説明

澱粉高蓄積微細藻類及びそれを用いたグルコースの製造法、並びに目的物質の製造法

【課題】澱粉を高蓄積する微細藻類、及びそれを用いたグルコースの製造法、並びにL−アミノ酸等の目的物質の製造法を提供すること。
【解決手段】デスモデスムス属に属し、好適な条件で培養したときに乾燥重量当り30%以上の澱粉を藻体内に蓄積する微細藻類に含まれる澱粉を加水分解してグルコースを生成させ、該グルコースを炭素源として含む培地で、目的物質を産生する微生物を培養し、目的物質を培養物中から採取することにより、目的物質を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、澱粉を高蓄積する新規な微細藻類、及びそれを用いたグルコースの製造法に関する。そのグルコースは、微生物を用いたL−アミノ酸等の目的物質の製造の発酵原料として利用可能である。
【背景技術】
【0002】
微細藻類の一群である緑藻は、細胞内に貯蔵多糖として澱粉を蓄積することが知られている。例えば、非特許文献1には、クロレラ ブルガリス(Chlorella vulgaris)株は窒素充足条件で乾燥藻体重量あたり澱粉を20%貯め、窒素制限培地では乾燥藻体重量あたり澱粉を55%貯めることが記載されている。しかしながら、窒素制限培地等の特殊な培養条件を設定することなく、乾燥藻体重量あたり澱粉蓄積率が高い株の報告例はほとんど無い。
【0003】
非特許文献2には、海洋性微細藻類から、乾燥藻体重量あたりの澱粉蓄積率が20%以上の株としてクロレラ ブルガリス株などを取得している。しかしながら、デスモデスムス(Desmodesmus)属に属する緑藻類の中で澱粉を高蓄積するという報告は無い。
【0004】
非特許文献3には、デスモデスムス属の近縁であるセネデスムス(Scenedesmus)属に属するセネデスムス オブリークス(Scenedesmus obliquus)株で乾燥藻体重量あたり24%澱粉を蓄積することが記載されている。しかしながら、セネデスムス オブリークス株の培養20日あたりの藻体重量は、培養液あたり0.3g/L以下であり、培養液あたりの生産性は低い。
【0005】
澱粉を蓄積する藻類を原料としてグルコースを調製し、エタノール発酵を行うことが可能であることが報告されている(特許文献1〜5)。更に、澱粉が蓄積したクラミドモナス
レインハーディー(Chlamydomonas reinhardii)株の藻体を硫酸添加条件で水熱処理を行うことで、生成したグルコースを利用してエタノール発酵が可能であることが報告されている(非特許文献4)。
【0006】
また、クロレラ・ブルガリス株の澱粉からアルカリ処理法で調製したグルコースを原料にしたアミノ酸発酵が報告されている(特許文献6)。しかしながら、澱粉を高蓄積するデスモデスムス株を用いて調製したグルコースを原料にしたアミノ酸等の目的物質の発酵法による製造は報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7−31485号公報
【特許文献2】特開平7−87985号公報
【特許文献3】特開平7−87986号公報
【特許文献4】特開2000−316593号公報
【特許文献5】米国特許出願公開第2007/0202582号
【特許文献6】国際公開第2009/093703号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Behrens, P.W. et al., J. Appl. Phycol., 1989, 1, 123-130
【非特許文献2】Hirano, A. et al., Energy, 1997, 22, 137-142
【非特許文献3】Rodjaroen, S. et al., Kasetsart J., 2007 41, 570-575
【非特許文献4】Nguyen, M. T. et al., J. Microbiol. Biotechnol., 2009, 19, 161-166
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、澱粉を高蓄積する微細藻類、及びそれを用いたグルコースの製造法、並びにL−アミノ酸等の目的物質の製造法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、水及び土壌サンプルから、澱粉を高蓄積する微細藻類を見出すことに成功し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0011】
