説明

潤滑油の識別システム

機械内に存在する検出器により現場で検出できる受動マーカーと、油組成物が機械内にあるとき該油組成物中の受動マーカーを現場で検出するための検出器とを含有する潤滑油組成物を含む潤滑油識別システム。この識別システムで使用するのに適する潤滑油組成物及び機械、並びに該機械を操作する方法も開示される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンなどの機械において潤滑油を現場で識別するためのシステムに関する。特に、本発明は、エンジンなどの機械において現場で検出できる受動マーカーを含んだ潤滑油に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、エンジン内の流体、例えば、潤滑剤と燃料は、エンジンの数少ない特徴の一つを表し、それについての限られた情報でももしあればエンジン管理チップが受け取る。よくない潤滑剤がエンジン内で使用されていると、最適状態には及ばない車両性能やエンジンの故障でさえ起こり得る。したがって、確実かつ満足できるエンジン動作を保証するために、車両の製造業者(相手先商標製品製造供給企業、OEM)は、通常は特定の潤滑剤の使用を推奨する。よって、エンジンの不具合を防ぐか又は診断するために、エンジン管理システムが現場で使用されている潤滑剤を識別し、ユーザーに知らせるか又はエンジン動作を調整できたなら有用であろう。
【0003】
潤滑油の種類が異なれば、要求される油交換の時間周期も異なる。エンジン用に推奨される潤滑剤は1より多くあり、例えば1つの製品は、所与の油交換の時間周期を有する標準的な品質のものかもしれないし、もう1つの製品は、より高い品質であり油交換が必要となるまでのより長い期間の間エンジン内に入れておくことができるものかもしれない。よって、エンジン管理システムが、異なる種類の潤滑剤を区別し、その情報を用いて油交換が必要な時期を決定してそれを車両ユーザーに示すことができたならば有益である。
【0004】
例えばUS-A-5928954やEP-A-1001003に記載されているように、潤滑油を識別する手段を開発する以前の試みは、主に色素を油に混ぜることを伴った。
【0005】
例えば、US-A-5928954には、ガソリン、ディーゼル燃料、暖房用の油、潤滑油又は原油などの炭化水素に標識をつける方法が記載されており、標識の付けられるべき炭化水素が、相対的に少量の蛍光色素と混ぜ合わされる。次に、標識の付けられた炭化水素の存在が、色素を励起して可視スペクトル領域の上部分又は近赤外スペクトル領域の下部分の波長にて蛍光発光させることにより測定される。
【0006】
同様に、US-A-5525516には、1種以上の近赤外蛍光性化合物(フルオロフォア)を中に混ぜることにより、識別用の不可視のマーキングを石油炭化水素に与える方法が開示されている。このフルオロフォアは、標識の付けられた炭化水素組成物を波長が670〜850nmの範囲の近赤外線に当てて、発光される蛍光を近赤外光検出手段により検出することにより検出される。
【0007】
EP-A-0637743には、バルク液体の認証を可能にする方法と、バルク液体のその後の希釈を検出する方法が記載されている。これらの方法は、既知の量の化学ルミネセンス性マーカー物質を薄めていないバルク液体に入れることを伴うと考えられる。次に、その後の希釈のために認証又は分析されるべきバルク液体がサンプリングされ、そのサンプルが、化学ルミネセンス反応を引き起こすのに必要な条件に置かれる。もし反応が起これば、それにより真正であることが確認される。いずれの反応の特徴でも薄めていないバルク液体に対応するそれらの特徴と比較することで、バルク液体が希釈されたか否かを決めることができる。
【0008】
