説明

火花点火式直噴エンジン及び火花点火式直噴エンジンの制御方法

【課題】エンジン負荷に応じて空気過剰率λを急変させる火花点火式直噴エンジンにおいて、トルクショックの発生及びNVH性能の悪化を回避する。
【解決手段】制御器100は、エンジン本体(エンジン1)の運転状態が、空気過剰率λ≧2とする低負荷領域とλ≦1とする高負荷領域との間で移行する過渡時には、燃焼時の空気過剰率λを1以下となるようにしつつ、燃料の燃焼質量割合が10%以上90%以下となる主燃焼期間が、モータリング時の気筒内圧力上昇率が負の最大値となる特定クランク角時点よりも遅角側となるように、燃料噴射の開始時期を圧縮行程終期から圧縮上死点にかけての特定噴射期間よりも遅らせる過渡制御を実行する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ここに開示する技術は、火花点火式直噴エンジン及びその制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば特許文献1には、火花点火式ガソリンエンジンの理論熱効率を高めるべく、圧縮比を16程度の高圧縮比に設定すると共に、混合気をリーンにしたエンジンが記載されている。
【0003】
また、例えば特許文献2には、冷却損失を低減させて熱効率を向上させる観点から、燃焼室を区画形成する面を、多数の気泡を含んだ断熱材によって構成する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−217627号公報
【特許文献2】特開2009−243355号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、火花点火式エンジンの理論サイクルであるオットーサイクルにおいては、圧縮比を高めれば高めるほど、また、ガスの比熱比を高めれば高めるほど、理論熱効率が高くなる。このため、前記特許文献1に記載されているような高圧縮比と混合気のリーン化との組み合わせは、熱効率(図示熱効率)の向上に有利になる。
【0006】
そこで、混合気のリーン化について検討すると、エンジンの運転状態が低負荷領域にあるときには燃料噴射量が相対的に少ないため、空気過剰率λを、例えば2以上とするリーン混合気に設定して、熱効率の向上と共に、RawNOx生成の抑制を図ることは可能である。一方で、エンジンの運転状態が高負荷領域にあるときには燃料噴射量が増量するため、空気過剰率λを2以上に維持することが困難になる。空気過剰率λを2よりも低く設定する場合は、三元触媒を利用する関係から、空気過剰率λを1以下に設定しなければならなくなる。従って、低負荷領域では空気過剰率λ≧2に設定し、高負荷領域では空気過剰率λ≦1に設定するような、エンジン負荷に応じて空気過剰率λを切り替えることが考えられる。
【0007】
ところが、例えばアクセル操作に伴う加速要求によって、空気過剰率λ≧2とする低負荷領域から、空気過剰率λ≦1とする高負荷領域へと移行するときには、空気過剰率λの切り替えに対して吸気量の減量制御が間に合わないため、燃料噴射量の増量制御によって空気過剰率λを急減させなければならない。このことは、トルクの急変を招き、トルクショックの発生や、NVH性能の悪化を招く。特にエンジンの幾何学的圧縮比を高く設定した高圧縮比エンジンでは、空気過剰率λ≧2とする低負荷領域と、空気過剰率λ≦1とする高負荷領域との間でのトルク差が大きくなりやすく、トルクショックやNVH性能の悪化が顕著になる虞がある。
【0008】
ここに開示する技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、エンジン負荷に応じて空気過剰率λを急変させる火花点火式直噴エンジンにおいて、トルクショックの発生及びNVH性能の悪化を回避することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、空気過剰率λ≧2とする低負荷領域と空気過剰率λ≦1とする高負荷領域との間の移行時には、空気過剰率λ≦1としつつも、燃焼期間を遅角側に設定して燃焼効率を低下させる過渡制御を介在させることにした。
【0010】
具体的に、ここに開示する火花点火式直噴エンジンは、幾何学的圧縮比が18以上に設定された気筒を有するエンジン本体と、前記エンジン本体の前記気筒内に燃料を噴射するよう構成された燃料噴射弁と、前記気筒内の混合気に点火をするよう構成された点火手段と、前記エンジン本体の運転状態に応じて、前記燃料噴射弁を通じた前記気筒内へ燃料噴射、及び、前記点火手段による点火を制御するよう構成された制御器と、を備える。
【0011】
そして、前記制御器は、前記エンジン本体の運転状態が所定負荷よりも低い低負荷領域にあるときには、燃焼時の空気過剰率λを2以上となるようにし、前記エンジン本体の運転状態が前記所定負荷以上の高負荷領域にあるときには、燃焼時の空気過剰率λを1以下となるようにすると共に、前記燃料の燃焼質量割合が10%以上90%以下となる主燃焼期間内に、前記エンジン本体のモータリング時における前記気筒内圧力上昇率が負の最大値となる特定クランク角時点が含まれるように、前記燃料噴射弁による燃料噴射の時期を圧縮上死点付近の特定噴射時期に設定し、前記制御器はまた、前記エンジン本体の運転状態が前記低負荷領域と前記高負荷領域との間で移行する過渡時には、燃焼時の空気過剰率λを1以下となるようにしつつ、前記主燃焼期間が前記特定クランク角時点よりも遅角側となるように、前記燃料噴射の時期を前記特定噴射時期よりも遅らせる過渡制御を実行する。
【0012】
前記の構成によると、エンジン本体は、幾何学的圧縮比が18以上の高圧縮比エンジンであると共に、所定負荷より低い低負荷領域では空気過剰率λ≧2とするため、高圧縮比と混合気のリーン化との組み合わせにより、図示熱効率が高まる。これは燃費性能の向上に有利になると共に、エミッション性能の向上にも有利になる。尚、幾何学的圧縮比の上限値は、例えば40に設定してもよい。
【0013】
また、所定負荷以上の高負荷領域では、燃料噴射量の増大に伴い空気過剰率λ≧2に維持することが困難になるため、空気過剰率λ≦1に切り替える。このことにより、三元触媒の利用を可能にしてエミッション性能の悪化が回避される。
【0014】
ここで、このエンジン本体は高圧縮比エンジンであるため、モータリング時の気筒内圧力上昇率の最大値及び最小値(つまり、負の最大値)がそれぞれ比較的大きな値になる。尚、気筒内圧力上昇率は、圧縮上死点でゼロとなり、圧縮上死点前に最大値が、圧縮上死点後に最小値が生じる。そのため、圧縮上死点の手前で燃焼を開始してしまうと、気筒内圧力上昇率が大きいクランク角付近で燃焼することになるため、燃焼時の気筒内圧力上昇率の最大値が非常に大きくなって、燃焼騒音が大きくなってしまう。
