説明

潤滑油の簡易識別方法、簡易識別用キット及び簡易識別可能な潤滑油

【課題】粗悪商品による機械装置の故障等を未然に回避すべく、実際の機械を使用する現場にて、真正商品であり且つその指定された性能を持つ潤滑油であるか否かを容易且つ短時間で識別できる手法を提供。
【解決手段】マーカーとして気化性アミン13を含有する潤滑油組成物を加温15し、アミン系呈色反応に使用されるアミン呈色試薬を含む媒体を、潤滑油組成物の液面上の気相に配する第一反応工程と、加温工程後、pH依存性呈色反応に使用されるpH依存性呈色試薬11を含む媒体を、潤滑油組成物の液面上の気相に配する第二反応工程と、標準呈色パターンと、第一反応工程及び第二反応工程での結果である呈色パターンとを比較し、検査対象である潤滑油組成物が特定の潤滑油組成物であるか否かを判定する判定工程とを有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑油の識別方法、識別用キット及び識別可能な潤滑油に関する。より詳細には、潤滑油に含まれるマーカーを識別することによる真正潤滑油の簡易な識別手法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種の機械装置には、長時間の稼働でも焼き付けや摩耗等が発生せず、安全かつ円滑に作動させるために、潤滑油が用いられる。潤滑油には数多くの種類が存在し、使用される装置の目的に合ったものが用いられる。
【0003】
ここで、潤滑油には、必要に応じて各種の添加剤がバランスよく配合されている。例えば、建機用油圧作動油には、主に摩耗防止剤、金属系清浄剤、酸化防止剤等、また、エンジン等の内燃機関油には、前述の添加剤に加えて無灰分散剤、粘度指数向上剤等の添加剤が基油に添加されている(非特許文献1参照)。
【0004】
機械装置がより高出力、高機能、高耐久性になればなるほど、そこで用いられる潤滑油組成物に対しても、同様に高い各種性能、例えば、耐摩耗性、耐焼き付防止性、省燃費性等の性能もより高く要求される。このため、使用する添加剤の種類、組み合わせ、添加量等のバランスをとって、従来と比較しても非常に複雑で、高性能な潤滑油となっている(非特許文献1参照)。
【0005】
このため、各種の機械・装置メーカーによっては、自社で性能や耐久性を確認したものを純正(真正)潤滑油製品として販売し、その製品の使用をユーザーへ推奨し、機械装置類のメンテナンスについても留意する等、顧客へ行き届いたサービスを行っている。一方では潤滑油メーカーが独自で機械・装置メーカーの認証(Approval)を取って、機械・装置メーカーからのその潤滑油の銘柄を推奨されて、販売する場合もある。特に、市場で入手できる潤滑油には、その性能に満足いかないものや、粗悪な品質のものが含まれている場合があるため、自社の純正油もしくは潤滑油製造メーカーが推奨する潤滑油・グリースが入手できる場合はそれを入手してオイルやグリースの交換を行うことが推奨される。
【0006】
ところが、市場で入手できる潤滑油の中には、機械・装置メーカー自社の純正油や潤滑油製造メーカーの各種銘柄品に表示が酷似している類似商品、容器だけが同じで中身が異なる油が充填されて販売されている粗悪商品等が存在する。このような粗悪商品を知らずに使用して、予期せぬ装置の故障を引き起こす場合や、機械本来の性能が発揮できない場合がある。
【0007】
そこで、純正の潤滑油の識別手法が従来より提案されている(特許文献1、特許文献2)。ここで、これらの手法は、実際の潤滑油を交換する現場で確認するものではなく、機器へ充填した後に油をサンプリングして、試験分析装置が整った試験センターや研究設備の整った場所へそのサンプルを送って、分析調査するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公2006−501344号
【特許文献2】特公2006−517998号
【特許文献3】特表2006−501344号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】トライボロジーハンドブック、株式会社養賢堂 (2001/3/30第1版発行) C.潤滑剤編 p577-770
【非特許文献2】防錆技術の最近の動向、潤滑油経済 ,No.524 (2009) p1-31