(1)デスモデスムス属に属し、好適な条件で培養したときに乾燥重量当り30%以上の澱粉を藻体内に蓄積する、微細藻類。
(2)ビタミンを含有しない培地で増殖し得る、前記微細藻類。
(3)窒素を制限しない培地で培養したときに、乾燥重量当り30%以上の澱粉を藻体内に蓄積する、前記微細藻類。
(4)0.2×ガンボーグB5(0.2×Gamborg's B5)培地で、30℃で1週間培養したときに、乾燥重量当り30%以上の澱粉を藻体内に蓄積する、前記微細藻類。
(5)前記微細藻類に蓄積された澱粉を加水分解してグルコースを生成させることを特徴とする、グルコースの製造法。
(6)前記の方法により製造されたグルコースを炭素源として含む培地で、目的物質を産生する微生物を培養し、目的物質を培養物中から採取する、目的物質の製造法。
(7)目的物質がL−アミノ酸である、前記方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の微細藻類は、澱粉を藻体内に高い含量で蓄積する。本発明の微細藻類は、好ましい形態では、生育及び澱粉の蓄積に、窒素制限培地等の特殊な培養条件を必要とせず、また、ビタミンを生育に必要としない。
【0013】
本発明の微細藻類は、発酵の炭素源等に用いられるグルコース製造のための澱粉源として有用である。また、製造されたグルコースは、L−アミノ酸等の目的物質の発酵法による製造に用いる炭素源等として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の微細藻類と近縁の微細藻類の系統樹。
【図2】水熱処理した微細藻類懸濁液又はその上清にグルコアミラーゼを反応させて生成するグルコース濃度を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
<1>本発明の微細藻類
本発明の微細藻類は、緑藻綱(Chlorophyceae)、デスモデスムス(Desmodesmus)属に属し、好適な条件で培養したときに乾燥重量当り30%以上の澱粉を藻体内に蓄積する。
【0016】
本発明の微細藻類は、18S rDNAの配列解析による系統樹から、デスモデスムス・コミュニス(Desmodesmus communis)、デスモデスムス・ピルコレイ(Desmodesmus pirkollei)、デスモデスムス・コスタトグラニュラタス(Desmodesmus costatogranulatus)等の
デスモデスムス)属に属する微細藻類に近縁であり、デスモデスムス属に属すると同定された。しかしながら、本発明の微細藻類が、将来的に他の既知の属又は新規な属に再分類される可能性を否定するものではなく、「デスモデスムス属に属する」とは、18S rDNAの配列解析による系統分類上、デスモデスムス属と近縁な微細藻類を含む。一般的に、デスモデスムス属とそれと同じ形態を示すセネデスムス属は同一視されている。
【0017】
好ましい形態では、本発明の微細藻類はビタミンを含有しない培地で培養したときに増殖することができる。しかしながら、本発明の微細藻類は、ビタミンを含有しない培地で培養したときに増殖できないものであってもよい。
【0018】
また、好ましい形態では、本発明の微細藻類は、窒素を制限しない培地で培養したときに、乾燥重量当り30%以上の澱粉を藻体内に蓄積することができる。但し、本発明の微細藻類は、窒素を制限した培地で培養したときに、乾燥重量当り30%以上の澱粉を藻体内に蓄積するものであってもよい。
【0019】
本発明の微細藻類は、例えば、河川、湖沼、海水等の水、土壌等の環境試料から、ビタミンを含有しない培地で生育し得る緑藻を分離し、さらに適当な培地、例えば窒素を制限しない培地で培養したときに澱粉を乾燥重量当り30%以上の澱粉を藻体内に蓄積する株を選択することによって、取得することができる。得られた株がデスモデスムス属に属することは、18S rDNAの配列解析による系統樹を作成することによって確認することができる。
【0020】
窒素を制限しない培地としては、例えば、窒素源としてKNO3を0.5 g/L以上含む0.2×ガンボーグB5(0.2×Gamborg's B5)培地が挙げられる。
【0021】
