説明

濃度計測方法及び蛍光X線分析装置

【課題】試料の組成が異なる場合でも蛍光X線分析を利用して試料中の測定対象物の濃度を計測することができる濃度計測方法、及び蛍光X線分析装置を提供する。
【解決手段】本発明では、硫黄等の測定対象成分を含む液体燃料等の試料に対して蛍光X線分析を行い、蛍光X線分析により取得したスペクトルから求められる測定対象成分の蛍光X線強度から、散乱X線及びシステムピークによるバックグラウンドを減算し、バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対し、試料の組成に起因する蛍光X線強度変化の補正を行う。バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して補正を行った後の値と測定対象成分との関係を示す検量線を予め定めておき、検量線に基づいて、試料中の測定対象成分の濃度を計算する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光X線分析に関し、より詳しくは、メタノール又はエタノール等のアルコール燃料等の試料中に含まれる硫黄等の測定対象物の濃度を蛍光X線分析を利用して計測する濃度計測方法及び蛍光X線分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
蛍光X線分析は、一次X線を試料に照射し、試料から発生する蛍光X線を検出し、蛍光X線のスペクトルから試料に含有される元素の定性分析又は定量分析を行う分析手法である。蛍光X線分析を行う蛍光X線分析装置は、一次X線を発生させるX線管、半導体検出素子又は比例計数管等を用いたX線検出器、X線検出器が検出したX線の波長分布又はエネルギー分布を分析する分析器等から構成される。蛍光X線分析を行う際は、X線管が発生した一次X線を試料へ照射し、一次X線を照射された試料から発生する蛍光X線をX線検出器で検出し、検出した蛍光X線のスペクトルを分析器で分析する。
【0003】
このような蛍光X線分析は、液体試料に含まれる不純物の濃度を計測するために利用することができる。例えば、ディーゼル燃料等の液体燃料に含まれる有害成分である硫黄を低減することを目的として、蛍光X線分析を利用した液体燃料中の硫黄の濃度計測が行われる。硫黄を含む液体燃料を試料として蛍光X線分析を行った場合、硫黄の蛍光X線の信号と、一次X線が試料中で散乱した散乱X線の信号とが含まれるX線スペクトルが得られる。スペクトルから求められる硫黄の蛍光X線強度をSとし、散乱X線強度をBとした場合、SをBで除した値(S/B)は、試料中の硫黄の濃度にほぼ比例した関数となる。硫黄の濃度が既知である標準試料を用いて(S/B)と濃度との関係を示す検量線を予め定めておき、硫黄の濃度が未知である試料の蛍光X線分析により得られた(S/B)の値と検量線とを比較することにより、硫黄の濃度を求めることができる。
【0004】
ところで、近年では軽油等の液体燃料に含まれる有害成分の規制基準が厳格になってきており、より低濃度で硫黄の濃度を計測する必要が出てきている。この場合、より弱い蛍光X線から硫黄の濃度を求める必要がある。蛍光X線分析で得られるスペクトルには、所謂システムピークというピークが含まれる。システムピークは、蛍光X線分析装置内の空気で散乱されたX線、蛍光X線分析装置内の部品で反射したX線、又は蛍光X線分析装置内の部品にX線が当たることによって発生する蛍光X線等に起因するピークであり、蛍光X線分析装置に依存する。低濃度で硫黄の濃度を計測する場合、硫黄の蛍光X線の信号が小さいので、硫黄の蛍光X線の信号に重なったシステムピークの影響が大きくなり、(S/B)の値が濃度に比例しなくなる。そこで、引用文献1には、システムピークの影響を考慮に入れた検量線を予め求めておき、求めた検量線を用いて硫黄の濃度を計測することにより、システムピークの存在下で低濃度の硫黄の濃度を計測できる技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−91481号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】“COMPILATION OF X-RAY CROSS SECTIONS”, Lawrence Radiation Laboratory, UCRL-50174 Sec. II Rev.1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年では、ディーゼル燃料又はガソリン等の従来の液体燃料に加えて、エタノール又はバイオガソリン等、従来の液体燃料とは組成が大きく異なる新種の液体燃料が利用され始めている。試料の組成が変化した場合、X線の質量吸収係数が変化するので、蛍光X線強度及び散乱X線強度は変化する。例えば、試料中の硫黄の濃度が一定であっても、試料の組成が変化した場合は、硫黄の蛍光X線強度及び散乱X線強度は変化する。従来の液体燃料は、質量吸収係数が大きく変動しないので、硫黄の蛍光X線強度と硫黄の濃度との関係を試料によらずに検量線で表現できていた。しかし、新種の液体燃料は、質量吸収係数が従来と大きく異なるので、硫黄の蛍光X線強度と硫黄の濃度との関係は従来の検量線に当て嵌まらない。従って、従来の方法では、新種の液体燃料について硫黄の濃度を正確に計測することができない。新種の液体燃料について硫黄の濃度を計測するには、夫々の組成の液体燃料について検量線を逐一求めておく必要があり、現実には困難であるという問題がある。
【0008】
本発明は、斯かる事情に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、試料の組成の違いによるX線の質量吸収係数の違いを考慮に入れて蛍光X線強度を補正した上で、検量線を求めておき、補正した蛍光X線強度と検量線とから濃度を計算することにより、試料の組成が異なる場合でも蛍光X線分析を利用して試料中の測定対象物の濃度を計測することができる濃度計測方法、及び蛍光X線分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る濃度計測方法は、蛍光X線分析装置を用いて、一次X線を試料に照射し、試料から発生する二次X線のスペクトルを取得し、試料に含まれる測定対象成分の蛍光X線強度をスペクトルから求め、求めた蛍光X線強度から試料中の測定対象成分の濃度を計算する濃度計測方法において、取得したスペクトルから求められる測定対象成分の蛍光X線強度から、二次X線に含まれる散乱X線及び蛍光X線分析装置に固有の信号によるバックグラウンドを減算し、前記バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して、試料の組成に起因する蛍光X線強度変化の補正を行い、測定対象成分の濃度と前記バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して前記補正を行った後の値との関係を示す検量線に基づいて、試料中の測定対象成分の濃度を計算することを特徴とする。