US-A-5942444には、識別のために製品に標識をつける方法が記載されており、プリント分子、プリント分子類似物、又は分子的にインプリントされた分子から成るマーカーが、製品に添加され、続いて特定の結合アッセイで測定される。US-A-5942444では、製品のサンプルを製造してマーカーのアッセイを行うことは、製品からのマーカー化合物の抽出;水性又は有機溶剤による製品の希釈;濾過;蒸発;沈殿;及びマーカー化合物の固相抽出、例えばイオン交換樹脂を用いたマーカー化合物の精製、クロマトグラフィー(例えばシリカを用いる)、又は分子的にインプリントされた固相抽出(MISPE)クロマトグラフィーから選択される1以上のステップを含むことが示されている。
【0009】
US-A-5429952には、製品に標識を付けた後に製品の識別手段として製品中のマーカーを検出する方法が開示される。この方法は、マーカーとしてのハプテンを製品に関連付けるステップ(このハプテンは、製品に対して無害で、製品に対して不活性で、製品に既に関連付けられてはいないものである);及びハプテンを相補的な結合部材に特定的に結合させることにより、製品を識別する手段として後の時点で製品中のハプテンを検出するステップを含む。潤滑油、ガソリン、ディーゼル及び液化石油製品などの油ベースの製品は、US-A-5429952の方法によって標識を付けて分析できることが示されているが、イムノアッセイではマーカーを水溶液にする必要がある。標識の付けられた油ベースの製品の場合、このことは溶剤抽出を要すると考えられる。実際、この点について、US-A-5429952の例3には、標識の付けられた潤滑油のアッセイが、イムノアッセイの前に0.05M Tris/HCl pH7.5中に5容量のヘキサンと1容量の20%アセトニトリルとを有するm−フェノキシ安息香酸マーカーを抽出することを含むことが示されている。
【0010】
US-A-5429952の一部継続出願であるUS-A-5776713には、US-A-5429952に記載のものと同様の方法が開示されており、そのマーカーは、事前生成された高分子化合物に共有結合したハプテンである。
【0011】
WO-A-96/00271には、カルボニル化合物を用いてモーターの燃料、暖房用の油及びエンジン油などの炭化水素に標識を付けることが記載されている。しかしながら、これらの化合物の検出では、水性アルコール又は水性アセトン中の鉄(III)塩溶液でこれらの炭化水素のサンプルを処理する必要がある。例えば、標準温度と標準圧力にて凝集の液体状態にある炭化水素の試験は、通常は約20mlのマーカー含有炭化水素と約2mlの試薬液を約15〜20秒間勢いよく振ることにより実行されることが示されている。相分離すると、下側の水相は色変化する。
【0012】
上記従来の方法の問題は、エンジン内の潤滑剤を識別するために、潤滑剤のサンプルをエンジンから取り出して分析する必要があることである。その結果、これらの方法は一般に厄介で時間も掛かり、特に、データをエンジン管理チップに与えるには適さない。
【0013】
エンジン内に存在している間に潤滑剤を識別する方法は開発されたが、この識別は、油の粘度などの相対的に粗い情報に基づいている。US-A-5274335では、間隔を置いた2つの電極、三角波手段、比較手段及び信号手段を備えたオンボードセンサーが、2行程サイクルエンジン油と4行程サイクルエンジン油を区別するために油の金属含有量を指示する。従来技術のオンボード測定において油に関して与えることができる情報は限られており、例えば、異なるブランドの潤滑油を区別するのには使用できない。
【0014】
上述した従来の方法の課題を回避するようなエンジン内の潤滑油を識別する改良システムのニーズは依然として存在する。
【特許文献1】US-A-5928954
【特許文献2】EP-A-1001003
【特許文献3】US-A-5525516
【特許文献4】EP-A-0637743
【特許文献5】US-A-5942444
【特許文献6】US-A-5429952
【特許文献7】US-A-5776713
【特許文献8】WO-A-96/00271
【特許文献9】US-A-5274335
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、エンジンなどの機械内に存在する検出器により現場で検出できる1種以上の受動マーカーを含む潤滑油組成物を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0016】
