説明

潤滑油組成物

【課題】変速機やその他の機器の潤滑に必要な性能を維持しながら、従来技術より、さらに優れた絶縁性能や耐摩耗性、耐焼付性を向上させた潤滑油組成物を提供する。
【解決手段】(A)潤滑油基油に、(B)少なくともひとつの水酸基及び/又はチオール基を持つリン化合物から選ばれる少なくとも1種類のリン化合物を配合し、(C)窒素を含む官能基を分散基とする無灰分散剤を組成物全量基準で窒素量が0.001質量%未満含有するか、あるいはまったく含有せず、80℃における体積抵抗率が5×10Ω・m以上である潤滑油組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁性及び潤滑性に優れる潤滑油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用装置は、さまざまな電子制御装置が使用されている。潤滑油の中で使用される場合もあり、潤滑油の絶縁性も重要になってきている。なかでも燃料電池自動車、電気自動車又はハイブリッド自動車に搭載される変速機用潤滑油、変速機・電動モータ兼用油、又は変速機と電動モータの潤滑システムが共有化された装置用変速機は、使用される電圧が高いところから、これらに使用される潤滑油の絶縁性はさらに高いものが求められている。さらに、近年の省燃費性能向上のため、動力伝達効率の向上や小型軽量化が求められており、変速機には、さらに高い負荷がかかるようになっている。このため絶縁性と同時に高い耐摩耗性や耐焼付性も求められるようになってきている。
【0003】
また変速機用潤滑油には、上述した性能のほか、クラッチの特性に合致した摩擦特性や、適正な油圧制御ができるように、低温から高温までの粘度特性、すなわち、できるだけ温度に左右されない粘度維持や、制御装置が適正に作動するように、装置内がきれいに保てるよう、酸化安定性や清浄分散性が求められる。さらにこれらの性能は一般には装置の寿命の間維持される必要がある。このため、変速機用潤滑油にはさまざまな添加剤が使用される。
【0004】
これまで、このような変速機用潤滑油として、鉱油、合成油、及びこれらの混合物からなる群より選択される基油と、組成物全量基準で0.1〜1 5.0質量%の、炭化水素基含有ジチオリン酸亜鉛、トリアリールホスフェート、トリアリールチオホスフェート及びこれらの混合物からなる群より選択されるリン化合物とを含有し、かつ、80℃における体積抵抗率が1×10Ω・m 以上であることを特徴とする自動車用変速機油組成物(特許文献1)や、鉱油、ポリ−α−オレフィン、ポリ−α−オレフィンの水素化物、アルキルベンゼン、エステル系化合物、及びこれらの混合物からなる群より選択され、80℃における動粘度が1.5〜4.0mm/sである基油と、組成物全体量基準で0.1〜4.0質量%の、炭化水素基含有ジチオリン酸亜鉛、トリアリールチオホスフェート及びこれらの混合物からなる群より選択されるリン化合物と、無灰分散剤とを含有し、かつ、80℃における体積抵抗率が1×10Ω・m以上であることを特徴とする変速機油組成物(特許文献2)が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2002/097017号
【特許文献2】特開2008−285682号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述したように変速機にはさまざまな添加剤が使用されるが、これらの添加剤は単独で、あるいは組み合わせで、絶縁性や耐摩耗性、耐焼付性を低下させたりする。本発明は変速機に必要な性能を維持しながら、従来技術より、さらに優れた絶縁性能や耐摩耗性、耐焼付性を向上させた潤滑油組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明によれば、(A)潤滑油基油に、(B)少なくともひとつの水酸基及び/又はチオール基を持つリン化合物から選ばれる少なくとも1種類のリン化合物を配合し、(C)窒素を含む官能基を分散基とする無灰分散剤を組成物全量基準で窒素量が0.001質量%未満含有するか、あるいはまったく含有せず、80℃における体積抵抗率が5×10Ω・m以上である潤滑油組成物を提供する。