【0010】
本発明に係る濃度計測方法は、測定対象成分の濃度がゼロであり互いに組成が異なる複数の標準試料から発生する二次X線のスペクトルを取得し、複数の標準試料について取得したスペクトルから求められる測定対象成分の蛍光X線強度及び散乱X線強度を用いて、測定対象成分の蛍光X線強度から前記バックグラウンドを減算するための減算式を定めることを特徴とする。
【0011】
本発明に係る濃度計測方法は、スペクトルから求められる測定対象成分の蛍光X線強度から前記バックグラウンドを減算するための減算式I=S−α×B−β(但し、Iは前記バックグラウンドを減算した蛍光X線強度、Sはスペクトルから求められる測定対象成分の蛍光X線強度、α及びβは定数、Bはスペクトルから求められる散乱X線強度)に対して、複数の標準試料について取得したスペクトルから求められるS及びBを代入し、I=0とした複数の式に従って、定数α及びβを計算することにより、減算式を定め、α及びβを計算した値に定めた減算式に、取得したスペクトルから求めたS及びBを代入することによって、測定対象成分の蛍光X線強度から前記バックグラウンドを減算することを特徴とする。
【0012】
本発明に係る濃度計測方法は、測定対象成分の濃度がゼロではない既知の値である複数の標準試料から発生する二次X線のスペクトルを取得し、複数の標準試料について取得したスペクトルから求められる測定対象成分の蛍光X線強度から、前記バックグラウンドを減算し、複数の標準試料に係る測定対象成分の濃度と前記バックグラウンドを減算した蛍光X線強度との関係から、前記補正を行うための補正式を定めることを特徴とする。
【0013】
本発明に係る濃度計測方法は、k番目の標準試料に係る測定対象成分の濃度Ck がIk ×(B0 /Bkγに比例するという関係式(但し、Ik はk番目の標準試料に係るスペクトルから求めた測定対象成分の蛍光X線強度から前記バックグラウンドを減算した値、B0 は蛍光X線強度の基準となる特定の基準試料に係るスペクトルから求めた散乱X線強度、Bk はk番目の標準試料に係るスペクトルから求めた散乱X線強度、γは定数)に対して、Ik 、B0 及びBk を代入した複数の式に従って、定数γを計算することにより、補正式I×(B0 /B)γを定め、γを計算した値に定めた補正式に、I及びBを代入することによって、前記補正を行うことを特徴とする。
【0014】
本発明に係る濃度計測方法は、測定対象成分の濃度が既知であって互いに異なる複数の標準試料から発生する二次X線のスペクトルを取得し、取得した複数のスペクトルから求められる測定対象成分の蛍光X線強度から、前記バックグラウンドを減算し、複数の標準試料に係る蛍光X線強度から前記バックグラウンドを減算した値に対して前記補正を行い、複数の標準試料に係る測定対象成分の濃度と複数の標準試料に係る蛍光X線強度から前記バックグラウンドを減算した値に対して前記補正を行った後の値とから、試料中の測定対象成分の濃度と前記バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して前記補正を行った後の値との関係を示す検量線を求めることを特徴とする。
【0015】
本発明に係る蛍光X線分析装置は、一次X線を試料に照射する手段と、試料から発生する二次X線のスペクトルを取得する手段と、試料に含まれる測定対象成分の蛍光X線強度をスペクトルから求める手段とを備え、求めた蛍光X線強度から試料中の測定対象成分の濃度を計算する蛍光X線分析装置において、取得したスペクトルから求められる測定対象成分の蛍光X線強度から、二次X線に含まれる散乱X線及びそれ自身に固有の信号によるバックグラウンドを減算するための減算式を記憶する手段と、前記バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して、試料の組成に起因する蛍光X線強度変化の補正を行うための補正式を記憶する手段と、測定対象成分の濃度と前記バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して前記補正を行った後の値との関係を示す検量線を記憶する手段と、前記減算式を用いて、取得したスペクトルから求めた測定対象成分の蛍光X線強度から、前記バックグラウンドを減算する手段と、前記バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して、前記補正式を用いて前記補正を行う手段と、前記検量線に基づいて、試料中の測定対象成分の濃度を計算する手段とを備えることを特徴とする。
【0016】
本発明においては、硫黄等の測定対象成分を含む液体燃料等の試料に対して蛍光X線分析を行い、蛍光X線分析により取得したスペクトルから求められる測定対象成分の蛍光X線強度から、散乱X線及び蛍光X線分析装置に固有のシステムピークによるバックグラウンドを減算し、バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対し、試料の組成に起因する蛍光X線強度変化の補正を行い、補正を行った後の値と測定対照成分の濃度との関係を示す検量線に基づいて、試料中の測定対象成分の濃度を計算する。
【0017】
また本発明においては、測定対象成分の濃度がゼロであり互いに組成が異なる複数の標準試料の蛍光X線分析を行い、スペクトルより求めた測定対象成分の蛍光X線強度及び散乱X線強度を用いて、蛍光X線強度からバックグラウンドを減算するための減算式を定め、濃度の計測時には減算式を用いて蛍光X線強度からバックグラウンドを減算する。測定対象成分の蛍光X線強度からバックグラウンドを減算することにより、測定対象成分の濃度が低い試料についても、試料に含まれる測定対象成分の濃度を計測することができる。