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このように、従来の潤滑油の識別手法には、結果の正確性が高いものの、結果が出るまでに数日かかってしまい、その間に良品であるか粗悪な潤滑油であるかわからない状態で機械が運転されてしまうという課題がある。
【0011】
そこで、本発明は、粗悪商品による機械装置の故障等を未然に回避すべく、実際の機械を使用する現場にて、純正もしくは推奨された製品であり且つその指定された性能を持つ潤滑油であるか否かを、容易且つ短時間で識別できる手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、以下の[1]〜[8]に関する。
【0013】
[1] マーカーとして気化性アミンを含有している可能性がある、検査対象である潤滑油組成物を加温する加温工程と、
加温工程後、キンヒドロン反応、ニンヒドリン反応及びドラーゲンドルフ反応からなる群より選択される1種以上のアミン系呈色反応に使用されるアミン呈色試薬を含む媒体を、潤滑油組成物の液面上の気相に配する第一反応工程と、
加温工程後、pH依存性呈色反応に使用されるpH依存性呈色試薬を含む媒体を、潤滑油組成物の液面上の気相に配する第二反応工程と、
アミン呈色試薬と気化性アミンとの反応又は非反応に起因した第一呈色パターン及びpH依存性呈色試薬と気化性アミンとの反応又は非反応に起因した第二呈色パターンが表示された標準呈色パターンと、第一反応工程及び第二反応工程での結果である呈色パターンと、を少なくとも比較し、検査対象である潤滑油組成物が特定の潤滑油組成物であるか否かを判定する判定工程と
を有することを特徴とする、潤滑油組成物の識別方法。
【0014】
[2] 気化性アミンが、100℃以下で気化する第3級アミンである、前記[1]の識別方法。
【0015】
[3] 気化性アミンが、トリブチルアミン、ジメチルエチルアミン及びトリエチルアミンからなる群より選択される1種以上である、前記[1]又は[2]の識別方法。
【0016】
[4] 第一反応工程での前記媒体及び第二反応工程での前記媒体が、アミン呈色試薬及びpH依存性呈色試薬をそれぞれ含む試験紙である、前記[1]〜[3]のいずれかの識別方法。
【0017】
[5] キンヒドロン反応、ニンヒドリン反応及びドラーゲンドルフ反応からなる群より選択される1種以上のアミン系呈色反応に使用されるアミン呈色試薬を含む媒体と、
pH依存性呈色反応に使用されるpH依存性呈色試薬を含む媒体と、
アミン呈色試薬と気化性アミンとの反応又は非反応に起因した第一呈色パターン及びpH依存性呈色試薬と気化性アミンとの反応又は非反応に起因した第二呈色パターンが表示された標準呈色パターンと
を含む、前記[1]の識別方法で使用される識別用キット。
【0018】
[6] 前記[1]の識別方法により特定の潤滑油組成物であることが判別可能な、マーカーとして気化性アミンを含有している潤滑油組成物。
【0019】
[7] 気化性アミンが、100℃以下で気化する第3級アミンである、前記[6]の潤滑油組成物。
【0020】
[8] 気化性アミンが、トリブチルアミン、ジメチルエチルアミン及びトリエチルアミンからなる群より選択される1種以上である、請求項6又は7記載の潤滑油組成物。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、実際の機械を使用する現場にて、推奨品もしくは純正品であり且つその指定された性能を持つ潤滑油であるか否かを、容易且つ短時間で識別できる手法を提供することができるという効果を奏する。
【0022】
具体的には、類似商品や粗悪商品にはこのような揮発性アミン(例えば、アミン系気化性防錆剤)が含まれていないので、この揮発性アミン(例えば、アミン系気化性防錆剤)を推奨品もしくは純正品のマーカーとして使用することができる。その結果、消費者が類似商品や粗悪商品を誤って使用して機械の故障を招くことを未然に防止することができる。さらに、マーカーである揮発性アミン(例えば、アミン系防錆剤)が気化性であることから、常温で又は現場にてポットのお湯等を利用して検査試料を加温(例えば、60〜70℃程度)するといった簡単な手法にて、容易にマーカーの検出が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、本形態における識別試験の第一の態様の模式図である。具体的には、呈色反応による潤滑製品の識別試験(例えば、pH試験紙及びキンヒドロン試験紙を使用した場合)である。