また本発明は、(B)リン化合物の炭化水素基の炭素数が16以下であることを特徴とする前記記載の潤滑油組成物である。
さらにまた、本発明は、燃料電池自動車、電気自動車又はハイブリッド自動車に搭載される電動モータ用潤滑油、変速機・電動モータ兼用油、又は変速機と電動モータの潤滑システムが共有化された装置用変速機に使用される前記記載の潤滑油組成物である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の潤滑油組成物は、変速機やその他の機器の潤滑に必要な性能を維持しながら、従来技術より、さらに優れた絶縁性能や耐摩耗性、耐焼付性を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に述べる。
【0010】
本発明における(A)潤滑油基油としては、鉱油系基油および/または合成油系基油が使用でき、また2種類以上の鉱油系基油同志あるいは合成油系基油同志の混合物であっても差し支えなく、鉱油系基油と合成油系基油との混合物であっても差し支えない。そして、上記混合物における2種類以上の基油の混合比は、任意に選ぶことができる。
【0011】
鉱油系潤滑油基油としては、原油を常圧蒸留及び減圧蒸留して得られた潤滑油留分を、溶剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、接触脱ろう、水素化精製、硫酸洗浄、白土処理等の精製処理を単独又は二つ以上適宜組み合わせて精製したパラフィン系、ナフテン系等の鉱油系潤滑油基油や、ノルマルパラフィン、イソパラフィン等が挙げられる。なお、これらの基油は単独でも、2種以上任意の割合で組み合わせて使用してもよい。
【0012】
好ましい鉱油系潤滑油基油としては以下の基油を挙げることができる。
(1) パラフィン基系原油および/または混合基系原油の常圧蒸留による留出油;
(2) パラフィン基系原油および/または混合基系原油の常圧蒸留残渣油の減圧蒸留留
出油(WVGO);
(3) 潤滑油脱ろう工程により得られるワックスおよび/またはGTLプロセス等によ
り製造されるフィッシャートロプシュワックス;
(4) (1)〜(3)の中から選ばれる1種または2種以上の混合油のマイルドハイドロクラ
ッキング処理油(MHC);
(5) (1)〜(4)の中から選ばれる2種以上の油の混合油;
(6) (1)、(2)、(3)、(4)または(5)の脱れき油(DAO);
(7) (6)のマイルドハイドロクラッキング処理油(MHC);
(8) (1)〜(7)の中から選ばれる2種以上の油の混合油などを原料油とし、この原料油
および/またはこの原料油から回収された潤滑油留分を、通常の精製方法によって精製し、潤滑油留分を回収することによって得られる潤滑油。
【0013】
ここでいう通常の精製方法は特に制限されるものではなく、潤滑油基油製造の際に用いられる精製方法を任意に採用することができる。通常の精製方法としては、例えば、(ア)水素化分解、水素化仕上げなどの水素化精製、(イ)フルフラール溶剤抽出などの溶剤精製、(ウ)溶剤脱ろうや接触脱ろうなどの脱ろう、(エ)酸性白土や活性白土などによる白土精製、(オ)硫酸洗浄、苛性ソーダ洗浄などの薬品(酸またはアルカリ)精製などが挙げられる。本発明ではこれらの1つまたは2つ以上を任意の組み合わせおよび任意の順序で採用することができる。
【0014】
本発明で用いる鉱油系潤滑油基油としては、上記(1)〜(8)から選ばれる基油をさらに以下の処理を行って得られる基油が特に好ましい。
すなわち、上記(1)〜(8)から選ばれる基油をそのまま、またはこの基油から回収された潤滑油留分を、水素化分解あるいはワックス異性化し、当該生成物をそのまま、もしくはこれから潤滑油留分を回収し、次に溶剤脱ろうや接触脱ろうなどの脱ろう処理を行い、その後、溶剤精製処理するか、または、溶剤精製処理した後、溶剤脱ろうや接触脱ろうなどの脱ろう処理を行って製造される水素化分解鉱油及び/又はワックス異性化イソパラフィン系基油が好ましく用いられる。この水素化分解鉱油及び/又はワックス異性化イソパラフィン系基油は、基油全量基準で好ましくは30質量%以上、より好ましくは50質量%以上、特に好ましくは70質量%以上使用することが望ましい。