受動マーカーは、潤滑剤の同一性についての情報を与え、例えば、特定の潤滑油(すなわち、ブランド名及び/又は性能仕様及び/又は粘度グレードなどにより特徴付けられるもの)は、それに添加される固有のマーカーを有することになる。エンジンなどの機械において現場で検出できる識別マーカーを潤滑油に意図的に添加することにより、油の同一性に関するより正確で具体的な情報を与えることができるだけでなく、この情報は、機械の電子制御装置又は管理チップにより有利に利用できることが分かった。本発明の潤滑油は、適当な機械(例えばエンジン)に使用されると、機械管理チップが潤滑油のブランド又はグレードを区別し、それに応じて例えば、ユーザーに知らせ且つ/又は機械動作を調整することで反応できるようにする。この潤滑油はまた、不正潤滑油がエンジンなどの機械に用いられないことを保証するのに使用できる。
【0017】
好ましくは、受動マーカーは、動作中又は運転中の機械内にて現場で検出され得る。
【0018】
「機械」は、潤滑システムを有する任意の機械装置を意味し、産業機械やエンジン、例えば自動車のエンジンが挙げられる。
【0019】
これらのマーカーは、実質的に潤滑油の性能と干渉せず、油の潤滑機能に寄与せず、油の標準的な成分を形成しない点において、「受動的」である。
【0020】
本発明の識別システムに適した受動マーカーとしては、微粒子や分子種が挙げられる。適する微粒子の例は、無線周波識別(RFID)チップ、磁気タグ及び生体磁気タグである。適する分子種の例は、臭気剤分子である。
【0021】
本発明の一態様では、マーカーは、油を使用する機械(例えばエンジン)における油フィルターを通過するようなサイズを有する。本発明のこの態様では、好ましくはマーカーは、分子種、例えば、電子鼻により検出できる臭気剤分子である。好ましくはマーカーは、臭気剤分子である。本発明において臭気剤分子の選択は制限されない。しかしながら、商品名「Ralley」、「Blue Spirit」、「Lemon Top」又は「Petrolica」(すべてSymrise(以前はDragocoとして知られる)により製造)で知られたものなどの化合物から選択するのが好ましい。マーカーが臭気剤分子の場合には、潤滑油組成物中に0.01〜0.5体積%の量が存在するのが好ましい。ほんの小サイズのRFIDチップ、磁気タグ又は生体磁気タグなどの微粒子もまた、本発明のこの態様に適する。
【0022】
本発明の別の態様では、受動マーカーは、油を使用する機械(例えばエンジン)において油フィルターを通過しないようなサイズである。本発明のこの態様では、好ましくは、マーカーは、5〜50ミクロンサイズのフィルターメッシュを通過しないような大きさを有する。潤滑油中のマーカーの濃度は、油フィルターの作用と実質的に干渉しないようなものである。潤滑油は、4リットルの潤滑油当たり1〜10個の受動マーカーを含むのが好ましい。本発明のこの態様では、好ましくはマーカーは無線周波識別(RFID)チップ又は磁気タグである。さらに好ましくはマーカーはRFIDチップである。
【0023】
適するRFIDチップの例は、日立製μチップである(詳細は例1参照)。動作中、マーカーは油フィルター中に収集され、そこで検出器により検出される。次に、捕獲されるマーカーは、次の油交換時に油フィルターから除去され得る。それからこれらのマーカーは、リサイクルされるか又は廃棄され得る。
【0024】
本発明の別の態様では、上述した識別システムで使用するのに適した潤滑油を提供する方法が提示され、この方法は、潤滑油を与えること、及び機械内に存在する検出器により現場で検出するのに適した1種以上の受動マーカーを該潤滑油に混ぜることを含む。1種以上の受動マーカーを潤滑油に混ぜるのは、例えば、潤滑剤混合プラントで行うことができる。
【0025】
本発明の別の態様では、無線周波識別(RFID)チップ、磁気タグ、生体磁気タグ及び臭気剤分子のうち1種以上について潤滑油用の受動マーカーとしての使用が提示される。
【0026】
