説明

炎症性眼表面疾患の予防ないし治療剤

【課題】本発明は炎症性眼表面疾患の予防ないし治療剤の提供を目的とする。
【解決手段】チオレドキシンスーパーファミリーのポリペプチドを有効成分とする炎症性眼表面疾患の予防ないし治療剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は炎症性眼表面疾患の予防ないし治療剤に関し、詳しくはチオレドキシンスーパーファミリーに属するポリペプチド類(以下、「TRXs」と略記する)を有効成分とする炎症性眼表面疾患の予防ないし治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
眼表面における炎症反応を抑制するため実用化されている薬物としては、ステロイド系と、非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)に分かれるが、いずれも大きな問題をかかえている。
ステロイド系点眼剤は、消炎作用が非常に強力な反面、重篤な副作用が多発することが欠点であり、副作用として感染症の増悪、感染症誘発、創傷治癒の遅延、白内障、緑内障、下垂体、副腎系機能抑制などが起こる。
また、投薬を中止すると投薬前より炎症が増悪するリバウンド現象が起こることも大きな欠点である(特許文献1)。
非ステロイド系抗炎症剤は、ステロイドほど多彩で重篤な副作用はないが、効力が物足りないことが大きな欠点である。又、何れのNSAIDsも角膜上皮に対する細胞毒性を有しており、点眼等の方法により局所使用を行うと上皮欠損という副作用を生ずる恐れがある。これらはプロスタグランジン産生を抑制することで消炎作用を発揮する。
従って、炎症性疾患誘発の引き金をひくリンパ球のはたらきを抑制しないので、対症療法にとどまり根本的な治療につながらないことも欠点である(特許文献2)。
以上より、これら難治性の炎症性眼表面疾患(例えばStevens-Johnson症候群)に対し、効果が高く副作用の少ない予防ないし治療剤の開発が強く望まれていた。
【0003】
一方、チオレドキシン(Thioredoxin;TRX)は、その活性部位配列:−Cys−Gly−Pro−Cys−:の2つのシステイン残基間でのジスルフィド/ジチオール交換反応による酸化還元(レドックス)活性を有する12kDaの多機能ペプチドである(非特許文献1)。チオレドキシンは、リボヌクレオチドリダクターゼに対する水素イオン供与体、デオキシリボヌクレオチドの合成に重要な酵素として大腸菌から単離されて以来、多くの原核生物、真核生物から単離同定されてきた。
成人T細胞白血病誘導因子(ADF)は、本発明者らがHTLV−1に感染したTリンパ球によって産生されるIL−2受容体誘導因子として最初に同定したもので、ヒトチオレドキシンである。細胞内チオレドキシンはラジカル消去や、activator protein−1や、nuclear factor−κBなどのレドックスに関する転写因子の制御に重要な役割を果たしている(非特許文献2)。
ヒトチオレドキシンは、p38 mitogen activating protein kinase(MAPK)やapoptosis signal regulating kinase−1(ASK−1)のシグナル伝達を制御する。
チオレドキシンが細胞外に放出され、サイトカインまたはケモカイン作用を示すこと(非特許文献3)、更には細胞外TRXが細胞内へ移行すること(非特許文献4)が本発明者らによって報告されてきた。
しかしながら、TRXsと炎症性眼表面疾患との関連性、並びにTRXsの眼表面における炎症抑制作用、即ち、炎症性眼表面疾患の予防ないし治療薬としての作用効果については、未だ報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−092383号公報
【特許文献2】特開平09−295935号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Redox regulation of cellular activation Ann.Rev.Immunol.1997;15:351-369
【非特許文献2】AP-1 transcriptional activity is regulated by a direct association between thioredoxin and Ref-1 PNAS.1997;94:3633-3638