【0015】
本発明の潤滑油組成物における(A)潤滑油基油は、100℃における動粘度が1.5〜4.5mm/sに調整してなる潤滑油基油であることが好ましい。
(A)成分としては、具体的には以下の(A−a)〜(A−c)から選ばれる1種又は2種以上を混合して用いることが好ましい。
(A−a)100℃における動粘度が1.5〜3.5mm/s未満、好ましくは1.9〜3.2mm/sの鉱油系基油
(A−b)100℃における動粘度が3.5〜7mm/s未満、好ましくは3.6〜4.5mm/sの鉱油系基油
(A−c)100℃における動粘度が1.5〜7mm/s未満、好ましくは3.8〜4.5mm/sの合成油系基油
【0016】
ここで、(A−a)〜(A−b)の鉱油系基油の%Cは2以下であることが好ましく、さらに1以下であることが好ましく、0.5以下であることがさらに好ましく、実質的に0であることが特に好ましい。(A−c)の%Cは実質的に0である。(A)潤滑油基油の%Cを2以下とすることでより酸化安定性に優れる潤滑油組成物を得ることができる。
なお、本発明において%Cとは、ASTM D 3238−85に準拠した方法により求められる芳香族炭素数の全炭素数に対する百分率を示す。
【0017】
また、(A−a)〜(A−c)の潤滑油基油は、その粘度指数に格別の限定はないが、粘度指数は80以上が好ましく、より好ましくは100以上、特に好ましくは120以上であり、通常200以下、好ましくは160以下であることが望ましい。粘度指数を80以上とすることによって、低温から高温にわたり良好な粘度特性を示す組成物を得ることができる。また粘度指数が高すぎると組成的にノルマルパラフィン量が増えすぎ、低温流動性が悪化する。
【0018】
また、本発明における(A−a)〜(A−b)の鉱油系基油は、その硫黄含有量に格別の限定はないが、0.05質量%以下であることが好ましく、0.02質量%以下であることがさらに好ましく、0.005質量%以下であることが特に好ましい。(A−c)の硫黄含有量は実質的に0%である。(A)成分の硫黄含有量を低減することで組成物の酸化安定性により優れた組成物を得ることができる。
【0019】
本発明においては、上記(A−a)〜(A−c)をそれぞれ単独でも使用することができるが、任意に混合使用することができる。中でも、(A−a)と、(A−b)及び/又は(A−c)を併用することが好ましい。なお、(A−a)成分及び/又は(A−b)成分と(A−c)成分を併用する場合の(A−c)成分の含有量は、基油全量基準で、好ましくは1〜50質量%、より好ましくは3〜20質量%、さらに好ましくは3〜10質量%である。(A−c)成分を配合することで、安価かつ効果的に、疲労寿命、低温特性、酸化安定性に優れた効果を発現することができる。
【0020】
本発明における(A)潤滑油基油の100℃における動粘度は1.5〜4.5mm/sであることが好ましく、さらに好ましくは2.8〜4.0mm/s、特に好ましくは3.6〜3.9mm/sである。100℃における動粘度を4.5mm/s以下とすることによって、流体抵抗が小さくなるため潤滑箇所での摩擦抵抗がより小さい潤滑油組成物を得ることが可能となり、低温粘度に優れた組成物(例えば、−40℃におけるブルックフィールド粘度が2万mPa・s以下)とすることができる。また、100℃における動粘度を1.5mm/s以上とすることによって、油膜形成が十分となり、潤滑性により優れ、また、高温条件下での基油の蒸発損失がより小さい潤滑油組成物を得ることが可能となる。
【0021】