【0015】
そこで、このエンジンでは、空気過剰率λ≦1とする高負荷領域では、燃料噴射弁による燃料噴射の時期を、圧縮上死点付近の特定噴射時期に設定し、そのことによって、燃料の燃焼質量割合が10%以上90%以下となる主燃焼期間内に、モータリング時における気筒内圧力上昇率が負の最大値となる特定クランク角時点が含まれるようにする。こうすることで、高圧縮比エンジンにおいて燃焼時の気筒内圧力上昇率の最大値が小さくなり、燃焼騒音が低減する。
【0016】
そして、このエンジンではさらに、空気過剰率λ≧2とする低負荷領域と、空気過剰率λ≦1とする高負荷領域との間の移行過渡時には、より正確には、低負荷領域から高負荷領域へと移行する場合は、空気過剰率λ≦1の高負荷領域に移行した直後、また、高負荷領域から低負荷領域へと移行する場合は、空気過剰率λ≧2の低負荷領域に移行する直前には、燃焼時の空気過剰率λを1以下となるようにしてエミッション性能の悪化を回避しつつ、燃料噴射の時期を特定噴射時期よりも遅らせることによって、主燃焼期間が特定クランク角時点よりも遅角側にする過渡制御を実行する。主燃焼期間を、大幅に遅角側に設定することによって燃焼効率が低下するから、空気過剰率λ≦1としつつも、発生するトルクは小さくなる。
【0017】
従って、例えばアクセル操作に伴う加速要求時のように、低負荷領域から高負荷領域へと移行するときには、高負荷領域に入った直後に、燃料噴射の時期を、一旦、大幅に遅角側に設定し、主燃焼期間を大幅に遅角側に設定することによって発生トルクを小さくし、空気過剰率λ≧2とする低負荷領域でのトルクとのトルク差を小さくする、又は、トルク差をなくす。その後、大幅に遅角させていた燃料噴射の時期を、特定噴射時期に向かって次第に進角させるようにすれば、主燃焼期間が前述した特定クランク角時点に向かって進角するようになって燃焼効率が高まるから、トルクが次第に高まるようになる。そうして最終的に、主燃焼期間内に特定クランク角時点が含まれるようになって過渡制御が終了する。その結果、トルクショックやNVH性能の悪化を回避しつつ、低負荷領域から高負荷領域への移行が完了することになる。
【0018】
高負荷領域から低負荷領域への移行の際の過渡制御では、これとは逆に、低負荷領域へ移行する直前に、空気過剰率λ≦1に維持したままで、燃料噴射の時期を特定噴射時期から離れるように次第に遅角させればよい。こうすることで、トルクが次第に低下するようになり、空気過剰率λ≧2とする低負荷領域でのトルクとのトルク差を小さくした、又は、トルク差をなくした状態で、空気過剰率λ≧2に切り替えることが可能になる。
【0019】
前記制御器は、前記過渡制御時には、前記燃料噴射弁に対し、圧縮行程終期から圧縮上死点にかけての期間内で開始するプレ噴射と、当該プレ噴射後でかつ、前記特定噴射時期よりも遅らせる主噴射とを実行させる、としてもよい。
【0020】
過渡制御においては、前述の通り、主燃焼期間を、圧縮上死点後の膨張行程において、大幅に遅角側に設定するため、燃焼安定性が低下してしまう。また、このエンジンは高圧縮比エンジンであって、圧縮端温度及び圧縮端圧力が比較的高くなるから、気筒内の混合気に強制的な着火を行わずに圧縮着火させることも可能であるが、圧縮着火を行う場合には、主燃焼期間を遅角側に設定しようとしたときに、その着火性が低下してしまうことが問題となる。
【0021】
そこで、過渡制御時には、相対的に早い時期、具体的には圧縮行程終期から圧縮上死点にかけての期間内で燃料噴射を開始するプレ噴射と、そのプレ噴射後の主噴射との2回の燃料噴射を行う。プレ噴射は気筒内の温度上昇に寄与するから、主噴射によって噴射された燃料の燃焼安定性を改善すると共に、主噴射により噴射された燃料の圧縮着火を行う場合には、その着火性が向上する。
【0022】
前記制御器は、前記プレ噴射と前記主噴射との間で、前記点火手段に点火を実行させる、としてもよい。
【0023】
すなわち、プレ噴射によって気筒内に燃料を噴射した後に、点火手段によって点火を実行して燃料にエネルギーを付与することで、燃料が昇温して着火し、気筒内の温度及び圧力が高まる。これにより、圧縮上死点後においても気筒内の温度及び圧力が高いままに維持されて、膨張行程において大幅に遅角した主噴射により噴射された燃料が安定的に自着火するようになる。こうして、主燃焼期間を膨張行程において大幅に遅角させる過渡制御時において、燃料の着火性及び燃焼安定性が向上する。
【0024】
前記制御器は、前記エンジン本体の運転状態が前記低負荷領域から前記高負荷領域内における全開負荷域へ移行する過渡時に、前記過渡制御を実行するのに対し、前記エンジン本体の運転状態が前記低負荷領域から前記全開負荷よりも負荷の低い前記高負荷領域へ移行する過渡時には、前記過渡制御の実行中に吸気量の減量制御をさらに行う、としてもよい。
【0025】
つまり、空気過剰率λ≧2とする低負荷領域では、スロットル弁を全開に設定すればよく、吸気量の減量は不要である。これに対し、空気過剰率λ≦1とする高負荷領域では、全開負荷域を除き、負荷に対応する燃料噴射量に応じてスロットル弁の開度調整による吸気量の減量が必要である。尚、全開負荷域では、スロットル弁は全開に設定される。
【0026】
従って、エンジン本体の運転状態が低負荷領域から高負荷領域内における全開負荷域へ移行するときには、前述の通り全開負荷域ではスロットル弁を全開に設定するから、過渡制御中も吸気量の減量が不要であり、前述したように、少なくとも燃料噴射タイミングを制御する過渡制御を行えばよい。これに対し、エンジン本体の運転状態が低負荷領域から全開負荷よりも負荷の低い高負荷領域へ移行するときには、前述の通り、その移行完了後には吸気量の減量が必要になるため、過渡制御の実行中から吸気量の減量制御を実行することが好ましい。このことにより、空気過剰率λ≦1とする過渡制御中において吸気量を低減する分、燃料噴射量を減らすことが可能になり、燃費の向上に有利になる。
【0027】
ここに開示する技術はまた、幾何学的圧縮比が18以上に設定された気筒を有しかつ、当該気筒内に燃料を直接噴射するように構成された火花点火式直噴エンジンの制御方法に係る。
【0028】