【非特許文献3】Circulating thioredoxin suppresses lipopolysaccharide-induced neutrophil chemotaxis PNAS.2001; 98: 15143-15148
【非特許文献4】Redox-sensing release of thioredoxin from T lymphocytes with negative feedback loops J.Immunol.2004;172:442-448
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、炎症性眼表面疾患に対して効果が高く、副作用の少ない予防ないし治療剤の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らはTRXsの新たな作用、即ち、眼表面における炎症抑制作用を解明し、炎症性眼表面疾患の予防ないし治療剤として有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、請求項1にかかる発明は、ヒトチオレドキシンを除くチオレドキシンスーパーファミリーのポリペプチドを有効成分とする炎症性眼表面疾患の予防ないし治療剤に関する。
請求項2にかかる発明は、前記炎症性眼表面疾患が、慢性炎症眼又は急性炎症眼である請求の範囲第1項に記載の予防ないし治療剤に関する。
請求項3にかかる発明は、前記慢性炎症眼が、Stevens-Johnson症候群、眼類天疱瘡、熱・化学外傷、特発性幹細胞欠乏症、外胚葉形成異常、難治性角結膜上皮症からなる群より選択されるいずれか一つである請求の範囲第2項に記載の予防ないし治療剤に関する。
請求項4にかかる発明は、前記急性炎症眼が、熱・化学外傷、角膜感染症、周辺部角膜潰瘍、モーレン潰瘍、角膜外傷、角膜フリクテン、角膜手術後からなる群より選択されるいずれか一つである請求の範囲第2項に記載の予防ないし治療剤に関する。
請求項5にかかる発明は、目薬、ゲル又は軟膏の形状であり、薬学的に許容される賦形剤も含有する請求の範囲第1項乃至第4項いずれかに記載の予防ないし治療剤に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係るチオレドキシンスーパーファミリーのポリペプチドを有効成分とする予防ないし治療剤は眼表面における炎症を強く抑制することから炎症性眼表面疾患に対し有効である。
本発明によれば体内でも発現する内因性のチオールタンパクであるチオレドキシンを有効成分とする為、副作用の心配がない。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】高濃度のTRXが確認できた涙液サンプルについてのウエスタン・ブロッティング法による検討結果を示す。
【図2】正常の角膜上皮層における免疫組織染色による染色像である。
【図3】高濃度のTRXが確認できた涙液サンプルについての免疫組織染色法による実験結果を示す。
【図4】高濃度のTRXが確認できた涙液サンプルについての免疫組織染色法による実験結果を示す。
【図5】リアルタイムPCR(real time PCR)法によって、TRX添加によりIL−6/β-actin及びIL−8/β-actinのmRNAの発現亢進が抑制されたことを示した結果である。
【図6】TUNEL染色によって、TRX添加によるアポトーシス抑制効果を証明した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書において、ヒトチオレドキシン(hTRX)とは、配列番号1に示される105個のアミノ酸からなるポリペプチドを指す。
【0012】
本発明のTRXsはヒトチオレドキシン以外に「チオレドキシンスーパーファミリー」に属するものであればよく、その活性中心に−Cys−Gly−Pro−Cys−、−Cys−Pro−Tyr−Cys−、−Cys−Pro−His−Cys−、−Cys−Pro−Pro−Cys−を有するポリペプチド類を有するものが例示される。
これらの中でも活性中心に配列−Cys−Gly−Pro−Cys−を有するチオレドキシン又はチオレドキシン2(ミトコンドリア特異的チオレドキシン)が好ましい。