【図2】図2は、本形態における識別試験の第二の態様の模式図である。具体的には、呈色反応による潤滑製品の識別試験(ガス検知管を使用した場合)である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
≪本発明の全体構造≫
本発明は、
マーカーとして気化性アミンを含有している可能性がある、検査対象である潤滑油組成物を加温する加温工程と、
加温工程後、キンヒドロン反応、ニンヒドリン反応及びドラーゲンドルフ反応からなる群より選択される1種以上のアミン系呈色反応に使用されるアミン呈色試薬を含む媒体を、潤滑油組成物の液面上の気相に配する第一反応工程と、
加温工程後、pH依存性呈色反応に使用されるpH依存性呈色試薬を含む媒体を、潤滑油組成物の液面上の気相に配する第二反応工程と、
アミン呈色試薬と気化性アミンとの反応又は非反応に起因した第一呈色パターン及びpH依存性呈色試薬と気化性アミンとの反応又は非反応に起因した第二呈色パターンが表示された標準呈色パターンと、第一反応工程及び第二反応工程での結果である呈色パターンと、を少なくとも比較し、検査対象である潤滑油組成物が特定の潤滑油組成物であるか否かを判定する判定工程と
を有することを特徴とする、潤滑油組成物の識別方法
である。以下、本発明で検査対象となる、推奨品もしくは純正品である潤滑油組成物をまず説明し、次いで、本発明に係る潤滑油組成物の識別方法を説明し、次いで、本発明に係る潤滑油組成物の識別用キットを説明する。
【0025】
≪本発明で検査対象となる、推奨品もしくは純正品である潤滑油組成物≫
本発明で検査対象となる、推奨品もしくは純正品である潤滑油組成物は、基油にマーカーとして1種以上の気化性アミンを添加してなる、必要に応じて他の添加剤等も含有する潤滑油組成物である。以下、各成分を詳述する。
【0026】
<基油>
本発明の潤滑油組成物における基油は、一般的に潤滑油の基油として使用可能なものを指し、合成油、鉱油、GTLプロセスから得られる基油でもよく、例えばグループI〜Vのものを挙げることができる。ここで、グループI、II、III、IV、及びVは、潤滑油基油の指針を作成するためにアメリカ石油協会(American Petroleum Institute)によって定義された基油材料の広範な分類である。尚、好適な基油は用途に応じて変わり得るものであり、当業者により容易に適宜選択される。
【0027】
<気化性アミン>
(成分)
本発明の潤滑油組成物における気化性アミンは、気化性であるアミンであれば特に限定されず、好適には、第3級アミン、第4級アンモニウム塩であり、更には、脂肪族アミン、芳香族アミンのいずれでもよく、更には、アミンの塩であってもよい。尚、アミンの内、第1級アミンは、塩基性が強く、また窒素原子に結合している水素原子の反応性が高いため、添加する製品への性状や性能に大きく影響する可能性があり、好ましくない。また第2級アミンは、添加する製品に亜硝酸化合物(特にエンジン油では、ブローバイガスに亜硝酸ガスが含まれる可能性がある)が含まれていると、発癌性の可能性があるニトロソアミンを発生する場合があるため好ましくない。ここで、「気化性」とは、100℃以下で気化する(下限値は特に限定されないが、例えば0℃)ことを意味する。より具体的な例としては、真正品であるかの検査の際、現場でポットのお湯等を利用して加温したとき、気化が促進されるようなアミンを挙げることができる。100℃以下で気化することが好適な理由は、潤滑油に添加される通常の添加剤は100℃以下では気化しないからである。即ち、(1)推奨品もしくは純正品か否かの検査に際し、通常の添加剤が気化することによる影響を受けず、(2)通常の添加剤が気化して潤滑油から離脱してしまうことに伴う、当該通常の添加剤に求められている機能が十分に発揮できないという問題を防止できる、からである。ここで、より好ましい気化温度は、40〜90℃である。40℃以上が好ましいのは、新油を容器(ドラム等)から取り出すときに容器のキャップを長くあけっぱなしに(開放系に)した際でも、識別検査をする前に気化性アミンが気化して新油中のアミン濃度が下がらないようにするためである(機械のタンクへアミンを含んだ推奨油を充填後確認する場合も同様)。また、90℃以下が好ましいのは、現地で確認する上で、お湯等を沸かして確認する場合は、確認するまでにお湯の温度が下がることが想定されるからである。更に好ましくは50〜80℃である。尚、潤滑油は、工業用では40〜60℃で使用され、自動車用では80〜100℃で使用される。
【0028】