【0018】
また本発明においては、測定対象成分の濃度がゼロではない既知の値である複数の標準試料の蛍光X線分析を行い、測定対象成分の濃度とバックグラウンドを減算した蛍光X線強度との関係から、試料の組成に起因する蛍光X線強度変化の補正を行うための補正式を定め、濃度の計測時にはバックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して補正式を用いた補正を行う。測定対象成分の蛍光X線強度からバックグラウンドを減算した値に対し、試料の組成に起因する蛍光X線強度変化の補正を行うので、試料の組成とは無関係に測定対象成分の濃度に対応した値が得られる。
【0019】
また本発明においては、測定対象成分の濃度が既知の値である複数の標準試料の蛍光X線分析を行い、測定対象成分の濃度とバックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して補正を行った後の値との関係を示す検量線を作成しておき、濃度の計測時には、検量線を用いて測定対象成分の濃度を計算する。
【発明の効果】
【0020】
本発明にあっては、蛍光X線分析で取得したスペクトルより求められる測定対象成分の蛍光X線強度からバックグランドを減算し、更に試料の組成に起因する蛍光X線強度変化の補正を行うことにより、試料の組成とは無関係に測定対象成分の濃度に対応した値が得られる。従って、試料の組成別に検量線を作成する必要が無く、試料の組成がどのような組成の場合でも蛍光X線分析により試料中の測定対象成分の濃度を精度良く計測することができる。特に、エタノール又はバイオガソリン等の新種の液体燃料を含む種々の液体燃料について、本発明により精度良く有害成分の濃度を計測することができ、液体燃料から有害成分を低減するために利用することができる等、本発明は優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明に係る蛍光X線分析装置の構成を示す模式図である。
【図2】二次X線のスペクトルの例を示す模式図である。
【図3】蛍光X線分析時の状況を示す模式図である。
【図4】化石燃料及びエタノールを混合した試料について質量吸収係数とa及びbとを評価した結果を示す図表である。
【図5】計算したa及びbの関係を示す特性図である。
【図6】蛍光X線分析装置が実行する較正処理の手順を示すフローチャートである。
【図7】蛍光X線分析装置が実行する検量線作成処理の手順を示すフローチャートである。
【図8】蛍光X線分析装置が実行する濃度計測処理の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下本発明をその実施の形態を示す図面に基づき具体的に説明する。
図1は、本発明に係る蛍光X線分析装置の構成を示す模式図である。蛍光X線分析装置は、X線を遮蔽する材料で箱状に形成された筐体1を備え、筐体1の上部は平面に構成されている。筐体1の上部平面には開口部が形成されており、この開口部に、分析対象の試料が収容された試料セル3が載置される。また蛍光X線分析装置は、開口部を含む筐体1の上面の少なくとも一部を覆うカバー2を設けており、試料セル3はカバー2で覆われる。試料セル3は、粉末又は液体燃料等の流体試料を収容するためのセルである。
【0023】
筐体1の内部には、空洞状の測定室が形成されており、また筐体1には、測定室内へ一次X線を放射するX線管4とX線検出器5とを備えている。X線管4は、ターゲットに加速電子を衝突させることによって一次X線を発生させる構成となっている。本実施例では、X線管4のターゲットの材料はチタンであるとし、励起電圧は8keVであるとする。このとき、一次X線のピークのエネルギーは4.5keVとなる。なお、X線管4はターゲットの材料及び励起電圧が異なる構成であってもよい。X線管4は、筐体1の開口部へ向けて一次X線を照射する位置に配置されている。蛍光X線分析を行う際には、筐体1の開口部の位置には試料セル3が配置されているので、X線管4から発生した一次X線は、試料セル3内の試料に照射される。一次X線を照射された試料セル3内の試料は、二次X線を発生させ、二次X線は測定室内に放射される。二次X線には、試料内の成分に起因する蛍光X線と、試料で一次X線が散乱された散乱X線とが含まれる。X線検出器5は、試料セル3内の試料から発生した二次X線を検出できる位置に配置されている。X線管4が照射する一次X線及びX線検出器5が検出する二次X線が通過する経路は、図1中に破線矢印で示している。X線検出器5は、検出素子として比例計数管を用いた構成となっており、比例計数管に入射した二次X線のエネルギーに比例した電気信号を出力する。なお、X線検出器5は、検出素子として、半導体検出素子等の比例計数管以外の検出素子を用いた形態であってもよい。
【0024】
X線検出器5には、出力した電気信号を分析する分析部61が接続されている。分析部61は、X線検出器5が出力した電気信号を受け付け、二次X線のエネルギーに対応する各電気信号の強度及びその数をカウントし、二次X線のエネルギーとカウント数との関係、即ち二次X線のスペクトルを取得する処理を行う。分析部61には、分析部61が取得したスペクトルを用いて本発明の濃度計測方法の処理を実行する処理部62が接続されている。処理部62は、演算を実行する演算部、演算に伴う一時的なデータを記憶するRAM、及び本発明の濃度計測方法の処理を実行するためのプログラムを記憶するROM等から構成される。また処理部62は、X線管4、X線検出器5及び分析部61の動作を制御する処理も実行する。処理部62には、不揮発性の記憶部63と、使用者の操作により各種の指示を入力される操作部64と、操作のために必要な情報を表示する表示部65とが接続されている。
【0025】
次に、本発明の濃度計測方法の原理を説明する。本実施の形態では、試料としてディーゼル燃料又はエタノール等の液体燃料を用い、測定対象成分を硫黄とした例を説明する。図2は、二次X線のスペクトルの例を示す模式図である。スペクトル中には、散乱X線による信号と、試料中の硫黄が一次X線によって励起されて発生した蛍光X線による信号とが含まれる。散乱X線による信号のピークのエネルギーは4.5keVであり、硫黄の蛍光X線による信号のピークのエネルギーは2.3keVである。試料である液体燃料からは精製により硫黄等の不純物が除去されているので、試料中の硫黄の濃度は低く、硫黄の蛍光X線による信号は散乱X線による信号に比べて小さくなる。硫黄の蛍光X線強度は、硫黄の蛍光X線による信号のピークの大きさを計測するか、又は硫黄の蛍光X線による信号を積分することにより求めることができる。