この制御方法では、前記エンジンの運転状態が所定負荷よりも低い低負荷領域にあるときに、燃焼時の空気過剰率λが2以上となるようにして、前記エンジンを運転し、前記エンジンの運転状態が前記所定負荷以上の高負荷領域にあるときに、燃焼時の空気過剰率λが1以下となるようにすると共に、前記気筒内への燃料噴射の時期を圧縮上死点付近の特定噴射時期に設定することによって、前記燃料の燃焼質量割合が10%以上90%以下となる主燃焼期間内に、前記エンジンのモータリング時における気筒内圧力上昇率が負の最大値となる特定クランク角時点が含まれるようにして、前記エンジンを運転し、そして、前記エンジンの運転状態が前記低負荷領域と前記高負荷領域との間で移行する過渡時に、燃焼時の空気過剰率λが1以下となるようにすると共に、前記燃料噴射の時期を前記特定噴射時期よりも遅らせる過渡制御を実行することによって、前記主燃焼期間が前記特定クランク角時点よりも遅角側になるようにして、前記エンジンを運転する。
【0029】
前記過渡制御時には、前記気筒内への燃料噴射として、圧縮行程終期から圧縮上死点にかけての期間内で開始するプレ噴射と、当該プレ噴射後でかつ、前記特定噴射時期よりも遅らせる主噴射とを実行すると共に、前記プレ噴射と主噴射との間で、前記気筒内の混合気に点火を行う、としてもよい。
【0030】
また、前記エンジンの運転状態が前記低負荷領域から前記高負荷領域内における全開負荷域へ移行する過渡時に、前記過渡制御を実行し、前記エンジンの運転状態が前記低負荷領域から前記全開負荷よりも負荷の低い前記高負荷領域へ移行する過渡時には、前記過渡制御の実行中に吸気量の減量制御をさらに行う、としてもよい。
【発明の効果】
【0031】
以上説明したように、前記の火花点火式直噴エンジン及びその制御方法は、空気過剰率λ≧2とする低負荷領域と、空気過剰率λ≦1とする高負荷領域との間の移行過渡時には、燃焼時の空気過剰率λを1以下となるようにしてエミッション性能の悪化を回避しつつ、燃料噴射の時期を大きく遅角させることによって、主燃焼期間が気筒内圧力上昇率が負の最大値となる特定クランク角時点よりも遅角側となる過渡制御を実行する。この過渡制御によって、トルクショックやNVH性能の悪化を回避しつつ、空気過剰率λの急変を伴う負荷領域間の移行を完了させることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】火花点火式直噴エンジンの構成を概略的に示す図である。
【図2】エンジンの運転マップを例示する図である。
【図3】空気過剰率λ≧2の低負荷領域での燃焼に係る気筒内圧力の変化を例示する図である。
【図4】エンジンの幾何学的圧縮比が20、30及び40である場合の、モータリング時の気筒内圧力上昇率の変化を示す図である。
【図5】空気過剰率λ≦1の高負荷領域での燃焼に係る気筒内圧力の変化を例示する図である。
【図6】低負荷領域と高負荷領域との間の移行過渡時での燃焼に係る気筒内圧力の変化を例示する図である。
【図7】低負荷領域から高負荷領域への移行の際の過渡制御に係るフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、火花点火式直噴エンジン(以下、単にエンジンとも言う)の実施形態を図面に基づいて説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎない。図1に示すように、エンジン・システムは、エンジン1、エンジン1に付随する様々なアクチュエーター、様々なセンサ、及びセンサからの信号に基づきアクチュエーターを制御するエンジン制御器100を有する。
【0034】
エンジン1は、火花点火式内燃機関であって、図例では一つのみ図示するが、複数のシリンダ11を有する。エンジン1は、自動車等の車両に搭載され、その出力軸は、図示しないが、変速機を介して駆動輪に連結されている。エンジン1の出力が駆動輪に伝達されることによって、車両が推進する。エンジン1は、シリンダブロック12と、その上に載置されるシリンダヘッド13とを備えており、シリンダブロック12の内部にシリンダ11が形成されている。
【0035】
ピストン15は、各シリンダ11内に摺動自在に嵌挿されており、シリンダ11及びシリンダヘッド13と共に燃焼室17を区画している。この実施形態では、ピストン15の冠面に凹部15aが形成されている。
【0036】
図1には一つのみ示すが、シリンダ11毎に2つの吸気ポート18がシリンダヘッド13に形成され、それぞれがシリンダヘッド13の下面(燃焼室17の上面を区画する天井面)に開口することで燃焼室17に連通している。同様に、シリンダ11毎に2つの排気ポート19がシリンダヘッド13に形成され、それぞれがシリンダヘッド13の天井面に開口することで燃焼室17に連通している。吸気ポート18は、シリンダ11内に導入される新気が流れる吸気通路(図示省略)に接続されている。吸気通路における上流側には、吸気流量を調整するスロットル弁20が介設しており、スロットル弁20は、エンジン制御器100からの制御信号を受けてその開度が調整される。一方、排気ポート19は、各シリンダ11からの既燃ガス(排気ガス)が流れる排気通路(図示省略)に接続されている。排気通路には一つ以上の触媒コンバータを有する排気ガス浄化システムが配置される。触媒コンバータは、例えば三元触媒を含む。
【0037】
吸気弁21及び排気弁22はそれぞれ、吸気ポート18及び排気ポート19を燃焼室17から遮断(閉)することができるように配設されている。吸気弁21は吸気弁駆動機構により、排気弁22は排気弁駆動機構により、それぞれ駆動される。吸気弁21及び排気弁22は所定のタイミングで往復動して、吸気ポート18及び排気ポート19を開閉し、シリンダ11内のガス交換を行う。吸気弁駆動機構及び排気弁駆動機構は、図示は省略するが、それぞれ、クランクシャフトに駆動連結された吸気カムシャフト及び排気カムシャフトを有し、これらのカムシャフトはクランクシャフトの回転と同期して回転する。また、少なくとも吸気弁駆動機構は、吸気カムシャフトの位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、液圧式又は機械式の位相可変機構(Variable Valve Timing:VVT)23を含んで構成されている。VVT23と共に、弁リフト量を連続的に変更可能なリフト可変機構(CVVL(Continuous Variable Valve Lift))を備えるようにしてもよい。
【0038】
点火プラグ31は、例えばねじ等の周知の構造によって、シリンダヘッド13に取り付けられている。点火プラグ31は、この実施形態では、シリンダ11の中心軸に対し、排気側に傾斜した状態で取り付けられており、その先端部は燃焼室17の天井部に臨んでいる。尚、点火プラグ31の配置はこれに限定されるものではない。点火システム32は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、点火プラグ31が所望の点火タイミングで火花を発生するよう、それに通電する。一例として、点火システム32はプラズマ発生回路を備え、点火プラグはプラズマ点火式のプラグとしてもよい。
【0039】