(A−c)成分の合成油としては、ポリ−α−オレフィン(1−オクテンオリゴマー、1−デセンオリゴマー、エチレン−プロピレンオリゴマー等)及びその水素化物、イソブテンオリゴマー及びその水素化物、イソパラフィン、アルキルベンゼン、アルキルナフタレン、アルキルジフェニルエタン、モノイソプロピルビフェニル、ジメチルシリコーン、ジエステル(ジトリデシルグルタレート、ジ2−エチルヘキシルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジ2−エチルヘキシルセバケート等)、ポリオールエステル(トリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールペラルゴネート等)、ポリオキシアルキレングリコール、ジアルキルジフェニルエーテル、並びにポリフェニルエーテル等の合成系潤滑油及びこれらの混合油等が使用できる。これらのうち、ポリ−α−オレフィン及びその水素化物、イソブテンオリゴマー及びその水素化物、イソパラフィン、アルキルベンゼン、アルキルナフタレン、アルキルジフェニルエタン、モノイソプロピルビフェニル、ジメチルシリコーン等は80℃における体積抵抗率が1×1013Ω・m以上であり潤滑油組成物の絶縁性能を高めるために好ましく用いることができる。また、エステル系化合物は一般に80℃における体積抵抗率が1×10〜1×1013Ω・m程度であり、残存水分や不純物を十分除去したものが好ましい。
なお、本明細書において80℃における体積抵抗率とは、JIS C 2101の24.(体積抵抗率試験)に準拠して測定されたものを示す。
【0022】
本発明における合成油としては、上記合成油のうち、ポリ−α−オレフィン、ポリ−α−オレフィンの水素化物、アルキルベンゼン、エステル系化合物及びこれらの混合物からなる群より選択されるものが好ましい。この場合には、使用条件下で低温流動性と低揮発性とをバランス良く維持することができる。
【0023】
ポリα−オレフィンとしては、典型的には、炭素数2〜32、好ましくは6〜16のα−オレフィンのオリゴマーまたはコオリゴマー(例えば、1−オクテンオリゴマー、1−デセンオリゴマー、エチレン−プロピレンコオリゴマー等)及びその水素化物が挙げられる。
【0024】
これらの合成油は単独で使用されても良い。粘度の制限は特にないが、好ましくは100℃における動粘度が1.5〜4.5mm/sに調整してなるように、異なる粘度のものを組み合わせても良い。これは粘度の高いものと低いものを組み合わせることにより、より高い基油粘度指数を得ることができるためである。
【0025】
本発明における(A)潤滑油基油は前述の通りであるが、潤滑油組成物としての疲労寿命に問題がある場合は、この基油に動粘度20mm/s〜50mm/sの溶剤精製基油を混合して使用することが好ましい。さらに(A)%Cが2以下であり、100℃における動粘度が1.5〜4.5mm/sに調整してなる範囲で混合して使用すること好ましい。
【0026】
本発明の潤滑油組成物は、(B)少なくともひとつの水酸基及び/又はチオール基を持つリン化合物から選ばれる少なくとも1種類のリン化合物を含有する。
【0027】
本発明における(B)リン化合物として挙げられる例は、一般式(1)で表されるリン化合物、または一般式(2)で表されるリン化合物、それらのアミン塩あるいはこれらの誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物である。
【0028】
【化1】

【0029】
一般式(1)において、X、X及びXは、それぞれ個別に酸素原子又は硫黄原
子を示し、そのうち少なくともひとつが酸素であることが好ましく、R、R及びRは、少なくともひとつが水素原子であり、他は炭素数1〜30の炭化水素基を示す。
【0030】
【化2】

【0031】
一般式(2)において、X、X、X及びXは、それぞれ個別に酸素原子又は
硫黄原子(X、X及びXの1つ又は2つが単結合又は(ポリ)オキシアルキレン基
でもよい。)を示し、そのうち少なくともひとつが酸素であることが好ましく、R、R及びRは、少なくともひとつが水素原子であり、他は炭素数1〜30の炭化水素基を示す。
【0032】
上記R〜Rで表される炭素数1〜30の炭化水素基としては、具体的には、アルキル基、シクロアルキル基、アルケニル基、アルキル置換シクロアルキル基、アリール基、アルキル置換アリール基、及びアリールアルキル基を挙げることができ、炭素数1〜30のアルキル基又は炭素数6〜24のアリール基であることが好ましく、さらに好ましくは炭素数3〜18、さらに好ましくは炭素数4〜12のアルキル基である。
【0033】
一般式(1)で表されるリン化合物としては、例えば、以下のリン化合物を挙げることができる。