本発明の微細藻類として具体的には、実施例に記載されたS-1株、S-2株、S-3株が挙げられる。これらの株は、各々AJ7835、AJ7838、及びAJ7840と命名され、2010年4月12日に独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに受託番号FERM BP-11364、FERM BP-11365、及びFERM BP-11366の受託番号で寄託されている。
【0022】
実施例に示すように、S-1株、S-2株、S-3株は、0.2×Gamborg's B5培地で、25℃及び30℃で1週間培養したときに、澱粉蓄積率は30%以上であった。また、S-4株は、同培地で30℃で1週間培養したときに、澱粉蓄積率は30%であった。
【0023】
好適な条件とは、藻体の乾燥重量当りの澱粉蓄積量が高くなるような条件をいう。好適な条件は、例えば、培地の種類、培地のpH、培養温度、培養時間、照射光の波長、照射量、通気条件等を変化させて微細藻類を培養し、藻体の乾燥重量当りの澱粉蓄積量が高くなるような条件を選択することによって、決定することができる。
【0024】
培地としては、0.2×Gamborg's B5培地、BG-11培地等が挙げられる。本発明の微細藻類は、好ましい形態ではビタミンを含有しない培地で増殖し、澱粉を蓄積することができるが、ビタミンを含有する培地で培養してもよい。
【0025】
培地のpHは、例えば5〜10、好ましくは6〜8である。
【0026】
培養温度は、例えば15〜40℃、好ましくは25〜30℃、より好ましくは30℃である。
【0027】
培養時間は、例えば3〜30日、好ましくは5〜14日である。
【0028】
照射光の光源は、本発明の微細藻類の生育に適したものであれば特に制限されず、例え
ば白色蛍光灯が挙げられる。
【0029】
光の照射量は、培地表面の照度として、例えば0〜50,000lux、好ましくは500〜30,000lux、より好ましくは1,000〜10,000luxである。
【0030】
通気条件としては、例えば、空気及び/又はCO2、例えばCO2分圧が0〜10%、好ましくは0.5〜5%の空気及びCO2の混合ガスを、培地に通気することが挙げられる。通気量は、例えば0.1〜2vvm(volume per volume per minute)である。
【0031】
好ましい条件として具体的には、例えば、0.2×Gamborg's B5培地で、30℃で、白色蛍光灯を光源として約4,000 luxの照射下、CO2濃度を3%に保持した空気-CO2混合ガスを500 ml/分で培地に吹き込みながら、1週間培養する条件が挙げられる。
【0032】
澱粉蓄積量は、例えば、藻体を破砕し、澱粉を酸もしくはアルカリ、又はアミラーゼにより加水分解して、生成するグルコースを測定することによって、測定することができる。
【0033】
<2>グルコースの製造法
微細藻類が蓄積した澱粉を加水分解してグルコースを生成させることにより、グルコースを製造することができる。
【0034】
微細藻類の藻体は、前記と同様にして培養することによって取得することができる。藻体を培養液から回収する方法は、一般的な遠心分離や濾過、あるいは、凝集剤(flocculant)を用いた重力による沈降などの方法で可能である(Grima, E. M. et al. 2003. Biotechnol. Advances 20: 491-515)
【0035】
藻体は、澱粉を加水分解する前に破砕することが好ましい。藻体を破砕する方法は、藻体が十分に破砕される方法であれば、どのような方法でも構わないが、例えば、高温処理(例えば、100℃以上の温度(好ましくは150℃以上、より好ましくは175〜215℃、特に好ましくは195〜215℃)での処理)、有機溶媒処理(例えば、メタノール:クロロホルム混合溶媒による処理)、煮沸処理、強アルカリ処理、超音波処理やフレンチプレス等の方法及びこれらの任意の組合せが好適に用いられる。高温処理には、水熱反応と呼ばれるような条件での高温高圧反応も含まれる。水熱反応を高温度、例えば195℃以上で行うと、澱粉が断片化され、水可溶性画分が増加する。また、藻体を乾燥させた後に、物理的な方法で破砕することも可能である。
【0036】
破砕した藻類は、そのまま、加水分解反応に供することができるが、濾過や遠心分離などにより、細胞壁などの不溶物を除去したり、凍結乾燥などにより濃縮することもできる。さらに、ある程度の分画を行った澱粉を含む溶液を用いてもよい。藻体破砕物からの澱粉の分画は、比重の違いに基づいて、例えば懸濁液からの沈降速度などで、タンパク画分を分離回収することができる。