本発明の別の態様では、上述した潤滑油組成物中の受動マーカーを現場で検出する検出器を含んだエンジンなどの機械が提供される。
【0027】
検出器の選択は、受動マーカーの選択に依存し、ある程度は機械内の検出器の位置も受動マーカーの選択に依存する。
【0028】
RFIDμチップは、μリーダーにより検出でき(詳細は例1参照)、もしRFIDチップが、油フィルターにより捕獲されるようなサイズであるならば、μリーダーは油フィルター上又は近くに配置し得る。
【0029】
バーコードに類似の形態を有する磁気タグ(ここでコード中のバーは、非常に柔らかく(低い保磁力)、高い透磁率の磁性合金から作られている)は、磁気リーダーを用いて読み出し又は検出ができる。適した磁気リーダーは、例えば、エンジン又は機械での使用に適したUS-A-6371379の磁気リーダーである。このリーダーは、タグ中に使用された磁性材料を飽和するのに十分な磁場強さのある領域により囲まれた、ゼロ磁場(ヌル(null))の狭い領域を空間内に作る。一般に、低振幅の交流磁場が取り調べ領域に加えられることで、ヌル領域内の軟磁性要素が飽和化及び非飽和化され、それにより、取り調べ周波数の放射高調波を放射する。これらの高調波は検出でき、それらの発生時期は、ヌルに対する該要素の位置に関係する。一般に、US-A-6371379に記載のように数ミリメートルのリーダー-タグの分離に対して、50ミクロンより大きな空間分解能が達成できる。
【0030】
臭気剤分子に適する検出器は、電子「鼻」、例えば表面弾性波電子鼻、又は電子「舌」である。別の適当な電子鼻は、蒸気を検出するセンサーアレイに基づいたものである。例えば、CYRANO Sciences社から商品名「Cyranose 320 Electronic Nose」として市販のエンジンや機械内で使用するのに適したデバイスにおいて利用されるセンサーアレイが適する(例2参照)。所与の潤滑剤に対し、センサーアレイは固有のにおい跡(smell print)を与える。このセンサーアレイは、潤滑油が固有の臭気剤を含んでいるか否かを検出でき、さらにまた、油が新鮮か又は部分酸化されているかを検出できる。
【0031】
好ましくは、機械(例えばエンジン)は、電子制御装置を備え、信号は検出器から電子制御装置に伝送され得る。このことは、電気的に有線により、又はブルートゥース技術に対応する2.45GHzの周波数を含めて適当な周波数での無線周波技術により実行できる。好ましくは、この機械は、信号を検出器から電子制御装置に伝送する手段を備える。
【0032】
動作中、潤滑油は、検出器を含んだ機械(例えばエンジン)の中に入れられる。機械内の検出器は、受動マーカーが存在するか否かを検出する。それに従って、検出器は、信号を機械の電子制御装置中の機械管理チップに送る。機械管理チップは、機械に認可された油又は機械に認可されていない油として潤滑油を認識する。後者の場合は、マーカーが存在しない結果とし得る。機械管理チップは、これに従ってこの情報を処理する。例えば、もし潤滑剤がこの機械での使用に認可されていなければ、警告信号が例えば、車両ユーザーに与えられ得、機械管理チップは、次に車両がメンテナンス検査を受ける時に非認可の潤滑剤の使用をサービス修理工場にフラグ通知できる。もし潤滑剤が使用を認可されているならば、機械管理チップは、その特定の油の仕様に従って次の油交換までの時間周期を調整する。機械管理チップは、油交換の区間予測アルゴリズムを調整することにより、受け取った情報を処理できる。
【0033】
したがって、本発明は、このような機械を操作する方法を提供し、
(i)機械内の潤滑油の同一性についてのデータを提供する検出器を用いること;及び
(ii)(i)で得られたデータを利用し、油交換が必要な時を求めるか、油交換が必要な時を求めるのに用いることができる値を設定すること
を含む。
【0034】
本発明の別の態様では、機械は、機械内の潤滑油の状態を示す少なくとも1つのセンサーをさらに備える。
【0035】
好ましくは、このセンサーは、潤滑剤システムにおける油の劣化速度に従って変化するパラメータを測定し、例えばセンサーは、油がどれほど酸化しているかについての測定値を与えることができる。センサーは、次の油特性:粘度、油レベル、温度、圧力、アルカリ度/酸性度、誘電率、静電容量、導電率及び比密度のうちの1又はそれより多くを測定できる。