【0013】
本発明のチオレドキシン誘導体は配列番号1のヒトチオレドキシンをもとにして公知の遺伝子工学的手法により誘導体を製造することができる。
該誘導体は配列番号1の32位と35位以外、好ましくは32位〜35位以外のアミノ酸の1又は複数個、好ましくは1又は数個が置換、欠失、付加、挿入され、且つ、眼疾患の炎症抑制活性を有するものである。
尚、配列番号2は、配列番号1の核酸配列を表す。
【0014】
本発明に係る予防ないし治療剤の塗布方法は、特に限定されるものではなく臨床医により適宜選択される。
本発明に係る予防ないし治療剤は、目薬、ゲル又は軟膏の形状であり薬学的に許容される賦形剤も含有する局所投与用の剤形のものが好ましい。
【0015】
本発明に係る予防ないし治療剤が適用される炎症性眼表面疾患として、特に限定されるものではないが、眼感染症(例えば角膜ヘルペス、細菌性角膜炎、細菌性結膜炎、真菌性角膜炎、アカントアメーバ角膜炎、感染性眼内炎、感染性角膜潰瘍等)、角膜外傷、角膜手術後、瘢痕性角結膜疾患(例えば、アルカリ腐食角結膜炎、Stevens-Johnson症候群、眼類天疱瘡など)、角膜潰瘍(例えば、モーレン潰瘍、慢性関節リウマチや膠原病に続発する角膜潰瘍、テリエン角膜変性、カタル性角膜潰瘍、感染性角膜潰瘍など)、ビタミンA欠乏による角膜 軟化症、壊死性角膜炎、神経麻痺性角膜炎、糖尿病性角膜症、乾性角結膜炎、コンタクトレンズ装着時の角結膜炎、春季カタル、結膜アレルギー、ぶどう膜炎、ベーチェット病、白内障術後炎症及び偽翼状片など様々な眼炎症性疾患を例示することができる。
特に、角結膜における炎症性疾患(例えば、Stevens-Johnson症候群、眼類天疱瘡、熱・化学外傷、角膜ヘルペス、細菌性角膜炎、細菌性結膜炎、真菌性角膜炎、アカントアメーバ角膜炎、角膜外傷、アルカリ腐食角結膜炎、角膜潰瘍、ビタミンA欠乏による角膜軟化症、壊死性角膜炎、神経麻痺性角膜炎、糖尿病性角膜症、乾性角結膜炎、コンタクトレンズ装着時の角結膜炎、春季カタル、結膜アレルギー等)の予防、治療に有用である。
また角膜潰瘍(上記種々の角膜潰瘍及びそれ以外の原因に起因する角膜潰瘍も含む)、特に感染性角膜潰瘍の予防、治療にも有用である。
【0016】
本発明の予防ないし治療剤は有効成分であるチオレドキシンを単独又は通常使用される担体と共に塗布することもできる。
該担体としては、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、吸収促進剤、保湿剤、吸着剤、滑沢剤、充填剤、増量剤、付湿剤、防腐剤、安定剤、乳化剤、可溶化剤、浸透圧を調節する塩、緩衝剤等の希釈剤又は賦形剤を例示でき、これらは得られる製剤の投与単位形態に応じて適宜選択使用される。
【0017】
本発明の予防ないし治療剤が液剤、乳剤、懸濁剤等の眼注射剤として調製される場合、これらは殺菌され且つ涙液と等張であるのが好ましく、これらの形態に成形するに際しては、希釈剤として例えば水、エチルアルコール、マクロゴール、プロピレングリコール、エトキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等を使用できる。
尚、この場合、等張性の溶液を調整するに充分な量の食塩、ブドウ糖あるいはグリセリンを本発明薬剤中に含有させてもよい。
また、通常の溶解補助剤、緩衝剤、無痛化剤等を添加してもよい。
【0018】
本発明の予防ないし治療剤が液状製剤である場合は、凍結保存または凍結乾燥等により水分を除去して保存してもよい。
凍結乾燥製剤は、使用時に注射用蒸留水等を加え、再度溶解して使用される。
さらに、本発明に係る予防ないし治療剤中には、必要に応じて着色剤、保存剤等や他の医薬品を含有させて調製することもできる。
【0019】
TRXファミリーに属するポリペプチドの有効量は、当業者が従来の技術を参考に容易に決定することができるが、例えば1回あたり、0.001mg−0.1g程度、好ましくは0.01−10mg程度、より好ましくは0.1−10mg程度である。
これを1日あたり1回又は数回に分けて塗布等することができるが、各種製剤の形態、患者の性別、年齢、疾患の程度に合わせて適宜調節することが好ましい。
【0020】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら制限されるものではない。
