技術】
【0002】
潤滑油は使用し続けると、潤滑油が本来果たすべき性能が劣化し、潤滑効率が低下したり、潤滑箇所の損傷につながるので、劣化した潤滑油は交換する必要が生じる。例えば、内燃機関用のエンジン油は、使用によって酸性物質が生成し酸化劣化し、潤滑性や冷却能力が低下する。そして、エンジン油の酸化劣化は開始当初は緩やかであるが、ある程度進行すると急激に酸化劣化が進行する場合もあり、劣化したエンジン油の交換時期は重要である。劣化したエンジン油の交換時期の目安は、通常、決められた走行距離、使用期間、あるいは汚れ度合いの目視などの指標により決められている。
【0003】
しかし、この指標は、必ずしもエンジン油の寿命を的確に反映していない場合がある。この場合、エンジン油の寿命が残っている場合と、すでに劣化が進み、交換時期が過ぎている場合の両者がある。前者の場合、十分使用できるのにエンジン油の交換をしており、省資源の観点から無駄があり、後者の場合、潤滑効率が低下したり、潤滑箇所の損傷につながるおそれがある。
【0004】
このような観点から、劣化した潤滑油の交換時期を的確に把握する必要がある。従来、潤滑油の劣化判定法として、例えば、主に潤滑油の使用現場においても使用する方法として、所定の試薬を用い潤滑油と混合し中和反応により潤滑油の劣化を判定する方法が提案されている(特許文献1、特許文献2参照。)。また、潤滑油の特定波長域の吸光度を測定することにより、潤滑油の劣化を検知する方法が提案されている(特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2539768号公報
【特許文献2】特公昭61−585号公報
【特許文献3】特許第2963346号公報
【特許文献4】特開2010−48691号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、これら従来提案されている指示薬キットやセンサー型の簡易潤滑油劣化判定器などは、作業性に難点があり、また劣化した黒色の潤滑油では、潤滑油の黒色のためにその識別判定が困難な場合もあり得る。
一方、本発明者らは、先に黒色の影響を抑制した潤滑油の劣化判定具を提供している(特許文献4)。この劣化判定具は、従来の劣化判定具と比較して黒色の影響が少ないものであるが、さらに黒色の影響を抑制して、より明確にかつ精度を向上させて潤滑油の劣化判定を可能とする劣化判定具が提供されることが望まれている。
本発明の目的は、その取扱いが簡易で、かつ黒色の潤滑油でもその影響を実質的に受けずに、判定が迅速に可能となる潤滑油の劣化判定具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目標を達成すべく鋭意検討した結果、従来、溶液内で行われる中和反応を、あらかじめプロトン性溶媒に溶解させた指示薬を保持させた特定の構造を有する限外ろ過膜の基材上で、実質的に水分の存在しない状態で潤滑油中の塩基性物質を取り込み、基材上で中和反応を行わせ、潤滑油中の塩基価を測定することにより、黒色の影響を実質的に受けずに潤滑油の劣化を簡易に判定できることを見出して本発明を完成した。
【0008】
すなわち本発明は、上記目的を達成するために、以下の「1」〜「5」に記載の潤滑油の劣化判定具を提供するものである。
「1」スキン層と多孔質層を含む多層からなる非対称膜であって、スキン層の分画分子量が1,000〜200,000の限外ろ過膜に、指示薬をプロトン性有機溶媒に溶解した指示薬溶液を保持させていることを特徴とする潤滑油の劣化判定具。
「2」限外ろ過膜が、ポリエーテルスルホン製、又はポリスルホン製である上記「1」に記載の潤滑油の劣化判定具。
【0009】
「3」指示薬が酸性域で変色する指示薬である上記「1」又は「2」のいずれかに記載の潤滑油の劣化判定具。