燃料噴射弁33は、この実施形態ではシリンダ11の中心軸に沿って配置され、例えばブラケットを使用する等の周知の構造でシリンダヘッド13に取り付けられている。燃料噴射弁33の先端は、燃焼室17の天井部の中心に臨んでいる。燃料噴射弁33は、この例では、外開弁タイプのピエゾ式インジェクタである。このインジェクタは、燃料噴霧のペネトレーションが比較的低い一方で、燃料の微粒化に優れている。また、ピエゾ式インジェクタは、ノズル口を開閉する外開弁のリフト量が大きいほど、燃料噴霧のペネトレーションが大きくなると共に、燃料噴霧の粒径が大きくなるという特性を有している。また、ピエゾ式インジェクタは、応答性が高いことも特徴である。但し、燃料噴射弁33は、外開弁タイプのピエゾ式インジェクタに限定されない。
【0040】
燃料供給システム34は、燃料噴射弁33に燃料を供給する燃料供給系と、燃料噴射弁33を駆動する電気回路と、を備えている。電気回路は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて燃料噴射弁33を作動させ、所定のタイミングで所望量の燃料を、燃焼室17内に噴射させる。ここで、このエンジン1の燃料は、この実施形態ではガソリンであるが、これに限定されるものではなく、例えばガソリン含有の各種の液化燃料としてもよい。
【0041】
エンジン制御器100は、周知のマイクロコンピュータをベースとするコントローラであって、プログラムを実行する中央演算処理装置(CPU)と、例えばRAMやROMにより構成されてプログラム及びデータを格納するメモリと、電気信号の入出力をする入出力(I/O)バスと、を備えている。
【0042】
エンジン制御器100は、少なくとも、エアフローセンサ71からの吸気流量に関する信号、クランク角センサ72からのクランク角パルス信号、アクセル・ペダルの踏み込み量を検出するアクセル開度センサ73からのアクセル開度信号、車速センサ74からの車速信号をそれぞれ受ける。エンジン制御器100は、これらの入力信号に基づいて、以下のようなエンジン1の制御パラメータを計算する。例えば、所望のスロットル開度信号、燃料噴射パルス、点火信号、バルブ位相角信号等である。そしてエンジン制御器100は、それらの信号を、スロットル弁20(スロットル弁20を動かすスロットルアクチュエーター)、燃料供給システム34、点火システム32、及びVVT23等に出力する。
【0043】
このエンジン1の特徴的な点は、エンジンの図示熱効率を高めて、燃費性能を従来に比べて大幅に向上させる観点から、エンジン1の幾何学的圧縮比εを18以上40以下の超高圧縮比に設定すると共に、少なくとも部分負荷の運転領域においては空気過剰率λを2以上8以下に設定して、混合気をリーン化することに対し、燃焼室17の断熱構造を、さらに組み合わせる点にある。
【0044】
ここで、このエンジン1は圧縮比=膨張比となる構成から、高圧縮比と同時に、比較的高い膨張比を有するエンジン1でもある。尚、圧縮比<膨張比となる構成(例えばアトキンソンサイクルや、ミラーサイクル)を採用してもよい。
【0045】
また、燃焼室17は、図1に示すように、シリンダ11の壁面と、ピストン15の冠面と、シリンダヘッド13の下面(天井面)と、吸気弁21及び排気弁22それぞれのバルブヘッドの面と、によって区画形成されており、これらの各面に、後述する構成を有する断熱層61,62,63,64,65が設けられることによって、燃焼室17が断熱化されている。尚、以下において、これらの断熱層61〜65を総称する場合は、断熱層に符号「6」を付す場合がある。断熱層6は、これらの区画面の全てに設けてもよいし、これらの区画面の一部に設けてもよい。また、図例では、シリンダ壁面の断熱層61は、ピストン15が上死点に位置した状態で、そのピストンリング14よりも上側の位置に設けられており、これにより断熱層61上をピストンリング14が摺動しない構成としている。但し、シリンダ壁面の断熱層61はこの構成に限らず、断熱層61を下向きに延長することによって、ピストン15のストロークの全域、又は、その一部に断熱層61を設けてもよい。尚、図1に図示する各断熱層61〜65の厚みは実際の厚みを示すものではなく単なる例示であると共に、各面における断熱層の厚みの大小関係を示すものでもない。
【0046】
このリーンバーンエンジン1では、前述の通り幾何学的圧縮比εを18≦ε≦40に設定している。理論サイクルであるオットーサイクルにおける理論熱効率ηthは、ηth=1−1/(εκ−1)であり、圧縮比εを高くすればするほど、理論熱効率ηthは高くなる。また、ガスの比熱比κを高めれば高めるほど、言い換えると、空気過剰率λを高めれば高めるほど、理論熱効率ηthは高くなる。
【0047】
しかしながら、エンジン(正確には、燃焼室の断熱構造を有しないエンジン)の図示熱効率は、所定の幾何学的圧縮比ε(例えば15程度)でピークになり、幾何学的圧縮比εをそれ以上に高めても図示熱効率は高くならず、逆に、図示熱効率は低下することになる。これは、燃料量及び吸気量を一定のままで幾何学的圧縮比を高くした場合、圧縮比が高くなればなるほど、燃焼圧力及び燃焼温度が高くなることに起因している。つまり、燃焼室17を区画する面を通じて熱が放出することに伴う冷却損失は、冷却損失=熱伝達率×伝熱面積×(ガス温度−区画面の温度)によって決定され、燃焼ガスの圧力及び温度が高くなるほど熱伝達率は高くなるから、燃焼圧力及び燃焼温度が高くなることは、その分、冷却損失を増大させることになる。その結果、リーンバーンエンジンは、幾何学的圧縮比が高くなればなるほど、図示熱効率が低下してしまうのである。このように、混合気をリーン化しつつ、幾何学的圧縮比を高めることによってエンジンの図示熱効率を高めようとしても、冷却損失が増大することにより、理論熱効率よりも大幅に低い図示熱効率で頭打ちなってしまう。
【0048】
これに対し、このリーンバーンエンジン1では、高い幾何学的圧縮比εにおいて図示熱効率が高まるように、燃焼室17の断熱構造を組み合わせている。つまり、燃焼室17の断熱化により冷却損失を低減させ、それによって図示熱効率を高める。
【0049】
一方で、燃焼室17を断熱化して冷却損失を低減させるだけでは、その冷却損失の低減分が排気損失に転換されて図示熱効率の向上にはあまり寄与しないところ、このリーンバーンエンジン1では、前述したように、高圧縮比化に伴う高膨張比化によって、冷却損失の低減分に相当する燃焼ガスのエネルギーを、機械仕事に効率よく変換している。すなわち、このリーンバーンエンジン1は、冷却損失及び排気損失を共に低減させる構成を採用することによって、図示熱効率を大幅に向上させているということができる。
【0050】