【実施例1】
【0021】
眼表面疾患を有する40眼を対象とし、炎症の有無や性質により非炎症眼(腫瘍性疾患など7眼)、急性炎症眼(熱・化学外傷、感染症など12眼)、慢性炎症眼(Stevens-Johnson症候群など18眼)の、熱・化学外傷後などの持続性炎症(3眼)の4グループに分類した。
対照には眼疾患を有さない33眼を用いた。
詳細は以下の表1のとおりである。
【0022】
【表1】

【0023】
〔1.涙液の採取方法〕
前記各グループから涙液サンプルを、1μL ディスポーザブルタイプのキャピラリー・マイクロピペッタ(Microcaps, Drummond Scientific Co., USA)を用いてスリット・ランプ観測下で直接、局部麻酔なしで採取した。
眼球刺激を最小限にすべく、薄暗いライトを使用し、瞼縁に接触せず、非刺激性に眼表面から涙液採取を行った。
涙液サンプル収集に際し、要した時間は片眼あたり数十秒(1分以内)で行った。
本研究において採取された全涙液サンプルは必要最小限度量である1μL以上である。
全涙液サンプルは、直に前記ガラスキャピラリー・マイクロピペッタ添付のスモールポンプを使用して、直接、微量遠心機用チューブに入れ遠心した。
尚、以下の検討を行う迄、涙液サンプルは−80℃の冷凍庫(サンヨー社製)に保管した。
【0024】
〔2.ELISA法による検討〕
前記73眼からの涙液(〔表1〕における眼表面疾患を有する40眼、並びに対照として眼疾患を有さない33眼)について、涙液中のTRXをELISA法にて定量した。
ELISA法は、チオレドキシンELISAキット(ELISA kit for human thioredoxin)(レドックス・バイオサイエンス社製)を用い、添付のプロトコールに従った。
各検体について少なくとも3回、測定を行い、測定値は平均値±標準誤差(SD)で示した。測定値の統計的解析は、ダンカン法(Duncan's test)で行った。
その結果、涙液中のTRX発現量は、非炎症眼 171.9±121.3(ng/mL, 平均±SD)、急性炎症眼 715.2±371.9(ng/mL, 平均±SD)、慢性炎症眼 2816.2±1923.1(ng/mL, 平均±SD)、熱、化学外傷後の持続性炎症 5943.1±2520.8(ng/mL, 平均±SD)、正常眼 164.3±104.8 in basal tears(N=22) 80.8±51.4(ng/mL, 平均±SD)in reflex tears(ng/mL, 平均±SD)であり、慢性持続炎症眼で著しく高濃度のTRXを検出した(表2)。
【0025】
【表2】

【0026】
〔3.ウェスタンブロット法〕
前記高濃度のTRXが確認できた涙液、即ち、No.383、No.376、No.377、No.375について、ウェスタンブロット法による検討を行った(図1)。
使用する抗体としては、抗ヒトチオレドキシンモノクローナル抗体(レドックス・バイオサイエンス社製)を0.5μg/mL用い、定法に従った。
サンプルは左から、ポジティブ・コントロールとして、TRX蛋白1ng/mL、10ng/mL、100ng/mLを、涙液サンプルとして、No.383、No.376、No.377、No.375の検体をそれぞれアプライした。
No.383は、眼類天疱瘡(Ocular pemphigoid)の涙液サンプルで、ELISA法による定量において、TRXの蛋白濃度は2411.7ng/ml(涙液サンプル2μL中、4.8ngのTRX蛋白)であった。
No.376は、熱外傷後(Thermal burn)の涙液サンプルで、ELISA法による定量において、TRXの蛋白濃度は1120.4ng/ml(涙液サンプル4μL中、4.5ngのTRX蛋白)であった。
No.377は、眼類天疱瘡(Ocular pemphigoid)の涙液サンプルで、ELISA法による定量において、TRXの蛋白濃度は2221.9ng/ml(涙液サンプル2μL中、4.4ngのTRX蛋白)であった。
No.375は、眼類天疱瘡(Ocular pemphigoid)の涙液サンプルで、ELISA法による定量において、TRXの蛋白濃度は7499.6ng/ml(涙液サンプル1μL中、7.5ngのTRX蛋白)であった。
ウェスタンブロット法による検討の結果、TRXのバンドがはっきりと確認でき(図1)、前記ELISA法による定量結果と合致する結果を得ることができた。