「4」指示薬がブロモクレゾールグリーン、ブロモフェノールブルー、チモールブルー、又はそれらの混合物であり、プロトン性有機溶媒がエタノール、プロパノール、ブタノール、又はそれらの混合物である請求項3に記載の潤滑油の劣化判定具。
「5」限外ろ過膜が予め酸処理し、乾燥させたものである請求項1〜4のいずれかに記載の潤滑油の劣化判定具。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、エンジン油、作動油、圧縮機油など種々の潤滑油を、特定の限外ろ過膜上で中和反応を行わせ、その潤滑油の塩基価を測定することにより、潤滑油の黒色の影響を実質的に受けずに潤滑油の劣化を簡便に判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は従来技術のメンブランフィルターを使用した潤滑油の劣化判定具の概略断面説明図である。
【図2】図2は本発明の限外ろ過膜を使用した潤滑油の劣化判定具の概略断面説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の潤滑油の劣化判定具は、陽イオン交換性能を有し、プロトンを付加できる特定の限外ろ過膜に、指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液を保持させていることを特徴とする潤滑油の劣化判定具である。
本発明の潤滑油の劣化判定具で用いる限外ろ過膜は、(1)陽イオン交換性能を有し、プロトンを付加できる性能を有するものであり、また、(2)プロトン性溶媒を保持できる性能、(3)指示薬を保持できる性能を有することが必要であり、その他に、(4)指示薬のプロトン解離を生起することができる潤滑油中の成分を移動又は浸透できるが、潤滑油自身は移動又は浸透しにくい性能(別言すると、親水性と親油性のバランスのよいもの、具体的には親水性も親油性も中程度であるもの)、及び(5)前処理により異なるプロトン量を保持できる性能の少なくとも一つを有することが好ましい。
なお、上記(1)の性能は、実質的に水分の存在しない状態で発揮できるものであることがより好ましい。
【0013】
本発明で用いる限外ろ過膜とは、非常に微細な孔を持つスキン層と、スキン層に対して数十〜数百倍の孔径を有する多孔質層からなる非対称膜であり、2層は実質的には連続した層であり、明確な境界は存在しない。
また、限外ろ過膜のスキン層の分画分子量は、1,000〜200,000であり、好ましくは1,500〜150,000である。分画分子量から推定されるスキン層の細孔径は、1nmから10nmであり、好ましくは1.7〜8.4nmである。
【0014】
限外ろ過膜の厚さは、スキン層に相当する層の厚みが約0.1〜20μmであることが好ましく多孔質層に相当する層の厚みが約10〜200μmであることが好ましい。
ここで、分画分子量とは、限外ろ過膜の分離性能の一般的な指標であり、分画分子量から細孔径が推定され、具体的には、以下の通りである。
ある膜の分画分子量を決定するには、分子量の異なる数種類のマーカー分子を用いて、分子が膜を透過する際の阻止率を測定する。その数種類の分子量に対して、阻止率をプロットすることで分画曲線を描き、阻止率90
%の分子量をその膜の分画分子量と定める。
【0015】
例えば、分子量5,700のインシュリンをマーカー分子として用いて、その阻止率が90%であれば、その膜の分画分子量は5,700となる。そして、この分子量5,700のインシュリンの分子径は大体、2.7
nmであるので、その膜の代表細孔径は2.7 nm以下であると推定できる。
スキン層の分画分子量を1,000〜200,000とすることにより、スキン層の細孔径が1nmから10nmとなり、潤滑油中の黒色成分を透過させず、スキン層には潤滑油中の塩基性物質を選択的に取り込み、中和反応を行わせることができる。また、スキン層付近で中和反応を行わせるためには、その厚みが約0.1〜20μmであることが好ましく、潤滑油中の黒色成分を多孔質層に保持させるためには、多孔質層の厚みを約10〜200μmとすることが好ましい。