ここで、気化性アミンとしては、潤滑油の性能に影響を与えず且つ防錆性のメリットもある程度享受できるという観点から、気化性アミン系防錆剤[VCI(volatile corrosion inhibitor)とも呼ばれる]が好ましい。気化性アミン系防錆剤は、常温で徐々に気化する化合物又は数種の混合物である。そして、その気化したアミンが金属表面に化学的又は物理的に吸着あるいは反応する結果、金属の腐食が抑制、防止される(防錆技術の最近の動向p.16より引用)。気化性アミン系防錆剤は、常温又は僅かに加温するだけで気化するので、検出用の試験紙を潤滑油の中に浸漬しなくても、容易に検出することが可能である。
【0029】
アミン系気化性防錆剤としては、トリアルキルアミン(アルキルジイソプロピルアミン、アルキルジイソブチルアミン、アルキルジオクチルアミン、トリブチルアミン等)、シクロアルキルアミン(アルキルジシクロヘキシルアミン、ジシクロヘキシルアミン等)、ジエチルアニリン、ジアルキルアニリン、ジアルケルニルアニリン、ジベンジルアミン、トリベンジルアミン、アルカノールアミン(トリエタノールアミン等)等が好適に用いられる。アミン系気化性防錆剤は、酸(安息香酸、シクロヘキサンカルボン酸、亜硝酸、塩酸、アクリル酸、サリチル酸等)との塩であってもよい。これらの中では、下記理由から、第3級アミンが好ましく、トリブチルアミンが特に好ましい。まず、機械を輸出したり又は装置を長期に亘って停止しておいた際でも、当該成分が油中より気化して、油に浸かっていない部分の金属表面に吸着して、空気中の湿気による金属表面の錆を防止する気化性防錆効果がある。更に、油中でもこれらアミン化合物は、窒素原子の不対電子対による分極によって、金属の表面に吸着しようとするが、トリブチルアミンのような第3級アミンは、窒素原子の周囲に炭化水素基が結合しているため、アルキル基による立体障害によって他の耐摩耗剤や油性剤と比較して金属表面にあまり強く吸着せず、使用する潤滑油の耐摩擦性に影響を与え難い。加えて、作動油には、例えば、耐摩耗剤のジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)が添加されている。このような系に、窒素原子に三個の炭化水素基が結合している第3級アミンをマーカーとして添加しても、立体障害により簡単には窒素原子の不対電子対の部分がZnDTPの亜鉛金属原子に配位し難く、ZnDTPの耐摩擦性に悪影響を与えない。
【0030】
(分量)
気化性アミン(アミン系気化性防錆剤)の分量は、潤滑油の性能(例えば、耐摩耗性能)に影響を与えない量が好ましい。当該分量は、添加される潤滑油の成分や組成、潤滑油の用途、選択する気化性アミン(アミン系気化性防錆剤)の種類等にもよる。通常、アミン系気化性防錆剤の分量は、潤滑油基油組成物100質量%に対して、0.05〜2.0質量%が好ましく、より好ましくは0.06〜1.75質量%、さらに好ましくは0.07〜1.5質量%であることが好ましい。
【0031】
(添加に際して考慮すべき事項)
前述のように、潤滑油組成物に気化性アミン(アミン系気化性防錆剤)を添加するに際し、どの成分を選択するか及びどの程度の分量までとするかに関しては、事前に、マーカーとして使用する候補である気化性アミン(アミン系の気化性防錆剤)を潤滑油製品に添加した上、当該潤滑油製品の性状性能に影響を与えるか否かを検証することを通じ、気化性アミンの添加量を決定する必要がある。尚、どの種類のマーカーをどの程度添加するかに関しては、当業者により容易に適宜決定し得る。
【0032】
例えば、気化性アミンが添加される潤滑油の、製品の匂い、引火点、密度、耐摩耗性等の性状性能が大きく変化しないことが、気化性アミンの種類及び添加量のファクタとなり得る。尚、製品の性状性能を変化させないことのみならず、周囲の環境面をも考慮し、添加する量はできるだけ少ないことが望ましい。この点から、上述したように、一般的には0.05〜2.0質量%の範囲で使用されるものと考えられる。特に、使用する製品の引火点を下げない程度の添加量とすべきとの観点に立つと、1質量%以下が好適であり、0.2質量%以下がより好適である。
【0033】
<任意含有物>
本発明の潤滑油組成物には、前記の気化性アミン(アミン系気化性防錆剤)の他、摩耗防止剤、金属不活性剤、帯電防止剤、消泡剤、酸化防止剤、分散剤、清浄剤、極圧剤、摩擦調整剤、粘度指数向上剤、流動点降下剤、増粘剤、金属清浄剤、無灰分散剤、腐食防止剤等必要に応じて任意の一種以上の添加物が使用可能である。例えば、性能向上として用いられる「添加剤パッケージ」(例えば、ATF添加剤パッケージ等の各種パッケージ)を用いることができる。