【0037】
澱粉は、酸もしくはアルカリ、又はアミラーゼ等の酵素により加水分解することができる。
【0038】
澱粉は、グルコースがα-1,4-グルコシド結合によって直鎖状に結合したアミロースとα-1,4-グルコシド結合とα-1,6-グルコシド結合の両者の直鎖を枝に持つアミロペクチンとからなる高分子多糖類である。アミラーゼ (amylase) は、澱粉などのグルコシド結合を加水分解する酵素の総称である。作用する部位の違いによって、α-アミラーゼ (α-amylase EC3.2.1.1)、β-アミラーゼ (β-amylase EC3.2.1.2)、およびグルコアミラーゼ
(glucoamylase EC3.2.1.3) に大別される。α-アミラーゼは澱粉やグリコーゲンなどのα-1,4-グルコシド結合をランダムに切断するエンド型の酵素である。β-アミラーゼは澱粉の非還元性末端からマルトース単位でα-1,4-グルコシド結合を逐次分解するエキソ型の酵素である。グルコアミラーゼ(アミログルコシダーゼとも呼ばれる)は澱粉の非還元性末端からグルコース単位でα-1,4-グルコシド結合を逐次分解するエキソ型の酵素で、アミロペクチンに含まれるα-1,6-結合も分解する。グルコアミラーゼは、澱粉から直接グルコースを生成するため、グルコースの製造に広く用いられており、本発明においても好ましい酵素である。
【0039】
穀物由来の澱粉の糖化反応は、工業的にも実施されている多くの例がある(Robertson,
G. H. et al. 2006. J. Agric. Food Chem. 54: 353-365)。このような例と同様にして、藻体から、酵素反応により糖化物を得ることが可能である。破砕した藻体を含む溶液を酵素処理する場合には、前処理として、煮沸、超音波処理、アルカリ処理などを組み合わせて用いることが好ましい(Izumo, A. et al. 2007. Plant Science 172: 1138-1147)。
【0040】
酵素反応の条件は、使用する酵素の性質に応じて適宜設定することが可能である。例えば、アミログルコシダーゼ(シグマ-アルドリッチ社A-9228)では、酵素濃度2〜20U/mL、温度40〜60℃、pH4〜6が好ましい。尚、pHの調製において、L−アミノ酸等の目的物質の製造に用いる細菌が資化し得る有機酸をバッファーとして用いると、澱粉の糖化物と共に該有機酸を炭素源として用いることができる。例えば、酵素反応産物をそのまま培地に添加することができる。
【0041】
澱粉を加水分解すると、グルコース以外にマルトースのようなオリゴ糖が生じることがある。本発明において、微細藻類由来の澱粉から製造されるグルコースは、このようなオリゴ糖を含んでいてもよい。
【0042】
また、本発明の方法により製造されるグルコースは、微細藻類が生産する澱粉以外の炭水化物もしくはその糖化物、又は油脂もしくはその分解物等を含んでいてもよい。
【0043】
グルコースを含む澱粉の加水分解物は、用途に応じて、そのまま使用することもできるし、水分を除去して乾燥物として使用することもできる。また、グルコースを粗精製又は精製してもよい。
【0044】
<3>目的物質の製造法
前記方法により得られたグルコースは、例えば、発酵法により目的物質の製造における炭素源として用いることができる。
【0045】
また、微細藻類を用いたL−アミノ酸の製造において、藻類培養物を中温度で処理し、遠心分離によりグルコースを含む上清を得、それを含む培地を用いる方法が知られている(WO2011/013707)。この方法によれば、アミラーゼを用いることなく、又は少量のアミラーゼを用いて、微細藻類からグルコースを生成させることができる。この方法は、本発明の微細藻類にも適用され得る。
【0046】
本発明において生産される目的物質は、グルコースを炭素源として微生物により製造され得るものであれば特に制限されず、アミノ酸、核酸、ビタミン、抗生物質、成長因子、生理活性物質、タンパク質などが挙げられる。これらの目的物質は、塩であってもよい。
【0047】
アミノ酸としては、L−グルタミン酸、L−グルタミン、L−リジン、L−ロイシン、L−イソロイシン、L−バリン、L−トリプトファン、L−フェニルアラニン、L−チロ