【0016】
本発明で用いる限外ろ過膜における多孔質層は、多孔質層の表面に滴下された潤滑油をスキン層まで通過させる機能を有するものであり、特に潤滑油中の少なくとも塩基性成分をスキン層まで通過させる機能を有するものであり、多孔質層中の細孔は、多孔質層の表面にある細孔とスキン層側にある細孔とが連通した細孔の構造を有することが必要である。多孔質層は、各細孔が連なっている連通細孔であることが好ましい。
【0017】
多孔質層は、潤滑油中の黒色成分をその表面又は細孔内に保持させるものであり、細孔内に潤滑油中の黒色成分を保持することが好ましい。なお、潤滑油の劣化判定具で潤滑油の変色を判定する際には、潤滑油中の黒色成分をふき取ることが好ましい。潤滑油中の黒色成分を保持した多孔質層から黒色成分をふき取るには、多孔質層の黒色成分をできるだけ少なくすることが好ましい。このためには、多孔質層は柔軟性を有することが好ましい。
【0018】
限外ろ過膜は、上記(1)〜(5)の性能を有するものであり、また、指示薬の吸着性能に優れ、親油性に優れており、さらに、指示薬のプロトン解離を生起することができる潤滑油中の成分(例えば、塩基性成分)を選択的に吸着する性能に優れている。
限外ろ過膜の具体例としては、ポリアクリロニトリル、ポリ塩化ビニル−ポリアクリロニトリル共重合体、ポリスルホン、ポリエーテルスルフォン(PES)、フッ化ビニリデン樹脂、芳香族ポリアミド樹脂、酢酸セルロース樹脂などの材質の限外ろ過膜が挙げられる。これらのうち、潤滑油との親和性との面で、PES製限外ろ過膜とポリサルホン製限外ろ過膜が本発明では好ましい。
【0019】
限外ろ過膜は、染料又は顔料などの着色剤で着色されていてもよいが、指示薬の発色への影響を極力抑えるために、白色であることが好ましい。限外ろ過膜を白色にするには、着色剤を全く含有させないか、白色系の顔料や充填剤を含有させることなどにより、達成することができる。
【0020】
指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液を保持させている限外ろ過膜の場所は、スキン層側であってもよいし、また限外ろ過膜全体の内部に存在する空隙であってもよい。
なお、空隙を囲んでいる基材の材質は、指示薬溶液や、基材表面に付着した潤滑油中に含有されている成分であって、指示薬のプロトン解離を生起する成分、例えば、酸価を示す成分、硝酸イオン、硫酸イオン、塩基性物質などを浸透又は移動させることができるものであることが好ましい。
【0021】
また、本発明で用いる指示薬としては、塩基価を判定手段として使用する場合は、酸性域で変色するものが用いられる。酸性域で変色する指示薬であれば特に限定されないが、劣化判定の指標とする塩基価値で鮮明に変色するものが好ましい。また、指示薬は単独で用いることもできるが、複数の指示薬を組合せて変色域を適宜調整して使用することもできる。
【0022】
指示薬としては、具体的に、ブロモクレゾールグリーン(BCG)、チモールブルー(TB)、クレゾールレッド(CR)、ブロモフェノールブルー(BPB)、メチルレッド(MR)、ブロモチモールブルー(BTB)、メチルオレンジ(MO)等や、それらの組合せが挙げられるが、酸性域で複数の変色域を持たせることができるものが好ましく、その具体例として、BCGや、BCBとTBとの組合せが挙げられる。
【0023】
指示薬を溶解する溶媒としては、限外ろ過膜などの基材上で指示薬のプロトン解離を生起させるためには、プロトン性有機溶媒を用いる必要がある。プロトン性有機溶媒は、潤滑油の劣化判定を行う際に、変色を速やかに行うことができる。
プロトン性有機溶媒としては、沸点の比較的高いアルコール類が好ましい。アルコール類の沸点は、75℃以上が好ましく、80℃以上がより好ましい。アルコール類の沸点の上限は、特に制限ないが、150℃以下が好ましく、140℃以下がより好ましい。