【0026】
しかしながら、スペクトルに含まれる蛍光X線の信号には、散乱X線の信号の裾野及びシステムピークが重なっており、スペクトルから求められる蛍光X線強度は、散乱X線及びシステムピークによるバックグラウンドを含む。システムピークは、蛍光X線分析装置内の空気で散乱されたX線、蛍光X線分析装置内の部品で反射したX線、又は蛍光X線分析装置内の部品から発生する蛍光X線等、試料からの散乱X線及び蛍光X線以外のX線がX線検出器5で検出されることにより、スペクトル中に含まれるピークである。システムピークは、蛍光X線分析装置の構成に依存した信号であり、個々の蛍光X線分析装置に固有の量である。散乱X線による信号のピークの大きさを計測するか、又は散乱X線による信号を積分することにより求めることができる散乱X線強度をBとすると、測定対象成分の蛍光X線強度に含まれる散乱X線によるバックグラウンドは、定数αを用いて、α×Bと表される。また蛍光X線強度に含まれるシステムピークによるバックグラウンドは、定数βで表される。従って、スペクトルから求められる硫黄の蛍光X線強度をSとし、硫黄の蛍光X線強度からバックグラウンドを減算した値をIとすると、Iは下記の(1)式で表される。
I=S−α×B−β …(1)
【0027】
(1)式を用いることにより、硫黄の蛍光X線強度からバックグラウンドを減算することができる。(1)式に含まれる定数α及びβは、測定対象成分(本実施例では硫黄)の濃度がゼロであって互いに組成が異なる複数の標準試料の蛍光X線分析結果より計算することができる。共に硫黄の含有量がゼロである第1の標準試料及び第2の標準試料の蛍光X線分析を行い、夫々に二次X線のスペクトルを取得する。例えば、第1の標準試料はディーゼル燃料であり、第2の標準試料はエタノールである。第1の標準試料の蛍光X線分析から求められる硫黄の蛍光X線強度をS1、散乱X線強度をB1とし、第2の標準試料の蛍光X線分析から求められる硫黄の蛍光X線強度をS2、散乱X線強度をB2とすると、(1)式にS1、B1、S2及びB2を代入することにより下記の二式が得られる。
0=S1−α×B1−β
0=S2−α×B2−β
【0028】
硫黄の濃度はゼロであるので、硫黄の蛍光X線強度からバックグラウンドを減算した値Iはゼロである。これらの式から、以下の(2)式及び(3)式が得られる。(2)式及び(3)式を用いてα及びβが計算できる。α及びβが定まった(1)式は、本発明における減算式である。なお、三個以上の標準試料を用いて、最小2乗法によりα及びβを計算することも可能である。
【0029】
【数1】

【0030】
試料の組成が変化した場合、密度及びX線の質量吸収係数が変化するので、蛍光X線強度及び散乱X線強度は変化する。例えば、試料中の硫黄の濃度が一定であっても、試料の組成が変化した場合は、硫黄の蛍光X線強度及び散乱X線強度は変化する。従って、組成が異なる試料間で蛍光X線強度を比較するためには、(1)式を用いて蛍光X線強度からバックグラウンドを減算した値に対して、更に、試料の組成に起因する蛍光X線強度変化の補正を行う必要がある。
【0031】
図3は、蛍光X線分析時の状況を示す模式図である。エネルギーをE、試料へ照射する一次X線の強度をI0 (E)、試料への一次X線の入射角度をψ、試料からX線検出器5への二次X線の出射角度をθ、試料の密度をρ、試料におけるX線の質量吸収係数をμ(E)とする。質量吸収係数μ(E)は、試料の組成によって異なり、またX線のエネルギーによって変化する量である。X線検出器5で検出できる硫黄の蛍光X線強度Iは、以下の(4)式によって表される。ここでIは、バックグラウンドを含まない値である。
【0032】
【数2】

【0033】
(4)式中のA1 は、硫黄の励起効率であり、定数となっている。(4)式中の吸収端は硫黄の吸収端であり、吸収端以下のエネルギーのX線を硫黄は吸収しない。8keVは前述したようにX線管4での励起電圧であり、4.5keVは一次X線のピークのエネルギーであり、μ(4.5keV)はエネルギー4.5keVのX線に対する試料の質量吸収係数である。X線管4の構成が本実施例と異なる場合は、これらの値はX線管4の構成に応じた異なった値になる。また(4)式中の2.3keVは硫黄の蛍光X線のピークのエネルギーであり、μ(2.3keV)はエネルギー2.3keVのX線に対する試料の質量吸収係数である。測定対象成分が硫黄とは異なる場合は、これらの値は測定対象成分に応じた異なった値になる。更に、X線検出器5で検出できる散乱X線強度Bは、以下の(5)式によって表される。
【0034】
【数3】

【0035】
(5)式中のA2 は、エネルギー4.5keVのX線の散乱効率であり、定数となっている。一次X線と散乱X線とはエネルギーが等しいので、(5)式のような式となる。(4)式及び(5)式から、バックグラウンドを減算した蛍光X線強度Iは、1/(密度×質量吸収係数)に比例することが分かる。従って、単一の基準試料の密度をρ0 、質量吸収係数をμ0 とすると、密度がρで質量吸収係数がμである試料に含まれる硫黄の蛍光X線強度からバックグラウンドを減算した値Iに対して、以下の(6)式により、試料の組成に応じた補正を行うことができる。(6)式による補正は、試料から得られた蛍光X線強度を、組成が基準試料と同一の組成である場合に得られる蛍光X線強度へ換算する補正である。
【0036】
【数4】

【0037】
非特許文献1には、各種の元素についてX線のエネルギーと質量吸収係数との関係を測定した結果が記載されている。非特許文献1によれば、炭素及び酸素では、X線のエネルギーが2.3keV〜4.5keVの範囲内で、keVを単位にしたX線のエネルギーを横軸、質量吸収係数を縦軸にした両対数グラフにおいて、X線のエネルギーと質量吸収係数とは直線関係にある。また水素の質量吸収係数は、炭素及び酸素に比べて4桁以上小さく、炭素及び酸素の質量吸収係数に比べて無視できる。本実施例において試料として使用するディーゼル燃料及びエタノール等の液体燃料は、炭素、酸素及び水素を主成分としており、炭素及び酸素の質量吸収係数とX線のエネルギーとは両対数グラフで直線関係をなし、水素の質量吸収係数は無視できるので、試料の質量吸収係数とX線のエネルギーとは両対数グラフで直線関係をなす。従って、a及びbを未知の定数として、吸収係数がμである試料について、ln(μ)=a×ln(E)+bが成り立つ。このときの傾きa及び切片bは、試料によって異なる。