シン、L−スレオニン、L−メチオニン、L−システイン、L−シスチン、L−アルギニン、L−セリン、L−プロリン、L−アスパラギン酸、L−アスパラギン、L−ヒスチジン、グリシン、及びL−アラニン等が挙げられる。アミノ酸は、フリー体のアミノ酸であってもよく、硫酸塩、塩酸塩、炭酸塩、アンモニウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩等の塩であってもよい。
【0048】
核酸としては、イノシン、グアノシン、キサントシン、アデノシン、イノシン酸、グアニル酸、キサンチル酸、アデニル酸等が挙げられる。核酸は、フリー体の核酸であってもよく、ナトリウム塩、カリウム塩等の塩であってもよい。
【0049】
本発明に用いる微生物としては、グルコースを炭素源として目的物質を生産し得るものであれば特に制限されず、エシェリヒア(Escherichia)属、エンテロバクター(Enterobacter)属、パントエア(Pantoea)、クレブシエラ(Klebsiella)属、ラウルテラ(Raoultella)属、セラチア(Serratia)属、エルビニア(Erwinia)属、サルモネラ(Salmonella)属、モルガネラ(Morganella)属などのγ−プロテオバクテリアに属する腸内細菌や、ブレビバクテリウム属、コリネバクテリウム属、ミクロバクテリウム属に属するいわゆるコリネ型細菌、アリサイクロバチルス(Alicyclobacillus)属、バチルス(Bacillus)属などの細菌、サッカロマイセス(Saccharomyces)属やキャンディダ(Candida)等に属する酵母などが挙げられる。
【0050】
L−アミノ酸生産菌もしくは核酸生産菌又はその育種に用いられる微生物、及びL−アミノ酸生産能及び核酸生産能の付与及び増強の方法については、WO2007/125954、WO2005/095627、米国特許公開公報2004-0166575号等に詳述されている。
【0051】
微生物の培養は、炭素源として微細藻類由来のグルコースを用いる以外は、通常の発酵と同様にして行うことができる。培養器としては、発酵槽又はファーメンター等の、通常の培養装置を用いることができる。
【0052】
培地も、通常の微生物を用いた目的物質の製造に用いる培地、具体的には炭素源、窒素源、無機塩類、その他必要に応じてアミノ酸、ビタミン等の有機微量栄養素を含有する培地を用いることができる。合成培地または天然培地のいずれも使用可能である。
【0053】
培地に含まれる炭素源は、グルコースのみであってもよく、他の炭素源との混合物であってもよい。他の炭素源としては、グリセロール、フルクトース、マルトース、マンノース、ガラクトース、澱粉加水分解物、糖蜜等の糖類、及び、酢酸、クエン酸等の有機酸、エタノール等のアルコール類が挙げられる。
【0054】
窒素源としては、アンモニア、硫酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、塩化アンモニウム、りん酸アンモニウム、酢酸アンモニウム等のアンモニウム塩または硝酸塩等が使用することができる。
【0055】
有機微量栄養素としては、アミノ酸、ビタミン、脂肪酸、核酸、更にこれらのものを含有するペプトン、カザミノ酸、酵母エキス、大豆たん白分解物等が使用でき、生育にアミノ酸などを要求する栄養要求性変異株を使用する場合には要求される栄養素を補添することが好ましい。
【0056】
無機塩類としてはりん酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩等が使用できる。
【0057】
培養条件は、使用する微生物に応じて、適宜設定すればよい。
【0058】
培養終了後の培養液から目的物質を採取する方法は、目的物質の種類に応じて公知の回収方法に従って行えばよい。例えば、目的物質がアミノ酸であれば、培養液から菌体を除去した後に濃縮晶析する方法あるいはイオン交換クロマトグラフィー等によって採取される。
【0059】
培養終了後の培地液からの目的物質の採取は、本願発明において特別な方法は必要ない。
【0060】
本発明において採取される目的物質は、目的物質以外に微生物菌体、培地成分、水分、及び微生物の代謝副産物を含んでいてもよい。
【実施例】
【0061】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明する。
【0062】
〔実施例1〕微細藻類の澱粉高蓄積株の取得
(1)水又は土壌サンプルの培養
日本国内各地の池、川、水田などから水または土壌のサンプルを採取した。