【0027】
〔4.免疫組織染色法〕
免疫組織染色法による検討を行った。
免疫組織染色法による実験条件は以下のとおりである。
・反応条件
固定液 :ザンボニ液 4℃ 5分
洗浄 : PBS 5分 3回
ブロッキング: 1% BSA in PBS、 室温 20分
一次抗体 :抗ヒトチオレドキシンモノクローナル抗体(レドックス・バイオ
サイエンス社製)を1.0g/mL(3000倍希釈)
1% BSAに希釈、室温、1時間
洗浄 :PBS 5分 3回
二次抗体 :Alexa Fluor 488 goat Anti mouse IgG 1μg/mL(2000倍希釈)
Invitogen Corp., Carlsbad, CA, USA
1% BSAに希釈、室温、1時間
洗浄 : PBS 5分 3回
封入 : VECTASHIELD with Propidium Iodide
(vector Laboratories,Inc.Burlingame,CA,USA)
【0028】
図2は正常(Normal)角膜の上皮層における免疫組織染色法による染色像である。
図3は、角膜を覆う瘢痕性の上皮層における免疫組織染色法による染色像である。
慢性持続炎症眼の一つであるStevens-Johnson症候群(Stevens-Johnson syndrome)は、正常(Normal conjunctival epithelium)のものと比較して格段にTRXが発現していることが確認された(図3)。
眼類天疱瘡(Ocular pemphigoid)においては、瘢痕性の上皮層中、特に最表層で局所的にTRXの発現が亢進していることが確認された(図3)。
これらの結果は、上記ELISA法による検討結果と一致した。
【0029】
図4は、図3と同様、角膜を覆う瘢痕性の上皮層における免疫組織染色法による染色像で、併せて、対応する(患者の)眼表面の病態を示した図である。
尚、上述したELISA法による定量において、Stevens-Johnson症候群の検体では、涙液サンプル中、937.3ng/mLの濃度のTRX蛋白が、眼類天疱瘡の検体では、涙液サンプル中、2669.3ng/mLの濃度のTRX蛋白が確認されている。
【0030】
以上より、TRXは眼表面の急性あるいは慢性炎症時に上皮層で発現することが示され、酸化ストレスと炎症の制御に関与していることが示唆された。
【実施例2】
【0031】
以下、「培養ヒト角膜上皮細胞に対するチオレドキシンの作用」、並びに「チオレドキシンによる炎症抑制効果」を証明する実験を示す。
〔1.培養細胞について〕
使用した細胞:
(a)SV−40 不死化ヒト角膜上皮細胞
(b)培養ヒト角膜上皮細胞(クラボウ社より購入)
(c)培養ヒト角膜上皮細胞(アメリカアイバンクの角膜から培養して増やしたヒト角膜上皮細胞)
上記(a)乃至(c)に係る培養細胞を、非働化した牛胎児血清15%、L−グルタミン200mM、β−メルカプトエタノール50mM、rmIL−3100pM含有RPMIの培地10mlを25cmTフラスコに流し入れて培養した。
1週間目に中フラスコに移し30mlの培地を添加した後、さらに2週間目に中フラスコに継代して培養を継続した。
【0032】
〔2.炎症性サイトカインの発現〕(図5参照)
以下の実験手順により、炎症性サイトカインによる検討を行った。
1)培地を1%血清、或いは無血清に変換して、12well plateに60万cellづつ播種した。
2)翌日、培地をPBSに置換して紫外線(UV)を50mJ照射した。
即ち、紫外線照射によって、上記(a)乃至(c)に係る培養細胞に急性炎症を起こさせた。
3)照射直後にTRXを1000μg/ml添加した。
4)4時間後にRNAを回収して、IL−6/β-actinおよびIL−8/β-actinのmRNAの発現をリアルタイムPCR(real time PCR)法にて定量した。
【0033】
UV照射後4時間に、IL−6/β-actinのmRNAおよびIL−8/β-actinのmRNAについて、著しい発現亢進を認められたが、TRX添加群ではIL−6/β-actinのmRNAおよびIL−8/β-actinのmRNAの発現亢進が抑制された(図5(A)及び(B))。
【0034】