【0034】
≪本発明に係る潤滑油組成物の識別方法≫
本発明は、マーカーとして気化性アミンを含有している可能性がある、検査対象である潤滑油組成物を加温する加温工程と、加温工程後、キンヒドロン反応、ニンヒドリン反応及びドラーゲンドルフ反応からなる群より選択される1種以上のアミン系呈色反応に使用されるアミン呈色試薬を含む媒体を、潤滑油組成物の液面上の気相に配する第一反応工程と、加温工程後、pH依存性呈色反応に使用されるpH依存性呈色試薬を含む媒体を、潤滑油組成物の液面上の気相に配する第二反応工程と、アミン呈色試薬と気化性アミンとの反応又は非反応に起因した第一呈色パターン及びpH依存性呈色試薬と気化性アミンとの反応又は非反応に起因した第二呈色パターンが表示された標準呈色パターンと、第一反応工程及び第二反応工程での結果である呈色パターンと、を少なくとも比較し、検査対象である潤滑油組成物が特定の潤滑油組成物であるか否かを判定する判定工程とを有することを特徴とする、潤滑油組成物の識別方法である。以下、本識別方法の各工程を詳述する。
【0035】
<加温工程>
本発明に係る加温工程は、マーカーとして気化性アミンを含有している可能性がある、検査対象である潤滑油組成物を加温{例えば、約70℃以上の温度(より好ましくは約90℃以上の温度)}まで加温する工程である。ここで、加温手法や加温条件は、気化性アミンが測定可能な程度まで気化するような条件であれば特に限定されない。例えば、現場にて比較容易に検査作業するという観点からは、ポットのお湯等を利用して検査試料を60〜70℃に加温する手法を挙げることができる。
【0036】
<第一反応工程>
本発明に係る第一反応工程は、加温工程後、キンヒドロン反応、ニンヒドリン反応及びドラーゲンドルフ反応からなる群より選択される1種以上のアミン系呈色反応に使用されるアミン呈色試薬を含む媒体(例えば、キンヒドロンをしみ込ませたキンヒドロン試験紙)を、潤滑油組成物の液面上の気相に配する(例えば、当該媒体を反応容器に縣垂させる)工程である。この工程に付すことで、加温工程にて気化したアミンに起因してアミン呈色試薬が呈色し得る(或いは呈色しない)。例えば、キンンヒドロン反応に基づくアミン呈色試薬(キンヒドロン)の場合、第1級アミンは紫、第2級アミンは赤、第3級アミンは黄橙、第4級アミンは緑黄に発色する。尚、複数のアミン呈色試薬を組み合わせて使用してもよい。また、どのアミン呈色試薬を採用するかは、反応対象となる気化性アミンの種類等に基づき、当業者により容易に適宜決定し得る。
【0037】
ここで、アミン系呈色試薬を含む媒体は、特に限定されないが、現場で比較的容易に検査作業が可能になるという観点からは、試験紙であることが好適である。例えば、当該試験紙は、アミン系呈色試薬液をろ紙に浸した後、溶媒を揮発させることにより得られる。
【0038】
<第二反応工程>
本発明に係る第二反応工程は、加温工程後、pH依存性呈色反応に使用されるpH依存性呈色試薬を含む媒体(例えば、濾紙にチモールブルー及びクレゾールレッドをしみ込ませた万能pH試験紙)を、潤滑油組成物の液面上の気相に配する(例えば、当該媒体を反応容器に縣垂させる)工程である。この工程に付すことで、加温工程にて気化したアミンに起因してpH依存性呈色試薬が呈色し得る(或いは呈色しない)。尚、複数のpH依存性呈色試薬を組み合わせて使用してもよい。また、どのpH依存性呈色試薬を採用するかは、反応対象となる気化性アミンの種類等に基づき、当業者により容易に適宜決定し得る。ここで、第一反応工程と第二反応工程は、同時に行ってもよく、先に第一反応工程を行った後に第二反応工程を行ってもよく、先に第二反応工程を行った後に第一反応工程を行ってもよい。
【0039】
ここで、pH依存性呈色試薬を含む媒体は、特に限定されないが、現場で比較的容易に検査作業が可能になるという観点からは、試験紙であることが好適である。例えば、当該試験紙は、pH依存性呈色試薬液をろ紙に浸した後、溶媒を揮発させることにより得られる。
【0040】
尚、第一反応工程及び第二反応工程の両方を併用させる理由は、アミン検出の精度を高めるためである。即ち、一種類の呈色反応工程では、偶然同じ色を呈するマーカーが潤滑油に添加されている場合に、必ずしも正確に潤滑油の真贋を判断することができないところ、二種類以上の反応工程を実施することで、偶然同一の呈色反応が得られる可能性を減らし、識別対象である潤滑油組成物の真贋をより正確に判断することができる。尚、第一反応工程及び第二反応工程の両方のみには限定されず、精度を高めるために更に反応工程を付加してもよい。