0.2×Gamborg's B5培地(日本製薬)10mlを入れた50 ml容三角フラスコに、水サンプル又は土壌サンプルを微量添加し、さらに抗生物質としてアンピシリン及びストレプトマイシンを各々終濃度100 ppmになるよう添加した。各々のフラスコを、植物インキュベータCL-301(TOMY)内で振とう培養し、培養開始から2週間で、緑藻の増殖を目視にて確認できた。尚、培養条件としては、ポータブルガス混合装置PMG-1 (コフロック)を使用し、空気及びCO2の混合ガスを植物インキュベータ内に通気することで、インキュベータ内部のCO2濃度が3%程度になるよう調整した。植物インキュベータ内は、白色蛍光灯を光源とした連続照射(照度: 約4,000 lux)を行い、温度は30℃に設定した。尚、Gamborg's B5培地の組成は以下の通りである。
【0063】
1×Gamborg's B5培地 (日本製薬)の組成
KNO3 2500 mg
MgSO4・7H2O 250 mg
NaH2PO4・H2O 150 mg
CaCl2・2H2O 150 mg
(NH4)2SO2 134 mg
Na2・EDTA 37.3 mg
FeSO4・7H2O 27.8 mg
MnSO4・H2O 10 mg
H3BO3 3 mg
ZnSO4・7H2O 2 mg
KI 0.75 mg
Na2MoO4・2H2O 0.25 mg
CuSO4・5H2O 0.025 mg
CoCl2・6H2O 0.025 mg
蒸留水 1000 ml
【0064】
(2)緑藻の単離
0.2×Gamborg's B5培地に終濃度1.5%になるようアガロースを添加し、オートクレーブ滅菌(120℃, 15分)した後に、シャーレ一枚あたりに30 mlずつ分注し、0.2×Gamborg's
B5培地の平板培地を作製した。
【0065】
前項で緑藻の増殖が確認できた培養液を、0.2×Gamborg's B5培地の平板培地に塗布し、振とうしないこと以外は先と同条件で2週間培養を行った。その際、平板培地上で汚染細菌の優先的な増殖が認められる場合には、培養液に対して次亜塩素酸処理による無菌化を行った。具体的には、有効塩素濃度8.5〜17.5%の次亜塩素酸ナトリウム溶液を滅菌水で100倍希釈した後、その希釈液を培養液と混合し、有効塩素濃度が約100 ppmになるよう調整し、10分室温静置した。次に、1,000 ppmに調整したチオ硫酸ナトリウム溶液を、加えた有効塩素の約10倍量になるよう培地に添加し、0.2×Gamborg's B5培地の平板培地に塗布し、2週間培養を行った。緑藻の良好な増殖が確認できた平板培地から、単一コロニーを白金耳でかき取り、0.2×Gamborg's B5培地の平板培地に塗布し、更に2週間培養を行い、藻類単離株を取得した。このようにして取得した5株を、S-1株、S-2株、S-3株、S-4株、S-5株と命名した。
【0066】
(3)緑藻単離株の分子系統解析
上記のようにして単離された緑藻株について、緑藻用の18S rDNA領域増幅用ユニバーサルプライマー(プライマーセット1:配列番号1、2、プライマーセット2:配列番号3、4)を用いて、18S rDNAを指標とした分子系統解析を行った。配列決定した18S rDNA領域配列を、配列番号5(S-1株)、配列番号6(S-2株)、配列番号7(S-3株)、配列番号8(S-4株)、及び配列番号9(S-5株)に示す。これらの配列を対象として、NCBIのデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)からBLAST検索を用い、相同性の高い緑藻由来18S rDNA配列データを取得し、系統樹作成を行った。多重アラインメント作成には、ClustalX2、編集にはSea View、系統樹の表示及び編集にはNJplotを用いた。系統樹作成に当たって、ClustalX2による近隣結合法に基づき、ブートストラップのための乱数は111、ブートストラップ回数は1000として、分子系統樹の作成を行った。得られた系統樹を図1に示す。この結果から、S-1株、S-2株、S-3株、S-4株、及びS-5株は、Desmodesmus属と類縁関係にあることが明らかになった。
【0067】
(4)澱粉量測定
緑藻単離株の平板培地上のコロニーを白金耳でかき取ったものを、0.2×Gamborg's B5培地 10 mlを加えた50 ml容三角フラスコに移し、一週間培養を行った。これらの培養液200 μlを、新鮮な0.2×Gamborg's B5培地10 mlを加えたフラスコに添加し、CO2濃度を3%に保持した空気-CO2混合ガスで植物インキュベータ内を満たし、照度8,000 luxの連続照射下で、一週間培養し、澱粉量の測定を行った。培養温度として、25℃及び30℃の二種類で行った。