【0038】
ここで、ディーゼル燃料等の化石燃料とエタノールとを混合した試料について質量吸収係数とa及びbとの関係を評価する。化石燃料とエタノールとを混合した試料として、全て化石燃料の試料、15%がエタノールである試料、50%がエタノールである試料、85%がエタノールである試料、及び100%がエタノールである試料を用いた。まず、各試料について、質量吸収係数を求める。図4は、化石燃料及びエタノールを混合した試料について質量吸収係数とa及びbとを評価した結果を示す図表である。図4(a)は、各試料について、エネルギー2.3keVのX線に対する質量吸収係数μ(2.3keV)と、エネルギー4.5keVのX線に対する質量吸収係数μ(4.5keV)とを求めた結果を示す。エタノールの割合が大きいほど、質量吸収係数の値も大きくなっている。次に、各試料について求めたμ(2.3keV)及びμ(4.5keV)を夫々ln(μ)=a×ln(E)+bの式に代入することにより、各試料についてa及びbを計算する。図4(b)は、図4(a)に示す質量吸収係数の値から各試料についてa及びbを計算した結果を示す。図5は、計算したa及びbの関係を示す特性図である。図5では、横軸a、縦軸bの座標空間に各試料について得られたa及びbをプロットしており、図5に示すように、a及びbの関係は直線で近似できる。従って、g及びhを未知の定数として、質量吸収係数がμである試料について、以下の三式が成り立つ。
ln(μ(2.3keV))=a×ln(2.3)+b
ln(μ(4.5keV))=a×ln(4.5)+b
b=g×a+h
【0039】
以上の三式より、bを消去すれば、下記の二式が得られる。
ln(μ(2.3keV))=a×(ln(2.3)+g)+h
ln(μ(4.5keV))=a×(ln(4.5)+g)+h
【0040】
以上の二式より、下記の(7)式が得られ、(7)式から下記の(8)式を求めることができる。
【0041】
【数5】

【0042】
【数6】

【0043】
(8)式中のγ及びδは定数であり、夫々にX線のエネルギー及び試料の組成に無関係であるので、定数γ及びδとおくことができる。前述のように、密度がρで質量吸収係数がμである試料に含まれる硫黄の蛍光X線強度からバックグラウンドを減算した値Iに対する試料の組成に応じた補正は、(6)式で表される。(6)式中のμ(2.3keV)及びμ0 (2.3keV)について、(8)式から、下記の(9)式を求めることができる。
【0044】
【数7】

【0045】
(9)式から更に下記の(10)式が得られる。
【0046】
【数8】

【0047】
(6)式中でIに係る係数(ρμ(2.3keV)/ρ0 μ0 (2.3keV))は、(10)式を適用することにより、下記の(11)式で表すことができる。
【0048】
【数9】

【0049】
(11)式中の(ρ/ρ0 )は、試料間の密度差が小さいので、1に近似することができる。また、(5)式によれば、散乱X線強度Bは1/(ρ×μ(4.5keV))に比例するので、基準試料から得られる散乱X線強度をB0 とすると、(11)式に含まれる(ρμ(4.5keV)/ρ0 μ0 (4.5keV))は、(B0 /B)となる。従って、試料の組成に応じた補正の内容を表す(6)式は、下記の(12)式で表される。
【0050】
【数10】

【0051】
(12)式を用いることにより、蛍光X線強度からバックグラウンドを減算した値に対して、試料の組成に応じた補正を行うことができる。(12)式に含まれる定数γは、測定対象成分(本実施例では硫黄)の濃度がゼロではない既知の値である複数の標準試料の蛍光X線分析結果より計算することができる。複数の標準試料では、硫黄の濃度が互いに異なっている必要がある。複数の標準試料の組成は互いに異なっていても同一であってもよい。また複数の標準試料の中に基準試料が含まれていても含まれていなくてもよい。複数の標準試料の数をmとし、k番目の標準試料での硫黄の濃度をCk 、硫黄の蛍光X線強度からバックグラウンドを減算した値をIk 、散乱X線強度をBk とする。試料中の硫黄の濃度がバックグラウンドを減算した硫黄の蛍光X線強度に比例すると仮定すると、(12)式から、Dを定数として、下記の(13)式が成り立つ。
【0052】
【数11】

【0053】
(13)式の両辺の対数を取ることにより、(13)式は下記の(14)式に変形することができる。
【0054】
【数12】

【0055】
(14)式において、y=ln(Ck )−ln(Ik )、x=ln(B0 /Bk )、d=ln(D)とすると、(14)式は、一次式y=γx+dの形となる。m個の標準試料の夫々について(14)式を計算し、計算したm個の(14)式に対して最小2乗法を実行することにより、定数γを計算することができる。γが定まった(12)式は本発明における補正式である。(12)式を用いることにより、蛍光X線強度からバックグラウンドを減算した値に対して、試料の組成に応じた補正を行うことができる。
【0056】
本発明での補正により、試料の組成による影響が除去されるので、バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して補正を行った後の値からは、いずれの組成の試料にも当てはめることができる検量線を求めることができる。検量線は、測定対象成分(本実施例では硫黄)の濃度が既知の値である複数の標準試料の蛍光X線分析結果より作成することができる。検量線を作成するための標準試料は、補正パラメータγを計算するために使用した標準試料と同一でもよく異なっていてもよい。複数の標準試料の組成は互いに異なっていても同一であってもよい。また複数の標準試料の中に基準試料が含まれていても含まれていなくてもよい。複数の標準試料の数をnとし、k番目の標準試料に含まれる硫黄の蛍光X線強度からバックグラウンドを減算して補正を行った後の値をXk とする。硫黄の濃度Cとバックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して補正を行った後の値Xとの関係が一次式で表されるとすると、p及びqを定数として、検量線は下記の(15)式で表され、またk番目の標準試料について下記の(16)式が成り立つ。