亜リン酸、モノチオ亜リン酸、ジチオ亜リン酸;上記炭素数1〜30の炭化水素基を1つ有する亜リン酸モノエステル、モノチオ亜リン酸モノエステル、ジチオ亜リン酸モノエステル、トリチオ亜リン酸モノエステル;上記炭素数1〜30の炭化水素基を2つ有する亜リン酸ジエステル、モノチオ亜リン酸ジエステル、ジチオ亜リン酸ジエステル、トリチオ亜リン酸ジエステル;及びこれらの混合物。
【0034】
本発明においては、高温清浄性や酸化安定性などの性能をより高めるために、一般式(1)のX〜Xは、2つ以上が酸素原子であることが好ましく、それらの全てが酸素原子であることが特に好ましい。
【0035】
一般式(2)で表されるリン化合物としては、例えば、以下のリン化合物を挙げることができる。
リン酸、モノチオリン酸、ジチオリン酸、トリチオリン酸、テトラチオリン酸;上記炭素数1〜30の炭化水素基を1つ有するリン酸モノエステル、モノチオリン酸モノエステル、ジチオリン酸モノエステル、トリチオリン酸モノエステル、テトラチオリン酸モノエステル;上記炭素数1〜30の炭化水素基を2つ有するリン酸ジエステル、モノチオリン酸ジエステル、ジチオリン酸ジエステル、トリチオリン酸ジエステル、テトラチオリン酸ジエステル;上記炭素数1〜30の炭化水素基を1〜2つ有するホスホン酸、ホスホン酸モノエステル、ホスホン酸ジエステル;炭素数1〜4の(ポリ)オキシアルキレン基を有する上記リン化合物;β−ジチオホスホリル化プロピオン酸やジチオリン酸とオレフィンシクロペンタジエン又は(メチル)メタクリル酸との反応物等の上記リン化合物の誘導体;及びこれらの混合物。
【0036】
本発明においては、高温清浄性や酸化安定性などの性能をより高めるために、一般式(2)のX〜Xは、2つ以上が酸素原子であることが好ましく、3つ以上が酸素原子であることがさらに好ましく、それらの全てが酸素原子であることが特に好ましい。なお、これらX、X及びXの1つ又は2つが単結合又は(ポリ)オキシアルキレン基でもよい。
【0037】
一般式(1)又は(2)で表されるリン化合物の塩としては、リン化合物にアンモニア、炭素数1〜30の炭化水素基又はヒドロキシル基含有炭化水素基のみを分子中に有するアミン化合物等の窒素化合物を作用させて、残存する酸性水素の一部又は全部を中和した塩を挙げることができる。
上記窒素化合物としては、具体的には、アンモニア、モノアミン、ジアミン、ポリアミンが挙げられる。より具体的には、デシルアミン、ドデシルアミン、ジメチルドデシルアミン、トリデシルアミン、ヘプタデシルアミン、オクタデシルアミン、オレイルアミン及びステアリルアミン等の炭素数10〜20のアルキル基又はアルケニル基を有する脂肪族アミン(これらは直鎖状でも分枝状でもよい)が好ましい例として挙げることができる。
【0038】
(B)リン化合物としては、一般式(1)におけるX、X及びXが全て酸素原子であるリン化合物のアミン塩及び一般式(2)におけるX、X、X及びXが全て酸素原子(X、X及びXの1つ又は2つが単結合又は(ポリ)オキシアルキレン基でもよい)であるリン化合物のアミン塩からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物であることが、酸化安定性に優れる点で好ましい。
【0039】
また、(B)リン化合物が、一般式(2)におけるX、X、X及びXの全てが酸素原子(X、X及びXの1つ又は2つが単結合又は(ポリ)オキシアルキレン基でもよい)であり、R、R及びRが少なくともひとつが水素であり、他がそれぞれ個別に炭素数1〜30の炭化水素基であるリン化合物であることが、酸化安定性で好ましい。
【0040】
また(B)リン化合物の炭化水素基の炭素数は16以下が好ましい。これは表1に示すように体積抵抗率は炭素数が少ないほど高くなるという事実に基づく。
【0041】
【表1】

【0042】
表1において、体積抵抗率は、JIS C 2101の24.(体積抵抗率試験)に準拠し、油温80℃にて測定された値を示す。測定例についてはいずれも鉱油系基油に、リン元素量で100質量ppmとなるよう添加し溶解させている。
【0043】