【0024】
アルコール類の具体例としては、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エタノールなどが挙げられる。限外ろか膜や指示薬の種類にもよるが、指示薬との発色性や限外ろか膜への指示薬の保持との観点からは、エタノール、プロパノール、ブタノールが好ましい。
プロトン性有機溶媒は、単独で使用してもよいし、2種以上を混合してもよく、他の溶媒を少量含んでもよいし、また、水を少量含んでもよい。なお、水を多量に含む場合は、変色が遅くなるので好ましくない。水の含有量は0.4質量%以下であることが好ましく、0.2質量%以下であることがより好ましい。
【0025】
指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液におけるプロトン性溶媒と指示薬との含有割合は、適宜選定すればよいが、通常質量比で20000:1〜100:1が好ましく、10000:1〜1000:1程度がより好ましい。
【0026】
また、本発明においては、指示薬溶液は限外ろ過膜に保持されるが、その保持は、膜への含浸、充填などの方法により行ってもよい。
その保持の具体例としては、膜の表面への指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液の付着や、膜の内部にある空隙への指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液の含浸、充填などが挙げられる。
また、指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液の保持量は、適宜選定すればよいが、通常限外ろ過膜の単位質量当たり、1〜12g/gが好ましく、2〜8g/gがより好ましく、3〜6g/gがさらに好ましい。
また、指示薬の保持量は、適宜選定すればよいが、通常限外ろ過膜の単位質量当たり、1〜10mg/gが好ましく、2〜7mg/gがより好ましく、3〜5mg/gがさらに好ましい。
【0027】
本発明の潤滑油の劣化判定方法は、上記の限外ろ過膜を用いて行うことができるものであり、具体的には、指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液を限外ろ過膜に保持させ、その膜の多孔質側の表面に潤滑油を付着させ、基材上で指示薬のプロトン解離を生起させることにより、潤滑油の劣化を判定することを特徴とするものである。
従来、溶液内での滴定反応が代表的であった中和反応を基材上にプロトン性有機溶媒に溶解した指示薬溶液を保持させることにより、そのスキン層付近で指示薬のプロトン解離を生起させることにより、黒色の影響を実質的に受けずに中和反応を行わせて、潤滑油の劣化を判定するものである。
【0028】
潤滑油の劣化判定の指標としては、劣化が進行すると増加する酸価、硝酸イオン、硫酸イオンなどが考えられる。これらのうち、劣化判定の際に値が増加するものは、その指標を決めるのが難しい点があるため、劣化判定時の指標としては、潤滑油の使用とともに低下する潤滑油中の塩基性物質の量を表す塩基価を用いるのが好ましい。
【0029】
本発明では、限外ろ過膜のスキン層付近で、その基材に保持されているプロトン性有機溶媒に溶解している指示薬のプロトン解離が生起することが必要である。また、通常、試料となる潤滑油中には、水分が含まれているとしても0.01〜0.2質量%程度であるので、指示薬のプロトンの解離は、水が実質的にほとんど存在しない条件下において生起する。また、それと共に、潤滑油中の塩基性物質を限外ろ過膜のスキン層上に取り込むことが必要である。
【0030】
本発明の潤滑油劣化判定方法は、以下のように操作し、各種潤滑油の塩基価を測定し、その劣化度合いを判断する。