C=p×X+q …(15)
k =p×Xk +q …(16)
【0057】
m個の標準試料の夫々について(16)式を計算し、計算したm個の(16)式に対して最小2乗法を実行することにより、定数p及びqを計算することができる。p及びqの値が定まった(15)式は検量線である。任意の試料の蛍光X線分析を行った場合、蛍光X線分析の結果から、バックグラウンドを減算した硫黄の蛍光X線強度に対して補正を行った後の値Xを計算し、Xの値を(15)式の検量線に代入することにより、試料中の硫黄の濃度Cを計算することが可能となる。なお、検量線は一次式に限るものではなく、二次式等のその他の関係式を仮定して検量線を作成してもよい。
【0058】
次に、本発明の蛍光X線分析装置が行う濃度計測方法の処理を説明する。蛍光X線分析装置は、定数α、β及びγを決定する較正処理と、検量線を作成する検量線作成処理と、任意の試料中の測定対象成分(本実施例では硫黄)の濃度を計測する濃度計測処理とを実行することが可能である。
【0059】
図6は、蛍光X線分析装置が実行する較正処理の手順を示すフローチャートである。蛍光X線分析装置は、使用者が操作部64を操作して較正処理の開始の指示を入力した場合に、較正処理を開始する。蛍光X線分析装置は、まず、α、β及びγを計算するために使用する複数の標準試料に含まれる硫黄の濃度値を受け付ける(S11)。ステップS11では、処理部62が、濃度値を入力するための入力画面を表示部65に表示し、使用者が操作部64から濃度値を入力することにより、各標準試料の硫黄の濃度値を受け付ける。較正処理で用いる標準試料は、濃度値がゼロである標準試料が二個以上、濃度値がゼロではない標準試料が二個以上少なくとも必要である。蛍光X線分析装置は、次に、夫々に標準試料が封入された試料セル3を使用者がカバー2内に入れることにより、複数の標準試料を受け入れる(S12)。蛍光X線分析装置のカバー2の内側には、複数の試料セル3を載置できるターンテーブルが設けられており、濃度値を入力した試料が封入された試料セル3を使用者がターンテーブルに載置することにより、ステップS12が行われる。
【0060】
蛍光X線分析装置は、次に、ターンテーブルを動作させてX線管4からの一次X線が照射される位置に試料セル3を配置し、X線管4からの一次X線を試料セル3内の試料に照射し、X線検出器5で二次X線を検出し、X線検出器5の出力を分析部61で分析してスペクトルを取得することにより、標準試料の蛍光X線分析を行う(S13)。ステップS13では、複数の標準試料の夫々についてスペクトルを取得する処理を行う。処理部62は、各標準試料について取得したスペクトルの内、濃度値がゼロである二個の標準試料に係るスペクトルから、硫黄の蛍光X線強度S及び散乱X線強度Bを取得し、(2)式及び(3)式に値を代入することにより、α及びβを計算する(S14)。なお、前述したように、濃度値がゼロである三個以上の標準試料に係るスペクトルに基づき、最小2乗法を用いてα及びβを計算してもよい。
【0061】
処理部62は、次に、各標準試料に係るスペクトルから、硫黄の蛍光X線強度S及び散乱X線強度Bを求め、(1)式にα、β、S及びBを代入することにより、硫黄の蛍光X線強度からバックグラウンドを減算する(S15)。処理部62は、次に、各標準試料についてバックグラウンドを減算した硫黄の蛍光X線強度から、定数γを計算する処理を行う(S16)。ステップS16では、処理部62は、複数の標準試料の内の一つを基準試料とし、各標準試料について(14)式に濃度値、バックグラウンドを減算した蛍光X線強度、散乱X線強度及び標準試料の散乱X線強度を代入し、複数の(14)式に対して最小2乗法を実行することにより、γの値を計算する。
【0062】
処理部62は、次に、計算したα、β及びγの値を表示部65に表示し、値を確認した使用者が操作部64を操作することによる確定指示の受付を待ち受ける(S17)。再測定の指示を受け付ける等して、確定指示の受付がない場合は(S17:NO)、蛍光X線分析装置は処理をステップS13に戻し、各標準試料の蛍光X線分析を再度行う。確定指示を受け付けた場合は(S17:YES)、処理部62は、計算したα、β及びγ、並びに計算に使用した基準試料の散乱X線強度B0 を記憶部63に記憶させ(S18)、較正処理を終了する。なお、蛍光X線分析装置は、ターンテーブルを備えておらず、濃度値の受付、標準試料の受け入れ及び蛍光X線分析装置の一連の作業を標準試料別に逐一実行する形態であってもよい。α及びβを記憶部63に記憶することで、減算式が記憶され、γ及びB0 を記憶部63に記憶することで、補正式が記憶される。
【0063】
図7は、蛍光X線分析装置が実行する検量線作成処理の手順を示すフローチャートである。蛍光X線分析装置は、使用者が操作部64を操作して検量線作成処理の開始の指示を入力した場合に、検量線作成処理を開始する。蛍光X線分析装置は、まず、検量線を作成するために使用する複数の標準試料に含まれる硫黄の濃度値を受け付ける(S21)。検量線作成処理で用いる標準試料は、濃度値が互いに異なる標準試料が二個以上必要である。なお、蛍光X線分析装置は、ステップS21で、一次式又は二次式等の検量線の関数形を使用者からの指示により選択することができる形態であってもよい。蛍光X線分析装置は、次に、濃度値を受け付けた複数の標準試料を受け入れる(S22)。
【0064】
蛍光X線分析装置は、次に、複数の標準試料の夫々について蛍光X線分析を行う(S23)。処理部62は、各標準試料について取得したスペクトルから、硫黄の蛍光X線強度S及び散乱X線強度Bを求め、求めたS及びB並びに記憶部63に記憶しているα及びβを(1)式に代入することにより、硫黄の蛍光X線強度からバックグラウンドを減算する(S24)。処理部62は、次に、各標準試料について計算した硫黄の蛍光X線強度からバックグラウンドを減算した値Iに対して、各標準試料の組成に起因する蛍光X線強度変化の補正を行う(S25)。ステップS25では、処理部62は、I及びB並びに記憶部63に記憶しているγ及びB0 を(12)式に代入することにより、補正を実行する。処理部62は、次に、各標準試料に含まれる硫黄の蛍光X線強度からバックグラウンドを減算して補正を行った後の値から、検量線を作成する処理を行う(S26)。ステップS26では、処理部62は、各標準試料について濃度値とバックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して補正を行った後の値を(16)式に代入し、複数の(16)式に対して最小2乗法を実行してp及びqの値を求めることにより、検量線を作成する。なお、前述したように、一次式以外の検量線を作成することも可能である。