【0068】
澱粉量の測定は、以下のようにして行った。1.5 ml容チューブに、各緑藻培養液1 mlを分注し、遠心分離(12,000 rpm、10分)した後、上清を除去した。次に、藻体残渣にエタノール1 mlを加えて懸濁した後、煮沸処理(95℃、30分)を行った。その処理サンプルを遠心分離して上清を除去し、得られた沈殿物を遠心濃縮機PV-1200 (WAKENYAKU)で5分間乾燥した。その後、0.2M KOH 1 mlを加え懸濁した後、煮沸処理(95℃、30分)を行うことで、藻体由来の澱粉成分をアルカリ加水分解した。アルカリ加水分解後の溶液に、1M CH3COOH 200 μlを添加してpH 5.5付近に調製した。アミログルコシダーゼ(Sigma-Aldrich, A-9228)を2 unit添加した後、チューブローテータにチューブを装着し、55℃インキュベータ内で24時間反応を進行させた。
【0069】
得られた反応液を遠心分離後、得られた上清中のグルコース濃度をバイオテックアナライザー AS210(サクラ精機)で測定し、澱粉量として算出した。また、緑藻培養液1 mlを1.5 ml容 チューブに分注し、遠心分離(14,000 rpm、5分)し上清を除去した後、55℃で24時間乾燥し、乾燥藻体重量を測定した。なお、乾燥藻体重量あたりの澱粉量を澱粉蓄積率として算出した。結果を表1に示す。
【0070】
【表1】

【0071】
S-1株、S-2株、S-3株は、培養温度25℃及び30℃の両条件において、澱粉蓄積率が30%以上であった。また、S-4株は、培養温度30℃で澱粉蓄積率が30%であった。
【0072】
〔実施例2〕S-1株由来澱粉からのグルコース調製
0.2×Gamborg's B5培地 1500 mlを入れた2 L容 培養槽(ABLE)に、前記と同様にして培養したS-1株の培養液 30 mlを添加し、光照射型S-jar培養装置(石川製作所)に備え付け、30℃、光強度20,000 luxの条件下、CO2濃度を3%に保持した空気-CO2混合ガスを500 ml/分で吹き込み、7日間攪拌培養した。このS-1株の培養液6 Lから、遠心分離及び水への再懸濁によって20倍濃縮液300 mlを用意し、水熱反応装置(オーエムラボテック, MMJ-500)用容器に投入し、攪拌しつつ40分かけて195℃まで昇温させ、195℃で5分保持させた後、急冷し、水熱処理産物を調製した。前記藻類培養液1L当りの乾燥藻体重量は、3〜4g/Lであった。
【0073】
次に、水熱処理産物の全量を500 ml容 ジャーベッセル(ABLE)に移し、反応温度55℃に調節した後、フィルター滅菌済みアミログリコシダーゼ(Sigma-Aldrich, A-9228)を6000 unit添加し、攪拌数400 rpmで攪拌しながら、24時間反応を進行させた。その後、糖化反応溶液を定性濾紙(ADVANTEC)で濾過し、濾液を1N NaOH溶液でpH 7.0に調整した後、オートクレーブ滅菌(115℃, 10分)して、緑藻由来グルコースを得た。その結果、糖化後の緑藻由来グルコース濃度は30.8 g/Lであった。
【0074】
〔実施例3〕S-1株由来澱粉の断片化の検討
温度を175℃、195℃、又は215℃まで昇温させた以外は、実施例2と同様にして、S-1株の藻体濃縮液を水熱処理した。水熱処理産物、又はその遠心分離後の上清にアミログリコシダーゼを十分量添加して、55℃で16時間反応させた。その後、グルコースの生成量を測定した。
【0075】
また、S-1株の藻体濃縮液に0.2M KOHを加え、95℃で30分間反応させることにより、アルカリ加水分解を行い、1M 酢酸でpH 5.5に調整した後、アミログリコシダーゼを十分量添加して、55℃で16時間反応させた。その後、グルコースの生成量を測定した。
【0076】
結果を図2に示す。この結果から、水熱処理の処理温度が高くなるにつれて、微細藻類中の澱粉が断片化されることが示された。
【0077】
〔実施例4〕L−グルタミン酸生産培養
L−グルタミン酸生産菌として、コリネバクテリウム・グルタミカムΔS株(WO95/3467