【0036】
好ましい実施態様では、機械は、油の全酸価(TAN)に相関した示度を与えるpHセンサーをさらに備える。潤滑剤の酸化防止剤がなくなると、TANは急速に上昇し始め、油を交換すべきことを示す。本発明のこの態様では、それからユーザー又は機械管理システムが、油の同一性についての情報と共に油の状態についての情報を用いて次の油交換が予定される時を求めることができる。この方法では、次の油交換が予定される時を、従来技術よりも正確に求めることができる。これは、特定の油の仕様を考慮するだけでなく、油の実際の状態をも考慮するからである。
【0037】
例えば、エンジンに関しては、OEMにより推奨される油交換の間隔は、しばしば時間及び/又は走行距離に基づいている(例えばハンドブックではしばしば、1年ごと又は9000マイルのどちらか早い方で油の交換が必要であることが記載されている)。しかしながら、これは、異なる種類のエンジンを用いたときの潤滑剤への効果を考慮していない。一般に、高速道路での高速長距離の走行は、頻繁な常温始動で短い距離の走行よりも油への「ストレス」が少ない。油の状態の測定値を利用して油交換が必要な時を算定することにより、駆動条件が油に与えた効果が、本質的に考慮される。
【0038】
受動マーカーが臭気剤分子である場合、検出器がエンジン又は機械内の潤滑油の状態を示すセンサーとしても動作できるのが有利である。油が古くなるにつれ油のにおいが変わり、この変化は、油の状態の指示、したがって次の油交換が予定される時の指示として使用できる。
【0039】
好ましくは、この機械は、信号を少なくとも1つのセンサーから該機械の電子制御装置又は機械管理チップに伝送する手段を備える。
【0040】
動作中、機械が油の状態を測定するセンサーをさらに備えていれば、このセンサーは信号を機械管理チップにも送る。それに応じて、機械管理チップは、例えば油の同一性について受け取った情報と共に当該情報を用いて当該情報を処理し、次の油交換が必要な時を求め、又は次の油交換が必要な時を求めるための値を設定する。
【0041】
したがって、本発明は、このような機械を操作する方法を提供し、該方法は、
(i)検出器を用いて機械内の潤滑油の同一性についてのデータを提供すること;
(ii)少なくとも1つのセンサーを用いて油の状態を示すデータを提供すること;
(iii)(i)と(ii)で得られたデータを利用して、油交換が必要な時を求めるか、又は油交換が必要な時を求めるのに用いることができる値を設定すること
を含む。
【0042】
表示器を機械管理システム又は電子制御装置に接続し、存在する油の種類と次の油交換が予定される時をユーザーに示すことができる。
【0043】
本発明の好ましい実施態様では、上述した機械はエンジンである。
【0044】
本発明の別の態様によると、上述したエンジンを備える車両、及びこの車両を操作する方法が提供される。
【0045】
本発明の別の態様によると、潤滑油識別システムが提供され、該システムは、
(i)上述した潤滑油組成物;及び
(ii)油組成物が機械内にあるときこの油組成物中の受動マーカーを検出する検出器
を含む。
【0046】
この識別システムはさらに、上述したような機械(例えばエンジン)を含み得る。
【実施例】
【0047】
以下の例について本発明をさらに詳しく説明する。しかしながら、本発明はこれらに限定されない。
【0048】
実施例1
この例では、RFIDチップが潤滑油のマーカーとして使用された。使用したRFIDチップは、0.4mm×0.4mm×0.22mm(厚み)の大きさの日立製μチップであった。日立製μチップは、3×1038個の一意的な識別数を記憶できる128ビット読み出し専用メモリを有し、2.45GHz(ブルートゥースと同じ)で動作し、無電池型チップである。検出器は、μリーダーであり、油フィルターに取り付けられる。これは、油フィルターのハウジングに取り付けることもできる。油4リットル当たり、10個までの日立製μチップが加えられる。