限外ろ過膜を事前に調製した指示薬に含浸させる。指示薬は、特定のpH域で変色するものを用い、その変色の度合いと塩基価との関係を事前に把握しておく。その後、限外ろ過膜の多孔質層上に試料の潤滑油を滴下し中和反応を行わせ、その変色度合でその塩基価を判断し、劣化の度合いを判定する。
以下に、本発明の作用について、従来技術である「特許文献4」との関係で説明する。
従来使用していたメンブランフィルターは、図1に示すように孔径が大きく(0.025〜50μm)、滴下したオイル中に含まれる黒色成分が膜の下部まで浸透してしまう。
【0031】
一方、本発明で使用する限外ろ過膜は、図2のように、多孔質層側からオイルを滴下すると、黒色成分はスキン層の微細孔(孔径:1nm〜10nm)を透過することができず、塩基性成分のみが透過する。それにより、主にスキン層側に保持された指示薬が変色し、スキン層側から観察することで、黒色成分の影響を受けずに、指示薬の発色がより明確となる。
以上のように本発明では、指示薬の含有した限外ろ過膜の、多孔質層側に潤滑油を滴下した場合、潤滑油中の塩基性物質はスキン層まで浸透するが、黒色成分はスキン層を透過することができない。従って、膜中、主にスキン層側に保持された指示薬と浸透した塩基性物質が反応することで起こる変色を、スキン層側から観察することで黒色の影響を実質的に受けずに確認することができる。
【0032】
指示薬の発色による判断は、酸性域で複数の変色域を持つ指示薬を用いた場合、例えば、初期の色相から赤に変色した場合は、塩基性物質がほとんど存在しない状態、黄色に変色した場合は、塩基性物質がわずかに残存している状態、緑に変色した場合は、塩基性物質が多少存在している状態など、塩基価との関係で、適宜設定することができる。
また、どの段階で具体的に劣化していると判断し交換の目安とするかは、その潤滑油の用途も考慮する必要があるが、ガソリンエンジン油の場合は、通常、塩基価の値0.5〜1程度がひとつの基準と考えられる。
【0033】
さらに、本発明では、基材上、例えば限外ろ過膜上を事前に酸処理することにより、それぞれの塩基価での変色域をシフトさせることができる。
酸処理に使用する酸としては、塩酸、硫酸などの無機酸が好ましい。
酸処理に使用する酸の濃度としては、0.001〜2mol/Lが好ましく、0.005〜1mol/Lがより好ましく、0.01〜0.5mol/Lがさらに好ましい。
酸処理温度は、特に制限ないが、通常0〜40℃が好ましい。
酸処理した後は、乾燥させることが好ましい。乾燥は、自然乾燥であってもよいし、強制乾燥であってもよい。乾燥温度は、特に制限ないが、通常20〜80℃が好ましい。
【0034】
酸処理の好適な具体例としては、塩酸に限外ろ過膜を5〜10分間程度浸しその後乾燥するものが挙げられる。
この酸処理を行うことにより、例えば、未処理では塩基価1程度で変色していたものを塩基価2程度に変色域をシフトさせたり、用いる酸濃度を変化させることにより、塩基価3程度にシフトさせたりなど、指示薬の変色域を適宜変更することができ、潤滑油の要交換となる塩基価を自由に設定することができる。また、酸処理に使用する酸の濃度を高めに設定することにより、例えば、塩基価20〜30の高塩基価域に変色域をシフトさせることも可能である。
【0035】
本発明の潤滑油の劣化判定方法は、種々の態様が考えられる。例えば、棒状平板のプラスチックに、指示薬溶液を含浸した限外ろ過膜を貼付しておき、その貼付面に潤滑油を滴下し、潤滑油をふき取ることにより、変色度合を判断することができる。この場合、貼付する限外ろ過膜としては、例えば、塩基価1程度で変色するもの、塩基価2程度で変色するものなど、変色域が異なるものを複数用意しておくことも有用である。また、棒状平板のプラスチックに、複数の塩基価値で変色する限外ろ過膜をそれぞれ、貼付しておくことも可能である。
【0036】