本発明の潤滑油組成物において上記(B)リン化合物の含有量は、特に制限はないが、組成物全量基準でリン元素換算量として0.01質量%以上であり、好ましくは0.02質量%以上、特に好ましくは0.03質量%以上であり、一方、その含有量は、好ましくは0.1質量%以下、さらに好ましくは0.08質量%以下、特に好ましくは0.05質量%以下である。(B)リン化合物の含有量が、リン元素として0.01質量%未満の場合は、摩耗防止性に対して効果が不足する。一方、その含有量が、リン元素として0.1質量%を超える場合では、絶縁性能に劣り、酸化安定性が低下し、またシール材への攻撃性が高まる。
【0044】
本発明の潤滑油組成物は、(C)窒素を含む官能基を分散基とする無灰分散剤を組成物全量基準で窒素量が0.001質量%未満含有するか、あるいはまったく含まないことを特徴とする。
【0045】
前述のように本発明の潤滑油組成物は、(B)少なくともひとつの水酸基及び/又はチオール基を持つリン化合物から選ばれる少なくとも1種類のリン化合物を含有する。これを含むことにより組成物の耐摩耗性や耐焼付性が大幅に向上する。ところがこのタイプのリン系化合物は水酸基及び/又はチオール基を持たないリン化合物に比べ(C)窒素を含む官能基を分散基とする無灰分散剤が共存すると、体積低効率が大幅に低下する。このため、窒素を含む官能基を分散基とする無灰分散剤を組成物全量基準で窒素量が0.001質量%未満含有するか、あるいはまったく含まないことが、耐摩耗性や耐焼付性の向上と体積抵抗率の向上に必須である。
【0046】
(C)窒素を含む官能基を分散基とする無灰分散剤としては、炭素数40〜400の炭化水素基を有する、コハク酸イミド、ベンジルアミン、ポリアミン等が挙げられる。
ただし、これらの化合物でも、窒素が(B)成分のリン化合物と塩構造を取れない構造に変性されているものは含まない。例えばアミノ基がアシル化されていたり、またホウ素化合物や、硫黄系化合物で変性されいるもので、(B)成分のリン化合物と塩構造を取れない構造のものは含まれない。
また窒素を含む官能基を分散基とする無灰分散剤を組成物全量基準で窒素量が0.001質量%未満含有するとは、(B)成分のリン化合物と塩構造が取れるアミノ基が残されているものでも、その添加量のレベルは組成物として、80℃における体積抵抗率が5×10Ω・m以上である潤滑油組成物となる、構造ないし量であり、具体的には組成物全量基準で窒素量が0.001質量%未満であるものである。より好ましくは組成物全量基準で窒素量が0.0008質量%未満である。
【0047】
なお、同じ窒素を含む化合物である、アミン系酸化防止剤や腐食防止剤であるチアジアゾールやトリアゾール等の構造の化合物は、その添加量が1質量%以下である限り影響は無視できるため、その使用に制限はない。
【0048】
本発明の潤滑油組成物の80℃における体積抵抗率は、5×10Ω・m以上であることが好ましく、6×10Ω・m以上であることがより好ましく、10×10Ω・m以上であることが特に好ましい。組成物の80℃における体積抵抗率を5×10Ω・m以上とすることで、新油時だけでなく劣化時においても絶縁性能をより高く維持することが可能となり、長期に渡って電動モータがショートする等のトラブルを回避することができる。
【0049】
本発明の潤滑油組成物には、その性能をさらに向上させる目的で、必要な性能を付与するために、必要に応じて、粘度指数向上剤、極圧剤、上述した化合物を除く分散剤、金属系清浄剤、摩擦調整剤、酸化防止剤、腐食防止剤、防錆剤、抗乳化剤、金属不活性化剤、流動点降下剤、シール膨潤剤、消泡剤、着色剤等の各種添加剤を単独で又は数種類組み合わせて配合しても良い。
【0050】
粘度指数向上剤としては、非分散型または分散型ポリ(メタ)アクリレートのほか、非分散型または分散型エチレン−α−オレフィン共重合体またはその水素化物、ポリイソブチレンまたはその水素化物、スチレン−ジエン水素化共重合体、スチレン−無水マレイン酸エステル共重合体、ポリアルキルスチレンおよび構造式(1)で表される(メタ)アクリレートモノマーとエチレン/プロピレン/スチレン/無水マレイン酸のような不飽和モノマーとの共重合体等の粘度指数向上剤をさらに用いることができる。