【0049】
動作中、μチップは、油フィルターに捕捉され、約2.40〜2.50GHzの周波数のマイクロ波パワーをμリーダーから受け取り、マイクロ波パワーから電気パワーを発生し、その一意的な識別番号を復号化してそのデータをμリーダーに伝送して戻す。リーダー中のソフトウエアが、μチップが検出されたこと及びその識別番号が何かをユーザーに警告する。読み取り応答時間が20msのとき、30cmまでの読み取り距離が達成可能である。
【0050】
実施例2
この例は、電子鼻が乗用車のモーター油について新鮮なサンプル、ひどく酸化したサンプル、及び臭気剤マーカーを含んだサンプルを区別できるように如何に訓練し得るかを示す。
【0051】
この例で用いられる検出器又は電子鼻は、商品名「Cyranose 320 Electronic Nose」(CYRANO Sciences 社製)として入手可能な市販の電子「鼻」である。使用した特定のモデルは、マルチメーター型であり、それ自体はエンジンでの使用には適さない。しかしながら、実際に蒸気を検出するセンサーアレイは、エンジンでの使用に適用し得る小チップである。このチップは、アレイに構成された32の個別の薄膜カーボンブラック高分子複合材料の化学抵抗器(chemiresistors)を含む。このセンサー材料は、アルミナ基板上の2つの導線を横切って被着された薄膜であり、導電性化学抵抗器を作る。この複合膜が気相アナライトにさらされると、ポリマーマトリクスは、スポンジのように作用してアナライトを吸収しつつ膨らむ。体積が増えると、抵抗が増える。導電性カーボンブラックの材料中の通路が中断させられるからである。アナライトが除去されると、ポリマーはアナライトを開放して元の大きさに縮み、導電性通路を修復する。アレイ中で用いられる各ポリマーは、化学的に固有であり、アナライトガスを異なる程度まで吸収する。これが、アレイ間の異なる応答のパターンを作る。所与の潤滑剤の場合、センサーアレイは、固有の「におい跡(smell print)」を与える。
【0052】
新鮮な油サンプルは、主要な潤滑剤の製造業者から入手した異なる粘度グレード、基油種類及び添加剤パッケージからなる一般的なガソリン及びディーゼルエンジン油の配合物から得た。
【0053】
電子鼻が乗用車のモーター油の新鮮なサンプルとひどく酸化されたサンプルとを区別すべく如何に訓練できるかを調べるために、ひどく酸化された油サンプルを、13th International Colloquium Tribology(エスリンゲン、2002年1月15〜17日)でShell Global Solutions(UK)により開示された方法により調製され、これは、新鮮な油サンプルを取り、Shell所有の実験室のブロンエア(blown air)酸化装置を用いることを含み、この装置において、150℃に保ち、所定の速度で空気中のNOを油を通して泡立たせ、酸化条件がASTM工業規格シーケンスIIIEエンジン試験と同様になるようにした。加えて、少量の金属触媒を潤滑油に加え、エンジン油の油受皿中に見られる典型的な摩耗金属濃度をシミュレートした。
【0054】
油は様々な速度で酸化するので、サンプルは、期間を異ならせる条件下においた。実験室の試験では、潤滑剤がかなり酸化されたか否かを調べることができるように、全塩基価(TBN)、全酸価(TAN)、及び粘度の増加をモニターした。
【0055】
この酸化サンプルの調製は、公に市販されている酸化サンプルの調製サービス(Shell Global Solutions(UK)、Cheshire Innovation Park、P.O.Box1、Chester CH1 3SH、UK(Email:shellglobalsolutions@OPC.shell.com)から利用でき宣伝もされている)を利用することにより実行した。
【0056】
臭気剤を含んだ油サンプルは、商品名「Lmoen Top」で入手可能な臭気剤、又は商品名「Ralley」で(Symrise(以前はDragocoとして知られた)から)入手可能な臭気剤を潤滑油に混ぜることにより調製した。
【0057】