プラスチックとしては、種々のプラスチックが適用でき、例えば、ポリエチレン系樹脂、ポリプロピレン系樹脂などのポリオレフィン系樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂などのポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、フッ素系樹脂などの各種プラスチック、これらのポリマーブレンド、ポリマーアロイ、また、これらに充填材を混練したものなどが挙げられる。
棒状平板のプラスチックに貼付する限外ろ過膜の量は適宜選定すればよいが、単位面積当たり1〜100mg/cmが好ましく、3〜50mg/cmがより好ましい。
なお、限外ろ過膜の棒状平板のプラスチックへの貼付は、接着剤を介して行ってもよいし、接着剤なしに単に付着させたものであってもよい。
接着剤としては、限外ろ過膜が溶解しないもの、酸・アルカリの成分を含まないものが好ましく、具体例としては、酢酸ビニル系接着剤などが好ましく挙げられる。
【0037】
指示薬溶液の限外ろ過膜への含浸は、棒状平板のプラスチックに貼付する前の限外ろ過膜に対して行ってもよいし、棒状平板のプラスチックに貼付した後の限外ろ過膜に対して行ってもよいが、後者の方が限外ろ過膜を棒状平板のプラスチックに貼付し易いので好ましい。
これらの棒状平板のプラスチックは、長期間、限外ろ過膜をプロトン性溶媒を含有するウェット状態で保持するために、プロトン性溶媒を透過し難いフィルムでカバーするなどし、密閉状態で保管することが好ましい。プロトン性溶媒を透過し難いフィルムとしては、セロハン、ラミネートフィルム、アルミフィルムなどが挙げられる。
【0038】
なお、棒状平板のプラスチックは、他の種々の形状のものにすることができ、具体的には、多角柱状、円柱状、楕円形柱状、多角形板状、円板状、楕円板状などが挙げられる。
また、プラスチックも他の種々の材質のものにすることもできる。例えば、紙、木材などの有機物質、セラミック、金属などの無機物質などが挙げられる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例および比較例によりさらに具体的に本発明を説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0040】
(実施例1)
(1)指示薬溶液の調製
指示薬成分ブロモクレゾールグリーン(BCG)0.04gを、プロトン性有機溶媒としてのプロパノール50mLに溶解して指示薬溶液を調製した。
(2)潤滑油の劣化判定具の作成(基材への指示薬溶液の保持)
潤滑油中の塩基性物質を取り込む膜として、市販されているポリエーテルスルホン(PES)製限外ろ過膜(NADIR社製、商品名「UH004」、分画分子量4,000、推定細孔径約1〜3nm、スキン層に相当する層の厚み約0.3〜6μm、多孔質層に相当する層の厚み約50〜100)を用いた。この限外ろ過膜を5mmの正方形に切り取り、平面単位面積当たり4mg/cmの割合で、棒状平板のプラスチック(ポリプロピレン樹脂)に貼り付けた。
それの限外ろ過膜部分を、上記(1)で調製した指示薬溶液に10分間浸すことにより、限外ろ過膜に指示薬溶液を含浸させ、次いで、指示薬溶液を含浸した限外ろ過膜を棒状平板のプラスチック(ポリプロピレン樹脂)に平面単位面積当たり、4mg/cmの割合で貼付して、潤滑油の劣化判定具を作成した。得られた潤滑油の劣化判定具は、黄色の着色があり、限外ろ過膜の単位質量当たり、4.5g/gの指示薬溶液が保持されていた。
【0041】
(3)標準試験用潤滑油の調製及び潤滑油の劣化判定具による変色の確認
標準試験用潤滑油として、潤滑油基油(パラフィン系鉱油、40℃動粘度33.73mm/s、100℃動粘度5.70mm/s)単独のもの(塩基価が0mgKOH/g)、及びその潤滑油基油に、過塩基性Caスルホネート(塩基価:298mgKOH/g)の所定量を溶解含有させ、塩基価が1、2、3mgKOH/gのもの3種類を調製した。ここで、塩基価(JIS塩酸法)とは、JIS K2501の8電位差滴定法(塩基価・塩酸法)に規定された方法で測定したものである。