2、米国特許第5977331号)を用いた。ΔS株は、コリネバクテリウム・グルタミカム野生株(ATCC13869)のα−ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼのE1oサブユニットをコードするsucA(odhA)遺伝子を破壊した株である。
【0078】
ΔS株を、CM-Dexプレート培地に播種し31.5℃で24時間培養した。そのプレート培地上の細胞を1白金耳分掻き取り、下記組成のL−グルタミン酸生産培地20 mLを入れた坂口フラスコに植菌し、培養温度31.5℃にて、24時間培養を行った。本培養における炭素源として、S-1株の藻類澱粉分解物から調製した糖化液(グルコースを30.8 g/L、グリセロールを0.81 g/L含む)、及び、対照としてほぼ同濃度の試薬グルコースを用い、培養を実施した。
【0079】
(L-グルタミン酸生産培地組成)
(A区)
炭素源
藻類由来の澱粉分解物 終濃度でグルコース19.1g/L、グリセロール0.5g/L
又は
試薬グルコース 19.4 g/L
(B区)
(NH4)2SO4 15 g/L
KH2PO4 1 g/L
MgSO4・7H2O 0.4 g/L
FeSO4・7H2O 10 mg/L
MnSO4・4H2O 10 mg/L
VB1・HCl 200 ug/L
Biotin 300 ug/L
大豆加水分解物 0.48 g/L
(C区)
炭酸カルシウム 50 g/L
【0080】
A区、B区は、KOHを用いて各々pH 7.8、pH 8.0に調整し、115℃で10分オートクレーブ殺菌し、C区は180℃で3時間、乾熱滅菌した。それぞれを室温に冷却後、3者を混合した。
【0081】
培養終了後、L−グルタミン酸の蓄積量はバイオテックアナライザー AS210(サクラ精機)により測定した。また、L−グルタミン酸生産培地には、大豆加水分解物由来のL−グルタミン酸が含まれているため、測定値から培地成分中の大豆加水分解物分のL−グルタミン酸量を引いた値を表2に示す。培養24時間の結果、試薬グルコースを用いた場合よりもL−グルタミン酸の蓄積量が向上することが分かった。この結果より、緑藻由来の澱粉分解物は、L−グルタミン酸培養の炭素源として有用であることが示された。
【0082】
【表2】

【0083】
上記のS-1株の藻類澱粉分解物から調製した糖化液、および試薬グルコースについて、全有機炭素(TOC)分析を行った結果を表3に示す。
【0084】
【表3】

【0085】
TOCはS-1株由来の糖化液の方が試薬グルコースよりも高く、TOCに対するグルコース量は試薬グルコースの方が高かった。この結果から、S-1株由来の糖化液中のグルコースには、澱粉以外の炭素源も一部含まれていると推定される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
デスモデスムス属に属し、好適な条件で培養したときに乾燥重量当り30%以上の澱粉を藻体内に蓄積する、微細藻類。
【請求項2】
ビタミンを含有しない培地で増殖し得る、請求項1に記載の微細藻類。
【請求項3】
窒素を制限しない培地で培養したときに、乾燥重量当り30%以上の澱粉を藻体内に蓄積する、請求項1又は2に記載の微細藻類。
【請求項4】
0.2×ガンボーグB5(0.2×Gamborg's B5)培地で、30℃で1週間培養したときに、乾燥重量当り30%以上の澱粉を藻体内に蓄積する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の微細藻類。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の微細藻類に蓄積された澱粉を加水分解してグルコースを生成させることを特徴とする、グルコースの製造法。
【請求項6】
請求項5に記載の方法により製造されたグルコースを炭素源として含む培地で、目的物質を産生する微生物を培養し、目的物質を培養物中から採取する、目的物質の製造法。
【請求項7】
目的物質がL−アミノ酸である、請求項6に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−239452(P2012−239452A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−115386(P2011−115386)
【出願日】平成23年5月24日(2011.5.24)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】