【0041】
<判定工程>
判定工程は、アミン呈色試薬と気化性アミンとの反応又は非反応に起因した第一呈色パターン及びpH依存性呈色試薬と気化性アミンとの反応又は非反応に起因した第二呈色パターンが表示された標準呈色パターンと、第一反応工程及び第二反応工程での結果である呈色パターンと、を少なくとも比較し、検査対象である潤滑油組成物が特定の潤滑油組成物であるか否かを判定する工程である。その結果、真正の潤滑油組成物であることを識別し、他の油種と区別することができる。
【0042】
<検査タイミング>
本発明に係る検査は、どのようなタイミングで実施してもよい。例えば、使用する現場にて、実際に潤滑油組成物を交換するタイミング、機器へ充填する直前のタイミング、が例示される。
【0043】
(標準呈色パターン)
標準呈色パターンは、添加する気化性アミン(アミン系気化性防錆剤)の種類、採用するアミン系呈色試薬の種類、設定した反応条件等(時間や温度等)に基づき、化学呈色反応で試薬による色の変化がどのように得られるかを確認しておく必要がある。尚、標準呈色パターンは、標準呈色シートの形態が好ましい。
【0044】
≪識別用キット≫
本発明に係る識別用キットは、
キンヒドロン反応、ニンヒドリン反応及びドラーゲンドルフ反応からなる群より選択される1種以上のアミン系呈色反応に使用される反応試薬を含む媒体(例えば反応試験紙)と、
pH依存性呈色反応に使用される反応試薬を含む媒体(例えばpH試験紙)と、
アミン呈色試薬と気化性アミンとの反応又は非反応に起因した第一呈色パターン及びpH依存性呈色試薬と気化性アミンとの反応又は非反応に起因した第二呈色パターンが表示された標準呈色パターンと
を含む。尚、標準呈色パターンは、キット中に必須的にある必要はなく、測定の際に測定者が保持していればよい。
【0045】
ここで、アミン系呈色反応に使用される反応試薬を含む媒体(例えば反応試験紙)とpH依存性呈色反応に使用される反応試薬を含む媒体(例えばpH試験紙)とは別体であることが好ましいが、一体化したもの(例えば、濾紙の特定箇所にアミン系呈色反応に使用される反応試薬を含有させ、当該濾紙の別の特定箇所にpH依存性呈色反応に使用される反応試薬を含有させたもの)を用いてもよい。更には、これら反応試薬を含有する媒体(両方の媒体のみならず一方のみの媒体でもよい)と標準呈色シートと一体化させてもよい{例えば、濾紙の特定箇所にアミン系呈色反応に使用される反応試薬を含有させ、その近辺に、アミン系呈色試薬が気化性アミンと反応した際(又は反応しなかった際)の呈色パターンを表示した標準呈色を配し、当該濾紙の別の特定箇所にpH依存性呈色反応に使用される反応試薬を含有させ、その近辺に、pH依存性呈色試薬が気化性アミンと反応した際(又は反応しなかった際)の呈色パターンを表示した標準呈色を配したもの}を用いてもよい。
【0046】
≪具体的な手順例≫
以下、マーカーとしてアミン系気化性防錆剤が潤滑油組成物製品中に存在している否か、即ち、推奨品もしくは純正品であるか否かを検出するための具体的な手順例を説明する。但し、あくまで一例に過ぎず、本発明の技術的範囲は本例に何ら限定されるものではない。
【0047】
(手順1)潤滑油を機械に適用する前に、当該潤滑油が充填された容器(例えば、ドラム、20Lペール缶、4L缶等)から、密閉可能な所定量(例えば、200cc)の容器(例えば、三角フラスコ)へ所定量(例えば、約100cc)をサンプリングする。
【0048】
(手順2)図1のように、容器(例えば、三角フラスコ)の上部に、pH依存性呈色試薬を含む媒体11(例えば、万能pH試験紙)及びアミン呈色試薬を含む媒体12(例えば、キンヒドロン試験紙)をセットし、密閉して、試料の入った容器(例えば、三角フラスコ)をお湯で所定時間(例えば、約10分間)湯浴し、サンプリングした試料を加温する。
【0049】
(手順3)マーカーであるアミン系気化性防錆剤を添加した識別された潤滑油製品であれば、加温によって気化性防錆剤が容器(例えば、三角フラスコ)内で充満し、例えば、チモールブルーやクレゾールレッド等をしみ込ませた万能pH試験紙であればアルカリ性を示す青色に、また、例えば、キンヒドロン試薬を染み込ませたキンヒドロン試薬紙であれば、アミン化合物に応じた化学呈色反応(一般的な色調としては、第1級アミンでは紫、第2級アミンでは赤、第3級アミンでは黄橙、場合によって第4級アミンでは緑黄)が得られる。