ここで、空気過剰率λについて検討する。空気過剰率λが2よりも低くなると燃焼室17内の最高燃焼温度が高くなって、燃焼室17からRawNOxが排出され得る。前述したように、このリーンバーンエンジン1は、冷却損失と共に排気損失の低減をも図っているため、排気温度が比較的低く触媒の活性化には不利である。そのため、燃焼室17からのRawNOxの排出を回避乃至抑制することが望ましく、そのためには、空気過剰率λを2以上に設定することが好ましい。より好ましくは、2.5以上である。言い換えると、燃焼室17内の最高燃焼温度が所定温度(例えば、RawNOxが生成し得る温度としての1800K(ケルビン))以下となる範囲で、空気過剰率λを設定することが望ましい。エンジン制御器100は、例えばエンジン1の部分負荷における運転領域内で、負荷の上昇に伴い(言い換えると、燃料噴射量の増量により空気過剰率λが下がることに伴い)、最高燃焼温度が所定温度を超えるようなときには、空気過剰率λを上げてエンジン1を運転することが望ましい。
【0051】
一方、本願発明者らの検討によると、空気過剰率λ=8で図示熱効率がピークになることから、空気過剰率λの範囲としては、2≦λ≦8が好ましい。尚、エンジン1の全負荷を含む高負荷の運転領域においては、トルク優先により、空気過剰率λをさらに下げて例えばλ=1又はλ≦1としてもよい。前記の空気過剰率λの数値範囲は、エンジン1の、中負荷及び低負荷の運転領域における好ましい範囲である。尚、混合気のリーン化は、スロットル弁20を開き側に設定することになるから、ガス交換損失(ポンピングロス)の低減による図示熱効率の向上にも寄与し得る。
【0052】
ここで、図2は、このエンジン1の温間時の運転マップの一例を示している。前述したように、図2において実線で示される所定負荷よりも負荷が低い低負荷領域においては、空気過剰率λを、2≦λ≦8(又はG/Fを30〜120)とするリーン運転域にする一方、所定負荷以上の高負荷領域(全開負荷域を含む)においては、空気過剰率λ≦1とするλ≦1運転域にする。これによって、高負荷領域では三元触媒を利用可能にする。
【0053】
次に、燃焼室17の断熱構造について、さらに詳細に説明する。燃焼室17の断熱構造は、前述したように、燃焼室17を区画する各区画面に設けた断熱層61〜65によって構成されるが、これらの断熱層61〜65は、燃焼室17内の燃焼ガスの熱が、区画面を通じて放出されることを抑制するため、燃焼室17を構成する金属製の母材よりも熱伝導率が低く設定される。ここで、シリンダ11の壁面に設けた断熱層61については、シリンダブロック12が母材であり、ピストン15の冠面に設けた断熱層62についてはピストン15が母材であり、シリンダヘッド13の天井面に設けた断熱層63については、シリンダヘッド13が母材であり、吸気弁21及び排気弁22それぞれのバルブヘッド面に設けた断熱層64,65については、吸気弁21及び排気弁22がそれぞれ母材である。従って、母材の材質は、シリンダブロック12、シリンダヘッド13及びピストン15については、アルミニウム合金や鋳鉄となり、吸気弁21及び排気弁22については、耐熱鋼や鋳鉄等となる。但し、前述したように、このリーンバーンエンジン1は排気損失を低減していることから、排気ガス温度が大幅に低下しているため、特に排気弁22については耐熱鋼でなくても、従来は使用することができなかった、又は、使用することが困難であった材料(例えばアルミニウム合金等)を使用することも可能である。
【0054】
また、断熱層6は、冷却損失を低減する上で、母材よりも容積比熱が小さいことが好ましい。つまり、燃焼室17内のガス温度は燃焼サイクルの進行によって変動するが、燃焼室の断熱構造を有しない従来のエンジンは、シリンダヘッドやシリンダブロック内に形成したウォータージャケット内を冷却水が流れることにより、燃焼室17を区画する面の温度は、燃焼サイクルの進行にかかわらず、概略一定に維持される。
【0055】
一方で、冷却損失は、前述の通り、冷却損失=熱伝達率×伝熱面積×(ガス温度−区画面の温度)によって決定されることから、ガス温度と壁面の温度との差温が大きくなればなるほど冷却損失は大きくなってしまう。冷却損失を抑制するためには、ガス温度と区画面の温度との差温は小さくすることが望ましいが、前述したように、燃焼室17の区画面の温度を概略一定に維持した場合、ガス温度の変動に伴い差温が大きくなることは避けられない。
【0056】
そこで、前記の断熱層6は熱容量を小さくし、燃焼室17の区画面の温度が、燃焼室17内のガス温度の変動に追従して変化することが好ましい。
【0057】
また、断熱層6の熱容量を小さくすることは、排気損失の低減にも有利になる。つまり、仮に断熱層の熱容量が大きいときは、燃焼室17内の温度が低下したときでも、区画面の温度が下がらない一方で、燃焼室17が断熱構造を有しているため、燃焼室17内の温度を高温のままに維持してしまう。このことは、結果として排気損失を増大させることになり、エンジン1の熱効率の向上を阻害する。
【0058】
これに対し、断熱層6の熱容量を小さくすることは、燃焼室17内の温度が低下したときに、それに追従して区画面の温度が低下する。従って、燃焼室17内の温度を高温に維持してしまうことを回避し得るから、前述した、温度追従性に伴う冷却損失の抑制のほか、排気損失の抑制にも有利になり得る。
【0059】
断熱層6の例示として、この断熱層6は、シリンダ11の壁面、ピストン15の冠面、シリンダヘッド13の天井面、並びに、吸気弁21及び排気弁22それぞれのバルブヘッド面、つまり、燃焼室17を区画する区画面に、例えばプラズマ溶射により形成した、ジルコニア(ZrO)、又は、部分安定化ジルコニア(PSZ)の皮膜によって構成してもよい。ジルコニア又は部分安定化ジルコニアは、熱伝導率が比較的低くかつ、容積比熱も比較的小さいため、母材よりも熱伝導率が低くかつ、容積比熱が母材と同じか、それよりも小さい断熱層6が構成される。
【0060】
また、本実施形態では、図1に示すように、熱伝導率が非常に低くて断熱性に優れかつ耐熱性にも優れたチタン酸アルミニウム製のポートライナ181を、シリンダヘッド13に一体的に鋳ぐるむことによって、吸気ポート18に断熱層を設けている。この構成は、新気が吸気ポート18を通過するときに、シリンダヘッド13から受熱して温度が上がることを抑制乃至回避する。これによってシリンダ11内に導入する新気の温度(初期のガス温度)が低くなるため、燃焼時のガス温度が低下し、ガス温度と燃焼室17の区画面との差温を小さくする上で有利になる。燃焼時のガス温度を低下させることは熱伝達率を低くするから、そのことによる冷却損失の低減にも有利になる。尚、吸気ポート18に設ける断熱層の構成は、ポートライナ181の鋳ぐるみに限定されない。