【0065】
処理部62は、次に、作成した検量線を確認するための表示を行い、検量線を確認した使用者が操作部64を操作することによる確定指示の受付を待ち受ける(S27)。ステップS27では、処理部62は、求めたp及びqの値を表示部65に表示するか、又は検量線の線形を示すグラフを表示部65に表示する等の方法で、検量線を確認するための表示を行う。再測定の指示を受け付ける等して、確定指示の受付がない場合は(S27:NO)、蛍光X線分析装置は処理をステップS23に戻し、各標準試料の蛍光X線分析を再度行う。確定指示を受け付けた場合は(S27:YES)、処理部62は、求めたp及びqを記憶させることで記憶部63に検量線を記憶させ(S28)、検量線作成処理を終了する。なお、ステップS28では、検量線上の濃度値とバックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して補正を行った後の値との関係を示す数値テーブルを記憶する等の方法で、検量線自体を記憶してもよい。
【0066】
較正処理及び検量線作成処理は、蛍光X線分析装置を用いて任意の試料の分析を行う前に、少なくとも一度実行しておく必要がある。濃度計測の精度を保つためには、一月に一回等、定期的に較正処理及び検量線作成処理を実行することが望ましい。また蛍光X線分析装置の設置場所が移動した場合等、蛍光X線分析装置の使用環境が変化した場合にも、較正処理及び検量線作成処理を実行することが望ましい。
【0067】
図8は、蛍光X線分析装置が実行する濃度計測処理の手順を示すフローチャートである。蛍光X線分析装置は、使用者が操作部64を操作して濃度計測の開始の指示を入力した場合に、濃度計測処理を開始する。蛍光X線分析装置は、測定対象成分(本実施例では硫黄)を含む試料が封入された試料セル3を使用者がカバー2内に入れることにより、試料を受け入れる(S31)。蛍光X線分析装置は、次に、X線管4からの一次X線を試料セル3内の試料に照射し、X線検出器5で二次X線を検出し、X線検出器5の出力を分析部61で分析してスペクトルを取得することにより、試料の蛍光X線分析を行う(S32)。処理部62は、取得したスペクトルから、硫黄の蛍光X線強度S及び散乱X線強度Bを求め、求めたS及びB並びに記憶部63に記憶しているα及びβを(1)式に代入することにより、硫黄の蛍光X線強度からバックグラウンドを減算する(S33)。
【0068】
処理部62は、次に、硫黄の蛍光X線強度からバックグラウンドを減算した値I及びB並びに記憶部63に記憶しているγ及びB0 を(12)式に代入することにより、バックグラウンドを減算した硫黄の蛍光X線強度に対して、各標準試料の組成に起因する蛍光X線強度変化の補正を行う(S34)。処理部62は、次に、記憶部63に記憶している検量線上で、試料に含まれる硫黄の蛍光X線強度からバックグラウンドを減算して補正を行った後の値に対応する濃度値を求めることにより、検量線から硫黄の濃度を計算する(S35)。処理部62は、次に、計算した濃度の値を表示部65に表示することにより、計測した濃度を出力し(S36)、濃度計測処理を終了する。なお、蛍光X線分析装置は、図示しないパーソナルコンピュータ(PC)又はプリンタ等を用いて、計測した濃度を出力する形態であってもよい。
【0069】
以上詳述した如く、本発明においては、硫黄を含む液体燃料等の試料に対して蛍光X線分析を行い、蛍光X線分析により取得したスペクトルから求められる硫黄の蛍光X線強度から、散乱X線及びシステムピークによるバックグラウンドを減算する。更に本発明では、バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対し、試料の組成に起因する蛍光X線強度変化の補正を行い、補正を行った後の値と硫黄の濃度との関係を示す検量線に基づいて、試料中の硫黄の濃度を計算する。硫黄の散乱X線強度からバックグラウンドを減算することにより、硫黄の濃度が低い試料についても、試料に含まれる硫黄の濃度を計測することができる。またバックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対し、試料の組成に起因する蛍光X線強度変化の補正を行うことにより、試料の組成とは無関係に硫黄の濃度に対応した補正値が得られる。従って、試料の組成別に検量線を作成する必要が無く、試料の組成がどのような組成の場合でも蛍光X線分析により試料中の硫黄の濃度を精度良く計測することができる。特に、エタノール又はバイオガソリン等の新種の液体燃料を含む種々の液体燃料について、本発明によって有害成分である硫黄の濃度を精度良く計測することができ、液体燃料に含まれる硫黄の濃度を低減するために利用することができる。
【0070】
なお、本実施の形態においては、測定対象成分として硫黄を用いた例を示したが、測定対象成分は硫黄に限るものではなく、蛍光X線を測定できる成分であれば、本発明を用いて濃度を計測することが可能である。また本実施の形態においては、試料はディーゼル燃料等の液体燃料であるとしたが、本発明では、炭素及び/又は酸素を主成分とする組成であれば、どのような組成の試料であっても測定対象成分の濃度の計測を行うことが可能である。なお、X線のエネルギーと質量吸収係数との関係が両対数グラフにおいて直線関係となる組成の試料であれば、それ以外の組成の試料についても測定対象成分の濃度の計測を行うことが可能である。
【0071】
また本実施の形態においては、濃度の計算までの処理を全て蛍光X線分析装置で実行する形態を示したが、本発明の形態はこれに限るものではない。本発明の濃度計測方法では、蛍光X線分析までの処理を蛍光X線分析装置で行い、蛍光X線分析より取得したスペクトルから減算式及び補正式を求める処理並びに測定対象成分の濃度を計算する処理を、蛍光X線分析装置の外部にあるPC等の計算装置で実行することも可能である。