【0042】
上記(2)で作成した潤滑油の劣化判定具にプロパノールが含有している状態で、標準試験用潤滑油を潤滑油の劣化判定具の限外ろ過膜の多孔質層部分に滴下し、潤滑油の劣化判定具の変色をスキン層側から確認した。標準試験用潤滑油は透明であり、変色は表1に示すように、塩基価が高いほどより鮮明に青色を呈し、変色を明確に把握することができた。

【0043】
【表1】

(※)標準試験用潤滑油(基油単独)には、塩基性及び酸性成分の両者を含有しないため、潤滑油の劣化判定具は変色しなかった。
【0044】
(4)劣化したエンジン油を用いた潤滑油の劣化判定具による判定
次に、実際にエンジン油を充填して走行した自動車の劣化したエンジン油を用いて、潤滑油の劣化判定具により劣化の程度を判定した。
劣化したエンジン油は、塩基性物質が減少し塩基価が低下するのと同時に、酸性物質が増加し、pHが低下するので、その劣化の程度に応じて、潤滑油の劣化判定具の変色が予想される。
実走行に用いたエンジン油は、APIサービス分類がSL、SAE粘度分類が10W−30で、初期性能が40℃動粘度62.4mm/s、100℃動粘度10.2mm/s、粘度指数151、塩基価(JIS塩酸法)5.21mgKOH/gである。このエンジン油を充填し、複数の自動車を走行させ、それぞれの自動車からエンジン油を抜き出して劣化判定を行った。
【0045】
各自動車から抜き出した劣化したエンジン油は、黒色を呈していたが、その劣化したエンジン油を、上記(2)で作成した潤滑油の劣化判定具にプロパノールが含有している状態で、その潤滑油の劣化判定具に滴下し、その後、黒色のエンジン油をふき取ると潤滑油の劣化判定具の変色が鮮明に確認された。なお、潤滑油の劣化判定具の試験前の色は黄色であった。その結果を表2に示す。
【0046】
【表2】

【0047】
以上の結果から、エンジン油の交換時期の目安を塩基価=1.0mgKOH/gとすると、本潤滑油の劣化判定具を用いて各エンジン油の劣化度合いを判断する際、その変色の相違により、使用現場で容易にエンジン油の交換の判断時期を把握することができる。
【0048】
(実施例2)
限外ろ過膜として、ポリサルホン製限外ろ過膜(NADIR社製、商品名「US100」、分画分子量100,000、推定細孔径6〜8nm、スキン層に相当する層の厚み約0.5〜15μm、多孔質層に相当する層の厚み約30〜100μm)を用いた以外は、実施例1と同様にして、劣化したエンジン油を用いて、潤滑油の劣化判定具により劣化の程度を判定した。この潤滑油の劣化判定具には、限外ろ過膜の単位質量当たり、4.5g/gの指示薬溶液が保持されていた。また、実施例1と同様に、それらのエンジン油の塩基価は、事前にJIS塩酸法で確認した。その結果を表3に示す。実施例1と同様に、エンジン油の交換の時期を判断することができる。
【0049】
【表3】

【0050】
(実施例3)
限外ろ過膜として実施例1で使用したPES製限外ろ過膜を用い、その限外ろ過膜を予め0.1mol/L塩酸に5分間浸し、その後、自然乾燥し、実施例1に記載と同様に、潤滑油の劣化判定具を作成した。その潤滑油の劣化判定具に実施例1に記載したのと同様にして、塩基価が調整された標準試験用潤滑油を滴下し、変色の度合いを確認した。その結果を表4に示す。
【0051】
【表4】

【0052】
実施例3から、塩酸で処理していない潤滑油の劣化判定具が標準試験用潤滑油1(塩基価が1.0mgKOH/g)のときに呈した薄い緑色は、0.1mol/L塩酸で潤滑油の劣化判定具を事前に処理することにより、標準試験用潤滑油3(塩基価が3.0mgKOH/g)の場合に呈するようになることがわかる。
【0053】
(実施例4)
指示薬溶液のプロトン性溶媒としてブタノール50mLを用いた以外は、実施例1と同様にして、劣化したエンジン油を用いて、潤滑油の劣化判定具により劣化の程度を判定した。また、実施例1と同様に、それらのエンジン油の塩基価は、事前にJIS塩酸法で確認した。その結果を表5に示す。実施例1と同様に、エンジン油の交換の時期を判断することができる。