これらの油サンプルは、上述した「Cyranose 320」マルチメーターを用いて試験した。行った実験の設定は次の通りである。
ベースライン・パージ:30秒;ポンプ速度:中間
サンプル引き出し:90秒;ポンプ速度:中間
サンプル引き出し2:0秒
スナウト(Snout)除去:0秒
第1サンプルガスパージ:0秒
第1空気取り入れパージ:30秒;ポンプ速度:高
第2サンプルガスパージ:30秒;ポンプ速度:高
第2空気取り入れパージ:30秒;ポンプ速度:高
デジタルフィルタリング:オン
基板ヒーター:オン、37℃
訓練繰り返し総数:1
識別繰り返し総数:1
動作センサー:05、06、23及び31はスイッチオフ、その他すべてオン
アルゴリズム:標準
前処理:自動スケーリング
正規化:1
識別品質:高等
【0058】
試験のために以下の通りサンプルを調整した。きれいなプラスチックパステット(pastette)を用いて、約4mlのサンプルを40mlのきれいなガラスビンに移し入れ、PTFEブチル隔壁で密封した。次に、サンプルを50℃のオーブンに1時間半入れておき、頭隙内で蒸気を平衡させた。G15ルアー(luer)マウントの9cmステンレス鋼の皮下注射針を鼻に取り付けて隔壁に突き刺し、サンプルを引き出した。サンプルの引き出し中に圧力が確実に均一化するように、別の針を用いてガラスビンに穴を開けた。
【0059】
実施例2a
ガソリンエンジン油の10の異なるサンプル、及びそれらの夫々の完全に酸化したものについて、「Cyranose C320」マルチメーターを「訓練」した。訓練サンプルをランダムに試験し、できるだけ多用途の訓練セットを作った。訓練セットの標準データを下の表1に示す。すべての新鮮な油データは、ファクター1に対して2.8〜5.9の範囲にあるが、すべての酸化された油データは、ファクター1に対して-5.25〜-2.2の範囲にある。これら2つのデータセットは十分に分離しており、新鮮な油とひどく酸化した油を容易に区別できることは明らかである。
【0060】
「Cyranose C320」マルチメーターで利用可能な「相互検証」オプションを用いて一旦訓練セットが検証されると、6つの「未知」サンプル(A−F)をランダムに試験し、「Cyranose C320」マルチメーターがそれらを識別できたことを調べた。試験した未知サンプルのすべてが、新鮮であるか又は完全に酸化されているものとして正しく識別された。
【0061】
初期の研究によりサンプル引き出しの最初の10〜20秒の間は誤った示度を示すことが確認されたので(水蒸気が存在し得ることに起因すると考えられる)、センサー05、06、23及び31はスイッチオフにした。
【0062】
【表1】

注 「HELIX」はShellの商標である。
【0063】
実施例2b
臭気剤分子を含有した新鮮な油を含んだ第2セットの実験を行った。この実験の標準的なプロットを表2に示す。新鮮な油データは、ファクター1に対して-3.3〜-8.5の範囲にあり、ファクター2に対して0.75〜4.0の範囲にある。酸化された油データは、ファクター1に対して-5.6〜-6.1の範囲にあり、ファクター2に対して-0.9〜-3の範囲にある。臭気剤の添加された新鮮な油は、ファクター1に対して7〜10.2の範囲にあり、ファクター2に対して-1.8〜0.1の範囲にある。ここでも、3つの異なるデータセットは十分に分離している。
【0064】
表2は、「Cyranose C320 Electronic Nose」に含まれるセンサーが、新鮮な潤滑剤と劣化した潤滑剤を区別できること、及び新鮮な潤滑剤と臭気剤を含んだ新鮮な潤滑剤をも区別できることを示す。
【0065】
【表2】

【0066】
表3は、3種類の油(新鮮な油、新鮮な油+臭気剤、かなり酸化された油)の各々について「におい跡」のデータを示す。3つの種類の油の各々は、電子鼻により認識できる固有の「におい跡」を有する。各々の種類の油についてのデータは、各センサーの知覚出力(任意単位)における最大変化である。これらの実験ではセンサー5、6、23及び31はスイッチを切っておいた。
【0067】