【符号の説明】
【0072】
1 筐体
2 カバー
3 試料セル
4 X線管
5 X線検出器
61 分析部
62 処理部
63 記憶部
64 操作部
65 表示部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛍光X線分析装置を用いて、一次X線を試料に照射し、試料から発生する二次X線のスペクトルを取得し、試料に含まれる測定対象成分の蛍光X線強度をスペクトルから求め、求めた蛍光X線強度から試料中の測定対象成分の濃度を計算する濃度計測方法において、
取得したスペクトルから求められる測定対象成分の蛍光X線強度から、二次X線に含まれる散乱X線及び蛍光X線分析装置に固有の信号によるバックグラウンドを減算し、
前記バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して、試料の組成に起因する蛍光X線強度変化の補正を行い、
測定対象成分の濃度と前記バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して前記補正を行った後の値との関係を示す検量線に基づいて、試料中の測定対象成分の濃度を計算すること
を特徴とする濃度計測方法。
【請求項2】
測定対象成分の濃度がゼロであり互いに組成が異なる複数の標準試料から発生する二次X線のスペクトルを取得し、
複数の標準試料について取得したスペクトルから求められる測定対象成分の蛍光X線強度及び散乱X線強度を用いて、測定対象成分の蛍光X線強度から前記バックグラウンドを減算するための減算式を定めること
を特徴とする請求項1に記載の濃度計測方法。
【請求項3】
スペクトルから求められる測定対象成分の蛍光X線強度から前記バックグラウンドを減算するための減算式I=S−α×B−β(但し、Iは前記バックグラウンドを減算した蛍光X線強度、Sはスペクトルから求められる測定対象成分の蛍光X線強度、α及びβは定数、Bはスペクトルから求められる散乱X線強度)に対して、複数の標準試料について取得したスペクトルから求められるS及びBを代入し、I=0とした複数の式に従って、定数α及びβを計算することにより、減算式を定め、
α及びβを計算した値に定めた減算式に、取得したスペクトルから求めたS及びBを代入することによって、測定対象成分の蛍光X線強度から前記バックグラウンドを減算すること
を特徴とする請求項2に記載の濃度計測方法。
【請求項4】
測定対象成分の濃度がゼロではない既知の値である複数の標準試料から発生する二次X線のスペクトルを取得し、
複数の標準試料について取得したスペクトルから求められる測定対象成分の蛍光X線強度から、前記バックグラウンドを減算し、
複数の標準試料に係る測定対象成分の濃度と前記バックグラウンドを減算した蛍光X線強度との関係から、前記補正を行うための補正式を定めること
を特徴とする請求項1乃至3のいずれか一つに記載の濃度計測方法。
【請求項5】
k番目の標準試料に係る測定対象成分の濃度Ck がIk ×(B0 /Bkγに比例するという関係式(但し、Ik はk番目の標準試料に係るスペクトルから求めた測定対象成分の蛍光X線強度から前記バックグラウンドを減算した値、B0 は蛍光X線強度の基準となる特定の基準試料に係るスペクトルから求めた散乱X線強度、Bk はk番目の標準試料に係るスペクトルから求めた散乱X線強度、γは定数)に対して、Ik 、B0 及びBk を代入した複数の式に従って、定数γを計算することにより、補正式I×(B0 /B)γを定め、
γを計算した値に定めた補正式に、I及びBを代入することによって、前記補正を行うこと
を特徴とする請求項4に記載の濃度計測方法。
【請求項6】
測定対象成分の濃度が既知であって互いに異なる複数の標準試料から発生する二次X線のスペクトルを取得し、
取得した複数のスペクトルから求められる測定対象成分の蛍光X線強度から、前記バックグラウンドを減算し、
複数の標準試料に係る蛍光X線強度から前記バックグラウンドを減算した値に対して前記補正を行い、
複数の標準試料に係る測定対象成分の濃度と複数の標準試料に係る蛍光X線強度から前記バックグラウンドを減算した値に対して前記補正を行った後の値とから、試料中の測定対象成分の濃度と前記バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して前記補正を行った後の値との関係を示す検量線を求めること
を特徴とする請求項1乃至5のいずれか一つに記載の濃度計測方法。
【請求項7】
一次X線を試料に照射する手段と、試料から発生する二次X線のスペクトルを取得する手段と、試料に含まれる測定対象成分の蛍光X線強度をスペクトルから求める手段とを備え、求めた蛍光X線強度から試料中の測定対象成分の濃度を計算する蛍光X線分析装置において、
取得したスペクトルから求められる測定対象成分の蛍光X線強度から、二次X線に含まれる散乱X線及びそれ自身に固有の信号によるバックグラウンドを減算するための減算式を記憶する手段と、
前記バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して、試料の組成に起因する蛍光X線強度変化の補正を行うための補正式を記憶する手段と、
測定対象成分の濃度と前記バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して前記補正を行った後の値との関係を示す検量線を記憶する手段と、
前記減算式を用いて、取得したスペクトルから求めた測定対象成分の蛍光X線強度から、前記バックグラウンドを減算する手段と、
前記バックグラウンドを減算した蛍光X線強度に対して、前記補正式を用いて前記補正を行う手段と、
前記検量線に基づいて、試料中の測定対象成分の濃度を計算する手段と
を備えることを特徴とする蛍光X線分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−99749(P2011−99749A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−254204(P2009−254204)
【出願日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)
【Fターム(参考)】