【0054】
【表5】

【0055】
(実施例5)
指示薬溶液のプロトン性溶媒としてエタノール50mLを用いた以外は、実施例1と同様にして、劣化したエンジン油を用いて、潤滑油の劣化判定具により劣化の程度を判定した。また、実施例1と同様に、それらのエンジン油の塩基価は、事前にJIS塩酸法で確認した。その結果を表6に示す。実施例1と同様に、エンジン油の交換の時期を判断することができる。
【0056】
【表6】

【0057】
(実施例6)
指示薬としてのブロモフェノールブルー(BPB)の0.06gと、チモールブルー(TB)の0.06gの割合の混合物を、プロトン性有機溶媒としてのプロパノール50mlに溶解して指示薬調製を行ったこと以外は、実施例1と同様にして、劣化したエンジン油を用いて、潤滑油の劣化判定具により劣化の程度を判定した。
作成した潤滑油の劣化判定具にプロパノールが含有している状態で、劣化したエンジン油を潤滑油の劣化判定具に滴下し、潤滑油の劣化判定具の変色を確認した結果を表8に示す。エンジン油の交換時期を判断することができる。
【0058】
【表7】

【0059】
(比較例1)
限外ろ過膜として市販されているポリエーテルスルホン(PES)製限外ろ過膜(Synder社製、商品名「SPE300」、分画分子量300,000、推定細孔径12〜15nm、スキン層に相当する層の厚み約0.3〜20μm、多孔質層に相当する層の厚み約60〜100μm)を用いた以外は、実施例1と同様に劣化判定具を作成し、劣化したエンジン油を滴下して、その変色を確認した。
その結果、黒色の潤滑油では変色がはっきりと確認できなかった。
本比較例は、限外ろ過膜の分画分子量が大きいと、潤滑油中の黒色成分がスキン層側まで浸透するため、変色を明確に確認することができない例である。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の潤滑油の劣化判定方法は、潤滑油の黒色の影響を低減させ、その劣化を潤滑油の使用現場で簡易かつ迅速に判定できるものであり、ガソリンスタンドをはじめ、自動車整備工場、自動車部品・用品店など各所で有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
スキン層と多孔質層を含む多層からなる非対称膜であって、スキン層の分画分子量が1,000〜200,000の限外ろ過膜に、指示薬をプロトン性有機溶媒に溶解した指示薬溶液を保持させていることを特徴とする潤滑油の劣化判定具。
【請求項2】
限外ろ過膜が、ポリエーテルスルホン製、又はポリスルホン製である請求項1に記載の潤滑油の劣化判定具。
【請求項3】
指示薬が酸性域で変色する指示薬である請求項1又は2のいずれかに記載の潤滑油の劣化判定具。
【請求項4】
指示薬がブロモクレゾールグリーン、ブロモフェノールブルー、チモールブルー、又はそれらの混合物であり、プロトン性有機溶媒がエタノール、プロパノール、ブタノール、又はそれらの混合物である請求項3に記載の潤滑油の劣化判定具。
【請求項5】
限外ろ過膜が予め酸処理し、乾燥させたものである請求項1〜4のいずれかに記載の潤滑油の劣化判定具。





【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−52903(P2012−52903A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−195473(P2010−195473)
【出願日】平成22年9月1日(2010.9.1)
【出願人】(304036754)国立大学法人山形大学 (59)
【出願人】(398053147)コスモ石油ルブリカンツ株式会社 (123)
【Fターム(参考)】