この例は、特定の臭気剤が油のマーカーとして如何に利用できるか、及び「Cyranose 320」電子鼻に見られるのと同じ種類のセンサーアレイを用いる電子鼻が、本発明の識別システムにおいて検出器として如何に利用できるかを示す。センサーからの出力は、(1)新鮮な油+臭気剤(すなわち、油の特定の種類が識別できた)、(2)臭気剤のない新鮮な油、又は(3)かなり酸化された油であった。この出力は、車両の電子管理システムに送ることができる。もし信号(1)を受け取ったならば、エンジン管理システムは、潤滑剤の識別された特定種類がOEMにより是認されたものであるか否かを検査できる。もし信号(2)を受け取ったならば、エンジン管理システムは、OEMが是認した潤滑剤を使用すべきことを車両のユーザーに警告できる。もしエンジン管理システムが信号(3)を受け取ったならば、潤滑剤を交換する必要があることをユーザーに勧めるのに光又は他の警告機構を用いることができる。
【0068】
【表3】

【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械内に存在する検出器により現場で検出できる1種以上の受動マーカーを含む潤滑油組成物。
【請求項2】
受動マーカーが微粒子と分子種から選ばれる請求項1に記載の潤滑油組成物。
【請求項3】
受動マーカーが臭気剤分子である請求項1又は2に記載の潤滑油組成物。
【請求項4】
受動マーカーが無線周波識別(RFID)チップ、生体磁気タグ及び磁気タグから選ばれる請求項1又は2に記載の潤滑油組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の潤滑油組成物を提供する方法であって、潤滑油を提供し、機械内に存在する検出器により現場で検出するのに適した1種以上の受動マーカーを前記潤滑油に混ぜることを含む方法。
【請求項6】
無線周波識別(RFID)チップ、磁気タグ、生体磁気タグ及び臭気剤分子のうちの1種以上についての、請求項1〜4のいずれか一項に記載の潤滑油組成物に対する受動マーカーとしての使用。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の潤滑油組成物が機械内にあるとき該潤滑油組成物における受動マーカーを現場で検出する検出器を含んだ機械。
【請求項8】
電子制御装置と検出器から該電子制御装置に信号を伝送する手段とを備える請求項7に記載の機械。
【請求項9】
機械内の油の状態を示す少なくとも1つのセンサーをさらに備える請求項7又は請求項8に記載の機械。
【請求項10】
電子制御装置と前記少なくとも1つのセンサーから該電子制御装置に信号を伝送する手段とを備える請求項9に記載の機械。
【請求項11】
前記機械がエンジンである請求項7〜10のいずれか一項に記載の機械。
【請求項12】
(i)検出器を用いて、機械内の潤滑油の同一性についてのデータを与えること;
(ii)場合によっては前記少なくとも1つのセンサーを用いて、該潤滑油の状態を示すデータを与えること;及び
(iii)(i)で得られたデータと、場合によっては(ii)で得られたデータとを利用して、いつ油の交換が必要かを求め、又は油の交換が必要なときを求めるのに用いることができる値を定めること
を含む請求項7〜11のいずれか一項に記載の機械を操作する方法。

【公表番号】特表2006−501344(P2006−501344A)
【公表日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−540815(P2004−540815)
【出願日】平成15年10月1日(2003.10.1)
【国際出願番号】PCT/EP2003/050674
【国際公開番号】WO2004/031332
【国際公開日】平成16年4月15日(2004.4.15)
【出願人】(390023685)シエル・インターナシヨネイル・リサーチ・マーチヤツピイ・ベー・ウイ (411)
【氏名又は名称原語表記】SHELL INTERNATIONALE RESEARCH MAATSCHAPPIJ BESLOTEN VENNOOTSHAP
【Fターム(参考)】