【0051】
本発明の潤滑油組成物における粘度指数向上剤の配合量は、組成物の100℃における動粘度が5〜10mm/s、好ましくは6〜9mm/s、かつ、組成物の粘度指数が120〜270、好ましくは150〜250、より好ましくは170〜220となるような量であり、より具体的には、その配合量は、組成物全量基準で15質量%以下、好ましくは10質量%以下、さらに好ましくは8質量%以下であり、2質量%以上、好ましくは4質量%以上、さらに好ましくは5質量%以上である。15質量%を超えると粘度が高くなりすぎ、2質量%未満で十分な組成物粘度を確保できない。
【0052】
金属系清浄剤としては、アルカリ土類金属スルホネート、アルカリ土類金属フェネート、アルカリ土類金属サリシレート等の金属系清浄剤が挙げられる。
本発明においては、上記金属系清浄剤の中から任意に選ばれる1種類あるいは2種類以上の化合物を任意の量で含有させることができるが、通常、その含有量は、組成物全量基準で0.01〜10質量%、好ましくは0.1〜5質量%である。
【0053】
摩擦調整剤としては、潤滑油用の摩擦調整剤として通常用いられる任意の化合物が使用可能であるが、炭素数6〜30のアルキル基又はアルケニル基、特に炭素数6〜30の直鎖アルキル基又は直鎖アルケニル基を分子中に少なくとも1個有する、アミン化合物、イミド化合物、脂肪酸エステル、脂肪酸アミド、脂肪酸金属塩等が好ましく用いられる。
本発明においては、上記摩擦調整剤の中から任意に選ばれる1種類あるいは2種類以上の化合物を任意の量で含有させることができるが、通常、その含有量は、組成物全量基準で0.01〜5.0質量%、好ましくは0.03〜3.0質量%である。
【0054】
酸化防止剤としては、フェノール系化合物やアミン系化合物等、潤滑油に一般的に使用されているものであれば使用可能である。
具体的には、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール等のアルキルフェノール類、メチレン−4,4−ビスフェノール(2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール)等のビスフェノール類、フェニル−α−ナフチルアミン等のナフチルアミン類、ジアルキルジフェニルアミン類、ジ−2−エチルヘキシルジチオリン酸亜鉛等のジアルキルジチオリン酸亜鉛類、(3,5−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)脂肪酸(プロピオン酸等)あるいは(3−メチル−5−tertブチル−4−ヒドロキシフェニル)脂肪酸(プロピオン酸等)と1価又は多価アルコール、例えばメタノール、オクタノール、オクタデカノール、1,6−ヘキサジオール、ネオペンチルグリコール、チオジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ペンタエリスリトール等とのエステル等が挙げられる。
これらの中から任意に選ばれた1種類あるいは2種類以上の化合物は、任意の量を含有させることができるが、通常、その含有量は、潤滑油組成物全量基準で0.01〜5質量%、好ましくは0.1〜3質量%であるのが望ましい。
【0055】
腐食防止剤としては、例えば、ベンゾトリアゾール系、トリルトリアゾール系、チアジアゾール系、及びイミダゾール系化合物等が挙げられる。
【0056】
防錆剤としては、例えば、石油スルホネート、アルキルベンゼンスルホネート、ジノニルナフタレンスルホネート、アルケニルコハク酸エステル、及び多価アルコールエステル等が挙げられる。
【0057】
抗乳化剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、及びポリオキシエチレンアルキルナフチルエーテル等のポリアルキレングリコール系非イオン系界面活性剤等が挙げられる。
【0058】
金属不活性化剤としては、例えば、イミダゾリン、ピリミジン誘導体、アルキルチアジアゾール、メルカプトベンゾチアゾール、ベンゾトリアゾール又はその誘導体、1,3,4−チアジアゾールポリスルフィド、1,3,4−チアジアゾリル−2,5−ビスジアルキルジチオカーバメート、2−(アルキルジチオ)ベンゾイミダゾール、及びβ−(o−カルボキシベンジルチオ)プロピオンニトリル等が挙げられる。