【0061】
図2に示す運転マップに示すように、空気過剰率λ≧2とする低負荷領域では、燃料噴射弁33によりシリンダ11内に噴射した燃料を圧縮着火させる。図3は、低負荷領域における気筒内圧力の変化の一例を示している。エンジン制御器100は、燃料噴射弁33による燃料噴射時期(主噴射)を、例えば圧縮行程の前半又は吸気行程に設定する。尚、燃料噴射時期は、エンジン負荷に応じて適宜変更すればよい。これによって、比較的均質な混合気を形成し、それを圧縮上死点付近において圧縮着火させる。尚、図3において一点鎖線は、モータリング時の気筒内圧力の変化を示している。
【0062】
これに対し、空気過剰率λ≦1とする高負荷領域では、図5に示すように、エンジン制御器100は、燃料噴射弁33による主噴射の時期を圧縮上死点付近の特定噴射時期に設定すると共に、その主噴射の前に、圧縮行程終期から圧縮上死点にかけての期間内で開始するプレ噴射を実行させる。
【0063】
また、エンジン制御器100は、高負荷領域では、プレ噴射後に、点火プラグ31によるプラズマ点火によって、該プラズマ点火時までに気筒内に噴射された燃料にエネルギーを付与して、燃料の自己着火燃焼をアシストさせる。これにより、そのエネルギーが付与された燃料が昇温して着火し、その着火燃料を基点にして、後の主噴射で噴射された燃料が連鎖的に着火していくようにする。エネルギーの付与は、燃料の燃焼質量割合が10%以上90%以下となる主燃焼期間内に、モータリング時におけるクランク角変化(Δθ)に対する気筒内の圧力変化(ΔP)である気筒内圧力上昇率(ΔP/Δθ)が負の最大値となる特定クランク角時点が含まれるように、燃料噴射開始後から膨張行程初期にかけての期間内(本実施形態では、圧縮上死点付近)に行われる。
【0064】
また、このエネルギーの付与は、燃料の燃焼質量割合が10%となる時期が圧縮上死点後となるように(つまり圧縮上死点後に主燃焼期間が始まるように)行うことが好ましい。
【0065】
ここで、図4に示すように、モータリング時の気筒内圧力上昇率は、圧縮上死点の手前で最大値となり、圧縮上死点で0となり、圧縮上死点後は負の値となり、やがて負の最大値(最小値)となる。このモータリング時の気筒内圧力上昇率が負の最大値となるクランク角時点(つまり、特定クランク角時点)は、幾何学的圧縮比εによって変化するが、幾何学的圧縮比εが18以上40以下であれば、圧縮上死点後4°〜15°CA(図4でハッチングを施した範囲)となる。
【0066】
このモータリング時の気筒内圧力上昇率の変化に対し、主燃焼の開始が、仮に圧縮上死点前であると仮定する。この場合は、モータリング時の気筒内圧力上昇率が大きいクランク角時点で燃焼するため、燃焼時の気筒内圧力上昇率の最大値が大きくなる。これは、燃焼騒音が増大し、NVH性能の点で不利になる。
【0067】
これに対し、圧縮上死点又は圧縮上死点以降で燃焼が開始すると、モータリング時の気筒内圧力上昇率が小さいクランク角時点で燃焼するため、燃焼開始が圧縮上死点前の場合に比べて、燃焼時の気筒内圧力上昇率の最大値がかなり小さくなる。このことは、燃焼騒音を低減し、NVH性能を向上させる。従って、前述したように、主燃焼期間内に、モータリング時の気筒内圧力上昇率が負の最大値となる特定クランク角時点が含まれるように、燃料噴射開始後から膨張行程初期にかけての期間内に、気筒内に噴射された燃料にエネルギーを付与するようにする。また、主噴射の時期は、主燃焼期間内にモータリング時の気筒内圧力上昇率が負の最大値となる特定クランク角時点が含まれるように、設定される、と言い換えることも可能である。
【0068】
具体的に、高負荷領域における燃料噴射は、以下の如く行うことが特に好ましい。すなわち、燃料噴射開始から圧縮上死点(TDC)付近までに所定量の燃料を噴射させるプレ噴射を行わせる。所定量は、例えば全噴射燃料に対して質量百分率で1%以下と比較的少量に設定することが好ましい。そのために、プレ噴射時の燃料噴射弁33のリフト量は、後述の主噴射時の燃料噴射弁33のリフト量(但し、主噴射の初期を除く)よりもかなり小さい。それ故、その燃料噴霧のペネトレーションが小さくて、プレ噴射による燃料は、微少混合気塊として点火プラグ31の先端部の近傍に位置する。
【0069】
プレ噴射後に、該プレ噴射に対して連続的に残りの燃料を噴射させる主噴射を行わせる。この主噴射の初期は、圧縮上死点付近であって、後述の如く自己着火燃焼のアシストが行われる時期であり、このときの燃料噴射弁33のリフト量は、プレ噴射時よりも小さいが、その後に燃料噴射弁33のリフト量が急激に大きくなって、残り全ての燃料が噴射されることになる。
【0070】
エンジン制御器100は、プレ噴射末期から主噴射初期にかけての期間内(本実施形態では、圧縮上死点付近(主噴射の初期))に、点火プラグ31によるプラズマ点火によって、プレ噴射による燃料(つまり、微少混合気塊)にエネルギーを付与して、該プレ噴射による燃料及び主噴射による燃料の自己着火燃焼をアシストさせる。このように、主噴射の初期(多量に噴射する前)にプラズマ点火を行うことで、微少混合気塊にエネルギーを集中的に付与することができる。これにより、微少混合気塊が急激に昇温して圧縮上死点直後に着火し、この微少混合気塊が着火のトリガーとなって、後続の主噴射による燃料が連鎖的に着火していく。この結果、燃焼時の気筒内圧力は、図5の実線のように変化する。尚、二点鎖線は、図3と同様に、モータリング時の気筒内圧力である。
【0071】
こうすることで、高負荷領域においては、燃焼時の気筒内圧力上昇率の最大値が抑制されるようになり、燃焼騒音が低下して、NVH性能が向上する。
【0072】
そうして、図2に示す運転マップにおいて、例えば黒丸で示す低負荷領域での運転状態から、アクセル操作による加速要求に伴い、白丸で示す高負荷領域での運転状態へと矢印で示すように移行するときには、空気過剰率λを、λ≧2から、λ≦1へと急変させる必要がある。ここで、空気過剰率λ≧2の低負荷領域では、スロットル弁20は全開に設定されており、吸気量の減量制御は間に合わないことから、燃料噴射量を増量することによって、空気過剰率λをλ≦1に変更しなければならない。しかしながらこの場合は、トルクが急変することによるトルクショックの発生やNVH性能の悪化を招くことになる。このエンジン1は特に、高圧縮比エンジンであるため、トルクショックやNVH性能の悪化が顕著になりやすい。
【0073】
そこで、このエンジン1では、低負荷領域と高負荷領域との間で運転領域を移行する際に過渡制御を行い、それによってトルクショックやNVH性能の悪化を回避することにした。過渡制御は具体的には、図6に示すように、エンジン制御器100は、空気過剰率λ≦1に設定した上で、燃料噴射弁33による主噴射の時期を、高負荷領域での噴射時期である圧縮上死点付近の特定噴射時期よりも遅角側に設定し、それによって、主燃焼期間が、前述した、気筒内圧力上昇率が負の最大値になる特定クランク角時点よりも遅角側になるようにする(図6の実線を参照)。