(手順4)標準変色パターンでの色と、実際の現場で加温して得られた結果の色と、を比較し、同じ結果が得られれば、市場でサンプリングされた試料が気化性アミンでマーカーして識別された推奨油もしくは純正品である、と判断できる。
【0050】
≪他の適用例≫
(1)マーカーの種類
本発明では、潤滑油の識別を容易にするためのマーカーとして、気化性アミンを選択した。これは、アミン基(第1級、第2級、第3級、第4級)という官能基の反応により、その呈色反応によりその潤滑油の真贋を識別することができることに着目したからである。しかしながら、顕著な効果を奏する他、潤滑性能に悪影響を与えず、入手容易性及びコスト等をも踏まえ、現実的に採用することを想定して第3級及び第4級気化性アミンを選択したに過ぎず、理論的には、他の種類のマーカーも使用可能である。また、本発明で例示した気化性アミンと他の種類とを組み合わせて使用してもよい。
【0051】
例えば、本発明の一例として気化性防錆剤としての機能を有する成分として、脂肪族エステル類、アミンと脂肪族の塩類、トリアゾール類、チアゾール類の複素環状化合物等も使用可能である。例えば、ベンゾトリアゾール、トリルトリアゾール、ジシクロヘキシルアンモニウムナイトライト、モノエタノールアミンベンゾエード、ジシクロヘキシルアンモニウムベンゾエード、ジイソプロピルアンモニウムベンゾエート、ジイソプロピルアンモニウムナイトライト、シクロヘキシルアミンカーバメイト、ニトロナフタレンアンモニウムナイトライト、シクロヘキシルアミンベンゾエート、シクロヘキシルアンモニウム、シクロヘキサンカルボキシレート、ジシクロヘキシルアンモニウムアクリレート、ジシクロヘキシルアンモニウムサリシレート等の気化性防錆剤も好適に用いられる(非特許文献2)。尚、気化性アミン以外の成分を選択する場合においても、マーカーとして添加する場合には、識別したい潤滑油製品の性状性能に悪影響の及ぼさない範囲の添加濃度で配合することが好適である。
【0052】
(2)マーカーが持つ機能
本発明では、一例として防錆機能を有するものを想定した。マーカーは、前記のように潤滑油組成物中に微量に存在する。しかしながら、微量として存在しているとはいえ、潤滑油組成物に対して実質的に悪影響を与えることは極力防止されるべきである。この観点から、使用時にマーカーが存在していたとしても、潤滑油組成物に対して悪影響を実質的に与えず、むしろ潤滑油組成物に対して良好な性質を付与する成分であることが好適である。よって、使用時に機械の錆を防止を図る観点から、気化性アミンとして3級及び4級アミン系気化性防錆剤を例示した次第である。但し、発明本来の目的からすると、防錆性を有する成分には限定されず、(i)使用時にマーカーが存在していても潤滑油性能に実質的に悪影響を与えない成分であれば基本的にはどのような成分でもよく、更には、(ii)使用時にマーカーが存在していた場合に潤滑油性能に実質的に悪影響を与えてしまう恐れがある成分であれば、潤滑油組成物中に存在するマーカーの量を、潤滑油性能に実質的に悪影響を与えない程度の量とすること、が必要である。
【0053】
(3)マーカーの検出手法
本発明では、現場で比較的容易に検出作業可能という観点から、検出方法の好適例として呈色反応を挙げた。但し、検出方法は特に限定されず、例えば図2に示すように、ガラス管の中に指示薬を吸着させたシリカゲルを詰めたガス検知管タイプのものを利用して検出する方式でも、よりわかりやすく、手軽に作業を実施することができる。より具体的には、マーカーを検知するガス検知管を2種類以上使用して、同じように検出及び/又は確認することもできる(例えば、北川式ガス検知管(光明理化学工業株式会社製)、ガステック検知管(GASTEC株式会社製)等)。尚、これらガス検知管は、アミン類(例えば、トリブチルアミン)は当然のこと、アンモニア、硫化物(S原子を含む成分)等、例えば、チアゾールやトリアゾール等の検知も可能である。
【実施例】
【0054】
以下に実施例及び比較例を挙げて、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下に限定されるものではない。
【0055】