【0059】
流動点降下剤としては、潤滑油基油に応じて公知の流動点降下剤を任意に選択することができるが、重量平均分子量が好ましくは20,000〜500,000、より好ましくは50,000〜300,000、特に好ましくは80,000〜200,000のポリ(メタ)クリレートが好ましい。
【0060】
消泡剤としては、潤滑油用の消泡剤として通常用いられる任意の化合物が使用可能であり、例えば、ジメチルシリコーン、フルオロシリコーン等のシリコーン類が挙げられる。これらの中から任意に選ばれた1種類あるいは2種類以上の化合物を任意の量で配合することができる。
【0061】
シール膨潤剤としては、潤滑油用のシール膨潤剤として通常用いられる任意の化合物が使用可能であり、例えば、エステル系、硫黄系、芳香族系等のシール膨潤剤が挙げられる。
【0062】
着色剤としては、通常用いられる任意の化合物が使用可能であり、また任意の量を配合することができるが、通常その配合量は、組成物全量基準で0.001〜1.0質量%である。
【0063】
これらの添加剤を本発明の潤滑油組成物に含有させる場合には、その含有量は組成物全量基準で、腐食防止剤、防錆剤、抗乳化剤ではそれぞれ0.005〜5質量%、流動点降下剤、金属不活性化剤では0.005〜2質量%、シール膨潤剤では0.01〜5質量%、消泡剤では0.0005〜1質量%の範囲で通常選ばれる。
【実施例】
【0064】
以下、本発明の内容を実施例及び比較例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【0065】
(実施例1〜6、比較例1〜5)
表2に示す組成に従い、本発明に係る潤滑油組成物(実施例1〜6)および比較のための潤滑油組成物(比較例1〜5)を調製した。これらの組成物につき、以下に示す性能評価試験を行い、その結果も表2に示した。
【0066】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の潤滑油組成物は、焼付き防止性能に優れ、かつ絶縁性能に優れた組成物であり、電気自動車又はハイブリッド車等の電動モータ装着車における潤滑油、電動モータ油、変速機・電動モータ兼用油、又は変速機と電動モータがパッケージ化された、すなわち、変速機と電動モータの潤滑システムが共有化された装置用油等の用途に使用することができる。
また、本発明は、本発明の潤滑油組成物を含む上記変速機、電動モータ、装置、あるいは本発明の潤滑油組成物を用いることによる、上記変速機、電動モータ、装置の潤滑方法、絶縁方法、冷却方法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)潤滑油基油に、(B)少なくともひとつの水酸基及び/又はチオール基を持つリン化合物から選ばれる少なくとも1種類のリン化合物を配合し、(C)窒素を含む官能基を分散基とする無灰分散剤を組成物全量基準で窒素量が0.001質量%未満含有するか、あるいはまったく含有せず、80℃における体積抵抗率が5×10Ω・m以上である潤滑油組成物。
【請求項2】
(B)リン化合物の炭化水素基の炭素数が16以下であることを特徴とする請求項1に記載の潤滑油組成物。
【請求項3】
燃料電池自動車、電気自動車又はハイブリッド自動車に搭載される電動モータ用潤滑油、変速機・電動モータ兼用油、又は変速機と電動モータの潤滑システムが共有化された装置用変速機に使用される請求項1または請求項2に記載の潤滑油組成物。

【公開番号】特開2012−207083(P2012−207083A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−72464(P2011−72464)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【出願人】(000004444)JX日鉱日石エネルギー株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】