【0074】
また、過渡制御においても、プレ噴射を行う。プレ噴射は、高負荷領域におけるプレ噴射と同様に、圧縮行程終期から圧縮上死点にかけての期間内で開始するように設定する。エンジン制御器100はさらに、プレ噴射後に、点火プラグ31によるプラズマ点火によって、該プラズマ点火時までに気筒内に噴射された燃料にエネルギーを付与する。
【0075】
この過渡制御では、主燃焼期間が、特定クランク角時点よりも遅角側に設定されることで、主燃焼期間は、膨張行程において大幅に遅角化されるから、燃焼効率が低下し、燃料噴射量を増量して空気過剰率λ≦1に設定したとしても、発生するトルクは小さくなる。
【0076】
一方で、主噴射の時期を遅らせ、それによって主燃焼期間を遅角化するため、着火性及び燃焼安定性の点で不利になるところ、圧縮行程終期から圧縮上死点にかけての期間内で開始するプレ噴射と、その後のプラズマ点火とによって、圧縮上死点後においても、気筒内の温度及び圧力が高いまま維持されて、主噴射により噴射された燃料が確実に圧縮着火に至り、主燃焼の燃焼安定性が確保される。
【0077】
ここで、図2黒丸から白丸へと移行するときのように、アクセル操作に伴いエンジン1の運転状態が低負荷領域から高負荷領域へと移行するときには、エンジン1の運転状態が高負荷領域に入った直後、言い換えると過渡制御の開始時点では、過渡制御を開始する前の低負荷領域での運転状態において発生していた正味平均有効圧力(BMEP)と同じBMEPの指圧波形となるように、主噴射の時期を設定することが好ましい(図6の実線の指圧波形参照)。そしてその後、図6において、破線及び一点鎖線の指圧波形で示すように、主燃焼期間が特定クランク角時点に向かって進角するように、主噴射の時期を次第に進角させる。こうすることで、トルクショックを回避しつつ、トルクを次第に高めることが可能になり、最終的に、主燃焼期間内に特定クランク角時点が含まれるように、主噴射の時期を設定することによって、過渡制御が終了する。つまり、高負荷領域への移行が完了することになる(図5参照)。
【0078】
次に、図7に示すフローチャートを参照しながら、エンジン制御器100が実行する過渡制御について説明する。尚、このフローチャートは、アクセル操作に伴いエンジン1の運転状態が低負荷領域から高負荷領域へと移行するときの過渡制御に係る。
【0079】
先ずスタート後のステップS71において、空気過剰率λがλ≧2であるか否かを判定する。つまり、エンジンの運転状態が、低負荷領域であるか否かを判定する。ステップS71の判定がYESのときにはステップS72に移行する。
【0080】
ステップS72では、アクセル操作により加速要求が有ったか否かを判定する。加速要求が有ったとき(YESのとき)には、ステップS73に移行する。
【0081】
ステップS73では、アクセルの踏み込み量やエンジン回転数等のパラメータから、移行先となる運転状態を推定し、空気過剰率をλ≦1に切り替えるポイントを算出する。そうして、続くステップS74において、空気過剰率λ≦1への切り替えポイントが有ったか否かを判定し、切り替えポイントが無い、言い換えるとエンジンの運転状態が、高負荷領域へ移行せずに、低負荷領域のままであるときにはフローをリターンし、切り替えポイントが有る、言い換えるとエンジンの運転状態が、低負荷領域から高負荷領域へ移行したときには、ステップS75に移行する。
【0082】
ステップS75では、全開加速が要求されたか否かを判定する。全開加速が要求されたとき、つまり、エンジン1の運転状態が最終的に、高負荷領域における全開負荷域に到達するときには、ステップS76に移行する一方、全開加速が要求されていないとき、つまり、エンジン1の運転状態が最終的に、高負荷領域における全開負荷よりも低い負荷に到達するとき(例えば図2に白丸で示す負荷に到達するような場合)には、ステップS77に移行する。
【0083】
ステップS76では、前述した過渡制御を実行する。つまり、プレ噴射と、特定噴射時期よりも遅角化した主噴射とを実行すると共に、そのプレ噴射と主噴射との間で、プラズマ点火を実行する。こうして、空気過剰率λ≦1である高負荷領域に移行した直後は、空気過剰率λ≦1に設定しつつ、発生するトルクを抑制して、トルクショック及びNVH性能の悪化を回避する。ステップS76ではまた、主噴射の時期を次第に進角させることによって、次第にトルクを高める。
【0084】
一方、全開加速でないステップS77では、ステップS76と同様の過渡制御を実行する上に、スロットリング制御、つまり、スロットル弁20の開度調整による吸気量の減量制御を行う。これは、運転状態の移行前の低負荷領域においては空気過剰率λ≧2のリーン燃焼を行うため、スロットル弁20は全開である上に、全開加速時は、運転状態の移行後の全開負荷域においてもスロットル弁20は全開であるため、スロットル弁20の開度調整は不要であるのに対し、運転状態の移行後に、全開負荷よりも低い負荷に至るときには、その負荷に応じて設定される燃料噴射量に見合うように、スロットル弁20の開度が絞られるためである。つまり、ステップS77では、過渡制御の終了後には、スロットル弁20の開度が絞られることから、過渡制御を実行している最中から、スロットル弁20の開度を絞り始めることによって、過渡制御の実行中における燃料噴射量が低減して燃費の向上に有利になる。
【0085】
また、ステップS77においても、ステップS76と同様に、主噴射の時期を次第に進角させて、トルクを次第に高める。
【0086】
そうして、ステップS76及びステップS77のそれぞれにおいて過渡制御が終了すれば、ステップS78において主燃焼期間内に特定クランク角時点が含まれるように、主噴射の時期を設定することによって、高負荷領域への移行が完了することになる。
【0087】
このように、エンジンの運転状態が低負荷領域から高負荷領域へと移行する過渡時に、過渡制御を介在させることによって、空気過剰率λをλ≦1としてエミッション性能を確保しつつも、トルクショック及びNVH性能の悪化が回避可能になる。
【0088】