各種の潤滑油製品にも応用が可能であることを示すため、組成がAPI Group-3基油100質量%で構成されるプロセス−A油を1L使用して、そこへアミン系の気化性防錆剤としてトリブチルアミンを0.1〜1.0質量%になるよう添加し、アミン系気化性防錆剤を含有する潤滑油を50℃で30分間撹拌し、溶解した。混合物を1Lのスチール製サンプル缶(5x11x18cm)へ充填し、キャップで密閉し、一昼夜、室温(20℃)で静置した。各試料の入ったスチール製サンプル缶から試料を100ml取り、200mlの三角フラスコを用いて、キンヒドロン試薬紙、万能pH試験紙を使用し、図1に示したような形で三角フラスコの中にセットした。試験紙をセットした三角フラスコを、魔法瓶に入った90℃前後の湯を1Lのビーカーへ入れて湯浴し、試験紙の状態を約10分程度確認した。結果を表1に示す。
【0056】
アミン系の気化性防錆剤であるトリブチルアミンが0.1質量%添加したプロセス-A油の試料でも充分に識別が可能な呈色反応を確認した。
【0057】
【表1】

【0058】
表1の結果より、本発明の手法による識別は可能であることが分かる。しかも、特別の分析機器も必要なく、気化性の防錆剤の化合物を検知できる試験紙(もしくは検知管)及び小さな試料容器類をあらかじめ用意しておけば、実際の装置を使用している現場で容易に判別することが可能である。
【符号の説明】
【0059】
11 万能pH試験紙による変色
12 キンヒドロン試験紙による変色
13 気化したアミン系防錆剤
14 サンプリングされた試料(識別された製品)
15 加温するための湯浴
21 ガラス管
22 ガス検知管
23 吸入用シリンダー
24 気化したアミン系防錆剤
25 サンプリングされた試料(識別された製品)
26 加温するための湯浴

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マーカーとして気化性アミンを含有している可能性がある、検査対象である潤滑油組成物を加温する加温工程と、
加温工程後、キンヒドロン反応、ニンヒドリン反応及びドラーゲンドルフ反応からなる群より選択される1種以上のアミン系呈色反応に使用されるアミン呈色試薬を含む媒体を、潤滑油組成物の液面上の気相に配する第一反応工程と、
加温工程後、pH依存性呈色反応に使用されるpH依存性呈色試薬を含む媒体を、潤滑油組成物の液面上の気相に配する第二反応工程と、
アミン呈色試薬と気化性アミンとの反応又は非反応に起因した第一呈色パターン及びpH依存性呈色試薬と気化性アミンとの反応又は非反応に起因した第二呈色パターンが表示された標準呈色パターンと、第一反応工程及び第二反応工程での結果である呈色パターンと、を少なくとも比較し、検査対象である潤滑油組成物が特定の潤滑油組成物であるか否かを判定する判定工程と
を有することを特徴とする、潤滑油組成物の識別方法。
【請求項2】
気化性アミンが、100℃以下で気化する第3級アミンである、請求項1記載の識別方法。
【請求項3】
気化性アミンが、トリブチルアミン、ジメチルエチルアミン及びトリエチルアミンからなる群より選択される1種以上である、請求項1又は2記載の識別方法。
【請求項4】
第一反応工程での前記媒体及び/又は第二反応工程での前記媒体が、アミン呈色試薬及びpH依存性呈色試薬をそれぞれ含む試験紙である、請求項1〜3のいずれか一項記載の識別方法。
【請求項5】
キンヒドロン反応、ニンヒドリン反応及びドラーゲンドルフ反応からなる群より選択される1種以上のアミン系呈色反応に使用されるアミン呈色試薬を含む媒体と、
pH依存性呈色反応に使用されるpH依存性呈色試薬を含む媒体と
を含む、請求項1に記載された識別方法で使用される識別用キット。
【請求項6】
請求項1に記載された識別方法により特定の潤滑油組成物であることが判別可能な、マーカーとして気化性アミンを含有している潤滑油組成物。
【請求項7】
気化性アミンが、100℃以下で気化する第3級アミンである、請求項6記載の潤滑油組成物。
【請求項8】
気化性アミンが、トリブチルアミン、ジメチルエチルアミン及びトリエチルアミンからなる群より選択される1種以上である、請求項6又は7記載の潤滑油組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−82797(P2013−82797A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−223116(P2011−223116)
【出願日】平成23年10月7日(2011.10.7)
【出願人】(000186913)昭和シェル石油株式会社 (322)
【Fターム(参考)】