角膜上皮細胞において、紫外線照射後に炎症性サイトカインであるIL−6およびIL−8の発現が亢進し、この発現亢進は紫外線暴露後の急性角膜上皮障害と関連するとされている(「Kennedy M, Kim KH, Harten B, Brown J, Planck S, Meshul C, Edelhauser H, Rosenbaum JT, Armstrong CA, Ansel JC. Ultraviolet irradiation induces the production of multiple cytokines by human corneal cells. Invest Ophthalmol Vis Sci. 1997 Nov;38(12):2483-91.」参照)。
従って、本実験により、TRX添加によって紫外線照射後のIL−6/β-actin及びIL−8/β-actinの発現亢進が抑制されたことから、TRXは眼表面の炎症を抑制する作用があることが証明された。
【0035】
〔3.TUNEL染色法による検討(アポトーシス)〕(図6参照)
以下の実験手順により、TUNEL染色法によるアポトーシスの検討を行った。
1)培地を1% 血清あるいは無血清に変換して、スライドチェンバーに細胞を播種した。
2)翌日、培地をPBSに置換して紫外線(UV)を50mJ照射した。
即ち、紫外線照射によって、上記(a)乃至(c)に係る培養細胞に急性炎症を起こさせた。
3)紫外線(UV)照射直後にTRXを1000μg/ml添加した。
4)紫外線(UV)照射8時間後にグルタールアルデヒドで細胞を固定し、TUNEL染色を行った。
【0036】
紫外線非照射では、TUNEL陽性細胞をほとんど認めないのに対して、紫外線照射後8時間では、上皮細胞にアポトーシスが生じ、TUNEL染色に染まる細胞が多数確認された。
TRX添加群(50mJ TRX(+))では、TUNEL染色陽性細胞を少数認めたのみであった。
即ち、最も細胞が若いときに行ったTUNEL染色では、TRX 1000μg/mlの条件がきれいにアポトーシスを抑制していた。
また今回の実験で紫外線照射が角膜上皮細胞のアポトーシスを誘導したが、TRXは紫外線照射によるアポトーシス誘導を抑制した。
このことから、TRXは角膜上皮細胞のアポトーシスを抑制する作用があることが示された。
【0037】
以上、上述の(a)乃至(c)3種類の培養ヒト角膜上皮細胞を用いたが、細胞や培地の違いがあっても同様の結果が得られた。
従って、本発明に係るチオレドキシンスーパーファミリーのポリペプチドを有効成分とする予防ないし治療剤は、眼表面における炎症を強く抑制することから、炎症性眼表面疾患に対し有効であることが証明された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトチオレドキシンを除くチオレドキシンスーパーファミリーのポリペプチドを有効成分とする炎症性眼表面疾患の予防ないし治療剤。
【請求項2】
前記炎症性眼表面疾患が、慢性炎症眼又は急性炎症眼である請求の範囲第1項に記載の予防ないし治療剤。
【請求項3】
前記慢性炎症眼が、Stevens-Johnson症候群、眼類天疱瘡、熱・化学外傷、特発性幹細胞欠乏症、外胚葉形成異常、難治性角結膜上皮症からなる群より選択されるいずれか一つである請求の範囲第2項に記載の予防ないし治療剤。
【請求項4】
前記急性炎症眼が、熱・化学外傷、角膜感染症、周辺部角膜潰瘍、モーレン潰瘍、角膜外傷、角膜フリクテン、角膜手術後からなる群より選択されるいずれか一つである請求の範囲第2項に記載の予防ないし治療剤。
【請求項5】
目薬、ゲル又は軟膏の形状であり、薬学的に許容される賦形剤も含有する請求の範囲第1項乃至第4項いずれかに記載の予防ないし治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−167121(P2012−167121A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−116025(P2012−116025)
【出願日】平成24年5月21日(2012.5.21)
【分割の表示】特願2007−504821(P2007−504821)の分割
【原出願日】平成18年2月24日(2006.2.24)
【出願人】(502208076)レドックス・バイオサイエンス株式会社 (15)
【Fターム(参考)】