一方、エンジンの運転状態が高負荷領域から低負荷領域へと移行する過渡時には、前記とは逆のプロセスを実行すればよい。つまり、高負荷領域から低負荷領域への移行に係る過渡制御においては、過渡制御を開始する前の高負荷領域での運転状態において発生していた正味平均有効圧力(BMEP)とほぼ同じBMEPの指圧波形、例えば図6の一点鎖線で示す指圧波形となるように、主噴射の時期を設定する。そしてその後、図6において、破線及び実線の指圧波形で示すように、主燃焼期間が特定クランク角時点に対し、遅角側に離れるように、主噴射の時期を次第に遅角させる。こうすることで、トルクショックを回避しつつ、トルクを次第に低下することが可能になる。そうして、空気過剰率λ≧2とすることが可能な負荷(トルク)まで低下すれば、過渡制御を終了し、低負荷領域への移行が完了する。
【0089】
尚、このときの過渡制御の開始は、図2に一点鎖線で示すように、低負荷領域と高負荷領域との境界となる所定負荷よりも高負荷側に設定された負荷に基づいて行うことが好ましい。つまり、高負荷領域から低負荷領域へと移行する際の過渡制御は、低負荷領域に入る直前に行えばよい。こうすることで、空気過剰率λ≧2とする低負荷領域を縮小することなく、低負荷領域への移行が可能になり、燃費の向上に有利になる。
【0090】
このように、エンジンの運転状態が高負荷領域から低負荷領域へと移行する過渡時にも、過渡制御を介在させることによって、空気過剰率λをλ≦1としてエミッション性能を確保しつつも、トルクショック及びNVH性能の悪化が回避可能になる。
【0091】
尚、ここに開示する技術は、前述したような、燃焼室17の断熱構造を有する高圧縮比のリーンバーンエンジン1への適用に限定されるものではなく、例えば燃焼室17の断熱構造を省略してもよい。
【符号の説明】
【0092】
1 エンジン(エンジン本体)
11 シリンダ(気筒)
100 エンジン制御器
20 スロットル弁
31 点火プラグ(点火手段)
32 点火システム(点火手段)
33 燃料噴射弁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
幾何学的圧縮比が18以上に設定された気筒を有するエンジン本体と、
前記エンジン本体の前記気筒内に燃料を噴射するよう構成された燃料噴射弁と、
前記気筒内の混合気に点火をするよう構成された点火手段と、
前記エンジン本体の運転状態に応じて、前記燃料噴射弁を通じた前記気筒内へ燃料噴射、及び、前記点火手段による点火を制御するよう構成された制御器と、を備え、
前記制御器は、
前記エンジン本体の運転状態が所定負荷よりも低い低負荷領域にあるときには、燃焼時の空気過剰率λを2以上となるようにし、
前記エンジン本体の運転状態が前記所定負荷以上の高負荷領域にあるときには、燃焼時の空気過剰率λを1以下となるようにすると共に、前記燃料の燃焼質量割合が10%以上90%以下となる主燃焼期間内に、前記エンジン本体のモータリング時における前記気筒内圧力上昇率が負の最大値となる特定クランク角時点が含まれるように、前記燃料噴射弁による燃料噴射の時期を圧縮上死点付近の特定噴射時期に設定し、
前記制御器はまた、前記エンジン本体の運転状態が前記低負荷領域と前記高負荷領域との間で移行する過渡時には、燃焼時の空気過剰率λを1以下となるようにしつつ、前記主燃焼期間が前記特定クランク角時点よりも遅角側となるように、前記燃料噴射の時期を前記特定噴射時期よりも遅らせる過渡制御を実行する火花点火式直噴エンジン。
【請求項2】
請求項1に記載の火花点火式直噴エンジンにおいて、
前記制御器は、前記過渡制御時には、前記燃料噴射弁に対し、圧縮行程終期から圧縮上死点にかけての期間内で開始するプレ噴射と、当該プレ噴射後でかつ、前記特定噴射時期よりも遅らせる主噴射とを実行させる火花点火式直噴エンジン。
【請求項3】
請求項2に記載の火花点火式直噴エンジンにおいて、
前記制御器は、前記プレ噴射と前記主噴射との間で、前記点火手段に点火を実行させる火花点火式直噴エンジン。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の火花点火式直噴エンジンにおいて、
前記制御器は、前記エンジン本体の運転状態が前記低負荷領域から前記高負荷領域内における全開負荷域へ移行する過渡時に、前記過渡制御を実行するのに対し、前記エンジン本体の運転状態が前記低負荷領域から前記全開負荷よりも負荷の低い前記高負荷領域へ移行する過渡時には、前記過渡制御の実行中に吸気量の減量制御をさらに行う火花点火式直噴エンジン。
【請求項5】
幾何学的圧縮比が18以上に設定された気筒を有しかつ、当該気筒内に燃料を直接噴射するように構成された火花点火式直噴エンジンの制御方法であって、
前記エンジンの運転状態が所定負荷よりも低い低負荷領域にあるときに、燃焼時の空気過剰率λが2以上となるようにして、前記エンジンを運転し、
前記エンジンの運転状態が前記所定負荷以上の高負荷領域にあるときに、燃焼時の空気過剰率λが1以下となるようにすると共に、前記気筒内への燃料噴射の時期を圧縮上死点付近の特定噴射時期に設定することによって、前記燃料の燃焼質量割合が10%以上90%以下となる主燃焼期間内に、前記エンジンのモータリング時における気筒内圧力上昇率が負の最大値となる特定クランク角時点が含まれるようにして、前記エンジンを運転し、そして、
前記エンジンの運転状態が前記低負荷領域と前記高負荷領域との間で移行する過渡時に、燃焼時の空気過剰率λが1以下となるようにすると共に、前記燃料噴射の時期を前記特定噴射時期よりも遅らせる過渡制御を実行することによって、前記主燃焼期間が前記特定クランク角時点よりも遅角側になるようにして、前記エンジンを運転する火花点火式直噴エンジンの制御方法。
【請求項6】
請求項5に記載の火花点火式直噴エンジンの制御方法において、
前記過渡制御時には、前記気筒内への燃料噴射として、圧縮行程終期から圧縮上死点にかけての期間内で開始するプレ噴射と、当該プレ噴射後でかつ、前記特定噴射時期よりも遅らせる主噴射とを実行すると共に、前記プレ噴射と主噴射との間で、前記気筒内の混合気に点火を行う火花点火式直噴エンジンの制御方法。
【請求項7】
請求項5又は6に記載の火花点火式直噴エンジンの制御方法において、
前記エンジンの運転状態が前記低負荷領域から前記高負荷領域内における全開負荷域へ移行する過渡時に、前記過渡制御を実行し、
前記エンジンの運転状態が前記低負荷領域から前記全開負荷よりも負荷の低い前記高負荷領域へ移行する過渡時には、前記過渡制御の実行中に吸気量の減量制御をさらに行う火花点火式直噴エンジンの制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−64387(P2013−64387A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−204570(P2011−204570)
【出願日】平成23年9月20日(2011.9.20)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】